3話 どうかこの不便なカラダにあなたの手を

  ☆☆☆

  意気揚々とした気分で買ってきた服を畳んだり、クローゼットに架けてカラフルにしていくと、今までの俺はどうしていたのかと疑問に思う位楽しかった。

  『明日から探しに行くぞ』

  なんて去り際に言ってくれちゃって、俺は期待に胸を膨らませながら今日の買い物の整理をしていた。

  もう俺は自分が何を飲んでこんな見てくれになってしまったのかすら忘れ去って、明日からの色彩に満ちているだろう生活を想像する。

  (俺、こんな顔してるけど……女の子にモテたりするのかな)

  鏡を見ながらそんなことを考えていると、ふと一つの疑問が頭をよぎる。

  惚れ薬、ってそもそも飲むものなのだろうか、飲ませるものなのだろうか。

  この見てくれはともかく、中身も機能も一応はオトコなわけで。

  惚れ薬というからには普通、見た目がどうこうというよりは、お伽噺的にはそんなの関係なくとびきり利いていしまうものな気がして。

  そんなことを悶々と考えていると、思わずため息がこぼれた。

  「あーあ……なぁんか調子狂っちまうよなあ……」

  そう言ってベッドに寝っ転がると、俺はスマホを手に取った。

  一日ぶりに触ったそれには通知のひとつもない。

  (まあ、別に良いんだけどさ)

  俺が求めているのはこんな味気も色気もないものではない。

  もっと、こう……ワクワクするような何かで。

  (あーあ……つまんねえな)

  ひとりになると急に、退屈が波のように押し寄せてくる。

  いつもと同じことのはずなのに、退屈だと感じてしまう自分が嫌だった。

  (あーあ……早く明日にならねえかな)

  寝るには早すぎるし、酷く空腹でとても眠れそうにない。

  この身体の燃費はポルシェ並のようで、何かを口に入れたくてたまらない。

  冷蔵庫の中にはラップにくるまれた正方形の米と、卵のパック、それとベーコンが半ぶん程。

  「チャーハンにでもするかあ……」

  俺は冷蔵庫の中から材料を取り出して、調理を始めた。

  フライパンに油を敷いて、ベーコンを放り込む。

  香ばしい匂いとジュワーという音が食欲をそそる。

  (腹減ったあ……)

  いつもは簡単な料理でも二品くらい作るのだが、今日はとてもじゃないがそんな気分にはなれなかったから一品で我慢だ。

  (てか、チャーハンって一人分じゃ作りづらいんだよな)

  そんなことを考えているうちに鍋の中の米はパラパラとほぐれて、所々に油の気泡がぷつぷつと浮き上がっている。

  (そろそろかな……)

  卵を溶いてよく混ぜてからそれを米の上にかけると、一気に香ばしい匂いが立ち上って、俺の食欲を刺激した。

  全部混ざりきったら火を止めて、皿に盛り付ける。

  あれで器用な竹中と違って、俺の料理は何とも適当で、お洒落さの欠片もない。

  皿に盛ってから、「見た目なんてどうでも良いか」と適当にマヨネーズをかけてからテーブルへ運んだ。

  これだけだと足りない気がどうしてもしてしまったので、棚から缶詰もいくつか出してしまう。

  寂しい侘しい夕餉の出来上がりだ。

  そして手を合わせ、早速スプーンですくって口に入れる。

  「うんっうま!」

  熱々の米が口の中で弾けて、卵とベーコンの旨味が一気に広がった。

  そのままどんどんスプーンを進めていき、俺は夢中になって食べ進める。

  鯖の缶詰も開けちゃって、これもまた旨い。

  「やっぱ一人飯も悪くねえな」

  俺はそう呟いて、再びチャーハンの山を崩し始めた。

  「はあ……」

  結局、米二合ぶんのチャーハンと鯖缶と追加で鰯缶まで平らげてしまった。

  元の身体にしても食い過ぎだ。こんな華奢な身体のどこに入っているんだろう。

  腹もいっぱいになったところで、俺は皿を流し台へ運んでなんとか洗った後、そのまま風呂に入った。

  シャワーで髪と身体を洗うと、改めて自分の肢体の綺麗さに見惚れてしまう。

  真っ白な肌は血管が透けて見えそうなほどで、女みたいにすべすべとしていた。

  乳房は勿論ないが、ピンク色の小さな乳頭がつんと上を向いている。

  腰回りも細くくびれていて、無駄な贅肉などひとつもない。

  なのにお尻はありえない肉量で、そして信じられない程安産型の尻たぶをしている。

  太腿はむちっと太く、足首はキュッとしまっているのに、膝下からふくらはぎにかけてはむちむちと程よい肉がついている。

  完璧なプロポーションとはまさにこのことだ。

  こんな綺麗な身体なら、確かに男も女も放っておかないだろう。

  ……あり得ないサイズの巨根は置いておいて。

  「これがなけりゃあなあ……」

  むんずと掴むと、俺は無意識にそれを上下にシゴいていた。

  「っ……はぁ……」

  すぐに息が上がってくる。

  『可愛かった』

  竹中に言われた言葉が脳内でリフレインする。

  (そんなことしなくたって良いはずなのに……)

  頭の中では分かっているはずなのに、俺の右手は止まってくれなかった。

  むしろどんどん加速していって、無意識に腰まで振り出す始末だ。

  睾丸がマグマのように熱くなって、陰嚢の中でぐつぐつと精液が作られていくのがわかる。

  ドキドキすればするほど、血液が集まって、その感覚はどんどん鋭くなっていく。

  包皮がつっぱる痛みも無視して勃起させ、扱き続けて射精したらどれ程の快楽が待っているのだろうか。

  でも、こんな女みたいな身体で射精したって……。

  「んくっ……くぅっ……!」

  その瞬間、俺の脳裏にあの竹中の顔が浮かぶ。

  (お前のせいで……)

  俺は無意識のうちに左手で自分の乳首を摘んでいた。

  (こんなことになってんだぞ……!)

  『全部可愛かった。似合ってる』

  (うるせえよ!!)

  心の中で悪態をつきながらも、俺の手は止まる気配がない。

  むしろ激しさを増す一方だ。

  そしてついに限界に達しようとしていたその時だった。

  「い゛だあっ!」

  突然、強い痛みが走った。

  見るとやはりと言うべきか、包皮がキツく亀頭を締め上げて、赤くなっている。

  まるで罰のように、ズキズキとした痛みが俺を襲う。

  「い゛っ……痛いっ!」

  慌てて手を離すと、血流が戻ったことによる反動でさらに強く亀頭を締め付ける。

  「あ゛あ゛あ゛あっ!」

  俺は激痛に耐えかねて床に崩れ落ちた。

  (こんなに痛えのかよ……)

  手で覆ってみるも、真っ赤に腫れ上がったそこはジンジンと痛むばかりで収まる気配がない。

  (くそっ!なんでだよ……!)

