「ウテナ、ウテナ?」
誰かが呼ぶ声がする。透き通るような低音ボイス。聞くだけで心が満たされるようなこの声は…、
「…ウィル?」
「ウテナ!気がついたか?」
「ここは…?」
「其方の部屋だ。随分眠っていたようだが、そんなに体調が悪かったのなら無理に散歩に付き合わなくてよかったのだぞ?」
散歩?あぁ、そういえばしていたけな。でもどうして部屋に戻っているのかな…。
「突然倒れ込んだので何か気に障るものがあったのではないか?いえばすぐに片づけてやるから言ってみろ。」
「ま、待って、ウィル。違うの。」
今すぐにでも庭に戻って何かを壊そうとするウィルを慌てて止めながら、さっきまでのことを振り返ってみる。
私はウテナ。人間界で家族に使用人のように使われていた。龍を信仰する私たちはお告げで生贄を差し出すようにと言われ、厄介者の私が選ばれた。龍の世界へ飛ばされたけど、そこでウィルと会って今では幸せな毎日を送っている。
今日は本を読んでいた時にウィルが散歩に誘ってくれたから一緒に庭を歩いていたんだけど、急に眩暈がして倒れてしまったのだった。心配するウィルを横目に窓を見ると、外は雨が降っていた。空はウィルの心情によって変わる。雨の場合は悲しい時や、何より心が沈んでいるときだ。私は顔を戻してウィルの方へ向き、笑いかけた。
「大丈夫だよ、ウィル。庭に悪いものなんてないの。ただ、ちょっと、ね。」
「庭が原因ではないのか?ではなんだ。『ちょっと』なにがあったのだ?」
「えぇっと、ちょっと疲れちゃっただけだよ。えっと、白湯ってもらえる?」
追及してくるウィルにこれ以上聞かれないよう白湯を頼むと、ウィルが手を少し動かしただけで少し湯気が出ている白湯が器に入って出てきた。私が礼を言って受け取ると、ウィルは少しだけ笑ってくれた。
「番様、お加減はどうですか?!」
「お倒れになったと聞いたときには何かがあったのかと…。」
「見た感じではどこも悪いところはなさそうですね。」
「でも安静は大事ですからね、私たちからもお願いします。」
次の日、私を元気づけるためか、ウィルが四龍たちを呼んでくれた。彼らは来た途端、口々に話しかけてくれる。私は笑って話しかけられた順に答えた。
「みんなありがとう。リネ、私は元気ですよ。ダレス、何もなかったですよ。ジューク、ただめまいがしてしまっただけです。でも、マリルが言うように、休ませてもらいますね。というか、ウィルがまだ動くなと部屋から出させてもらえなくて。」
みんなほっとしたようにいる。私もその顔を見て安心した。が、確かめたいことがある。
「ちょっとみんなにお願いがあるんです。ジュークは『見た感じ』を言ってはくれたのですが、体の中も診てもらうことはお願いできますか?」
「番様?」
「やはりどこか悪いのですか!?」
驚くリネとダレスとは反対に、ジュークとマリルは冷静に答えてくれた。
「わかりました。ダレス、行きますよ。」
「そうね。ジューク、リネも連れて行ってもらえる?」
「あぁ、いいよ。」
何がなんだかわからないリネとダレスを引っ張って出ていくジュークに感謝を視線で伝えながら、マリルを見た。マリルは私に優しく笑いながら言う。
「では番様、手を出していただけますか?」
言われたように手を出すと、マリルは両手で包むように握ってから目を閉じた。すると、手元が光りだす。そのままじっと待っていると、次第に光が消え、マリルが目を開けた。
「マリル、わかった?」
マリルはあの優しい笑みを向けてから教えてくれた。
「ウテナ、四龍が帰った気配がしたのだが…?」
「うん、帰しちゃった。ダメだった?」
「いや、そうではないが…。」
マリルと話をした後、私は四龍を帰した。「ひとまず今日は」と。ウィルは龍すべてを統べるものなので、気配がわかるのだそうだ。部屋に入ってきたウィルは心配そうにベッドに腰掛ける。私はと言えば、ベッドから一歩も動けないため、上体を起こしたままだ。
「ねぇ、ウィル。」
「なんだ?」
空は曇り空。悲しみが深いわけではないが、それでも私を心配して心が晴れない彼の心情が表わされている。私はウィルの手に自分の手を重ねた。
