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[chapter:Caution!!]
[[emphasismark:直接的ではない > ﹅]]ですが、
[b:暴力・搾取・トラウマ]の描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
[newpage]
夜の街。
フードを被った青年が、薄暗い路地裏を歩く。
コツ、コツ、コツ……
鼻がひくりと反応する。
金属、錆、血。
そして、殺気。
「……!」
青年はハッと顔を上げる。
気づいた時には遅く、既に前にいた。
黒いフードを被った男たち。
手には金属棒。
「よう兄ちゃん。一人か?」
「フード外して、顔よく見せろ」
ーーまたか。
青年、[[rb:迅 > じん]]はゆっくりと後ずさった。
手にしているスーパーの袋が、カサリと音を立てる。
せっかく良い肉が手に入ったというのに。
このまま真っ直ぐ帰って、一人で肉を食いたいというのに。
こういう時に限って、こんなことが起こる。
ぴくっ…
フードの下で、耳が反応する。
体の勝手な反応だ。
止められない。
目の前だけでなく、後ろにもいる。
囲んでいる数は三、四といったところか。
ゴツゴツした乱暴な手が、迅のフードをガッと掴む。
その力は強く、逃れられない。
[b:「……グルルッ…!!」]
迅の喉から、勝手な音が出た。
彼の抵抗はむなしく、
バサッ!
フードが外され、男たちの目が変わる。
「おお……!」
「やっぱ美形だな。しかもこの感じ、ただモンじゃねえ……。混血だ。それも、狼と獅子の…」
「こいつぁ、高く売れる。今までで最高の獲物だ」
迅は、背中がぞわりと冷えるのを感じた。
呼吸が勝手に浅くなる。
フサフサの尻尾が、勝手に巻き込まれる。
ーーまた、売られる。
ーーあの地獄に戻される。
折角逃げ出したのに。
またここで捕まって、人間の良いように使われて、壊れる。
[[emphasismark:あの部屋 > ・]]の空気が、頭をよぎる。
逃げられない部屋。
ベッドに転がせられて抵抗できない迅の、
手首を掴んでくる人間たち。
男も女も関係なく、迅と一夜を共にする。
それが役目だった。
あの地獄での、唯一の生き方だった。
もういやだ。
「来るな……っ」
迅はさらに後ずさった。
しかし後ろはすでに壁。逃げ場はない。
金属棒、縄、袋を手にした男たちが、じりじりと
「狼がなんか言ってるぜ。いや、ライオンか?」
「威嚇かよ、可愛いな」
「百獣の王なら、これくらい……
[b:耐えられるよなあっ!!」]
刹那。
[b:ガンッッ!!]
「がッ…!!」
迅の視界が白く弾けた。
男が手にしていた金属棒が、わずかにひん曲がっているのが見えた。
どさりと倒れ込む迅。
起きあがろうにも、肩が激痛を訴え、腕に力が入らない。
「ぐっ……ぅ、あ……っ…」
迅は思わず呻き声を漏らした。
「はっ、獣人もこんなもんかよ」
「なっさけねえなぁ。だから人間に従ってりゃ良いんだよ。これでわかっただろ!!」
「売り先はもう決まってる。お前みたいな奴、欲しがるやつが多いんだ。良い金になるぜ」
迅は男達に、腕を縛られる。
「おとなしくしてろよ? これ以上俺らに傷つけさせんな、価値が下がる」
獣人と共存なんて、この世界は嘘で塗りたくられている。
嘘だらけのこの世界で、獣人は生きてる意味なんてあるのか。
どれだけやったって、獣人は人間に服従させられる。
(だから…人間は……ッ)
大嫌いだ。
[newpage]
揺れる視界。
大きな袋が見える。
170近くある迅の体が、すっぽり入りそうなほど大きい。
「……グル……ッ」
唸りにも力がない。
男たちが電話したり、何か話したりしているが、耳鳴りがして聞こえない。
獣人の耳は、人間よりもはるかによく聞こえるのに。
捕まる。
連れていかれる。
またあの地獄に、戻される。
いやだ。
行きたくない。
もう何もされたくない。
誰か。
[b:「やめてくださいっ!!」]
真っ暗な路地裏に、一点の光が差し込んだ。
その声は震えていたけれど、傷ついた獣人を暗闇から救い出す、灯のようだった。
男たちの手が止まる。
皆が一斉に顔を上げ、路地の入り口を見た。
そこには、白衣を着た青年が立っていた。
スマホ片手に、男たちを睨んでいた。
「あァ?なんだお前……」
「医者か?
