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昭和25年の夏。
あれから5年が経った夏だ。
生気のなかった街は市民の活気に溢れ、
生き物たちはなお生き生きと駆け巡り、蝉どもはけたたましく鳴り響いている。
今や闇市を目指して列車に乗る人々を見ることもほとんどなくなり、
駐留したての頃と比べると、アメリカ人たちの持つ物々しさや、よからぬ印象は薄まっていった。
焼け野原になった東京だが、だんだんと復興も勢いが乗り、
建物の再建や諸制度の見直しなどが始まろうとしていた。
「………」
私は"菜崎 コジロウ"。
とある小隊で戦車長を努めていた、しがない狐獣人だ。
あれから仲間とは散り散りになり、各々の住処に戻ることにしたのだが…
「………(シュッ ボッ)」
焼夷弾の脅威から辛くも逃れられていた、隙間風の止まぬあばら家。
隅田川沿い、日ノ出町に遺された、立派な我が家。
川沿いのおかげか日差しの割には暑く感じることはなく、
燃えた桜の木には若木が生え始め、暖かな陽の下に新緑が芽吹いていた。
「…すぅ…(ペラッ)」
たったひとりになった私は、
ビル建設の土木作業に従事しながら、その日暮らしの生活を送っていた。
"あぁ、家がまた見事な新居にもと通りになりはしないだろうか"と願いながら、
手取り200円の日当で新聞とタバコを買い、隙間から見える陽を浴びながらくつろぐこと。
休日にすることといえば、これくらいだ。
「………(ペラッ)」
桜田のやつ、今ごろなけなしの金を風俗だか酒だかに溶かしてるんだろうか。
穏牧は先生でもやってそうだが…そうだ、
カナキチも大学にでも行けているといいな。
かつての戦友たちが脳裏によぎる。
特にカナキチはまだ若く、家には親御さんも居たという話だ。
無事、みんな生きているといいのだが…
「…ん…(ペラッ)」
…しかし、"朝鮮戦争勃発"か…
この戦争のおかげで特別需要が発生し、我が国の産業水準や経済は右肩上がりを見せ続けている。
あの頃からしてみれば、この日当200円という数字もまるで夢のようにすら思えるものだったが…
今ではこれが当たり前になりつつある。
暮らしぶりは必ずしも満足いくものじゃないが、
この国は確かに以前の活気を取り戻しつつある。
私の部下たちも、きっとどこかで元気に生きている。
それが感じられるだけで、なんだか幸せにもなれる…
きっとこれから私にとってもあいつらにとっても、もっとよくなる。
そんな気がする。
「ここら辺でしたっけ〜?」
「菜崎っつったらヨ、この辺りだった気がするぜェ?」
…うん、虫の声に混じって懐かしい声がする。そばにいる。
きっとこれも幻聴なのだろうが…
私は…私は…!!
「…ぉおーいっ!! 私はここにいるぞぉ〜っ!!」
片時もお前たちを忘れることはない。
独り身の私には、共に戦ってきたお前たちこそが…
真の意味での友なのだ!!
「だーっはっはっはっはっはっ!!
はーっ…はは…ふふふふ…!」
なにをやっているんだか私は。
そんなことをしても、私のもとに部下が帰ってくることなど、もうありえないというのに。
「なんですかね」
「んにぃ…車長ぉ〜、ですよね? 今のは」
「ついにボロ屋暮らしで、気でも狂ッちまったかねェ…。
おら、たぶんあの家だろ?」
ものごとには世代がある。この次なる戦争には、私たちのような老兵はもう、
必要とされなくなったのだ。
招集がかかる?? そんなことはなかったな。
アメリカはともかく我々日本人は、今後"第9条"に則って、平和にその後を終えることだろう。
きっと普通のヒトらしく、このまま堅気を貫き通して死ぬんだ。
ひと目、ひと目だけでも彼らを見たかったg…
「お邪魔しま(ガラガラッ…ガシャッ)…玄関の解体が済みましたね」
「ここ1回取り壊して立て直しましょーよ。
僕たち全員でも十分住めそうですし!