  まるで自慰に耽り、男根を膨張させることを禁じられているような感覚だった。

  必死になって『あいつ』を想像して、なんとか気を紛らわせようとするが、痛みでそれどころじゃない。

  「たすけてっ!たけなかぁっ!」

  俺は涙声になりながらも、必死に親友に助けを乞うた。

  しかし当然の如く返事はない。

  風呂場の冷たさしかない床に膝をついて許しを乞うように俺の身体は震えていた。

  「痛いっ……痛いぃっ……!」

  どれだけ泣きじゃくったところで、痛みは一向に引いてくれなかった。

  俺は風呂場から出ると、水でタオルを濡らして腫れ上がった亀頭に当てながら必死に痛みに耐えた。

  濡れたタオルで冷やしたことで幾分か痛みが収まった気がするが、まだひりひりと痛むし、相変わらず包皮の締め付けはキツいままだ。

  射精を求める獣のような本能が、俺の身体の中で暴れているのにそれを阻害するのは自分の男性器自身であって、その不自由さが酷くもどかしい。

  (ああもう……どうなってるんだこの身体……)

  俺は濡れたタオルを床に投げ捨てると、再びベッドに倒れ伏した。

  そして目を瞑ると、俺はそのまま眠りへと落ちていったのだった。

  やっぱり魔女を見つけ出して、このみょうちくりんな身体を何とかしてほしい、と願いながら。

  ☆☆☆

  朝目が覚める頃には、悩ましいデカチンは大人しくはなっていて。

  素晴らしい位の早寝による睡眠のおかげか、身体のダルさもすっかり抜けていた。

  「ああ、良かったあ……」

  俺は心の底からほっとする。

  目覚めた途端、亀頭が鬱血して紫色に壊死しているのを見るだなんて、考えただけでも恐ろしいからだ。

  しなやかな肢体をストレッチするように伸ばすと、お腹にちょっとした違和感。

  この健康的な肉体の胃腸はとてもよく働いてくれるようで、トイレに行きたくて仕方がなかった。

  「よし……」

  と独り言を言うと、俺はベッドから降りてぱたぱたと便所に向かって小走りする。

  そして便座に座った途端、力尽きたようにもたれかかる。

  すると、腹の中身がゴロゴロと蠕動するような感覚。

  あれだけ昨日食べたのだ。

  こんな小さな身体では、すぐに排出したくなるのも無理はないだろう。

  「ぅぐ……」

  俺はゆっくりと息を吐き出すと、そのまま下腹部に力を込めていきむ。

  すると肛門がヒクヒクと痙攣して、硬い塊が腸を降りていっているのがわかった。

  「んぅ……♡」

  その何とも言えない感覚に思わず声を漏らしてしまう。

  排便に爽快感がなく苦痛しか産み出さないとしたら、とっくにその種は絶滅してしまうだろう。

  とはいえ、この身体に慣れきっていない俺にとっての『お通じ』は、快楽と産みの苦しみの両面性を孕んでいて。

  「はあっ……はあっ……」

  やがて『それ』が直腸を下る感覚から、肛門に圧迫感を感じる。

  明らかに膨らんだ前立腺に擦れている感覚だ。

  「んっ……くぅっ」

  俺はその快感に背筋をぞくぞくと震わせて、必死に声を抑えようと歯を食いしばる。

  すると『それ』は直腸を滑りながら降りていって、肛門のすぐ近くを通過していった。

  「んっ……うぅんっ♡」

  そして『それ』は肛門付近で一度立ち止まると、再びゆっくりと動き始めた。

  「ひぅっ♡あっ♡」

  『それ』が腸内をゆっくり移動するたびに、前立腺をゴリッと擦られて思わず声が出てしまう。

  (ああ……この感覚だ……)

  俺は顔を上気させながら快感に浸った。

  肛門を必死に締めて、俺は絶頂を耐える。

  直腸で大渋滞をおこしている『それ』を、堰き止めてしまっていた。

  それは本能に反する苦痛と快感で、排便をある程度コントロールできるヒトにのみ許された行為であった。

  理性で必死に抑えているのに、本能はそれを遥かに凌駕する。

  (いやだっ……イキたく、ないっ♡)

  俺は歯を食いしばって『それ』を阻む。

  体験せずとも俺には想像がついていた。

  この身体は、排便という行為ひとつにすら快楽を見出してしまう。

  こんな脳の髄まで痺れるような感覚よりも強い快感が、もうじき襲いかかってくる。

  「うっ……くぅぅっ♡」

  俺は必死に肛門を引き締めて、その快感に備える。

  するとやがてそれは腸壁を擦るような感覚から、ゴリゴリと前立腺を抉るようなものに変わっていった。

  「ひぐぅぅっ♡」

  思わず腰を引いてしまいそうになるほどの強い快感。

  今まで散々避けてきたこの感覚は俺にとってあまりにも強烈すぎて、少しでも気を抜いたら『それ』に全てを吸い尽くされてしまいそうで怖かった。

  (う、うんちしてイキたくないっ……)

  俺は歯を食いしばりながら、必死に肛門を締め続けた。

  しかし『それ』の感覚はどんどんと大きくなっていって、俺はいよいよ限界を迎えようとしていた。

  「んぐぅぅ……だめっ……」

  俺はついに、『それ』を肛門から押し出そうと括約筋を緩めた。

  その瞬間、ぐぐっと肛門が拡がっていき、そして。

  「んぐぅっ♡」

  ぶりぶりと音を立てながら、『それ』が勢いよく飛び出してきた。

  生暖かい感触が尻全体に広がり、ビチャビチャと汚らしい音を立てて便器に落ちていく。

  その感覚は排便の快感というより、射精をしてしまったような、そんな感覚に近い。

  今までの射精の快楽に、それ以上に感じる排便の快感が上書きされてしまっていて、俺の頭は混乱しきっていた。

  「はあっ……はあっ……」

  (やっちゃった……)

  俺は快感と罪悪感の狭間で揺れ動いている。

  こんな異次元の快楽を知ってしまったら、これからどうやって生きていけばいいのだろう? もう戻れないところまで来てしまったのかもしれない。

  そんな恐怖を感じながらも、身体は未だに快感に震えるばかりで。

  「んっ……♡」

  腸に残ったものを全て吐き出すと、俺はぶるりと身震いを一つ、ウォッシュレットのボタンを押した。

  お湯による愛撫で、汚れが便器に落ちていく。

  ウォッシュレットの洗い流す音が、俺の心を少しだけ癒してくれた。

  「ふう……」

  全てを出し切った後、俺はゆっくりと息を吐いた。

  そしてトイレットペーパーで尻を拭くと、いきなり尿意がして、膀胱が限界に近いということを悟る。

  便座に座ったまま排尿なんてとても出来るわけのない大きさのそれを見て再び溜息をついた俺はうんしょと立ち上がり、振り向いた先の光景に驚嘆した。

  「うわぁ……すっげえ快便」

  昨日あれだけ食べたのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、それでも目の前にそびえ立つ大便の山には驚きを隠せない。