どっか行け、俺らの邪魔すんな」
青年は震える声でさらに叫んだ。
気の弱そうな見た目だが、声は大きい。
「その人を放してください…!」
男たちは、白衣の青年にズカズカと迫る。
「なんだよお前……」
迅は揺れる視界の中、それを見ていた。
耳は伏せ、尻尾はぐったりと動かない。
肩がまだ痛みを訴えている。
ーーやめろ。俺に関わるな。
ーー助けて。
二つの思いが、迅の中で戦争を始める。
いつもいつも、どっちつかずだ。
体も、心も。
狼と獅子の混血だけど、自分はどちらにも属せない半端者。
心は強がって、本音を隠そうとする。
ーーもういやだ。
迅の意識は、そこで途切れた。
[newpage]
この世界は矛盾だらけだ。
(警察を呼んでおいて良かった……)
白衣の青年、[[rb:湊 > みなと]]は、ハァッと一息ついた。
手が汗ばんで、額にも変な汗が浮いている。
獣人狩りの男たちは、警察に拘束され、パトカーに乗せられた。
獣人狩りを取り締まる警察だが、袋に入れられかけていた獣人を見た途端、距離をとった。
湊は事情を聞かれ、全て話した。
「あ、あの……この人が、襲われていて…。怪我もしていて……、きゅ、救急車の手配は…!?」
警官は、意識を失っている迅の顔を見た。
紛れもなく、獣人だった。
警官は、少し迷った後、湊にこう告げた。
「獣人の搬送には、少し手続きが必要なんだ。
人間の搬送のように、すぐには来られない」
「そんなっ……!じゃあこの子は……!!」
「……君、その格好…医者かい?
じゃあ、そっちで頼むよ。」
[b:"そっち"]。
どうして。
同じ怪我をしていても、獣人と人間で違うのは、どうして。
どれだけ法律で保護されても、獣人はいつも人間より下に見られる。
人間の方が優先される。
獣人と人間が共存する社会のはずなのに。
そんなの嘘っぱちだ。
湊はその思いを言葉にすることができないまま、赤いサイレンの光が遠ざかって行くのを見ていた。
[newpage]
路地裏に、静寂が戻る。
湊はハッとして、獣人に駆け寄った。
肩に赤がじわりと滲んでいるのが、暗闇でもよく見えた。
「大丈夫ですかっ!?聞こえますか!?」
湊は獣人に呼びかける。
脈はある。
呼吸はちょっぴり浅い。
「……ぅ……」
わずかに反応した。
「グルル…」と小さな唸りも聞こえた。
この獣人が持っていたスーパーの袋は、
踏まれてぐしゃぐしゃになっていた。
高そうな牛肉の包装が破れ、肉に泥がかかっていた。
獣人はいつもこんなふうだ。
この肉みたいに、人間から踏みにじられ、粗末に扱われる。
この子だけでも、助けないと。
湊はそう心に決めた。
「怖くないですから……僕はあなたを助けたいんです」
湊は、迅にそっと声をかけた。
迅の鋭い目はわずかに開いている。
湊が動くと、それを追うように動く。
「触りますよ……怖くないですからね…」
湊はそっと膝をついて、迅の手に触れた。
びくりと迅の体が跳ねるが、威嚇はしてこない。
尻尾が股の間に巻き込まれている。
怖いのだ。
けれど抵抗してこない。
(限界なんだ……急がないと、死んじゃうかもしれない……)
湊は、焦りを見せないように気をつけながら、迅の腕を自分の肩に回した。
「大丈夫です、大丈夫ですよ……」
獣人の体を引き寄せると、フサフサの尻尾が、湊の足に当たった。
なぜだか、ドキッとした。
ずっしりとした重さが、湊にのしかかる。
思ったよりも重い。
いや、弱音を吐いている場合ではない。
一刻も早く手当てをしないと、手遅れになるかもしれない。
「大丈夫です…必ず助けますから……!」
湊は、背中に体重を預ける獣人の重さに若干ふらつきながらも、路地裏をあとにした。
[newpage]
ジャラ………
ガチャッ、キィ………
はじまりの音だ。
「出ろ。客だ。今日は…えーっと……?」
檻の前に立つ男が、廊下の先を見る。
指が動き、数を数える。
「…ニ、三人、といったところだ。早くしろ」
男が手を引くと、ジャラリと金属の音が鳴った。
その鎖は、迅の首輪につながっていた。
逆らえば絞められる。
いや、今度は火で炙られるか、強い電気ショックを与えられるか、そのどっちかだろう。
迅の心は、そんなことに怯えることもなかった。
それほどまでに限界だった。
強い香がたかれた部屋。
湿った空気の中、迅は一人になる。
扉が開いて、客だという男が来た。
それまで何も感じていなかった迅は、急に恐怖を感じた。
尻尾が股下に巻き込まれ、耳が伏せる。
汗がじわりとにじむ。
本能が「逃げろ」と叫んでいる。
客の男が、服を脱ぎながら何かを言うが、迅の耳には届かない。
知らぬ間に、迅も脱いでいた。
体が勝手に、機械みたいに動いていた。それが日常だったから。
肌に、湿った空気がまとわりつく。
香の煙がゆれ、始まりを告げるようだった。
男が迅をベッドに転がす。
迅は、「やめろ」「こっちに来るな」
そう言いたかったのに、喉が動かず言葉が出なかった。
男が、無防備な迅の上に影を落とす。
やめろ。
触るな。
やめろ。
ベッドがぎしりと音を立てて、
香の匂いがより強くなる。
男と迅の肌が触れ合って、
覆い被さるように男はーー
その瞬間。
「…っ……はッ……!」
体が跳ねた。
強い匂いが消える。
男が遠ざかる。
景色がパッと弾けた。
[newpage]
揺れる視界。
鼻に入ってくる匂いは、甘くなく、湿っぽくもない。
スッとする爽やかな匂い。
これは…
(薬……?)
