「先ほどお告げがくだりました。『この国の娘を1人選んで捧げるように』とのことです。」
神官の言葉を聞いた人々が囁き始める。そこには不安な顔しか見られない。
この国には龍の加護があるといわれている。龍の加護によって国は繁栄しているため、人々は龍を神聖なものとして崇めている。その龍が時折お告げを出し、それに従わなければ加護がなくなって国は滅びるのだという。
「捧げられた娘はどうなるのですか?」
1人の貴族が尋ねた。神官は青ざめた顔でゆっくりと答える。
「…娘は龍神様の番様になるようです。なので、この地を踏むことは二度とないでしょう。」
「それって…、」
「生贄…?」
誰かが言葉を紡ぐと、人々はさらに囁き始める。様子を見ていた王は立ち上がって呼びかけた。
「誰か龍神様の番様になろうという者はいないのか?」
その場は奏然とする。いくら龍の妻という名誉を与えられようとも、人質だ。プライドの高い貴族が自ら行こうとはしない。貴族たちは願っていた。二度とこの地を踏まなくても良い、自ら進んで龍の妻になろうとする娘はいないものか…。
「あの、」
という声に誰もが視線を向ける。声を発したのは、伯爵家の長女。美しい金髪を持つ彼女は、容姿も知識も優秀で、皇太子の有力な花嫁候補だ。王は慌てて立ち上がる。
「リリア嬢、言ってはならん!其方は我が息子の婚約者候補だ。婚約者になるかどうか判断が下されていないこの状況で辞退などはさせん!」
「いえ、陛下。私ではありません。」
否定したリリアの言葉に全員が首をひねる。彼女の後ろに立つ両親は、まさか、と呟いた。
「私の妹がおります。引っ込み思案で社交界には顔を出そうとはいたしませんが、あの子は龍へのあこがれが強い子なのです。この話をすればきっとあの子は喜んでいくでしょう。」
王が頷き、貴族たちの間には安堵の声が上がり始める。提案したリリアの口の端が上がったのを見たのは、同じように笑った両親だけだったーーー。
「あの子はどこ!?」
帰ってきた途端にリリアが言い放つ。1人のメイドが「廊下におります」と答えたのを横で聞きながらリリアは廊下へと大股で歩いていく。廊下と聞いただけではどこに廊下かわからないのが普通だが、メイドが廊下だと言えばその場所は決まっている。
「またこんなところにいたのね、ステラ?」
1番奥の部屋へとつながる暗い廊下にいた少女にリリアは声をかけた。ステラと呼ばれた少女は肩をビクッと震わせてからゆっくりと振り向き、頭を下げて跪く。
「お、おかえりなさいませ、リリア様…。」
この伯爵家の長女、リリア・ルンバートは長女ではなく、次女だ。本当の長女は、リリアの前で跪いているステラ本人である。金髪に紫の髪という、両親の色をもって生まれたリリアと違い、老人のような白い髪に、中から覗くピンクの瞳を持ったステラは、生まれた直後から両親に嫌われた。世話を使用人たちに任せて顔も見に来ることはなく、その1年後に生まれたリリアを目一杯可愛がり、ステラを使用人同然として扱った。
当然この状況にステラを逃がそうとする者もいたが、それを知った両親はすぐさま解雇。親戚とは距離を置いている存在のルンバート家には頼れるところもなく、ステラは家の家事をやらされていた。
「あなた、ここを出ていけるわよ。」
「え…?」
思わずステラは顔を上げてリリアを見る。姉を不敵な笑みで見るリリスは続けた。
「お告げがあってね、生贄が欲しいんですって。ほかの家のお嬢様たちはみんな行かないからあんたを提案してあげたの。陛下もそれがいいっておっしゃっていたからあなたに決まったのよ。」
「いけにえ…。」
ステラが繰り返すとリリアの笑みがさらに深くなる。
「そうよ、生贄。いくら何も知らないあなたでもこの意味は分かるわよね?あなたが死ぬことでこの国は繫栄するのよ!」
