「空虚」
ロキの率いる戦士団が集落に帰って来たのは、翌日の夕方になってからだった。
残った敵の処遇についての話し合い、負傷した仲間の介抱、亡くなった者への弔い。
戦闘が終わった後もやることは、両手では数えきれぬほどあった。
集落に着くと、ブラムは、痛む身体を引きずってマリを探した。
先に訓練場を尋ね、ガルムから来客用のテントで休んでいると教えてもらうと、すぐにそこに向かった。
来客用のテントにたどり着くと、そこから出てくるヴァジェトとすれ違った。
「あら、帰ってたのね」
ヴァジェトは、ブラムにそう言うと顔をグッと彼に向かって突き出した。
「内臓をやられたみたいね…。治療しなくて大丈夫?」
さすがは、集落一の医者だ。
ブラムは感心しながらも、首を横に振った。
「ありがとう。でも、大丈夫。前にも、こんなことがあったから…」
彼は、そう言うとテントの方を見た。
「誰か、ケガでもしたの?もしかして、マリ?」
「そうだけど、ケガってほどじゃないわ。疲れて倒れただけ」
「そう…」
ブラムは、ほっと胸をなで下ろした。
それと同時に、胸に激痛が走った。
激しく咳き込み、再び血を吐いた。
「マリよりも、あなたの方が重傷みたいね。来なさい」
ヴァジェトは、そう言うと羽毛の生えた手でブラムの腕を掴み引っ張った。
彼女の言葉には、有無を言わさぬ圧力があった。
「はい。これ呑んで」
ヴァジェトは、そう言うとブラムに小さな真珠のようなモノを手渡した。
「これは何?」
「私の魔力を込めた丸薬よ。こんな時でもなければ、渡さないんだから、ありがたく呑みなさいよ」
彼女は、そうからかうように言うと、別の患者の治療のため、どこかへ行ってしまった。
ブラムは、手渡された丸薬を呑み込むとあたりを見渡した。
病室には、先の戦闘で傷ついた者たちが数えきれないほどいた。
軽傷の者、重症の者、痛みに嘆き叫ぶ者、精根尽き果てうなだれる者。
それは、勝利とは程遠いモノだった。
喧騒と空気に耐えられなくなり、ブラムはその場を離れた。
夕食時なのか、外では美味しそうな匂いが鼻をつついた。
ブラムは、匂いのする方とは反対の方向へ足を進めた。
内臓を負傷したせいか食欲がない。
なによりヒトと話したい気分でなかった。
しばらく進むと、集落のはずれにある川にたどり着いた。
数日前、ブラムが騎士の返り血を洗い落とした場所だった。
川岸には、すでに先客がいた。
スヴェートだった。
足を組み精気の抜けたような顔で流れる川をただじっと見つめている。
足元には、かつては彼女の兄のモノだったと言うジルドの剣の先端が無造作に置かれていた。
ブラムは、そっと妖精に近づき剣の欠片に手を伸ばした。
すると、突然スヴェートが素早く彼の手を掴んだ。
「そのままにしてください。貴方の考えているようなことはしませんから」
スヴェートは、前を見つめたまま言った。
目には、あいかわらず精気がない。
「本当に?」
ブラムは、欠片を掴んだまま答えた。
返答はない。
「そう…。じゃあ、悪いけど、これは預かっておくよ」
彼は、そう言うとスヴェートの手を振り払い、欠片を持っていた布に包んだ。
「もう動いて大丈夫なの?」
ブラムは、スヴェートの隣に腰かけながら尋ねた。
欠片は、彼女とは反対の方に置いた。
「いえ」
スヴェートは首を横に振った。
「ヴァジェトさんにも安静にしておくように言われたのですが、何となくヒトの多いところにいたくなくて…」
「そうなんだ…。傷は、痛む?」
「少し…」
「そう…」
そこで会話が途切れ重い沈黙が流れた。
二人は、川を見つめた。
「私、これからどうしていけば良いのでしょう?」
どれくらいの時間が流れた頃だっただろうか、突然スヴェートがポツリと囁いた。
ブラムは視線を下に落とした。
足元の剣の欠片を自分の胸に突き立てることができたら、どんなに良いことだろう。
だが、そんなことはできない。
ここに残った意味がなくなってしまう。
ブラムは、顔を上げスヴェートの方に身体を向けた。
妖精は、川を見つめたまま、しゃべり続けた。
「私は、今までずっとジルドに復讐するためだけに生きてきました。
兄の復讐を終えるまで、心の平穏訪れない。
そう思って生きてやっと復讐を終えたはずなのに、未だに心が収まらないんです。
やっとかねてからの願望を叶えたはずなのに、とても空しい。
生きる糧を失った私は、これからどうすれば良いのか。何もかも分からないんです…」
ブラムは、再び視線を落とした。
やはり彼女も自分と同じだった。
復讐がもたらすモノに価値あるモノなどないのかもしれない。
あの時、自分は彼女をとめるべきだったのだ。
「ごめん…」
ルーシーならもっと気のきいた言葉をかけられたかもしない。
ブラムは、自分の心の貧困さを呪った。
「えっ?」
スヴェートが、彼の方に視線を移し首をかしげた。
「僕も復讐をしたことがあるんだ。
あっという間で我を忘れていたから、記憶が曖昧なのだけど、その時の空虚感は、今でも頭にこびり付いて離れない。
たぶん、今スヴェートが感じてる空虚感も、それと似たモノだと思う…」
ブラムの言葉は、だんだんと小さくなっていった。
今すぐここから逃げ出したい。
「じゃあ。貴方は、私が、こうなると分かって止めなかったの?」
スヴェートの言葉には鋭い棘が混じっていた。
ブラムは、頷き同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。
「ごめん…」
「やめて!そんな言葉いらない!」
スヴェートは、集落にも聞こえるのではないかと思えるほど大きな声で叫んだ。
「これ以上私を苦しめないで!分からない。分からない…。
私は、何を憎めばいいの?
私は、何のために生きてきたの?
私は、これからどうすれば良いの?
分からない。分からない。分からない」
彼女は、そう言うと俯き顔を手で覆った。
嗚咽が漏れ聞こえる。
ブラムは、そっとスヴェートの身体を抱き締めた。
「ごめん…」
「やめて!もう、どこかに行って!一人にして!貴方なんて大嫌い。こうなるなら、貴方なんて助けなければ良かった!」
スヴェートは、ブラムの身体を叩きながら闇雲に叫んだ。
ブラムは、自分が復讐を終えたばかりの頃を思い出していた。
ルーシーも、自分がパニックになるとこうして自分の身体を抱きしめてくれた。
自分は今のスヴェートのように彼女の身体を殴った。
だが、自分は、ルーシーにはなれない。
ブラムは、血が出るほど強く自分の唇を噛みしめた。