彼氏が拉致されてメスケモにされていた話

  『[[rb:愛理 > あいり]]、助けてくれ』

  私――――[[rb:三島愛理 > みしまあいり]]宛に10日以上も姿を見せていない彼から届いたメッセージは、あまりにも簡潔で要領を得ないものだった。

  [[rb:山県勇樹 > やまがたゆうき]]――――小学校以来の幼馴染で、男女の交際というほどではないけれど今も親交は深い男性。ちょっとばかり荒っぽいところが玉に瑕ではあるものの、正義感が強くて弱い立場の人を放っておけないところがある。

  そんな彼に少なからず心を惹かれていたのだが、先日何があったのか急に連絡が取れなくなってしまった。約束していた週一回のデートにも現れず、一緒に通っていた大学にも全く来ていない。仮に病欠だとしても、一切連絡も取らずにいるというのはおかしな話だ。

  心配に思って周囲に聞いて回ると、どうやら行方不明になっているのは彼だけではないらしい。所属していたテニスサークルの人達が合宿旅行の日を最後に消息を絶っていて、警察による捜索まで始まっているのだという。何らかの事件に巻き込まれたのだとすれば、おそらく彼もその被害者の1人になってしまったのだろう。

  (私じゃ調べようにも限界があるし、どうすれば……)

  そんなことを思ってヤキモキしていた最中に届いたのが、例のメッセージだった。

  ――――果たしてこれは彼が書き込んだものなんだろうか。

  ひとまず既読は付けたものの、どう返答したらいいものかと思い悩んでしまう。もし彼やサークルの人達を攫った犯人がスマートフォンを手に入れているなら、成りすまして送ってくるのは容易な筈だ。これ自体が私を誘い出すための罠という可能性もなくはない。

  「正直これだけじゃ生きている保証はないよね」

  勇樹からのメッセージは助けを求める内容の1本限り。通知が届いて数時間は経っているにもかかわらず、それ以降の発信はない。まるで私の反応を待っているかのようで気味が悪い。

  とはいえ、このまま放置したままというのも心情として許せない部分があった。

  「『今どこにいるの』っと……。これでどう返ってくるかな」

  意を決して返信を書き込む。画面を見つめて数分の内に既読が付き、新たなメッセージが返ってきた。

  『〇〇川の河川敷。鉄橋の脚の下にいる』

  その文面に続いて送られてきたのは1枚の写真。夏場だというのに足首まで丈のあるコートと大きな縁のついた帽子を被りほぼ全身を隠した人物が、自撮りの形で橋脚近くを写している。ほとんど顔の部分も見えていないが、衣類の隙間から覗く求めるような眼差しは彼と同じ褐色の色彩だった。

  『もうお前にしか頼れない。助けてくれ』

  続けざまに送られたメッセージの最後。そう綴られた言葉には絵文字もスタンプも添えられていない。必死に私の救援を求める思いだけがそこに刻み付けられていた。

  「ユウくん。貴方に一体何があったというの?」

  疑問を呟きながらも私の体は自然と動き始める。昔から私を頼ってくる時は素直に弱みを見せる人間だった。たとえこれが罠だったとしても、助けを求める彼をこのまま放っておくわけにはいかない。

  (様子を見るだけ、そう……見るだけよ。もし何かあるようならすぐに逃げればいい)

  待ち受けているかもしれない危険に竦む心へと言い聞かせ、私は指定された場所へと走って向かった。

  ******

  昼間の河川敷はまばらながらも人が行き交っている。そんな中にあって唯一人周りの目が届いていないのが、柵に覆われた鉄橋のたもとだ。

  生い茂った蔦に覆われた背の高いフェンスが目隠しのようになっていて、通りかかる人達からはちょうど見えなくなっている。橋脚周りの整備用に囲われた領域は普段入口に鍵が掛けられているが、私が近寄ってみると偶然にも開け放たれた状態だった。たまたまそうなっていたのか、それとも誰かがこじ開けたりしたのかはわからない。だが少なくとも彼が立ち入れる状況になっていることは間違いなかった。

  私は意を決してフェンスの内側へと踏み込んだ。その瞬間、嗅いだことのないような甘い匂いがほんのりと鼻をくすぐってくる。香りの元を辿るように目線を動かした先――――そこにはコートを纏った人型が直立していた。