リリアの高笑いが廊下に響く。ステラがちらっとリリアの後ろを見ると、両親が様子を見ている。父親は鋭い目つきで睨み、母親はリリアと似たほくそ笑みをしている。ステラは目を一度瞑ってから開け、頭を下げた。
「陛下の御心のままに…。」
ルンバート家一行を乗せた馬車は王城への道のりを進む。ステラが承諾してから(命令されてから)一夜明けて、すぐに出発した。いつも使用人よりもみすぼらしい恰好をしていたステラだが、王城へ行くとなり、ましてや龍への貢物としての存在なので、ドレスを身にまとい、髪も結い上げられている。しかし、そのドレスはリリアが着なくなったお古だし、髪もステラには似合っていなかった。使用人たちはリリア風のおしゃれしかできない。そのため、リリアには似合うはずがステラには全く似合わないという格好になっていた。しかし、ボロボロの服を着て王の御前に立つよりはいくらかマシだった。
「よく来た、ルンバート伯爵。夫人も。それに、リリア嬢も。隣にいるのが件の娘か?」
ステラが慌てて挨拶をしようとすると、リリアが前に出ていった。
「左様でございます、陛下。この者が私の妹であるステラです。」
妹、と言われて思わず顔を上げそうになったステラだったが、グッと堪えて姿勢を保った。
ステラの1年後に生まれたリリアを可愛がっていた両親は、自分たちの娘はリリア1人だけだとでもいうかのようにリリアしか社交界に出さなかった。ステラは使用人たちから自分が長女だと聞いていたので自分も社交界に出たいと両親に頼んだことがあった。しかし、彼らはお前は娘じゃないと言い張って1度も外に出したことはなかった。ステラが外に出るのは使いを頼まれた時だけ。しかも寄り道をしないようにと使用人が最低でも1人ついて彼女を監視していた。
「そうか、ステラ嬢というのか。龍神様の番様になってくれると聞いた。私からも礼を言う。」
「とんでもございませんわ、陛下。この者は龍について丸1日本を読み漁るほど龍のことが好きなのでございます。彼女にとっては幸運でございますわ!」
王がステラに話しかけたが、すぐさまそれを拾ったのはリリアだ。確かに、ステラは龍に憧れを抱いている。使用人たちから聞く龍の話は面白かったのだ。しかし、文字も習っていないステラが本を読むことはまずなく、絵本を開いて龍の絵を眺めるだけだった。もちろん、丸1日など見られない。次から次へとこき使われる彼女には、龍の絵を見る時間などほぼなかった。
「では、儀式を行います。」
陛下の謁見室から場所を移して神殿のような部屋へ入る。そこには何人もの神官が待っていた。
「お待ちください、神官様。最後に、お別れを言っても?」
目に涙を嘘一杯に溜め込んだリリアが待ったをかける。神官が頷くと、リリアは駆けだしてステラに抱きついた。
「体を丈夫にね?龍神様と仲良くね?あなたのことは忘れないわ、ステラ。…やっとあんたを追い出すことができてせいせいしたわ。さようなら、永遠に。」
いきなり何を言い出すのかと戸惑ったステラだが、後方の言い方に思わず身震いをした。体が離れる直前のリリアの顔には不敵な笑みが広がっていたが、すぐに妹を労るような顔になって両親の元へ戻っていく。
「では、はじめます。ステラ嬢、こちらへ。」
神官に促されて大きな円盤の上にステラが立つ。すると、神官たちが周りを取り囲むように立ち、一斉に呪文を唱え始めた。すると、円盤の縁が眩しく光り、ステラは包まれる。ステラが最後にみたのは、家族の不敵な笑みだった―――。
ステラが目を覚ますと、青い空が見えた。どうやら横たわっているらしい。上体を起こして辺りを見回すと、ガラス張りのドーム状の建物にいることが分かった。しかし、誰もいない。静寂な中、ステラの心臓の音だけが響く。
そのまま待っていても誰も来なそうな気がしたステラは、立ち上がってその建物から出ようとドアの方へ向かった。と同時に、そのドアが開いて人が入ってきた。
