小さくなった赤毛の子

  セリオ教官の部屋で目を覚ますといつの間にやら体が元に戻っていた。ありがたいね、移動が楽になる。

  朝日が昇り始めた早朝、涼し気な風が窓から少し入ってくる。それがイイ感じの刺激になってそれとなく目が覚める。

  セリオ教官はまだ横で眠っている...メガネ外さないんだな...そりゃ椅子に座って突っ伏して寝てるんだから取らなくても問題はないだろうけど...

  アルゴ「にしても...」

  右腕、セリオ教官に敷かれてるから動けない。言い換えればセリオ教官の毛並みがどんな感じなのかを知るチャンスでもある。変態みたいなことを言っているが毛並みを知らないのは事実セリオ教官だけなのだ。テオとかグランとかデリク教官とかの毛並みは普通に知ってるわけだし...

  アルゴ「...ちょっとならいいよな...?」

  意を決して左手をセリオ教官の頭に手を伸ばした。

  セリオ「...アルゴ君?」

  意を決して触るぞ...!というところでセリオ教官が目を覚ました。くそう、タイミングが悪いったらありゃしない...

  俺の左手は行き所を失って不自然に空気を泳ぎ始めた。絶賛バタフライ中である。ついでに目も泳いでるような気がする。

  セリオ「なんですかその不自然なその手は...というよりも戻ったんですね。」

  アルゴ「あ、はい。なんか戻ってました。」

  なんやかんや話が逸れたのでそのままはぐらかした。ちなみに行き場を失って泳ぎまくっていた左腕は俺の後頭部に収まった。

  セリオ「これが誰かに感染するものでなければいいのですが...」

  アルゴ「ですねぇ...」

  それから朝ごはんを食べたりで雑談をしていた。相変わらず貧乏舌なのでお茶は『美味しい』としか言えなかった。

  セリオ教官と何気ないほんわかした雑談をしているとノックする音が聞こえてきた。

  オスカー「アルゴおはよ~」

  アルゴ「ん、おはよ。」

  おはよう、と返すとオスカーの顔が一瞬凍り付いた気がした。まぁそうなるよね、小さくなった俺に一番構ってたの多分オスカーだし。てかそれで落ち込まれるのもなんか複雑...

  オスカー「...小さくてかわいいアルゴどこいっちゃったの?」

  アルゴ「ここに居るぞ」

  オスカー「僕より大きいじゃん」

  どことなく残念そうにそう言われた...大人でも泣くときは泣くんだからな?

  なぜか膝から崩れ落ちたオスカーをなんとか宥めながらそのまま朝のパンを貪った。実に品性に欠ける食い方である。

  オスカーを宥めているとドアの方に小さい人影が見えた。これが見間違いじゃないならちょっと嫌な予感がする。個人的には小さいテオが見た...ってそういうことじゃなくて...

  ドアからちょっと顔を出すとなんとな~く見覚えがある赤毛の子があたふたしながら動き回っていた。服装で分かる、デリク教官だこの子。なんというご都合展開なのだろうか、ありがたいことこの上ない。

