Ad
昭和20年、8月15日のことだった。
日照りも厳しいこのような酷暑の中で、なぜラジオの前で正座をさせたのだろう?
ただ、そう思っていた。
事実を知るまでは。
「…しかるに交戦すでに四歳を閲し、朕が陸海将兵の勇戦、…
おのおの最善を尽くせるにかかわらず、戦局必ずしも好転せず、世界の大勢また我に利あらず。…」
私たちは勇敢に、国のために戦った。
国からの教えを、天皇からの教えを忠実に守り、
しかとこの日のいづる国を護らんと、刀折れ矢尽きるまで…努力を忘れなかった。
「…しかのみならず敵は新たに残虐なる爆弾を使用してしきりに無辜を殺傷し、…
…しかもなお交戦を継続せんか、ついにわが民族の滅亡を招来するのみならず、ひいて人類の文明をも破却すべし。…」
だが、だが…!!
もう腕っぷしなんかでは勝てっこなかった。
なぜだ。なぜ我らが最強の帝国軍が敗北を喫し続けたのだ。
物資だッ!! 物資が足りんのだッ!!
敵を圧倒するに足る物資が!! 生産力が!!
「…〜っ!! くぅっ…!! (拳を地面に叩きつける)」
すべての勝敗はそこにあったのだ。
週刊空母なんぞと呼ばれるものを作られ、我々の作る飛行機とは比にならぬ大きさの爆撃機を、
毎日毎日飛ばしては本土までやってくる。
それを迎え撃たんとする我々の邀撃機も戦闘機も、質はおろか数でさえ、
日に日に勝ることがなくなっていく…!!
それもこれもすべて物資がないことが…!!
ない生産力が削がれることが…すべて…!!
「…汝臣民それよく朕が意を体せよ。」
「…ふざけるな…!!
お前らッ!! なにがあっても戦い続けるぞッ!!」
「って言っても隊長ぉ…」
うるさいっ!! なにを口答えするつもりだッ!!
我が皇国の安寧を守り抜くためにm…
「本土駐在の陸戦隊になにができるっていうんです〜?」
「なっ…」
恥ずかしながら、我らは本土に拠る海軍陸戦隊。
本当ならば南部の島々で、勇猛果敢に戦い抜いている…
はずだったのだ!!
「私どもばっちり負傷して、命からがら復員船見つけて帰ってきたんでしょう?」
「よォ〜く生きてたもんですよぉ〜」
「えへへ、生き残っただけでも天晴ばんざいですよっ!」
「お前らァ…」
こいつら3人は、私の部下…にしては弛んでいる。
部下と呼ぶにはあまりにもな。
しかし、こいつらのおかげで我らは生き残ったとも言えよう。
あれは3年ほど前のことだろうか…
ーーーーー
南方戦線、フィリピンの南の方…
あそこの名前は確か…スリガオだったか。
闇夜の中敵の銃砲火を避けながら、
"我らが愛車"に乗って上陸を果たした。
翌朝に車体を確認したときのことは、今でも鮮明に記憶に残っている。
「見てくださいよ車長ォ〜、穴ぼこだらけですぜ」
「うわぁ、これがアメリカさんの砲弾ですか!?
思ったより細いかも…?」
「それに触るんじゃないカナキチ!!
中の炸薬が爆発でもすれば…」
「なんと…」
海軍所属の我らは、陸の輩のやつほど恵まれた陸上兵器を譲ってもらえなかった。
しかしそれでも、初めて見た日から訓練を欠かさず行い、片時も離れずにいたこいつとは…
切っても切れぬ縁だと思っていたのだ。
穴ぼこ、確かに。
ひと目見ただけでも4,5箇所、4センチほどの穴や凹みがいくつかあった。
よくぞ生きていたものだ。車体前後の浮きがなければ、どうなっていたことか。
「特2式内火艇、通称"カミ車"…
名に"神"を冠するだけあるな。我らは救われたのかもしれない」
「さァ、どうなんですかね〜?
