男は見つけた番に求婚する

  「フィリア・トリスタン令嬢。」

  月の光を後ろから浴びたフィリアに、耳をピンと生やした男は跪いて言った。

  「私の妻になってはいただけませんか?」

  *

  人間は正直者だ。好きなものと嫌いなものの区別をしっかりとつける。しかし、実際に何が好きで嫌いなのかと明確にすることはない。好きと堂々ということができない時も、嫌いだからと遠ざけることも、必ずしもそうすることはできない。だから人間は言葉を巧みに使って好きなものを伝え、嫌いなものを伝える。

  「トリスタン家には美しいお嬢さんがいると聞いたが。」

  「もしや、あの子じゃないか?」

  「違う、あれは妹の方だ。目を見張るほどの美しい人は姉の方さ。」

  「ちぇ、今日は姉の方は来ていないのか。」

  「まぁ妹の方に声をかけておけばいいだろう。姉によろしく、と言っておけば。」

  「妹は平凡だからなぁ。」

  「姉を見たら他の令嬢はみんな霞んでしまうよ。」

  そんな男たちの話を聞きながら、フィリアはため息をついた。好きで平凡な顔に生まれてきたわけではない。好きで美人の姉の妹として生まれてきたわけではない。好きで姉と男との伝書鳩になったわけじゃない。

  しかし、その言葉をフィリアが口に出すことはない。それを言えば誰かが聞きつけてなんていうことを言うのか、とさらに下に見られてしまうからだ。正直、そういう人らの対応をするのも面倒くさい。

  *

  フィリアはトリスタン伯爵家の次女に生まれた。彼女にはポリーネという姉がおり、その美しさは誰もが噂するほどだ。後継ぎである男が生まれなかった父は、優秀で美人な姉を後継ぎとして、良縁に恵まれるようにと願っていた。だからフィリアはその次。基本的に心配されるようなことなどなく、ただただ成長していった。

  しかし、フィリアは何も影響されず、我が道を歩くように成長していたわけではない。お前の頭の良さと美しさを使って我が家がこの先安泰するよう、いい相手を探せ、と何度も姉に言い聞かせていた父の言葉に、フィリアは自分が期待など何もされていないことは幼い頃からわかっていた。自分が何をすればいいのかも。

  姉妹は成人を迎えるまで一緒にパーティーに出ていた。父親はひたすら姉を前に出して話をした。父親が傍を離れても、やることは変わらなかった。同い年の子たちといても、フィリアは一歩下がっていた。下がらなくても、姉がみんなの視線の的になるのはわかっていた。子どもから大人まで、みんなが姉を見ていた。フィリアは挨拶はしてもそれだけ。影のように一歩下がって後は黙る。その場を離れて迷子になってしまっては親に迷惑がかかることはわかっていた。

  そんな状況だったが、姉妹仲は悪くなかった。むしろ、姉が何かとフィリアにかまってくるのだ。みんなの注目を浴びることはストレスが溜まるらしい。しかし、父親の思いには応えたいとも思っている彼女は抗うことはしない。

  ポリーネが成人してからは、父はポリーネ1人を連れて行くようになった。フィリアが成人していなかった、というのもあるのだが。パーティーから帰ってきたポリーネはすぐさまフィリアの部屋へ入ってきて愚痴をこぼす。どこの誰があーだった、とか。そのおかげか、フィリアが成人してパーティーに顔を出しても誰がどこの家の人かすぐにわかった。

  フィリアの成人して初めてのパーティーはあまり楽しいものではなかった。まず、フィリアの初舞台だからと父はフィリアだけを連れて行ったが、顔の広い父は多くの人と知り合いだった。だから周りはまず父を見つけて話をする。

  「それで、こちらが…」

  「次女のフィリアです。」

  フィリアは2人の顔がこちらに向いたのを見てから綺麗にお辞儀をする。何度もパーティーに出ている姉直々に伝授された自慢の挨拶だった。しかし、顔を上げた時に見た相手の顔は少し残念そうな笑顔だった。

  なぜなのかしら、と疑問に思いながらもその後も様々な人と挨拶をしたが、みんな同じ顔をした。その理由はフィリアが父と一旦離れてテラスで1人休んでいた時に判明した。テラスと室内との間の扉は声をよく通す。テラスの近くにいたのは数人の男たちだった。