ステラとは違う、真っ白で光沢のある白髪に、金色の瞳を持った長身の男。ステラは美しさにただ目を見張る。が、その金色の瞳がステラを見た途端、我に返ったステラは慌てて頭を下げた。
「…。」
双方喋らず、そのまま動かない状態がしばし続く。ふと、男の方がステラの方に向かって歩き出した。ステラはビクッと肩を震わせたが、どうすることもできずに頭を下げた状態で待つ。男の足はステラの目の前で止まった。
「顔を上げよ。」
若くもなく、渋くもない、耳に心地いい声が上から降ってくる。ステラは恐縮しながら頭を上げた。
「…なぜ目を合わせぬ?」
少し不機嫌な声。恐れ多くて目は合わせられなかったステラは慌てて顔をグイと上げて目の前の男を見た。
2人の目が合った瞬間、男の金色の瞳が大きく開いた。ステラは思わずうつむく。家族が彼女を叱ったり、難癖をつける前の行動だ。しかし、男は怒らない。むしろ、抱きすくめられたではないか。ステラには何が何だかわからない。
「其方はなぜ顔をそむける?私はそれほど見たくない存在なのか?」
「いいえ、そんなはずがありません!貴方様は綺麗な顔立ちをしていらっしゃいます。私などが見て良い方では…」
「何を言う!其方は私の妻となる者。夫の顔を水見ずにどう生きるというのだ!?」
「…では、貴方様が龍神様でいらっしゃるのですか?」
ステラがびっくりして思わず顔を上げると、顔が見られたことに嬉しかったのか、龍神は顔を綻ばせて答えた。
「そうだ、私が龍だ。我が妻よ、よくぞ参った。人間はしっかりと私を崇めているようだ。しかもこんなに器量のいい娘だとは。」
龍神がステラを上から下まで見て満足そうに言う。ステラは褒められて気恥ずかしかったが、人間たちが自分を選んだ理由をそう解釈されて、顔を曇らせた。
「どうしたのだ、妻よ?人間は違う理由で其方をよこしたのか?」
ステラは答えられなかった。自分の意見を言って通ったことなど、信じてもらったことなどなかったからだ。そんなステラの心情を読み取ったのか、龍神は優しく話した。
「妻よ、そう泣きそうな顔をするな。正直に言ってみると良い。私が聞いてあげよう。」
ステラはポツポツと話し始めた。貴族たちは生贄だと解釈して娘をいかせようとしなかったこと、自分の家族が自分を推薦して次の日にはここに来たこと。
「なんと情のない家族なのだ!自分の娘をていよく追い出したようなものではないか!妻よ、辛かったな。」
龍神は怒ってからステラを優しく抱きしめた。ステラは我慢できなかった。腕の中で思い切り泣いた。今まで泣いたことがないくらいに。
いつの間にか寝てしまったのだろう。ステラは布団に横になっていた。その周りは白くてレースのカーテンのようなもので囲われており、まるでお姫様のようだった。
「ん?起きたか、妻よ。」
カーテンの外から龍神の声がする。ステラは慌てて布団から出て、龍神に頭を下げる。
「申し訳ございません!寝てしまいました!」
「良い、良い。たくさん泣いて疲れたのだろう?其方は寝顔も可愛らしいのだな。私が愛しく思うのもうなずける。」
「え…。」
龍神の言ったことがうまくつかめないステラを抱き寄せ、膝の上にのせる。
「其方の髪は私と同じなのだな。その中から覗く桃色の瞳も愛らしい。我が妻よ、名はなんという?」
「あ、ステラ…、です。」
「ステラ、か。それが人間界の名前なのだな。ステラよ、新しい名を与えてやろう。これから私と暮らす中での新しい名を、な。」
「名前を…?」
「うむ。その名は人間界での辛いことを思い出すであろう?私は妻が辛い思いをするのを見ていられないのだ。だから、生まれ変わるように名を改めたいのだ。」
