強欲な司祭

  水の大陸最大の街、ワイワイタウンの中心地にある教会には白陽教のシンボルであるレシラムの彫刻が彫られている。それはワイワイタウンを見下ろしており、まるで天から人民を支配しているかのようである。レシラムの彫刻の足下には数多くの信者がひれ伏せており、レシラムを崇めている。

  その胸には白い装飾品があり、彼らが熱狂的な信者である事が伺える。信者達はレシラム教の教えを口に出しレシラムの彫刻に頭を下げ、ひたすら頭を下げていた。

  教会の窓から信者達を見下ろしている白衣のリザードン、レシラム教の教皇であるオズボーンはワインで満たされたグラスを傾けると、その味を堪能していた。室内には派手な装飾品や調度品、高級な家具が並べられており、オズボーンの財力や権力がどれ程の物か伺える。それらを尻目にオズボーンはワインを飲み干すと、グラスをテーブルの上に置いた。

  ガラス細工が珍しいこの世界において、グラスは非常に高級な品である。そんなグラスを乱雑に扱うオズボーンは清潔なシーツが敷かれた寝台に目を向けた。

  寝台の上にはエンペルトのフルトにより連れて来られたゼラオラの巫女が横たわっており、か細い呼吸をあげている。彼女の全身は汗ばんでおり、足の付け根の合間からは白い液体が垂れている。巫女の顔には真新しい痣があり、その目は微かに潤んでいる。

  その姿を見たオズボーンはニヤリと笑うと、白衣を脱ぎながら寝台に歩み寄った。そのままオズボーンは寝台に上がると、横たわる巫女の横顔を舐めた。

  唾液で濡れた巫女の顔を見下ろしたオズボーンは目を細めると、白い液体の垂れる巫女の股間にナニを押し挿れた。

  「これでお前は私の物だな」

  顔を伝わるオズボーンの唾液の感覚と下半身から伝わる振動、オズボーンの言葉が巫女の脳内に響き渡る。巫女は疲れきった表情のままオズボーンの全てを受け入れており、口角から唾液を垂らしている。まるで人形のように反応しない巫女の姿を見たオズボーンは僅かに眉間に皺を寄せると、握り拳を作り、巫女の顔を殴った。

  室内に湿った音と肉を打つ音が木霊し、微かに巫女の悲鳴が漏れた。その声を聞いたオズボーンはニヤニヤと笑みを浮かべ、腰を振り続けた。

  彼の脳裏には処女を失い、暴力と痛みに悲鳴をあげる巫女の姿が過ぎり、ナニが硬くなるのを感じた。

  「少しは泣け、つまらないだろう...」

  オズボーンはそう呟くと巫女の顔を殴り、腰を振り続けた。それに合わせ、巫女の悲鳴が微かに漏れるが、オズボーンは意に介さない。巫女の目から涙が溢れ、シーツに垂れた。

  扉がノックされた。

  その音に気を取られたオズボーンは無意識の内に果て、それを受け止めた巫女は涙目のまま、虚空を見上げていた。硬い木製の扉が開かれ、室内に牡のエンブオー、大司祭アイザックスと牡のエンペルト、巫女の付き添い人であるフルトが入ってきた。アイザックスはオズボーンに向かって深々とお辞儀をすると、重々しく口を開いた。

  「お取り込み中に申し訳ありません、フルトの商品ですが、他の物は如何いたしますか?」

  アイザックスの問いにオズボーンは「好きにしろ」と返すと、アイザックス達に向かって部屋を出るように手を振った。それにアイザックスとフルトは素直にお辞儀すると、静かに部屋を後にした。

  扉が閉じる瞬間、フルトの目には乱暴に抱かれる巫女の姿が映った。その姿を横目に流したフルトはアイザックスと共に廊下を歩くと、オズボーンの部屋を後にした。彼らはレシラム教の本部内を歩くと、階段を降りた。

  やがてフルトとアイザックスは階段を降り続けると、薄ら寒い空間へと入った。石畳みのそこを闊歩するフルトとアイザックスは、冷たい空気の漂うそこを歩き続ける。

  そして空間の先にある扉に辿り着いたフルトは、それに手をかけると躊躇なく開けた。薄暗い室内にはフルトの商品を見張る武装したレシラム教団の信者達が立っており、彼らの視線の先には手足に鎖を付けられた商品、キザキの森の集落から攫われた住民達の姿があった。その中にはバクフーン、将校と手を組んだ集落の村長であるヨルノズクの姿もあり、その全身は幾本もの傷が付けられている。室内に入ってきたアイザックスとフルトに気がついた村長は震える嘴を動かし、か細い声を絞り出した。

