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愛欲のハッテンペンション 第二章

  二章

  「うん……?」

  ユウが小さくうめき声をあげながら目を開く。ぼんやりとしたまま頭をもちあげ、すぐに布団の上に顎を下ろした。そしてそれと同時に襲い来る違和感。しょぼしょぼとした目を開けば、見覚えのない大きなベッド。カーテンが半分閉じられた窓と、その向こうはすでにすっかり暗くなっており、白い雪が強く窓に吹き付けている。

  「あれ……」

  襲い来る違和感。雪山で道に迷い、ペンションにたどり着いたことは覚えている。そしてここはそのペンションの部屋だ。どうやらベッドで横になっているうちに寝てしまっていたらしいが……先ほどまで、リョージと一緒だったのではなかっただろうか?

  「リョージ?」

  確かに彼の胸の上で眠った気がするし、なんなら頭を撫でられたような気すらしていた。そして肩にはリョージが先ほどまで羽織っていたジャケットがかけられている。だが当の本人は今、部屋の中にはどこにもおらず――

  「お、起きたか」

  不意に後ろからかけられた声。あわててユウが振り向けばハンカチで手と顔を拭いているリョージの姿。どうやら洗面所で顔を洗っていたらしい。

  「びっくりしたぁ……。起きたらいないんだもん」

  ふにゃふにゃと腰砕けになりながら、どさくさに抱き着こうとするユウ。リョージはそれをうまく手でいなして身をかわす。少し拗ねた顔をするユウだが、いつものことと言えばいつものこと。すぐに気分を切り替えてベッドに腰を下ろした。

  「どれくらい寝てたのかな」

  言って壁にかかっている時計を見上げた。今の時刻は十八時過ぎ。三十分近く寝ていたようだ。

  「んーっ……」

  ユウが大きく伸びをする。ベッドに突っ伏す形で寝ていたので少し腰が痛んだ。

  「顔拭くか」

  リョージが自分で使っていたのとは別に、絞ったタオルを手渡してくれた。ありがたくユウはそれを受け取り、広げて顔を拭いていく。

  「どうする、時間早いが下におりておくか?」

  リョージの言葉にユウは「ん……」と小さくつぶやいた。下におりたところでやることはないが、部屋にこもるのも少しもったいない。せめて建物の中を少し見ておきたい、という気持ちはあった。

  「そうだね、いこうか」

  ユウは元気よく立ち上がり、タオルをテーブルの横にあったタオル掛けに干す。リョージもそれに倣い、タオルをかけると机の上にあるカギを手に取った。

  「上着はなくてもいい?」

  先ほど寝ているユウの肩にかけられていたジャケットを広げて見せる。

  「ああ、屋内だし大丈夫だろう」

  リョージの言葉にユウはうなずくと、ジャケットを軽く抱きしめ匂いをかいでから、入り口横のクローゼットにかけてやった。そのまま二人並んで部屋を出る。

  「おっ」

  リョージが扉を閉め、鍵を差し込もうとした瞬間に、右側から小さな声が聞こえた。そのままカギを差し込みながら顔を上げると、同じく右となりの部屋の前に、一人の男性が立っている。背は低いが恰幅の良い大柄なイノシシ。彼は人のよさそうな笑顔を浮かべて小さく手を挙げて見せる。

  「こんばんは、お隣さん居はったんやね」

  彼は額ににじみ出る汗をハンカチで拭きながら、にこやかな顔で挨拶してくれた。リョージとユウも頭を下げて挨拶を返す。

  「はい、道に迷って急遽泊めていただくことになりまして。一晩だけですがよろしくお願いします」

  リョージが簡潔に状況を説明する。なるほどな、とイノシシはなぜか嬉しそうに微笑んだ。

  「ワシは乙(きのと)正幸(まさゆき)。きのと、は漢字で『乙』ってかくねん。せやから、みんな『おっさん』て呼ぶよ」

  彼流のギャグなのだろう、そういいながら彼は笑って見せた。

  「俺はユウだよ、箱辺柳。よろしく、おっさん」

  ユウはあっさりとそれを受け入れ、ちゃんと「おっさん」呼びをしている。だがリョージとしては初対面の人を「おっさん」と呼ぶのには抵抗があった。

  「鈴城良治です。よろしく」

  それゆえ、特に名前を呼ぶことなく流しておく。

  「ほら、トーリくんも」

  何か突っ込まれるかと思ったが、その点はあまり気にせず。彼は振り返り、誰かに声をかけていた。リョージもユウも気づいていなかったのだが、どうやら彼の後ろにもう一人いたらしい。小さな人影が、すっと現れた。イノシシの背丈にすっぽり隠れてしまうほど小柄な猫。耳と頭部は黒く、額で八の字に分かれている。鼻先は白く、いわゆるハチワレというタイプの毛並みを持つ猫の少年――いや、青年だろうか。随分と若く見えるが、リョージには判別が難しかった。

  「折原(おりはら)刀利(とうり)、です。センセイの生徒です」

  それだけ言うと、彼は怯えたように視線を逸らす。どうやら人見知りが激しいらしい。

  「トーリくん、よろしくね!」

  だがそんなことは気に介さず……というよりもむしろ気を使ってだろう。ユウがわざとらしいほど元気に、にこやかな笑顔で声をかけていた。

  「えっと、センセイっていうのは……」

  リョージがいぶかし気な視線をイノシシに向ける。センセイ、と呼ばれたのはどう考えても彼だろう。ここが学校の校門前だとか、そういった場所なら「ああ、仲がいいんだな」で済む話だ。しかしここが少し特殊な宿で、しかも二人きりとなると随分とイメージは変わってくる。

