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交易商-趙 承恩(チャオ チェンエン)の日常

  趙 承恩(チャオ チェンエン)の朝は早い。7時に起床すると、食事と身支度を済ませて7時半には自身が20年前にジークランド移民して創業した『茶毛商会』へと出社している。最も、現在の『茶毛商会』本部の隣の敷地に、今の屋敷を構えているのだから、早いのは当たり前と言えば当たり前なのであるが.....

  8時半の始業前までに、先週末の金曜日に秘書達によって纏められた各種事案の報告書に目を通していく。其れは、商会が抱える案件の直接的な物から、関係すると思われる各種世界情勢などについても纏められた物まで、頭に入れておかなくてはならない事が詰め込まれている。まあ趙自身、毎日、色々な場所でそうした情報を入れる様にしているので、そう驚かされる様な事が書かれている事は無いのではあるが.....

  報告書でも言及され、最近は趙自身も色々な場所で耳にする事案と言えば....例の「巨龍襲来」の話である。騎士長ヴィクトル自らが調査に赴き、確認した『災害指定』魔獣の4体の忽然の失踪。必ずしもジークリアに「それら」が襲来すると決まっている訳では無い。しかし民間の事象予測会社達が揃って「警戒」を呼びかけており、この『商会』営業本部の未来予測課も同様の警告を報告している事を軽視する事は出来ない。しかし、「いつ」「どの様な形で」襲来する事が判らない以上、今は通常業務を継続するしかない。

  対策としては、緊急時の行動指針(避難他)の徹底と、暫くはシンコクとの定期往復便の本数を減らして、こちらの持ち船をジークランド以外の港に係留する事だろうか?社員の安全を確保する為に、本社及び支社の食料等の備蓄の確認もした方が良いだろう。最も....それらは既に実施されており、現状では問題無い事が報告されていた。避難訓練も本社で今週に実施予定となっており、抜かりは無い。後....被害を受けた際の『保険』の掛け金が跳ね上がっているが、これは仕方ない事だろう。幸いにして『保険組合』はジークランド他、複数の国と地域にまたがった組織である。ジークランド全体が壊滅的な被害を被っても、社員達さえ無事ならば『保険』から支払われる保証金での再建は充分に可能だろう。兎に角、もう少し具体的な情報が集まらなければ、これ以上は対策が立てようもない。趙は頭を別の案件....騎士団への納品物にに切り替えた。

  騎士団....このジークランドにおける常備軍である。帝政であるシンコクなどに比べると些か小規模である事は否めないが....最大戦力である騎士長ヴィクトルと、四氏族長....彼ら自身の能力と所有する「神器」はそれらを補って余りある物である。それ故に騎士団は、彼らをサポートする小回りの効く組織に纏められている。標準装備という物がある訳でも無く、基本は各々が元々所有していた個性的な武器類を各々の責任で整備する。そういう状態であった。正直、商売としての旨味はあまりない。しかし....騎士団に品を納めているとなれば、信用に箔がつくのも確かである。商会は、装備開発部門である第五騎士団に、オリハルコン、ヒヒイロカネ、ミスリル銀、魔導石等の希少材料を納品していた。此処暫く、趙自身が「挨拶」に行っていない。予定を開けて、本来ならば今週中にも訪問すべきであろう。しかし.....現在、騎士団は「災害指定」魔獣の襲来に備えた臨戦態勢である。今は....いや『今』だからこそ、行くべきであろう。現在、商会本部がジークランド内に保有している希少金属の在庫を全て向こうの『言い値』で買い取ってもらうのだ。今は少しでも物資....食料は勿論の事、武器整備の為の材料も必要とされているであろう。何よりも『勝って』貰わねばならないのだ。そう思い至ると、趙は、手帳の「訪問予定」の欄に「第五騎士団」「第三騎士団」「第四騎士団」「第二騎士団」の名前を書き込んだ。後は、民間の大口顧客だろうか?

  ジークリアの飲食店組合に納めているシンコク製の陶磁器の食器類は、そろそろ次の物に入れ替えてもらう頃合いではないだろうか? 最も....今の納品は渋るだろう。「災害指定」魔獣が襲来すれば店ごと消失する事も視野に入れなければならない。此処には挨拶だけにしておこう。他の大手顧客も同様の事になるだろうか? 「災害指定」魔獣が無事に撃退された後に、速やかに再建の為の「物資」の納品を約束する事。そう考えると、普段は週二日の「外回り」を四日に増やして、『襲来』という事態が起きる前に会ってくるべきであろう。そうして顧客をリストアップし始めた.....

  7時35分....秘書のハッサム....大柄の熊獣人が会頭室に出社してくる。

  「お早うございます、会頭」

  「お早う、ハッサム」

  いつも通りの挨拶を交わすと、早速、先程リストアップした訪問希望の大口顧客の表を渡す。

  「営業部に掛け合って、出来る限り今週中にアポイントを取ってきてくれ」

  「判りました」

  表を受け取って机に向かうハッサムに

  「お前は、本当に『いつも通り』だな」

  苦笑する趙に、ハッサムが顔も上げずに

  「ええ、いつも通りです。いざ「襲来」された時、会頭のお近くに居れない様ではお役に立てませんので....」

  「他の社員達は? 一時的にジークランドを離れるという者は?」

  「ジークランドを離れるという者は、今の所は居りません。ただ....」

  「ただ?」

  「家族を持っている者達が....一時的に、家族を疎開させてくれないだろうかと....」

  その言葉を聞いて、趙がうーむ...と唸る。口を開き

  「そうさせてやりたいのは、山々なんじゃが....そもそも何処に襲来するか判らんからのう」

  『商会』は社員の福利厚生充実の為に、社員とその関係者が安価に利用できる「保養施設」を複数箇所に所有していた。「災害指定」魔獣の目標が此処、首都ジークリアならば、確かに社員の家族を暫く其処に匿うのは有効なのだが....何処からどういう経路で来るのか不明な現状では、却って侵攻途上に家族を避難させる事にもなりかねない。かと言って、希望者全員を隣国まで疎開させ、尚且つ長期間滞在させるとなれば、流石に費用が.....

