【番外編:主様は寝かせてもらえない】(朱雀&銀郎×夕陽)

  (※全年齢版。こちらは全年齢向けに改稿したものとなります。R指定完全版は別のとこに置いてあります)

  ***

  その日、夕陽は静かに告げた。

  「これは、大切な任務だ。申し訳ないが、留守を頼む」

  目的地は遠く東の果て。同行するのは影祓いの仲間、朝影だけ。夕陽が“個人”として出向く秘密の任務で、朱雀や銀郎の名前は出せなかった。

  出発の朝、まだ陽が昇らぬ薄暗い時間に、二人は静かに見送った。

  朱雀は何も言わず、銀郎もただ静かに頷いた。けれど、二人の目にはまるで、焚き火の火が風に消されるような、ぽっかりとした寂しさが映っていた。

  それからというもの、家の中はまるで時間が止まったように静かだった。

  二週間後。

  門をくぐったその瞬間、どこからともなく風を切る音がして、朱雀が勢いよく走ってきた。

  「夕陽様――っ!」

  そのまま夕陽の胸に飛びつき、抱きしめる。赤い尻尾が嬉しそうに揺れ、肩に顔をうずめる様子には小さな鼻息も感じられた。

  「本当に無事で……よかった……!」

  ぎゅっと抱きしめられて、夕陽はふっと微笑んだ。

  その様子を少し離れたところから静かに見守っていたのは銀郎だった。

  「……無事のご帰還、何よりです。お疲れ様でした」

  丁寧に頭を下げる声は落ち着いていたが、腰の銀色の尻尾が控えめに揺れているのを夕陽は見逃さなかった。

  そっと朱雀の頭を撫で、夕陽は銀郎の方へ視線を向ける。

  まるで幼い子を招くように、片手を優しく差し出した。

  銀郎の肩がわずかに動く。次の瞬間には足音もなく傍らに来ていた。

  「……失礼します」

  静かに呟き、朱雀の背中越しにそっと抱きしめる。

  夕陽の濃紺の羽織がふわりと揺れ、三人の鼓動がひとつに重なった。

  ただその再会だけで、心が満たされていた。

  その夜、寝所は静かだった。

  朱雀と銀郎は並んで布団に横たわり、仰いだ天井に、遠い想いを重ねていた。

  「なあ、銀郎」

  「……何だ」

  「なんか……手を伸ばせば届くのに、遠いなって、思ってる」

  「……私も、同じことを考えていた」

  ――今ごろ、主様はもう眠っただろうか。

  あれほど疲れていたのだから、きっとぐっすりと――

  ……と、そのときだった。

  廊下の先で、かすかな足音がした。

  ピシリと床板が鳴って、襖の向こうから、やわらかな声が届く。

  「……入ってもいいか?」

  驚いて顔を見合わせる二人。

  銀郎がそっと身を起こして襖を開けると、そこには、どこか所在なげに立つ夕陽の姿があった。

  「夕陽様……どうされました?」

  控えめに問いかけると、夕陽はきまり悪そうに俯き、小さくつぶやいた。

  「ちょっと……淋しくてな。こっちで少し、休ませてもらってもいいか?」

  その言葉に、朱雀の耳と尻尾がぴくりと動く。

  銀郎の胸の奥にも、じんわりとあたたかいものが広がっていく。

  ――夕陽も、自分たちと同じ気持ちだったのだ。

  強くて優しくて、いつも前を歩く主様が、同じ寂しさを感じていたことに、胸が熱くなる。

  「……もう、仕方ないな」

  朱雀は夕陽の背中にそっと手を添え、ゆるりと引き寄せる。

  「ちゃんと、ここに居場所があるって、覚えててよね?」

  ふざけたような口ぶりの奥に、どこか不器用なやさしさがにじむ。

  その隣で、銀郎もそっと腕を伸ばし、夕陽の手をやさしく包む。

  「おそばに来てくださって、ありがとうございます……夕陽様」

  ふたりに挟まれるようにして、夕陽は微笑んだ。

  寂しさを温もりで包むような、静かで穏やかな夜が、そっと始まった。

  朱雀の指先が、そっと夕陽の背に触れた。

  夜着の布越しに、ためらいがちな温もりが伝わる。

  夕陽が小さく身じろぎすると、朱雀はその反応を確かめるように、さらにそっと身を寄せた。

  「……がっつくな、朱雀」

  銀郎の声が低く響く。

  「乱暴にするな。手荒く扱うな。……夕陽様は、帰ってきたばかりなのだ」

  朱雀は一瞬手を止めて、ちらと銀郎を見やった。

  「わかってるよ。でも、俺だって、ずっと我慢してたんだ」

  そう言いながら、触れる手つきはどこか優しくなっていた。

  夕陽は朱雀に背を預けるように寄りかかりながら、正面の銀郎と視線を交わす。

  そのまま、誰かの指がそっと唇の輪郭をなぞる。