  「ちゃうちゃうちゃうちゃう! ちゃうちゃうちゃうよ!」

  リョージの視線に、焦ったような表情を見せるキノト。早口の方言ではあるが、とりあえず否定していることだけはリョージにも理解できた。

  「トーリくんは、卒業生やねん。ワシの昔の生徒ってだけで現役ちゃうから、セーフよセーフ!」

  何がセーフなのだろうか。

  「トーリくん、こう見えて成人済みやからね。いまだに中学生に間違われて、補導される言うてたけど」

  確かに、一見しただけでは彼の年齢を当てるのは難しそうだ。リョージとしてもすっかり未成年だと思い込んでいたくらいである。

  「トーリくん、センセイ大好きなんだ?」

  ユウが腰をかがめ、トーリと視線を合わせて質問する。その問いに、トーリは少し顔を赤らめてこくん、と頷いた。

  「そうだよね、二人で旅行するくらいだもんねえ」

  学校にいるときは仲が良くても、卒業してしまえば教師と生徒は疎遠になっていくのが通例だろう。にもかかわらず個別に連絡を取り、一緒に旅行する仲である。これは特別仲がいいと言っても過言ではあるまい。

  「その、ユウお兄さんは……そっちのおじさんと二人?」

  おじさん、という言葉がリョージの肩にのしかかる。確かにトーリが成人直後であれば、リョージは二倍近いのだが。

  「そう、こっちの『お兄さん』と! カッコいいでしょ?」

  そういってユウはリョージの肩をつかみ、トーリの方に軽く押し出す。リョージはされるがままにトーリの方へと一歩足を踏み出した。

  「……センセイの方がカッコいい」

  「こ、こらトーリくん! そんなこと言うもんやないよ!」

  キノトが顔を真っ赤にしてトーリの言動をいさめる。が、トーリは訂正するつもりもないようで、ついとそっぽを向いてしまった。

  「これは……」

  「ラブラブカップル……」

  リョージとユウが顔を見合わせ、目の前の二人に聞こえないよう小さくつぶやいた。確かこの宿はすべての部屋がダブルベッドだというし、そんなところに二人で泊まりに来ているのだからまあそれはそうか、とも言えるのだが。ここまで見事にイチャつかれるとは思っていなかった。

  「と、とりあえず食堂いきまひょか。もうそろそろええ匂いもしてきたんとちゃう?」

  その場をごまかすようにキノトが愛想笑いを作った。どうやら力関係としてはトーリに振り回される側らしい。

  ユウとリョージも頷くと、四人はそれぞれの部屋のカギを確認してから階段をおりていく。階段をおりながら視線をやると、談話スペースには先ほどの三人が座っているのが見えた。トマとクロード、ルカである。彼らの前には新しいカップが並んでおり、何かを熱心にしゃべっているようだった。

  「あ、センセイ、トーリくん!」

  こちらに気づいたトマがぶんぶんと手を振ってくる。二人しか名前は呼んでいないが、視線は間違いなくリョージたちも捉えていた。トーリはキノトの後ろに隠れ、キノトは笑顔で手を振り返している。

  「お二人も少し休めました~?」

  ルカがリョージたちに向かって問いかける。それに対してユウが大きくうなずいた。

  「ちょっとウトウトしてきましたよ。そろそろ夕飯ですよね」

  ユウの言葉にルカはうなずいた。

  「それより何を話してたんです?」

  リョージが尋ねるとクロードは少しだけ気まずそうな顔をする。

  「ああいや……そんなに気にしなくていい話ですよ」

  「ああ、それはングッ」

  クロードに続いて口を開こうとするトマのマズルを、クロードが素早くつかんだ。幸い舌は噛まなかったようだが、痛みは強かったようでトマがマズルを抑えてジタバタしている。

  「と、ともかくもう食堂空いているようですよ。移動しましょうか」

  クロードが誤魔化しながら立ち上がる。正直それだけひた隠しにされると逆に気になるのは探偵であるリョージの性ともいえるのだが。さすがにそこで根掘り葉掘り聞きださないくらいの常識は持ち合わせていた。

  「僕もうお腹ペコペコ~」

  ルカが嬉しそうに立ち上がる。話も進んでいるし、ここは気にしないのが一番だろう。

  「今日の宿泊客はこれで全員……ではないですよね」

  記憶をたどりながらリョージが尋ねる。

  確か、オーナーは今日は一室しか空いていないと言っていた。そして二階で見えた客室は五室。そのうち一室はトマ達三人、そしてもう一室がキノトたちペア。そして自分たちとして……つまりあと二部屋、誰かがいることとなる。最低でも二人、あとこの宿にいるはずだ。

  「ええ、そうですね」

  クロードが率先して食堂の扉をあけながら言う。

  「ちょうど、彼がそうです」

  そしてその先にいる人影を示した。

  「おや……こんばんは、新顔さんだね」

  低くはっきりとした声が食堂に響く。一人テーブルについていた人物が、巨大な龍が立ち上がった。大きい。トマも世間一般で言えば大きい方だが、おそらく彼よりも背が高いだろう。そして肩幅も広く、ゆったりとした大陸風の民族衣装から覗く腕はとても太い。

  「はじめまして、私は黄(ホァン)。黄雄大(シューダー)だ。短い期間だがよろしく頼む」

  そういって彼は恭しく頭を下げた。立派なタテガミと太い眉、きりっとした目に長いヒゲ。腕や胸元にもふさふさとした体毛が見えているが、基本は黄褐色の鱗に覆われている。リョージは仕事柄いろんな人間に出会ってきたが、ここまで立派な身体をした龍と出会うのは初めてだった。

  「あっ、はい。ヨロシクオネガイシマス」

  ユウも同様の感想を抱いたのか、珍しく緊張しているようだ。

  「こちらこそよろしくお願いいたします。鈴城良治と言います。こっちは助手のユウです」

  頭を下げながら周りを見ると、三人組とキノトも訳知り顔で笑っている。どうやら全員ホァンとは挨拶を済ませていたらしい。

  「リョージくんにユウくんか。よろしくね」

  彼は穏やかに微笑んで、そっとリョージの頭を撫でた。同性にはそういう魅力を感じたことのないリョージだが、そのしぐさに思わずドキリとする。男性というより、頼りがいのある父親のような雰囲気だったからだ。

