「不吉な村」
日が傾き空が群青色に染まり始めた。
マリたちは、その日は近くにあった洞窟で野宿することにした。
その夜に、スヴェートは保存食とわずかな香辛料でシチューを作ってくれた。
「美味しい!これ本当に干し肉で作ったの?」
ブラムは、シチューを一口食べると目を輝かせながら尋ねた。
「はい。肉だけだと味気ないので、近くにあったキノコや野草も入れてみました。
気に入っていただけましたか?」
「うん。すごく美味しいよ」
「ブラムの作るモノよよりは、ずっとマシだな」
マリは、シチューを口いっぱいに頬張りながら言った。
「そう言うマリは、肉を焼くこともできないけどね」
ブラムは、思い切り嫌味を込めて言い返した。
マリは、ギロリと彼を睨んだが、何も言わなかった。
「気に入っていただけたなら、毎日でも作りますよ」
スヴェートは、笑みを浮かべながら言った。
それから数週間、三人は北に進路を取り続けた。
道中はそれぞれの連携を強化したいと言うブラムの提案で近くの村々の細かな問題を片付けてまわった。
魔物の討伐から畑仕事の手伝いまで、ブラムは手当たり次第に仕事を見つけてきた。
そうした日々のなか、三人は、お互いの特徴を知っていった。
医学に明るく戦闘に関してもあらゆる知識を持っているマリは、日常の諸々のことには恐ろしいほど疎く今までどうやって生きてきたのかと思うほどだった。
ブラムに関しては、交渉力と瞬発力が優秀なことと他のヴァンパイアと比べて太陽の光に耐性があることが分かった。
旅を始めて早々料理の腕前を披露したスヴェートは、誰よりも華奢な体型と物腰の柔らかい態度とは裏腹に戦闘では一際荒々しく、ある時は自身の二倍はあろうかという大きさのオークを一撃で仕留めもした。
そしてさらに数日の時が流れた頃、マリはリュバンのワタリガラスを呼び出した。
「剣の具合が少し悪い」
彼女は、ブラムとスヴェートに説明した。
「リュバンの鍛冶屋に出すの?」
ブラムの問いにマリはうなずいた。
「ああ。だが、その前に依頼金がいる。ヤツらに身入りの良さそうな仕事を教えてもらうつもりだ」
「今ある分では、不足ですか?」
スヴェートが尋ねるとマリは再び首を縦に振った。
「私の剣は、材料が希少でかつ構造が複雑なんだ。鍛冶屋は、良心的な値で受けてくれるが、それでも値が張ることに変わりはない」
人狼は、そう言うと、近くの木に止まっているフギンの方へ視線を移した。
「という訳だが、この近くで金になりそうな話はあるか?」
「あるにはあるけど…」
フギンは、そう言うと翼を嘴にあて首を傾げた。
教えるべきか迷っているらしい。
「どうした、何か不都合でもあるのか?」
マリの問いにワタリガラスは、さらに首を傾げた。
「そう言う訳ではないのだけど…。何と言うか、貴方は行かない方が良い気がするのよね」
「案内人の勘と言うヤツか。そんなこと、私が気にすると思ったか?」
マリが、そう尋ねると、フギンは首を横に振った。
「思わない。だからこそ、不安なの」
「関係ない。良いから、すぐに教えろ」
「ここですね」
スヴェートが、村の酒場の看板を見ながらつぶやいた。
「〝夜な夜な女子どもが姿を消し、翌朝遺体となって見つかる。犯人の正体は不明〟…。ストレイをやっていれば、毎日のように聞く話だ。
フギンが、何を不安に思ったのか良く分からないな」
マリは、周りを見回しながらつぶやいた。
昼間だと言うのに人影はなく、点在する家々から視線を感じるが、誰も外に出ようとしない。
あたりには、かすかだが死臭が漂っている。
どうやら、相当深刻な状況らしい。
「あんたは、顔を隠した方が良いかもね。ここでは、魔物であることを極力隠した方が良い」
マリは、スヴェートに向かって言った。
「もう、やってますよ」
スヴェートは、羽織っていた深緑色のケープについたフードを被りながら答えた。
「誰でも良いから聞いて欲しい。僕らは、ストレイだ。この村に巣食う魔物のことを聞いてここまで来た。