  触れるか触れないかの繊細な距離。銀郎だ。見ずとも、その静かな熱で分かる。

  「……少しだけ、お手当てをさせてください。あなたの体は、ゆっくりと労るべきものですから」

  囁くような声音が、やわらかに胸の奥に沁みる。

  銀郎の手が、掌、指先、肩口、そして首筋へと移っていく。

  どこか祈るような、敬意を込めた仕草だった。

  不思議と安らぎを覚えるその触れ方に、夕陽は思わず目を閉じる。

  そのとき、背後で朱雀の呼吸がふっと深くなった。

  朱雀の胸が、夕陽の背中にやわらかく寄り添ってくる。

  「……っ、朱雀――」

  名を呼んだ瞬間、銀郎の手がそっと離れた。

  その温もりが遠ざかるのを惜しむように、夕陽の体がわずかに震える。

  けれど銀郎は、完全に背を向けたわけではなかった。

  視線を外そうとしながらも、ちら、とこちらを見ているのがわかる。

  その目が、朱雀の熱に当てられて動揺していく自分を映していると思うと――思わず、胸が詰まった。

  「……乱暴にするなよ」

  銀郎の低く落ちた声が、かすかに揺れていた。

  その声音には、朱雀だけでなく、夕陽自身にも向けられた責めが含まれているようで――

  夕陽は、思わず息を呑む。

  次の瞬間、朱雀の腕がぐっと夕陽の腰を抱き寄せた。

  そのまま体が後ろへ傾き、ふわりと布団へ背を預けるかたちになる。

  仰向けに寝かされた夕陽の上に、朱雀の体温が降りかかるように重なった。

  そして、朱雀の額がそっと夕陽の額に触れる。

  近くで交わされる呼吸。鼓動が重なり、静かな夜がさらに深くなる。

  「夕陽様、夕陽様……」

  耳元で名前を呼ぶ声が繰り返される。

  まるで祈るように、何度も、何度も。

  その声に込められた想いが、まっすぐに胸へ響いた。

  寄せられる頬、そっと撫でられる髪。

  朱雀の動きは、不器用ながらもまっすぐで――求める気持ちが、まるごと伝わってくる。

  夕陽は、そのままそっと目を閉じた。

  ただ、互いの心音と温もりを感じながら。

  愛おしい――

  でも、ちょっと待って、朱雀――

  「……っ、朱、雀……」

  かろうじて名前を呼ぶと、朱雀はその声に反応し、唇の端をそっと撫でてくるように触れた。

  「……だって、久しぶりだったから。我慢できないんだ……」

  こぼれる声はどこか子供のようで。

  夕陽の体調や都合よりも、ただ「今、触れたい」という思いが先に立っている。

  そんな、抑えきれない衝動とまっすぐな好意が透けて見えて、どうしようもなく真っ直ぐで――だからこそ、手に負えない。

  けれど、胸の奥がほんの少し温かくなる。

  朱雀は、昔からずっとそうだった。

  欲しいものを欲しいと訴え、寂しければ素直に泣き、愛しいものには迷いなく飛び込んでくる。

  その純粋さはときに激しく、ときに危うく――けれど、そのすべてを夕陽は知っていた。

  そして今、自分はそのすべてを受け止めようとしている。

  この子の「まっすぐさ」を、否定しないでいたいと思った。

  「……朱雀、少し……落ち着いて……」

  そう言いかけた唇に、朱雀がそっと額を寄せてくる。

  甘えるようなその動きに、返す言葉を呑み込む。

  「……ごめん。今だけ、わがまま言わせて……」

  その声が、ほんの少し震えているように聞こえた。

  ふと、視線の端に銀郎の姿が映る。

  こちらを直接は見ないものの、朱雀の言葉に、耳がわずかに揺れていた。

  ――ごめん。

  そう心の中で呟く。けれどそれ以上に、今は――

  「……朱雀」

  やわらかく名を呼び、額にそっと手を添える。

  そのぬくもりに、朱雀の瞳が潤み、かすかに揺れた。

  どうしようもなく、いとしかった。

  朱雀の動きは、最初こそどこか荒く、夕陽の腰に添えられた手にも余分な力がこもっていた。

  けれど、夕陽の呼びかけに応えるように、次第にその動きは落ち着いていく。

  まるで、触れ合いの中で張り詰めていたものが、少しずつ解けていくようだった。

  「……夕陽様、あったかい……」

  かすれた声が、朱雀の喉奥から漏れる。

  伏せた目をしたまま、朱雀はまるで大事な毛布を抱きしめる子どものように、夕陽の胸元へ額をそっと預けてきた。

  先ほどまで焦がれるように重ねてきた動きも、今では穏やかな気配を帯びている。

  額に、頬に、首筋に。強引さの代わりに、そっと確かめるように触れてくる指先。