  これらが幾たびも自分の腸内を抉って快楽に落とした物体だと考えるだけで、背筋にゾクリとした感覚が走った。

  「もう……勘弁してくれよぉ……」

  俺はそう毒づくと、自分の産み落としたものをなるべく視界に入れないようにしながら膀胱を緩めて、尿を排泄した。

  太い尿道をウォータースライダーのように、黄金色の小水が流れていく。

  これもまたもどかしいほどゆっくりとした快楽が走って、俺は目を瞑った。

  「んんっ……♡」

  やがて膀胱が空になると、俺は先端に滴る雫をトイレットペーパーで拭い取ってから、水を流して便座を下げる。

  (とりあえず……シャワー浴びるか)

  そうして俺は浴室に向かったのだった。

  ☆☆☆

  「ふう……」

  シャワーヘッドから噴き出したお湯を頭からかぶると、俺はようやく一息ついた。

  ただトイレに行っただけだと言うのに、ものすごく疲れた気がする。

  「ん……しょっと」

  俺は浴室の壁に立てかけてあった石鹸を手に取ると、それを全身に塗りたくっていく。

  きめ細かな泡が肌を撫でていく感覚が心地良い。

  全身に満遍なく泡を侍らせ、俺は全身をくまなく洗っていった。

  正直言えば、このすべすべの肌を堪能するために身体を洗っているようなものなのだが。

  「ん~……いい香り」

  俺は自分の身体から立ち昇る、爽やかな石鹸の香りに酔いしれていた。

  あれだけ大量の糞尿を排泄した後のどこにこんなフローラルな香りを纏う余裕があるのだろうと、自分でも不思議になる。

  「へへ……つるつる」

  俺は泡まみれの身体を眺めてそう呟いた。

  まっさらな肉体は余分な肉が一切なく、腹筋が綺麗に浮き出ている。

  身体を洗う度にその弾力としなやかさがわかって、俺は何だか嬉しかった。

  「髪も洗うか」

  そう言うと、俺はシャンプーを手のひらで軽く泡立ててから髪につけていった。

  すると、何やら硬い感触が二つ。

  頭の側面にそれがあることが分かって、俺は頭頂部を触ってみる。

  するとそこには、コリコリとした小さな突起があった。

  「なんだこれ……」

  俺はその突起物を指で摘んでみる。

  その瞬間、まるで脊髄に電流が走ったかのような感覚が俺の脳を襲った。

  「あひっ!?」

  俺は思わず身体を仰け反らせて声を上げる。

  なんだこの感覚は。今まで感じたことのない感覚に頭が真っ白になる。

  おっかなびっくりとした手つきで、俺はその突起物を再び摘んでみる。

  「んっ♡」

  またしても脳に快楽の電流が走る。

  慌てて泡を洗い流して、鏡の前で髪をかき分けて見てみると。

  「は……?」

  俺は思わず間抜けな声を上げてしまった。

  頭皮からは短いけど確かな、角のような物体が二つ。

  「なんだこれぇ……」

  俺は呆然とした表情を浮かべながら、しばらくその突起物を見つめていた。

  いや、よく見れば耳もなんだか昨日よりすこしだけ尖っているように見えて。

  俺は不安になって全身をくまなく探っていた。

  そうしていると、もうひとつ違和感。

  尾てい骨のあたりに、触れたら何やらざらついた感触がする。

  俺はその部分に恐る恐る手を伸ばすと、ゆっくりと触れていった。

  「うっ……!?」

  俺はその感触に顔をしかめた。

  そこにあるのは、間違いなく尻尾のような何かだった。

  しかしそれは普通の動物のようなしっぽではなく、爬虫類のようなつるつるした鱗に覆われたそれで。

  短いしっぽは、先端にいくにつれて細く尖った形状をしていて、根元は身体の中に埋まっているようだった。

  (まさか)

  頭の中でそんな思考が駆け巡って、俺は息を吞んだ。

  まだ俺の身体は何か全く別なものに変形しようとしているのだろうか。

  そう考えると、俺は怖くて仕方がなかった。

  「はあっ……はあっ……」

  恐怖に身体が震え始める。

  もう俺は、ヒトですらなくなってしまっているかもしれないのだ。

  そう思うと恐ろしくて仕方がない。

  「ふう……」

  俺は深いため息をつくと、ゆっくりと立ち上がった。

  危ない。

  これ以上のことを考えるのはやめよう。

  俺はそう思い立つと、シャワーで身体の泡を洗い流して浴室を後にした。

  (お腹減ったな……)

  バスタオルで全身を拭いながら、そんなことをふと考える。

  あれだけ大量に食物を食べて、出したにも関わらずお腹が鳴るのだから不思議だ。

  俺はバスタオルを洗濯機に放り込むと、キッチンに向かうことにした。

  ☆☆☆

  「よっ竹中! おはよう!」

  玄関の扉の前で突っ立ったっていたマッチョ男に、俺は努めて自然な笑顔を作って話し掛けた。

  「おう」

  奴は少し驚いたような表情を浮かべてから、静かにそう言った。

  「どう?今日の恰好。何か言うことはない?」

  俺は自分の身体をわざと見せびらかすようにくるりと回って見せると、そう言った。

  細身のデニムをそのまま穿くと、股間の主張が太ももにまで張り詰めてしまうのは想定の範囲内だったので、大きめのスカーフをパレオ巻き

  で巻いて隠してある。

  トップはシンプルなニットで、スカーフはクラシカルな柄物。

  昨日が『可愛い夏の妹風コーデ』だとしたら、今日は『涼しげな夏のお姉さん風コーデ』といったところだろうか。

  「お前……なんか雰囲気変わったな」

  マッチョ男改め竹中はそう言って、俺の顔をまじまじと見つめる。

  「へっへーん。どう?どう?」

  俺は少し得意気にそう言うと、その場で再びくるりと回転した。

  まあ確かに昨日より変貌はしている。

  ちょっぴりした角に尻尾まで生えてきているのだ。

  しかし、こいつの昨日の態度から考えれば、明らかに昨日より上回っている。

  俺は竹中が今何を考えているのか、それが知りたくてたまらなかった。

  「可愛いな」

  しばらく俺を見つめていた竹中は、ポツリとそう言った。

  「……はぁ!?」

  俺は素っ頓狂な声を上げてそう言うと、思わず後ずさる。

  なんか昨日よりよっぽど素直に可愛いと言われたのが、信じられなかった。

  「ああ、可愛い」

  竹中は照れたようにそう言うと、横を向いた。

  (え……なにこれ?)

