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勇者がパンダ獣人に敗北し、弟子に変えられてしまうお話

  「勇者よ、よくここまで上り詰めましたね、これであなたは魔王でさえ容易く葬る事が出来るでしょう」

  「ありがとうございます!」

  とある教会の中で跪いて天上の女神からの託宣を聞く青年

  銀色の頑丈な鎧、青く豪華な長袖の服、白いハチマキ、銀の脚部鎧

  立派なその姿は誰が見ても【勇者】と呼ぶに相応しき姿であり、光差す教会の中にあってかその姿は神々しさすら感じる程であった

  「人間の限界まで鍛え上げたその力に相応しき武具を授けましょう」

  女神がそう告げると勇者の目の前に光り輝く剣と盾が現れる

  神聖な力が満ちたその武具はこれ以上無い程鍛え上げられているのが見て取れた

  「あ、ありがとうございます!ボクは必ずや魔王を討ち果たしてみせます!」

  勇者は武具を手に取り教会を後にする、街を行く人全てがその姿を見て、勇者の勝利を疑う事は無かったと後の世に伝えられている程に威厳と神々しさに満ち溢れていた

  ---

  「ついにここまで来たぞ…!」

  遠くに見える魔王城、禍々しき気配を隠そうともせずに威圧感を放っているそれを見て勇者はゴクリと唾を飲む

  「城との間にある森を抜ければもう魔王城…」

  魔王城との間にある暗い森を見る勇者、念のため装備を入念にチェックして深く息を吐くと

  意を決して森に入っていった、それが伝え聞く勇者の最後の姿になるとは思いもせずに…

  ---

  「一体どうなってるんだ…」

  勇者は鬱蒼とした暗い森の中をひたすらに歩き続ける

  そんなに広くは無かったはずの森はいくら歩いても抜ける事が出来ず勇者は焦り始めていた

  「迷いの森?いや、魔法感知も鍛え上げたのに感知しないはずがない!」

  勇者は文字通り全てのスキルを鍛え上げており、数値にすればLv99と記されるだろう

  問題はそれ程鍛えても感知できないという事は勇者自体が迷っているという事になる

  「ナビゲートスキルも効かないなんて…とにかく歩くしかない」

  道案内に役立つナビゲートスキルすら効かない事に少し苛立ちながらも勇者は歩を進める

  とにかく足を動かして移動し続けると勇者は暗がりに薄赤い明かりが浮かぶのが見える

  「なんだ…?」

  モンスターかもしれないと勇者は警戒しながら明かりに近づいていくと、そこには木にぶら下がった提灯があった

  「提灯?なんでこんな所に」

  一定の間隔で木にぶら下げられている提灯で出来た道を歩いていくと森の出口らしき明かりにたどり着いた勇者であったが、出口の先に見えた光景に思わず目を疑う

  「なんだここは!?」

  そこは森の中とはかけ離れている光景だった

  高い建造物があちこちに建ち並び、その合間を縫うように屋台がこれでもかとひしめき合っている

  建造物と建造物の間には提灯が薄赤い明かりで辺りを照らし、夜のように暗い世界に明かりを灯していた

  その明かりが届かない場所は裏路地と呼べるような場所となっており、時々何かの声や音が聞こえては屋台の間道の雑多な音にかき消されていく

  パンダの獣人やトラの獣人のモンスターといった種族がワイワイとあちこちで商売や買い食いに精を出している辺り、ここはダンジョンのような場所なのだろう

  「流石にこんな場所に立ち入る気にはなれないな…ボクは急いでるし」

  勇者は一旦引き返そうとしたが、突然周りの景色がグニャリと歪むと先程の光景の中にいた

  どうやらダンジョンのようなものに取り込まれてしまったようだ

  「こんな時にダンジョンなんて来てる場合じゃないのに…!」