  「……俺、ずっと……さみしくて……」

  その小さな囁きに、夕陽の胸がぎゅっと締めつけられた。

  触れている手から伝わる体温も、わずかな震えも、何もかもが愛しくて――

  夕陽はそっと背中に手を回し、その体を包み込むように抱きしめる。

  「……私も、同じだったよ」

  その一言に、朱雀の肩がぴくりと揺れた。

  その瞬間から、触れ方がまた変わる。

  衝動ではなく、どこか確かめるような、心を探るような優しさを帯びて。

  そして、朱雀の背にある赤い尻尾が、ゆるやかに揺れる。

  ふと、夕陽は視線の端で銀郎の姿をとらえた。

  彼は座ったまま、微動だにせずそこにいる。

  けれど、その銀色の耳はわずかに伏せられていた。

  「……がっつくな、乱暴にするな、手荒く扱うな」

  低く落とされた声は、叱るようで、どこか切なさを滲ませていた。

  夕陽と目が合うと、銀郎はすぐに視線を逸らす。

  だが、その耳と尻尾は彼の心情を隠しきれていなかった。

  まるで、傷つかないようにじっと息を潜めて、けれど遠くへは行けず、見守るしかないような――

  そんな、寂しさと想いが入り混じる気配を纏っていた。

  「銀郎……」

  そう呼びかけようとした唇に、朱雀の指がそっと触れた。

  そのまま、彼は小さく首を振り、夕陽の顔を両手で挟む。

  「……やだ。今は俺だけ見て」

  拗ねたような声が、子供のように素直で、どうしようもなく胸に響いた。

  朱雀の赤い瞳が、夕陽の視界をやわらかく染めていく。

  ……まったく。どうしてこんなにも、放っておけないのだろう。

  心が、じんわりと満たされていく。

  その熱も、不器用な愛情も――すべてがいとおしい。

  やがて、朱雀が深く息を吐き、安堵したようにその体を預けてくる。

  小さく震える肩。あたたかな吐息が、夕陽の首筋をかすめた。

  ぎゅっと抱きしめられたまま、朱雀は子供のように身を寄せてきた。

  まるで、ずっと張りつめていた何かを、ようやく手放せたように。

  その背にそっと手を添え、夕陽は彼の頭を優しく撫でる。

  「……おかえりなさい、夕陽様」

  その言葉には、長い時間の寂しさや、待ち続けた想いが滲んでいた。

  「……ただいま、朱雀……」

  静かに落ち着いていく空気の中、残るのは確かな温もりと、安心感。

  そして、横に感じる視線――

  銀郎はまだ動かず、ただそこにいた。

  彼の時間は、まだ始まってすらいない。

  けれど、その気配は確かに届いていた。

  ――ようやく朱雀の熱が落ち着き、乱れた着物の裾を銀郎がそっと整える。

  「……お疲れ様でした、夕陽様」

  その声は、静かで優しく、まるで包み込むようだった。

  しかし、その瞳の奥には、朱雀への厳しさと心配が交じっているのが見て取れた。

  「“お疲れ様”って、なんで俺が迷惑かけたみたいになってんの?」

  「事実、少し強引だったでしょう。夕陽様が動揺している間、お前も落ち着かなかった……」

  銀郎の声は穏やかだが、その言葉には真剣さが込められている。

  「……うるさいな。愛情が溢れただけだ」

  ぽつりと朱雀がつぶやくのを、夕陽は苦笑混じりに見つめた。

  喉が乾いて、声が掠れるのを感じる。そんな自分を見つめる銀郎の瞳が、優しく揺れていた。

  「すぐにとはいきませんが……どうか、私に抱かせてください。私の大切な気持ちを、ちゃんと伝えたいのです」

  夕陽は目を伏せて唇を噛む。銀郎はそっと手を取り、その手を額に当てた。

  「痛いところはありませんか? 冷たい手で申し訳ないですが、丁寧にいたします」

  耳元にかかる息遣いは朱雀の情熱とは違い、穏やかで柔らかい。

  銀郎の唇がそっとこめかみに触れ、首筋をやさしく撫でていく。

  「ゆっくりとほぐしていきますね。あなたが安心できるように」

  夕陽はぎゅっと目を閉じる。身体はもうすっかり温かくなっていたけれど、銀郎の指先がそっと触れるたびに、心の中にやさしい波がゆっくりと広がっていく。

  銀郎はゆっくりと、夕陽の白い夜着の紐をほどき、そっと胸元に頬を寄せる。

  「……夕陽様、とても綺麗です。傷つけたくないから、私のやさしい気持ちで包みたい」

  朱雀の激しい気持ちに少し疲れた身体に、銀郎の丁寧で繊細な手つきが触れていく。ひとつひとつ確かめるように、心を込めたやわらかな愛情が、ゆっくりと温もりを灯していった。

