狼の話

  最後に見た記憶は何かの衝撃により吹き飛ばされ、水の中に落下した光景だ。ぐるぐると回転する視界の中、私の身体は子供が投げ捨てた玩具のように地面を転がり、川の中に沈んだ。雪解けの水が流れ込む川は非常に冷たく、針が突き刺さる様な痛みがあった。

  水の冷たさは私の心臓を凍らせ、呼吸を抑制させる。

  冷たい水の中に落下した私は懸命に這い出ようと身体を動かすが、筋肉は凍りつき、思うように身体が動かない。体表を覆う毛皮は水を吸い、私の身体の動きを阻害する。ドンドンと重たくなる私の身体は川の底へと引き摺り込まれ、私の意識はそこで途絶えた。

  次に目を覚ました時、私は窓のない部屋に居た。

  ベッドの上で目を覚ました私は頭を上げ、室内を見渡す。白い天井にはLEDの光が灯され、白い床は掃除が行き届き、ゴミ一つ落ちていない清潔な空間である。ベッドの側にはカーテンがあり、まるで病室のようである。

  「…」

  ぼんやりとした私の意識は少しずつ覚醒し、記憶の宮殿の中を巡り歩く。巨大な宮殿内を彷徨う私の海馬は一つずつ記憶の欠片を集めていき、やがて最後に見た光景を思い出した。

  「…アイツら…獣人狩りの連中か?」

  私が最後に見た光景は、住んでいた集落を武装した人間が襲撃してきたものであった。銃器で武装した人間は襲撃をトラックで包囲し、私の住む集落を襲い、家々から住民達を引き摺り出した。人間達は一軒ずつ家を回り、一部屋ずつ捜索し、隠れていた者達を外へと連れ出した。その際、抵抗する牡も居たが、人間の持つマシンガンや拳銃により射殺され、死体は放置された。

  奇しくも、家を離れていた私は難を逃れ、集落の近くの林に身を潜め、様子を探っていた。集落を襲った人間達は獣人狩りを生業とする組織の者なのか、動けない者や年老いた者は射殺し、抵抗する牡達はマシンガンで蜂の巣にした。中には包丁を片手に人間に襲い掛かろうとした猛者も居たが、人間の持つ銃に勝てる筈もなく、身体中に穴を空けられ、瞬く間に絶命した。

  獣人狩りの人間達は子供達と若い牝、無抵抗の牡達を集め、トラックに乗せ、村に火を放った。冬の乾燥した気候のため、火は瞬く間に燃え広がり、集落の建物を呑み込んだ。幸いにも、私の潜む林まで燃え広がるには時間を要したため、その間に逃げ出した私は川の方へと向かった。

  それは間違いであった。

  獣人狩りの連中は逃げる私の存在に気づき、携行したドローンを飛ばし、私を追跡した。狼獣人である私の脚ならば、逃げ出す事も可能な筈であった。しかし、ドローンは複数台で飛来し、更に上空から奇襲を仕掛けてきたため、私の反応は遅れてしまった。その結果、一機のドローンが逃げる私の背中にぶつかり、私は川の中へと落下した。

  その事を思い出した私は病室の様な空間を見渡した。幸いな事に両親亡き後、私の家族は誰も居らず、集落の中で親しい者も居なかった。そのため、不安に苛まれる事は無かったが、代わりに現状を理解できない恐怖が私の中に広がる。

  状況を把握すべく、私はベッドから起き上がろうとした。

  ガチャリ、という音が両手首から聞こえ、私の目が冷たい金属の輪を捉えた。

  「…えっ?」

  毛皮の生えた私の手首には手錠が嵌められており、ベッド柵へと固定されている。それは人間が使う金属製の鎖と繋がり、私の身体の自由を奪う。手首から伝わる冷たい感触が私の体温を奪い、私の身体は芯から震える。