  「な、なぜ私も...私もあなた達の新しい神を受け入れたのに...」

  微かに木霊した村長の言葉を聞いたアイザックスは怪訝そうな表情を浮かべ、疑問の言葉を投げ掛けようとしたが、それより早くフルトが手を振った。その合図に従った信者の1人は村長の腹部に蹴りを入れると、彼の言葉を邪魔した。

  室内に村長の噎せ込む音が微かに響く。

  その姿を見たアイザックスは疑問の目をフルトに向けるが、フルトは意図的にアイザックスの視線から目を逸らした。彼の目は奴隷に落とされた住民達の向こう、暗い部屋の隅に向けられていた。光の届かない部屋の隅からゆっくりと歩いてきた白衣を着た牡のバクフーン、将校はフルトに向かって微笑むと、穏やかな声で話し出した。

  「アイザックス大司祭様、向こうの部屋に貴方様への贈り物があります。是非とも御接収ください」

  柔らかな笑みを浮かべる司祭の言葉にアイザックスは戸惑いの表情を浮かべたが、「そ、そうか...」と呟き、部屋を後にした。その背中を見届けた司祭とフルトは互いの顔を見て頷きあうと、右手を己の胸に当てた。

  「ディアルガ様のために」

  「ディアルガ様のために」

  司祭とフルトの言葉は室内に反響し、それに合わせてレシラム教の信者達、いや闇のディアルガを心棒する時の守護者達もまた、右手をそれぞれの胸に当てた。彼らは息を揃えて口を開くと、司祭とフルトが口に出した言葉を繰り返した。

  *

  「...」

  薄暗い地下室を後にしたアイザックスは足を動かし続けると、先ほど目にした司祭の笑みを思い出した。柔らかな笑みを浮かべるバクフーンの司祭は、レシラム教の重鎮であるアイザックスも知らない青年であった。レシラム教の幹部は華族であるリザードン、バクフーン、バシャーモ、ゴウカザル、エンブオー、マフォクシー、ガオガエン、エースバーン、ラウドボーンなどがその地位を占めている。故にバクフーンの青年がレシラム教の司祭を務めるのは自然な事である。

  「...薄気味悪い男だ」

  アイザックスは気がついていた。あのバクフーンの司祭が自ら喜んで虐殺の場であるキザキの森の集落に繰り出した事を。あのバクフーンの司祭は口巧みに村長を籠絡させ、生き残った住民を奴隷商人の手に渡した事を。あのバクフーンの司祭は見返りに奴隷商人であるフルトを通して、教皇オズボーンが好みそうなゼクロム教の生娘を用意し献上した事を。

  その行動はオズボーンに取り入るためとも見られるが、アイザックスの目には何か別の目的があるように見えた。だが、その目的がはっきりと見えないアイザックスはバクフーンの司祭がとても薄気味悪い存在に思えた。言葉に表せられない雰囲気を纏う司祭の笑みがアイザックスの脳裏を過ぎり、微かに舌打ちした。

  アイザックスは廊下を闊歩すると、司祭の示した部屋へと足を踏み入れた。教皇であるオズボーンの部屋ほどではないが、豪華な装飾品と家具で飾られた室内には小さめの寝台が置かれており、その上には美しい宝石を身に纏い、情欲を誘う香りを漂わせる牡のルカリオ、オズワルドの姿があった。彼はアイザックスを誘うような目つきで見つめると、彼に向かって手を差し伸ばし、尻を左右に振った。そして両手で己の尻の肉を掴むと、それを左右に開き、湿った排泄孔をアイザックスに見せつけた。まるで情夫のようにアイザックスを挑発するオズワルドは、内心苦笑いを溢すと数時間前に交わした会話を思い出していた。