「……良かった……気がついた…」
安堵したような声がした。
首を少し動かすと、茶髪で、眼鏡をかけた青年が、自分の顔を覗き込んでいた。
迅の耳が伏せる。
過去が、人間への信頼の邪魔をする。
尻尾は巻き込まれたままの、警戒の形。
「……ここ、は……」
迅の声は震えていた。
青年はにっこり微笑んで答える。
「僕の家です。ここは安全ですよ。
僕は湊っていいます」
「みな、と……、」
迅は首を、背中を起こす。
腕の力を使って、体全体を起こそうとする。
肩がずきりと痛むが、関係ない。
「ま、まだ起き上がらないで…!」
「なんで、助けた……」
湊は迅の言葉に面食らい、ぱちぱちとまばたきした。
「なんで助けたと聞いてる……俺は、助けろなんて頼んでない……」
迅は湊を睨みつける。
琥珀色の目が、湊の戸惑う顔を見据える。
湊は、少しまごついた後、
「え、えっと、助けたのは……
僕が、助けたかったから、かな」
「……は……?」
迅は面食らった。
"助けたかった"。ただそれだけ。
欲も好奇もない、純粋な善意としての行動。
助けた後に、また欲を満たすためだけに利用される。
身体も心も壊れて、いずれは用無しになって、また捨てられる。
迅はそう思っていた。
なのに、この人間は…
「なんだそれ……意味わかんねぇ……」
迅はそっぽ向いた。
尻尾がゆっくりと、左右に揺れる。
尻尾だけは正直で、感情が隠せない。
湊はそれを見て、ふふっと笑った。
「な、何がおかしい……」
「尻尾、正直だなって思って。嬉しいって気持ちが伝わってくるから」
「ッ…!見んなよ……!」
迅は慌てて尻尾を隠した。
湊と名乗った人間の視線が、なんだか妙に落ち着かない。
値踏みするような目ではない。
うまく言葉にはできないが、なんとなくあたたかい視線を感じる。
その目が鬱陶しくて、迅は立ち上がった。
ここでずっといるわけにはいかない。
がたっ、と音を立てて立ち上がる迅。
すぐに出ていくつもりだった。
が。
「……ぅ…」
体の力が、がくんと抜けた。
体温が一気に低くなる。
やばい。倒れる…
床の冷たさ。叩きつけられた痛み。
それらは、襲って来なかった。
代わりに、スッとする薬の匂い。
あたたかい。
「だ、大丈夫…?まだ寝てなくちゃダメだよ…」
目を開けると、白い布。
頭上からやさしい声が聞こえてきた。
冷え切っていた心が、湊の腕の中で、じんわりとあたたまっていく。
鎖が、パキン、と音を立てて割れた。そんな気がした。
こんな気持ち、初めてだ。
迅は、湊の胸に額を押し付けながら、震える腕を、ゆっくりと回した。
湊は目を見開く。
さっきまで怯えていた獣人が、ここまで甘えてくることなんて、あっただろうか。
「迅君…?」
「勘違い、すんな……立てねえ、だけだ……」
でも、本当は。
「……もう少し、このままで……いさせろ…」
離れたくない。
こんな気持ち、初めてだ。
湊は思わず、迅を抱擁する手に力を込めた。
冷たい氷を、ゆっくりと溶かしていくように。
「迅君は、甘えん坊だね…」
「うるせえ……」
夜は、抱擁のあたたかさを囲むように、静かに深まっていった。
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