【エロ怖都市伝説】孕夢

  とある地域の伝承に「ヨウム」というものがある。ある者は「真っ白な体毛に覆われた四つ足の獣に誘われるように」と語り、ある者は「堅牢な鱗とふくよかな肉を持った竜のようなものに強引に飲み込まれた」と語り、見た者によって細部は異なるが、「十月十日をその巨獣と過ごす日々に満足感や安心感」を得ていたという共通点がある。これから語る話は、自分の体験を下敷きに彼らの体験談を擦り合わせたものである。

  あれは中学2年生の頃だっただろうか。帰り道に偶然拾った漫画雑誌(後に成人向け漫画と呼ばれるもの)の内容に、なぜか胸と股座が痛い位に脈打つのを感じて、トイレで漫画に描いてあった行為を真似して陰茎を扱いていたら、腰から脳天に駆けて雷が落ちたような気持ちよさが駆け巡って、陰茎から手のひらにドロドロとした黄ばみがかったものがべったりと吐き出されたのだ。後に保健体育の授業でそれが「射精」や「精通」と呼ばれるもので、陰茎から吐き出されたものは女性の「卵子」と呼ばれるものと結びついて「赤ちゃん」になる事も学ぶのだった。

  それから自分は毎日のように、学校と部活動を終えたら一目散に帰ってはトイレに鍵をかけて自慰行為に耽った日々送っていた。成績は急落こそしなかったものの、興奮のあまり寝付けなくて寝不足になる事もしばしばだった。手で扱く行為は「自慰行為(オナニー)」といい、やりすぎはよくないとも授業で教わったが、味わったばかりの強烈な快感と思春期の体力に「自制」の文字は存在しないのだった。そして便座をいつも以上に綺麗に拭いて消臭スプレーも噴いて証拠隠滅も欠かさないのだった。

  ある日、自分がいつものように宿題を終えたご褒美として寝る前に自慰行為を済ませてからベッドに入ると、不思議といつもよりストンと眠りにつけたのだった。しかし、その日は珍しくはっきりとした光景の夢だった。そこは行った事があるような気がした田舎の駅のホームであり、壁に掛けられた看板には「お迎え」とだけ書かれていた。

  「次の駅は『何』入りって書いてあるんだろう?」

  当時の自分には「壺」の漢字が読めず首を傾げていると、聞き慣れたBGMと共にアナウンスが鳴り響いた。

  『間もなく、お迎え、お迎えです。白線の内側まで、おさがり下さい』

  暫くすると霧がかった端から無骨な形の列車が現れ、その後ろには白い綿のような塊が箱のような荷台に乗せられていた。軋むようなブレーキと共に自分の前に白い塊が乗った荷台が止まると、プシューッという音の後に「お迎え、お迎えでございます。扉が開きます。足元に気を付けて、お入り下さい」とアナウンスが流れ、荷台の壁がぱっと開いた。

  「これじゃ入れないじゃん」

  自分のぼやきが聞こえたのか、荷台の白い塊がもぞもぞと動き出した。それは真っ白な体毛に包まれたドラゴンと形容すべき見た目をした生き物だったのだ。

  「遅くなってごめんなさいね。さぁ、こっちにいらっしゃい」

  その生き物は柔らかな声音と共に両脚を左右に開くと、出入り口に向かって保健体育の授業で習った女性器のような割れ目が、自分の身体程の大きさでもって露わになっていた。濡れそぼった割れ目からは蜜のような雫が滴り落ちては糸を引いていた。自分はその割れ目にそっと手をかけると、まるで別の生き物のように自分の身体を呑み込んでいった。無数のヒダが全身にまとわりつく圧迫感と匂いに溺れそうになっていると、少し開けた薄暗い空洞に押し出された。鼻や口に入りかけた粘液を吐き出すと、自分が身に着けていた寝巻も下着もスリッパも消えている事に気が付いた。

  「ここって──────」

  言い終わるよりも前に視界が揺れ動いて、自分も思わず倒れ込んでしまった。どこからともなく水のようなものが注がれ始めた。慌てて出口に手を伸ばしたが、指すら入らない程に硬く閉じられてしまっていた。既に水位は座り込んだ自分のお腹や肘上まで上がって来ていた。