  俺はその予想外のリアクションに戸惑った。

  昨日あれほど『やめろ』だの『お前は妹じゃない』だのと罵った相手に急に『可愛い』だなんて言われて、困惑するなという方が無理な話だ。

  「お前さ……もしかしてホモだったりしない?」

  俺は昨日よりも格段に可愛くなっている。そんな自信も手伝ってか、俺は調子に乗ってそんなことを言ってみる。

  「……」

  しかし竹中は顔色一つ変えずに、俺をじっと見つめると。

  髪をくしゃくしゃと撫でてきた。

  あっやばい角のあたりを触られでもしたら……俺はそう思って、咄嗟に頭をガードしようとする。

  しかしその手は空振りして、俺の角に触れたのは竹中の手のひらだった。

  「ひぅっ」

  その瞬間に全身に電流が走ったような快感が走って、俺はその場にへたり込みそうになる。

  (なんだこれっ……)

  俺はしばらく身体を硬直させて、思わず巨木のような竹中の胴にもたれかかってしまった。

  「おい。大丈夫か」

  竹中は急にもたれかかってきた俺を慌てて支えると、心配そうに顔を覗き込んできた。

  「大丈夫……大丈夫だからぁっ」

  俺はそう言って身体を起こすと、ゆっくりと体勢を立て直す。

  (本当に何なんだほんと……)

  俺は謎の快感に戸惑いながら、逃げるように先に駆けていった。

  ☆☆☆

  あてもない魔女探しは、街をぶらつく以外にやることがない、というのが現実だった。

  「魔女の子ってさあ、陽菜ちゃんの同級生なんだろ?なんか聞いたのかお前」

  俺が隣を歩く竹中にそう尋ねると、奴は首を横に振った。

  「陽菜は部活の合宿で明後日まで帰ってこない。行先はスマホも通じないような山奥だ」

  「そうかあ……じゃしばらくは俺たちで探すしかないなあ……」

  そう言って歩いていると、ふと竹中の言葉に引っかかる。

  「……ん?じゃあ昨日持ってきた服は?陽菜ちゃんに許可貰ったんだろ?」

  「……」

  竹中はふいっと顔を背けると、黙り込んでしまった。

  (こいつ……まさか……)

  俺はなんとなく嫌な予感がした。

  「お前……もしかして盗んだのか?」

  俺がそう言うと、竹中はバツの悪そうな顔をしながら口を開いた。

  「盗んでない。お、…親が陽菜に買ったプレゼントだ。全部」

  あのちょっと使用感のあるスポブラも?俺は頭の中で、昨日の可愛らしい服を思い浮かべる。

  「……正直に言え」

  俺はそう言いながら、竹中に詰め寄っていった。

  「おにいちゃん~!どうなの?どうなのっ!?」

  俺はさらに詰め寄りながら、竹中に詰め寄っていく。

  「下着はちょっと借りただけだ……くっ」

  竹中は観念したようにそう呟くと、顔を逸らした。

  「おまっ!最低だな!」

  俺は竹中の肩を思いっきりどついた。

  奴の上半身が衝撃でグラグラと揺れる。

  あの巨体が揺らいだのだ。その威力は計り知れない。

  「服は?趣味はいいけど陽菜ちゃんには少女趣味らしすぎて親が買った感ゼロだぞ!」

  俺はさらに詰め寄りながらそう言うと、竹中はまた顔を逸らした。

  「ほ、ほっとけ」

  奴の顔がみるみるうちに紅潮していくのが分かる。

  まさかこいつ……。

  「お前が買ったやつなのか……あれ。あのふりふりのワンピースとか可愛いパジャマも」

  奴は黙りこくったまま、相変わらず顔を背け続ける。

  その沈黙が全てを物語っていた。

  「お前……ただのアブナいシスコン野郎じゃねえか」

  俺は呆れた表情を浮かべながら、そう呟く。

  竹中は顔は逸らしたままだったが、首だけコクリと縦に振った。

  (いや……この大男のガタイであの少女趣味のファッションコーデは流石に犯罪だろ)

  俺が何も言えずにドン引きしていると、奴の方から口を開いた。

  「陽菜なら似合うと思った」

  竹中はそっぽを向いたまま、ポツリとそう呟く。

  「だからってなあ……」

  あまり似合わないと思う、とは言えなかった。

  アレを、健康的に日焼けしたショートカットの似合うスポーツ少女に押し付けてもなあ……。

  でも、俺にはばっちり誂えたように似合っているのだから、奴の妹愛とやらは計り知れない。

  「もういいよ……その……黙っていてやる。ブラは買ったし昨日のは返すからな、な?」

  下着泥棒の片棒を担がされたんじゃ堪らない。

  俺は竹中の肩をポンポンと叩くと、踵を返して歩き始めた。

  「分かった。下着は後で陽菜に返す」

  俺が歩き始めてすぐ、竹中はそう言う。本人には言わなくていいから、お前の為にも、陽菜ちゃんのためにも。

  「服は返さないからな。お前が買ったやつだし。……可愛いし、俺に似合ってるし」

  俺は振り返ると、そう言ってやった。

  「……竹中のくれた初めてのプレゼントって事にして、とっておく」

  そう言っていたずらっぽく微笑むと、竹中は顔を背けた。

  俺はなんだか微笑ましくなってしまって、自然と笑顔を浮かべてしまうのだった。

  ☆☆☆

  勿論この7月も後半ともなれば中学も高校も夏休みなのだから、竹中の妹の通う学校『私立天ノ原学園』の生徒ただひとりだけを捜すのは、困難を極めた。

  おまけに厳めしいローブをした人間が真夏の日本の昼間を徘徊していたら、間違いなく職質される。

  「ふう……」

  俺は額の汗を拭いながらため息をついた。

  昼下がりの街は灼熱地獄だった。

  「あっついなあ……」

  そう言いながらも平然とした顔で歩いている竹中が羨ましくて仕方がない。

  俺は全身の汗腺からどこかフローラルな香りの汗を発散しながら、熱せられたアスファルトの上を歩く。

  「昼間に探したっているわきゃねえかあ……」

  そりゃそうだ。だって、魔女に出会ったのは夜中の駅近なのだから。

  俺はそう独り言ちると、妹として隣の巨漢に救難信号を発した。

  「ねえ~おにいちゃん、もうちょっと涼しくなってからにしない?」

  俺が媚びるような笑みを浮かべてそう言うと、竹中は表情を変えずに言った。

  「そうだな。そうしよう」

  俺はその言葉に思わず破顔する。

  (やった……!)