  「たしかオッさんくんと、トーリくんで最後だったと聞いたと思ったけれど?」

  今度はユウの方に目を向け、そっと頬に手を伸ばし。リョージは思わずその間に割り込んだ。

  「あー……道に迷って急遽泊めてもらうことにしたんです」

  とっさに取った行動で、考えがあってのことではなかったが。なんとなくこの男とユウを一緒にしてはいけない気がした。

  「……そうか。まあもうすぐ夕食だ。また後で詳しく聞かせてもらうよ」

  相手は一瞬だけ驚いた表情をしたのち、再び優しく微笑む。そしていたずらっぽくウィンクをした。どこまで行っても様になる男である。

  「さ、皆もいったん席に座ろう。交流を深めるのはまた後程だ」

  そう言って彼はゆったりと、大仰なしぐさで腰かけて見せた。ほかの皆もそれぞれに自分の座席を見つけては腰を下ろしていく。

  テーブルの上には各部屋の番号が書かれた札が置かれている。二〇二の番号を見つけると、ユウの手を引いてそのテーブルについた。

  「おいユウ、大丈夫か?」

  席についてなおぼんやりとしたユウの前で、リョージはひらひらと手を振った。

  「あ、ご、ごめん! ありがと!」

  それに気づいたのか、ユウは慌ててそう口走る。何がありがとうなのだろう、とリョージは思ったが、ひとまず置いておくことにする。

  「その、悪いヒトじゃあなさそうだよね」

  顔を赤らめながらユウが言う。

  「……誘われてくるか?」

  「まさか!!」

  リョージの言葉に、勢いよく否定するユウ。

  「悪いヒトじゃないけど、ああいうのは、俺にはちょっと……」

  人差し指の先端を合わせ、こねくり回すユウ。視線を逸らし、もごもごとつぶやいた。

  「そうなのか? 俺に遠慮しなくてもいいんだぞ」

  ユウはその言葉にむっとした顔をする。リョージがどういうつもりで言っているか知らないが――いや、わかっている。おそらく本気で言っているのだ。もしユウに他に恋人ができるなら心から祝福してくれるのだろう。そんなことはユウは微塵も望んでいないというのに。

  「俺が好きなのは――」

  そう言いかけてぐっと言葉を飲み込む。さすがにこんな周りから聞こえている場所で告白できるほどの度胸はない。

  「とっさにかばってくれるようなヒトだよ……」

  だから、リョージにも聞こえないような小さな声でつぶやくにとどめた。

  「しかしなんというか……」

  なんとなく気まずくなって、リョージが話題を変える。周りを見回して、周囲の人物を観察する。

  「見事に男ばっかりだな」

  「しかも、気づいてる? みんな種族違うの」

  そう言われて改めて端から見ていく。

  狼獣人、トマ。

  虎獣人、クロード。

  熊獣人、ルカ。

  猪獣人、キノト。

  猫獣人、トーリ。

  龍人、ホァン。

  犬獣人、枯野オーナー

  牛獣人、シオン。

  なるほど、みごとにばらけている。

  「しいて言うならオーナーとユウが同じ犬か?」

  その言葉にユウは顎に指をあてて考える。

  「うん、犬ってくくりはそうだけど俺はハスキーで、向こうはシュナウザー系だからね。俺に至ってはオオカミとの混血(ミックス)だし……」

  そう、特に今回の自己紹介では触れていなかったがユウはハスキーとオオカミの混血(ミックス)である。もともとハスキーの顔立ちがオオカミに似ているので、言わなければまず気づかれることはない。

  「あれ、でも……」

  リョージが指折り数える。さきほどカウントした時に、まだ出会ってない人物が二人はいる、という結論だったはずだ。その後であったのはホァン一人だから、まだもう一人いるはずである。まだ来てないのだろうか、それを気にしながらあたりを見回して。そこでようやく、この食堂にもう一人いることに気が付いた。

  食堂の隅のテーブルについている。黒い人影。これは比喩でもなんでもなく、本当に真っ黒なのだ。黒いタテガミに黒い毛皮。黒い瞳に服装まで真っ黒である。そんな黒ずくめの獅子が一人でワイングラスを傾けていた。

  「ユウ、あのヒトいつからいた?」

  リョージの言葉にユウがそっと振り返り。

  「えっ」

  ようやく今気が付いたようだった。ほかのメンツも気づいているのかいないのか。今はそれぞれのテーブルの中で会話しているのでそれも判断がつかない。

  「なんか怪しくない……?」

  ユウが声を潜めて、不安そうに言う。言わんとすることはわかるが、毛皮が黒いのは生まれつきだろうし、今も一人でワインを飲んでいるくらいのこと。それだけで「怪しい」と言ってしまうのは失礼といってもいいだろう。

  「でもさあ、フィクションとかの犯人ってたいていああいう黒ずくめじゃん?」

  「それは漫画の読みすぎだろう」

  ユウの言葉にリョージは大きくため息をついた。仕事がら事件に巻き込まれたこともあるリョージだが、そういった場合の犯人はたいていごく普通の一般人だった。犯人はなるべく目立たなくしようとするし、逆に怪しい人間というのは、そもそも事件になる前にマークされている場合がほとんどだから、当然と言えば当然なのだが。

  「そうかなあ……」

  そう言いながらユウはちらちらと後ろを振り返る。失礼だから、とその行動を止めるよう言うと、ユウは再びむくれた表情をした。リョージの側からなら振り返ることもなく視界に入っているが、ユウの位置からはそうもいかない。せめて相手を観察するなら気取られないようにしないといけない、というのは探偵からすれば常識である。

  「皆様、お待たせいたしました」

  そうこうしているうちに、奥のキッチンと思しき方向から枯野オーナーと、バイトのシオンが姿を現した。傍らには大きなワゴンが二台あり、ワインのボトルや大きな皿が乗せられている。

  「順番にお配りいたします、少々お待ちください」

  オーナーがワゴンの一つを押しながらテーブルの間を歩き始める。このまま順番に配って行ってくれるのだろう。もう一台はシオンが押して、反対側から回っていくようだ。途中三人組に声をかけられて、何かをメモに書き込んでいる。この流れであれば、おそらくリョージ達のところにはオーナーが来ることになるだろう。