敵サンも我々に"キリストの慈悲を"って、手加減してくれたんじゃないスカねェ~?」
この適当を抜かすイヌ野郎は、装填手の"桜田 ミキオ"。階級は兵長だ。
私とは同期だったが、酒と色絡みで粗行を繰り返し、今でもなぜ軍に居残ることができたのか…わからない。
…しかし被弾していたくせに、よく平気な面をできるものだな。
やつの真っ白な包帯が、真っ白な歯と競うかのように、軍服の裾から姿を見せる。
そんな打たれ強いやつでもある。
「よくぞまああれだけ血を出して生きてましたね。
私が別の分隊に急いで連絡していなかったらどうなっていたことか…」
優しい説教をかますのっぽの馬獣人は、"穏牧 キョウイチロウ"。
通信手ということもあって、侵攻時は傷ついた桜田をいち早く助けるため、すぐさま衛生兵のいる分隊を無線で探し当てた。
桜田よりは後から一緒になったが、その知養の高さからすぐに馴染み、今となっては母のような立ち位置にいる。
ちなみに階級は兵曹長。
「きりすと…ってなんです?? 桐捨と…切り捨と…??」
そしてアホ面が燦々と輝くこの猫獣人は、"菫望 カナキチ"。
まだまだ若く、入隊してから日も浅い。階級も言わずもがな2等兵だった。
本音を言えば、この数多の弾痕も…避けられたものだと思っている。
それもこれもこいつがまだ未熟だからだ、とは思うものの…憎めん。
初陣の洗礼にしては手厚いものだったとは思うが、
こんなにあっけらかんとできるのはきっと、天性の阿呆だからに違いない。
「キリストはアメリカの神さまだよ。私どもが仏さまって言うのと同じさ」
「切り捨てるんですか??」
「えっ…はぁ!?」
「そんなことよりさァ車長ォ、あたしゃちょっと溜まってるんですけどネ。
チョーっと手伝っちゃ…くれないですかい?♡」
「やかましい…あと汚らわしいからやめろ」
まあ、こんなちぐはぐな巡り合わせではあるが、
仲良くやれているのは…心底嬉しいことだと思っている。
「侵攻準備だァーーッ!!」
「ほら、お前らも聞こえただろう?
侵攻準備だ。さぁ早く取りかかれっ!!」
「「「ハイッ!!」」」
ーーーーーー
あれから様々な戦地を転々としてきたが、
愛車を失くしたとき…それが我らの苦しみの始まりだった…!!
敵のシャーマンと呼ばれる大きな戦車に狙われ、
巨大な75ミリ砲、傾斜のかかった分厚い正面装甲…
そして高い機動力と生産性…!!
それらの猛威に晒され奮闘するも、
カミ車の積む古い37ミリ砲では敵わず…
隙を突いて側面を取ろうにも、機動力ではやつらに劣る。
極めつけは台数だった。こちらが4両のところ、相手方は2桁を超す両数を持ち出してくる。
1対多で勝てる作戦も練られはしなかった。
ついぞそんな最強戦車に囲まれ、我々の愛車は撃破されることとなったのだ。
やはり物量…生産力…
「あのときは大変でしたね。私たち飢え死にするところでしたよ…」
「シャーマンだぞ?? 口径75ミリだってヨ。
ぶっとくて話にすらなりャしねェでさァ」
「脱出が間に合って本当によかったですよ〜」
「敵の強さは計り知れないな…」
「まあでも、カナキチの鼻の良さは折り紙付きでしたもんね」
「銀バイはお手のもんですっ! えっへん!」
「俺だって犬獣人さァ、負けちゃいねーヨ??」
「ほんとですか〜?? じゃあ今晩のご飯がなんなのかわかるんです??」
「そりゃお前ぇ…えっと…(スンスン) あー…」
「はぁ…ここから臭うわけがないでしょうが」
…そんなことを言っている場合ではなかろう。
我々はこれからどうするべきか、しっかり作戦を練らねば…
