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「お話し宜しいでしょうか、氷蜴委員長」
風紀委員会の集会が終わってすぐに声を掛ける、見上げた先は青白い無毛の機能美すら感じさせる艶やかな身を学ランが包み襟に二つ星が添えられ風紀の腕章が封蝋のように在り方を示す。
「蒼空か。いいだろう、私も話したかったところだ」
感情の読み取りにくい顔にいつも通りの固く巻かれた尻尾、先日の一件も相まって動揺の一つも無い様はひどく不気味だ。
「ありがとうございます。まだ入学してさほど月日が経っていない身でありますが委員長の言う風紀について教えて頂きたいのです私には正しくあるように言いつけておいでですが『被毛の乱れは風紀の乱れ』しかり規則を増やして強制しているようにしか思えないのです。私もまた委員会活動として張り紙を張り、校則を守るように校門前で服装の確認に加え見回りなど行っていましたがこの二ヶ月変わらぬ現状に疑問を抱いての事です」
一狼と一緒に考えた話の切り出し、かの中心人物にどう言えば動揺するかのセリフに近い何かを謡い息を切らす。この紅い眼は無機質に監視し、しなやかな太い尻尾が緩慢に締め弄ばれる錯覚に陥ると深い羽毛の合間にじわりと汗が滲む。背も縮めば、かの象徴に呑み込まれてもおかしくない。
「私を含め成長過程に在る学生たちは自分の身の程を弁えずに誤った途へ踏み外すものが現れるだろう、悪害を成すものを除く__『風紀』は護ることで正しい途へ導くのが私たちの義務だ。成果を上げることで上層部へも働きかけられよう」
鋭角に差す陽に引かれた影が眼前の白の存在を強める。
「それで……委員長は瓜や牙を削るのですか」
「愚問だな、犬と猫が蔓延る社会にこの学校もその割合は変わらない。我々爬虫類その他抗う術が無い種族に歯牙を掛ける者が現れてからでは遅いのだ」
二人きりの部屋。誰かが庇ってくれるわけでもなく縋りつくものも無い、なぜならもう兄さんの『風紀』は残されていないから。
ただ、今話さなければこの先もこの影に怯えさせられると思えば不思議と立ち向かえる。
「確かに害性を除くことはできるかもしれません、しかしそれは社会に出た後の事を考慮されていないのではありませんか。自らの害性を知り種族の壁を超えた交流を学ぶことが学校として正しい風紀ではないでしょうか」
忌々し気に「……血は争えないな」と呟き背筋をゆるりと持ち上げ。
「貴君は何故かようなことに」
「問題の解決に励んだまでです」
渦を巻いていた尻尾が力なく床を撫で硬直する委員長を置いて、陽に煌めく埃を追って出口まで歩を進め振り返る。
「生憎、私は氷蜴委員長の様には成れませんが“同じ学校の”風紀を護るものとしてこれからも風紀委員の末席を務めさせていただきます。それでは失礼します」
後ろ手で扉を閉めて磨かれた廊下に踏み出す。
「誰だ入れ知恵した奴は!」
何かを叩きつけるような音を置き去りに当分沈み込みそうにない空を横目に飛び出した。
***
「あれ、寝虎は?」
科学部室に着き、ふと湧いた疑問を口にする。
「そういえば来てないな。期末試験近いから勉強会とかに誘われているんじゃないか、僕たち以外にも付き合いがあるだろうし」
中間試験は運試しに敗れ惨憺たる結果だったと漏れ聞いている、同じクラスの顔も覚えていない連中の名前が浮かび例えそうであったとして”勉強はしない“会になっているだろうに。
「そうか、今回の一件は面倒を掛けた。ありがとう」
「僕はただ僕なりの風紀を護っただけさ。イヌ科だから運動部に委員会にって、外は騒がしくて面倒だろ」
なんでもない事だと白衣を翻し所在なさげに裾のポケットに手先を突っ込む。そんな一狼に近づき窓に映るのは耳が寝て緩んだ口、歴の浅いクラスメイト等には分からないだろうこの照れ隠しは。
少数派だから押し潰される私とあの委員長が居れば、多数派故に押し流される一狼が居るとこの学校すらも社会の縮図でしか無い。少し前に一狼が呟いていたフラクタルや結晶構造という言葉の意味もほんの少しわかってきたような気がする。
「それと私はあまりに問題を知らないでいる。大人たちが話したがらないという事は影の学問なのだろう、ただ私の行く途で触れざるを得ない『生物』を教えて欲しい」
「ここにある本だとあまり参考にならないから僕の家に移動しようか」
振り返り大仰に腕を開いて誘うその表情は三年前、あの時のままだった
***
「お邪魔します」
「僕以外には誰もいないのに」
「礼儀というものだろう」
この家に来た場合過ごす場は一狼の部屋。クッションすらない部屋に長居するとしたら今は居ない寝虎の特等席だったベッドに座るしかなく、寝具に外からの埃を持ち込むわけにはいかないので玄関先で手を使いはたく。