  俺は心の中でガッツポーズを決めると、早速竹中の腕に自分の腕を絡めた。

  「ん……」

  一瞬戸惑うような表情を浮かべた竹中だったが、すぐに納得したように俺の顔を見ると、俺の頭を撫でてきた。

  「へへっ……」

  俺は嬉しそうに微笑むと、身体を竹中に預ける。

  そうすると、自然と自分の身体が竹中と密着する形になり、俺はなんだか暑苦しい気持ちになった。

  「暑い。離れろ」

  竹中はうんざりしたようにそう言うと、俺の身体を引き剥がした。

  「あ……うん……」

  俺は名残惜しそうにそう言うと、竹中に倣うように歩き出す。

  (まあ当たり前か……)

  そう思いながらも、何故か胸のあたりが少し痛んだような気がした。

  (なんだろ……これ)

  そんな違和感を振り払うように頭を左右に振ると、今度はでかい手のひらが顔の前にやって来て、そのまま何かを探すかのように下がっていく。

  「ん~?」

  俺が不思議そうに奴の手のひらの行方を追っていると、それはやがて俺の腕のあたりを掠めて、もうちょっとで指先に触れそうな位置で止まった。

  「……なにしてんの?」

  俺が尋ねると、竹中はようやくその手を止めると。

  「手、繋ぐだけなら暑くないだろ」

  そう言いながら、じっとこちらを見つめてきた。

  「……わかったよ」

  俺はなんだか照れくさくてそっぽを向くと、手のひらを差し出した。

  竹中はその手をぎゅっと握ると、俺を引きずるように前に向かって歩いていく。

  ほんとうに俺の身体は小さくなってしまったようで、竹中の大きな掌に、心許無い俺の細い指が握られている。

  俺はなんだかそれが不思議でならなかった。

  「おにいちゃんの手、おっきいね」

  俺がそう言うと、竹中は少し間を開けてから答えた。

  「お前の手が小さすぎる」

  俺たちはそうやって手を繫いだまま、人混みの中を歩いていく。

  「ねえおにいちゃん、おにいちゃんばっか呼び方があって私のがないのって、不公平じゃない?」

  それは確かにそう。『中山と竹中』なんてぶっきらぼうな呼び名を言い合う兄妹以上、カップル未満?なんて不気味だ。

  俺は揶揄いとなんとなしに『おにいちゃん』なんて言ってこそいるが、竹中は俺をどう呼べばいいのか。

  「そうだな、なんて呼べばいい」

  竹中は俺の顔を見ずにそう呟くと、立ち止まった。

  こいつの場合、『妹』なんて呼び方に決めたら、ずっとそうな気がする。

  「ん~そうだな~」

  俺は少し悩んだ。

  本名の幸(こう)、こうちゃん、どうにもしっくりこない。

  この外見だ。

  外見に合った呼び方……。

  (もうちょっと可愛いのがいい)

  俺は自分の背丈ほどの竹中を見上げて、そんな事を考えていた。

  「幸(さき)で。苗字より不自然じゃないだろ」

  「さき……か。分かった」

  竹中はそう呟くと、再び俺の手を引いて歩き始める。

  「ねえ、おにいちゃん」

  「なんだ?さき」

  竹中がそう言いながら俺の顔を覗き込む。

  俺はなんだかそれがこそばゆくて、思わずそっぽを向いた。

  (なんか……ちょっと恥ずかしいな)

  そんな事を考えつつも、俺はそのまま言葉を続けた。

  「もっかい」

  俺がそう言うと、竹中は何か物思いにふけるような表情を浮かべた後に答える。

  「……幸」

  (あ……なんだかうれしいなこれ)

  不思議と胸に温かいものが広がったような気がして、俺は思わず微笑んだ。

  「ふふふ♡」

  そういえば、コイツから初めて下の名前で呼ばれたかもしれない。

  「どうしたんだ」

  竹中はそう言うと、繋いだ手の力を強めた。

  少し痛いくらいに握られた手が、なんだか心地よい。

  「なんでもなーい♪」

  俺はそう言いながらも、嬉しさを抑えることが出来ずに満面の笑みを浮かべたのだった。

  ☆☆☆

  夏の暑さから逃れるようにして俺達がやって来たのは、駅前の博物館だった。

  ここは学校の遠足や何かで何度か来たことがある。

  しかしそれは昔の話。

  何年か前に経営母体が傾いた際に、この街の有名グループが買い上げて改築、リニューアルしたのだという。

  真新しい博物館に、昔の面影は微塵も残っていなかった。

  しかしこの、空調の行き届いた博物館は俺達にノスタルジーを忘れさせてくれるには十分な場所だった。

  「なんか涼しくていいなあ~」

  俺はエントランスの天井を眺めながらそう呟く。

  天井にはガラスが嵌め込まれており、夏の日差しを反射してキラキラと光り輝いていた。

  「そうだな」

  竹中はそう言って、俺の方を見る。

  (うーん……)

  俺は頭上の竹中と、自分をしきりに見比べて唸る。

  もう完全に、夏休みに兄に連れられて博物館にやってきた妹って感じ。

  「行くぞ」

  竹中はそう言うと、俺に手を差し出した。

  俺は一瞬躊躇った後、おずおずとその手を取る。

  この身長差で手を繋ぐと、なんだか自分が迷子の子供になったような気がしてくるから不思議だ。

  俺は竹中に手を引かれるようにしてエントランスを抜けると、そのまま館内に入ることにした。

  (まあ……ちょっとデートみたいじゃん)

  俺は思わずニヤけそうになる自分を律しながら、博物館の中を進んでいく。

  訳の分からない郷土史や、古めかしい年表。

  そういったものが所狭しと並べられていて、あとはグループの創業者の屋敷にあったのだという珍しい工芸品などが並んでいる。

  (ふうん……)

  俺はそれらを眺めながら、順路通りに進んでいく。

  竹中も特に興味があったわけではないのだろう。俺の手を引きながら、大人しく付いてきていた。

  やがて、博物館の最奥にあるスペースの前へとたどり着くと、俺達はそれを見上げた。

  「わあ……」

  そこには宙を泳ぐかのように吊り下げられた、首長竜の化石標本があった。

  俺は思わず感嘆の声を漏らすと、しげしげとそれを見つめる。

  その首長竜は全長は10メートルを優に超えており、立派な尾鰭を伸ばしながら宙を泳いでいた。

  「すげえ……」

  俺は思わずそう呟くと、記憶の片隅を過った記憶が蘇った。

  (この恐竜、見たことあるな……)

  俺はふと思う。

  そうだ。昔ここに来た時に、この化石の模型を見た気がする。

  その時は、確か巨大な恐竜化石が宙を泳いでいる、という触れ込みだったはずだ。

  (あんま憶えてないもんなんだなあ)

  俺は首を傾げながら、その大きな化石を見上げる。

  そのまま隣の大男をチラリと見上げると、何故か奴はじっとその標本を見つめていた。

  「おにいちゃん、どうしたの」

  俺がそう声をかけると、竹中はハッとしたようにこちらを見下ろした。

  「なんでもない」

  そう言いながらも、なんだか気になるのかじっと首長竜を見つめている。

  「ま、いいけどさ……」

  俺はそう言うと、他の展示物をゆっくりと見回していくことにした。

  他の展示物は正直言って俺にはよくわからなかったが、何となく小さい頃に来た事があるという事だけは思い出せた。

  (懐かしいな)