ー駐屯地
「帝国臣民を守る鐵獣神の繰り手の諸君、よく集まってくれた」
敵の爆撃を受けてボロボロな本舎を後ろに、高らかに声をあげたこの方は、我が隊を統べる師団長だ。
私はよくもまあこんな状況で、声をあげる元気があるものだと感心していた。
「うちの師団長がなんで…?」
「きっと大規模反攻勢の作戦説明だろ!」
「そうさ、そうに決まってる!」
本部から招集がかかったので、我ら"第4陸上戦車小隊"は、総員横浜の港町に集まることになった。
ガヤガヤと騒ぐ中、戦争が終わったと言う者や、闘志を燃やして逆襲だと囃し立てる者もいる。
辺りが師団長の存在を認識し始めると、次第に静まっていった。
もはやここには組織的な軍団はなく、ただのならず者どもの集りとも形容できよう。なんとも見苦しい…
そして完全に聞き入れる姿勢が出来上がったことを見知るや、
師団長はやっと口を開いた。
「…集まってくれたのは他でもない。我々のこの皇国の存亡についてだ」
「存亡…?」
「ってことは、やっぱり戦争継続かぁ~っ!?」
「勘弁してくれ…こっちは死にかけなんだぞ」
「配給も少ない上に物資も切れかけですしね」
「単刀直入に言おう。
我が帝国陸海軍は、ポツダム宣言を受諾した。
…つまり無条件降伏をし、戦争を終わりにしたのだ」
「…は?」
「戦争が…」
「終わっ…た…?」
戦争の集結。それはあっという間にやってきた。
私たちの辛酸を舐めるような思いをしながら振り絞った決死の努力は、シャボン玉のように儚く消えた。
それも、我が国の敗北という形で。
皆が驚き、呆れ、言葉を失くした。
日頃かしましい我が部下も、このときだけは声を発することはなかった。
「君らの処遇は、今後作られる臨時の委員会に委ねられることになるだろう。
それまで各自、武装を解いて待機するように」
あっさり。
まるで火花が一瞬のうちに散って消えていったように、4年間に渡ってあれだけ拡がった戦火と戦意は、瞬く間に消された。
刹那の失意のうちに呆気にとられていた我々は、元居た対空陣地の跡地に戻ることにした。
ーーーーー
「武装解除ですって」
「もともと俺らにゃそんなモンないですがねェ~…」
「じゃあ僕たち、これからどうするんです??」
「うーむ…」
バカな。戦争が終わるだと…? こんなにあっさりと??
ここからが巻き返しじゃないのか?
…と、軍の将校なら言っただろう。
だが、私どもはすでに薄々勘づいていたのだ。
遠からず戦争は終結し、そうでなければ我らは死ぬ。その2択しか、我々に残された道はないと。
物資の困窮、日に日に増える空襲、
そしてそれになにも手出しできず、婦人に竹槍を持たせ"本土決戦だ"と叫ぶ始末。
乗り物には鍋のフタや寺院の鐘なんかが使われ、物資の製造には手が足りぬと女子どもが精を出す。
おまけに人員も足りないからと、まだまだ若いガキどもを"学徒出陣"だとニセ大義を飾り、出撃させるなど…
そこまで、そこまで堕ちてまだ戦争を続けるのかと…
もう我々は希望がないも同然であったのだ。
「あれだけ戦うって言っておきながら…面目ない。
終わらないとも思っていたし、否とも」
「いえ車長、私どもも同じことを考えてましたよ」
「南方よりご飯がないのは辛かったですし、
これでおしまいなのは…ある種救いかもですね〜」
「俺らぁ生き延びられるかもだけどヨ、
さて、これからどうするね?」
我々はここでは終わりはしない。
必ず、また我らを必要とするときが来るだろう。
その日まで、生き残るのみだ。
続く
Ad