  じぃ、と見つめているとすぐに目が合った。子供らしい動揺、不安がわかりやすく顔に出ていた。

  でぃーでりく「あ...」

  アルゴ「今回はデリク教官の番みたいですね。」

  昨日までにやられたことをそのままやり返すようにそっとデリク教官を抱き上げた。

  抱き上げた瞬間に素直に抱かれるまいとあの手この手で逃れようとしたけど体格差があるのでもちろん逃れられない。

  でぃーでりく「...この歳になって抱きかかえられるってのはなぁ...」

  アルゴ「それ俺も多分言いましたよ、やり返してるだけです」

  セリオ「当然の報いですね。」

  でぃーでりく「う~む...戻るまでされるがままか~...」

  アルゴ「悪いようにはしませんよ~」

  これは事実だ。幼児化した教官で遊ぶほど悪人ではない。

  てか幼児化した教官で遊ぶってなんだよそもそも文がおかしいんだよなこれ。

  オスカー「デリク教官が小さくなったらこんな感じなんだね~。やっぱり目つき柔らかくなってる」

  でぃーでりく「そんな細かく分析しなくてもよぉ...」

  小さくなってるからなのかなんなのか、デリク教官がいつもより静かで、それでかつ縮こまっている。こう見るとほんとの子供みたいで愛着がわいてくる。

  アルゴ「何かしてほしいことがあったら遠慮なく言ってくださいね。」

  でぃーでりく「経験者は風格が違うな。」

  アルゴ「子供見捨てるほど悪人じゃないですってば」

  口ではあーだのこーだの言ってるけど俺は分かる。デリク教官、抱っこされてどことなく落ち着いてる感じがする。まぁそりゃ急に小さくなったんだもんな...何かしてもらえるだけで落ち着くだろうな、俺がそうだったみたいに。

  セリオ「デリク教官、眠そうですね。」

  でぃーでりく「仕方ないだろ、幼体だとす~ぐ疲れるんだから。」

  確かに小さいと体力の消耗も激しいしそもそもの体力が低いからなぁ...そういやデリク教官の寝顔見たことないや。

  寝かしつけてみようかな?

  ていうわけで寝かしつけ開始。と言ってもやり方がわからないのでとりあえず体を揺らしてみる。

  でぃーでりく「...お前寝かしつけようとしてないか?」

  アルゴ「バレました?」

  でぃーでりく「気づかない方がおかしいだろ。」

  まぁそれもそうか...けど無理はさせたくないからね、仕方ないね。

  セリオ「アルゴ君が小さくなってた時にとことん甘やかしてたのはどこの誰でしょうね?」

  でぃーでりく「う...」

  心当たりしかないようだ。

  俺らがそうやってわいわいやってたらいつの間にかオスカーはどこかに行っていた。小説の執筆だろうか...

  でぃーでりく「はぁ...戻るまでは訓練もロクにできなさそうだなぁ...」

  アルゴ「小さいデリク教官見たさに訓練にならないかもですね。」

  デリク教官の周りに人だかりができるのが目に見える見える...

  でぃーでりく「戻るまでは世話かけるぜ、アルゴ」

  なんで俺が世話する前提で話してるんだこの人は...

  アルゴ「セリオ教官じゃダメなんです?」

  でぃーでりく「え~...」

  セリオ「え~ってなんですかえ~って」

  アルゴ「ほら、ケガの対処とか遅れたら後々困るのはデリク教官なんですからセリオ教官と居てください」

  そういいながらデリク教官を自分から引きはがそうと試みる。

  するとなんということでしょう、俺の制服が伸びるだけで全然剝がれません。しつこい油汚れみたいだ。

  それからも数分ありとあらゆる手段で引き剥がそうと試みてみたはいいもののどれも失敗に終わった。ここぞとばかりに本気で服を掴んでいるらしい。

  でぃーでりく「...」

  セリオ「はぁ...離れるつもりはなさそうですね、これじゃほんとに子供ですよ...」

  アルゴ「...戻るまで俺が一緒に居ますよ...」

  セリオ「お願いします...」

  それでデリク教官の強引な要望?で一緒に居るのが俺になった。要望ってか必然だろこれ

  そのまま抱っこして俺の部屋まで移動している最中、どことなくデリク教官が満足気な表情をしていた。もういっそのこと迷い込んだ子供、として処理したほうがデリク教官にも都合よさそうだな...けど戻るまで隠し通せる気がしない。

  とりあえず朝食を摂るべくデリク教官の部屋に行った。

  でぃーでりく「...苦ぇな」

  アルゴ「そりゃ小さくなれば味覚も子供になりますからね~」

  デリク教官の部屋でいつも通りコーヒーを嗜んでいるが、デリク教官は小さくなっているのでいつものブラックコーヒーが飲めないらしい。ものすごく不服そうな顔をしている。

  でぃーでりく「はぁ...一日の始まりになるのがコーヒータイムだったんだがなぁ...」

  そういいながら尻尾をペッ、ペッ、とソファに叩きつけて憤慨している。

  アルゴ「砂糖の入れすぎも体に良くありませんからねぇ」

  でぃーでりく「だな。てわけで俺のも飲んどいてくれ」

  アルゴ「カフェイン...」

  目バッキバキになりそう。

  デリク教官は今小さいので朝ごはんは俺が用意した。と言ってもパンをトーストしてジャム塗っただけなんだけどね。

  え?いくらなんでも適当すぎるって?変に凝ったもの作れるほどの腕前が無いのと材料も無いんだよな。

  でぃーでりく「...」

  黙々と頬張ってる...口に対してパンが大きいから食べカスもふんだんについちゃってるし...あ、こら手汚しちゃって...て親か俺は...

