Scape wolf 5-8「契約」

  「契約」

  外から差し込むわずかな光が目蓋に当たりブラムは深い眠りから覚めた。

  巨大な竜アゾットの温かい腕に抱かれて眠ったせいか、久々にグッスリ眠れた気がする。

  「起きたか?」

  強張った身体を唸りながらほぐすブラムに向かってアゾットは尋ねた。

  「うん。アリシアとレベッカは戻って来た?」

  「いや。だが、そろそろ…。

  と、噂をすればだな」

  アゾットは、そう言いながら洞窟の入り口を見た。

  そこには、ブラムが良く知る二人の姿があった。

  「ごめんなさいブラム。私が不注意だったばかりに…」

  レベッカは、真っ先にブラムのもとに駆け寄るとそう言いながら頭を下げた。

  「気にしなくて良いよ、レベッカ。仕事中のケガなんてよくあることだし」

  ブラムは、そう笑いながら返したが、続けてアリシアが持ち出してきたモノには流石に言葉を失った。

  「カラスたちに聞いてリュバンと繋がりのある鍛冶屋全部に頼んでみたけど、どこも直すのは難しいって言ってたの」

  彼女はそう言いながら、バラバラになったブラムの長剣を取り出した。

  誰が見ても明らかなほど無残な姿にブラムは言葉を失った。

  彼は奇跡的に原型を止めていた鍔を拾い上げると、そっと表面を指で撫でた。

  「大切なモノらしいな」

  アゾットの言葉にブラムは静かにうなずいた。

  「ミナ―昔の師匠にもらった剣なんだ…」

  「形見みたいなモノか」

  「そうかもね…」

  ブラムは手にした剣の鍔を胸に抱きながら言った。

  「形あるモノだけが思い出とは限らないわ」

  アリシアの言葉にブラムはうなずくことしかできなかった。

  彼女の言う通りだ。ミナとの思い出は、この剣ばかりじゃないんだ。

  ブラムは自分にそう言い聞かせると両の手で頬を思いきり叩いた。

  力加減を間違えヒリヒリとした痛みが長引く結果になったが、おかげで頭の整理がついた。

  「そうだね。ありがとうアリシア」

  「い、いや別にそんなつもりで言ったわけじゃあ…」

  アリシアは、オドオドしながら言った。

  和やかな空気が流れ始めた頃、アゾットが再び口を開いた。

  「それはそうとして、ブラム。お前もストレイである以上丸腰では心許ないだろう?」

  「僕には、まだこれがあるよ」

  ブラムはそう答えながら腰に差していたマンゴーシュを指でさし示した。

  ミナから貰ったモノでないが、これも大事な宝物だ。

  「ふむ。なかなか面白い武器だ。

  だが、これはあくまで他の武器を補佐する剣。もうひとつ得物が欲しいのが正直なところでないか?」

  「それは、そうだけど…。

  アゾットは、どこか良い鍛冶屋でも知っているの?」

  ブラムがそう問いかけると、アゾットは得意げに笑みを浮かべながら答えた。

  「鍛冶屋の当てはないが、俺自身が剣になることができる」

  「アゾットが剣?」

  「忘れたか? 俺は、昔マリの使い魔だったんだぞ」

  「つまり、あなたブラムの使い魔になるってこと?」

  横からアリシアが問いかける。

  「その通り」

  アゾットは巨大な頭を縦に振った。

  「それって、どう言うことですか?」

  一人だけ話についていけてない様子のレベッカが尋ねた。

  彼女の質問に答えたのはアゾットだった。

  「使い魔の契約と言うのは、言いかえれば主従の契約だ。

  使い魔となる悪魔が、主人に自身の一部を与え魔力で持って契約を結ぶ。

  どちらかが一方的に契約を破れば、それなりの痛みが伴う強い契約だ」

  「まあ、双方の同意のもとの契約だし、条件付きで解消も自由だから、そんなにしっかりしたモノでもないんだけどね」

  アリシアが、つけ加えて説明した。

  「その言い方は、ないだろう」

  アゾットは、不機嫌そうに喉を鳴らしながら言った後ブラムの方に鼻先を向けた。

  「伴に言葉を交わし、お前とともに旅をしてみたくなった。

  以前にマリとそうしてきたようにな」

  「それは、僕がマリと一緒に旅をしていたから?」

  「そうだととも言えるし、違うとも言える。

  確かに俺はマリの友人としてのお前にも興味があるが、それ以上にお前自身に対しても興味を持っている。

  無論、契約する以上いついかなる時でもお前を支えるし、必要ならば干渉も最小限に止める。

  どうだろうか、ブラム。俺をお前の剣と盾にしてもらえないだろうか?」

  最後の一言は、提案と言うより強い懇願のように聞こえた。

  「うん。僕もアゾットと一緒に旅してみたい。

  僕の方からもお願いできるかな?」

  ブラムは、すぐに答えを返した。

  彼もマリの友人として、そして一人の個人として目の前の竜に関心を抱いていた。

  「ありがとう、エイブラハム・ハーカー」

  アゾットは畏まった口調で言うと、おもむろに自身の腕に爪を立てた。

  周りの一同が驚き声を上げるにも構わずアゾットは手首から流れ出たどす黒い血を近くのあった椀に注いだ。

  改めて見ると、彼の左腕には一ヶ所だか鱗の色の違うところがあった。

  「これを飲んでくれ。契約の印だ」

  竜はそう言いながら血の入った椀をブラムに差し出した。

  ブラムは一瞬だけ躊躇ったが、すぐに椀を受け取ると一気に飲み干した。

  強い酒を飲んだ時のような焼けつく感覚が喉を伝い胃の腑に落ちていく。

  全身がむず痒くなり、血に反応して身体が本来のアルプのモノに変わっていくのが感じられた。

  これでしばらくは、人間の姿にはなれないだろう。

  ブラムは、ぼんやりとそんな事を考えながら竜の血の魔力が収まるのを待った。

  「契約成立だ」

  しばらくして意識がはっきりとして来るとアゾットは言った。