  「鈴城様、箱辺様、お待たせいたしました。食前酒はアルコールとノンアルコール、どちらになさいますか?」

  そう言って枯野オーナーはボトルの一本を見せてくれる。どうやらスパークリングワインらしい。

  「アルコールで。いいよね?」

  ユウの言葉にリョージはうなずいた。今日はもう車に乗る予定もないから、飲んでも構わないだろう。

  「偶然とはいえ、お二人にこの宿に来ていただけたこと、嬉しく思います」

  枯野オーナーがワインを注ぎながら言う。

  「周りには何もない宿ではありますが、温泉と料理だけは他には負けないと自負しております。どうぞ存分にお楽しみくださいませ」

  そう言って丁寧に頭を下げると、オーナーは次のテーブルへと向かった。

  リョージはグラスを手に取り、そっと持ち上げて光にかざしてみる。小さな泡がプツプツと、薄い桃色の水の中を上がっていくのがよく見えた。

  「リョージ」

  ユウの声に視線を下ろすと、グラスをもってそっと掲げた姿勢でこちらの動きを待っていた。

  「何に?」

  「んー……二人きりの旅行に」

  リョージが尋ねると、ユウがすこし照れたような顔で答えた。リョージは苦笑して。

  「乾杯」

  チン、と小さな音を鳴らしながらユウのグラスに自らのそれをぶつけたのだった。

  それから順番に、コースの料理が運ばれてくる。色とりどりの野菜をつかったバーニャカウダ。海老の味噌の風味が強いソースと食感が楽しい鯛のポワレ。いずれもオーナーが自慢に言うのがわかるほどの逸品だった。

  「これ美味いなあ……」

  いつもならガツガツと食べてしまうユウだが、今日はめずらしくゆっくりと味わいながら食べている。きっと味が好みなのだろう。もっともユウからすると量が少なめだからなのかもしれないが。

  そんなユウの様子を眺めながら、リョージも魚の残り一切れを口に運ぶ。最後の一口を味わっている間に、再びオーナーがキッチンから姿を現した。ワゴンの上にはよく見かける銀色のドーム――いわゆる、クローシュというやつだったはずだ。リョージはぼんやりとそれの名前を思い返しながらオーナーの動きを見つめる。隣のテーブルの一つに近づくと、クローシュを開いて中から大きな皿が取り出された。どうやら今日のメインはタンシチューらしい。そういえばそんなことを言っていたな、とリョージはぼんやりとこの宿に着いた直後のことを思い返した。

  「いいにおいやなぁ」

  「うん、おいしそう」

  隣のテーブルで、キノトとトーリが嬉しそうに声を上げた。ちらりと目を上げればユウが鼻をすんすんと鳴らしている。リョージのもとにまでは届いていないが、どうやらユウには感じ取れるらしい。

  「相変わらず鼻がいいな」

  リョージの言葉にユウは首を振る。

  「んー、まあ他のヒトよりはちょっといいけどさ。警察犬みたいなことできればよかったんだけどねー」

  そう言ってユウは笑った。かつてユウと知り合ったばかりのころ、ニオイで犯人の追跡ができないかと尋ねたことがあった。その時に答えたのも今と同じ、少しは敏感だけどヒトのニオイを嗅ぎ分けるのがせいぜいで、残ったニオイを追跡できるほどではないと。それ以降、嗅覚の話題を出すと必ず少し残念そうにこの話を返してくれる。どうやらよっぽど悔しいのだろう。そこまで期待しているわけではないから気にしなくてもいいと、何度か伝えているのだが。

  「どちらにせよ証拠能力はないだろうからそんなに……どうした?」

  今回も同様にそう言ってとりあえずの慰めにしてやろう。そう思っていたのだが、ユウは既に視線をそらし何かを気にしている。

  「一人で配膳してるのかな?」

  ユウがぽつりとつぶやいた。視線の先はキノトに料理の質問をされ、答えているオーナーの姿。その姿を見ながらユウが首をひねった。確かに先ほどまでとは違い、バイトのシオンの姿は見当たらない。テーブルの数は全部で五つ。一人で配るにはやや多い気がする。前菜ならともかく、メインなどは冷めてしまうのではないだろうか。

  「バイトの……シオンくんはどうしたんだろう」

  ユウの言葉にリョージは辺りを見回すがどこにも姿は見えない。奥で別の作業をしているのだろうか?

