第2章:呪いのビキニアーマーと、初めての相部屋生活

  森を抜け、俺とセリアは無事に最寄りの街『リモートリア』へと辿り着いた。

  石造りの建物が並び、活気あふれる市場の声が響く、まさにファンタジーの王道といった趣の街並みだ。

  しかし、俺たちは今、非常に現実的な問題に直面していた。

  「……セリア。君、家出してきたって言ってたよな。所持金は?」

  「はい! これだけです!」

  えっへん、と胸を張って(俺のチュニックを着ているのでギリギリ見えないが)彼女が差し出した手のひらには、銅製の硬貨が数枚だけ乗っていた。

  「俺、この世界の通貨価値がわからないんだけど、これで、宿屋とか泊まれる?」

  「……いえ、たぶん、無理かと……」

  「貴族の令嬢なんだろ……? なんでそんなにカツカツなんだよ」

  「だ、だって、お父様に内緒で飛び出してきたんですから! 荷物を持ったら怪しまれるじゃないですか!」

  「なるほど、一理……あるか? いや待て、それじゃあ今日泊まる宿代すら無いのか!」

  俺はもちろん無一文だ。スーツのポケットに入っていたスマホや財布は、異世界転生時にどこかへ消滅していた。

  つまり俺たち二人は現在、完全なる無一文の状態である。

  そして致命的なことに、セリアの装備は先ほどの戦闘で胸当てが吹っ飛んでおり、現状『俺のチュニックを羽織っただけのほぼ半裸の美少女』という非常にセンシティブな状態だった。

  「防具……買わないといけませんね」

  「この所持金で買える防具なんて、布切れ一枚くらいなんじゃないか?」

  「と、とにかく防具屋さんを見てみましょう!」

  顔を真っ赤にしながら、俺のチュニックの前を両手でギュッと掴んで足早に歩き出すセリア。

  前世の俺なら「仕様変更による予算ショート」と「リソース不足」に胃を痛めるところだが、今は違う。なんせ隣には絶世の金髪美少女がいるのだ。モチベーションが違いすぎる。

  ◆ ◆ ◆

  街角にある古ぼけた防具屋に入ると、ヒゲもじゃのドワーフ親父が店番をしていた。

  「いらっしゃい……って、なんだそのワケアリな格好は。お嬢ちゃん、身ぐるみ剥がされたのか?」

  「ち、違いますっ! ちょっと魔物に防具を破壊されただけで……!」

  「それをどうにかしたくて来たんだが、親父さん。この銅貨何枚かで買えるような、ワケアリの防具とかないか?」

  親父は俺たちの足元から、俺のチュニック一枚でプルプル震えるセリアまでをジロリと値踏みした後、ニヤリと笑って奥の棚から一つの装備を取り出してきた。

  「あるぜ。いわくつきというか、処分に困ってた……いや、とっておきの在庫がな。……これだ」

  ドンッ、とカウンターに置かれたのは——。

  見事なまでに布面積が少ない、皮とわずかな金属プレートで構成された『真紅のビキニアーマー』だった。

  「……親父さん。これ、防御面積に問題ないか?」

  「ばっか野郎、ビキニアーマーってのはな、『敵の視線を釘付けにして攻撃の狙いを逸らす』という立派な回避補正効果があるんだよ!」

  (なんという説得力だよ!)

  しかも、このアーマーにはある『呪い(バグ)』がかかっているという。

  「こいつは古代魔法の試作品でな。『使用者の魔力波長を常に読み取ってサイズを自動調整する』便利な機能があるんだが……設計ミスかなんかで、なぜか数時間に一度、高純度の魔力を外部から注入してやらないと、徐々に【透明化(テクスチャ透過)】していくんだよ」

  「は?」

  俺は思わず聞き返した。

  透明化? テクスチャの透過?