お願いしてみましょ〜っ!!」
「おらカナキチ、そこに相談相手ァもういるゾ」
「なっ…」
見慣れた顔。
犬、猫、馬。
引き戸を壊された先に立っていたのは、私の会えないと思っていた部下たち…
間違いなく当人たちだった。
うるさくもあり活気づくものともいえる、そんな声で玄関だった場所を賑わせながら、
共に戦っていたあの頃のときとまるでなにひとつ変わらない彼らが、そこに立っていた。
各々国民服や略帽を脱いだ姿を初めて目にしたような気がして、
ひと目みただけでもより一層新鮮な気持ちになった。
「お、お前たち…なぜここへ来た!?」
久しい会話の先陣を切ったのは、同期の桜田だった。
ニヤニヤと惚けた顔をしながら、手で輪っかを作って上下させ…
「ちょーっと衆道の相手を頼まれて欲しくてですネ…♡」
「だーぁこらこら桜田さん違うでしょう?」
…穏牧に阻止される。
うむ、あのときと一寸違わぬ部下たちだ。
「僕たち、"然るべきとき"が来たことをお伝えしに来たんです!」
「然るべき…とき…?」
はて。私を待ち受けるものとは…
"穏やかな死"以外に残されているのだろうか?
嬉しいのは確かにそうだ。
だが別れ際のあのとき、"私に構わずこれからを生き続けろ"と言ったはずだったのだが…
まさか、本当に"招集"が…!?
「いやぁ車長ぉ、あーんなに大きい声で叫ばれるんですから〜…。
僕ビックリしましたよぅ…」
「あー…聞こえてたのか…。
こりゃすまんな、叫べばお前たちにも通じるような気がして」
「尻尾揺れてますし、お顔赤いですよ…?(ぐいっ)」
「っ!? …軍法会議に引き出されたいか…!?」
うぅ…くっ…!!
そう近距離でまじまじと私の顔を見つめるんじゃない、カナキチ…!!
は、恥ずかしい…だろうが…
距離感がおかしい菫望、またこれもいつも通りか…
「へへ、なァに言ってるんだか…。おうそれよりホラ、行きますヨ車長」
「私どもについにお呼びがついにかかったんですよ、車長!!」
笑顔の仲間たちは手を引き肩を抱き、私を引き連れようとする。
まさかな。まさか呼ばれるなんてことは…
そんなまさか…
「な、どうしたんです…? 車長なら喜ぶことかと思ってたんですけど…」
「なんだか腰が重たそうですね〜?」
「いやっ…その…実感が湧かんのだ」
「四ツ谷の大本営跡で待ってるやつがいるッて言われてもかい??」
「うーむ、そういうことではなくてだな…」
実感が湧かないというよりも、なんというか…
現実を受け止めきれないというか。
だが…嫌な気持ちはしない。本当だ。
胸が忙しなく動き、ここに留まるなと言いたげなのだ。
これこそもしかして、"喜び"…なのだろうか…?
ーーーーー
向かった先の四ツ谷では、庁舎の改装工事が進んでいた。
門前には米兵のような格好をした者と、ミリタリーポリスの腕章を付けた者の2種類がおり、
大本営があった頃とはまた違った凛々しさを漂わせていた。
ここが、我らを求めるところ…?
まさか陸海軍が復活したというのか…!?
「さ、着きましたよ。GHQの下再編成された…」
「僕たちの新しい働き先ですっ!!」
大手を広げて、笑顔でカナキチが出迎える。
「やや…やぁ…また職業軍人をやらせてもらえるとは…」
「私どもも、待っていた甲斐があったものですね」
「いんヤァ自動車整備を黙ってこなしてて、よかったァよかったァ〜」
"MP"の腕章。緑の軍帽。脚絆のない軍靴。
土木作業の最中にも通る、軽快四駆ジープ…
それらがすべて、今ここに集結している。
私は固唾を飲んだ。
「ごくり…」
門に近づくにつれ、その兵らの武装が鮮明になっていく。
ここでしか見られまい。彼らの持つ"銃(つつ)"を…!!
「………(ピタッ)」
…ふむ。
米軍の主力は、"M1 ガーランド"という小銃だったと聞く。
弾薬は弾倉に8発、クリップで装弾される。また我らの装備していた99式小銃や、38式、97式狙撃銃などの鎖閂式(ボルトアクション)とはまた異なり、撃った反動で次弾を装填する…
いわゆる"半自動(セミオートマチック)"という作動方式をとっていた。
弾薬の口径は7.62ミリメートルで、向こうでは"30キャリバー(30口径)"、".30-06(サーティ・オー・シックス)"などと呼ばれているという。
「Hello? ahm, ya know only military can pass…here…
(あの? あー、ここは軍関係者のみ立ち入りできますが…)」
「ふむ…こいつはすごい…」
「…あれ? 車長??」
「車長ぉ〜、そんなにまじまじ見てたら、
みりたりーぽりすさんが困っちゃいますよー?」
「アーやらせとけやらせとけェ、
そいつァいいツツを見ると、しばらくそう観察したくなる気質なのヨ」
「なんだか初めて見ました、車長のこういうところ…」
「尻尾揺らして耳ピコピコさせてンだろ?
