「確かな繋がり」
気がつくとブラムは薄暗い洞窟の中で毛皮の上に寝かされていた。
横では、パチパチよ燃え爆ぜる焚火の音と温もりが感じられた。
「僕は、どうも洞窟と縁があるみたいだな」
自嘲気味に独りつぶやくと彼は上体を起こしその場であぐらをかいた。
「ようやく目が覚めたか?」
突然の声にブラムはギョッと辺りを見回した。
上に視線を移すと剣のように鋭い角と玉のような複数の目を持つ蛇のような頭が視界に入った。
「うわっ!」
思わずのけぞり倒れるブラムを見ながら異形の竜はハハハと楽しそうに笑った。
「なかなか良い反応だな。かつてのアリシアを思い出す」
「アリシア…?彼女を知ってるの?いや、それより彼女とレベッカは今どこに」
「二人は一度村へ報告に行くそうだ。遅くとも翌朝には戻ってくるだろう」
「嘘じゃないよな?」
「この場で嘘をつく暇があるなら、今頃お前は俺の腹の中だ。
それに俺は人と狼の肉は好かん」
そこで一度言葉をつぐむと、竜は大きな前肢をブラムの前に差し出した。
その手の上には、小さな木の椀とスプーンが乗っていた。
「腹が減っただろ?喰え」
ブラムは竜に警戒しながらも椀を受け取り椀の中を見た。
ぶつ切りにした肉の入ったスープだった。
恐る恐る口をつけると、食べ慣れた鹿肉の野性味ある味が口の中に広がった。
塩だけで少々味気ないが、悪くない。
ブラムは空腹を思い出しスープにがっついた。
椀は、すぐに空になり、竜が用意してくれた二杯目三杯目も続けて空にした。
腹が満たされ一息ついていると、竜が再び話しかけてきた。
「しかし、不思議なモノだ。住処の近くに不躾な輩が来たと聞き仕置きをしようとしたら、懐かしい友の匂いが染みついた見知らぬ少年に会ったのだからな」
「それって僕のこと?」
「他に誰がいる?」
「懐かしい友って?」
「マリ・ゴールドと言えば分かるか?」
竜はそう言いながら、頭を低くし顎を地面の上に乗せた。
「マリを知ってるの?」
ブラムはそう問いかけ身を強張らせた。
「ああ。俺は、彼女の使い魔だったからな」
その言葉を聞いた瞬間、ブラムの脳裏にある情景が浮かんだ。
マリの記憶の中に入った時に見た、ロキの前でマリと並んでひざまずいていた人間の姿の男。
彼の黒髪と青い瞳は、目の前の竜の鱗と目に良く似ている気がした。
それとともにマリが見送りの際に言った一言が蘇った。
―アゾットと言うヤツに会ったらよろしく伝えておいてくれ。
「使い魔って、もしかして…」
ブラムが問うと、竜はうなずいた。
「お前は、アゾット?」
「そこまで聞いていたのか?」
そう言った瞬間、竜の身体が突然縮み始めた。
やがて、マリの使い魔だったアゾットは猫ほどの大きさになると、ようやく収縮をやめた。
不気味な多眼はそのままだが、妙に愛くるしく見える。
「あの時は、この姿でマリとともに過ごしたモノだ。
マリは、今どこにいる?」
アゾットは目を輝かせながら尋ねた。
当時の主人に対する敬愛が嫌と言うほど伝わり、ブラムは良心にチクリとした痛みを感じた。
「それは教えられない」
「使い魔の俺にもか?」
ブラムはうなずくしかなかった。
「今のマリは、過去の柵から解放されて幸せに暮らしているんだ。
できれば、これ以上誰かに干渉されないでもらいたいんだ」
「そうか…」
言い過ぎただろうか。
ブラムは、落胆の色を隠さず項垂れるアゾットを見ながら胸を痛めた。
「いや。アイツには、その方が良いんだろう。
アイツは、もう多くの苦しみを背負ってきた。
これ以上俺たちが干渉しても、苦しめるだけだからな」
「そんなことは、ないと思う。
マリは、君の事気にかけてたみたいだし」
何かこの悪魔を励ます言葉はないだろうか。
考えてみたが、妙案は出なかった。
「それが聞けただけでも嬉しいよ」
アゾットは気を取り直したように言った。
「そう言えば、お前の名前を聞いてなかったな」
「あ、うん、そうだったね。
僕の名前は、エイブラハム・ハーカー。皆からはブラムって呼ばれてる」
使い魔の立ち直りの速さに一瞬戸惑いながらブラムはいつもの自己紹介をした。
「エイブラハム…」
アゾットは反芻するように、ブラムの名前をつぶやいた。
「なるほど、運命とは分からないことだらけだな。
ところで、ブラム。少しで良いから、マリの話を聞かせてくれないか?
契約が切れているとは言え、主人の秘密は全て独占されるのは癪なのでな」
アゾットは、そう言いながら悪戯っぽく微笑んだ。
「うん。いいよ」
ブラムは、彼の反応にいささか戸惑いを感じたが、快く応じマリと初めて出会った頃から今までの話の一部をアゾットに話して聞かせた。