「焦燥」
その後のことを、ブラムは良く覚えていなかった。
マリに盛られた毒の影響か、突然耐え難い倦怠感に襲われ、彼は人狼が去ると程なくして意識を失った。
次に意識を取り戻した時も、身体は鉛になったかのよう重かった。
彼は、小さな背の上におぶさっていた。
収穫時を迎えた麦と土が混じったような匂いに包まれながらブラムは服越しに柔らかな毛皮の感触を全身で感じた。
「しっかりしてくださいね、ブラム。もう少しで治療が受けられますから」
懐かしい声。
その声を聞いた瞬間、ブラムは言いようのない安堵感から思わず嗚咽を漏らした。
「スヴェート…」
マリのことや助けた女性のこと、襲撃者たちのこと。聞きたいことが山とあるのに言葉が出ない。
彼は、その後の言葉を続けることなく再び意識を失った。
目を開けると、木でできた天井が眼前に現れた。
梁がむき出しになった、これと言った特徴のない、どこにでもある天井。
背には、わら布団のチクチクとした間隔がある。
ここは何処だろう?
ブラムは、周りを確かめようと上体を起こした。
矢が貫通した場所が酷く痛んだが、何とか耐えられる程度だったので、彼は胸を庇うようにしながらベットから起き上がった。
スヴェートが入り口と思しき扉から中に入って来たのは、ちょうどその時だった。
彼女は、ケープのフードで頭を覆い両手に小さな籠を抱えながら入って来た。
「ああ、起きていたんですね?」
ブラムの姿に気づくと、狐の妖精はフードを降ろしながら言った。
「スヴェート! 無事だったんだね?
僕ら、森の中を調べていた女のヒトに会って、それから〝ヤツら〟に襲われたから、スヴェートにも何かあったのかと思って…。
そうだ、あのヒトはどうなったの? 確かマリが僕の隣にいるみたいな事を言っていたけど。
いや、それよりもマリは? マリは近くにいなかったの?
あと、ここどこ?」
友の無事な姿に安堵しながら、ブラムは先程聞きそびれた質問を矢継ぎ早に浴びせた。
「落ち着いてください、ブラム」
スヴェートは、質問を遮るように手を前に出しながら言った。
「まず、貴方たちが助けたヒトですが、今は安静にしていまず。
千切れた腕は、そのままですが、処置が早かったので、化膿も感染症も今のところは大丈夫のようです」
「そう、良かった…」
ブラムは、小さく息を漏らした。
「それから、マリの方ですが、残念ながら私たちが来た時には貴方と先のヒトがいただけで姿はありませんでした」
「そうか…」
ブラムは、がっくりと肩を落とした。
薄々予測はしていた。
マリが光に向かう際に彼に見せた表情。
ミナも死ぬ前に似た表情を浮かべていた。
死を覚悟した表情。
ブラムは、すぐに脳裏に浮かんだ言葉を頭から振り払った。
マリが、死ぬはずがない。
彼女は、心身ともに強く、生に対して異常なまでに執着している。
今回ばかりは、ブラムもマリのウールヴヘジンに対する復讐心が消えないことを心から祈った。
マリの行動のほぼ全ては復讐心から起こるモノなのだから。