乗り越える壁~祠から現れた怪異~

  1

  (ユース、人狼族の村長から依頼が来ておる。村にある祠が何者かに壊され化け物が村を襲っとるらしい。前金も結構あるぞ)

  「しかし、おかしな話だな。人狼族と言えば怪我や傷には滅法強い種族だろ?それに優秀な戦士もいると聞く。何で俺なんだ?」

  ギルドに顔を出した冒険者のユースがジョッキに入ったビールを一気飲みする。ギルドマスターが金貨が入った袋を目の前に置いた。

  (向こうで一人、優秀な戦士が手助けしてくれるという話だ。お前にやって欲しいのは戦士を助け化け物を再び封印して貰いたい)

  これは前金だといってユースの前に袋を置く。片手では持ち上げるのに一苦労する重さだ。成功すれば追加の報酬もあるらしい。

  「よし、引き受けるぞ。人狼族の住んでいる森の辺りは強力なモンスターが、うようよいるんだったな。準備は念入りにしないとな。」

  恐らく前金で準備をしろという事なのだろう。町で装備を整えて様々な薬を出来る限り荷物袋に詰め込んでユースは出発した。

  (まいったな。薬の減りが思ったより早いな。村に辿り着く迄持つのか?)

  既に人狼族の村が遠目に分かる程までは近づいている。太陽が西の地平線から僅かに顔を出すだけで間もなく日が暮れる筈だ。

  夜になればモンスターの勢いは更に増してくる。しかし夜道を先に進むのは危険すぎる。キャンプをして襲われない事を祈るだけだ。

  パチパチと焚火の音だけが聞こえる。一応、モンスターが近寄れない様な結界は貼ってあるが、あくまでも弱いモンスターが対象だ。

  人狼族でも手こずる化け物相手に有効だとはとても思えない。暖かい肉の入ったスープで口の中の固いパンを流し込み休息する。

  その時だった。バキバキと言う音と共にユースの目の前に得体のしれない何かが現れた。今まで戦ったモンスターとも異なる何かだ。

  (人狼か?いや違う。肉体の損傷が激しいな・・ひょっとして人狼のゾンビか何かか?)

  自分よりも遥かに大きな人狼。眼球は白く濁り外れかけていて体の肉は腐っている様で中から骨が見え隠れしている。

  (ウオオーン!)

  咆哮と共に化け物が突っ込んでくる。大きな腕を振りかざして鋭い爪でユースを引き裂こうとするのを間一髪避けた・・・筈だった。

  (風圧だけで!)

  脇腹からジワジワと血が滲んでくる。間違いない、こいつが噂の化け物だろう。しかし、自分の手に負える相手ではない。

  (こんな所で俺は死ぬのか・・・)

  ジリジリと迫りくる化け物の姿が次第に霞んでくる。そのままユースの意識は闇に閉ざされていった。

  2

  チュンチュンと鳥の鳴く声がする。太陽の光が視界に入ってきて視界が白く染まっていく。ゆっくりユースが目を開けて辺りを見回す。

  (ここは・・・天国じゃないな)

  何処かの家のベッドに寝かされているみたいだ。毛布から身を起こすと自分の脇腹に包帯が幾重にも巻かれている事に気が付いた。

  「あら、お目覚めですか?」

  丁度、そこに一人の女性が入ってきた。自分の母親と同じ位の中年の女性。いかにも人が良さそうな素朴な感じの女性である。

  「危ない所だったんですよ。もう少し、娘が見つけるのが遅ければ今頃、貴方は神様の御許に向かわれていたと思いますわ。」

  手際よく包帯を取り換える女性。あれだけ酷く傷ついた筈の脇腹。ミミズ腫れの様な引っ搔いた後はあるが傷口は塞がっていた。

  「申し遅れました。私、ミリアと申します。」

  「あ、すいません。俺はユースといいます。」

  丁寧に一礼する女性に慌てて礼を返すユース。しかし頭の中は?マークだらけ。自分が生きている事、傷口の異様な回復の事。

  「母さん、僕、行ってくるから・・・あ!良かった。気が付いたんだね。貴方の身体と荷物を背負って戻ってくるの大変だったのよ!」

  扉が勢いよく開け放たれて一人の若い女性が入ってきた。ユースよりも背が高く全身が鋼の様な筋肉で覆われている。その中でも更に大きな胸の膨らみ2つと引き締まって括れた腰と大きな臀部。股間の膨らみが無い事が女性という事を雄弁に語っていた。

