「復讐」
「見えた。王都だ!」
修道院を飛び立ってから数時間後、ルーは前方を指さしながら叫んだ。
「うわあ、大きい…」
ブラムは声を漏らす。
「まさか、またここに戻ってくるとはな…」
マリはポツりとつぶやいた。
ワイバーン隊は、王都から迎えにきたフギンとムニンに先導されると、手近な空き家に着地し先行隊を降ろした。
一同は再びワタリガラスたちに案内されロキたちのいる仮の拠点の指令室に通された。
「現状は?」
指令室に入るなりルーはロキに尋ねた。
「最悪だよ。
仲間の士気は半減。せっかく募った義勇兵も半数が離脱した。
表向き誰もガルニエ側に寝返らなかったのは不幸中の幸いだろうな」
ロキはそう答えると頭を抱えた。
「対策はあるのか?」
「ない。だから、今から突っ込む」
「相変わらず無謀だな…」
ルーはため息をつきながら言った。
「これだけ精鋭が揃っているんだ。試す価値はあるだろう?」
ロキは、普段の大らかな印象と違う指導者らしい態度で言った。
ルーは周りを見回した。
リュバン側もウールヴヘジンの仲間たちやセラまでもがロキの意見に賛同しうなずいている。
副司祭は、もう一度ため息をついた。
「議論する余裕もないようだな…」
彼はそう言うと、窓から外の景色を眺めた。
太陽は西に傾き始めていた。
ウールヴヘジンとリュバンの合同軍の出撃はその後すぐに始まった。
拠点入り口前でロキの演説が始まる。
彼の手にはデボラが化身した大槌が握りしめられていた。
「戦士たちよ、この厳しい状況の中よく残ってくれた。
これから貴殿らの向かう戦地は今までにないほど過酷なモノになるだろう。
だが、我らは決してあきらめない!
たとえ魔物のためであってもガルニエの蛮行を許してはならない。
彼の行いは、支配である。
これは、我々が人間から受けてきたのモノと何ら変わらない。
貴殿らなら分かるだろう?
支配は憎しみを生み、憎しみはやがて暴力となり、争いとなる。
貴殿らは何度なく支配され恨まれ憎しみ暴力を振るったかもしれない。
ガルニエの行おうとしているのは、この連鎖の繰り返しでしかない。
支配に未来はない。共存こそが我らの願い」
「共存!」
誰かが声高に叫んだ。
「貴殿らが望むモノはなんだ?」
ロキは、声に合わせるように問いかけた。
「共存!」
「自由!」
「権利!」
様々な声が飛び交う。
「貴殿らの憎むモノはなんだ?」
再びロキが問う。
「支配!」
声が揃った。
「そうだ、今こそ支配に立ち向かうのだ!」
あちこちから鬨の声が上がり、一同は王城に向かって歩き出した。
[newpage]
王城ではガルニエの軍が臨戦態勢で待ち構えていた。
半数はウールヴヘジンの者だったが、残りは各地から水鏡の映像を見て集まった魔物たちだった。
これも支配によってうまれた憎しみの一部なのだろうか。
正門周辺の軍を後続隊に任せるとマリたちは、正門に向かって進撃した。
だが、数が予想以上に多すぎる。
これでは、城に入る前に消耗してしまう…。
「先に行ってください!」
スヴェートが近くにいたゴブリンを鎌で薙ぎ払いながら叫んだ。
「ここは私たちで食い止めるから、日没までにガルニエのところまで行って」
妖精の言葉に続いてシアが声を上げた。
隣に立つオルフェもうなずき弓に矢をつがえた。
「行こう!」
マリはそう言うと、正門に向かって駆けだした。
それぞれのロキとルーは彼女に続き王城へ駈け込む。
「あなたも行ってください!」
スヴェートはブラムに向かって言った。
彼は一瞬迷ったが、すぐに三人の跡を追うことにした。
「ありがとう。皆気をつけて」
最後にそう言い残すと、ブラムは王城の中に入った。
