[chapter:五行神話]
この広い広い大地には4種類の異民族が暮らしていました。
そして彼らの領域の交差点、つまりある盆地では4種類の民が混じり合って交易などをして暮らしていました。
そこに2人の土人の夫婦がをりました。彼らは、白い肌の乙女を産み落としました。名を金行といひ、彼女は西方の民を率いて金の国を作りました。
金の国の女王の娘は、黒い肌をしてをり、国から追放されてしまひました。彼女は北国に水の国を建てました。
水の国の女王の子が、木の国の王だといひます。そして木の国の王の息子が、かの火の国を建国したのです。土の国は平等なる共和制を是とし、王を立てませんでしたが、火の国からたくさんの移民がやってきて栄えたさうです。
この五つの国は、土金水木火の順に生まれました。
親の国は子の国をなんでも命令がきくものと考へ、また子の国は親の国を敬愛しながらも、いずれその年寄りを切って我が子の方を生かしたいとも考えてをりました。
土の国は、金の女王国が大事ですが、金の女王は土を老いた国と考え、水の国こそを大事に考えてをります。
水の国の女王は、彼の国民によつて追ひ出された王女を初代王としますが、水の国の女王は金の国とその女王を実の娘のやうに慕い、永遠に大事に思つてをります。水の国の側も、力が足りないながらも弱々しい母親として金の国を大切に思ってをりました。
さて、水の国の息子が木の国でありました。木の国はやはり水の国を「偉大なる母なる国(グラン・マンマーレ)」として大事に思ってをりました。子の国である火の国を守るために、水の国を切り捨てるなど考えたこともありませんでしたが、水の国は火の国の民を全員くびりころしてしまふ力を持つてをりましたから、究極の選択を迫られた時板挟みに合うことは薄々理解してをりました。
金の国の王は、土の国の民を両親として持ちます。
故に、金の国の父は土の国、金の国の母も土の国です。
金の国の初代王・金行は、土の国の民か、金の国の民を王配とし、その王女・水行を産んだ事でせう。
よつて、水の国が大事にすべき母は水の国でしたが、水の国の系統はといへば、土の国といふ説もありました。また、黒い肌といふ事から、原水の国ともいふべき、北方の原人との間に生まれた子といふ説もありましたが、何にせよ父親は不明でした。
結局水の国においては、金の国は守るべきか弱き母の国ではありましたが、自分たちの出自は金の国(または土の国)であると信じる事はできなかったのでした。それがやがて、水の国の父祖は同じ水の国の民であるとする、原・水の国思想と呼ばれるナショナリズムが国内で流行する原因にもなりました。似た思想が「父無き国」や「孤児の国」「片親の国」でした。
土の国にとつて水の国は、孫の国であると同時に、抹殺するべき敵国でもありました。
そして曽孫の国が木の国であり、彼の国から抹殺されないやうに気をつけるべきでありました。木の国は水の国を母国として慕つてをりましたから、土と木と水に絞つていへば、関係は三竦みとなりました。子の国は親の国の命令を全て遂行するべきです。土の国は金の国に、水の国との交易を停止するやう求めるつもりです。ただ、これに怒った木の国が我が国に攻め入るのではないか、といふのが悩みどころです。しかし土の国はどうしても、目障りな水の国の女王の首を一度でも討ち取りたい欲求に駆り立てられてをりました。
また、土の国にとつての玄孫の国である火の国は、土の国に恵みをもたらし、また、多数の移民を土の国にもたらしました。火の国は三才といふ思想を生み出しました。それは、「天」「地」「人」であり、火の国は善なら天の国、水は悪の蔓延る地底の国、土の国は人の国といふ事でした。土の国としては、土編の漢字が水の国に押し付けられてゐる事に不満でしたが、火の国は我が国に恵みをもたらし、また火の国王の人格者ぶりと、火の国の心の暖かさに触れ、確かに善なる天の国なのかも知れないと思ひ始めました。