  「お待たせしました」

  キノトとの会話を終えたらしい枯野オーナーが、リョージ達のもとに歩み寄った。

  「あ、ありがとうございます」

  ユウがオーナーの礼に合わせてとっさにお礼の言葉を口にした。ユウのこういうところにリョージは好感を抱いていた。

  「シオンくんはどうしたんです?」

  再度辺りを見渡しながらリョージが尋ねた。もしかしたらワンテンポ遅れて到着したのかもしれないと思ったからだ。だがやはり彼の姿はどこにも見当たらない。

  「ああ、シオンくんに御用ですか。後ほど戻ったら顔を出すよう伝えておきましょうか」

  オーナーはニッコリと微笑んでくれるが、そう言うわけではない。慌ててリョージは手を振って否定を示す。

  「あ、いえ。そう言うわけではなくて。たださっきは二人で配っていたのに、今回は一人なので大変だなと思っただけで」

  なるほど、という風にオーナーはうなずいた。

  「そういうことでしたか、ご心配おかけして申し訳ありません」

  彼は穏やかな微笑みを浮かべたまま謝罪のために頭を下げた。何度も頭を下げさせてしまい、むしろリョージの方が恐縮してしまう。

  「先ほど他のお客様に頼まれてワインを探しにワイン蔵におりたのですが……確かに遅いですね」

  そこで初めてオーナーの顔が曇る。どうやら彼にとっても想定外のことらしい。

  「ワイン蔵って、ワインいっぱいあるんです?」

  ユウが嬉しそうに尋ねた。酒豪というほどではないが、彼は酒を飲むのが好きなのだ。

  「ええ、色々取り揃えておりますよ。後ほどワインリストお持ちしましょうか」

  はい、とユウが元気よくうなずき。そんな会話をしながら、リョージ達の前にシチューの皿が並べられた。

  「器、熱くなっております、お気を付けください。

  こちら、風鳴(かざなり)牛(うし)のタンを使ったタンシチューです。ひとつ隣の山に牧場があって、そちらから直接買い付けているんですよ」

  なるほど、確かにこの辺り――風鳴(かざなり)市(し)では牛肉が有名である。ここで宿を経営するなら、この食材を使わない手はないだろう。

  「具が大きくなっておりますので、よろしければナイフとフォークご使用ください」

  言われてみれば、確かに大きな肉の塊がシチューの中に見えている。肉の味をしっかりと楽しめるように、ということだろう。

  「へえーっ、うまそう!」

  ユウが嬉しそうにナイフとフォークを手に取った。

  「いっただっきまーす!」

  スープがはねないよう丁寧に肉を切り分けてから、そのひとかけを口の中に放り込む。

  「~~~~~~ッ!」

  天を仰ぎ、しっぽをピンとたてながら、ユウは言葉にならない叫びをあげている。机の下で見えないが、どうやら足も小さく動かしているらしい。

  「うまいか?」

  リョージの言葉に、ユウはこくこくと何度も頷いた。その目には涙までたたえていたりするからよっぽどなのだろう。

  「お気に召していただいたようで何よりです。それでは、引き続きお食事お楽しみください」

  枯野オーナーはひときわ嬉しそうに微笑むと、ワゴンを押して厨房へと戻っていった。おそらく温度を考えると一度に運べるのは二卓分が限界なのだろう。リョージはオーナーからユウに視線を戻す。

  「リョージも食べてみなよ、すごいよ!」

  そう言われては期待せざるを得ない。シチューの中にある肉の端にフォークを突き立てると、切り離すようにナイフを入れていく。

  「んっ……これは……」

  その切り取った欠片を一口。その瞬間口の中に広がるジューシーな肉汁と、強い甘み。そしてシチューのしょっぱさが後から追いかけてくる。

  「確かに、他とはちょっと違うな」

  ここ最近、いや数年レベルで思い出してもこの肉にかなう味を食べた覚えはない。正直このレベルなら都会でレストランを出しても儲けが期待できるだろう。

  「オーナー、元料理人なのかもしれないな」

  かけらを飲み込み、少し大きめに二口目を切り取りながらリョージはつぶやいた。

  「なるほどねー、確かにそうかも。下手なレストランなんかよりずっと美味しいよね」

  「レンも連れてまた来るか?」

  リョージの言葉にユウの顔がぱっと明るくなる。どうやら彼もこの宿がいたく気に入ったようだった。

  「そうだね、またちゃんと時間とって来よう。ここ、温泉も有名みたいだしね。楽しみだな」

  そう言われて、リョージは少し考える。そういえばゲイフレンドリーという話だったが、レンのような子供を連れてきても大丈夫なのだろうか? その辺りで突然ナンパが始まっているわけではないし、子供が居ればさすがに自重されるとは思うが、不安が残るのは事実だった。

  「あれ」

  ユウが小さく言葉を漏らした。リョージはそれに反応し、顔を動かさないまま横目でユウの視線を追う。視線の先、リョージ達のテーブルのそばを先ほどの黒ずくめの獅子が通り過ぎるところであった。リョージはその背中を見ながら、着席するところまで確認する。

  「いつの間に、離席してたんだろ?」

  ユウが不思議そうに首をひねった。確かに、彼が帰ってくるまで全く気付かなかった。オーナーと会話をしている間に通ったのだろうか?

  「まあでもさっきから何人かトイレには出てるみたいだしな」

  リョージは手を止めてこの宿の構造を思い出す。確かトイレはこの食堂をでて、カウンターの向こうに一か所だけという話だったはずだ。

  「案外中座して温泉入ってたりして」

  そう言ってユウは笑う。いくら温泉と食事がウリだといってもさすがに同時に楽しもうという人間はいないだろう。

  「風呂の中に食事を持ち込むか? 消化に悪そうだな」

  そういってリョージも笑う。

  「まあでもお酒くらいならやってもいいのかもね。ワインって感じではないけど」

  「そうだな、露天風呂で日本酒ってイメージだ」

  ユウが苦笑しながら言い、リョージもそれに同意する。

  そうやって二人冗談を言い合いながら食事を勧め、ようやく最後の一切れをリョージが飲み込んだころ。

  「うわああああああっ!!」

  突然叫び声が辺りに響いた。

  [newpage]

  〇

  ゆっくりと、自分の胸の上を小さな手が滑るように動いていく。わずかに触れるか触れないか。そんな絶妙な距離を保ちながら、産毛だけを撫でるようにしてその手は胸の谷間を通り、そのまま首元へとたどり着いた。短い毛皮の上に浮いた小さな汗の玉を、そっと指先がつついては隣の汗とつなげていく。

  「か、堪忍してえな、トーリくん……」

  その指に触れてほしくて、ベッドの上のイノシシは身をよじる。だがそれを予想していたかのように手はすっと引かれ、その指先がイノシシの素肌に触れることはない。

  「センセイって、汗かくんですよね」

  そう言いながら、ハチワレ模様の猫は優しく微笑んだ。

  「ま、まあほら、本物のイノシシとはちょっとちゃうからな」

  そう言って彼は引きつった笑みを浮かべる。そんなことよりも。そんなことよりも、その手で地肌に直接触れてほしい。

  「それはそうですよね、僕もかきますし……汗」

  トーリはすっと手を引くと、自分の額にたまっていた汗をそっと指先に絡める。そのままキノトの口元に持って行った。

  「ああ……」

  キノトは必死で舌を伸ばし、その指先に触れようとする。それが大好物のモノであるかのように、彼はふるまっていた。ぐっと体を起こそうとするが、縛り上げられた腕はベッドから持ち上がりそうにない。逞しい体躯をしているキノトであるが、さすがにベッドの脚に固定されていてはその腕を持ち上げることはできそうになかった。