  「僕の名前はセシル。人狼族の戦士さ。ユースさんだね。ギルドで話は聞いているだろう?僕が貴方を助ける戦士って訳なんだ。」

  「まさか戦士が女性だったとはなあ・・・でも、セシルさんだっけ?良く、あの化け物から俺を助ける事が出来たな。本当に有難う。」

  「それはその・・・・僕も人狼だからね!・・・・いけない、見回りの時間だ!じゃあ、母さん、ユースさんの事、お願い!また後でね!」

  そう言い残して慌ててセシルが消えていく。後に残されたユースは呆気にとられるしかない。ミリアと言えばニコニコ微笑んでいた。

  「御免なさいね。あの子、そそっかしくて。」

  「いえ・・・という事は、ここは人狼の村という事ですか?という事はミリアさんも?」

  「はい、私も人狼ですよ。驚きましたか?」

  朝食の用意をしますね。と言い残してミリアも部屋を後にする。窓の外を見ると既に人々が畑仕事をしているのが目に入った。

  3

  「これが例の祠ですか・・・これは棺?中が空っぽだ。」

  セシル、そして村長に案内されてユースが祠にやってきていた。既に歩ける程に回復している。絶対にあり得ない何かが起きている。

  (仰る通りです。ここには、そこのセシルの父親の遺体が眠っていましてな。彼女よりも遥かに優れた戦士を祭っていたのです)

  村長が、そう紹介するとセシルの顔が曇っている事に気づく。短い間の付き合いだが快活な彼女には似つかぬ表情をしている。

  「あの化け物。僕には分かる。父さんだけど父さんじゃない。邪悪な何かが父さんの身体を操っているんだ。早く解放しないと。」

  プルプルと身を震わせている。周りのユースや他の人狼と比べて頭一つ背が高く逞しい身体のセシル。でも心は乙女その物だ。

  「でも、僕一人じゃ父さんには敵わない。僕は取り返しのつかない事をしてしまった。村を守る為なら何でもする卑怯者なんだ!」

  急にワッと泣き出したセシルが森の方へ走っていってしまう。それを見つめる事しか出来ないユース。村長に促され家へ招かれた。

  (時にユースさん。貴方は人狼について、どこまでご存じですかな?)

  お茶を飲みながら話を切り出した村長。ユースも、あまり人狼については詳しく知らない。第一、見た目は人と全く同じなのだ。

  「えーと、満月の光を浴びて狼に変身する一族って事ですかね。あとは傷や怪我の回復能力が人よりも遥かに優れているとか。」

  冒険者になる前に学んだ知識である。ユースの言葉に村長も頷く。

  (大体は合っています。あとは狼への変身ですが大抵の者は自分の意思一つで出来ます。狼と言っても二足歩行できる状態までしか変化しない者もいれば完全に四つ足の。獣の狼にまで変化できる者と個人差があるのです。そして最も重要な事ですが)

  村長が一口、お茶を口に含む。お茶のいい匂いが自分の木のコップから漂っている。話が長くなりそうなのでユースも口をつけた。

  (勿論、最初の変身は満月の夜に起きます。そして最初の変身、ここで人の心を保てるか獣に堕ちるかが決まってしまうのです)

  その話は初耳である。思わずユースも身を乗り出して話に聞き入っていた。

  (これ以上は儂の口から話せません。詳しくはミリアから話をお聞きください。ミリアと父親に纏わる恐ろしくも悲しい話について)

  村長に送り出されて家を後にする。確かに先程のセシルの様子は尋常でない。ミリアに話を聞かなければ。ユースは歩き出した。

  4

  「そうですか。村長さんから話を聞かれたのですね。」

  申し訳なさそうな顔を見せるミリア。家には今、ユースとミリア。二人きりしかいない。部屋の窓、扉に鍵をミリアがかけていく。

  「まずはユースさん。これをご覧ください。」

  そう言うなりミリアが服を脱いでいく。あっという間に裸になると年の割にはメリハリのついた女性の体が露わになっていた。

  「一寸!ミリアさん、何やっているんですか?服を着て下さい!冗談にしては酷いですよ!・・・・!?」

  ミリアの白い肌が黒い毛で覆われていく。そして尻から尻尾が伸びていき細かった体が引き締まった物へと変わっていく。手足に鋭い爪が生えて耳が頭の天辺に移動して三角形の獣の耳へと変わっていく。そして顔つきが人の物から狼のソレへと変わっていく。