ステラは何も言えなかった。この名前は両親が適当に着けた名前だったから、自分でも嫌いな名前だった。しかも、ほとんど呼ばれたこともなかった。新しい名前、という響きに胸が温かくなる。
そんなステラの顔を見て満足そうにうなずいた龍神は、思いついたように言い出した。
「妻よ、私に名前を与えてくれぬか?いままで人間からは龍神としか呼ばれていない。私も名前が欲しいのだ。妻からもらう名が。」
「わ、私でよいのですか?」
「其方が良いのだ。その話し方も距離があるように感じるな。普通に話せ。」
「は、はい、じゃなくて…、わ、わかった。えっと…。」
ステラは考えた。どんな名前が良いだろう。自分は言葉を知らないからいい名前が思いつくか不安だが…、といきなり頭にパッと浮かんだ。
「ウィル…。」
「ウィル?」
「実は私、文字を習ってないから言葉をよく知らない、の。でもこれは聞いたことのある言葉なの。なんだか、貴方を見ていたらそんな言葉が出てきて。…ごめんなさい、私は外に出たことがほとんどなかったから人間界のこともよく知らないの。」
「いや、良い。ウィルか。良い響きだ。」
龍神は、ウィルは嬉しそうに笑った。初めて見た彼の笑顔にステラの胸が音を立てる。ステラの動向を知ってか知らずか、ウィルは考え始める。
「さて、次は妻の名前か。どんな名前がよいか…。」
ウィルが悩む中、ステラは周囲を見てみた。布団の横には小さな棚があり、その横は曲がって障子だ。障子の横はまた曲がって大きな棚。障子の先には庭があるようだ。レースのカーテンが引かれてあるのでよくわからないが、外には青い空が広がっているようだ。そして全体的に、部屋は淡いピンク色で覆われている。
「ウテナ。」
我に返ってウィルの方を向くと、ウィルの金色の瞳がこちらを見ていた。
「はい?」
「ウテナだ。其方の名は、ウテナだ。」
「ウテナ…。」
自分で言った途端、その言葉が胸に染み込んできたように感じた。ステラという名前よりも、もっとずっと、良い心地の響きに感じられて、目頭が熱くなる。
「ど、どうしたのだ?!この名では嫌か?ほかの名前も考えるぞ!」
「いらない。」
「なに?」
ウィルの腕の袖をギュッとつかむ。
「これが、ウテナがいい。お願い。呼んで?」
ウィルは目を左右に彷徨わせてから口を開く。
「…ウテナ?」
「なぁに、ウィル?」
ステラ、改めウテナはウィルにニコリと笑いかけた。ウィルは一瞬見開いた瞳を細めて微笑んだ。それから2人は、しばらくお互いの名を呼び合った。
ウィルはウテナを甘やかした。人間界のことを聞くことなく、ただ妻の世話をよく見た。朝は隣でウテナが起きるのを待ち、食事の時は自らの手で食べさせ、寝室に入ってもウテナから離れなかった。
「入浴は一緒ではダメなのか?」
「だ、ダメ!」
さすがに入浴は一緒に、とまではいかなかったが。ウテナは恥ずかしがり屋だな、というウィルのその微笑みに、いつも胸が高鳴る。しかし、いまだ一線を越えず、口づけを交わしたことも無かった。ウィルがどう思っているかはわからないが、ウテナがまだ羞恥心を捨てられない。
夫婦になったのだから覚悟しなければいけないが、ウィルが優しすぎてそういうことには触れてこないので触れ合ったことはない。
ある日、2人は庭を散歩していた。ウテナはこの庭が大好きだった。色とりどりの花が咲き乱れ、風が穏やかに吹いていて、日ざしが空から降っている。この天気がウテナは好きだ。快晴の空は毎日続いている。ウテナが来てから曇ったり雨が降ったりしたことはない。どうしてかとウィルに聞くと、この天気はウィルの心だといった。今ウィルはウテナと一緒にいて幸せだから快晴なのだという。
「今日も嬉しいの?」
「うむ。ウテナとともにいるだけで私は嬉しい。」
ウィルはウテナを見て微笑む。心から喜んでいるような笑顔に。ウテナは自分のすべてを明かしていないことに後ろめたさを感じる。
「どうしたのだ、ウテナ?」