  銀郎の手のひらが静かに夕陽の腰にまわり、優しく包み込む。その触れ方はまるで、大切な宝物を守るような、やわらかな慈しみだった。

  「そんな表情をされると、胸が痛くなるほど愛しくて……」

  夕陽の吐息は穏やかで、疲れているはずなのに銀郎の優しい指先に心がふんわりほどけていく。

  「どうか、自分を責めないでください。あなたを想うことが、私の一番の幸せです」

  銀郎はそっと夕陽の頬に口づけを落とす。額に、瞼に、鼻筋に、唇の端に――一つ一つに込められた愛しさは、まるでそっと紡ぐ祈りのように、静かに響いていた。

  銀郎はそっと、夕陽の白い夜着を開き、露れた胸元にやさしく指を這わせる。

  「傷ついていませんか……? 朱雀が強引でしたから」

  「……もう……いいよ、おまえまで……」

  拒む声は震えていた。快楽ではなく、銀郎の優しさに心がほどけそうで。

  銀郎はその震えを受け止めるように、胸元にそっと唇を寄せた。言葉はなくとも、やわらかな温もりが伝わっていく。

  その愛撫はゆっくりと穏やかに、でも確かに深く、夕陽の感覚をじんわりと溶かしていった。

  「夕陽様、ここ……もう、こんなに」

  「言わないで……黙っていて……」

  銀郎の指先は言葉に惑わされず、朱雀が乱した跡を何度も丁寧に撫で、優しく包み込む。

  「どうか、私のことだけ覚えてください。朱雀ではなく、私の気持ちを、声を、手の温もりを」

  銀郎の穏やかな声が夕陽の耳元に響き、心の奥に優しい痺れを残す。

  どんなに止めたくても、銀郎がそっと触れるたびに身体は正直に応えてしまう。

  銀郎はゆっくりと夕陽に重なり、荒々しさはなく、ただ包み込むように、絡みつくように、そっと逃さずに抱きしめた。

  「もう、他の誰にも触れさせたくない。どうか私のものになってください。今度こそ、しっかりと――」

  囁きは耳元に落ち、低く湿った声が、意識の奥深くまで染み込んでいく。

  銀郎の手は、まるで宝物に触れるように丁寧で、そっと肌を撫でていく。

  その触れ方には、どこまでも深い想いと、強い独占欲がにじんでいた。

  「朱雀が触れた場所……全部、私の愛で包みなおします。どこまでも、貴方だけを大事にしたいんです」

  胸元に口づけを落とし、指先でやさしく円を描くように撫でる。

  その動きは穏やかで、けれど確かな熱を含んでいた。

  「ん……っ、や、やめ……」

  震える声には拒む気配よりも、揺らぐ心の色が浮かんでいた。

  銀郎のやさしい執着が、少しずつ夕陽の理性を溶かしていく。

  「夕陽様……身体は、ちゃんと応えてくださっているのに。……どうして心まで預けてはくれないのですか」

  太腿に触れた指先が、そっと熱を確かめるように撫でる。

  それは触れるというより、安らぎを贈る仕草だった。

  「朱雀の残したものがまだ……でも、大丈夫。私は、貴方のすべてを受け止めたい」

  焦らすわけでもなく、急かすこともなく、ただひたすらに、銀郎は心を込めて触れ続けた。

  夕陽がわずかに腰を引こうとすると、銀郎はそっと腕をまわし、逃がさぬよう抱き寄せる。

  「逃げないでください。どうか……私だけを、見てください」

  唇が重なった瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。

  何度も触れ合うたびに、呼吸さえ忘れてしまう。

  銀郎の口づけは真剣で、どこか切なくて――その想いが、夕陽の心に深く届いていく。

  その深くにあるのは、赦されたいという願いと、赦されなくても貴方に触れていたいという切実な執着だった。

  「……どうか、受け入れてください。貴方の心の奥まで……私の想いを、届けさせて」

  静かな囁きとともに、銀郎は夕陽を優しく抱きしめる。

  その腕の中は、深い海のようで、痛みも不安もすべて包み込んでしまうほどあたたかい。

  鼓動が重なり、呼吸がひとつになる。

  銀郎はただ、そっと額を寄せ、互いの鼓動を感じながら、深く深く、夕陽を抱きしめ続けた。

  まるで、心ごと溶け合うような時間。

  言葉は少なくとも、その温もりがすべてを語っていた。

  夕陽はそっと目を伏せ、肩で細く息をつく。

  不器用な愛し方に、身体が戸惑いながらも、心は少しずつほどけていく。

  その時、不意に投げられた言葉が、静けさを切り裂いた。

  「……しつけぇなお前、まだやってんの?」

  投げやりな声。

  視線を向けると、朱雀が肘をついて起き上がっていた。夜着の襟を無造作に引っかけ、頬杖をつきながら、どこか拗ねたような目で二人を見つめている。

  「……俺ん時より、ずいぶん親密じゃん。……ってか、夕陽様の反応、なんか違くね? やけに素直っていうか、柔らかいっていうか」

  朱雀の茶化すような声に、銀郎はわずかに肩を揺らした。けれど返事はせず、ただ静かに夕陽の髪をすき、こめかみにそっと口づける。

  「……そう見えるのなら、そうなのでしょう」

  「はあ? なにそれ、余裕の構え……ちょっとムカつく」

  朱雀は口を尖らせながら、二人の間ににじり寄ってくる。

  その瞳は、どこか冗談めいているようで、でも完全には笑っていなかった。

  「俺も、夕陽様に……そういう顔、させてみたかったんだけどな。なあ、夕陽様」

  問いかけに、夕陽は応えない。

  ただ、銀郎の背にそっと腕をまわし、その体温を確かめるように抱きしめた。

  言葉にできない想いが、その仕草ににじむ。

  「……ずりぃな、銀郎。そりゃあんなふうにされたら、夕陽様だって、心を許しちまうだろ」

  銀郎は振り返らず、けれど静かに微笑む。

  「私はただ、夕陽様を大切にしたいだけです。……誰にも譲るつもりはありません」

  「……なにそれ、反則じゃん……」

  朱雀はぽつりとこぼすと、気だるげにその場へ倒れ込んだ。

  それでも、赤い瞳はしっかりと二人を見ていた。

  「いいよ……好きにすれば。せいぜい、ちゃんと……幸せにしてやれよ」

  その呟きは、強がりと悔しさが混じった静かな投げかけだった。

  銀郎は、朱雀の視線を感じながら、もう一度夕陽にそっと顔を寄せる。

  「……見られていても、私は構いません。あなたが、私だけを見ていてくだされば、それでいい」

  そして――ふたたび、深く心を通わせた。