  「たのむ、トーリくん、ワシに触ってくれ」

  そう言いながら殻は首を突き出し、必死でトーリの手に触れようとする。だがそれをわかっていて、トーリは自分の手を引いてはキノトから離れようとする。

  「なんでや……ワシのこと嫌いになったんか……?」

  手に触れようとするのは諦め、キノトはそっと頭を枕へとおろした。もしトーリに嫌われていたら。そう思うとキノトの心にじんわりと不安の影が広がっていく。

  「そうですね……せっかちな人は、好きじゃあないです」

  そう言いながらトーリはそっとキノトの横に身体を横たえた。キノトは今、手足を精一杯伸ばした姿勢でベッドの上に横たわっている。腕はバンザイするように、脚は少しだけ開いて伸ばした状態で。それぞれベッドの脚に縛り付けられている。まさにバツの字になるような姿勢だった。その横手に、脇の下に入り込むようにトーリは丸くなる。

  キノトのむき出しにされた脇から、ふんわりと雄のニオイが漂うのをトーリは感じた。目の前にいるキノトは下着一枚――白いくたびれたブリーフだけである。対してトーリはまだ服をしっかりと着込んだまま。スラックスに白いシャツ、上から薄緑のベストを着ている。さすがにブレザーは脱いでいるが、まるで学生といっても誰も違和感を覚えない姿であった。

  「ねえセンセイ……ダメじゃないですか、生徒に手を出したいなんて言っちゃあ」

  トーリの言葉にぐ、とキノトの言葉が詰まる。もちろんトーリは既に卒業しているし、なんなら既に成人もしている。小柄で童顔なため間違われることもあるが、それは卒業した年数から考えても間違いはない。それでもそうやって生徒であると言われてしまうと。キノトは自分が罪を犯しているのだという気になっていくのだ。

  「でも僕、センセイのニオイ好きです。授業中から、ずっと好きでした。教室の中、教科書を片手に歩きながら。近くを通った時にふんわりと漂う、成熟した雄のニオイ」

  言いながらトーリは鼻先を脇の下に埋め、すうっと息を吸う。きついニオイが鼻を通り、トーリの脳を直撃した。

  「女子たちは、センセイのこのニオイが耐えられない……って言ってました」

  「うう……」

  キノトは思わず涙を浮かべる。自分の体臭が強いことも、それが女子生徒に――女性たちにウケが悪いことも自覚はあった。幸いゲイであったから、恋人ができないということはなかったが、それでも職場の同僚や生徒たちに嫌われるのは喜ばしいことのはずがない。

  「わかってないですよね……これが最高なのに」

  そう言いながら、トーリは舌を突き出すと、べろりとキノトの脇を舐め上げた。一段と濃い毛が舌に絡みつくのも構わず、そこの汗をべろべろとなめとっていく。

  「あぐっ、とっ、トーリくんっ、きたない、汚いよ!」

  くすぐったさと、やっと訪れた刺激に歓喜しながらも、キノトは残った理性で必死にそれをいさめた。だがトーリはそれをやめる気配がない。いや、むしろ。さらに苛烈にその部分の汚れをなめとっていく。

  「そうですね、ここに着いてから温泉はおろかシャワーも浴びてませんし。……いつもよりしょっぱいですよ?」

  いつもより汚いと言われて、キノトの顔がさっと赤くなる。恥ずかしさで顔から火が出る思いだった。その表情を見て、トーリはようやくキノトの脇から顔を離す。

  ――ようやく終わった

  そう思ったのもつかの間だった。いや、そう思っていたかすらわからない。なぜならこの一連の行動は予定調和だったから。

  「んっ……!」

  トーリがキノトの脚の間に入り、腰を下ろす。そっとその手が内ももに触れただけでキノトは声を漏らした。こらえようとして、豚のような鼻からぶふ、と大きく息を漏らす。

  「かわいい」

  トーリは言いながら、キノトの脚の間に身体を伏せて。そのまま股間のふくらみのさらに下。肛門との間――いわゆる会陰部に顔をうずめていく。

  「ああ、臭い……」

  トーリがうっとりとした顔でつぶやいた。

  「トーリくん、ほんまに、ほんまに堪忍して……」

  今にも泣きだしそうな顔でキノトは言う。先ほどから目には涙を浮かべているが、さすがにそろそろ限界だった。

  「ふふ……ごめんなさい、センセイ」

  トーリは一通りキノトの体臭を堪能すると体を起こし、はりつけになったキノトの上に覆いかぶさる。腕は胸元を滑り、乳首をかすめて両のほほをつかみ。顔をよせてキノトの顔を覗き込む。

  「センセイ、大好きですよ。誰にも渡さない」

  顔を覗き込んで真剣な顔で言う。その表情がキノトには嬉しく、同時に恐ろしくもあった。もし自分に他の誰かが手を出して来たら何をするつもりなのか、わからなかった。だけど。

  「ワシも好きやで、トーリくん」

  それでも彼のその苛烈さに身を焼かれるのは、決して苦ではなかったのだ。

  トーリから重ねてきた唇に、キノトも息を合わせて重ねていく。舌を突き出し、トーリに吸われるまま彼の口腔内へ。唾液を交換しながらうっすらと目を開けると、同じように目を開いていたトーリと目が合った。もし腕が自由なら、トーリを抱きしめ、その頭を掴み、全身で彼を支配していたことだろう。だが今はそれはできない。むしろ支配されているのはキノトのほうだ。

  「知ってます。……それ以外なんて許しませんよ」

  トーリは妖しく笑いながら片手を下ろし、むき出しになったキノトの乳首に優しく触れた。電流のように全身を焼く快感にキノトの身体が跳ねる。上に寝そべっていたトーリも小さく跳ねあがるがそんなことは気にしないとばかりにそのまま乳首を軽くつまみ。