  「これ以上、変化すると上手く喋れませんので、これ位で失礼します。私もセシルも満月や夜を待たずに狼になれる訳です。」

  狼と人の中間の様な姿のミリアが椅子に腰かける。さっきまでミリアから漂っていた仄かな香りが今では明らかに獣の匂いがする。

  「私達、人狼族は最初の変身の時に人の心を保つか獣に堕ちるかと言う話は聞かれましたよね。私、そして夫は大丈夫でしたが

  セシル、あの子は獣に堕ちたのです。本来なら獣に堕ちた子は親が始末するのが習わし。しかし、私達には出来ませんでした。」

  ミリアの告白をただ聞く事しかできない。

  「人の姿の時は本当に良い子なんです。ただ満月の時は見境なく暴れまわる。夫が村一番の戦士なので見逃して貰っていましたが形見の狭い思いをしていました。何とかしてセシルを救いたいと思いながら18歳のセシルの誕生日、悲劇が起きたのです。」

  ミリアの目からは涙がボロボロと零れ落ちている。狼の姿でもミリアは凛として美しい。何とも言えない魅力が彼女から漂っていた。

  「何時もの様に私と夫でセシルを鎖に繋げ拘束しようとした時でした。私の拘束が甘くセシルが暴れて私に襲い掛かったのです。

  それを止めようとした夫が私の前に立ち塞がる。セシルの腕が夫の胸を貫いていたのです。私は思わずあの子を殺そうとしました。

  でも夫が止めたのです。虫の息で、この子は悪くない。後は頼むと言い残して亡くなりました。人狼は不老不死ではないのです。」

  そう言いながらミリアの姿が変化をし始める。狼から人の姿に戻ると服を再び着て何事もなかったかのように話を続けていた。

  「夫の死と引き換えにセシルは自分の中の獣をコントロール出来る様になりました。それでも自分が父を殺してしまった。その思いに駆られる様に、あの子は、それ以来、努力を重ね村一番の戦士になりました。夫は村を守る為にモンスターの犠牲になったという事で祠に祭られました。真実を知るのは私、セシル、村長のみ。そしてユースさん。貴方に是非、見て貰いたい物があります。」

  そう言ってミリアが一枚の絵を持ってきた。描かれているのは男の肖像画である。その顔、まるで自分が少し老けた様な顔だった。

  5

  「これは・・・俺・・・・まさか!」

  「そう、私の夫、セシルの父親の肖像画です。貴方が夫の姿をした化け物の目の前で気絶している所に娘が駆け付けたのです。

  化け物を何とか追い払う事が出来て貴方は背負って家に帰って来た時の娘の嬉しそうな顔。父さんが戻って来てくれた!この人を私達と同じ人狼にすれば2人で化け物を退治する事が出来る。私が止めるのも聞かずにユースさんの傷口を舐めたのです。」

  人狼の体液が体に入ると同じ人狼になってしまう。よく噛まれた者がなると聞いた事はあるが舐められても結果は同じであろう。

  「あっという間に傷口は治っていきました。ユースさん、間もなく満月の夜が訪れます。間違いなく貴方も最初の変身を迎えます。

  こんな事を私がお願いできる立場ではありませんが、貴方の中の獣に負けないでください。恐らく貴方が獣に堕ちてしまうと娘が再び獣に堕ちてしまう。そうなると、あの化け物を止める者が村には誰もいなくなります。人狼一族の存亡がかかっているのです。」

  床に頭を擦りつけてミリアが許しを請うている。自分が人狼になる、これだけでも驚きなのにセシルの心まで救わなけれないけない。

  「恐らくセシルさんは俺の事など見ていない。俺の中に父親の幻影を重ねているだけだ。恐らく、それを振り払わないといけない。」

  彼女自身も恐らく罪の意識に苛まれているのだろう。あの化け物は相当の手練れだった。仮に自分が人狼になったとしてセシルと協力して倒せるか?もうギルドの依頼など頭から消え失せていた。