  「ユウくん……貴方、なんだよね?」

  「ああ、来てくれたんだ……」

  感極まったのか、少し上ずったような声で人影が声を上げた。依然として全身は隠したまま、私から距離を取った状態で勇樹は私に話しかける。

  「オレ、もうどうしたら良いのかわからなくて……この状況で頼れるのがオマエしかいなかったから連絡したんだ」

  「事情はよくわからないけど、貴方が事件に巻き込まれたってことは知ってる。一体何があったのか教えてよ」

  私が尋ねると、彼は分厚い毛皮のグローブのようなものに覆われた両手で顔を覆い泣き始めた。

  「オレ達、変な奴に攫われて。そこでゲームをやらされたんだよ」

  「ゲームって……まさか、デスゲームとかそういうの?」

  その問いかけに彼は頷く。

  なんてことだ。彼を含めたテニスサークルがそんな悍ましいことに巻き込まれていたなんて。彼以外に姿がないということは、他の人達は助からなかったのだろうか。

  「でも、ユウくんは無事に出られたんだね」

  「違うよアイリ。オレもダメだったんだ」

  「それってどういう――――」

  不可解なその言葉を問いただそうとした瞬間、彼はコートに指をかけた。留まっているボタンを不器用な手つきで外し、その場でゆっくりと脱ぎ捨てる。分厚い生地の中から現れた彼の体は――――黒一色の毛皮に覆われていた。

  「えっと……何なの、これ」

  まるで動物のようなふさふさとした毛並み。暗がりに溶け込むような真っ黒の姿は、私の記憶する彼のフォルムとほぼ同じでありながら全く違う外見だ。腰の後ろの方で揺れるのはおそらく尻尾だろう。そちらも一面が柔らかな毛に覆われているようだった。

  驚きの表情で固まる私を前にして、勇樹は更に帽子を脱ぎ捨てた。中に押し込んでいたらしい長髪が垂れ落ち、艶のある毛並みを目の前に曝け出す。体と同様に毛で覆われた顔面は鼻先から顎にかけてがやや盛り上がり、ネコ科の動物特有の長い髭が左右にいくつか飛び出していた。

  曖昧に人の形をとったクロヒョウ。そう表現するのが正しいような姿となった勇樹は涙をぽろぽろと零した。

  「オレ達は『ケモゲーム』ってのに巻き込まれて全員脱落したんだ。そのせいでみんな、ケモノの姿に……」

  「そんな……でも、どうして貴方だけ解放されたの?」

  私が尋ねると、彼は心底悔しそうな表情を浮かべた。

  「追放されたんだよ。オレだけが」

  「追放……?」

  「そういうルールだったんだ。全員が脱落した時はランダムに1人だけが選ばれて脱出できる。それに運悪く選ばれたせいで、オレはあの『楽園』から放り出されてこんな場所をうろついているんだよ」

  不幸にも出られなかった筈の仲間達を羨むように彼は呻く。その振る舞いを前にして、私はわけがわからなくなった。

  ――――まるで出たくなかったかのような言い方。それはまるで、今のケモノの姿の方が良いと言っているようなものじゃないだろうか。

  確かにこんな獣人めいた姿では到底表を歩くことなどできない。攫われる前のような生活はもう無理だ。それを踏まえてなお、彼の言動にはどこか違和感がある。

  「ユウくん。私のことを頼ってくれたのは嬉しいよ。でも、貴方のことをどうしたらいいのか正直わからないの」

  「――――ああ、まだ説明してなかったな。アイリを呼んだ理由」

  どこか熱に浮かされたような表情をして勇樹は私の方へと歩み寄ってきた。肉球のついた指先を求めるように伸ばし、後ずさろうとする私を逃がすまいと抱きしめる。耳元に迫った彼の口から漂う濃厚な甘い香りが思考を鈍らせ、全身が芯から痺れるような感覚に陥り始めた。

  同時に、彼の体の違和感にも気づいてしまう。黒い体表のせいでわからなかったが、彼の胸には無視できないほどの盛り上がりが生じていた。腹部にも乳首のような突起と僅かばかりの脂肪の隆起が並んでいる。まるでネコ科のメスのような肉体が私の体にしっかりと張り付いていた。

