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予備の菜種も花咲かす 7

  ーーーーー

  車に揺られ、小1時間。

  千葉県の習志野にある、我々がこれから居を構えるはずの宿舎にやってきた。

  (ぶろろろろろ…ぐっ)

  「さて、着きましたよ〜っと」

  「運転ご苦労さまでした」

  「あはは、いいのに。もう行き慣れてるんだから」

  車から出て宿舎に入り、玄関口まで足を進めると…

  恩田が部屋番号を告げた。

  「君たちが使えるのは、305号室と306号室だよ。

  4人だから…まあ今のところは2人ひと部屋でいいかな?」

  「ひと部屋に2名、ですか…」

  「うーん…」

  ひと部屋に…ふたり…ふむ。

  …いや、私としては桜田と相部屋だけは嫌だ。

  それだけは絶対に阻止せねばならない。

  穏牧…あいつしかいない。

  この間は2人きりの変な散歩に付き合わされ、戦時中はあろうことか、接吻までしてきたこの男だぞ…!?

  「部屋割りはどうするんだい?」

  「じゃぁ僕、穏牧先輩と一緒がいいですっ!」

  「えっ!?」

  「え」

  か、カナキチ…!?

  …っく、くそ…予想はしていたが、まさかこんなに早いとは…

  「じゃァ俺ァ車長と…」

  いや!! 嫌だ!! 私も引き下がるわけにはいかない。

  いくら純粋なカナキチといえど、今回ばかりは譲ってなどいられぬ…

  あいつとだけはなんとしてでも…!!

  「わ、私も穏牧と一緒がいいんだが…」

  「え〜?? 困りますよ車長…」

  「なにが困るんだ」

  「俺が困るンだいっ(ぬっ)」

  「はぁ…?」

  横からヌッと覗く犬面。

  「もうイイじゃネーか。穏牧はカナキチと決まっただろ??

  後は俺と車長でふたり。なにも不都合ねーよなァ?」

  真剣な表情をして諭しにくる桜田。

  だが私は騙されないぞ!!

  お前のその面の裏になにを隠しているのか、すべてお見通しだ…!!

  「うん、それでいいだろう」

  「大隊長…」

  「うお。そんな顔して、なにか不服なのかい?」

  不服どころではない…!!

  こいつと同じ部屋になった暁には、私の身がどうなることか…

  ああ考えただけで恐ろしい…!!

  「そんなに怖えェ顔しなくてもイイじゃありませんかァ。

  俺ァネ悲しいですヨ。嫌われてたンだネ…」

  …ん?

  「えっあ…い、いや、そういうわけじゃない」

  「同じ隊で頑張ってきて…折角仲間だと思ってたッてのにヨォ…」

  「あぁあ誤解するな!! 違うと言っているだろう!?」

  だんだん顔が下向きになっていくと思いきや、声が…

  あれだけ自信に満ちた顔しか見せないあいつが…まさかこんなことを言うとは…

  「桜田先輩…かわいそう〜…」

  「いいじゃないですか。組んであげましょうよ」

  「う…」

  ま、まずい…違う。違うんだ。私はお前のことを…

  「…じャ、俺と相部屋…してくれやすかイ…?」

  「ああ、する。してやる。わかったから…」

  「…へへへへ♡」

  「ん…?」

  「じゃァ、そういうコトで♡」

  「なっ…!?」

  「「「あっはははははは!!」」」

  泣いたと思いきや、その顔は微塵も歪んでいなかった。

  こいつまさか、こんなくだらないことで泣き落としをしたというのか…?

  くそっ…!! はめられた…!!

  「…覚えていろ」

  「???」

  「まあまあ菜崎くん、いいじゃないか。

  生活していくうちに、きっとなにか新しいことも見えてくるだろうさ!

  "まずはやってみること"…そうだろう?」

  「な…」

  なぜそれを…? いつか話したか…??

  口に出そうとした瞬間、恩田はそのまま続けた。

  「さあさあ、ちゃちゃっと荷下ろしをしてしまいなさい。

  11時からすぐ講習会を始めるよ!」

  「あっはっ…」

  「「「「ハイっ」」」」

  結局、あいつと相部屋。

  各々荷物を持って、部屋のある階まで段を登った。

  「お、片方は角部屋なんですね!