  既に鍛えあがった自分にはもうダンジョンでの修行も不要だし、手に入る宝物だって無用の長物だ

  それにこうしている瞬間にも魔王の世界征服計画が進んでいるというのに、遊んでいる暇なんてない

  そんな気持ちが勇者の心を支配し、身体を動かしていく

  一刻も早くこんなダンジョンからは抜け出さなくては、その一心で足早にダンジョンを歩き続ける

  チャイナ服に身を包んだ獣人型モンスターが殆どの往来では勇者の鎧の格好は珍しいのだろうかジロジロと視線が勇者に向けられる

  だがそんな視線を気にも留めず路地裏などを手当たり次第に歩き回っては出口を探す

  鍛えあがったという慢心とダンジョンから出なくてはいけない焦りからか注意を怠ってしまっていた

  だから【彼】の接近に気付かなかったのは当然の結果ではあった

  「遅いのう」

  そんな言葉と共に背後から投げつけられた短刀を気配で躱したのは良いが、それを読んでいたと言わんばかりに正体不明の何かに掌底を喰らう勇者

  「ガアッ!」

  鎧越しに衝撃を受けて怯んだが、すぐに持ち直すと襲撃者に目を向ける勇者

  するとそこいたのは紫色のチャイナ服を着た大柄なパンダ獣人の男性であった

  「この世界の理にそぐわぬ存在がいると聞いてきてみれば、魔王様に盾突く勇者殿ではないか」

  パンダ獣人はふぅ、とため息を付いて勇者を呆れた目で見る

  「見た目を変えて目立たぬようにする等は微塵も考えない傲慢さには感嘆するがの…」

  普通の冒険者であればダンジョンの見た目や風景に合わせて溶け込み、機を伺ったりするのがセオリーである

  そうでなければダンジョンにいる存在…モンスター達からは異物と見なされて敵視されてしまう

  そうなれば得られるはずの情報も宝物も手に入らないといった事態が起こるので、それを避ける必要があるのだが勇者はそんな事すらもしなかったのである

  「関係ないだろ!さっさと倒されろ!」

  勇者は焦りからかよく考えもせずにとにかく急ごうとパンダ獣人に斬りかかるがあっさりと躱される

  「おまけに話も聞かんとは、これではいくら鍛えててもダメじゃの…どうじゃ勇者よ賭けをせぬか?」

  パンダ獣人は斬りかかり続ける勇者の剣戟を身軽に避けながら提案する

  「お主が勝てばこのダンジョンの出口を教えようぞ、ワシを倒せるならの話じゃがな」

  「いいぞ!お前みたいなのに負けるわけないからな!」

  慢心からか、焦りからか、勇者は食い気味でそう答えるとパンダ獣人はニヤリと笑みを浮かべて

  「成立じゃな」

  剣戟を避けた身体の流れのまま、勇者に蹴りを喰らわせる

  「グッ…!なんで当たらないんだ!」

  勇者は苛立ちながら剣を振るうが全くと言っていいほどかすりもしない

  それどころか攻撃する度にパンダ獣人は容易く避けてそのままの勢いで逆激を加えて来るのだ

  そして幾度かの繰り返しの末、勇者は違和感を気付き始める

  身体が軽いのだ、いや正確には身に着けていた装備の重さが軽くなっていっているのだった

  「なにが…!」

  勇者は自分の鎧を見てギョッとする

  銀の頑丈なはずだった鎧が少しづつ材質が布に変わり始め、フルプレートの胸部にはじわじわとボタンが浮き出てきていた

  鎧の間から見える青の豪華な服も色を徐々にくすませては紫色に変わり始め鎧と融合し始めている

  脚部の鎧も材質が革製に徐々に変わっていき、硬さを保ちつつも溶けるように短くなっては白色に染まって靴状に再構成されている

  「フォッフォッフォ、やっと気付いたようじゃのう…もう遅いがの」

  そう言ってパンダ獣人は勇者に再び掌底を入れる、パンダ獣人が触れた先からグニャリと鎧はひん曲がり服と融合してはパンダ獣人がきているのようなチャイナ服へと変わっていくのだ