  「このままじゃ・・・・・・!」

  頭の先まですっかり満たされてしまった空洞の中でもがいていると、視界の端からほの白い蛇のようなものが自分めがけて泳いできているのが見えた。これまでかと目をぎゅっと閉じると、下腹部に鈍い痛みと共に息が楽になるのを感じた。同時に、さっきの柔らかな「彼女」の声が頭に流れ込んできた。

  「私とあなたをへその緒で繋いだから大丈夫よ。苦しくはないかしら?」

  ゆっくり目を開けると、臍のあった筈の所にさっきの管が食い込んでいた。手で触れようとしてもすり抜けてしまうが、確かにつながっている感覚が伝わってきた。

  『妊娠した子宮の中は胎児を守る羊水で満たされていて、胎児はへその緒を通して血液や栄養、空気や老廃物の交換をしている』

  そして授業で習った話が脳裏を過るのだった。

  『次は、壺入り、壺入りです』

  「あなたと私で、しっかり繋がってるのを感じるわ。初めての事で戸惑っているでしょうけれど、今はゆっくりおやすみなさい」

  羊水で満たされた世界で列車のアナウンスはくぐもって聞こえ、彼女の声は柔らかく響くのだった。

  その日の朝はスッキリと目覚めたと同時に、夢の内容はすっぽり抜け落ちたように思い出せなかった。授業も部活はいつも以上に調子が良く、給食はいつもよりも鮮明に美味しく感じた。いつものように宿題を終わらせて自慰行為を済ませてから家族と共に夕食と入浴を終えると、ややあって眠気がズシンと押し寄せるのだった。

  目を開くと、そこは再び彼女の子宮の中だということが分かった。羊水で満たされた彼女の子宮の中では外の世界を見る事は叶わなかったが、へその緒のお陰で息苦しさを感じない事には代えられないだろう。

  『つぎは、しぼりだし、しぼりだしです』

  列車のアナウンスが聞こえると、肉壁からへその緒とは違った蛇のようなものが下半身にまとわりつき、やがてそれは自分の陰茎に寄り集まってきた。

  「な、なにこれ・・・・・・ヌルヌルしてて、気持ちいい?」

  「私は貴方の強すぎる性欲を制御する術を身につけるお手伝いをするために現れました。まずは溜まっているものをスッキリ吐き出してもらうわ」

  頭の中に柔らかな声が流れ込んでくると、触手たちが自分の陰茎や陰嚢にまとわりついて包皮や亀頭をまさぐり始めたのだ。触手にはブラシのような粒が無数に生えているのか、敏感な部分を舐るように攻め立てていくのだった。全身の感覚と血流が一点に集まり、どろりとした快感がせり上がってくる。

  「我慢しなくていいのよ。ここは夢の中で、私のお腹の中だから」

  柔らかな声に促されるように、あっという間に一回目の射精をしてしまった。初めての射精に匹敵する程の快感でさえ夢から覚める気配は無く、触手たちは萎えかけた陰茎を労わるように愛撫していた。

  「いっぱい出たわねぇ・・・・・・でも、まだまだ吐き出し切れてないわね?」

  『次は、すりこみ、すりこみです』

  柔らかな声と列車のアナウンスの後に、触手から何かが陰茎や陰嚢に染み込んでくるのを感じた。ぴりぴりと痺れるようなこそばゆいような感覚はやがて熱を帯びていった。触手に覆われて見えないものの、まるで陰茎が二つ目の心臓のようにドクドクと脈打つのを感じた。吐精の度に触手から何かを擦りこまれては硬さを取り戻し、再び吐精を繰り返した。快感は波のように引いては増していき、自分の魂や本体が陰嚢や陰茎に集められて搾り尽くされるような恐怖も、快感に塗り潰されていくのだった。

  「お疲れ様。あらあら、すっごく大きくなったわねぇ」

  変わらない柔らかな声で成長を喜ぶかのような声と対照的に、幾度となく射精を繰り返した自分の陰茎に思わず悲鳴が漏れた。羊水の満たされた中で上げた悲鳴は音にはならなかったものの、背筋と心臓が冷えるのを感じていた。自分の太ももよりも遥かに太くなった陰茎は血管が幾筋も浮き出て黒々と染まり、包皮は亀頭の下でだらりと垂れ下がり自分の胸を軽々と越えてしまいそうな程の大きさにまで育っていた。その下には片方だけでもスイカ程はあろう陰嚢が二つ、触れただけでも精子が脈打つのを感じてしまいそうな存在感を漂わせていたのだ。