  「今日はポリーネ嬢に会いにきたのに会えなかったよ。」

  「でもトリスタン伯爵はいるぞ?今日は1人で来たのか?」

  「いや、今日は妹を連れていたよ。成人して初めてのパーティーだったようだ。」

  「それでいなかったのか。どうだったんだ、妹は?」

  「姉とは全く違うよ。天と地のような差だな。あんなに美しい姉なのに妹は平凡なんだ。」

  フィリアは衝撃を受けた。が、すぐに納得してしまった。小さい時からわかっていた。みんなの視線はずっと姉の方にあったのだから。

  パーティーが楽しかったことなど1回もなかった。行けば姉の話を聞かされるだけ。父も得意になって姉の話をする。友人と呼べるような人たちも結局は姉の話ばかり。誕生日に貰うものはほとんどが姉の好きなものばかり。フィリアがもらって嬉しいものがあった時は、相手が適当に選んだという証拠だとも言えるほどだった。

  それが最近、姉の話をしにくる人たちが増えている。原因はポリーネ自身だった。フィリアが成人してから2人で行くようになったが、ここのところ、姉がパーティーを嫌がるようになってしまったのだ。フィリアは姉に会えないのならせめて伝言でも、と言って話に来る相手に疲れ、パーティーに参加してもテラスに逃げ込むことが多かった。父はどうしても娘を連れて行きたかったらしい。ポリーネを行くように説得し、無理ならフィリアに声がかかる。頑固なポリーネが行かないと言えばそれは通るのだ。フィリアは渋々用意をしていくことが増えていた。

  *

  「まぁいいさ。また妹に伝言を頼めば。」

  「明日にはまた贈り物でもするんだろう?懲りないやつだよなぁ。」

  「ポリーネ嬢はまだ婚約もしていないからな。チャンスはあるさ。」

  また伝言を頼まれてしまうのか。テラスにいたフィリアはため息をついた。

  ポリーネがパーティーに行かなくなってからのフィリアの居場所はテラスになっていた。父と会場に入場した途端から姉の話をされることにうんざりして、人気のないテラスにいるようになったのがきっかけだった。

  毎回よく懲りずに話をしにくるなぁ…、とフィリアがもう一度ため息をついた時、

  「こんばんは、綺麗な夜ですね。」

  声のした方を振り返ると1人の男がいた。月夜に照らされたその姿は美しく、堂々としているので大きく見える。いや、実際、平均的な身長よりも高いのだろう。少し離れたところにいるのにフィリアはそう確信した。向き直って挨拶をする。

  「こんばんは。そうですね、中にいるのが勿体無いくらいですね。」

  フィリアの言葉にニコリと笑った彼の頭から生えた耳が揺れた。後ろからは尻尾も生えている。しかし、それ以外は人間と変わらない。フィリアは少し目を開いて彼に尋ねた。

  「あの、あなたは、獣人さんなのですか?」

  「えぇ。お嬢さんは獣人を初めて見たのですか?」

  「いえ、遠くから見たことはあるのですが、近くでお会いしたのは初めてなので…。」

  「…失礼ですが、あなたのお名前を伺っても?」

  「はい、フィリア・トリスタン、と申します。」

  「フィリア嬢…。」

  ボソッと彼が呟いた。フィリアには聞こえない声量で。そのまま固まってしまった相手にフィリアが小首を傾げ、声をかけようとした時、相手が動いてフィリアの方へ近づき、膝をついた。

  「フィリア・トリスタン令嬢。」

  月の光を後ろから浴びたフィリアに、耳をピンと生やした男は跪いて言った。

  「私の妻になってはいただけませんか?」

  そこからの沈黙はさほど続きはしなかった。フィリアは少し固まった後、顔を縦に動かした。

  「はい。」

  「本当ですか!!」

  目が輝き出した彼にびっくりしながらフィリアは言った。

  「え、だって、あなたがそうおっしゃるということは、私が番だからなのでしょう?」

  「番のことをご存じなのですか?!そして受け入れてくださると?!」

  今にも立ち上がらんばかりの勢いで彼は言った。その頭の耳はピンと立ち、後ろに覗く尻尾は元気に揺れている。フィリアは圧に負けそうになりながら頷いた。