  「ユウ、くん……?」

  どうしてこんなことを、と言いかけたのか。

  それとも、なんで貴方が女の子の体になっているの、と尋ねようとしたのか。

  続けようとした言葉はそのどちらにもならないまま、呂律の回らない呻きに変わってしまっていた。

  「アイツは……[[rb:園長 > ディレクター]]は、俺を逃がす時に約束してくれたんだ。『つがい』の候補を連れて帰ってきたら『楽園』に戻してくれるって」

  私を抱きしめて離さないようにしながら、彼は嬉しそうに言った。その言葉の持つ意味を、私はぼやけた頭で何となく理解する。

  (そうか、私をつがいにするために……)

  やはり私は騙されていたのだ。罠だと確信した時にはもう手遅れだったが。

  麻酔か鎮静ガスのような成分が混じる呼気に当てられ、体はもう満足に動かない。力なくもたれる私を彼の温かな毛皮が優しく包み込んでいる。その心地良さに思わず瞼を閉じ――――次の瞬間には意識が飛んでいた。

  [newpage]

  ふわふわとした感覚が残ったまま、私は見覚えのない部屋で目を覚ました。

  天井に埋め込まれた照明から注ぐ光に眩しさを感じて寝返りを打つ。横たえた体の下で、弾力のある素材の床がその重みに少しだけ沈む。ベッドのマットレスとは少し違うが、似たようなものが私の周囲に敷いてあるらしかった。

  6畳間ほどの広さがある、白一色の清潔感漂う室内。家具も何もなく、ただ衝撃を緩和するためのクッションが全ての面に隙間なく嵌め込まれている。空調がないとは思えないが、少なくとも私の視界が届く範囲にダクトのようなものは見出せない。

  (攫われちゃったのか、私)

  甘い気体を吸って酩酊するあの感触はほぼ消えていたが、まだ頭の芯が冴えていない。ぼんやりと自分の指先を眺めたが、まだ彼のようなケモノの姿へは変わっていないようだった。

  その代わり、身に着けているものは捕らわれる寸前までの衣類ではない。まるで手術の時に着せられる患者衣みたいな簡易な布一枚を被せられている。緩慢な手先で身の回りをまさぐってみたが、持っていた私物は全て取り上げられてしまっていた。

  (連絡手段はないし、記録を残すこともできない。かなりマズいわ……)

  徐々に勘の戻り始めている意識で置かれている状況の危険を実感する。外部と連絡を取るにしても、まずはここから脱出しなくてはどうにもならない。酸素を取り入れて思考能力の回復を早めるように、私は寝転んだまま深呼吸を繰り返した。

  『お目覚めになりましたか』

  唐突に声が室内に響いた。ゆっくりと体を起こし、見回してその発生源を探る。

  さして努力する必要もなく正体はすぐに判明した。窓ひとつない空間の一辺、据え付けられた一体型のモニター内に仮面を被った人間の姿が映し出されている。のっぺらぼうのような真っ白の仮面は一切の表情が伺えずあまりにも不気味だった。

  『ワタクシは園長と申します。どうぞお見知りおきを』

  「何これ。冗談にしてはタチが悪いわよ……」

  まるでデスゲームの司会を思わせる姿に身震いする。

  ――――いや、おそらくそのものだ。勇樹の言っていた『ケモゲーム』とやらを仕切っていたのが目の前に映るこの怪人なのだろう。

  「貴方が出てきたってことは、これから私ひとりに脱出ゲームでもさせるつもり?」

  『まさか。アナタは大切なお客様ですよ。本日のワタクシはアナタに『[[rb:動物園 > コロニー]]』の素晴らしさを理解していただくためのナビゲーターです』

  園長はそう言うと、閉め切られていた部屋の扉を開錠した。ひとりでにドアがスライドし、新鮮な冷たい空気が室内へと流れ込んでくる。埋め込み式のライトに照らされた白一色の明るい道筋。順路として示されたその通路が、言葉にすることなく私を誘っていた。

  (この先を進んでも良いの……?あからさまな罠のようにしか見えないのだけど)