王城の入り口広場は当時そこにあったであろう栄華を失い閑散としていた。
ブラムは敵襲に備え長剣に化身したアゾットの柄を握りなおすと、周囲に視線を移した。
「早速お迎えのようだ」
ルーが前方を見ながら言った。
彼の視線の先にはフェンリルが立っていた。
一行は、身構え目の前の人狼の動きを見た。
「待て。何かおかしい…」
マリが、突然口を開いた。
ブラムは改めてフェンリルを見た。
人狼は、武器を持たず、アンデットのようにフラフラとした足取りでこちらに近づいている。
どういう訳か、腹部が血で汚れそこから血が滴っている。
その目は獣のような黄色の目だった。
「堕心だ」
ブラムがそうつぶやいた時だった。
突然、フェンリルの身体が膨れ上がり、マリと似たケモノの姿に変わった。
「ガアアアアアアアア!」
理性を失ったフェンリルが雄叫びを上げた。
「お前たちは手を出すな」
マリは、ロキとルーと二人の使い魔に向かって言うと、続けてブラムの方へ視線を移した。
「ブラム、アゾット、援護を頼む」
「どうするつもりだ?」
アゾットが問いかける。
「復讐だ…。
手を貸してくれるな?」
ブラムは、しばらくの間マリの目を見た後うなずいた。
「分かった」
「俺はどちらの主人にも従うぜ」
「ありがとう」
マリはそう言って笑いかけると、フェンリルの方を見ながら自身の身体をケモノのそれに変えた。
「二人ハ先ニ行ケ」
マリの言葉にロキとルーは渋々従い王の間へ駈け出した。
と、フェンリルが二人に向かって駆けだした。
ブラムは、ケモノの顎に飛び蹴りを入れそれを制した。
「お前の相手は…」
「私タチダ!」
ブラムとマリの言葉が揃う。
「グガガガガガッガガガ!」
フェンリルは怒りの咆哮を上げブラムに掴みかかろうとした。
しかし、横からのマリの体当たりを喰らい、壁に肩をしたたか打ち付けてしまう。
そこへブラムが駆けより剣を横にはらう。
フェンリルの方が素早く狙いが外れてしまったが、それでも大腿部を深く抉ることができた。
足の負傷でフェンリルの巨体が揺れる。
その隙をついてマリが大きな手で彼の頭に掴みかかりそのまま地面に叩きつけた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」
人狼の固い頭骨にぶつかり床に大きなひび割れが走った。
人間であれば即死級の一撃にフェンリルは昏倒し、泡を吹いた。
「ブラム!」
マリは声を上げながら、ブラムにあるモノを放った。
ブラムは、左手のマンゴーシュを放るとその手で彼女の投げたモノを掴んだ。
それは、注射器だった。
彼は、すぐにマリの意識を理解すると、彼女の抑え込んでいる人狼のもとへ行き。その肩に注射器を突き刺した。
ピストンを押し中の紫色の薬液を血管に流し込む。
しばらくすると、フェンリルの身体が縮小を始め等身大の大きさに戻ると変化が止まった。
目覚めた人狼は、ゆっくりと目を開けると自身の手を見つめた。
彼の目は堕心した時と同じ黄色の目だった。
「生き…てる?」
フェンリルはそうつぶやくと、横に立つマリを見上げた。
いつの間にやったのだろう。彼女は人狼の姿に戻り破れ飛んだ服ももとに戻していた。
「それが、お前への復讐だ」
マリは冷淡な声で言い放った。
「生きろ。生きて罪を償い続けろ。
自死を選べば、もっと恐ろしいことが起こると覚悟するんだな」
彼女はそう言い残すと、フェンリルに着ていた赤いローブ投げてよこし先に向かったロキたちの跡を追い歩き出した。
フェンリルは酷い倦怠感で起き上がることもできず、ただ寒さに凍えないようマリのローブにしがみつくことしかできなかった。