  「ミリアさん。貴方の協力も必要です。そしてセシルさんが帰ってこない事には話が始まりません。私で出来る事なら協力します。」

  もう逃げる事は出来ない。ユースとミリアの心配を他所にセシルは家に戻ってこない。そうこうしている内に満月の日の夜を迎えた。

  6

  「すいません、鎖で縛りつけるような真似で。でも、こうでもしないと大人の男の人が人狼になると私の力では抑えられないので。」

  「いえ、仕方ない事だと思います。しかし、丸裸にされて縛り付けられるとは一寸、恥ずかしいですね。セシルさんがいなくて・・・!」

  家の地下室。ユースは全裸で四肢を鎖に拘束されている。セシルも子供の頃に閉じ込められていたらしい。セシルが姿を現した。

  「貴女、今まで何処に行ってたのよ!ユースさんが初めての変身を迎えるという、こんな大事な時に!でも、何とか間に合ったわ。」

  「もしユースさんが暴れたら母さんじゃ止められないでしょ。色々と森の見回りって大変なのよ。ユースさん何とか頑張って下さい。」

  そう言ってセシルが微笑みかけてくる。その笑顔、本当に自分の事を心配しているのか?ユースは彼女に気持ちをぶつけてみた。

  「ミリアさんから聞いたよ。あの時の君の叫び。一人で重圧と戦っていたんだな。気持ちは分かる。しかし俺は君の父親じゃない。」

  ピクッとセシルの動きが止まる。笑顔が引きつった様な物に変わり表情が読めなくなっていく。それでも自分の想いは伝えたい。

  「俺はユースだ。俺を信頼してくれないと、あの化け物。君の父親の身体を冒涜する邪悪な物に勝てない。それは分かってくれ。」

  満月が地平線から徐々に姿を現してくる。その光が体に当たると全身が軋み始める。激痛が体中を駆け巡っていたその時だ。

  「ワオーン!」

  自然と自分の口から出る声。何故かそう叫ばずにはいられなかった。吠えると体の痛みが和らいだような気がしてまた叫んでいた。

  「ワオーン!!」

  さっきよりも野太く獣に近い。本当に狼の遠吠えの様に聞こえる。身体がムズムズと痒い。手足、そして顔に違和感を感じる。

  「あっ、変化が始まりました。ユースさん、負けないで下さい!」

  顔を動かしてみるとミリアが手を握りしめてくれている。自分の手の爪が鋭く伸びて掌に肉球が出来ているのに気づいていない。

  そして入り口の前にはセシルが陣取って自分を見つめている。不安そうな様子なので元気づける為に無理に笑って見せるユース。

  「あが?あががが!」

  顔が少しずつ前に伸びてきている。舌も厚く長く伸びてきている様だ。舌を動かすと何か切れた様な感触がして口の中に血の味が広がる。

  (歯が牙になっているんだ)

  そして変化は最終局面を迎えていた。

  7

  (・・・目の前の女を犯せ・・・・食らえ・・・・殺せ・・・・)

  頭の中で声が聞こえる。鼻が濡れている様な感触。目で追ってみると黒く変色した鼻が見える。そして尻の辺りから何かが生えて伸びていくような感触がする。恐らく尻尾だろう。そんな気はするがどうでもいい。とにかく自分を縛り付ける鎖から解放されたい。

  ’(ワオーン!!!)

  心の赴くままに叫び手足を動かす。まずは自分の横にいる女。油が乗って、とても美味そうに見える。その血肉を早く味わいたい。

  「いけない、ユースさん!お願いだから気を確かに・・・キャアア!」

  誰かが自分の名を呼んでいる気がする。自分はひ弱な人間ではない。選ばれた神の獣なのだ。女が恐怖の顔で震えている。

  「そこまでよ!」

  自分の肩を誰かが掴む。振り返ると、そこにも女の姿。目の前の女よりも若くて瑞々しい。こっちの方が色々と美味そうに見える。

  「オマエ、オレノエモノ、ニガサナイ!」

  自分の中の誰かが必死に呼びかけている。煩く煩わしい。欲望のままに動き貪り食らいつくす。それこそが人狼の生きる意味だ。

  「父さんも苦労したんだな。本当に親不孝な娘だったんだ、僕って。父さんも体を張ったんだ。僕だって父さんの娘だ。やってやる!」

  目の前の娘が肩を露わにする。俺を誘っているのだろうか。遠慮なく、その肩に食らいつく。血の味こそするが牙が肉に達しない。

  「ギャアアア、ハナセ、ハナセ、クルシイ!」

  女がガッシリと自分の身体を羽交い絞めにしている。女なのに振りほどく事が出来ない。肩に嚙みつくが牙が折れそうな程硬い。

  「ユースさんの言う通りだ。僕は・・僕は父さんから卒業しないと・・・お願い。ユースさん、戻って来て!僕には貴方が必要なの!」

  目の前の女の姿が変わっていく、黒い毛が全身を覆い尻尾が生えてきて自分と同じ狼の姿になる。人の魂を宿した人狼に!