  調査団の団長である牡のデンリュウと牝のクチート、ウルスラと顔を合わせたオズワルドと牝のゾロアーク、ニコルと牝のマフォクシー、ヘレンはレシラム教の大司祭であるアイザックスと人身売買業者を同時に抑えるべく、作戦を練っていた。幸いな事にアイザックスの食らいつきそうな餌はその場にあったため、ニコルと団長は如何にオズワルドを奴隷商人の商品に混じり、アイザックスの下に送り込むか相談した。半刻ほど話し合い、団長は港湾労働者を買収し、港から教会へと運び込まれる荷馬車を特定し、そこにオズワルドを紛れ込ませた。オズワルドも再度アイザックスに会う事に苦い表情を浮かべたが、それでも彼の罪を白日の下に晒すべく、団長の作戦に載った。

  そして、オズワルドは単身奴隷を運ぶ荷馬車に乗り込み、そのままレシラム教団の建物内へと侵入した。他の薄汚れた奴隷達とは異なり、宝石と香水で身を清めたオズワルドはフルトの目に留まり、アイザックスへの献上品として別室に運び込まれた。

  待つ事数時間、ようやくアイザックスと出会えたオズワルドは彼を魅了しようと腰を振り続けた。その姿を見たアイザックスは微かに目を細めると、舌舐めずりしオズワルドの載る寝台へと歩み寄った。彼は微かに息を荒げると、オズワルドの顔と尻を見つめた。

  「フルトの奴め...私の好みをよく把握しているな」

  愉快そうにアイザックスは呟くとオズワルドの乗る寝台に歩み寄った。オズワルドはアイザックスに向かって挑発的な笑みを見せると、腰を振った。微かに漂う香水の匂いがアイザックスも鼻を満たし、それとオズワルドの体臭を嗅いだ彼は下半身に熱が広がる感覚を意識した。彼の浮かべる笑みを見たオズワルドは再度腰を大きく振ると、湿った排泄孔をまじまじと見せつけた。それを見たアイザックスは生唾を飲み込むと、ゆっくりと寝台に登った。

  「脱げ」

  アイザックスの言葉を聞いたオズワルドは身体を覆っていた白いシーツを拭うと、アイザックスに向かって手を振った。その姿を見たアイザックスはオズワルドの身体に手を伸ばすと、彼の身体に覆いかぶさった。

  その光景を壁の隙間から見ていたゾロアークのニコルはオズワルドに対する罪悪感を抱きつつも、彼に対する感謝の念を抱いていた。

  「...今のうちに証拠を抑えないと」

  そう呟いたニコルは廊下の壁に空いた隙間から離れると、奴隷達のいた部屋に向かって足を運んだ。気配を殺しながら薄暗い廊下を歩き続け、やがてニコルは冷たい空気が漂う一室にたどり着くと、入り口から中を覗き込んだ。室内には手足を鎖で拘束された奴隷達の姿があり、その顔には絶望の色が滲み出ていた。彼らの傍には奴隷商人であるフルトとバクフーンの青年が立っており、冷たい目で奴隷達を見下ろしていた。

  「アイザックスは?」

  バクフーンの青年、将校の質問にフルトはニヤリと笑った。

  「私の用意した商品を味わっている頃でしょう。これでレシラム教の大司祭も我らの思う通り...あとは時の歯車を盗んだジュプトル、あれとグレーゴルを排除すればディアルガ様を阻む物はいなくなります」

  フルトの報告を聞いた将校はニコリと微笑むと、目を細めた。そしてフルトの顔を見ると、静かな声をあげた。

  「ジュプトルの追跡はヴィレムに一任する。フルトは先行したフランツ、Kと合流後、引き続き活動資金の調達と情報収集をしなさい。私はオズボーン教皇達の傍に残り、事態のコントロールに当たる」

  将校の命令を聞いたフルトは深々と頭を下げた。その光景を奴隷達は不思議そうな目で見ているが、将校は涼しい表情のまま彼らを見渡すと、横目でニコルの潜む入り口を見た。感情の起伏すら感じられない冷たい目を向けられたニコルは背筋が凍りつく感覚を抱いた。

  「ひっ...」

  それに身を貫かれたニコルは無意識の内に悲鳴を漏らした。それは静かな部屋に木霊し、将校は微かに口角を歪めた。直後、彼は火の付いたマスケット銃を構えると、躊躇なく引き金を引いた。