  俺はガラスケースの中でホルマリン漬けになったリュウグウノツカイを遠目に眺めながら、そんな事を思う。

  これらの標本は、俺が子供の頃から確かにあったもので、それが今の子供たちも見ることのできるように改装された後も変わらずにいる。

  そう考えると、なんだか不思議な感じだった。

  「これ、知ってるか?」

  俺はそんな疑問を振り払うかのように隣の大男に問いかける。

  竹中は俺の問いかけにすぐに反応して、俺を見下ろしながら答えた。

  「俺も昔陽菜を連れてここに来た事がある」

  「へえ、意外だな。おにいちゃんこういうの好きなんだ」

  「嫌いじゃない」

  竹中はそう言いながらも、何かを懐かしむようにその標本をじっと見つめていた。

  俺はそんな竹中の反応に少し違和感を抱いたが、それ以上追及することなく話を続けることにした。

  「死んだまま、ずっと変わらないでいられるって幸せなのかな」

  俺がそう言うと、竹中は少し考え込んだ後に口を開いた。

  「俺は……嫌だ」

  「なんで?」

  俺は竹中の言葉にそう問いかけた。

  (確かに死んでてもずっとそのままなのはちょっと嫌かもなあ)

  そんなことを思いながら、俺は竹中の答えを待つ。

  すると、少しの間を置いてから彼は言った。

  「生まれ変わらないまま死んだら、思い出の中でしか生き続けることができない」

  「なんだそりゃ……」

  俺は竹中の意味不明な回答に、思わず笑みを漏らした。

  こいつはどうしてこんな時に限ってロマンチストなのだろうか。

  (まあ……『変わること』も悪くはないか)

  俺はそんなことを思いながら、再びガラスケースの中の深海魚を眺めた。

  そのまま順路に従い進んでいくと、やがて出口が見えてくる。

  すっかり汗は引き切っていて、外も幾ばくかは涼しそうな風が館内に吹き込んでいた。

  「涼し~」

  俺はそう言いながら、ニットの胸元をぱたぱたと動かす。

  「さ、行こ。おにいちゃん♪」

  俺が竹中に向かってそう言うと、奴はこくりと頷いて出口へと足を向けるのだった。

  ☆☆☆

  夕方の駅前は、行き交う人でごった返していた。

  夏休みということもあり、子供を連れた家族やカップルが多く見受けられる。

  「やっぱりもっと遅くならないと駄目か……」

  俺はそう呟くと、竹中に手を引かれて歩く。

  「飲みに行きたいけど、俺のこの身体じゃあなあ」

  俺は思わずため息をつくと、竹中を見上げた。

  「私、お酒飲みたいな~?」

  俺は上目遣いで甘えたような声を出しながら、竹中の服の裾を掴む。

  「……やめておけ。俺まで出禁になる」

  (うーむ……)

  俺は心の中で落胆の声を上げると、俯いた。

  そんな俺を気遣ってか、竹中は俺に話しかけた。

  「幸の家で夕飯でも作るか」

  「え?ほんと?」

  俺は竹中の提案に顔を輝かせると、思わずぴょんぴょんと飛び跳ねてしまう。

  竹中はそんな俺の反応を見ると、少し呆れたように呟いた。

  「現金な奴だ」

  「えへへ……」

  一日じゅう歩いて疲れた身体に竹中の美味い料理と沁みるようなアルコール。

  考えただけでよだれが出そうだ。

  (しっかし、酒だけは見てくれだけで駄目とはなあ)

  俺はそんな贅沢な悩みを抱えながら、竹中に手を引かれて帰路につくのだった。

  ☆☆☆

  帰りがけにスーパーに寄って買ってきた材料で、竹中は手早く夕食の準備を始めた。

  俺は座布団に座って足をぶらぶらさせながら、その様子を眺める。

  ようやくスカーフを外して、不自由なアソコと大きなお尻のせいで窮屈なデニムパンツを脱ぎそうになってしまったが、いけないいけない。

  尻尾の存在を忘れていた。

  「あ」

  俺はそう短く声を上げると、尻尾のあたりを擦る。

  短い尻尾は力を込めようとするとフルフルと動いて、なんだかこそばゆい。

  (うーん……この身体不便すぎるぞ)

  俺はそれに耐えながら、台所で調理を続ける竹中をチラリと見る。

  包丁がまな板に当たる音。

  鍋から漂ってくる香ばしい匂いに包まれながら、俺は静かに微笑んだ。

  (ああ……なんだか幸せだな)

  そんな感情に浸りながら、俺は竹中が調理を終えるのを待っていた。

  ☆☆☆

  「出来たぞ」

  しばらくして、竹中は料理を乗せたお盆をリビングに持ってきた。

  俺は満面の笑みでそれを受け取ると、いただきますと呟いて早速食べ始める。

  今日のメニューは、チーズリゾットと生姜焼きだ。

  俺の大好物で、もちろん見た目も味も文句なし。

  「うまい!」

  一口食べて俺がそう感想を述べると、竹中は無言のまま頷いて、自らも食事を始める。

  お酒も飲んだら堪らないだろうと思って、缶ビールを開ける。

  「んく、んく……ぷはぁ~……やっぱ夏はこれに限るな!」

  俺はそう言いながら、缶ビールをグビグビと飲んでいく。

  喉を通る冷たい感覚が堪らない。

  「飲むなとは言わんが、あんまり飲みすぎるなよ」

  竹中はそう言いながら、俺のコップにまた新しいビールを注ぐ。

  (やめろって言わないんだ)

  「私もおにいちゃんにお酌してあげるね♪」

  俺は上機嫌で竹中のコップにビールを注ぎながら、にっこりと笑ってそう言った。

  「ん、ああ……ありがとう」

  竹中は戸惑いながらもそう言うと、注がれたビールをグイと飲み干す。

  その喉仏がゴクリと動く様を見ながら、なんだかドキリとした。

  「おにいちゃん、もっと飲むでしょ?」

  俺がそう言うと、竹中は首を縦にコクリと振った。

  俺はそれを見て、更にビールを注いでやる。

  「あ、ああ……」

  (なんでこいつこんなに機嫌いいんだ?)

  竹中は戸惑いつつも、再びコップに注がれたビールに口をつけた。

  「おいしかった~」

  俺がそう言いながらお腹をさすると、竹中が食器を片付け始める。

  この身体はやっぱり最高だ。

  いくら食べても平気だし、酒を飲んでも気分が良くなるばかりで全く気持ち悪くならない。

  「んく……んく……ぷはぁ……」

  俺は再びビールを口に含むと、ぐびぐびと飲んでいく。

  (これはもう飲まないでいられないな)

  「おい」

  そんな俺に、竹中が声をかけてきた。

  「ん?」

  俺がその声に振り向くと、そこには少し不機嫌そうな竹中がいた。

  「飲み過ぎだ」

  竹中はそう言うと、俺からビールの入ったコップを取り上げた。

  「あ!やだ、まだ飲む!」

  俺がそう言って手を伸ばすが、身長差がありすぎて全く届かない。

  (せっかくいい気分だったのに……)