  銀郎の仕草は、最初こそ慎重で優しかった。けれど、夕陽がその手を強く握り返し、静かに寄り添うたび、彼の内に秘めた想いが少しずつ表に滲み出していった。

  「……夕陽様、もう少しだけ……このままで」

  震える声とともに、銀郎はそっと夕陽を抱きしめる。その胸に額をあずけながら、夕陽は微かに息を詰めた。

  押し寄せる想いに、ただ身を任せるしかなかった。鼓動の早まりや熱のこもった体温に、理性では抗えない何かが揺れ動く。

  「……銀郎、もう……っ」

  かすれるような声で名を呼ぶ。どこまで重なっても、満たしきれない何かが、胸の奥を焦がしていた。

  その様子を見ていた朱雀が、枕に顔をうずめたまま、ぼそりとこぼす。

  「……あーあ、絶対俺の時より幸せそう」

  「……嫉妬ですか?」

  銀郎が柔らかく笑い、朱雀を一瞥する。けれど視線はすぐに夕陽へと戻り、その頬をそっと撫でた。

  夕陽の肩が、わずかに震える。そのまま銀郎の胸に身を預けながら、静かに目を閉じる。

  「……銀郎……」

  掠れた声に、銀郎は優しく額を寄せ、そっと囁く。

  「……愛しています、夕陽様」

  その一言に、朱雀が枕を顔に投げつけた。

  「……はいはい、ごちそうさま。……ったく、次は俺の番な」

  息も浅く、顔を赤らめた夕陽が、反射的に銀郎の胸に顔を埋める。

  「……む、無理だ……今日は、もう……寝かせてくれ……」

  しかし、当然その願いが聞き入れられるかどうかは――別の話だった。

  ***

  障子の向こう、虫の音だけが囁くように響く夜。

  川の字に並んだ布団の真ん中で、夕陽は静かに目を閉じていた。

  けれど、眠ってはいなかった。

  緩やかな鼓動と、微かな熱がまだ胸の奥に残っている。

  横たわったまま、浅い呼吸の奥に、どこか落ち着かない気配が宿る。

  右手に朱雀。左手に銀郎。

  どちらも寝息を立てているように見えて――

  ふと、ほんのわずかに、空気が揺れた。

  次の瞬間、左から銀郎の手がそっと伸びてきた。

  夕陽の髪をそっとすくい、耳元に指を添える。

  やわらかな吐息が頬をかすめ、ほんの少し身じろぎすると――

  「……っ」

  くすぐったさに、思わず小さな息が漏れる。

  その微かな音を、右側の朱雀が聞き逃すはずもなかった。

  「……銀郎、何してんだよ」

  低く呟かれた声には、眠気の中にほんの少し熱が混じっていた。

  苛立ちとも、焦れたような気配とも取れる声。

  「……寝ていると思っただけです。でも……反応されると、つい」

  銀郎はさらりと言いながら、手を引こうとしない。

  その態度に、朱雀が上体を起こし、銀郎の腕に割って入るように動いた。

  そして、夕陽の反対側からも、そっと顔を寄せる。

  「おい、声とか出すなよ。……変な気になるだろ」

  その低く掠れた声に、夕陽の背筋がびくりと震える。

  「……ま、待て……ほんとに、もう今日は疲れた。頼むから、寝かせてくれ……」

  かすれた懇願を、銀郎も朱雀も聞き逃さなかった。

  「……もう、遅いですよ」

  「いやいや、それは無しでしょ。こっちが本気になったタイミングで逃げるとか、ないから」

  「……ち、違……っ」

  ささやかな静寂は破られ、布団の中に、妙な熱がじわじわと広がっていく。

  交差する視線、近すぎる距離感。どちらも夕陽の顔を覗き込むようにして、真剣な眼差しを向けていた。

  銀郎の手が夕陽の髪を梳き、耳元にそっと触れる。

  朱雀は肩口に顔を寄せ、吐息混じりに小さく笑った。

  夕陽は微かに身をよじるが、ふたりとも、その距離を詰めるばかりで離れる気配はない。

  「……ほんと、少しは……私の歳も考えてくれ……」

  情けないような声に、朱雀があっけらかんと笑う。

  「なに言ってんの。若く見えるくせに、急に年寄りぶるなよ」

  「おまえたちほどじゃ――」

  夕陽の言葉は途中で途切れた。

  銀郎が鎖骨のあたりに軽く額を寄せ、その温もりに思わず言葉を失ったのだ。

  「……やっぱり、そうやって黙る夕陽様も……かわいいな」

  朱雀がそう呟くと、銀郎も低く笑った。

  「しかも、俺の時とは違う顔してる。――嫉妬しちゃうな、俺」

  その言葉に、銀郎はわずかに眉を寄せる。

  「馬鹿なことを……」

  銀郎の手が、夕陽の手をそっと取る。

  その指先に、静かに唇を添えるようにして囁いた。

  「違いません。私の時も、朱雀の時も……夕陽様は、いつも綺麗です。

  でも今夜は、ふたりともそばにいる。だから――誰にも譲れない。どちらにも、譲るつもりはありません」

  その声音には、決意と優しさが滲んでいた。

  朱雀が小さく息を吐き、低く笑う。

  「なあ、夕陽様。今夜くらい、俺たちの気持ち、ちゃんと受け取ってよ。

  ……二人とも一緒にいる夜なんて、そうないんだし」

  「……言ったな、朱雀……っ」

  銀郎の目がわずかに揺れる。羞恥とも焦りともつかぬ想いが、その瞳に滲んでいた。

  夕陽は、ゆっくりと目を開けた。

  真上から覗き込むふたりの銀妖――そのまっすぐな眼差しが、静かに自分の胸を打つ。

  ――この顔を引き出せるのは、きっと自分だけだ。

  「……本当に、おまえたちには敵わないな。……じゃあ、今日だけ、特別だよ」

  そう言った瞬間、ふたりの手がそっと夕陽の肩に添えられる。

  強くも、弱くもない。けれど、確かに想いのこもった温もりだった。

  左右から注がれる視線。

  言葉にしなくても伝わってくる想いに、夕陽は静かに目を伏せる。

  ――今夜だけは、何も背負わずにいてもいいかもしれない。

  ふたりの愛し方は違う。

  でも、どちらもまっすぐで、どちらも大切で――どちらも、自分を選んでくれた。

  それだけで、胸がいっぱいになる。

  銀郎は、触れるたびに怖いほど丁寧で、まるで壊れものを扱うような静かな優しさがあった。

  その指先に包まれるたび、心の奥に沈んでいた孤独や痛みが、ゆっくりと溶かされていく気がした。

  一方の朱雀は、感情のままにまっすぐで、どこまでも真剣だった。

  その激しさは荒波のように勢いを持ちながらも、どこか脆くて繊細で――「好き」という想いだけを武器に、全力でぶつかってくる。

  夕陽はそのふたりの温度に、ただ目を伏せた。

  (……こんなにも、私は……求められていたのか)