  それは寒さによるものではない、理解できない現状に対する恐怖からくるものである。私は現状を理解しようと頭を上げ、室内を見渡す。病室のような白い空間には窓がなく、代わりにカーテンで周囲を囲われている。天井のLEDがベッドに拘束された私の身体を照らし、私の黒い毛並みを際立たせる。

  扉が開く音が聞こえた。

  音はカーテン越しに聞こえ、私の視線がそちらを向く。動く人影がカーテンに反射し、何者かの接近を私に知らせる。同時に室内に物音と悲鳴が広がり、湿った音が私の耳に届く。

  「な、なに…?」

  白いカーテンは外界と私を隔離する防護壁であったが、それは非常に頼りなく、儚い物であった。白いカーテンは捲られ、その向こうに立つ影が私を見つめる。

  「…」

  影は私と同種の狼獣人の牡であり、彼の身体はボロボロになっている。何度も殴打されたのか、灰色の体毛には血が滲み、身体を覆う白い包帯にも赤いしみが滲んでいる。彼の片目は包帯で覆われており、手首と首には枷がつけられ、枷同士に鎖が繋がれている。

  彼は重たげな鎖を垂れ下げ、怯える私を見つめる。

  「ひっ…」

  私の口から恐怖の声が漏れるが、それは室内に響く悲鳴により掻き消された。

  「いやぁぁぁ‼︎」

  「やめてぇぇ‼︎」

  頭を上げた私の視界に、彼の身体越しに見える光景が映る。カーテンの向こうには幾つものベッドが置かれており、その上には眼前の彼と同じように負傷した牡の獣人達の姿がある。

  牡達はベッドの上に拘束された牝の獣人達の股を開き、腰を振っている。犯される牝達は私と同世代の若い娘達ばかりであり、中には少女とも言える者もいる。だが、牡達は彼女らの股を強引に開き、腰を振り続けている。

  「ごめんね…」

  私の耳に牡の声が届く。

  「すまない」

  それは娘達を犯す牡の謝罪の言葉であり、彼らは涙を流しながら腰を振り続ける。

  「許してくれ…」

  彼らは涙を流し、謝罪しながら腰を振り続ける。牝達は悲鳴をあげるが、牡の腕力に勝てる筈もなく、彼女達は悲鳴をあげ、犯される。

  「やだぁぁ‼︎」

  「ママぁ‼︎」

  年若い獣人の娘達は牡達により犯され、続々と種付けされている。最初の牡が果てた後、別の牡が入れ替わりで娘を犯し、また種付けする。牡達は涙を流し、謝罪の言葉を口に出しながら腰を振り続ける。

  部屋の入り口から声が響く。

  「はいはいはい、さっさとノルマを達成しろ。薄汚い獣人と同じ空気を吸う俺らの立場にもなってくれよ」

  入り口には武装した人間の男が立っており、手には銃が握られている。牡達は武装した人間に向かって憎悪の眼差しを向けるが、彼らの持つ銃に抵抗できるはずもなく、加えて枷で動きを抑制されているため、おとなしく命令に従うしかなかった。

  「…すまない、命令に従わないと妻と娘が殺される…」

  私の足下に立っていた牡も小声で謝罪の言葉を口に出し、涙を流しながら私の足を掴む。

  「いやっ‼︎」

  私は咄嗟に足を閉じようとしたが、彼の腕力の方が勝っており、強引に私の足を開かせる。失神している間に身包みを奪われた私はショーツしか身につけていない。両手を枷で拘束された私は何とか逃げようと身体を動かすが、金属製の枷が外れる訳もなく、ガチャガチャと金属音が聞こえるだけである。

  震える牡の指が私のショーツに触れ、彼はそれを引き摺り下ろした。

  「やめてぇぇっ‼︎」

  私は悲鳴をあげるが、足を強引に開かれ、最後の砦であるショーツを脱がされた以上、私の膣は剥き出しになる。彼は涙を流しながら性器をしごき、なんとか勃起させる。性器の先端から透明な液が伝い落ち、私の膣へと触れる。