  「あああああッ!!」

  力の限り、強く押しつぶした。それだけで先ほどまで六分勃ち程度だったキノトの股間が大きく膨らむ。初めて二人が肌を重ねた時にはまだ感じることがなかった乳首。それをここまで調教したのはトーリである。どこをどうすれば一番感じるのかは、比喩ではなく手に取るようにわかっていた。

  「いい声ですね。ずっと聞いていたいです」

  トーリは言いながら、まるでラジオのツマミでもいじるかのように乳首をコリコリとひねってやる。

  「あんっ! とっ、トーリくんっ! あかんっ、こえっ! 声おさえられんくなるっ!」

  それに対応するように、キノトは体を跳ねさせ、喘ぎをもらす。それを聞きながら、トーリは足を閉じて自分の間に感じる熱を楽しみ始めた。

  「うおっ、と、トーリくんっ!」

  それを察してキノトはゆるやかに腰を振り始める。トーリの機嫌を損ねないように、それでも自分が快感を覚えられるように。

  「ああ、ダメですよ、センセイ。まだそんなに激しくしちゃあ……」

  だがトーリはそれがお気に召さなかったようだ。キノトの股間をはさんでいたトーリの細い脚はすっと開かれる。

  「しょうがないですねぇ」

  そう言いながら、トーリは体を起こすと再びキノトの脚の間に腰を下ろした。太い脚の下に、トーリの細い脚が滑り込まされ、下から尻を抱えられるような姿勢となる。

  「なにを……」

  キノトはそう漏らしながらも、もう期待している。この後何をされるのか十分すぎるほどに理解しているからだ。

  トーリの手がそっとキノトの太腿に添えられ、ゆっくりと毛を逆撫でるように鼠径部へとあがっていく。そのままブリーフの脇から侵入すると奥へと進み、腰のほうへと上がっていく。肝心の部分には触れられないままに、トーリの手はブリーフを潜り抜けて腹へとたどり着いた。大きな腹をぐにぐにともまれ、キノトは心地よさから大きく息を吐く。

  そんなキノトを見ながらトーリは満足そうに微笑み、大きく前傾していた体をふたたび起こす。それに伴い彼の両手は再びキノトの下着の中へと滑り込む。くるりと中で手を返すと、ブリーフの布をつかみトーリはそれを左右に引っ張った。

  「はっ……」

  白い――黄ばんだ布地が左右にひかれ、控えめな刺激をキノトに伝える。やがて正面の合わせが大きく広がり。幾度かの呼吸ののち、その隙間から抑圧されていたキノトの一物がまろびでた。

  「はああ……」

  恥ずかしさと開放感から再び声をもらすキノト。鼓動にあわせビクビクと動くそれはまるで別の生き物のようにまっすぐ天をむいてそそり立つ。先端まで皮に覆われているが太い血管がくっきりと絡みつき、その力強さを誇示していた。

  「いつ見てもご立派です……」

  トーリはうっとりとした口調でそうつぶやき、そっとほほを寄せる。トーリはそういうが、世間的には決して立派ではないだろうとキノトは思っている。太さこそ人並以上と言えるものの、長さは片手で覆える程度の長さしかない。

  「恥ずかしいよ、トーリくん……」

  それを知っているからだろう、トーリはそれに触れることもなく、ただじっと間近で見つめるにとどめていた。やがてその先端、すぼまった皮の合間からじっとりとした蜜があふれてきた。とろとろとあふれてくる蜜を、舌を伸ばしトーリが優しくなめとっていく。

  「あかん、あかん……」

  いやいやをする様に、必死で首を振るキノト。だがトーリは猫そのもののようにぴちゃぴちゃと音を立ててその先端をねぶる。やがてあふれた蜜をすべてなめとり。それでも物足りない、とでもいうように、トーリはようやく肉棒に触れてゆっくりと皮を引き下ろした。

  「ああああぁぁぁぁ……」

  先端からひんやりとした空気が触れていくのをキノトは感じている。何度もいじっているはずなのに、いまだ鮮やかなピンク色をたもつその先端がついに皮の中から姿を現した。内部はさきほどあふれた蜜がまだ残っており、電灯の明かりを反射しててらてらと光っている。

  「いただきます……ね?」

  上目遣いでキノトを見ながら、トーリは大きく口を開いて。その肉を口内へと納めていく。だが刺激が入らないようにか、舌も口腔も肉棒には触れないようにと気を使って飲み込んでいった。

  上体を、首を必死に起こし、その様子を凝視する。自らの肉棒が姿を消すが、刺激らしい刺激はいまだとどかない。このまま自由になる範囲ででも、腰を突き上げれば先端から強い快感が届くことだろう。だがそうしては、無防備に口を開いているトーリが。自分を慕ってくれている生徒が苦しむことになる。それだけは、避けねばならないとかすかな理性が告げていた。

  「ふふ……」

  トーリのかすかな笑い声が聞こえ。

  「あんんんッ!」

  強い刺激が、キノトの肉棒を襲った。「よく我慢できました」口が利ければ、きっとトーリはそう言ってくれていただろう。だが彼の口は、太く短い皮あまりの肉棒に占拠されている。とてもではないが口に含んだまま話すことなどできないだろう。

  「ふっ、あっ、あんんっ!」

  びくびく震える体を抑えようと、身体をそらしベッドに押し付けながら。キノトはあふれる声を止められずにいた。ようやく訪れた快感、生徒による口淫。許されぬとわかっているその禁忌を肌で、粘膜で感じてキノトはあふれる粘液を止められずにいた。