  訝しみながらも立ち上がる。どの道この部屋から出ないことには脱出経路も見つからない。意を決し、私は部屋の外へと裸足を一歩踏み出した。

  ******

  暫く通路を進んだ先の扉が開く。その向こうに続く新たな通路は、ここまでとは異なる構造だった。

  両側にあるのは一面ガラス張りの壁面。分厚い何枚かのパネルを並べ構築しているらしいそれは、接している巨大な部屋を観察できるように配置されているようだ。

  何気なく覗いた先にいるものを見た瞬間、唖然として固まってしまった。視線の先にいるのは、勇樹のようにケモノの姿へと変えられたらしい人間達。毛皮に覆われ、動物の耳と尾を生やしたそれらが野性を露わにしてくつろいでいる。森林や草地、岩場を模して造られた部屋の中で、彼らは自由に寝転んだりじゃれ合ったりして自身の生命を謳歌しているようだった。

  それも、ただ自堕落というわけではない。闘争心を出して取っ組み合う姿もあれば、草食獣を模した者達に肉食獣が飛び掛かり『襲う』姿も垣間見える。命のやり取りでこそないものの、そこには確かな自然の摂理が存在するらしい。人の形をしていながら人ではない何か。それが眼下に広がる彼らの実態だ。

  『いかがですか。理性という重い枷から解き放たれ、生き物としての自由を手にした者達の姿は』

  スピーカー越しに園長が問いかけてくる。あまりにも狂気じみた光景にも関わらず、彼の表現は理想を体現したことへの自負が伺えるかのようだった。

  「お、おかしいでしょこんなもの。人の尊厳が辱められているわ」

  まだ正気の残った頭で言い返しはするものの、心のどこかで彼らに惹かれる感情が燻ぶり出している。

  ――――ダメだ、これを見続けていたら私も引っ張られてしまう。

  危機感を覚えて目を逸らす。下腹部に僅かな熱を感じつつ、私は園長の誘導を急かすように順路を足早で進んだ。

  『彼らの肉体は投与された特殊なナノマシンによって管理されています。普段の体調や心理的な変化は接続された管理システムによって監視制御され、常に適切なコンディションを保つよう調整されているのです』

  「まるでロボットみたいな扱いね。本当にそれが生きていると言えるの?」

  『アナタのように考える方が少なからずいることは理解しています。ですが、あくまでシステムが調整するのは彼ら自身のパフォーマンス維持に関わる部分だけ。日々の営みに見出す欲求は全て、彼ら自身が望んで選んでいるものなのです』

  その言葉と共に新たなエリアへの扉が開く。ガラス張りの通路が続く中を極力脇見しないよう心掛けながら、私は一心不乱に足を進めていった。どこかに脱出の手掛かりがある筈だと、そう必死に思考へと呼びかけ続ける。

  ――――だが、心のどこかで綻びが生じ始めているのもまた事実だ。

  それを示すように、逸らしていた筈の眼差しは徐々に窓の外へと向けられ始めている。竹を模した疑似木の影で愛の営みに興じる2頭のトラ獣人を、私の目はどこか羨ましげに捉えていた。

  口の中に溜まった唾を飲み込んで、自由にさせていた指先を下腹部へと這わせていく。彼らの性交に刺激されて、私の股の辺りには不自然な盛り上がりと圧迫感が生じていた。

  (――――はへ?なんで私に……?)

  本来ある筈のない感触に一瞬で我に返った。どうして私の股間にこのようなものが生えているのだろうか。確かに感じる男根の実体感に戸惑っていると、園長の感嘆が聞こえてきた。

  『なんと……素晴らしい。既に貴方の心はナノマシンに適応を見せているようですね』

  「じょ、冗談じゃないわ。何が悲しくてこんなもの生やさなきゃいけないのよ」

  困惑しながらどこかで聞いている白仮面に向かって言い返す。

  危うくあちらのペースに乗せられるところだった。少しだけ冷静に戻ったおかげで、下腹部に感じていた違和感も幾らか収まってきている。私の感情に反応して変化するというのなら、逆もまた然りということなのだろう。