移民といふのは、火の国の苛烈な政治や社会・文化に疲れた者が、土の国の平等と長閑な田園文化に惹かれてやつて来てゐるとの事でした。しかしそれにしたつて数が多すぎます。といふのも、土の国のもとの民の数を超えて、火の国からの移民が混じり合つて暮らしてゐました。今や土の国は、玄孫なんて遠縁のほぼ他人の国と火の国を思はず、父の国としてゐました。それが、土着の民、混血の民、移民の全員の意向でした。そしてそれこそが、土の国が掲げる「平等」の思想でもありました。
火土金水木火
土の国の二代目、三代目は思ひました。親の家と畑を兄弟で分け合ふより、火の国がやつてゐる「移民」といふものは面白さうだぞ、と。
土の国から金の国への移民が始まりました。女王と国民は彼の国からの移民を、「父なる国母なる国の民」として手厚く受け入れました。
果ては金の国の女王が、土の国の民を王配とする程でありました。
土の国はこれに満足しました。土の国の黄金時代が始まります。金の国から食器やアクセサリーが、土の国に大量に流入しました。また、土の国で産出する黄金を金の国の職人が加工し、手間賃にまた金が支払われました。土金間に貨幣経済が誕生したのです。先づ土の国の民は、金銀のアクセサリーを身につけました。そして、食器は銀製品を用ゐました。食器に木製品を使ふやうな貧乏人は、金の国に移民してしまへ、とまで言はれるやうになりました。しかし、白銀製品が家庭にあふれるやうになると、土の国のテーマカラーは黄色であり、これでは金の国に乗つ取られたも同然では無いか、いつたい我々はどこの国の民なのか、といふ言説が生まれました。これこそが、孫娘(水の国)が生み出した「民族主義」でありました。
土の国は銀食器を金メッキで加工し始めました。生の木目を剥き出しにした机や椅子をも嫌ひ、金箔を貼り始めました。そして国内通貨を正式に金として定めたのです。
されどナショナリズムは深化する。
土の国に「バナナ」といふ言葉が流行し始めました。
自分たちは食器を金色にして、土の国の民を気取つてゐるけれど、メッキを一枚剥いだら白銀では無いか。もとはさういふ意味でしたが、専ら木や椅子などの金箔を貼った木製品が非難の対象となりました。木製品は国から排除され、街角では木製品が次から次へと燃やされました。そして、農具や食器、机や椅子を黄金製にするやうになつたのです。
「黄金の国」や「黄金時代」といふのは、他国が土の国につけた蔑称でした。
土の国では牛を飼ふやうになりました。4畜といふ考へ方が輸入されたのです。
土の国は米が主な生産品であり、土の国の金シャリはそれはそれは美味しいと評判でした。
秋には金の国に米を送り、金の国では感謝祭が開かれました。金の国では金シャリの他に、銀シャリといふ炊き方の流派がありました。
さて、そこで気になつて来るのが金の国の生産品です。
金の国は桃と黍、それから馬の産地でした。馬肉や馬の乳、金属製の馬具から、騎馬兵、そして重騎兵に戦車が彼らの主要な製品でした。
一方、火の国はだいぶきな臭い事になりました。
原子力発電や核兵器を持ち始めたからです。
彼らは専ら「戦火」を崇め、火薬や銃火器をこよなく愛してゐたからです。
彼らはやがて、大地を蹂躙する戦車や、天を支配する戦闘機を生み出すかもしれません。
火の国は最初火力発電でした。水の国は水力に波力発電、木の国は風力発電または風車を使つてをりました。
また、火と土の共同開発で、地熱発電なども生み出せたかも知れません。しかし土の国の民は、汗水垂らしながら自らたちを耕すことをこよなく愛する国民性でしたから、なかなか発電はひろまりませんでした。何より夕食どきに食卓を照らす、蝋燭の火を愛してをりました。平たくいへば、生粋のナチュラリストだつたのです。