  でぃーでりく「体が小さいからかちょっとの量で満足するな。」

  アルゴ「食べ方も子供っぽくなってましたね。ほら、食べカスついてます」

  でぃーでりく「ん、あんがとよ」

  子供は思ってることが尻尾とか表情に出やすいって言うけどほんとにそうなんだな...

  俺もささっとパンを貪って一息ついた。

  アルゴ「今日もまだ休日ですけどなにします?」

  でぃーでりく「つったってやることなんてないぞ?」

  アルゴ「ですよね~」

  そう言いつつ俺は膝に座ってるデリク教官の耳の先端の跳ねてる毛を弄っていた。ぱや毛って言うんだっけ、こういう跳ねてる毛。

  でぃーでりく「...俺もお前が小さくなってた時弄りまくったからこういうことされても何も言えないんだよな...」

  不服そ~な顔をしながらもその尻尾はどことなく揺れていた。デリク教官はデリク教官でこの状況を楽しんでそうだな。

  ぬいぐるみみたいで可愛いデリク教官をしばらく撫でまわしているとセリオ教官が部屋に入ってきた。

  セリオ「...はぁ...」

  俺と目が合うなりセリオ教官がため息を吐いた。

  セリオ「教官と生徒ってより兄弟ですよねその状況」

  アルゴ「へへへ」

  セリオ「なんで照れてるんですか...」

  一通りデリク教官を撫で繰りまわした後、デリク教官が行きたいというのでまた行く当てのない散歩に出向いた。目的くらい決めようね...?

  でぃーでりく「涼しくなってきたな~」

  アルゴ「秋ですね~...こういう時は旬の魚を塩焼きとかで食べたいですね。」

  でぃーでりく「だな。」

  そこからは敢えて港付近を歩いて旬の魚を買ってきた。新鮮で実に美味しそうである。

  学院に戻っている途中で後ろから「ぐぎゅるる...」と音が聞こえてきた。

  でぃーでりく「...」

  アルゴ「デリク教官、今お腹鳴りました?」

  でぃーでりく「仕方ないだろ、小さいとエネルギーの消費はやくてすぐに腹減るんだから...」

  アルゴ「なるべくはやめに帰りましょうか。俺も腹減ってきましたし」

  でぃーでりく「そうしてくれ。」

  魚の鮮度も落とさないためにも速足で学院に戻った。調理はパウルに任せようかな。

  パウル「調理するのは構いませんけど...デリク教官、なんか小さくないですか?」

  でぃーでりく「今回は俺の番らしいんだよな。小さい身体も存外悪くないぞ。」

  アルゴ「なにしても許されますしね~」

  でぃーでりく「...限度はあるからな。」

  パウルに調理してもらっている間は普通に椅子にデリク教官と座って待機していた。ナチュラルに膝に座られてるけどこの際スルーしよう。膝から降ろしたところで文句を言われるのが目に言える。まぁ幼児用の椅子なんて学院にはないわけだし...やっぱこれがちょうどいいのかも。

  デリク教官は俺の膝の上で尻尾をぱたぱたさせながら意外と静かに待っていた。いやまぁ動かれても困るからありがたいんだけど...ほんとに子供みたいだなこの人...

  オスカー「アルゴだ、今からお昼?」

  アルゴ「うん。旬の魚買ってきたからパウルに調理してもらってるとこ」

  オスカー「僕の分もある?」

  アルゴ「う~ん...たぶん大丈夫......なはず」

  でぃーでりく「まぁ2匹買ってきたし大丈夫だろ。この体じゃそんなに大量に入らないだろうしな。」

  デリク教官がオスカーにちょいちょい、と手招きをして隣に座らせた。傍から見たらちょっと謎な光景だよな。

  魚のいい匂いが充満してきたところで料理を持ったパウルがこっちに歩いて来た。お腹空いたぁ...