  室内に銃声と火花が広がる。

  放たれた銃弾はニコルの潜んでいる壁に命中し、破片が彼女の身体に降り注ぐ。銃声と破片に怯んだニコルは身を屈めると、そのまま逃げ出した。全速力で走り去るニコルの姿は直ぐに陰の中に溶け込み、将校とフルトの目に止まらずに済んだ。だが、室内に転がる村長と奴隷達は将校の持つマスケット銃を不思議そうな表情で見ており、疑問の目が向けられる。

  「それは...何だ?」

  村長の漏らした言葉を聞いた将校は、再び笑うと時の守護者達に向かって合図を送った。守護者達は続々とマスケット銃を取り出すと、銃口を村長達に向けた。それを見た村長の顔が凍りつき、口を開き何かを言おうとした。

  その光景を見たフルトは、嫌そうに顔を背ける。

  村長が言葉を発する前に将校が手を振り下ろし、それを皮切りに銃声が響いた。

  銃声と悲鳴に混じり、生々しい音が逃げていくニコルの耳に届いた。それを聞いたニコルは思わず目を閉じると、無我夢中のまま走り続けた。

  「...ごめんなさい」

  救えなかった奴隷達に対する罪悪感を言葉で表したニコルは速度を緩めずに駆け続けると、オズワルドと合流すべく彼の下に向かった。同じ頃、アイザックスの太い腕に抱き締められていたオズワルドは遠くから響いたマスケット銃の発砲音に耳を揺らした。それはアイザックスも同様であり、怪訝そうな表情で顔をあげたアイザックスは眉根を寄せると、音が聞こえてきた方向に目を向けた。

  「今のは...マスケットの銃声...」

  そう呟いたアイザックスの脳裏に薄ら笑いを浮かべるバクフーンの青年の顔が過った。そしてバクフーンとよく似た雰囲気を纏うエンペルトのフルトの顔が過った。彼らの表情とフルトが用意した目の前の商品を見たアイザックスは、ようやくオズワルドの顔を思い出した。

  カピンタウンの裏通りで買った情夫の顔を。

  アイザックスの表情が少しずつ凍り付き、それを見たオズワルドは背筋を冷たい汗が流れていくのを感じた。その間、アイザックスは腕の中のオズワルドを寝台の上に突き飛ばすと、脱ぎ捨てた礼服に手を伸ばすと、その中に潜ませていたナイフを取り出した。その刃を構えると、アイザックスは躊躇なくオズワルドに向かって振り下ろそうとした。

  「ネズミがぁぁ‼」

  ナイフの切っ先は吸い込まれるようにオズワルドの胸元に突き刺さった。だが、刺さる直前にオズワルドはアイザックスの手首を掴むと、それを捻りアイザックスの身体を組み伏せた。その際、オズワルドはナイフの先端をアイザックスに向けると、そのまま彼の身体を寝台に押し倒した。

  「...あっ」

  手の中に広がる鈍い感覚と暖かさにオズワルドは小さな声を漏らすと、寝台に横たわるアイザックスを見下ろした。彼の口からは血の泡が溢れ出し、寝台が赤く染まっていく。それと室内に漂う生臭さがオズワルドの五感を刺激し、彼は激しい吐き気を抱いた。

  「おえっ...」

  吐き気を我慢できなかったオズワルドは寝台の上で吐瀉すると、胃の中身を全て出した。それは冷たくなったアイザックスの身体にかかり、寝台を更に汚した。口腔内に酸味と苦味と特異臭が広がり、オズワルドは嫌悪感と気分不快を心中に抱いた。四肢から力が抜けたオズワルドは震えながらゆっくりと立ち上がると、寝台から降りようとした。だが、力の抜けたオズワルドの足は彼の身体を支える事ができず、彼は寝台の脇に転げ落ちた。

  オズワルドの全身を衝撃が襲いかかる。

  次の瞬間、彼の視界に古い映画のような映像が広がった。

  狭い室内に転がる時の守護者であるエビワラーの死体と広がる血の海。

  銃口から立ち昇る煙。

  微動だにしない守護者の身体。

  流刑地で処刑されるポケモン達。

  それを見下ろし微笑むバクフーンの青年。

  血に濡れたオズワルドの両手。

  自身に向けられる憎悪の目。

  はっきりとしない映像がオズワルドの脳裏に広がり、床に転がったオズワルドは身体を細かく震わせた。彼の股間が熱くなり、太腿を体温程の液体が伝い落ちた。周囲にアンモニアの臭いが広がり、血の臭いと混ざり合った。それを嗅いだオズワルドは再び嘔吐すると、脱力した足を懸命に動かし逃げ出そうとした。