  彼は「すまない、すまない」と涙を溢しながら人間から持たされたローションを取り出し、それを性器に塗る。その光景を見た私は彼が本気で犯そうとしている事を理解し、金切り声をあげ、逃げ出そうとした。

  「おい、うるさいぞ」

  直後、武装した人間が私の口にタオルを押し込み、強引に口を塞いだ。私の口から微かな声しか漏れず、タオルに私の唾液が染み込む。タオルの繊維が舌の奥に触れ、私は吐き気を催しそうになるが、それは下半身から広がる痛みと衝撃により、掻き消された。

  「ぐっ…」

  私の脚を開かせた牡はローションで濡れた性器を私の膣へと押し当て、強引に挿入した。処女ではないが、愛撫せずに挿れられた事により、私の膣から微かな血が垂れ、私の視界は白黒に明滅する。

  彼は私の骨盤を掴み、腰を振り出した。

  下半身から響く振動が私の身体を揺らし、黒い体毛を靡かせる。ゴツゴツという振動が私の下腹部に広がり、乳房をリズミカルに震わせる。

  「すまない、ほんとうにすまない…」

  私を犯しながら彼は泣いている。その背後では他の牡達が拘束された牝達を泣きながら犯し、種付けしている。室内には牝達の悲鳴と水音が広がり、部屋の入り口に立つ武装した人間が彼らを見張っている。

  「一匹につき、最低五回は出せよ」

  人間は気だるそうな口調で命じ、腰を振り続ける牡達を見渡している。

  パンパンという水音と体毛が擦れる音が絡み合い、私の耳へと響く。私の視界の焦点は定まらず、天井のLEDを見つめていた。

  「…ぐっ」

  やがて、私を犯していた牡は私の下腹部へと腹を密着させ、身体を細かく震わせる。直後、彼は息を吐き出し、私の膣から性器を抜き出す。

  私の膣から白い体液が伝い落ち、シーツを汚す。

  私に種付けした牡は涙をこぼし、「すまない」と謝罪の言葉を繰り返している。私の視界は白黒に染まり、キーンという耳鳴り音が耳道に広がる。

  白黒に染まった私の視界に武装した人間の姿が映り、奴は白く汚された私の膣に目を向け、何かを呼んだ。数秒後、別の牡が呼ばれ、種付けされ脱力した私の身体に跨る。彼もまた、「すまない」という言葉を繰り返し、白く汚れた私の膣へと挿入する。

  私の視界は明滅を繰り返し、やがて暗闇の世界へと溶けていった。

  *

  どれくらいの時間が経過したのだろうか。

  窓一つない部屋に監禁された私や他の若い牝達は、毎日のように獣人族の牡達により犯された。与えられたベッドで目を覚ました私達は早朝から牡の相手をさせられ、何度も種付けされる。その後、隣室のシャワーで身体を清め、人間から奴隷のように使役される同族が運んできた朝食を食べる。その後は僅かな休憩時間が与えられ、昼食まで獣人族の牡達に抱かれる事になる。

  昼食後、武装した人間の監視下に置かれた私達は廊下へと連れ出され、その先にあるバルコニーで日光浴をする。その際に逃げ出そうとする娘もいるが、首と手首の枷を繋ぐ鎖が邪魔をし、瞬く間に人間達に捕らえられる。その後、逃げ出そうとした娘は部屋へと連れ戻され、獣人族の牡達により犯される事となる。

  日光浴後、私達は部屋へと戻され、再び牡達により種付けされる。何度も抱かれ、何度も子宮へ種付けされ、何人もの牡達に続々と抱かれる。

  その後はシャワーで身を清め、夕食を与えられる。その後は寝る前にトイレへ連れて行かれ、尿検査を行われる。検査後に睡眠時間となり、翌朝には同じルーティンを繰り返す事になる。

