「友人」
「ここで良いの?」
ブラムは尋ねた。
「ええ。彼女は、あの小屋にいると言ってました」
スヴェートは、そう答えると前方に視線を戻した。
洞窟を出た二人は、一日かけ廃村に戻っていた。
代表の指示を受けた住民の二人の案内で目隠し付きと言う不便な状況であるが何とかここまで戻って来れた。
スヴェートの目は、ここに来た最初の日に逃げ遅れた少女を見つけた小屋を見つめていた。
一見すると来た時と変わらないように見えたが、窓の全てに黒い布がかけられている。
丁寧にも、すぐ隣の小屋の何件かにも似たような細工がほどこされていた。
「行きましょう」
「うん」
スヴェートとブラムは小屋に向かって歩き出した。
念のため武器は手に持ちいつでも戦闘に移れるようにした。
「僕が前に出る。スヴェートは後方をお願い」
ブラムの言葉にスヴェートは無言で頷くと彼に背を向け後方に広がる森を見回した。
「それじゃあ、行くよ」
ブラムは、そう言うと小屋の扉を叩いた。
「開いています。入ってください」
扉の向こうから小さい声が返ってきた。
スヴェートに目配せをし慎重にノブを回すと小屋の中に入った。
室内では暖炉が赤々と燃え中のヤカンを温めていた。真ん中に置かれた机には明り取りの蝋燭が燭台の上に立てられていた。
机の前で一人の女性が椅子に腰かけ本を読んでいた。
見覚えのない顔だが、スヴェートは黒い髪と銀色の瞳からエレオノラだと察した。
「ずいぶんと時間がかかりましたね?」
エレオノラは、読んでいた本を机に置きながら言った。
「村人の説得に時間が掛かったんです」
「まあ、予想の範囲内です。それよりもお茶でも飲みませんか?
今後のこともゆっくり話し合いたいですし」
エレオノラは、そう言うと暖炉からヤカンを取り出し、慣れた様子で金色の液体をを三つのカップに注いで机の上に並べた。
「ハーブティーです。これで少しはブラムの気持ちが落ち着くと良いのですが」
彼女の言葉にスヴェートは眉をひそめた。
ブラムの名前は教えていなかったはずだが、何故彼女は名前を知っているのだろう?
だが、二人はそんな彼女を怪訝そうな顔に気づいていないかのように話しを進め始めた。
「ありがとう」
ブラムは、そう言うと茶に口をつける前に懐から小さな紙の包みを取り出し中の白い粉をカップの中に入れた。
「ごめんなさい。お茶は砂糖を入れないと飲めない性質でして」
彼はそう言いつくろったが、スヴェートはその粉がマリが作った毒消しであることにを知っていた。
どうやら彼もそこまで目の前の魔物を信頼していないらしい。
「はあ…。おかげで少しだけ落ち着きました」
ブラムはお茶に口をつけると何気ない口調で言った。
「それで、エレオノラさん。貴方が今回の魔物について知っていることを教えてください」
後ろの壁に背を預けたままスヴェートは洞窟の入り口で彼女と別れた時のことを思い出しながらそう人狼に語りかけた。
※
「私は、マリとの友人です。ですから、これから友人を助けるためこの地を脅かす魔物を討伐しようと思っています。
ですが、やはり一人では心許ないので共通の友人を持つ者として貴方たちに助けを願います。
もしも助けるてくれるのなら、明日日が昇るまでに村の例の小屋でお会いしましょう」
エレオノラは、それだけ言うと再び森の中へ消えていった。
「魔物についてはある程度調べてあるので、きっと皆さんのお役にも立てるはずですよ」
最後にそれだけ言うと、スヴェートが呼び止める間もなく人狼の姿は陽炎のように消えてなくなった。
「相変わらず淡々としているな」
ムニンは、独りつぶやいた。
「彼女は?」
スヴェートは、問いかけた。
「マリの古い戦友だ。あまり多くを語りたがらん性格だが、嘘をつかん正直な娘だ。
いや、正直すぎると言うべきかな」
そう言うと、ワタリガラスはクスリと笑った。
「私が思うに、君たちはリュバンの精鋭よりも彼女とともに行く方が良いだろう。
身内としては悔しいが、彼女の実力はガルムに勝るとも劣らん」
「そうでしょうか?」
スヴェートは釈然としない様子で言った。
もとから疑り深い性格のせいか、どうも他人を信用するのに時間を有してしまう。
「運命を受け入れろ、スヴェート。もう迷っている時間はないはずだぞ?」
ムニンのその一言に妖精はうなずくことしかできなかった。
※
「はい。まず、敵の拠点ですが…」
そう言いながらエレオノラは、足元のカバンから地図を取り出しテーブルに広げた。
「ここにある古城跡らしいです。ちなみに私たちのいる村はここです」
彼女は、地図表面にある二点を次々と指さしながら言った。
「こんなに遠いの?」
スヴェートは思わず声を上げた。
彼女は自分の指を使ってエレオノラが示した二点の距離を測った。
これでは馬でも半日はかかる距離だ。
「でも、村の人たちは毎日のように襲撃を受けていたと言っていたけど」
村一つが廃村になるくらいの被害なのだから、恐らく誇張ではないはずだ。
そう考えているとエレオノラが再び口を開いた。
「恐らく眷属のしわざでしょう」
「眷属?」
ブラムは首を傾げた。
「ええ、調べた限りですと、人間が数十人にワイバーンが十人。加えて亜人種も何人かいるようですね」
「なるほど。確かにワイバーンならこの距離でも一時間とかからないですね」
スヴェートは顎に手をあてながらうなずいた。
「でも、それだけの魔物と人の集団が一斉にこの地に集まるなんてことがあるかしら?
第一、ここまでの組織力を持つには少なくとも数十年はかかるはず…。
代表の言っていた退魔騎士が連れて来たとしても、襲撃が始まった頃の間隔が短すぎる…」
「おそらく、その退魔騎士が連れてきたのは魔物の長でなくワイバーンなのではないでしょうか?」
エレオノラは即座に答えた。
「そういうことか」
ブラムは、腕を組みながらうなずいた。
「魔物は、既にこの地にはいたんだ。たぶん、徒歩で行ける距離に村がなく移動手段もなかったから被害がなかったんだ。
でも、退魔騎士が連れてきたワイバーンを従えられるようになって移動手段ができたから、近くにあるこの村も略奪の対象になったってことか」
「なるほど。そう考えると、全て繋がりますね」
スヴェートは頭をかきながら唸った。
「確かにワイバーンなら、ある程度経験を積んだ者なら簡単に討伐できる相手ですから、その退魔騎士様が驕りからつれてくることも容易に想像できるでしょう」
そこまで言うと、スヴェートは突然ため息をつきながらガンとテーブルを叩いた。
「罪ない子どもを巻き込むなんて、なんと浅ましい…」
彼女は怒りのこもった声で唸った。