  扉が開かれた。

  オズワルドが扉に目を向けると、そこには全速力で走ってきたニコルが立っていた。彼女は肩で息をしながらドア枠にもたれかかると、辺りを見回して口を開いた。

  「...作戦は失敗、逃げるわよ」

  血に濡れたオズワルドの姿と事切れたアイザックスを見比べたニコルは、何があったのか即座に理解するとオズワルドの側に歩み寄り、手を引き寄せた。彼女の力にオズワルドは震える身体を預けると、込み上げる吐き気に耐えながら足を動かした。廊下の奥からは騒動に気がついたレシラム教の信者達の足音が響いてきており、それは暗闇の中で反響し言い様のない不気味さを演出した。

  その足音を聞いたオズワルドの脳裏に、再び映像が流れる。

  マスケット銃や武器を携えた時の守護者達と追われる者達。

  鉱山で酷使されるポケモン達。

  力尽き、倒れた者から首を切られ、マスケット銃で撃たれていく。

  溝へ蹴り落とされる死体。

  溝を満たす死体の海。

  漂う死臭と血の匂いに混じり、歩き続けるオズワルド。

  足音が反響し、オズワルドの鼓膜を叩く。

  映像を見ていたオズワルドの視界が霞み、やがて薄暗い廊下が見えた。ニコルの肩を借りたオズワルドは引き摺られるように廊下を歩き、アイザックスのいた部屋を後にしていた。彼の隣を歩くニコルの顔には疲労の色が滲み出ているが、彼女は何も言わずにオズワルドに肩を貸していた。

  その顔を見上げたオズワルドは震える口を開くと、ニコルに尋ねた。

  「...何かあったのですか」

  只ならぬニコルの様子から何かを察したオズワルドは、心配そうな口調で問いた。オズワルドの問いにニコルは厳しい表情を浮かべると、戸惑うような声で応えた。

  「フルトと一緒にいたバクフーン...ヤツはイかれているよ。奴らは奴隷を皆殺しにした...」

  その言葉を聞いたオズワルドの脳裏に微笑むバクフーンの横顔が映り込む。彼が身に纏う黒衣の帽子と外套、彼の側に控える狂気の笑みを浮かべたゴルカザルのヴィレムと物悲しそうな表情を浮かべるヨノワールのフランツがオズワルドの頭の中に広がり、オズワルドの身体が硬くなる。

  (来た...時の守護者達がこの世界に来た...)

  将校が来たという事は、彼の側近である者達も随伴している可能性がある。その目的が彼らの狂信する闇のディアルガを宗主としたディアルガ教をこの世界に広げることであると、オズワルドは知っていた。

  その目的を達成するためには、彼らが手段を選ばないこともオズワルドは知っていた。

  (...私はどうすれば良いのか)

  彼らの目的を知る者として、何をすべきかオズワルドは理解できずにいた。それ故にオズワルドは不安そうな表情を浮かべており、ニコルはまるで彼を慰める様に頭を撫でた。その体温を肌で感じたオズワルドは不安そうな表情のまま笑みを浮かべると、ニコルの顔を見上げた。

  薄暗い廊下を歩いていく彼らの背中を見つめる影があった。

  魔除けの六芒星の赤い模様が刻まれた白い礼服を着た牝のバシャーモ、彼女は静かにオズワルド達を見届けると、暗闇の中に消えていった。

  *

  一夜を共にしたミミロップのミストと別れたジュプトルの青年、カフカは時の歯車を隠匿した荷物と共に宿を離れると、次の歯車の手がかりを求めて旅を続けていた。道中、様々なポケモン達と出会ったカフカは、やがて草の大陸にあるカピンタウンに辿り着いた。

  街中に注ぎ込む陽光を見上げたカフカは眩しそうに目を細めると、気持ち良さそうに背伸びした。草タイプのカフカにとっても、この街は住みやすい場所であった。

  「とはいえ...裏通りは何処も同じか」

  大通りから垣間見える裏通りの薄汚れた光景と重苦しい雰囲気が何処と無く未来の世界を思い出させ、カフカは懐かしい感覚を抱いた。彼の表情は穏やかであり、気持ちが少し落ち着いたカフカは微かに息を吐き出すと、大通りに面した喫茶店に足を運んだ。店内にはカピンタウンの住民や旅のポケモン達の姿があり、カウンターには店主のガルーラの顔が見えた。