  じゃあ車長と先輩はそこでいいですね?」

  行ってみると、なるほど廊下の終わり辺りの部屋らしい。

  穏牧が角部屋を勧めてくれたので、言葉に甘えることにした。

  (ガチャッ)

  中は洋風の造りになっていて、まるでホテルのようだった。

  …置いてあるものの少なさを除いて。

  「ほーォ、ベッドが2つ…窓も2つ…机はひとつ…」

  「まあ十分だな」

  「そう、これからの俺らの生活には…ネ♡」

  「………(ガラガラガラ)」

  「サ、荷解きしましョ」

  「ああ…」

  桜田が数えた通り、ベッドが2つに窓が2つ、

  机がひとつに椅子が3つ。

  恐らくこれを読んでいる読者の皆は、恐ろしく殺風景な部屋だと思うことだろう。

  だがまあ、我々からすれば…しっかり寝られる設備があって、雨風が凌げるのであれば…

  ただそれだけで十分。贅沢なのだ。

  「そーいえば車長ォ、なに持ってきたンです?」

  「シャツと下着とポマードと…あとタバコくらいだ」

  「そんなモンですかァ、やっぱつまんなくなりますネ」

  「つまらないなんて言うな。これで十分だろう」

  コッファーを開くなり、横にあった収納にどんどん詰め込んでいく。

  その過程でふと、桜田の取り出した物に目が行った。

  ガラス製の入れ物に入った、透明な…液体?

  とにかく普通なら、明らかに男が持っているようなものではない。

  「…ん? 桜田、それは?」

  「あァ、"乳液"でサ」

  「にゅ…乳液…?」

  乳液、とひと口言えども…

  どちらにしても、男が持つものではない。うむ。

  「そんなもの、なにに使うんだ…?」

  「えへェ!? 知らねェのかい!?」

  「当たり前だ。まず普段男から聞く単語じゃないからな」

  「コレを使ってですネ、お肌と毛並みを上手ァく保持するンですヨ」

  「お前の毛並みには…いつも手が込んでたってことか?」

  「モチロン! 欠かしてねェぜ~」

  言われてみれば、先週家で抱きつかれたときも、先ほど市ヶ谷の駅で抱きつかれたときも、

  思ったより強々としていなかったような…?

  …いやいやいや、私は一体なにを思い出して…!?

  「どーやら知らねェ様なんで、コレも見せとくか(コトッ…)」

  「う…ん…?」

  「あとコレも(コトッ…)」

  するとまたもや色のついた瓶に始まり、様々な物を机の上に置き始めた。

  「コレは香水でサ。生憎金がねーモンで、石けんのニオイしか買えなかったがネ。

  でこっちはブラシ! なんでもイイ素材を使ってるトカで、かなァり高かったンだゼ??」

  「お、おう…」

  「なんだヨ菜崎、身だしなみは大事だろィ?

  まさかお前持ってねェなんてなァ…」

  ガサツ杜撰、ここに極まれり…そう思っていたニンゲンから、

  まさかここまで見下されようとは…

  「バッ!! 馬鹿言え…! 私もその程度…」

  「今更だぜェ菜崎ィ、観念しな。

  …よく見りャ尻尾の毛並みもまとまりがねーしヨ」

  「く…」

  「ホレ、見比べてみなィ」

  そう言って自分の尻尾を私の方へ向けた。

  「見比べるって…ど、どうするんだ」

  「自分の尻尾くらい自分で前に持って来れるだろォ??」

  「ああ…」

  私もベッドに座り、尾を膝に載せた。

  …よく見ると毛は散り散りで、まとまってはいない。

  ちらほらゴミも付いている。

  「む…」

  かたや桜田の方は綺麗そのもので、灰色と白色のいい対比が艷やかに出ていて、毛並みはまっすぐ整えられている。

  ゴミなんかはひとつもついていなかった。

  まるで油や漆でも薄ら塗ったかのような綺麗さだ。

  「どーだァ~、触りたくなったろォ?」

  「い、いや…いい…」

  「いいんだぞォ〜??♡ 触りたきゃ触りなァ〜??

  ホレホレェ〜…♡(フリフリ)」

  「っ…」

  し、尻を向けるな尻を!! 一体誰に向けて…!!

  「やめっ、やめろっ…!」

  「へへーンだ♡ 我慢は良くねエですヨ〜♡」

  舐め腐りおって…たかが尻尾くらいでなんだ!!

  我々獣人には大きかれ小さかれ1つは付いているものだろうが…!!

  そんなもので惜しむものか!!

  そう思い避けようと、太ももを掴んで抵抗しようとした…

  その瞬間。

  (ふわっ)

  「あ゜っ…」

  顔が前進してしまい、奴の尾が私の顔に触れた。

  なんだこの…な、なんだ…?? 羽…?

  この暑い夏だというのに、心地いい温かみすら感じてしまった。

  …っ余計に気味が悪いッ!!

  なんだなんだ…なんなのだ…!?!?

  「へっへへへ…♡」

  「ふんっ(ボコッ)」

  「ごべがしゃッ」

  腹が立ったので殴った。後で謝る。

  「な、なンか…殴るまでのチューチョがなくなってきてませン…??」

  「………」

  こいつとふたりきり…やはりいいことはない。

  続く。

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