  「早く次の部屋に通しなさい。ここをひたすら歩かせるってことは、私に何かとんでもないものでも見せる気なんでしょう?」

  『そう急いてはいけませんよ。ワタクシはアナタに理解していただきたいだけなのですから』

  「いくら頑張ったって、こっちは欠片も理解する気なんてないの。さあ、早く扉を開けて」

  通路の真ん中に仁王立ちして私は強い口調を放った。もう眼下の光景に心を奪われるような揺らぎはない。そう易々と陥落しないとわかったのか、園長は要求通りに次のエリアへの順路を開放した。

  二度と油断するまいと決意しながら私はドアを過ぎ、新たに広がる通路を歩き出す。自信満々な表情を浮かべながら、しかしその足元に雫が幾つも落ちていることには一切気づいていなかった。

  [newpage]

  『変化した皆さん――――ワタクシ達は『ファーリーノイド』と呼んでいますが、彼らの中には人間との共同生活を必要とするものもいます』

  次に通されたのは、農場厩舎のような造形がされた部屋だった。視界を遮る屋根がないこと以外のほぼ全てが忠実に再現されているようだ。

  さすがに給餌器から直食いするのは難しいのか、刻んだ野菜と穀物が目一杯盛られたボウルに大きめのフォークを突っ込んだものが渡され、それぞれで手を使って食事をしているらしい。人間の食べる物とは到底思えない見た目のそれを、彼らは実に満足げな表情を浮かべて平らげていた。

  少し離れた個室では、藁が敷き詰められた空間に身を横たえているウシやウマの獣人達を、作業着を纏った普通の人間が囲って世話をしている。腹部の大きく膨らんだ彼らに寄り添い、エコーを通して内部を確認している作業員達の表情は実に真剣そのものだ。

  『繁殖することを目的として作られる種の動物。そういったものに心を惹かれるものたちは当然同様の過程を生活の中に求めています。ですから、このエリアでは獣医や厩務員を配置して母子の管理を徹底しているというわけです』

  「じゃあ、あの人達は……?」

  『はい。実際に資格や技能を持った専属の作業員です』

  獣人達が子供を産み育てるのを手助けする。その業務内容に違和感や疑問を抱かないのだろうか。そう思っていると、察したように園長が説明を続けた。

  『彼らも『ファーリーノイド』ですよ。こうして仕事をしている時は人間に戻ってもらっていますがね』

  「うん?どういうことか説明して欲しいんだけど」

  納得できずに訊き返す。てっきり獣人に変わってしまったらもう戻れないものだと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。

  『ナノマシンの適合には個体差が大きいのですよ。恒久的に肉体が変化するほど相性の良いものもあれば、逆に一時的にしかケモノの姿を保てないものもある。このエリアで働いているのは、日に数時間ほどしか変化できない低適合性の個体です』

  「それってつまり、失敗作ってことじゃないの?」

  『そう呼んでしまうのは彼らに対して失礼でしょう。丸一日労働に心身を費やしストレスを掛けることで、ようやく一時の安心を得ることができる。その快楽を求め真摯に業務と向き合っているのは素晴らしいことではありませんか』

  称賛するかのように語るその言葉があまりに悍ましいことを理解し、私は背筋を粟立たせる。

  あの作業員達の中では既に価値観が反転してしまっているのだ。自分が人間であることを疎み、獣へ変わることの方が安息と感じている。その快楽を得るためだけに自分達が世話されていると気付かない家畜達もまた同様に恐ろしい。ガラスの向こうの世界に満ちるのはそうした歪んだ快楽なのだ。

  ――――だけど。収まっていた筈の熱が再び戻り出していることに気づく。

  たとえ自らの営みが見せ物にされていようと。自分への徹底した奉仕が単なる安息の呼び水に過ぎなかろうと。そこに望んだ魂の形が叶っているのなら幸せなのではないか。そんな思いが心の奥底に湧き上がってきていた。

  「ふっ……うぅ……」

  留め具に押さえつけられた下腹部に苦しさを覚えて声が漏れ出る。

  かつて小さな突起に過ぎなかった部位が立派な性器となって勃ち上がったのを、私の脳は今はっきりと認識していた。視覚に捉えた種付け中のウマのつがい。快楽に溶けて白目を剥くメスの姿を見た瞬間、私の中に知らない感覚が湧き上がってくる。

  ――――そうだ。私はずっとこうさせたいんだ。可愛いユウくんを屈服させて気持ちの良い感覚に沈めたい。正体も何もなくなって、無様な顔を晒すあの子が見たいと思っていたんだ。