  様々な話し声が広がる店内を歩いたカフカはカウンターに腰掛けると、ガルーラに向かって「葡萄酒とパンをくれ」と言った。カフカのオーダーにガルーラは頷くと、グラスを取り出し手早く葡萄酒を注ぎ込んだ。働くガルーラの姿を尻目に、カフカは時の歯車を隠した荷物を隣に置くと、硬くなった肩の筋肉を解そうと首を動かした。

  「お兄さん、商売をしに来たのかい?」

  カウンターの向こうで手を動かしているガルーラの質問にカフカは「まあな」と応えると、手渡されたグラスを傾けた。アルコールの熱さと葡萄の豊潤な香りが口内に広がり、カフカは無意識に目を細めた。

  「布地を中心に扱っているよ、今は水の大陸で仕入れた布地を草の大陸で売ろうと思っていたが...だが張り詰めた空気が広がっている...」

  カフカの言葉を聞いたガルーラは「あぁ」と声を漏らすと、物悲しそうな目でカフカを見た。

  「少し前、キザキの森で暴動が起きたんだよ。その前にもエレキ平原でレシラム教とゼクロム教の衝突も起きてね...何でも魔女狩りも起きたとか」

  「とにかく悲惨な状況だよ」と話したガルーラは悲しそうな表情のまま目を伏せた。そして、その現場に居合わせたカフカは暴動の火蓋を切った罪悪感を胸中に抱きつつも、闇のディアルガから世界を救うために足を止める訳にはいかなった。カフカは無意識に横目で荷物を見ると、グラスに残った葡萄酒を飲み干した。

  カウンターに置かれた空のグラスに、ガルーラが新たな葡萄酒を注ぎ込んだ。

  カフカは「すまない」と応えると、店内を見渡した。

  「それにしても、世間は物騒なのにアンタの店は景気が良いみたいだな」

  彼の言葉を聞いたガルーラは微かに笑みを浮かべると、店内にいるポケモン達の顔を見渡した。

  「皮肉な事だけど、暴動の鎮圧や救助のためにギルドやレシラム教、ゼクロム教から沢山のポケモン達が送り込まれているからね。この街はキザキの森やエレキ平原に繋がる道中にあるから...彼らの休憩ポイントになっているんだよ」

  ガルーラの言葉を聞いたカフカは納得したように頷くと、店内の一角に目を向けた。そこの周囲には他のポケモン達の姿がなく、ただ不気味な鳥の様なマスクを身につけたポケモンがいた。見慣れぬ姿のポケモンを見たカフカは怪訝そうに眉根を寄せると、ガルーラに目を向けた。彼から視線を向けられたガルーラは戸惑うように目を逸らしたが、口を開いた。

  「あくまでも噂だけど、エレキ平原とキザキのもりでゼクロムの呪いが広がっているようだよ」

  「ゼクロムの呪い?」

  疑問の声をあげるカフカの顔をまじまじと見たガルーラはゆっくりと頷くと、周囲を見渡し、声を低くした。

  「あのテーブルにいる連中はゼクロムの呪いを専門とした医師達だよ...もっとも、呪いを解く方法は無いから呪われた者を処分するのが主な仕事だけどね」

  「...それはおっかないな」

  肩を竦めたカフカはグラスに口をつけると、テーブルに置かれたパンを千切り、頬張った。口内に葡萄酒とパンの味が広がり、カフカは微かに目を細めた。

  未来の世界では味わえない物である。

  それを味覚で堪能したカフカは胃の中に流し込むと、新たなパンに手をつけようと手を伸ばした。その手は隣に座った白い影により妨げられた。

  「よぉ」

  カフカの隣に腰かけた白いポケモンは親しげな笑みを浮かべると、カフカの注意を自身に向けた。カフカは見覚えのある白い影、鎌鼬の一員である牡のザングース、コールマンを横目で見ると、警戒心を抱きつつも「どうも」と返した。愛想の無いカフカの返事にコールマンは苦笑いをこぼすと、カフカの肩を小突いた。