  ますます彼女の締めあげる力が強くなっていく。自分の中の何かが急速に弱くなっていく。そして自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

  「・・・セシル・・・俺は・・・」

  目の前に若いメス狼の顔がある。それがセシルの物である事は本能的に分かった。

  「お帰り・・・ユース。自分の中の獣に打ち勝ったんだね。」

  セシルに抱きかかえられながら辺りを見回す。ホッとした顔のミリアさんを確認するとユースはセシルの腕の中で眠ってしまっていた。

  8

  「じゃあ、今日は森の見回りに行こうか!」

  「大丈夫か、今の俺の実力で?」

  それから暫く経ったある日、ユースとセシルは森の見回りに向かっていた。嘗ての自分の様にモンスターに襲われている人を助けるのが主な目的ではあるが本当の目的は一つ。あの化け物を倒す為の経験を積まなければいけない。セシルの言う事も尤もである。

  「本当はね。人間の姿のままモンスターを倒せるようになればいいんだけどね。ほら、僕の格好、見えそうで見えないでしょ?」

  大事な所だけ隠して後は丸出しの格好をしているセシル。ユース自身も股間と胸の部分だけが隠れているだけで殆ど裸に近い。

  「確かにそうだけど・・・何か恥ずかしいなあ・・・ん?悲鳴が聞こえたぞ!」

  慌てて悲鳴の聞こえた方へ走って向かう。人狼の姿にならなくても足が速くなり嗅覚も、耳の聞こえも狼のソレへと進化していた。

  「こいつは一寸手ごわいな。ユース、まずは皆さんを安全な所に避難したら戻って来て!それまで僕が食い止めるから、ワオーン!」

  セシルが四つん這いになって遠吠えを挙げると、あっという間に姿が変化し始めた。尻尾が生えて今日は狼その物へと変化した。

  ユースも人々を避難させると四つん這いになって遠吠えして走り始める。自分も狼へ姿を変えて戻るとセシルが先に戦っていた。

  「ふう・・・ユースも人狼の姿と狼の姿。自在に変身出来るようになったね。まあ、まだ僕には及ばないけど手助けにはなるかな?」

  「ハアハア、やっぱりセシルは凄いや。俺なんかヘトヘトなのに息が乱れていないんだから。でもセシルの父さんはもっと強いのか?」

  モンスターの中から食べられる部分の肉を切り離し村へ持ち帰る2人。毎日の特訓を2人で行い互いの距離は近づいていた。

  「うん・・・父さんは僕の師匠でね。結局、一度も勝てなかった。化け物が父さんの身体を使っているなんて絶対に許せないよ!」

  「そう言えば、この頃、例の化け物。現れてないな。最後に会ったのがセシルが俺を助けた時だろ。セシルは追い払っただけだろ?」

  正直、このまま現れないでいて欲しいと思う事さえある。でも、それではセシルもミリアさんも次に進む事は出来ないのだろう。

  「さあ、早く帰ろう!このモンスターの肉、意外と美味しいんだよ!母さんも僕も大好きなんだ!きっとユースも美味しいと思うよ!」

  「俺は一度でいいからセシルが料理する所が見たいな・・・全部、ミリアさん任せじゃないか。このままじゃ嫁の貰い手無くなるぞ?」

  「いいもん!僕は最初からユースをお婿さんに貰う積りだから!さあ、一杯食べてしっかり寝て明日も特訓だよ!頑張ろうね!」

  そう言いながらユースの腕に体を寄せるセシル。その大きな胸の感触に若干、頬を綻ばせながら家路へと向かうユースであった。

  9

  (大変じゃー!化け物が出たぞー!)

  村中に響き渡る悲鳴と怒号。子供の泣き声も聞こえてくる。ついに、この日が来た。準備をしていた2人も現場へと向かった。

  そこは例の祠の跡地。まだ祠は壊れたままだ。その前に仁王立ちする化け物。初めて出会った時のキレはないが強敵に違いない。

  「皆、下がっていて。決着は私とユースでつけるから!」

  「そういう事だ!まあ、俺はセシルの手助け位しかできないがな。」

  化け物の姿は前よりも更に腐敗が進んで何とか人狼と分かる位だ。化け物、セシルとユース、遠巻きに村人達が見守っている。

  あっという間に人狼のフォームになった2人が化け物目掛けて攻撃を仕掛ける。相手に攻撃を与えているのに倒れる気配がない。

  少しずつ2人の身体が傷ついていく。このままでは間違いなく体力で押し切られてしまう。セシルの攻撃も先程から一本調子だ。

  (考えろ?考えろ!考えろ、俺!?)