「…龍と人間の間にできた赤ちゃんはどうなるの?」
「…なんだと?それはどういうことだ?」
「龍と人間との間にできた赤ちゃんはいるの?その子は今どうしているの?その子の母親は、今どうしているの?」
「ウテナ、まさか…!」
「ウィル、私ね、」
赤ちゃんができたんだよ。
「番様、懐妊でございますわ。」
「かいにん…?」
「番様のおなかに、番様と我らが主のお子様がいらっしゃられます。」
マリルは私の体を調べた後に教えてくれた。最近確かに疲れやすかった。眠ったはずなのに眠くなってた。昨日は貧血でめまいを起こした。それが全部、このおなかに宿った命が存在を教えてくれた証拠だった。
「マリル、」
「はい、番様。」
「人間との間にできるものなの、赤ちゃんって?」
私のといかけに、マリルは一瞬驚いてからすぐに笑って言った。
「そのことに関しては我らが主の方が詳しいですわ。どうか主にお尋ねくださいませ。」
「赤ちゃん…。」
「ウィル、教えて。この子は生きられるの?どう生きるの?どうしたらいいの?」
驚いているウィルを私はゆすった。この心配を早く解決してほしかった。マリルはウィルが詳しいと言っていた。ならば、
「ウィルは龍と人間の間に生まれた子を知っているんでしょう?」
そういった途端、ウィルは顔をあげて私を見た。その瞳には、嬉しさもありながら、戸惑いもあった。ウィルはうつむき、しばらくしてから再び顔をあげて私を見た。
「ウテナ。」
ウィルの手が重なる。
「私が、龍と人間の子供なのだ。」
「…え?」
「私の父は龍だが、母は人間なのだ。」
「…。」
「以前、100年ほど前にいたウテナと同じ髪の色をした女がいたと言ったであろう?それが私の母だ。」
「ウィルの…、」
「あぁ。母は私を生んですぐに亡くなってしまった。だから私は母のことを知らない。父が言うには、心の優しい人であったと。…龍は妻に対する愛情が深い。愛するものの話は父にとってつらいことだったのだろう。詳しいことは教えてはくれなかった。」
ウィルはさらにいろんなことを教えてくれた。龍と人間の間に生まれた子は龍同士の間に生まれた子よりも優れた龍であること。だから龍を統べるものは人間を妻に迎えるのだということ。龍の性質上、妻を甘やかすのだということ。妻が亡くなれば、数年後に後を追うように亡くなるのだということ。
「いままで黙っていたわけではないのだ。ウテナには何不自由なく過ごしてほしかった。まさか懐妊で私自身もこんなに驚くとは予想していなかった。ウテナには赤子のことで心配をかけてしまったな。」
しょんぼりとするウィルに私は首を振った。
「そんなことない。私も事前に聞けばよかったんだから。…ねぇ、人間は長生きできないの?ウィルのお母さんはウィルを生んですぐに亡くなったって…。」
「いや、母は人間の寿命を全うしたかったようだ。だが、其方が望むなら龍と同じ寿命で暮らせるぞ。其方がしたいように選んでくれ。私はどちらでも構わない。」
私はウィルに抱き着いた。ウィルはしっかりと受け止めてくれた。顔をあげて見ると、ウィルは眉を少し下げながら笑っていた。愛する人と少しでもながく一緒にいたいと願うのは当然で、ウィルもそれを望んでいるのだろう。私に選択肢を与えながらも…。
「私はウィルとずっと一緒にいたいよ。」
ウィルの目が見開かれた。
「生まれてくる子の将来を見守りたいし。それに、私の人間界での人生は苦しかったもの。その分まで生きたい。ううん、その分以上にもっとウィルと一緒に生きたい。まるで最初から私の生活はここから始まっていたんだって思えるくらいに。」
「ウテナ…!」
力いっぱい抱きしめてくれたウィルに負けないように、私も思いっきり抱きしめた。こうして、私はウィルと一緒に何百年も生きることを決めたのだった。
ちなみに、数日後にそういう儀式とかはあるのかときいたところ、私が長く生きると決めて抱きしめあった際にウィルがそうするようにしてくれたらしい。どうやったのか、細かいことは気にするな、と言われた。