アレが興味シンシンになってる合図サ」
我らの用いていた小銃としては、特に38式がよい対比になろう。
小銃と言われるガーランドと比べると全長が長くできている。装弾数は弾倉に5発と薬室に1発の計6発。使用弾薬は"38式実包"、口径は6.5ミリメートルだ。
ガーランドとの大きな差は、鎖閂式で装弾数が少ないことと、使用する銃弾のエネルギー量が異なることだ。
前者は弾丸が大きいため、それを飛ばす分大量のエネルギーを必要とする。そのため装薬が多く、エネルギー値にすればおよそ4,000ジュールにも及ぶ。
しかしながら後者は逆で、同じ理論で言えば必要エネルギーが少ない。公算値2,600ジュールといったところだろう。
「………(ジーッ)」
「…まだですかね?」
「きっと上のヒト、キバを長ぁくして待ってますよ〜…」
「なァ〜あとちょっとサ、待ってやれって!」
まとめると、ガーランドは1発1発のパワーが強く、かつ装弾数も多い。しかしその多大なエネルギーは有り余るあまり、命中精度に影響を及ぼしている。そのため遠距離には向かない。どちらかといえば近ー中距離向きの銃といえよう。
しかし38式は口径が小さくエネルギー量が少ないものの、細い弾丸も相まって高初速で、弾道も真っ直ぐ。
おまけに長い銃身は遠距離以外ではかさばる。
つまり精密狙撃に向いた銃というわけだ。
「…Hey fox, don't ya stop this staring…
(…おいキツネ、あまりジロジロ見るなよ…)」
「…ふむ、なるほどな…」
「第2声が聞こえましたが…」
「いンや、すぐだすぐ」
「もー面倒なので、僕連れて行っちゃいますよ〜」
なんとも、このような銃を兵士ひとりひとりに支給できる物量と技術力の凄さ…
なんとも感服だ。我が国も見習いたいものだよ。
「…失礼、その銃を触らせてはぐッ!?(ガシッ)」
「ほらぁ〜車長、
尻尾フリフリはいいですから、行きますよ〜」
「まっ、待ってくれぇ〜っ!!
もう少し、もう少しだけなんだぁ〜っ!!」
やめろぉっ!! 私はまだ触りもしていないのだぞ!!
またとない機会に巡り会えた…それなのにぃぃぃ〜っ!!
あと尻尾だけはやめろォォォォーーーーッッッ!!!
「1番体躯の小さいあの子が、尻尾を引っ張って…」
「菜崎のあのなッさけねェ声、久しぶりだねェ〜…んふふふ♡」
ーーーーー
「…eghn, then follow me
(…ゴホン、ではついてきてください)」
大本営…改め、新たに創設される軍の本部庁舎。
米軍装をした者の誘導に続き、その内部へと足を運ぶ。
中ではスーツ姿七三分けのお偉いさんどもが行ったり来たりを繰り返しており、
外国人も日本人も関係ない、小さな"世界"が誕生しているかのような光景だ。
「………」
「外だけじゃなくて、中もおっきいですね〜!
真っ白なんだぁ、へぇ〜…!」
自身が小さいことに負い目を持つ分、自分からして大きなものには目がないカナキチ。
庁舎のホールに興味津々なようだ。
一瞬の静寂の後、穏牧が言った。
「しかし"警察予備隊編成"云々と言っただけで、こんなに簡単に入れてしまうとは…。
"あの紙面"を見せる必要があるんだろうな、って思ってたんですが」
ん…? "紙面"…??
「あの召集令状みてェな気味悪ィ紙でしょ?
俺ももらいましたケド、アレきっと生き残りの奴らにしか配られないンですヨ。たぶん」
「だから、それを知っているだけで入れる、と…」
「そうだと思いますよ〜」
皆お気づきだろうが、私はそんなものは持っていないし、知らされてすらいない。
…そこでふと思った。
都内のそこかしこにあった練兵場や師団宿舎などは、今や全て解体されつつあり、
海軍も陸軍も解体され、平和に生きることを誓った我が国。
米軍が守らんとする姿勢を構えつつあるというのに、一体どこの機関が我々敗残兵を望んでいるというのだろうか?