  俺はそんな不満を抱えながらも、なんとか缶を奪い返そうと必死に手を伸ばす。

  しかし、竹中がそれを許さない。

  「その身体だろ。いくらなんでも飲み過ぎだ」

  そう言って、竹中は俺から取り上げたビールを一気に飲み干してしまう。

  「あ~……俺のお酒がぁ~」

  俺はそんな光景に情けない声を上げながら、お酒を求めてテーブルの上をまさぐる。

  缶は全部開けてしまったのか、すっからかんが転がるだけだ。

  「冷蔵庫にまだあったはずだ……」

  俺はそう言いながら冷蔵庫を開けようとすると、竹中がそれを止める。

  「もうやめとけ」

  「やだ!もっといっぱい飲むの!」

  俺がそう言って駄々をこねると、竹中は困ったような顔をしてこちらを見てきた。

  しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。

  (こうなったら……)

  俺は作戦を変えることにした。

  「おにいちゃんより私の方が飲めるもん」

  (多分)

  俺はそう言いながら、冷凍庫に入れておいたラム酒の瓶を奥から取り出した。

  度数の高いアルコールは零下でも凍らない。

  「馬鹿、やめろ」

  「やだ!飲むったら飲む!」

  俺はそう言うと、食器棚に置いてあったロックグラスを2つ並べてそこにラム酒を注いだ。

  俺は片方を竹中に差し出すとそのまま一気に呷る。

  「んっ……ごくっ……けほ……」

  喉が焼けるような感覚がする。

  (うう……やっぱり強いなあ)

  でも全然飲めないわけじゃない。むしろこれぐらいが丁度いいくらいだ。

  「ぷはぁ……おいしい」

  俺はそう言って微笑むと、もう一つのグラスを竹中に差し出す。

  「おにいちゃんも、もっと飲もうよ」

  そんな俺の笑顔に、竹中は観念したのかグラスを受け取ると、勢いよくそれを口に含んだ。

  ☆☆☆

  あれから何杯のラム酒を飲んだだろうか。

  俺はフワフワとした高揚感の中、冷たい液体を流し込む。

  竹中もよほど飲んだのか、すっかり顔が赤くなっていた。

  「おにいちゃん、なんだか顔赤いよ」

  俺が笑いながらそう言うと、竹中は不機嫌そうに呟く。

  「お前だってそうだろうが……」

  (ん?そうかなあ?)

  俺は頬をペタペタと触ると、そのまま首を傾げる。

  確かに少し頭がぼーっとしているかもしれない。

  (まあ……これくらい飲めば酔うんだろうなあこの身体も)

  そんなことを考えつつ、俺はテーブルの上のグラスに目をやる。

  竹中は俺よりずっと酒が強いと言うのに、半分以上も残っている。

  「おにいちゃん、きょうあんまり飲まないんだねえ」

  俺がそう言うと、竹中はフンと鼻を鳴らした。

  「だから飲み過ぎるなって言ったんだ……」

  俺はマッチョ男の言葉を聞き流しながら、竹中のグラスに口を付けて飲み干した。

  (そろそろやめておくか……)

  「おい、幸」

  竹中の大きな手が、俺の頭に乗せられる。

  「ん……なあに?」

  俺が首を上に向けてそう問いかけると、竹中は真っ直ぐに俺を見つめながら言った。

  「そろそろ飲むのはやめとけ」

  「うん……」

  (まだ飲めるけど)

  俺は不満げに声を漏らすが、竹中は俺の頭をわしゃわしゃと撫でるだけだ。

  少し乱暴で、でも優しい手付きに思わず俺は目を細める。

  (やっぱりこいつの手大きいんだよな)

  そのうちその手がひとつから二つに増えて、俺は両手で頭を撫でられていた。

  「おにいちゃん……」

  俺がそう呼びかけると、竹中は更に頭を撫でてきた。

  (なんだか……気持ちいい……)

  時折生えかけの角の部分を触られている感覚は、なんとも不思議な感じだ。

  竹中は意識が曖昧なのか、俺のことを「幸」と呼んでは撫でる。

  俺はそれが心地よくて、その行為に身を委ねる。

  (そういえば……なんでこいつは俺をここに連れてきたんだ?)

  そんな疑問がふと頭をよぎったが、俺はその考えを振り払うと竹中の手を握ってみた。

  「おにいちゃん、あったかい……」

  俺がそう呟くと、竹中は更に強く撫でてきた。

  (あ……なんか安心してきた……)

  頭がぼーっとして何も考えられない。

  もっと、もっと角のあたりを触ってほしい。

  俺はそんな思いを込めて、竹中の手に指を這わせる。

  「おにいちゃん……もっと、さわってぇ……」

  俺は回らない呂律でそう言うと、竹中の手をぎゅっと握る。

  「ん……」

  そんな俺の様子を訝しげに見つめる竹中だったが、やがて俺の頭部の中に硬い感触がある事に気付く。

  「これは……」

  竹中はそう言って、俺の頭に生えた角に優しく触れる。

  「ひぅっ……!」

  俺はその刺激に思わず声を上げるが、すぐに心地よさを感じて瞼を閉じた。

  (ああ……気持ちいい)

  俺はその手に頭をすり寄せるようにして甘えたような声を上げる。

  わかった。

  これ、この角の気持ちよさの正体を。

  きっとこの脳から突き出てきている存在は、『きもちいい』なのだ。

  頭から出た『きもちいい』を直接脳に刷り込まれるように刺激されて、感じて、触れられて、撫でられて……。

  (ああ……気持ち良すぎる)

  「おにいちゃん……もっと触ってぇ」

  俺がそう言うと、竹中は無言で俺の角を触り始めた。

  俺はもうその快楽に身を任せることしかできず、ただ身を委ねて甘い声を上げるしかなかった。

  もう少し、もっと、沢山、さわってほしい。

  髪の毛のいっぽんいっぽんがセンサーになっているかのようにびりびりとした電気信号の快楽が広がって、その気持ちよさを頭に直で叩き込まれているような錯覚に陥る。

  「おにいちゃん……おにいちゃん♡」

  俺は何度も何度も竹中の事を呼びかけながら、頭を擦り寄せて快楽の波を受け止める。

  いつしか俺の先端からはくちゅりと音がしそうなくらいズボンに染みを作っていたが、今はそんな事どうでもよかった。

  今はただこの気持ちよさに溺れていたかった。

  「もっとぉ……おにいちゃん……♡♡」

  俺は甘えるようにそう呟きながら、その快楽の海に溺れていく。

  竹中の手が動く度に、俺は甘い声を漏らして悶える。

  絶頂が近づいてくるのを全身が感じて、

  俺は頭が真っ白になっていく。

  (あたまが、きもちいい……)

  竹中もなんだか神妙な面持ちでわしゃわしゃと俺のうねる髪をなでまわしてくれる。

  それが気持ち良くて、俺は更にねだるように身体を密着させる。

  「おにいちゃん……もっと」

  俺がそう懇願すると、竹中は無言で俺の頭を撫でてくれる。

  (きもちいい……きもちいい)

  最早言葉は出ない。

  ただ快楽に喘ぐだけの雌になった気分だ。

  やがて快楽の大波が頂点に達する瞬間が訪れて、俺はびくんと身体を震わせると一際大きな嬌声を上げる。

  「んっ……!んん~っ♡♡」

  まるで頭蓋に空いた穴から絶頂が思いき噴き出るような感覚がして、俺の頭は真っ白になる。

  「はー……はー……」

  俺は大きく肩で息をしながら、余韻に浸るように放心状態になっていた。

  (すごかった……)