  パウル「はい、熱いから気を付けて食べてくださいね。」

  でぃーでりく「...」

  アルゴ「...よだれ垂れてますよ、はしたない...」

  でぃーでりく「仕方ないだろ、体が言うこと聞かないんだから...」

  まぁおいしそうな食べ物が目の前にある子供に『よだれ垂らしちゃダメ』なんてのは無理に等しいからな...

  小さいデリク教官の口から垂れているよだれを仕方なくハンカチで拭き取った。

  ...教官がよだれ垂らしてるって表現なんかダメだな...う~ん...デリクくん...?これもこれで違和感すごいな。

  拭きとってから少し経つとデリク教官はもっもっ、と可愛らしい音が聞こえてきそうな可愛い口で料理を食べ始めていた。こぼさないでね...

  俺も黙々と料理を口に運び始めた。あらかじめ切り分けておいた料理にオスカーもフォークを伸ばしてきている。

  オスカー「おいひぃ」

  パウル「ふふ、こう見るとまるで兄弟みたいですね。」

  アルゴ「そう?」

  対面に座っているパウルがニコニコしながらこっちを優しい暖かい眼差しで眺めている。

  でぃーでりく「いっそのこと兄弟でいいかもな」

  見なくてもわかる、恐ろしいくらいににぱぁ、と笑いながらそう言ったような気がする。

  アルゴ、オスカー「「よくないですよ。」」

  でぃーでりく「しゅん...」

  二人そろって返事をするとデリク教官の耳と尻尾がわかりやすく萎れた。子供かって突っ込もうとしたけど実際今は子供だし元々こんなだった気がする。そのままにしておくのも気が引けるのでぽんぽん、とそれとなく撫でた。

  それからというもの今日は一日中デリク教官に振り回された。子供故の無尽蔵な体力のせいでこっちはへとへとである。今はお風呂でデリク教官と一息ついているところだ。

  でぃーでりく「あったけぇ...」

  アルゴ「まだ湯舟に浸かってないですよ?」

  そう、まだデリク教官を洗っているだけである。

  でぃーでりく「あったけぇもんはあったけぇだろ。どっちにしろお湯だしな。」

  アルゴ「まぁそうですね。日が沈んでから寒くなりましたしちゃんと温まりましょうね。」

  でぃーでりく「言われなくてもわかってるっての。」

  口を尖らせてそう反論する。こう見ると本当に子供みたいでなんとも愛らしい。

  アルゴ「はい、終わりましたよ。浸かりましょうか。」

  先に入りかけているデリク教官がなぜか硬直している。

  でぃーでりく「...当たり前だが大人用の湯舟ってことは俺座ったら溺れねぇかこれ?」

  たしかにここの湯舟は少し深い。当然今のデリク教官のサイズでは座ったら確実に溺れるだろう。

  アルゴ「俺の膝に座って浸かります?」

  でぃーでりく「じゃあそうさせてくれ。」

  そのままデリク教官を抱えて膝の上に乗せて浸かった。これでちょうどいいくらいらしい。

  毛が濡れてぺしゃっとなっているからか余計に幼さが際立っている。

  でぃーでりく「ふあぁ...」

  アルゴ「眠いんですか?」

  でぃーでりく「だな...幼体だとやけに眠い。」

  アルゴ「う~ん...ここで寝られても困りますしもう上がりましょうか。」

  でぃーでりく「はいよ。」

  デリク教官の体を拭いて寝巻に着替えさせて俺の部屋に戻ってきた。

  拭いたあとは毛が束になってぱやぱやしていた。

  でぃーでりく「ん~...先に寝てていいか?」

  アルゴ「いいですよ。こっちも明日の準備したら寝ますし。」

  デリク教官の顔を覗くと目がしょぼしょぼしていた。目もほとんど開いてないしすごく眠そう。

  自分もささっと明日の講義の準備を済ませてデリク教官が寝ている布団に潜りこんだ。子供特有のぬくもりが俺の眠気を誘う。俺はそのまま目を閉じた。