ここまで大きい庁舎もあるにしろ、公的な機関でない可能性も捨てきれない。
"特攻くずれ"の作る民兵組織だったりすれば大ごとだ。
「…なあ、我々を望んでいる機関とは、一体何者なのだ?」
「あンれ、車長はもらってねーンですかィ?」
「なにをだ?」
「ここへの出向願ですよ、ほら(ペラッ)」
穏牧がそう言うと、しっかり名前と最終階級が宛名に記載された封筒を見せてきた。
なんだこれは…? 見たことも聞いたことも…
「…ないみたいですね??」
「ああ、だがこの"総理府"…これまた聞いたこともない」
「俺もわかんネーですヨそれ。穏牧サン、説明よろしく頼まァ〜」
「なっ、私でも知ってるかわかんないっていうのに…
薄っすらですよ、薄っすら!! それでもいいんですね!?」
無茶振りだったみたいだが…なんだか満更でもなさそうだ。
「僕からもお願いしますっ! 穏牧先輩っ!!」
「むっ…!?」
ははは。
ここまで堅物な穏牧も、若くてかわいい後輩のカナキチには弱い…
「…おほん、では説明しますから、しっかり聞くようにッ」
私と桜田は顔を見合って、密かに笑った。
「総理府とは去年に作られた、まだできて間もない機関です。
もともと戦争が終わる前にあった内閣の諸部局を、日本国憲法の施行に伴い、"総理庁"としてまとめたことがことの始まりなのですが…それは置いておいて。
具体的に言えば、総理大臣さんが自分のする業務をどう分担するか、また行政機関のバランスの調整をどうするかを担う機関になっているんですよ」
「ほう…わかりやすい」
「…知ってるじャねーか」
私たち年長組は蚊帳の外、とばかりな反応だな。
私も新聞くらいは読むが、そんなことではここまで詳しくなんか知り様がない。
さすがは我が隊の脳。
「なっ、これくらいは知っていて当然ですよ!!
カナキチ、ちゃんと聞いてたね?」
すかさず尻尾を振りながらカナキチの方を見やるも…
「…ほえ?? えっとぉ…。
そーりだいじんさんが、いろいろするんですよね?」
「そ、そうです…たはは…」
自由人なカナキチを前に、意気消沈。沈む尻尾。
どうやらまだ内装に目が向いていたらしい。
…廊下に入った分、さっきより確実に狭くなっているだろうが…
それでも気に入るところがあったのだろうか。
「カナキチ、そこはお願いしたンだからヨ。
ちャーんと聞いてやらなくちゃ」
「す、すみません!!」
「はは、いいんです。あとでまたみっちり教えますから…」
ーーーーー
引き続く真っ白な壁と、足音のしない絨毯床。
明るく柔い光を放つ廊下灯。
それから塗りたてのペンキの匂い。なにもかもが新しい。
こんなところに来ると言われたなら、しっかり装いくらいは整えて来ようというのに…
あぁ、もちろんこいつらにいきなり"来い"と言われたものだから、なんにも身支度せず来てしまっている。
私とて嬉しかったのだろう。そうしてなにもせず衝動的について来たのには、きっとなにかあったのだろう。
だから、悪い気はしない。
…正直これから会う方に目汚しをさせてしまうだろうということに、負い目はあるが。
そんなことをゆるりと考えていると、誘導する米兵が…
「Almost there, be polite
(もうすぐなので、行儀よくしなさい)」
「???」
…一瞬なにかを言ったが、わからなかった。
恐らくはもうすぐ目的の部屋に着くということなのだろうが…
声を気にすら留めず、桜田が口を開く。
「じャあここってサ、その総理府ってコトになるワケですかい?」
「いや、総理府の庁舎は千代田区の永田町にあります。
…あぁ、少し前まで麹町区だったところですよ」
「なるほどネ…。っていうとじゃあココは…」
「…(コンコン)」
米兵が止まると、部屋の戸を叩いた。
するとすぐにイヌ科の人物が顔を出してきた。
(ガチャッ)
「ご苦労。さあ、こちらに来なさい」
お礼をもらった米兵は去り、我々は部屋の中へと入っていった。
続く
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