  この間、人間は私達に決して触れず、また人間の用意する食事は栄養満点である。その事からも人間達の狙いが何なのかは明らかである。

  私達が同族の子を孕む事を人間達は狙っている。現に悪阻などの妊娠の兆候が出た娘は尿検査を受け、陽性の場合は部屋から連れ出され、戻ってくる事はなかった。その娘がいたベッドには別の娘が新たに補充され、牡達に抱かれる事となる。

  私は人間達の目的が理解できた。だが、私はその理由を理解できずにいた。

  『獣人狩り』という言葉が存在するように、獣人には人権など存在せず、人間の裁量により好き勝手して良いという事になっている。人間の中にも「獣人にも人権を」「獣人を保護しよう」と宣う者もいるが、そのほとんどが金や利権目当てである事も知られている。故に、『獣人狩り』で捕まった獣人達は人間の所有物として扱われ、若い牡達は労働力として工場や危険な現場作業などで酷使される。子供や若い牝は農場や裁縫工場などの労働力として売られる事がほとんどであるが、中には性奴隷として売り飛ばされる事もある。

  獣人=労働力として扱われるため、子を孕み労働力として使えない牝の需要はほとんど存在しない。

  だが、私達を監禁する人間達は私達が同族の子を孕む事を狙っており、孕んだ娘は別の部屋へと連れて行かれる。また1人、私より少し年上の娘が同族の牡の子を孕み、別室へと連れて行かれた。

  その後ろ姿を見届けた私は狼獣人の牡から犯されつつ、天井のLEDを眺めていた。

  そして、運命の時が来た。

  昨晩の睡眠前の検査により、私の尿は陽性を示した。それを見た私は絶望の底へと転落したが、検査に立ち会う人間は私の検査キットを回収し、平然としたまま、リストに私の名前を追加した。

  翌朝、朝一番に部屋を訪れた人間は犯される他の娘達を尻目に、私を連れ出した。喘ぎ声と悲鳴、泣き声が反響する部屋から連れ出された私は、武装した人間と共に建物の外へと連れ出された。そこには大型のトラックが停められており、エアコンと空気清浄機が効いたコンテナの中には、多くの娘達の姿があった。

  犬族、猫族、狐族、竜族、そして私のような狼族。

  様々な種族の獣人の娘がコンテナ内の椅子に座らされており、全員の首と手首に枷が付けられている。枷から伸びる鎖はコンテナの天井へと繋がり、娘達は無抵抗のまま、項垂れている。

  (皆、無理やり孕まされたのかしら…)

  どの娘達も若く、それなりの美しい容姿をしている。彼女らの腹は膨らんでおらず、まだ妊娠初期の段階で連れて来られたようである。

  コンテナ内に乗せられた私も同じ様に拘束され、コンテナの扉は閉まった。直後、エアコンから甘い匂いが広がり、私の意識は遠のいた。

  次に目を覚ました時、私はコンテナではなく白い空間にいた。白く狭い空間には椅子のようなユニットが置かれ、その上に私は座らされている。手足はベルトで拘束され、身動きを取れずにいる。

  「なに…ここは…?」

  異質な光景を目の当たりにした私の身体は恐怖により、細かく震える。私の身体から全ての衣服が取り除かれ、膣口が剥き出しになっている。膣口の下にはクッションが敷かれ、近くには複数のカメラが設置されている。空間内は個別に取り付けられたエアコンにより体温程度の室温を保っているが、裸にされた私は恐怖心のあまりに身震いする。

  「ひっ…」

  なにより、一番恐ろしかったのは、失神する前とは異なり、私の下腹部は明らかに膨張しており、まるで臨月の妊婦のようである。意識を失う直前と現在の日時が不鮮明のため、どれくらいの間、眠っていたかは定かではない。しかし、体感からして、数日間も意識を失っていたとは考えにくい。

  しかし、私の下腹部は臨月の妊婦のように膨らみ、胎内では何かが動く気配を感じる。

  恐怖に震える私は少しでも現状を理解しようと辺りを見渡す。その時、私の視界にある光景が映り込む。

  空間の壁はガラス張りになっており、右斜め向かいのブースには見覚えのある猫族の娘の姿がある。

  (あの娘は…コンテナの中にいた…)

