人生初のケモノ着ぐるみ獣化体験の末に

  2025年1月某日。

  とある複合施設を貸切って開催している、全国から集まったケモノ着ぐるみ、いわゆるfursuit(ファースーツ)のオーナーや愛好者たちが数日間に渡り滞在する大手のイベント。

  その大きな会場のうちの1つ、ステージの設備があるホール内で行われていたのは、「はじめての獣化体験」企画。

  そこでは各ケモノ着ぐるみ工房やオーナーが用意したケモノ着ぐるみを実際に着る=獣化することが可能なのです。

  この話の主役である彼。

  知人には獣着ぐるみ所有者はちらほらいるけれども、まだケモノ着ぐるみを所持したことがなかった彼は、実際に試着できるこの企画を体験することがイベントそのものに参加するきっかけとなった大きな理由でした。

  この企画への応募を最優先にと考えていた彼の熱意が通じたのか、今回数体のキャラへの獣化体験の予約を取ることができたのです。

  ホールの至る所には大規模なコンベンションホールで行われる展示会のように随所に大手の着ぐるみ工房のブースが設置され、各ブース内のシステムパネルで区切られた空間を更衣室として利用して獣化、その状態でホール内限定ですが工房のスタッフがアテンドになり、会場を練り歩くことができ、もちろん他の参加者とのグリーディングも可能になっています。

  ケモノ着ぐるみを持っていない彼にとってはまさに夢のような体験ができる企画です。

  その企画に参加することができた彼は、今まさに工房のブースではじめての獣化を体験するところでした。

  普段小規模のイベントでは知人が扮したケモノ着ぐるみとグリーティングや撮影などをしたことはありましたが、自分がキャラになるのは今回が人生ではじめて。

  更衣室でまずは専用のインナーを装着し、あらかじめ希望を出していた着ぐるみに手足を入れていきます。

  そして会場スタッフのアテンドでヘッドのパーツを装着させてもらい、各所のジッパーを閉じて微調整を行った後に側面のパネルに立てかけられていた鏡を向くように案内されました。

  パンチ穴が無数に開いた目の隙間から見える正面の姿見には、凛々しい狼獣人になった自分の姿が投影されていました。

  (これが獣化・・・)

  見るものも感触もすべてが未体験の光景。

  長年抱いていた夢が実現した瞬間でした。

  ・・・・・・

  夢のような時間があっという間に過ぎ、彼が予約していた全ての獣化体験が終了しました。

  ケモノになれたことへの満足感に満ち溢れたまま、彼は残りの時間をブース巡回や撮影に充てています。

  「・・・本日はお楽しみ頂けておりますでしょうか? 各着ぐるみ工房での体験は17時までとなります。気になったキャラになりたい参加者の皆様はお早めにブースにお越しくださいね!」

  ステージ上の演台に立ち、流暢なナレーションで進行を進めているのは、界隈ではとても有名なケモノ着ぐるみの製作者兼オーナーでした。

  この企画に参加した彼の目的は予約をしていたそれぞれの工房のキャラの試着でしたが、それ以上に気になっていたものがありました。

  「当日、シークレットのキャラになれる参加者を抽選で募集します」

  企画の詳細に記載されていたこの一文が彼の目を惹きました。

  まだSNS上で詳細が一切未発表のキャラクターにいち早くなれる、試着できる権利。彼はこの企画の申し込みを行っていたのです。

  会場で受け取った整理券の番号を見た時点で彼は諦めの感情を抱いていました。

  自分の番号を見て、その番号と同じ人数がすでに整理券を受け取っているという現実があったからです。

  でも、もしかしたら・・・

  そんな淡い期待を持ちながら発表の時を迎えました。

  各工房で思い思いの時間を過ごしてた参加者達の多くがステージの近くに集まり、演台の進行役に注目します。

  「皆様、大変お待たせいたしました。それでは、特別企画の採用者を発表させていただきます! ・・・51番です!」

  「えっ!」

  彼は思わず叫んでしまいました。

  そう。

  彼の手元に握られていた抽選整理券の番号は、51番だったからです。

  「当選された方はこの場にいらっしゃいますでしょうか? もしいらっしゃいましたら名乗りでいていただければと…」

  「あ、はい…!」

  彼は遠慮しがちな感じで右手を上げ、少し遅れて左手で握っていた51番の整理券を進行役や周囲に向けて掲げました。

  「おめでとうございます!! では壇上にお越しください!」

  獣化体験の夢がかなっただけでなく、これ以上ないサプライズまでがあるとは彼は思いもしなかったでしょう。

  ステージ前の客たちから拍手の雨を浴びながら彼は照れくさそうにステージへと向かうのでした。

  進行役と少し壇上で話をした後、彼は別のスタッフに案内されて舞台袖へと消えてきました。

  「皆様、それではすぐに準備のほうに入らせていただきます。約1時間後にこちらのステージで再びお会いしましょう!」

  ・・・・・・・・・・

  ・・・・・・・・・・

  そして、それから約50分後。

  進行役の語りが再び始まります。

  「皆様、お待たせしました! それでは、私の工房で密かに開発中だったキャラクターを今から皆様にご紹介させていただきます。禁断のフェチの世界へようこそ!」

  口元の呼吸穴から呼気が漏れる音が微かに響く中、おぼつかない足取りで彼はステージ袖から観客の前に歩き出しました。

  全身がラバーでできた狼。

  それを見た観客からは地鳴りのような歓声と拍手が鳴り響くのでした。

  「これが私の工房の新しい挑戦、ラバーのケモノ着ぐるみです!」

  進行役はラバーの狼をサポートするように抱え、観客のほうに向きを微修正させると歓声は更に大きくなります。

  ラバー狼の股間は自然と大きな膨らみが形成されていました。

  これだけ歓声を浴びた快感からなのか、それとも本当にただ単に性欲が昂ぶったからなのか。

  それは彼にも分かりませんでした。

  (恥ずかしいけど、嬉しい。この着ぐるみ・・・すごくいい・・・)