  「痛いアル!」

  鎧が布に変わり、掌底のダメージが肉体に来る勇者は反射的にそう口に出す

  ゾワリと身体の奥から何かが這い出して来る感覚を覚えて、掌底を喰らった所を見てみると白の毛がゾワワと生えだしていた

  「力があっても慢心しては話にならんのう、どれ、お主の勇者としての旅路はここで終わらせるかの」

  パンダ獣人は高速で距離を詰めると、勇者の目にも止まらぬ速さで連撃を繰り出す

  勇者は必死にガードしようとするが全く間に合っておらず身体のあちこちに連撃を喰らってしまう

  融合しかかっていた鎧と服は整形されるように連撃によって中途半端に混ざっていた部分がグニャリと形を変えていき完全なチャイナ服へと変わる

  脚部の鎧も既に殆ど形を失っていたが、鉄の光沢が革の光沢にへと変わると完全に靴となってしまった

  チャイナ服へと変わり完全に防御力を失くしてしまい、身体に連撃を喰らい続ける勇者の身体もどんどん変化をしていく

  身体から白と黒の毛が生え揃い、まるで目の前のパンダ獣人と同じような体色に変わっていく

  腕や手足がどんどんと膨らみ、筋肉質な身体は脂肪が乗り始めて筋肉の下地に脂肪がある肉の鎧へと変わる

  鼻先は黒ずんでは口と共に伸び始め歯が抜け落ちては牙へと生え揃い、マズルを形成した

  耳は形を丸く変えながら頭の上へと移動しては体毛に包まれて獣耳になる

  「ホレ、これで終いじゃ!」

  最後に尻を蹴とばされると勇者は壁に叩きつけられて地面に倒れ伏す、蹴られた尻の上からはピョコリと丸い尻尾が生えており、ピコピコと動いては存在を主張している

  地面に倒れた勇者は、対峙していたパンダ獣人と同じチャイナ服に身を包んだパンダ獣人へと完全に変わってしまっていたのだった

  「これで良しじゃな、暫くは動けんじゃろうが、まぁ負けたんじゃからここで適当にパンダ獣人として過ごすんじゃな」

  そう言ってパンダ獣人は踵を返そうとしたが、勇者がプルプルと身体を震わせながらも立ち上がるのを見て思わず驚く

  「まだ終わってないアル…!オレ…ボクは勇者アルヨ、マオウ…倒さなきゃアル」

  重たそうに剣と盾を構える勇者にパンダ獣人は思わずニヤリとする、ひょっとしたら自分が思っているよりも実力があるのかもしれない、そう考えたパンダ獣人はわざと勇者の前に無防備に出る