  私と同時期に移送された猫族の娘もまた、下腹部が異様に膨らみ、椅子の上に身体を固定されたまま、悶絶している。ガラス張りの壁により音が遮断されているが、猫族の娘は大きく口を開き、何か叫び声をあげている。

  椅子に手足を固定された猫族の娘は股を大きく開き、彼女は目を見開いた。

  直後、猫族の娘の膣口が内側から押し開き、『何か』が強引に出てこようとしている。猫族の娘は目を見開いたまま、何か叫び声をあげるが、ガラス張りの壁が音を遮る。

  しかし、私はその光景から目を逸らせずにいる。

  猫族の娘の膣口から出てきた『何か』は猫族の手であり、それは強引に彼女の膣口から外へ出ようとする。猫族の娘は目を見開き、身体を幾度も痙攣させる。

  「ひっ…」

  直後、彼女の腹が大きく裂けた。

  ガラス張りの空間内は白い壁と床に覆われていたが、椅子に固定された猫族の娘の腹は内側から破裂し、空間内に大量の血液と臓物を撒き散らす。小柄な猫族の娘の腹は耐えきれず、大きく開いた腹の穴から『何か』が這いずり出し、床へと落下する。

  猫族の娘は息をしておらず、首を垂らしたまま絶命した。

  「なに…あの化け物は…」

  猫族の娘の腹を強引に破り、外へ出た『何か』は床から椅子を伝い登り、母体である絶滅した猫族の娘の身体へと近づく。『何か』は猫族の娘の死体にしがみつき、剥き出しになった臓物へ喰らいつく。

  その姿はタコのような軟体生物であり、多足の生き物であるが、どことなく猫の姿にも見える。『何か』は自身を産み落とした母の死体へと喰らいつき、臓物や腹の肉、首筋の肉を食べる。

  眼前の光景、そして己の下腹部を見比べた私は嫌な予感を抱いた。

  直後、私の腹は内側から圧迫された。

  「ギャアッ‼︎」

  私は目を見開き、口を大きく開ける。私の膨らんだ腹は内側から圧迫され、臍の辺りが膨らみ続ける。同時に臍の下を何かが這いずり回るような感触を覚えた直後、私は激しく失禁した。

  「痛い痛い痛いっ‼︎」

  内側から膀胱を圧迫された私は尿を垂れ流し、『何か』が産道を通り、私の胎から出ようとする。私の手足の筋肉は痙攣し、視界が明滅し白黒の世界が広がる。まるで大地震に巻き込まれたように私の視界は激しく揺れ、白黒の世界が溶けていく。

  「あっ」

  私の口から声が漏れた。

  産道を動く『何か』の存在が消えた直後、股間の辺りから物音が聞こえた。息が切れた私は頭をあげ、股間へと目を向ける。

  そこには狼の新生児の姿がある。

  猫族の娘が産んだ時とは異なり、軟体生物のような姿をしていない。骨格は狼の新生児のものである。新生児の腹から伸びる臍の緒は私の膣へと繋がり、『それ』が私の産んだ子である事を意味する。