  自分でするよりも数十倍気持ち良かったし、何よりも心が満たされた気がした。

  (もっとしてほしい……)

  俺がそう思いながら顔を上げて竹中を見つめると、その光景に血が引くような感覚がした。

  竹中の指先から、赤い血が滴っている。

  おそるおそる触ってみた俺の頭の角は、朝より、先ほどより明らかに大きく、尖っていた。

  絶頂で角がより突き出て、竹中の指を貫いてしまっていたのだ。

  「あ……だ、大丈夫……?」

  「いや……大丈夫だ。問題ない」

  竹中はそう言って手を引くが、その傷は見るからに深かった。

  すっぽ抜けた彫刻刀が突き刺さってしまったかのような鋭利な切り傷に、赤い血が次から次へと溢れ出ている。

  「血が出てる……」

  俺はそう言って心配そうに傷口を見るが、竹中はなんでもなさそうにして俺の手を振りほどこうとする。

  「触るな。こんなの放っておいても……」

  しかし、俺はその手を離さない。

  だってこれは俺のせいだ。

  (俺の身体がこんなにさせたんだ……)

  そう思うと罪悪感で胸がいっぱいになる。

  (この傷、俺が治してあげないと……)

  そんな思いで竹中を寝かせると、俺はその傷口に舌を当てた。

  (早くとまれ……早く治れ……)

  ぺろぺろと舐めると、口の中に鉄の味が広がる。

  美味しい。とても美味しい。

  その味は、まるで竹中が俺の中に流れ込んでいくような錯覚を覚えさせた。

  「おにいちゃん……痛く、ない?」

  俺は上目遣いでそう尋ねるが、竹中はそっぽを向いたまま何も答えない。

  (良かった……怒ってないみたい)

  俺はほっと胸をなでおろすと、そのままその血を舐める行為を続ける。

  (おいしい……)

  ぺろぺろと傷口を舐める度に口の中に広がる血液の味がたまらない。

  辛抱堪らずに、ぱくりと傷口を食む。

  「ん……ちゅっ……」

  歯を立てると、また血の味が口の中に広がる。

  痛いはずだ。だけど竹中は何も言わないし、表情一つ変えない。

  ただ黙って俺の頭を撫でながら、痛みに耐えているように見えた。

  (なんで何も言ってくれないんだろ)

  俺はそんな疑問を感じながらも、ぺろぺろと舐め続けた。

  (もっと舐めたい)

  そんな欲望がふつふつと湧き上がって来るのを感じる。

  (なんでだろ……おにいちゃんの血、美味しいからかな?)

  俺は不思議に思いながらも、夢中になって傷口を舐めた。

  ぺろぺろと、一心不乱に。

  (おいしい……きもちい……)

  「幸」

  ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、竹中が俺を見つめていた。

  「なに?」

  俺が首を傾げると、彼は少し迷ったような仕草を見せた後に言った。

  「……もう舐めるのはやめろ。血も止まっただろう」

  竹中に言われて初めて気が付いたのだが、あれだけ流れていた血液が既に止まっていた。

  「……うん」

  俺は名残惜しそうにしながらも、その傷口から口を離す。

  (もう少し舐めたかった……)

  俺がそんなことを考えていると、竹中は流し場に行って傷口を水道水で洗い始める。

  「頭のそれ、朝からか?」

  「うん……」

  俺が答えると、竹中は怪訝な表情を浮かべる。

  「言わなかったのは、理由があるのか?」

  「うん」

  俺は素直に答える。

  理由は簡単。怖いからだ。

  「なんでだ?」

  そう聞かれたから、俺は正直に答えた。

  「だって……怖かったんだもん」

  俺がそう呟くと、竹中は何か言いたげな表情を浮かべていたが、結局何も言ってこなかった。

  (ああ……)

  その横顔を見ながら、俺は思った。

  (もっと竹中が欲しい)

  この気持ちはなんだろう。

  こんな気持ち初めてだ。

  俺はそんな気持ちを振り払うように頭をブンブンと振ってから、竹中に声をかける。

  「ねえ、おにいちゃん」

  俺が呼びかけると、竹中は傷口をタオルで拭きながらこちらに振り向く。

  「なんだ?幸」

  (もっと欲しい……)

  俺はその衝動を抑えて、なんとか言葉を続ける。

  「しっぽも生えちゃったの……」

  俺がそう言うと、竹中はまた呆れたような表情を浮かべた。

  「角だけじゃなかったのか……」

  俺は無言で頷く。

  「おにいちゃん……しっぽも見て」

  俺は上目遣いでそうお願いした。

  竹中は指に着いた水滴を拭くと引き出しに入っていた絆創膏を取り出して慣れた手つきで巻いていく。

  「わかった」

  竹中はそれだけ言うと俺の前にやって来て、ベッドに腰かけた。

  俺は立ち上がって竹中の前にお尻を突き出すように四つん這いになると、デニムを少しおろして尾てい骨のあたりを見せる。

  「ほら、ここ」

  俺がそう囁くと、竹中は尾てい骨から生えている短い尻尾の付け根に手を這わせた。

  「んっ……」

  俺は思わず声を上げるが、竹中は構わずに俺の尻尾の根元をぎゅっと掴んできた。

  「んふ……ん」

  俺は甘い吐息を漏らしながら、尻尾が勝手に動くのを感じていた。

  (なんだか気持ちいい……)

  尻尾の先の方までびりびりするような感覚に襲われて、背筋が震える。

  「動くんだな……これ」

  竹中はそう言って更に強く握る。

  「ひゃぁんっ!」

  俺は一際大きな声で叫ぶと、そのまま脱力してベッドに倒れ込んだ。

  「はぁ……はぁ……」

  俺が肩で息をしていると、竹中は更に尻尾を握った。

  「おにいちゃんっ、そこダメェ……」

  俺が甘い声を上げると、竹中は俺から手を離した。

  (あれ……?)

  俺は少し名残惜しく感じながらも身体を起こすと、うつらうつらとする竹中の顔を覗き込む。

  「おにいちゃん、寝ちゃった?」

  「いや……」

  竹中はそう言いながらも、今にも眠ってしまいそうだ。

  (疲れてるのかな……)

  俺はそんな竹中の頭を撫でてやると、ベッドに敷いてあった布団をめくる。

  「一緒に寝よ?」

  俺がそう言うと、竹中は小さく頷いて布団の中に入り込んできた。

  その後に続くようにして、俺も竹中の隣に入り込む。

  「おやすみ……」

  俺がそう言って目を閉じると、竹中が俺を抱きしめてきた。

  「ん……おにいちゃん?」

  俺が驚いて声を上げると、竹中は無言のまま俺を抱きしめる力を強くする。

  (あったかい……)

  俺はその体温を感じながらゆっくりと瞼を閉じた。