Scape wolf 5-13「憎しみの連鎖」

  「憎しみの連鎖」

  「それで、何故お前たちがここにいる?」

  馬車の中で、ルーは、先程まで交信に使っていた水盆を隣に置くと不機嫌そうに尋ねた。

  彼の目の前の席の端ではセラが腰かけ、その隣をブラムとアゾットが占拠していた。

  「僕も良く分からない」

  ブラムは、ルーの問いかけにそう答えると、窓から外の景色を眺めた。

  獣化がまだ解けていないらしく、目深に被ったフードから丸みのあるマズルが飛び出している。

  「ただ、今行かないと後ですごく後悔する気がするんだ…」

  彼はポツりと言うと、ふと何かを思い出したように山猫のような顔をルーに向けてきた。

  「僕も聞いていいかな?」

  「何だ?」

  「さっき、ロキが貴方のこと〝兄上〟って言っていたけど、二人は兄弟なの?」

  ルーは一瞬言葉を詰まらせ唸ったが、思い直したように頭を振ると口を開いた。

  「確かに俺とロキは兄弟だった。

  と言っても、同じ師匠の元で育った兄弟弟子だがな…。

  最初の頃は、俺もヤツも同じ志を持っていたんだが、師匠が死んでから互いの考え方に相容れいない違いができてしまった。

  気づいたら、互いに仲たがいしていて俺はガルニエとともにウールヴヘジンを、ロキはガルムとともにリュバンを作っていた。

  俺もロキも、それから各地のストレイや行き場のない魔物たちを集めて組織を大きくしていった。

  相容れない理想を抱えながらな」

  「その理想って?」

  「根本は、どちらも同じ。人間と魔物の共存だ。

  俺は、人々の信仰を使いそれを成し遂げようとした。

  ウールヴヘジンが修道院という形を取っているのも、そのためだ

  だが、ヤツは自分たちの権利を主張することで、それを成し遂げようとしている。

  権利の主張は暴力につながる。それでは、前に進まないと言うのに、ヤツは未だにその考えに捕らわれているんだ…」

  「それは違うな」

  突然アゾットが口をはさんできた。

  「どう言うことだ?」

  とルー。

  「お前もロキも同じだ。自分の理想に囲われているわけじゃない。

  自分の理想を疑いながらも、後戻りできなくてそれでも進むしかなくて理想にしがみついているんだ。

  お前自身ももう分かっているんだろ?」

  「…」

  ルーは、何も答えず、うなることもなく顔を下に向けた。

  その時だった。

  ガタンという音をたて馬車が急停車した。

  「何?」

  先程までうたた寝をしていたらしいセラが目を開けて尋ねた。

  「どうした?」

  ルーは、馬車から降りると従者に尋ねた。

  ブラムたちもその後に続く。

  従者は問いかけに答える代わりに悲しげな顔で前を指さした。

  そこには、重厚な鎧をまとい様々な武器を手にした人間たちが行く手を阻むように立っていた。

  「退魔騎士だな」

  アゾットは、人間の集団を見ながらつぶやいた。

  見た限り、退魔騎士の数は数百人ほど。

  国の退魔騎士の半数以上がそこに集まっているように見えた。

  「我が名は、ウールヴヘジン副司祭ルー。

  そなたたちを退魔騎士と見受けるが、何用でこの地に参った?

  ここは、すでに我ら以外不可侵の領域、用がないのであればお引き取り願いたい」

  ルーは、揚々とした声で退魔騎士たちに言った。

  普段の話し方とはまるで違う威厳に満ち溢れた声だった。

  しばらくして、退魔騎士の一人が答えを返した。

  「我ら退魔騎士、貴様らの頭ガルニエが国家転覆をはかっていると聞き、この地にやってきた。

  我ら退魔騎士は今こそ貴様ら魔物を根絶やしにする好機と知り今この時よりこの汚れた偽りの修道院を魔物掃討の足掛かりとするため、この地に参った。

  さあ、覚悟してもらおうか汚らわしい獣どもよ!」

  その言葉を合図に退魔騎士たちは一斉に武器を構えた。

  そして、一本の矢が誰かが反応する間もなくルーの胸に向かって飛んで行った。

  「ルー危ない!」

  突然、セラが前に飛び出し、ルーの前に立った。

  彼女は、背を矢で射ぬかれそのまま倒れた。

  ルーは、血を流して倒れる自身の使い魔を見た。

  彼女はうつ伏せに倒れたまま動かない。

  次の瞬間、ルーの目に今までにない激情の色が宿った。

  「汚らわしい獣ども、か…」

  ルーは、そう言いながら左手で顔を抑えた。

  指の間からわずかに見える右眼が黄色く染まり始めた。

  「人間のため、命を懸け、時に仲間を見捨て、蔑まれようとも耐えてきた結果が、これか…」

  彼はそう言うと、腰に下げた銃を引き抜き銃口を目の前に向けた。

  彼の目は、どこを見ているのか分からないようだった。

  「こんな仕打ちに耐え涙を飲む俺たちは貴様らにも劣るモノなのかーーーーー!」

  ルーは半狂乱になりながら撃鉄を起こした。

  「やめろ、ルー! 自分の理想を殺す気か!」

  アゾットが叫びながら、前に飛び出そうとした。

  「大馬鹿野郎!」

  その時、突然空から声が振り直後に何かがルーの頭上に落ち、彼は砂煙を上げながら地面に倒れた。

  その背の上には、狼の姿のマリが乗っていた。

  「こんなところで、堕心してどうする?

  修道院でお前を信じて待っているヤツらを見殺しにする気か!」

  彼女はそう怒鳴りつけると、ルーの背から飛び降り勢いよく彼の身体を蹴り飛ばした。

  マリは一つため息をつくと、アゾットとルーの方を向いた。

  「セラの止血を頼む、すぐに治療するから」

  彼女は二人に向かってそう言うと、退魔騎士たちの方を見た。

  「今すぐ撤退しろ。さもなくば、私のリュバンの同胞が貴様らを一人残らず地獄に送る」

  そう言いながら、マリは手を上に挙げた。

  一同が見上げると、そこには多種多様な空を飛ぶ魔物が獲物を探すハゲワシのように旋回飛行していた。

  数こそ退魔騎士より少ないが、魔物一人あたりの戦力を考えれば戦局は人間側が圧倒的に不利な状況だ。

  「クソっ!撤退だ!」

  誰かの一声で退魔騎士は一斉にその場から立ち去った。

  「攻撃部隊は周囲を警戒。輸送部隊は地上で待機。急げ」

  マリは、空の魔物隊に向かって叫ぶと、セラの方へ歩み寄った。

  すると、魔物の何人かが四方に散開し、残ったモノが地上に降りてきた。

  地に降り立った魔物たちの背には多くの人間や魔物が乗っていた。

  その中にブラムは懐かしい顔を数人見つけた。

  リュバンの戦士たち、レベッカ、そして…。

  「スヴェート!」

  ブラムは、マリに後のことを任せるとそのヒトの元へ駆け寄り抱きついた。

  衣服越しに伝わる毛の感触が懐かしい。