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光なき途 14

  夏の暑さは何処へやら、過ごしやすく気温も落ち着いて日の出も緩やかに降る陽も穏やかになってきた。朝が辛いことに変わりなくても教室に着けば話し相手が居る。

  「おはよ!」「おはよう」

  葉介、近縁種初の友達。アイオライトを思わす深い青紫の目に桜色の困り眉、コヨーテなのに背は低いってコンプレックスに感じているらしい。

  いつもしっぽ振って僕が来るとさっきまで話していた他のクラスメイトを置いて僕に話しかけてくる。

  「今日も晴れていて気持ちいいね」

  「毎日毎日晴れていたら僕の体調は悪くなるけれどね」

  教室の隅、僕の席で話しているのにヒソヒソと声がするけれど葉介には届いてないらしい。都合がいいのか能天気なのか、どちらにせよそれも葉介の長所にもなっているのだろうか。

  「最近仕入れたネタなんだけど、寝虎の恥ずかしいクセ聞きたい?」

  共通の友人という事もあって寝虎は話によく転がってくる。寝転がるのは家だけにしていればいいのに僕の科学部室でも週に一回以上は寝に来るし、情報を仕入れなければ。

  「そう言われたら聞きたい」

  しっぽブンブン振る葉介の次の言葉を待って朝の準備も一緒に進める。

  「寝虎は仲のいい先輩や同級生に鼻キスする!」

  な、恥ずかしいクセだろう!と肩を叩く葉介に、

  「鼻キスするって当たり前の事じゃないの?」

  と切り返すや否や、硬直し顔を真っ赤に染めて両肩を掴み揺さぶられる。

  「鼻キスってあんな恥ずかしい事、男同士でやるなんて正気の沙汰じゃないよ。ネコ科はスキンシップ激しいと思うけど鼻キスなんて……昨日バンド練習の時に寝虎にされてビックリしたもん」

  イヌ科もニオイつけたりマウンティングするから大概な気もすれど、葉介はムードメーカーでいろんな種族とも交流あるだろうし一般的な感覚なのだろう。そうか、出会ったあの日から続く寝虎の鼻キスがそんな意味を持とうとは。

  「それでさ、部活行くのも楽しくなってきたんだよね。前は玲音先輩と煌星先輩に助けて貰ってばかりだったけど寝虎が居てくれて練習もたくさん出来るし」

  机の前で落ち着きのない葉介に釣られ揺れる右耳のピアスもきっと葉介の一部になっているのだろうか。クラスメイトを観察していてピアスなんてわざと出血させる意味が分からず分かり合えないと思っていたが話して変わる印象もあるのだろう、自己表現の一環かはたまたもっと深い理由があるのか興味は尽きない。

  「イチロウ?聞いてる?」

  「試験の方はどうなんだ」

  いけない、と切り返す学生共通の話題にうっ、と言葉に詰まる葉介。

  「保体が苦手で……あぁ実技は得意なんだけどね!おれってばモテモテで困ってるから」

  「保体の試験って筆記でしょ、本当に実技が得意だったとして意味ないじゃん。僕、筆記なら得意だけど、生物と被るところあるし」

  「サイズ測ったことあるんだけど、教科書の”サオ”の長さ年齢平均グラフ見ててイヌ科の平均よりおっきかった」

  年頃というかこの年代でも下ネタを好むんだな。生物学的に興味はあるしデータは多ければ多いほどいいけれど葉介のそれをまだ見ていない以上データに加えるのは早計だろう。

  「コヨーテってイヌ科でも大型種だし、科が同じでも種に依存するなら当然じゃないか」

  机の端にマズルを載っけて座り込み、僕を見上げて聞く。

  「そう言うイチロウは測ったことあるの?」

  「あるけど、大きくても使うところ無いでしょ」

  って事は寝虎達のクラスでも丁度その辺りの授業になるのかな、寝虎に合掌。

  ***

  男女別の授業、今日は体操服に着替えず隣のクラスの男子も集まっての保健の授業。土佐犬の先生が書く黒板の字をノートに写し話を聞く。今日は成長段階に関する項目で中学生でも触れた所を踏み込んだ内容。

  何時になく熱心に聞くのはやはり”サオ”のことだからかな。眠くて仕方の無かった授業も家でゆっくり眠れるようになってから一コマ分くらいしか居眠りしなくなった。

  「おまえ達は第二次性徴の最中にあるわけだが、成長段階に個人差があれど高校生になると成長が一段落し殆ど変わることは無い。水やりすると大きくなるという迷信も先生の時代はあったが、実践しているやつなんてもう居ないよな!怪しいサプリも試さないように」

  腰に手を当てて豪快に笑う先生と教科書を見比べ、俺のサオ……もう、大きくなることは無いのか。ネコ科の棒グラフを見て同年代平均値より3センチは小さい。ネコ科でも大型種の虎なのに中学生の時気になってからずっと水やりを欠かしたことは無いのに、兄弟でこれほど差が出るなんて運命は残酷だ。

  切り離された希望と現実、意識が宙へ旅立って机に突っ伏し教壇で話していた先生に揺さぶり起こされるまでのひと時は優しさも無い孤独な時間、さめざめと落ちた雫も芽には届かず役に立たない。

  「夏の一件はすまなかった」

  項垂れている俺に話しかけたのはのは足音から換羽期を経て元の色に戻った鷲己、顔を上げて見る。

  「同情するなら大きくしてくれ」

  たちまち赤く染まる頬、鷲己って下ネタに耐性無いもんな。真っ白な羽角は抜ける量が特に多かったからネコ科特有の舌で毛繕いして手伝ってあげたっけか、おかげで鷲己の羽毛も予備が出来たしこの調子なら来年にはもう一つ枕が出来そうだな。