  室内に赤子の泣き声が響く。

  同時に私の脳裏に何人もの獣人族の牡達の姿が過る。人間に命じられ、私を犯し孕ませた牡達の姿が。

  「いやっ…私の子じゃない…」

  脳裏の記憶と眼前の光景、そして新生児と繋がる臍の緒が私の子である事を表している。だが、それを認められない私は力無く呟くが、それはドアの開閉音により掻き消された。

  私が産んだ直後、白衣を着た人間達が室内へと入り、赤子と私を繋ぐ臍の緒を鋏で切断した。人間はゴム手袋越しに赤子を触り、マスクに覆われた口を動かす。

  「素晴らしい…成功だ」

  白衣を着た人間が呟き、隣に立つ女性研究員が嬉しそうに話す。

  「予め孕ませた獣人族の娘の胎内へ別の遺伝子を加える…まさか成功するとは思いませんでしたよ」

  「あぁ…人間の身体では耐え切れない、加えて人体実験は禁止されている…獣人族様々だな」

  白衣を着た人間達は何かを話し、産まれたばかりの赤子をタオルで包み、部屋を後にする。その後ろ姿を見た私は何とか声を絞り出す。

  「待って…私の、赤ちゃんを…返して」

  出産直後で体力が尽きた私が搾り出す声は、ドアの開閉音により掻き消された。白衣を着た人間達はガラス戸の外から私に目を向け、続けて別の人間が入ってくる。

  それは白衣を着た気だるそうな男である。

  白衣を着た人間は動けない私の股間に後処理を施しつつ、近くに立つ助手へと声をかける。

  「この狼娘が初の成功例だ。今後もコイツの胎を使い、生産を続けるぞ」

  白衣を着た人間から命じられた助手は視線を動かし、別のブースを見た。その中には絶滅した猫族の娘と彼女が産んだタコ状の化け物の姿がある。化け物は猫族の娘の死体を貪り喰い、内臓や筋肉を咀嚼している。

  直後、私は胎の中に違和感を抱いた。

  私の表情が苦悶に歪む中、助手は静かな声で尋ねる。

  「あれはどうします?」

  助手から問われた男は猫族の娘の死体を一瞥し、「処分しろ」と冷たく言い放った。男の視線が私の膣へと向いた直後、私は産道を通過する『何か』の存在を覚えた。

  私の膣口から外へと出た『何か』は触手を伸ばし、白衣を着た男の口へと飛びかかる。私の膣口から伸びる触手は白衣の男の口へ侵入し、歯を折りながら強引に喉の奥へと入り込む。

  「ガッ」

  男の口から奇妙な声が漏れた直後、別の触手が私の膣口から伸び、助手へと襲いかかる。助手が悲鳴を上げる前に触手は首を絞め、瞬く間に頸椎を破壊した。助手の死体が床へ倒れ、同時に白衣を着た男の身体が激しく痙攣する。

  薄暗くなる視界の中、私が見たのは衝撃的な光景であった。

  私の膣口から伸びる『何か』は白衣の男の口から体内へと侵入し、やがて男の腹が大きく膨らむ。数秒後、男の腹は破裂し、血と臓物を撒き散らせる。男の腹から姿を現したのは狼獣人である。獣人は私に目もくれず、白衣の男と助手の死体を貪り、やがてガラス戸を強引に開き、外へと出た。

  数秒後、私の視界は暗くなり、人間の悲鳴と銃声を耳にしつつ、眠りについた。

  *

  『…し、40代男性が負傷したとの事です。意識はあり、会話もできる状態です。警察は対向車がハンドル操作を誤ったとみており、事故原因を調査しています』

  『次のニュースです』

  『今日の午前10時ごろ、⚪︎⚪︎県××市××山にて複数の獣人の死体が発見されたと登山者から警察へ通報がありました。いずれも近隣の村に住む獣人と見られ、警察は大規模な獣人狩りが行われたとみています』

  『また⚪︎⚪︎大学医学部附属病院研究室から【獣人の患者が暴れている】と警察へ通報がありました。警察官が駆けつけたところ、複数の遺体が発見されたとの事です。警察が身元を確認しています』

  『…速報です。生存者が発見されたとの事です。狼族の若い牝の獣人と子供の獣人が保護されたとの事で…え?…はい…』

  『…』

  『速報です。⚪︎⚪︎県××市××郡にお住まいの方は屋内へ避難してください。鍵をかけ、不審人物に近寄らないようにしてください。また小中学校と高校は臨時休校となります。決して1人では歩き回らず、車両などで移動してください』

  『繰り返します。⚪︎⚪︎県××市××郡に…』