  エンジニアの直感で直ちに【バックエンド・アイ】を作動させ、そのビキニアーマーの構造(プログラム)を解析する。

  【Item】 オートフィット・アーマー(呪詛品)

  【Bug】 定期認証エラー:外部からの魔力供給(認証キー)が途絶えると、レンダリング処理がスキップされ、装備の透過度(Alpha値)が100%に向かって進行する。透過状態でも物理的な防御力は維持される。

  (……つまり、防御力はそのままに、見た目だけが全裸になるってことか!? おいおいどんなエロMODだよ!)

  「ひっ! そんなの着てられません! 街中で突然恥ずかしいことになっちゃうじゃないですか!」

  全力で首を振るセリア。そんな俺たちに親父は肩をすくめた。

  「そいつは残念だが、今のお前さん達の所持金で買えるのはこれだけだ。それとも、そこの兄ちゃんの布切れ一枚でクエストに行くか?」

  ぐぬぬ、と項垂れるセリア。

  クエスト(仕事)に行って金を稼がないと、宿屋どころか今晩の飯すらありつけないという悪循環。

  「あの……タイチさん」

  「……ん?」

  上目遣いで、セリアが俺の服の袖をちょこんと引っ張った。

  「その……先ほどの【マナ・テザリング】? というやつで、タイチさんの魔力を私に……あの、定期的にお願いできれば、透過は防げるんですよね……?」

  「えっ」

  「だって、他に着るものもないですし……それに、タイチさんなら、その……触られても、嫌じゃなかったので……」

  顔を真っ赤にして、モジモジとしながら告げられる衝撃の言葉。

  俺の脳内CPUは一瞬でオーバーヒート寸前になった。

  (こ、こいつゥゥゥゥッ!! 無自覚無防備天然無知お嬢様サイコーーーーッ!!)

  「わ、わかった。俺が責任を持って、お前の装備(モラル)を守護(デバッグ)してやる!!」

  かくして、セリアは『定期的に俺とスキンシップ(密着)しないと全裸になってしまう呪いのビキニアーマー』を正式に装備することになったのだった。

  ◆ ◆ ◆

  その日の午後。俺たちは街の北にある『ヌルヌル洞窟』(どういう名前だよ!)で、薬草採取のクエストをこなしていた。

  洞窟内は「ローションマッシュルーム」と呼ばれる、粘度の高いローション状の液体を撒き散らすキノコ型魔物の群生地。当然、足元も壁も常にヌルンヌルンのテッカテカである。

  「やぁぁぁっ!」

  セリアが剣を振るい、迫り来るマッシュルームを斬り伏せる。

  だが、飛沫として散るローションを浴びて、彼女の真紅のビキニアーマーはテカテカといやらしい光沢を放っていた。

  安全圏から指示を出していた俺が、その扇情的な姿に見惚れていた、その時だった。

  ピコンッ、と俺の視界に赤いアラートウィンドウがポップアップした。

  【Warning:『オートフィット・アーマー』の魔力認証が切れかかっています。透過処理を開始します。】

  「——なっ!?」

  見れば、セリアが着ているビキニアーマーの輪郭がノイズ混じりにブレ始め、みるみるうちに半透明になっていくではないか!

  「えっ!? きゃあああっ! た、タイチさんっ、防具が透けて……っ!」

  「ヤバい! セリア、早くこっちに来て【マナ・テザリング】を……!」

  涙目になったセリアが、腕で胸と股間を隠しながら慌てて俺の方へと駆け寄ってくる。

  しかし、ここは足元がローションまみれの洞窟だ。

  焦って駆け出した彼女の足が、見事にツルンッ! と滑った。

  「ふぇっ……!?」

  体勢を崩し、宙を舞うセリア。

  よりによって、俺に向かって大股開きの体勢のまま、猛スピードでスライディング特攻を仕掛けてくる形になった。

  そして、俺の目に飛び込んできたのは——透過率90%を超え、ほぼ『存在しない』に等しくなったビキニアーマーの股間。すなわち、神が創り賜うた、光り輝く美しき『桃源郷』の超絶ディティールだった。

  【Warning:エラー発生! エラー発生! 視覚情報がR-18! 処理しきれま——】

  ドゴォォォォォンッ!!!