この村の長と話をさせてもらえないだろうか?」
ブラムは、その場で大きな声で誰にとなく言った。
しばらく待っていると、ひとつの家の窓から木の板が飛んできて三人の足元に落ちた。
「手紙のようですね。文字が刻まれています」
スヴェートが、板を拾い上げながら言った。
「なんて書いてある?」
ブラムが問いかけると、彼女は指で文字に触れながら読み上げた。
「村長は、この先にいる。
このあたりの家より一回り大きな家にカタリナと言う名の女性がいる。
今は、彼女が村長の役を務めている」
「〝今は〟?変な言い回しだね…」
ブラムは、板を覗き込みながら言った。
表面には、先ほどスヴェートの言ったことが一字一句違わずナイフで刻みつけられていた。
「とにかく、そのカタリナと言う方に会ってみましょう」
スヴェートは板切れを懐にしまいながらそう言うと村の奥に向かって進んで行った。
ブラムとマリは、彼女のあとについて行った。
目的の場所は、すぐに見つかった。
村長の家は、他の誰の家よりも大きく、使われている様子はなかったが隣には大きな馬小屋もあった。
ブラムは、家の扉を叩いた。
「誰?」
しばらくすると、家の中から尋ねる声が聞こえた。
女性の声だが、ずいぶんと若い。
村長の娘だろうか。
そう思いながらブラムは家の中の少女に向かって言った。
「ストレイの者です。この地の魔物について村長とお話がしたく参りました」
「少々お待ちください…」
家の中の少女は言った。
ガチャガチャと家の鍵が金属特有の音を立てる。
相当厳重に戸締りをしているらしく、扉が開くまでにだいぶ時間があった。
家の中から出てきたのは、ブラムと同じくらいの歳の少女だった。
魔物の襲撃に備えてのことだろう。手には薪割り用の斧が握られていた。
「入ってください」
少女は、扉を開けながら言った。
ブラムたちが中に入ると、少女は再び複数ある鍵を順番に閉じていった。
少女の案内で、一行は居間に通された。
ブラムが交渉のため席につくと、少女は彼に向かい合う位置に腰を下ろした。
「ご挨拶が遅れました。私が、この村の村長のカタリナです」
少女は、そう言うとブラムに向かって手を差し出した。
「ブラムです。後ろにいるは、マリとスヴェート」
ブラムは、驚きながらも平然を装って差し出された手を握った。
「早速ですが、魔物について詳しい話をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「はい」
ブラムの問いにカタリナは、小さくうなずきゆっくりと話し始めた。
「異変があったのは、今からちょうど一か月前。村のはずれに住む木こりの娘が、夜に姿を消し翌朝腹を裂かれた状態で見つかりました。
それから、ほぼ毎夜村の女性や子どもが姿を消し、朝には似たような状態で見つかることが数週間続きました。
前の村長は、狼か熊の仕業と思い村の男たちと獣狩りに出ましたが、帰って来たのは三人だけでした。
彼らの話によると、一行は森で魔物に会い彼ら以外の全員が殺されたそうです。
それ以来、私は村長だった父に代わりこの村を治めていますが、村人は私を含め皆魔物を怖れ家に閉じこもっているので、魔物の被害については把握できていないのが現状です」
「魔物の特徴については、何か聞いていますか?」
ブラムが尋ねると、カタリナは首を横に振った。
「いいえ。帰って来た者たちは、皆混乱していた様子で、とても話を聞けるような状態ではなかったので…」
「そうですか…。彼らに直接話を聞くことはできますか?」
「難しいと思います…。ここにいても時々聞こえるんです、彼らの叫び声が。
とても話を聞けるような状態だとは思えませんね。
彼らのために細心の注意を払ってくれると約束してもらえるならば、家の場所くらいは教えますが」
「では、お願いできますか?彼らの心には、十分配慮しますから」
「では、今地図を書きましょう」
そう言いながらカタリナが立ち上がった時だった。
家の外で悲鳴が聞こえた。