  「そんなに邪険にするなよ、俺はギルド所属の探検隊、鎌鼬のコールマンだ」

  「よろしく」と続けたコールマンの顔を横目で見たカフカは伸ばした手を止めると、差し出されたコールマンの手を握り返した。その目には警戒の色が浮かぶが、コールマンに悟られぬようにカフカは笑みを浮かべると口を開いた。

  「俺はザムザ...布地を扱う商人だ」

  カフカの言葉を聞いたコールマンは不思議そうな顔を浮かべると、カフカの肩越しに彼の荷物を見た。荷物の中から飛び出ている布地の端を目にしたコールマンは口笛を鳴らすと、興味深そうにそれを見つめた。彼の視線に気がついたカフカは「見るか?」と彼に尋ね、コールマンは首肯した。

  その反応を見たカフカは微笑みを浮かべると、荷物の中から布地を取り出しコールマンに手渡した。それを受け取ったコールマンはまじまじと布地を見つめると、微かに目を見開いた。それはガルーラも同様であり、カフカの扱う商品を見て嘆息を漏らした。

  「これは...素晴らしい布地だ。きめ細かい作りと模様...相当価値がある商品だな」

  「ほんとう...相場の数倍の値が付きそうな代物ね」

  コールマンとガルーラの褒め言葉にカフカは恥ずかしそうに頬を掻くと、ゆっくりと口を開いた。

  「実は...それを織ったのは俺だよ」

  カフカの言葉を聞いたコールマンとガルーラは驚きの表情を浮かべると、手元の布地を見つめた。やがて、コールマンは惜しそうに布地をカフカに渡すと溜息をこぼした。

  「それは...凄いな。まさかアンタが製作者とは...」

  感心と賞賛の言葉をあげたコールマンは罰が悪そうに苦笑いをこぼすと、カフカの顔を正面から見た。

  「実は...キザキの暴動の直後に怪しげなジュプトルが目撃されたのはアンタも知っているな」

  コールマンの質問にカフカは頷くと、話の続きを待った。コールマンは戸惑うように目をそらすと、やがて口を開いた。

  「ギルドや保安官事務所はそのジュプトルを捜しているんだよ、だからアンタにも話しかけさせてもらったという訳だ」

  「なるほど、仕事熱心だな」

  カフカの返事にコールマンとガルーラは笑い声をあげると、愉快そうに目を細めた。カフカもまた、知らないうちに警戒心を緩めており、微かな楽しさを感じていた。

  やがて、グラスの葡萄酒を飲み干したカフカはカウンターに銅貨を置くと「ご馳走さま」と返した。それにガルーラは笑顔で応えると、グラスと皿を片付けた。

  ふと、カフカの隣に座っていたコールマンが口を開いた。

  「そういや、ザムザは何処に行くんだ?」

  彼の質問にカフカは口を閉ざすと、「まだ決めてないよ」と応えた。その言葉を聞いたコールマンは僅かの間、考え込むとカフカに向かって言った。

  「それなら、トレジャータウンはどうだ? 治安が良くて、モノや情報の宝庫だぞ」

  コールマンから聞いた街の名前、それを知っているカフカの脳裏にかつて見た光景が広がる。時の守護者や暴徒により破壊されたトレジャータウンとそこに設けられた流刑地、両親の命を奪った処刑台、死刑を指揮する将校の姿、グレーゴルに向けた言葉。

  「流刑地で待つ」

  それらを思い出したカフカは小さく息を呑むと、コールマンの顔を見た。そして笑みを微かに浮かべると、乾いた唇を動かした。

  「確かに...大きな街の方が何かと便利だからな。俺もトレジャータウンに行ってみるよ」

  カフカの返事を聞いたコールマンは嬉しそうに笑みをみせると、彼の肩を抱き締めた。そして親しげに背中をバンバン叩くと、喜びの声色で言った。

  「オレ達も仕事を終えたらトレジャータウンに行くから、その時は飯でも食べようぜ!」

  コールマンの言葉を聞いたカフカは頷き返すが、内心では戸惑いを覚えていた。何せ眼前にいるザングースはキザキの森でカフカを追い詰めた牡であり、これからカフカが向かう先は流刑地である。それらの事実がカフカの身体に重くのしかかるが、カフカは何とか笑みをみせるとコールマンと抱擁を交わした。

  (流刑地、か...グレーゴルやフランツもいるかもな...)

  心の内で静かに考えたカフカの顔は、とても穏やかなものであった。