  「う”っ”――――!?」

  ケモノに堕ちた彼のアへ顔をメスに重ねて思い浮かべた瞬間、私の肉竿は服の下で熱い飛沫を迸らせていた。染み出しこそしないものの、ドロッとした熱い精は生地を伝って足元に零れ落ちる。

  人生で初めての――――本来なら一生なかった筈の現象に驚きながらも、その余韻が体の中にジワリと熱を生み出していた。

  『おや、そろそろ先へ進めないといけませんね。それではついて来て下さい』

  園長の言葉が響き、目の前の扉が開いた。私は引き込まれるようによろよろとした足取りで先を歩いていく。

  体液に汚れた服から漂う栗の花のような香りに再び股のものを震わせながら、私の身体は窓のない通路へと吸い込まれていった。

  ******

  長い長い通路の終端。突き当たりとなった小さな部屋には1つの台座が設置されていた。

  武骨な金属製の軸の上に広がる小さな正方形のテーブル。滑り止めを兼ねたビロード地の敷物に乗せられているのは、革と金属パーツで構成された頑丈そうなデザインの首輪だ。

  熱に浮かされぼんやりとした思考の中でそれを見つめていると、園長の声が真上から降り注いできた。

  『ここまでの見学お疲れ様でした。ワタクシ達の目指すもの、そしてアナタに与えたい形を理解していただけたかと思います』

  ――――随分と勝手な言い草だ。私のまともな側の思考はそう言いながら相手の所業に震え上がっている。

  正直なところ、こんなことに付き合う人間の気が知れない。早く脱出の手段を探して誰かに伝えなければ。二度と連れ去られることのないよう、警察の協力を得なければならないだろう。

  (え?そんなことをする必要なんてないでしょう……?)

  私の心が燃え盛る怒りを唐突に制した。確かに一般的な正義感を貫くなら、そういう行動に出ることは間違っていない。

  だがそれは私達の幸せとは違うものだ。

  (貴方は見た筈よ。幸せに浸る獣達の姿を。快楽に身を任せる魂の安楽を)

  私自身を説き伏せるように、心の奥に巣食っていた『何か』が急速にその大きさを増していく。

  ――――私も彼らのようになりたい、そう思っている筈でしょう。

  確認するかのような自問に私の股にあるそれがひくりと脈動して答えた。

  『さて、どうしますか?まだ不満があるということでしたらこのまま帰っていただくことも可能ですよ。ただし、その場合はアナタのナノマシンを除去して記憶も消させていただきます』

  「……!それは、ダメ!」

  提示された条件に思わず声が飛び出す。

  嫌だ、この欲望を忘れてしまうなんて許せない。全てを忘れたまま、本当の願望を知らないままに抑えておくなんてことは絶対に――――。

  『わかりました。ではその首輪を身に着けて下さい。そうすればあなたもファーリーノイドとして完成することになります』

  そう告げたきり園長は黙り込む。

  静寂に包まれた小部屋の中で、私は震える指先を目の前の首輪に合わせた。留め金のロックを外し、私自身の細い首に革のベルトを渡す。

  (ああ、終わる。私が終わってしまう――――)

  破滅の予感に脳の奥が痺れるような快楽を覚え、呼吸が自然と荒くなり出す。

  再び局部に下腹部の布を持ち上げられ、足元に秘裂から漏れ出た体液をまき散らしながら、私は人間としての最期の契約を完成させた。

  かちり。

  ロックが掛かる。首元に緑の光が灯った姿を鏡面に仕上げられた壁面がはっきりと映し出した。

  「ああ、やっちゃった。私終わっちゃ――――っ!?」

  興奮気味に声を上げた瞬間、ぞわっと背筋に寒いものが走る。一瞬遅れて体中が熱を持ったように火照り出し、痒さと痛みが同時に襲い掛かってくるような感覚で覆い尽くされる。私は急速な変化に全身を搔き乱され、その場に情けない恰好でひっくり返った。

  「ああ、お、ぐ。おああああっ、うわあああああおんっ!」

  上げる呻きは猛獣の鳴き声に。喉がゴロゴロと鳴り、黒い毛並みが腕や脚をあっという間に覆っていく。腰の奥からせり上がる感覚を覚えて突き出すと、勢いよく太い尻尾が飛び出してくねり始めた。