  「っは……ごちそうさま」

  息が続かなくなるかというころ、ようやくトーリは顔を上げた。竿も、その周りも唾液と先走りでびしょびしょになっているがキノトにはそれを気にする余裕はない。

  「それじゃ、先生」

  トーリが口調を正して言う。

  「放課後の居残り授業、初めてもらっていいですか」

  腰を上げ、キノトの腹にしなだれかかり、股間の竿を握ったままゆっくりと添い寝するように横たわる。

  「せ、せやな……ほな、専門とちゃうけど……保健体育でええんか?」

  キノトが息を整えながらいう。それにトーリは嬉しそうに答えた。

  「に、人間の雄は例外なく性器をもっていてやな……大半の場合はそこは性感帯言うんや」

  ベッドに縛り付けられ、服装はパンツ一丁、なんならそこから男根がはみ出したようなその姿勢でも。キノトは精いっぱい教師であろうとしていた。

  「ここですか?」

  トーリがぎゅっとキノトの玉を握る。トーリの片手では収まらないほどに大きなキノトの陰嚢。手の中で転がされ、軽く握られながら。

  「うっ……ちゃ、ちゃうよ、折原くん……そこは性器ではあるけど陰嚢いうて……」

  ぐにぐにとゴムボールのようにこねられながらも、痛みよりも快感を覚えてしまうことにキノトは罪悪感を抱き。その罪悪感すら、興奮材料だった。

  「でも先生、ここ性感帯ですよね?」

  トーリが薄ら笑いを浮かべながら聞いてくる。

  「せ、せや……先生はそこも性感帯なんやけど……その上にある陰茎、特に先端の亀頭の部分のほうがあああっ!!」

  必死で説明しようとするキノトをあざ笑うかのように――実際に笑いながら。トーリがぐりっと亀頭を強く握りしめたのだ。

  「どうかしましたか、先生」

  トーリがまじめな生徒のような口調で尋ねる。そういわれてはキノトとしても

  「な、なんもあらへんよ、だいじょうぶ……」

  そう答えるしかなかった。だがトーリの手は止まらない。先端をつかんだかと思えば手を広げ、手のひらで鈴口を中心に回すようにこね、あるいは指を輪にしてカリ首に引っ掛けるようにしてしごきあげる。唾液と先走りにまみれたそれの上を、トーリの手がぬめらかに動いていく。

  「ぎっ、がっ、がああっ!」

  求めていた強い刺激に、キノトが涙を流しながら首を振る。

  「どうかしましたか、先生」

  だがトーリはそういいながらキノトの先端をいじくるだけ。

  「かんにんや、トーリくん! 堪忍して、ワシもうおかしなる!」

  「駄目な先生ですね……」

  トーリが困った顔でため息をつき、体を起こす。

  「失望しましたよ」

  そして触れていた手すら放してしまい。

  「ああ……すまんトーリくん……せやけど、ワシ……」

  鼻を鳴らし、涙までこぼしながらキノトが訴える。腕が動いたなら、きっと顔中をゴシゴシとこすっていただろう。

  「トーリくんがおらんと、もう生きていかれんのやぁ……」

  絞り出すようなその言葉に、トーリがにぃっと笑った。それは悪魔の笑みにも、無邪気な少年の顔にも見える。

  「ダメなセンセイですね」

  先ほどと同じ言葉、だけど温度が違う。言葉に隠された感情が違う。それが証拠にトーリはそっとキノトの肉棒を握り、胸元に口をよせ、小さな突起を口に含む。

  「んあっ、あああああ、うぐっ、んんんんんん!」

  刺激の緩急に翻弄されながら、一気にキノトの限界が近づく。乳首と亀頭を同時に責めるのは、トーリが射精を許可する時だと、肉体が知っているからだ。そして機嫌を損ねては、次の射精許可がいつおりるかわからない。それこそ数か月開けられた時すらあったのだ。今、全力で感じるしかない。

  「トーリくん、トーリくん、好き、好きや、あかん、出る、出るッ!」

  ばちっ! と大きな音が鳴った。勢いよくほとばしった精が頭を超え、壁に強く叩きつけられ。続いて、ぼたたっ、と鈍い音。粘度の高い種汁が枕へと垂れる。トーリの手の中でキノトがしゃくりあげるたび、キノトの身体がどろりとした白濁に汚れていく。強すぎる快感にだらしなく口を開けたキノトは、自らの体液を飲む羽目になった。

  控えめに見ても十五回は跳ね回っただろう。さすがに力尽きたといわんばかりに、手の中でキノトのモノがぐったりとしていくのがわかる。

  「センセイ、大丈夫……?」

  トーリの声に、キノトは返事をしない。目はとろんとして、開いた口からは舌がだらりと垂れさがっている。乳首や竿をいじれば小さく声をあげるから、気を失ってはいないようだが。

  「かわいいな、センセイ」

  言いながらトーリはズボンと下着をいっぺんに脱いでしまう。ここまできて、ようやくトーリの番なのだ。

  トーリはキノトの脚の拘束を外す。おもちゃの手錠にロープを固定した簡単なものだが、それでも十分役目は果たしたといえるだろう。

  「いれるよ、センセイ」

  トーリが優しい声でそう言った。脚を曲げさせ、自分の身体をその下に滑り込ませる。そして慣らすことをせずともすでにトーリの形になっているそこに、ゆっくりとねじ込んでいった。キノトに比べて細く小さい、子供のようなそれ。だがキノトにとってはその形、その大きさこそが至高だった。

  「あああああああ……トーリくんが、中におる……」

  ぼんやりとした声でキノトがつぶやいた。快感で頭が壊れていても、それでもなおトーリを求める。

  「ホントに……たまんない」

  トーリはゆっくり腰を振り、キノトの中を突き上げながらサイドテーブルに手を伸ばすと自らのスマホを起動して録画ボタンをタップする。キノトのゆるんだ、白濁だらけの顔。だらしない体といまだそそり立つ肉竿。そして尻にねじ込まれるトーリの一物。すべてを余すところなく録画しながら、トーリはあっという間に上り詰めていく。

  「センセイ、好きだよ、愛してる……!」

  激しく腰を振り、それに合わせたキノトの喘ぎ声を聞きながら。トーリはあっという間に絶頂に達した。若いが故かその量はキノトに負けるとも劣らず。接合部からはだらだらと白濁があふれ出していく。その様子も録画しながら、トーリは。

  「絶対に離さない……」

  小さくつぶやいた。

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