  朱雀がそっと耳元に息を吹きかけ、銀郎の指が首筋に触れた瞬間、胸の奥がふっと熱を帯びる。

  理性を手繰ろうとしても、どこか遠くに霞んでいくようだった。

  ふたりの声、ふたりの眼差し、ふたりの想い――

  どれも優しくて、真っ直ぐで、どれも愛おしかった。

  重なった手が、自分の肩をそっと包む。

  もうどちらの手か、区別もつかない。ただ、安心と熱が同時に胸に広がっていく。

  「夕陽様……もう少し、そばにいてもいいですか?」

  「俺も……ちゃんと伝えて。夕陽様が俺をどう思ってるか……言ってよ」

  左右から名前を呼ばれる。

  揺れる声で、どこまでも優しく。低く囁くように。

  その響きは、心の奥を静かに揺らし続けていた。

  重なる指先が胸元にそっと触れ、温もりを帯びた唇が肩に触れた。

  どちらか一方を遠ざけることなど、もうとうにできなくなっていた。

  「……おまえたちは……本当に、どうしようもないくらい……」

  夕陽の小さな笑い声に、朱雀と銀郎はふと動きを止めた。

  だが、次の瞬間――その声が合図だったかのように、ふたりの唇が、そっと夕陽の唇に重なる。

  左右から注がれる想い。

  その温かさに、指先も、声も、心も、いつしかひとつに溶けていく。

  どちらが先だったかはもう思い出せない。

  ただ、このひとときだけは確かに――ふたりのすべてが夕陽のもので、そして夕陽自身も、ふたりに包み込まれていた。

  頬を撫でる吐息、肩にそっと置かれる手のひら。

  すべてが優しく、けれど強く、心をほどいていく。

  瞼を閉じれば、霞む視界の向こうに、ふたりの面影が浮かぶ。

  朱雀は体温が少し低くて、けれど不器用なほど真っ直ぐに、言葉でなく気配で愛を伝えてくる。

  銀郎は穏やかで繊細に、まるで鼓動に寄り添うように触れてきて、触れるだけで心の奥まで見透かされそうだった。

  ――この温もりを、今夜だけは受け止めてしまいたい。

  そんな思いが、そっと胸の奥に灯るのを、夕陽はもう否定しなかった。

  「……ここが、心地よいのですね」

  銀郎の声は静かで柔らかく、抗うこともできないほどに優しかった。

  まるで波に揺られる小舟のように、夕陽の体はその言葉と指先に導かれていく。

  「や、……め……少し、待って……っ」

  うまく言葉にならない声が漏れた。

  その様子に気づいた朱雀が、そっと耳元に顔を寄せてくる。

  身体の内側に、熱がゆっくりと広がっていく。

  指先の動き、交錯する気配、どこまでも深く、ふたりの想いが自分を包んでいた。

  「我慢しないでください。……今夜は、私たちがすべて受け止めますから」

  銀郎の手が、優しく喉元から胸元へと滑っていく。

  その動きは丁寧で、まるで逃げないように、小鳥に触れるようだった。

  深く吸い込んだ息とともに、胸の奥が締めつけられるような感覚が広がる。

  「……夕陽様……ほんと、可愛すぎて……やば……」

  朱雀が顔を寄せ、照れ隠しのように囁く。

  銀郎もまた、そっと手を引き、夕陽の視線を静かに受け止めていた。

  ふたりの眼差しは、どこまでもまっすぐで、そして、限りなく優しかった。

  「……っ……お前たちは、本当に……」

  言葉にしようとするたびに、胸の奥が熱を帯びて、うまく続けられなかった。

  思考が霞む。心がほどけていく。

  けれどそれが、不思議と、怖くはなかった。

  胸の奥に残った温もりと鼓動だけが、まだかすかに余韻を刻んでいた。

  だが、それすらも、ほんの束の間だった。

  「……夕陽様」

  ふいに耳元で、朱雀の声が囁く。

  深く沈んだようなその声に、夕陽は静かに目を開けた。

  視界に映ったのは、朱雀の伏せた横顔。頬をほんのり染め、唇をかすかに噛んでいる。

  「……俺も、傍にいていい?」

  遠慮がちなその声には、朱雀なりの不器用な想いが滲んでいた。

  返事を待つより早く、朱雀の指先が夕陽の頬にそっと触れる。

  熱を含んだ手のひらの感触に、心がわずかに震えた。

  「銀郎ばっかり、ずるい……俺だって……夕陽様のこと、誰よりも――」

  ふいに、唇にそっと何かが触れる。

  それは言葉の代わりのような、控えめでまっすぐな口づけだった。

  (……朱雀)

  心に浮かんだ名は、声にはならなかった。

  けれど朱雀は、それでも何かを感じ取ったように、額を夕陽の頬に預け、微かに震える声で続ける。

  「俺にも……分けて。夕陽様の気持ちを……ちゃんと、俺にも」

  その言葉は、熱を帯びた風のように夕陽の胸の奥を揺らしていく。

  朱雀の手が、そっと胸元に触れた。

  その動きはぎこちなく、それでも真剣で、どこまでも優しかった。

  (……やめておけ。私はもう……)