  「まだまだ駅は続くわ。今夜もぐっすりおやすみなさい」

  彼女の言葉を聞き終わるが早いか、自分の意識は深い夜の中へと落ちていくのだった。

  目覚まし時計の音と共に目覚めた自分はすぐさま飛び起きてパンツの中を確かめたが、なぜそんな事をしたのか分からなかったが、見慣れた自分の逸物に安堵のため息が漏れたのを覚えている。そしていつものように朝食を済ませ、学校に向かうのだった。

  夢の中の出来事は起きている時には「初めから見ていなかった」かのように記憶から抜け落ちているが、夢の世界に「入った」途端、濁流のように記憶と快感が押し寄せてくる。

  「おかえりなさい、坊や」

  母胎となっている巨獣は、変わらぬ柔らかな声で自分を出迎えるのだった。

  それから自分は夢を見る度に聞いたことのない駅の名前を聴きながら、様々な快感と癒しを注ぎ込まれた。『ねぶりしゃぶり』では乳首や亀頭を触手で舐められしゃぶられて何度も射精させられたかと思えば、次の『だきしめ』という駅で自分と同じくらいの大きさになった巨獣に抱きしめられ、『そそぎこみ』ではへその緒を介して内側から何かが注ぎ込まれる感覚と共に全身に精気が満ちていくのを感じながら肥大化した陰茎から精を何度も吐き出し、『もみしだき』では全身を包み込むように触手で揉みしだかれていった。

  『次は、はえそろえ、はえそろえです』

  「もうじき会えるわねぇ・・・・・・楽しみだわ」

  柔らかな母の声が、今までよりも近くに感じる。ここに入った時に比べて、何だか狭くなったようにも感じる。初めはあんなに不釣り合いに肥大化させられていた逸物も、気付けば自分の体格に合った大きさに戻っていた。

  「──────戻る?坊やはおかしなことを言うわねぇ」

  まるで自分の心を見透かすように母の声が流れ込んできた。

  「ここはお腹の中なのだから、『戻る』なんてことは無いのよ?自分の身体をよく見てみなさい」

  自分は羊水の中で目をこすって辺りを見渡した。薄暗い子宮の中で揺蕩っていた手足は体毛に覆われはじめ、陰茎が垂れ下がっている筈の股座は窪みが出来ていた。

  「ここは私のお腹の中。それなら、坊やは『私の坊や』として生まれるのよ」

  母の声が、へその緒を介してすとんと腹落ちするように、腰の辺りに違和感を覚えた。体毛の生えかけた手で恐る恐る触れるとお尻よりも先に突起のようなものが伸びていた。それはまるで────

  「立派な尻尾になるわね。さぁ、今日はもうお休み」

  柔らかな声と共にへその緒から流れ込む温かさを感じながら、意識はより深く沈み込むのだった。

  夢から覚めて慌てて飛び起きても自分の身体には何の変化も無く、どうして飛び起きたのかさえ忘れてしまっていた。ただ、柔らかく温かい感触が臍の周りにじんわりと残っている気がするだけだった。そしていつものように学校に行き、勉強と部活に精を出して、家路を急いで夕飯とお風呂を味わって眠りにつくのだ。けれど、その日は長距離走があったからなのか、五分とかからずにストンと寝入ってしまった。

  自分は薄く目を開けると、全身はすっかり体毛に覆われ、自分のものと思しき尻尾が股座の下から覗いていた。けれど、手足が思うように動かない程、ここは狭かっただろうか。

  「私の坊や、もうすぐ会えるわねぇ」

  背中から誰かの手が触れているような温かさを感じる。

  『次は、終点、うみづき、うみづきです』

  アナウンスが今までよりもハッキリと聞こえたかと思うと、元々狭かった子宮が外から押しつぶさるように動き始めた。

  「さぁ、出ておいで。私の可愛い坊や・・・・・・ッ」

  押し潰されるように縮んでは微かに緩むを繰り返す子宮の中で、母の苦しそうな声が流れ込んでくる。けれど、苦しさの中に期待も混ざったような声に、自分は安心感を覚えていた。子宮の中で自分を包んでいた薄膜が破れ、羊水が堰を切ったように流れ出した。同時に、今まで感じずに済んでいた息苦しさが襲い掛かってきた。まるで呼吸の仕方を忘れてしまったような、水面に上がろうとした所を頭から抑え込まれたような焦りが頭の中を埋め尽くした。死にたくない。早く出なきゃ。苦しい。怖い──────。