ウィルが首をかしげてウテナの顔を覗き込む。ウテナは口を開くが、言葉を発せない。もしも正直なことを話してウィルにあきれられてしまったら?そもそも、結婚式のようなものも挙げていないので、ただの「妻」という存在で認識されていたら…。
不安になりすぎて涙がこぼれてしまったウテナをウィルはさすり続ける。ウテナはこらえきれなくて次から次へと涙をこぼした。
すんすんと鼻を鳴らしながらも涙を止めたウテナの背中をウィルはさすり続ける。ウテナは顔を上げてウィルを見た。
「ウィル、ありがとう。それと、ごめんね。私、自分のことを何も話さなかった。」
「良いのだ。ウテナが辛い思いをしているのなら私は無理に聞こうとは思わない。ウテナにはずっと笑っていてほしいのだ。」
「…ウィルが私のことを気遣ってくれてるのはすごく伝わってくるの。でも、私のことをあなたに知ってもらわないでこのまま自分の思いも言えないままじゃダメだって思ったの。」
不安げな顔をするウィルに眉を下げながらも笑ったウテナは話し始めた。
ウテナの話はウィルにとって想像以上のものだった。長女として生まれたのに髪も目も色が違うという理由で両親は目もくれなかったこと。次女が生まれればそっちにかまいきりだったこと。ウテナが意見を言っても怒られるだけで通ったことが無かったこと。外に出してもらえることもなく、使用人と同等の、それ以下の扱いを受けていたこと。今回は王太子の婚約者候補(まぁほぼ確定だが)になったリリアが提案して自分を送り込んだこと…。
ウテナが話している間、ウィルは背中をさすり続けたが、心の中には怒りがふつふつと湧き上がってきていた。それと同時に、快晴だった空が雲で覆われていく。話し終わったウテナを抱きしめながら、ウィルは囁くように言った。
「もしもウテナが望むのなら、人間界など滅ぼしてやることもできるぞ?もちろん、特定の者であっても、な。」
「ウィル…。」
少し不安げに、あまり気の進まないような顔をするウテナにウィルは苦笑いをした。
「そんな顔をするな。私はそれほどの力を持っているということを言ったまで。まぁ、其方が望めば叶えられなくもないがな。しかし、恩恵を与えている私としては、妻の出身の世界の人間が愛しい妻にむごい仕打ちをしたとあっては罰を与えねばならぬ。ウテナ、今から人間界に行こう。奴らを罰せねばならぬ。」
そういったウィルはウテナを抱えて空中に浮いた。いきなりでびっくりしたウテナだが、慌てて止めに入る。
「待って、ウィル!確かにつらかったけど、そこまで望んでないから!ここで一緒にいよう…?」
「一緒にいたいのはやまやまだが、其方の妹が次期国王と婚約するのは納得がいかん。其方が私のもとに来てくれたのに、国が滅びていくのは納得がいかんだろう?其方の妹が次期国王妃になってしまえば国が滅びるのは目に見えている。国に加護を与えると約束した私にとっては、しっかりと制裁を与えてやらねばならん。」
自分の話を聞きながら少し不安げなウテナの頬にキスを落とし、ウィルは宙に浮いた。途端、周りが白い渦に包まれる。思わずウィルにしがみつき、目をギュッと閉じたウテナはしかし、風も何も感じなかったので目をゆっくりと開く。そこはさっきまでいた龍の世界ではなかった。ウィルのもとへ連れていかれるときに初めて訪れた場所。人間界の城の謁見室に浮いていた。
「龍神様!」
声のする方には王。その近くには王太子と、
「リリア様…。」
リリアは跪いていた。王の手には冠があり、女物のそれだったので、王太子妃として任命されていたところだったのだろう。その目には驚きが表われている。思わずしがみついていた力が増すと、ウィルがそこに手を置いて微笑んでくれた。が、すぐに笑みを消し、王に向けて厳しい顔で睨んで言った。
「そのリリアとかいう女を王子の嫁にするな。」