  そう思ったはずなのに、言葉は喉の奥で止まったままだった。

  朱雀の手がそっと脇腹に触れた瞬間、夕陽の身体はぴくりと小さく震える。

  漏れた微かな吐息に、朱雀の目が驚いたように見開かれ、すぐに嬉しさを滲ませる。

  「……感じてくれた、夕陽様……」

  囁かれた言葉に、夕陽の頬がほんのりと紅に染まる。

  だが、朱雀はその表情すら大切にするように、やさしく胸元へと手を添えた。

  「……っ……」

  唇が鎖骨のあたりにふわりと触れる。

  朱雀はまるで何かを確かめるように、そこへそっと温もりを残した。

  「ねぇ、夕陽様……俺でも、少しだけ、気持ちを届けてもいい?」

  朱雀の手が、ゆっくりと夕陽の背中へと回される。

  その手は震えるように繊細で、けれど真っ直ぐな想いが込められていた。

  鼓動が速くなる。

  どこか火照るような感覚が、胸の奥に広がっていく。

  「っ……朱雀……」

  その名を呼んだとたん、朱雀は顔を上げた。

  揺れる瞳には、切なさと深い情が混ざり合っている。

  そして、ほんの少しだけ笑って、朱雀が小さく囁いた。

  「もう我慢したくない……夕陽様に、ちゃんと伝えたいんだ。俺がどれだけ、好きかって……」

  あふれそうな想いが、朱雀の言葉と仕草に重なっていく。

  そのひたむきさに、夕陽の胸の奥が少しずつ、あたたかく溶かされていくようだった。

  けれど、背後からそっと寄り添う温もりが加わったとき――夕陽の息は、ふと揺らいだ。

  「……銀郎……?」

  名前を呼んだその直後、耳元にふっと熱い息がかかる。

  首筋に触れた微かな吐息は、どこか震えていて、それだけで銀郎の真剣な心が伝わってくる。

  「……愛されていますね、夕陽様は……こんなにも……」

  その声音は静かで、深くて、今にも崩れてしまいそうなほど切実だった。

  「朱雀だけじゃありません……私も、ずっと……貴方のことを……」

  言葉に込められた想いが、夕陽の胸を揺らす。

  背後から感じる銀郎のぬくもりと、正面でじっと見つめてくる朱雀の瞳。

  二人の視線に挟まれて、逃げ場はなかった。けれど、それは決して恐ろしいものではなかった。

  「っ……やめ……どちらか、ひとりずつ……でないと……」

  掠れた抗いも、どこか頼りない。

  朱雀はその言葉に眉を下げ、そっと夕陽の手を握る。

  銀郎は背後から、ゆっくりと肩に額を預けた。

  二人とも、強く求めるのではなく、ただ静かに、夕陽を包もうとしている。

  朱雀の手のひらはあたたかく、胸元に触れるその仕草は、まるで心を確かめるようだった。

  銀郎の吐息は首筋にかかり、そこにある夕陽の存在を確かめるように、優しく近づいてくる。

  何もかもを受け止められている気がした。

  逃げることも抗うこともできなかった。

  けれど、それが不思議と心地よかった。

  ――きっと、これは「しあわせ」と呼ばれるものに、どこか似ている。

  夕陽の呼吸は、もう静かな波ではいられなかった。

  ふたりの触れ方はまるで異なる旋律のようでありながら、不思議とひとつの調和を奏でていた。

  朱雀の手は真っ直ぐで、焔のように熱い。

  衝動に突き動かされるように触れてくるその動きには、激しさではなく、戸惑いと慈しみが宿っていた。

  夕陽の反応ひとつひとつに、目を細め、手を止め、確かめるように優しさを重ねてくる。

  「夕陽様……ここ、こうされるの、好きなんだよね……?」

  その声に、夕陽はかすかに首を振った。否定ではない。ただ、どう言葉を返せばいいかわからない。

  心も体も、すでに朱雀の真っすぐな想いで満たされていた。

  そして、背後から寄り添う銀郎の気配は、まるで対照的だった。

  唇が耳元をかすめ、息がうなじに触れる。指が肩から腰へと、静かに滑っていく。

  その軌跡が妙に切なくて――思わず、涙が滲みそうになる。

  「……貴方のすべてに、心まで触れられるなら……」

  銀郎の声は静かだった。けれど、その奥に宿る想いは、深く、熱かった。

  耳元に落ちるそのひとことひとことが、胸の奥をじんわり震わせていく。

  朱雀の手は、変わらずあたたかく、夕陽を包む。

  銀郎の指先は、迷いなく優しく、深く染み込むように触れてくる。

  その一つひとつが、心の奥へ届いていく。

  「夕陽様……もっと、感じて……俺は、ずっと、夕陽様を……」

  「どうか……委ねてください。貴方が安らげるなら、私は何度でも……」

  ふたりの銀妖が、それぞれの愛を静かに差し出してくる。

  朱雀の情熱も、銀郎の深い愛情も――どちらもまっすぐで、決して奪おうとするものではなかった。

  ただ、夕陽を大切に包み、満たそうとする祈りのようだった。

  その温もりが、重なり、溶けていく。

  夕陽は、そっと目を閉じた。

  ――愛されている。

  その想いが、胸の奥深くに、確かに刻まれていく。

  温もりに包まれながら、夕陽は静かに目を閉じていた。

  心の奥まで穏やかに満たされて、すべてを預けたあとの余韻に、身体も気持ちもゆっくりと溶けていくようだった。