  「んんっ、ぐぅッ・・・・・・早く出ておいで。私の坊や・・・・・・!」

  母の声が流れ込んでくる。母の身体が、自分を産み落とそうと全身で奮い立っている。息子である自分を。そして母になる自分を。一刻も早く出たい。息がしたい。生きたい。早く会いたい──────。光が見えてきた。柔らかい匂いが流れ込んできた。白くて大きな手が自分の頭を包み込んだ。

  「もう少し、もうひと踏ん張り──────ッ!」

  どぼちゃっ、と自分を栓に羊水が溢れ出した音の後に、外の空気が肺を満たしていく。そして自分の咆哮にも似た産声を上げていた。やがて自分の身体が大きく柔らかな手に包まれ持ち上げられた。そっと置かれた場所は母の胸だろうか。白い体毛を羊水混じりの血で汚しながらも愛おしそうに自分を見つめていた。肩で息をしながら全身に汗を浮かべ、頬からは大粒の涙が零れていた。

  「初めまして、坊や・・・・・・」

  母竜がへその緒を噛み切ると、体毛に覆われていた乳房を口元に差し出した。黒ずんだ乳首から黄色がかった液体が幾筋にも滴り落ちていた。産声を上げたばかりの自分は本能的に乳房にむしゃぶりつくと、泉のようにせんせんと乳が流れ込んできた。「生まれて」初めて与えられた乳は喉を伝って五臓六腑に染み渡ってゆく。母乳を飲み込む度、頭の中を占めていた焦燥感や息苦しさがゆるゆると解けて、安心感で満たされてゆくのを感じた。

  「生まれてきてくれて、ありがとう・・・・・・坊や」

  母竜は自分を抱きながら鈴が転がるような子守歌を口ずさんだ。お腹が満たされた自分は、心地よい温かさと疲労感に包まれながら、流れる子守歌が遠のくのを感じながら眠りにつくのだった。

  「ふふっ、もう眠ってしまったわ。おやすみ、私の可愛い坊や・・・・・・」

  カーテンから差し込んだ朝日と鳥のさえずりで自分は目を覚ました。頬には幾筋もの涙の跡が乾いているのに気が付いた。夢の中での記憶は相変わらず霞がかったようにぼやけていたが、大きく柔らかな何かに抱きかかえられた優しい匂いと、腹の底で満ちている温もりだけはこの身体に染み込んでいるのだった。

  あの夢を見て以来、激しい性欲を持て余すような行為はなりを潜めて人並みの生活を送っている。けれども、あの夢の名残を惜しむ気持ちがある日を境に増していったのをきっかけに地域にまつわる伝承や怪談、時には都市伝説を集めては分類・考察・保護などを行う世界に足を踏み込んでいた。薄れゆく中学生時代の記憶と手触りを頼りにこれまでの論文や記録を片っ端から集め、時にはインターネットの掲示板やSNSに噛り付く日もあった。

  本業と並行して情報を集めまわっておよそ三年の月日が経った頃から、あの夢に関連しそうな情報が少しずつ集まりだした。地域や時代によって夢の内容は様々で、「蛹夢(ヨウム)」と呼ばれる民間伝承では、心身に深い傷を負った者や人生の岐路に立たされた者が、蛹や繭のような空間で過ごす夢を見ることがあるいう。時代が進むと「揺夢(ヨウム)」と呼ばれる怪談となり、恋や夢に破れた者が揺りかごの中で眠る赤子や卵となって優しい夢見心地から二度と覚めぬまま衰弱死する話となっている。まだまだ推測の域を出ない話ではあるものの、私があの時見た夢もまた、そんな不思議な夢物語の一端なのかもしれない。だから前例に倣ってこう名付けようと思う。孕み、産み落とされ、新たな生を受ける夢。すなわち『孕夢(ヨウム)』と。今夜もまた、これからもまた、癒しの噂を求めて駅にやって来るのだろう。

  『間もなく、お迎え、お迎えです。白線の内側まで、お下がりください』