  「ぐほぁっ!?」

  回避する間もなく、俺の顔面にセリアの股間(と柔らかい太もも)がクリーンヒットした。

  だが、圧倒的な衝撃と柔らかな感触と同時に、俺の脳内にシステム音が鳴り響く。

  『Connection Established (Rate: 300%)』

  顔面と股間という、男として最高かつ究極の「物理的接続」。

  しかもローションがCPUの熱伝導グリスのような役割を果たし、マナの伝導率は限界突破していた。

  俺の顔面を経由して、凄まじい量のマナがセリアへと流れ込む。

  「ふあぁぁぁ……っ、あっ、体が、熱い……っ! 何か、すごい量が……っ 入って……来るぅっ!!」

  俺の顔に跨った体勢のまま、ビクンビクンと身をよじるセリア。

  同時に、透過していたビキニアーマーのレンダリングが急速に回復し、元の真紅の装甲へと戻っていく。網膜に焼き付いた桃源郷が、物理的な装甲によって再び封印された。

  「……ああっ! た、タイチさんっ!? ごめんなさい、私、滑って顔面に……!」

  「……ふっ。気にするな。これは……名誉の負傷だ……」

  「ひぃっ!? タイチさん、鼻からすごい血が出てますぅぅぅっ! 私のせいで大怪我を!?」

  パニックになり、顔を真っ赤にして涙目で謝ってくるセリア。

  違うんだセリア。俺の鼻血は物理ダメージによるものじゃない。圧倒的な情報量(エロ)に俺の血管が耐えきれなかっただけなんだ。

  だが、その誤解を解いている暇はなかった。俺たちの匂い(と騒ぎ)を聞きつけ、洞窟の奥から大量のローションマッシュルーム(キングサイズ)たちが迫ってきていたのだ。

  「俺の怪我(鼻血)はいい! セリア、今だ! その溢れんばかりの魔力で、剣を振れ!」

  「は、はいぃぃぃぃぃぃっ!! タイチさんの仇は私がっ!!」

  俺と密着して限界までバフが掛かったセリアが、熱い吐息を漏らしながら立ち上がり、気合を入れ剣を横に一閃する。

  圧倒的な魔力が乗った光の斬撃が、洞窟の壁を崩しながらローションの波ごとキノコの群れをド派手に斬り裂き蒸発させた。

  ズドドドドォォォォォンッ!!

  「……ふぅ。これで薬草が採取できるな」

  「タイチさん……私、もう足が立たない……です……」

  「お疲れ。ほら、おぶってやるよ」

  過剰な魔力供給(意味深)によってヘロヘロになったセリアを背負い、俺たちは薬草をかき集めてギルドへと帰還した。

  「タイチさん……お鼻、痛くないですか……?」と背中から心配そうに覗き込んでくる彼女の顔を見るたび、さっきの『桃源郷』の光景がフラッシュバックして、帰り道の間ずっと股間が落ち着かない状態になっていたのは言うまでもない。

  ◆ ◆ ◆

  「——というわけで、部屋を一泊お願いしたい」

  冒険者ギルドで無事に初クエストの報酬を受け取った俺たちは、その足で宿屋へと向かっていた。

  「はいよ。でも兄ちゃん達、今日は少し遅かったね。もうダブルベッドの部屋しか空いてないよ。それでもいいかい」

  「「えっ」」

  宿屋の女将の言葉に、俺とセリアの声が見事にハモった。

  これもまた、ファンタジー世界における絶対の法則(お約束のイベント処理)である。

  「ど、どうしますかタイチさん。私、野宿でも……」

  「いや、いい! 俺が床で寝るから、セリアはベッドを使ってくれ」

  顔を真っ赤にするセリアをなだめ、俺たちはその部屋にチェックインした。

  深夜。

  備え付けのキャンドルが微かな光を放つだけの、静寂に包まれた部屋。

  俺は硬い床に毛布を敷いて寝ようとしていた……が、全く眠れる気がしなかった。

  ベッドの方からは、セリアの規則正しい、しかしどこか甘ったるい寝息が聞こえてくるのだ。

  (……異世界転生して数日……異世界マジでホワイトすぎるだろ!)