こういう時鳥類の羽毛は毛足が長くて長所に働く、平生ブラッシングに時間はかかるしすぐ崩れるけれど。
中学生の頃はよく来ていたのに数か月来ていないだけで懐かしさすら感じる。古本特有の匂いに挟まる新しい紙とインクの匂い、きっとイヌ科でもネコ科でもないから夢中にさせるにおいまで嗅ぎ分ける事なんてできないんだろうけれど。
馴れた足並みで一狼の部屋に誘われるまま入ると相変わらずの深く暗い海の底。
「本は増殖するからね」
「わかめみたいに?」
来る手前にも本の塚は以前より高く[[rb:聳 > そび]]え部屋に並ぶ本の塚は雑多な本が絶妙に積み重なって何かの拍子に崩れそうだ。ベッドの上で胡坐をかいて忙しなく動く一狼の尻尾を目で追う。
「この本と僕のこのノートに、分かりにくかったら間違って買った漫画も読むと良いんじゃないかな」
「漫画なんて今まで読んでなかったのに珍しい事もあるんだな」
幅広の変形本を最初に渡されたと思いきや上にどんどんと積み重ね、再現される違法建築もそのうち頭の上を超える高さになって。
「ついでにこの資料もいいかも__危ない!」
高く聳えた本が崩れ降る。白く照らしていた蛍光灯をその身で私の体に覆いかぶさって隠す。きっと一つ一つはさほど重くない本が傍を滑った。
汗よりも粘り気のある濡れた不快感と呼吸を忘れる緊張。細く痩せた狼の捻じれた毛束が頬を撫で、硬い嘴と濡れた鼻先が再び繋がる。狭い額が勝手に動く羽角を固定して、息も出来ない深海で絶えず巡る血潮だけが現実を告げている。
「ぷはぁ」
首を右に振り揺らめく視界で認めた碧い海は白い頭上を侵し生臭くも染め残る。迫った唸り声を漏らす顎の裏を撫で頬に移ると唇を捲り上げて不規則な歯列をなぞる。ピスピス鳴る鼻のすぐ下、門歯から互い違いに決して噛み付いたものを外に漏らさぬよう作られた乳白色の檻それが友人のものだと思うと恐ろしく感じない。興味深げに一際大きな犬歯を摘まんでみる。
「僕は、君をもっと知りたいんだ。それは生物学的にも友としても」
息もつかせない独白と私の顔が映る深く碧い海、それは私が望んだネクトンで。
「君色に染まってしまっても構わない」
応えて波紋を残すのが私の正しい答えだ。
「羽角と、制服にインクが零れてしまったし脱いで。いやその手だと大変だろうから僕が脱がせようか、風紀委員様は毎朝この手で身繕いされているのですね」
ぬがされている。潔白とは程遠い暗い色の胸がはだけ外気に晒される。退化しお飾りとなった翼の根元をスッとなぞり次の瞬間には舐る。
「な、なにを」
「ずっと気になっていたけど塩味が薄いから汗が少ない、つまり退化という進化の過程なんだね」
プッと茶色の羽を吹き出して見せる。かつては雨の侵入を防いでいた雨覆いのいちぶ。
男同士なのに、いや同性だから恥ずかしくないと毅然とした態度で男らしく。起伏の乏しい私の上半身を具に眺め視線が鼠径部を捉えてベルトに手を掛けズボンをひざ下まで引き抜く。
「鷲己、これって__」
ゴクリ、息を呑む音が響き。
「至って普通じゃないか?」
「昔流行ったキャラクターのトランクスだね、ゴムも緩いしまだこんな子供っぽいパンツ履いていたんだね」
「なっ」
顔に血が上り、「これが『顔から火が出る』か焼き鳥だな」と連想し自分が恥ずかしくなる。
「で、これが鷲己のだね。文献でしか見たことなかったけど」
茶色の[[rb:叢 > くさむら]]をまじまじと見て。
「返報しなければな、僕のはこんなものだが」
「おっきい」
[[rb:徐> おもむろ]]に引き出されたイヌ科の久しぶりに見た友人のそれ。根元の膨らんだ多数派の保健体育でも教えられたもの。
「この形状、資料通りだけれど年齢からすると少し小さく……生育が遅れているということか」
「あぁもう!終了だ確認作業とやらは」
胸を押し返し飛び上がるとベッドの傍にある白衣をバスローブ代わりに体に巻き付けた。
「この白衣借りるからな、少し頭を冷やせ」
すごすごと部屋から出ていく腐れ縁の背を見送り、袖の余った白衣でペタンとその場で足を投げ出した。薬品臭と一狼のニオイに包まれ真似するように裾のポケットに手を突っ込むと。
「なにか入ってる」
独り言呟き、開くとノートの切れ端に『鷲己と仲直りする為には』というタイトル。
「素直じゃ無いな」私もだけどと続け読み下すと意外な単語に目を留め__
「そのインク換毛期まで取れなさそうだね、僕の使っていたインクで一番取れにくい奴だから」
「不慮の事故に遭ったと言い切ってやるさ、今夜のことは寝虎には内緒だぞ。特別なんだから」
そう言って笑いあう。
『もう独りにしないでくれ』
私が傍に居るさ。
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