  「成長の余地なしって言われちゃったし」

  直視できなくなったのか逸らした目線、窓から見える蒼空落ち着かなさそうに見る。羽角の端に残る、碧い羽を摘まみ陽に翳す。

  「一狼の使っているインクに似てる」

  今まで気づかなかったけどなんとなく。

  「たっ、たまたまじゃないか。あ、もう休み時間終わるし私はここで失礼する」

  気のせいかな、たとえ一狼のインクが付いたからと言ってそれ以上のことは無いだろうし。次の授業終わったら部活だし切り替えなきゃ。

  ***

  放課後を迎えてぱらぱらと部室に集まるも、部員は多い軽音楽部でもドラムセットは二台だけ。新校舎、部室の前は部室から溢れ床に座り込んでそれぞれの得物をアンプに繋がずに弾いてバンドメンバーを待つ。旧校舎と違ってつるり磨かれた廊下は稲穂色に輝く。

  飛び交うゴシップに好きな音楽を語って満足し手の動いていない先輩方、見慣れた一面から身の丈に合っていないデカギターを弾くコヨーテを見つけて声を掛ける。

  「おつかれ」

  「寝虎か~おつかれ」

  しっぽはずっと廊下を掃いていてホント落ち着きのないやつ、でも一直線に自分のやりたいままに走ってる所は好きなんだよな。

  「煌星センパイなら他のバンドでセッションしてるよ」

  変声期を越えたのか疑問に思う高く澄んだ声で、疑問に対しての答えを話す。

  「煌星先輩はどこでも引っ張りだこだもんな」

  肩からいつものベースを降ろし軽くペグを回してチューニング。ドラムは大きく持ち歩き出来ないから部室持ち、ギターやベース程目立たないし圧倒的にプレイヤーが少ないから他のバンドに引っ張られることも多い。

  「一狼に試験近いから勉強もしろって言われちゃった」

  「あーそれ俺も鷲己に言われた。なんなんだろうなあの二人、全然勉強してないって言いながら成績良いの」

  葉介から聞く一狼の様子、クラスで孤立気味なのはなんとなく分かっていたけれど気になるし直接聞いても答えたがらないのは昔からのクセ。

  「鷲己って前言ってた腐れ縁で風紀委員の?」

  「そうそう、背が葉介くらいの低さの。なんか放っておけないし何かにつけて俺に注意する」

  「低いって言うな~」

  もうすぐ鼻先が触れそうな距離に差し出された桜色のピック。

  「ごめんって」

  「わかったなら、いい。その蒼空だったっけ、寝虎の紹介だったら話してみたいな腐れ縁なら一狼の事も知ってるんでしょ」

  これが葉介の距離感の近さに繋がるのか、二人とも自分からは話したがらないし声掛けてみるだけやってみるか。

  「今度聞いてみるわ」

  「ヤクソクだからな」

  頭を撫でられ目を細める葉介を見つめて音が遠のく一瞬。ガラリと開く扉。

  「ほら、『plantS net』の番だよ。支度して」

  「は、はい」

  弾かれるように手を放し、無造作に結ばれた長い鬣に釣られて部室へ。俺、今何をしようとしていたんだろう、手を喉元に当てて気づくゴロゴロ音に惑う。

  「あと五分だし、一曲通しでやったら終了。ボクもう一時間休憩なしでやってるから集中して」

  煌星先輩のドラムは注文付けづらいし、葉介は一人で突っ走るし謡いながらだとギターが途中で止まってしまう。フロントはアクションが多いとはいえ必要以上に動かなくてもいいのに。

  スティックでカウントが始まる、バスドラムにスネアが生む脈打つ拍動はキリがない。拾って出番を持たせ次に繋ぐベースが止まったままでは居られない、部長の言っていた事がなんとなく分かるようになって。葉介の和音が心地よく響く、舞台に立って観客を前にして緊張しないかなとか心配していたのが嘘みたいだ。

  「じゃ、今日はここで終了。寄り道は程々に帰り__」

  「軽音楽部はこちらかな」

  円になって話していた中に入り込んでいた白いトカゲ?襟章から三年生、見慣れた赤い腕章につるりと無機質に光る鱗は異質でいつの間に居たのか分からない。

  「えっと、風紀委員が軽音楽部にどんな御用ですか」

  「風紀委員でなく、風紀委員長だがね。申し遅れたが氷蜴澪だ」

  この風紀委員長怖い、よく鷲己のやつ委員会に居られるな。

  「学校の風紀を破るものが横行しているようだ、漂白しなければな。その派手な鬣は染髪か?ピアスまで開けて、風紀委員として見過ごせない。学校は学び舎であって不純交遊の場では無い。学園祭にふさわしくないと生徒会や先生方に報告しよう。忠告だが貴君も朱に染まれば赤くなる前に手を切りたまえ」

  つらつらと話し、俺の顔をじっと見て「おっと貴君は朱嶺君の弟君だったか」付け足した。

  「音楽もピアスもこの鬣も体質である以上校則では規制されていないはずだが」

  「無ければ作ればいい。私もこれから忙しくなるので失礼する」

  肩を震わせて言う煌星先輩を避けて渦巻く尻尾をぴっちりと携え部室から出て行った。

  鬣を振り乱す煌星先輩としっぽで床を撫でる葉介、部長の居ない部室に取り残された俺たちは握った得物をそのままに暫く佇んでいた。

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