  前世のブラック企業で酷使されていた頃からすれば、信じられないほどの落差である。

  ストレスフリーな労働環境(数時間の探索で終わり)、そして可愛い女の子との共同生活。

  (最高だ……俺は、この幸せを絶対に手放さない……!)

  固く決意し、目を閉じようとした時だった。

  「ん……ぅ……」

  ベッドから寝返りを打つ音が聞こえ、毛布の擦れる音がした。

  ふと見上げると、セリアがベッドの端ギリギリまで転がってきていた。

  しかも、その様子がおかしい。

  【Warning:『オートフィット・アーマー』の魔力認証が切れかかっています。30秒後に透過処理を開始します。】

  (——なっ!? もうバグが発動する時間か!!)

  俺の視界の端でアラートが鳴り響く。

  見れば、彼女の着ている真紅のビキニアーマーの輪郭が曖昧になり、半透明の透け透け状態になりかけているではないか!

  このままでは、朝になって彼女が目を覚ました時、俺は全裸の美少女と同じ部屋にいたという事実に耐えきれず、朝までに俺の理性が死を迎えてしまう。

  「ヤバい、マナ・テザリングしないと……!」

  慌てて飛び起き、ベッドのそばに這い寄る俺。

  触れるだけでいい。指先をそっと彼女の肩に触れ、魔力を送ろうとした。

  だが。

  「……タイチさん、あったかい……」

  「へ?」

  寝ぼけた様子のセリアが、触れた俺の手をガシッと掴むと、そのまま俺の腕を抱き枕のようにして、自身の暴力的なまでに豊かなFカップの谷間にグッと引き寄せたのだ。

  「——っっ!!」

  声にならない叫びが脳内でこだまする。

  柔らかい。そして、ビキニアーマーが半透明になっているせいで、それはもう、肌と肌が直接触れ合っているのと何ら遜色のない感触だった。

  『Connection Established (Rate: 150%)』

  自動的に魔力の供給が始まり、ビキニアーマーの透過はストップして元の真紅の姿を取り戻し始めた。

  だが、セリアは俺の腕をがっちりとホールドしたまま、幸せそうな顔で俺の腕に頬をすりすりしている。

  (……俺の、腕が……引っこ抜けない……っ!)

  無理に引き抜けば彼女が起きてしまう。起きてしまえば、今のこの状況(腕を谷間に挟まれている)を説明しなければならず、システム的に言えば完全なデッドロック(膠着状態)だ。

  (耐えろ……俺! エンジニア時代に鍛えた、三徹しても納期を守る超精神力を見せてやる!)

  その夜。

  俺は腕を美少女の胸にホールドされたまま、中腰のスクワットに似た非常につらい体勢で、朝まで魔力供給という名の徹夜作業(デバッグ)を行うハメになったのだった。

  ◆ ◆ ◆

  「ふぁぁぁ……よく寝ましたぁ。あら? タイチさん、すごい目の隈ですよ? ちゃんと眠れま——きゃあああっ!! ど、どうしてこんな近くにっ!?」

  翌朝。

  俺の顔面すれすれで目を覚ましたセリアの悲鳴とともに、強烈な平手打ちが飛んできたことは言うまでもない。

  俺の異世界での『絶対に働かないスローライフ』は、まだまだ前途多難な波乱の幕開けを迎えていた。