  「舐めるんじゃないアル!」

  勇者は重たそうに剣を振るうがキレは全くない、別種族になった事でこれまで磨き上げてきた【人間としての】スキルが無くなってしまったのだろう

  全く意に介さずにパンダ獣人は剣を蹴り上げて、あっさりと武器を取り上げる

  「そんな重たそうな鉄の棒きれなんぞ持っても意味がないぞい、ほら拳じゃ拳」

  パンダ獣人は手を握りシュッシュと殴る動作をして勇者を挑発する

  勇者は盾を投げつけるとそのまま殴り掛かった

  「お望み通りぶん殴ってやるアル!!」

  しかしあっさりと躱されるとパンダ獣人にまた流れるような反撃をくらう

  「アルゥ!」

  殴られると同時に頭がポヤンとボヤけるような感覚に襲われる

  大事な何かが抜け落ちて何かが入るような変な感覚

  「そう言えば名前を聞いてなかったのう、お主の名は何という?」

  「オレの名前はタオシーアル!忘れんなアル!」

  そう言ってまた殴りかかる勇者…もといタオシーだったがまた躱されて反撃を喰らう

  するとまた頭がボヤける感覚に陥る

  「お主はなんでここに来たんじゃ?」

  「そんなの決まってるアル!魔王城に行って…行って…」

  何かを忘れている、そう思った勇者が思い出そうと思案を巡らせようとするとパンダ獣人はすかさず蹴りを入れる

  「歯切れが悪いのう、しっかり答えるのじゃ」

  「そ、そうアル!魔王城に行って魔王様に仕える強い戦士になるアル!」

  そうタオシーが【思い出す】とパンダ獣人はニヤリと笑い、再びタオシーに掌底を入れる

  防ぎきれないタオシーがまた吹き飛ばされると、とうとう完全にダウンしてしまった

  「も、もう立てないアル…」

  「そんな有様で魔王様に仕えるなどよく言えたのう…」

  パンダ獣人はふぅ、とため息を付くと倒れたタオシーの傍に行ってしゃがみ込み

  「どうじゃ、お主さえよかったらここで暫く暮らさんか?ワシが稽古をつけてやろう」

  「ほ、ほんとアル!?」

  パァッと目を輝かせるタオシーに頭をポンポンと撫でてやるパンダ獣人は優しくニコリと笑い

  「お主は磨けば相当光りそうじゃからの、それではワシに弟子入りじゃな」

  「はいアル!オレ、貴方みたいに…老師みたいに強くなるアルヨ!」

  老師と呼ばれるほど歳はとって無いんじゃがと苦笑してパンダ獣人はタオシーを抱き起すと自分の寝床に連れて行く事にした

  その行きがけに落ちていた剣と盾を適当な露店に売り飛ばして金に換えると、その日は豪勢にタオシーの弟子入りを祝う事になったのだった

  「そういえばお主、好物はなんじゃ?」

  「え、えーとなんだったアル…?」

  ポカリと軽く頭を叩かれるとタオシーはハッとして

  「麻婆茄子と担々麺と火鍋アル!」

  「辛い物ばっかりじゃな…」

  そんな他愛も無い話をしながら互いの事を話し合う、時々タオシーは頭を叩かれながら…

  [newpage]

  「で、勇者は来ないのか?」

  「そのようですな」

  魔王は魔王城の玉座に座り、退屈そうにしながら側近に思わず愚痴をこぼす

  自分の完璧な世界征服計画を邪魔し、打ち砕く存在の勇者をこの手で血祭りにあげる事を楽しみにしていたというのに肝心の勇者はもうどこにもいないのだ

  「勇者の反応が消えた…死んだと見ていいのだな?」

  「あれ程の強者の反応、たとえ死の淵にあろうとも光り輝く物です、それが全く感知できないという事は勇者は道半ばで果てたという事であろうかと」

  魔王は側近の話を聞きフンと鼻を鳴らす

  「実に下らぬ物よ、哀れな人間め、最後の足掻きすら届かぬとはな…もう良い、計画を最終段階に移せ」

  「はっ!これより全軍による全方位同時攻撃を開始します!」

  こうして魔王軍の全軍に同時に襲い掛かられた人間はなすすべも無く敗北し、魔王の奴隷と化した人間族は勇者の伝承という口慰みを呟きながら絶望の日々を送るのであった…

  ---

  「ほう…もうそんなに経ったのか」

  「老師~一体どうしたアル?」

  朝練を終えて朝食を取っていた二人は老師が広げた新聞を見る、するとそこには

  【魔王軍大勝利、世界征服完了】

  の見出しがデカデカと乗っており、その横に魔王の演説やらなにやらが乗っていた

  「魔王様が世界征服を完了したみたいじゃな、まぁこれで大きな戦いももう無いじゃろうな…」

  「そ、そんな~…オレの魔王軍に入って頭角を現す作戦がパ~アルヨ!!」

  計画が頓挫してしょんぼりとしたタオシーを見た老師はすかさず

  「ま、まぁ戦いは無いかもしれんが闘いはあるじゃろう!定期的に行われる武道会等じゃ!」

  そうフォローを入れるとタオシーはパァッと明るい表情になり

  「そうアル!きっと武道会に優勝したりすればオレの夢も叶うアル~!!」

  先程と打って変わって嬉しそうに跳ねるタオシーを見て老師は

  「お主、一応聞いてみるが悔しくは無いのかの?魔王軍が世界征服をした事に関してじゃが…」

  そう聞かれたタオシーはキョトンとした目で老師を見て

  「なんでアル?」

  そう聞くタオシーを見て老師は何でもないんじゃよと誤魔化すと二人で鍛錬の続きをしに行く

  既にダンジョンの住人、タオシーとして変わってしまった勇者はもう勇者であった事など微塵も覚えておらずに拳の鍛錬に精をだす

  身体だけでなく心も鍛える老師の鍛錬にメキメキと力を付けていき、慢心も無く武道会を連覇するのはまた別の話…

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