  (私が変わっていく……♡ユウ君とおんなじクロヒョウになっちゃうんだ♡)

  確信を得てふやける顔も、みるみる毛皮に覆われ変形していく気配があった。もう私だったことの証は毛むくじゃらの中に僅かばかりしか残っていない。

  最後にひときわ強い快楽が走ったと同時、脱力して意識を手放す。その瞬間、三島愛理という人間の理性は永久に、そして完全に失われた――――。

  [newpage]

  柔らかな茂みの中で目を覚ます。本物の草ではない、樹脂で作られた偽物の植生だ。

  生きたまま『展示』するためだけに用意された環境で、クロヒョウのアイリとなったワタシはゆっくりと身体を起こした。

  「あーおぅ」

  喉から漏れる鳴き声に少しだけ驚く。無意識のうちに仲間を呼ぼうとしていたようだ。

  とりあえず新しい棲み家のことを確認するべく、立ち上がって周囲の様子を確認していく。曲がった幹の樹木が点在し、茂みと草原が交互にある空間。おそらく100m四方は軽くありそうな広大な場所を、ワタシ以外のファーリーノイドが何頭か歩いている。そのほとんどは草食の獣達だった。

  くるる……と鳴る喉を自由にさせたまま、ワタシは茂みに身を隠すようにして場所を移動していく。まだ『狩り』をするような気分ではないが、いきなり飛び出していってもあちらは迷惑だろう。食うか食われるかの関係ではない以上、いきなり気まずくなるような事態は避けるに限る。

  「ふるるる……それにしてもユウくんはどこかな……」

  同じクロヒョウの個体のことをふと考え、胸を高鳴らせる。ワタシのつがいもきっとこの部屋に離されている筈だ。[[emphasismark:彼女 > ﹅]]もなかなかワタシに逢えなくて寂しがっているに違いない。

  「がるるっ、がうっ」

  いきなり横合いから吠え立てられ、びっくりして飛び退いた。振り向くと、そこには立派な体格のメスライオンが居座り警戒の眼差しを向けている。名前は――――そう、カヤナだ。

  彼女の傍には気弱そうな表情のオスライオンが身を伏せているのが見えた。おそらくカヤナに組み敷かれ立場をわからされたのだろう。本来ならボスとして振る舞っている筈のそれは、下っ端の子分のように彼女の影に隠れていた。

  (カヤナ……[[rb:井月伽耶奈 > いづきかやな]]……。って、誰だっけ……)

  不意に何かを思い出しかけたものの、再び吠えられたことで跡形もなく吹き飛んでしまう。

  ――――これ以上は彼女の縄張りを邪魔しない方が良い。そう考えて足早に立ち去る。幸いにも後を追ってくることはなく、無事にワタシは部屋の一番端へと行き着いていた。

  「――――アイリ」

  すぐ傍で聞こえた声に振り返る。漆黒の体を横たえていたその一頭に、ワタシは喜びと共にすり寄った。

  「ユウくん、こんなところにいたんだね」

  「良かった。アイリがなかなか来なくて心配だったんだ」

  お互いの顔を擦り合わせ、ざらざらとした舌で舐め合って毛づくろいをする。ファーリーノイド同士の発する催淫フェロモンが、スキンシップに興じるワタシ達を次第に昂らせ始めていた。

  「アイリ。オレを愛してくれ……」

  ユウくんはゆっくりと身体を起こして私に局部を曝け出す。男として備わっていた筈の機能を奪われた代わりに穿たれた股の穴は、ワタシとの接合を待ち望むように濡れそぼっている。誘うようなポーズと表情を向ける彼女に、ワタシは興奮しながら自身の身体を重ね合わせた。

  大きく突き立った男根をすぐには入れず、焦らすように先だけ擦り付ける。接触のこそばゆさに身悶えするユウくんに愛おしさを覚えながら、私は肉球のついた手で彼の両胸を容赦なく揉みしだいた。

  「ふにゃあっ!?」

  強い感覚に襲われて彼女の背筋が弓なりになる。パチパチと弾けた快感で瞬きを繰り返す彼女の体に何度もキスをしながら、私は肉棒を大きく何度も擦り付けた。摩擦によってか、それとも高まった熱に充血したか、赤く腫れた割れ目の周りに泡が立つ。