  ふわりと、首筋に優しい唇が触れる。

  銀郎だ。柔らかな髪が頬にかかり、慎ましくも確かな愛情が、そっと伝わってきた。

  「……すみません。まるで、夢の中にいるようで……」

  背後から伸びた腕が、静かに夕陽を抱きしめる。

  銀郎が、まるで大切な宝物でも扱うかのように、壊れ物をそっと包むように、夕陽をその胸に抱いていた。

  「……まさか、貴方がこんなふうに私たちを受け入れてくれるなんて、思っていませんでした」

  「私も、こんなふうになるなんて思わなかったよ。けれど……」

  夕陽はそこで言葉を止め、ふたりの銀妖をゆっくりと見つめた。

  柔らかなまなざしには、どこか迷いと、それでも確かに何かを掴んだような、静かな決意が宿っていた。

  「……今は、幸せだと思ってる。誰かの温もりを、こんなにも愛おしいと感じたのは……たぶん、初めてだ」

  その一言に、銀郎の尻尾がわずかに揺れ、朱雀は赤い耳を伏せて照れくさそうに視線を逸らした。

  夜は静かだった。

  寄り添う鼓動が重なり、三人の息づかいが穏やかに溶け合っていく。

  これが永遠でなくても構わない。

  けれど――

  このぬくもりを、できる限り長く守っていけたら。

  夕陽は胸の奥で、そっと、そんな願いを抱いていた。

  ぬくもりが満ちた布団の中で、三人はしばらく静かに身を寄せ合っていた。

  朱雀は夕陽の胸に頬をすり寄せ、銀郎は背後からやわらかく抱きしめている。

  淡く汗ばむ肌の感触と安堵の息づかいが交わり、夜はまだ穏やかだった。

  ふと、朱雀がもぞもぞと身体を動かした。赤い耳がぴくりと揺れる。

  「……ね、夕陽様」

  「ん……?」

  「もうちょっとだけ……甘えても、いい?」

  その声はどこかいたずらっぽく、それでも真剣で――なにより、少し照れくさそうだった。

  銀郎がぴくりと反応し、後ろから抑えるように小さく笑う。

  夕陽は数秒、言葉を失って沈黙した。

  そして、ひくりと頬を引きつらせながら、枕に顔を伏せる。

  「……無理だ。ほんとうに無理だ、朱雀。私、もう魂が抜けかけてる……っ」

  「じゃ、じゃあ、あの鬼灯ってやつ呼んでよ! 俺の魂、いくらでも渡すからさ……!」

  「そういう話じゃない……!」

  布団の中、三人の温もりの中心で、夕陽は力なく笑った。

  その笑いは、銀郎にも朱雀にも伝わって、くすぐるような笑い声が、夜の静けさにぽつぽつと広がっていく。

  夜はまだ長い。

  けれど、今はただ、このぬくもりと笑顔の中で、静かにまぶたを閉じよう。

  そうして、優しい夜の幕がそっと下ろされたのだった。

  番外編:主様は寝かせてもらえない 完

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  ※※※あとがき(長いです)※※※

  ■「朱と銀の誓約ー二人の銀獣を保護したら執愛されましたー」は、本編・番外編ともに、これにて完結となります。

  ご拝読、誠にありがとうございました。

  うん十年前に、BL版・水◯黄門みたいなのをやりたいなぁと妄想していたのが原点で、第一話の連理の枝だけでも漫画にしようとしてた事はあったのですが力尽き、そのまま世に出ることはなく、時だけが過ぎていきました。この度、小説という形ではありますが、彼らの物語を再び紡ぐ事が出来て、楽しくも愛しいひと時でした。

  【銀郎×夕陽】

  銀郎は夕陽の意思を無視できない男です。夕陽様も、誰かに荷を背負わせるくらいなら自分で全部持つという自己犠牲精神の塊なので、最後はもう鬼灯を出さないと無理だ!ってくらい、想いが平行線すぎて、何度頭を抱えたかわかりませんでした(笑)義理堅く、思慮深く、忠誠心が高いものの、本心では夕陽様を独占し支配したいという秘めた欲を抱え、理性が剥がれると、ちょっと危ない方へ行ってしまう人でした。……だが、それがいい。もしバッドエンドが存在するとしたら、監禁ヤンデレルート。

  【朱雀×夕陽】

  朱雀は激情型で、勝手に動いてくれる、非常に動かしやすいキャラではあったものの、その生い立ちから心は繊細で、『夕陽様』という支えがないと立っていられないような脆い側面もありました。私の書く攻めはよく泣くんですが、もうね、大好きなんです。泣くヘタレ攻め。何でも一番じゃないと気がすまない彼が、最後は二番目でもいいから捨てないでと縋り付く。最高か?

  【夕陽様】

  慈愛と包容力の化身。強くて凛としてカッコイイ受けをコンセプトに、初めて挑んでみたタイプのキャラクターでした。

  私の書くヘタレ攻めと非常に相性が良く、どんな情けない姿でも丸ごと愛で包んでくれる。

  そりゃもうね、朱雀や銀郎じゃなくても「抱いて!」ってなるわ……。篠宮も黒耀もこっそり抱かれたかったに違いない。夕陽様量産型にして、みんなに1人ずつ配りたい。そして私にも1人ください。

  長くなりましたが、また別作品でお会いできたら幸いです。

  ありがとう読者様、貴方がいちばん神だ!!!

  tamo/たもゆ