  さっきからセシルに声を掛けているが彼女も頭に血が上ってしまっている。化け物といえど父親の姿だ、冷静でいる事が無理だ。

  (あれ・・俺の動きに気づいていないか?)

  じりじりと化け物の背後を取ろうとするユース。セシルと睨みあっていて化け物も動けない。そのまま化け物の背後を取った。

  (今しかない、このチャンスを逃せば2人共、終わりだ)

  一気に距離を詰めて化け物を後ろから羽交い絞めにする。物凄い力で暴れる化け物に食いしばると口の中に血が滲んでくる。

  「今だー!セシルー!このまま化け物の首を掻っ切ってしまえ!首を飛ばせば流石に倒れるだろう!早くしろ!時間が無いんだ!」

  「えっ、でも・・・首を切っても動いたら、どうするのよ!」

  「その時は2人共、終わりだ!あの世にいって、お前の父さんに詫びを入れる。ミリアさんを残していくの気がかりだが。早くしろ!」

  セシルが物凄い勢いで突進してきて腕を振りかざす。そして勢いよく振り下ろした。ザシュっという音と共に首が空を舞っていた。

  それと共に化け物の肉体がサラサラと粉になって消えていく。首も何時の間にかサラサラと形が崩れて後には何も残っていない。

  (有難う、娘を頼む)

  「えっ、何か言ったか?」

  ユースが振り向くとセシルが微笑んでいた。その目には涙が浮かんでいる。

  「父さんに言ったの。さようならって・・・キャッ!」

  (やったー!化け物を倒したぞ!)

  (やっぱり英雄の娘も英雄だったんだ!2人共、よくやってくれた!)

  そして2人村人にもみくちゃにされる。その様子を村長、そしてミリアは優しく見守っていた。

  10

  (そうか、あのユースも遂に年貢の納め時か。で、隣にいるのが例の人狼族一の戦士でお前の嫁さんか?人間と変わらねえな)

  「初めまして、セシルと申します。夫のユース共々、ご報告に参りました。」

  そして今までの経緯を詳細に纏めた文書をギルドに提出した。しかし結局、父親の身体を操っていた物の正体は不明のままだ。

  (ふーむ。成程ねえ・・・分かった。ユース、ご苦労だった。既に村長から残りの金は預かっている。これを結婚資金にするといい)

  そして以前ユースが受け取った金貨の袋より更に大きな袋が2つ目の前に差し出された。それを2人は受け取らず押し返した。

  「結婚式は既に、村全体で祝ってくれましたので結構です。できれば、このお金、もっと別の事に使いたいんですが?これです!」

  そして一枚の大きな紙をギルドマスターに見せるのだった。そして暫くの時が流れた・・・

  「この銅像はなあ、カインとシルフィー、お前らの爺ちゃんだ。とても強かったんだ。でも、お前らのママは爺ちゃんより強いんだぞ。」

  (へー、そうなの?)

  (パパはママに何時も負けているよね。昨日の夜もパパもママも大きな声を挙げて喧嘩してたでしょ?私、知っているんだから!)

  頭から狼の耳、そして腰からは尻尾が生えている我が子。例の祠が壊された後、ギルドのメンバーによって銅像が作られていた。

  そして祠の一帯は子供達が遊べる公園、そして村人達の憩いの場所として開放されている。あの金貨を全部つぎ込んだ力作だ。

  「カイン!シルフィー!ご飯出来たわよ、戻っておいで!そしてユース、ご飯を食べ終わったら森の見回りに行くわよ。用意してね!」

  公園のある丘の下から呼びかける声が聞こえてきた。今では、すっかり母親姿が身に着いたセシル。それでも戦士は続けていた。

  「分かった、今行く!さあ、2人共行こうか?」

  子供達の手を引いて丘を下っていくユース。戦士としては既にセシルを追い抜いていたが夜の戦いでは連戦連敗を重ねていた。

  「いただきます!」

  (いただきます!)

  子供2人に若夫婦2人、そしてミリア。皆で食卓を囲んで色々と談笑する。壁を乗り越えた2人は村の守護神に育っていた。