  「あ、アイリぃ♡オレおかしくなるっ、男なのにっ♡ホントはっ、オレ男だったのにっ……んうぅっ♡」

  「違うよぉ……♡ユウくんはメスだよ。いやらしくて可愛らしいメスのクロヒョウちゃん♡」

  快楽に揺れる褐色の瞳を愛おしく見つめながら、ワタシは彼女の認識を今一度改めていく。

  ――――そうだ。ユウくんはもっと私にふさわしいメスにならなくちゃダメなんだ。立場をわからせてあげないといけない。

  「んああああああっ――――♡にゃああああっ――――♡」

  絶頂してガクガクと震える彼女をぎゅっと抱きしめる。まだ私は満足していないし、挿入だってしていない。勝手に気持ち良くなって終わるのはあまりに不公平だ。

  「ユウくん、[[rb:挿入 > い]]れるよ」

  耳元でそっと囁き、腰を持ち上げる。イッたばかりで呼吸を荒げている彼女は虚を突かれたように私の顔を見た。

  「ちょっと待っ――――お”ほ”あ”あ”あ”あ”っ!?」

  「んっ――――狭ぁい♡」

  ぐっと締まった膣内を押し広げるように男根がメリメリと入り込んでいく。その感触がたまらなく気持ち良かった。一方のユウくんはと言えば、まともに息が吸えないのかヒュッという音を何度も立てながら体をびくつかせている。最奥まで挿し込みきったワタシは、息も絶え絶えといった様子の彼をうっとりと眺め下ろした。

  「はひゅっ、かふっ……。はあっはあっ……!?」

  「どう、落ち着いたかな?」

  「あうぅ……わかんない……♡きつくて苦しくて……。お願い、もうやめっ」

  嘆願するような彼女に頷きながら、ワタシは腰を一度引き出してから勢いよく打ち付けた。その瞬間、彼女は大きく白目を剥いた。

  「いぎぃ……♡」

  悲鳴ともつかない声を上げたかと思うと、そのまま正気を失って笑い始める。快楽の中に沈んだ理性の代わりに、与えられる感触を貪り尽くすような本能が目を覚ました。

  「はひゅへへへへ……♡もっと突いてぇ……気持ち良いのぉ♡」

  「うんっ良いよ♡もっと気持ち良くしてあげるっ♡」

  ワタシに抱きつきながら、腰の動きに合わせるかのようにくねる身体。焦点の定まらない目が私の前で上下左右に揺れ動き、涎に塗れた口から舌が零れ出る。

  きっとユウくんは貫かれるまで理性の最後の一欠片を残していたのだろう。象徴を奪われてもまだワタシの前ではオスだったことを忘れられないでいたのだ。

  (ありがとう、ユウくん)

  ワタシに全て壊される瞬間を残してくれていた。ワタシのメスに堕ちる最後の一線を守り続けてくれていた。それが何よりも嬉しくて、何よりも心を昂らせてくれる。

  「ほ”お”お”お”お”っ♡おほ”お”お”お”お”――――っ♡」

  「出すよっ♡ワタシのせーし、全部受け止めてぇ♡」

  ワタシの性器を全身で受け止めて狂っていく彼女を愛おしく感じながら、その胎へと命を迸らせる。膣内を押し出された空気が通り抜け、ぐびゅびゅびゅと卑猥な音をひときわ大きく立てた。

  「うぎゅう……♡」

  流し込まれた大量の精液に子宮をはちきらせながらユウくんは失神してしまった。ワタシはその体から一回り縮んだ肉竿を引き抜くと、痙攣気味に呼吸を続ける体を慈しむようにキスする。

  これでワタシの仔が彼女の中にできるかどうかはわからない。けれど、もう彼女がオスとしての心を思い出すことはないだろう。これからはワタシに身も心も屈服したメスとして――――大事なつがいの片割れとして、一緒の時を過ごしてくれる筈だ。

  「ああ――――幸せだなぁ……♡」

  心から満ち足りた気分を味わいながら、ワタシは魂の底まで『楽園』に住まう一頭のケモノへと堕ちきるのだった。