  「....出来るだけ家族と一緒に居られる様にさせてやろう。今朝の定例会議で、『家族持ちの社員の退社時間を暫くは3時間早めて2時には全員退社させる』様に提案する事にしよう。後は....4体の魔獣の所在がはっきりした時点で、直ぐに安全な場所を確保・避難出来る様に計画を立案・実行出来る専従課の創設の提案を」

  「判りました」

  そんなやり取りを進めながら、8時半の定刻の始業時間が近づいていった.....

  8時半。定刻の始業時間である。会議室では、取締役達が既に席に着席していた。趙が

  「皆、揃ったな。では始めようか」

  この言葉を合図に、秘書のハッサムが司会進行役となり、各案件についての説明と議論が成されていく。平常時であるならば、『新たな顧客獲得』『新商品について』『進行中の案件』『得意先への新たな商品の提案』などが主題になるのだが.....やはり今は。営業本部長が

  「はい。やはり顧客達も新商品どころではないですな。なにせ、自分達の生活基盤そのものが侵されようとしている訳ですから....」

  総務部次長が

  「ええ、社員達も表面上は平静を保ってますが、やはり浮足立っています。書類一つ取ってもつまらない凡ミスが多くなってきてますね」

  他の者達も顔を見合わせて

  「やはり....」

  「しかし、いつ来るのか判らないのに、業務を止めてしまえば、信用問題です。事が片付いてからの業務に差し支えるかと....」

  ざわざわと雑談し始める。趙がこっそりと溜息をつく。呆れている訳では無い。寧ろ、この時分で、まだ顧客達や他の社員達の様子に気を回せる役員達に、少しだけ『頼もしさ』を感じていたのだ。普通に考えれば『旅行』と称して隣国へ避難する役員が居たとしてもおかしくないこの状況で、である。密かに

  『ウチはまだやっていけるな....たとえこの国が無くなってしまったとしても』

  などと思いながら。しかしそんな事はおくびにも出さず、趙は

  「事態が完全に収束するまでは、ウチの方針を内外にはっきりと打ち出して、顧客と社員達に安心感を与える事に努めよう。では、先にもハッサムが説明した

  『巨龍事案の専従対処課の創設-社員及び家族の避難計画の立案と実行』

  『弊社の顧客を回って、事態収束後の再建に助力する旨を説明していく事』

  『騎士団に、現在弊社が持つ資源を「向こうの言い値」で全て買い取ってもらう』

  で、話を勧めて構わんね?」

  全員が頷いた所で、定例会議がお開きとなる。早速、営業本部長の中年の虎・イラムが寄ってきて

  「会頭は騎士団と大口顧客をお願いします。残りは、ウチの部下達で....」

  「いや....出来る限り儂が顔を出せる様にしてくれ。今みたいな時だからこそ、儂自らが出来るだけ多くの顧客と顔を合わせて、安心させる必要がある」

  「....判りました。昼までに、予定表を作成します」

  その後から、総務部次長の壮年の龍・ファシドが龍髭を弄りながら

  「社員への通達はいかが致します? 一度、全員を集めて、会頭から訓示していただいた方が良いかと思うのですが....」

  「ああ、その様に勧めておいてくれ。そうだな....イラムくん(営業部長)と調整してくれ。出来るだけ早い方がいい」

  「承知しました」

  『つくづくウチは、行動が早いな...』と思う。大方、今日の定例会議で、方針が言い渡されなくても、もう既に動いていたのではないだろうか?

  『頼もしい』と思う反面、

  「儂もしっかり責任果たさんとな....」

  誰に言うでもなく呟いた。後ろを向いていた秘書のハッサムの耳がピクリと動き密かに笑みを浮かべていたのには気づかずに....

  ・

  ・

  ・

  「ええ、何か困った事が有りましたら、直ぐに我が『茶毛商会』にご連絡を。私どもは皆様のお力になる事を約束します」

  定例会議の翌日から外回りを開始した趙(チャオ)会頭。今は、ジークリア服飾組合にて、組合員の商店主達を集めて貰って、その前で、趙は『茶毛商会』がいざという時にも力になるという事を、静かに、しかしよく通る優しげな声で、朗々と述べていく。寧ろ淡々と述べていくその姿に、押し付けがましくない態度に、人々の信頼が集まっていく。横で見ていた営業部の中堅の黒豹・ヴォルフは、

  『こういう所が、会頭の凄い所なんだよなぁ....』

  力強さを誇示するのでもなく、淡々と出来る事だけを丁寧に説明していき、信頼を得ていく。自分が同じ事を話したとしても、此処まで好感は持たれないだろう....

  今日は三日目。今までで40箇所....もう夕方である。それなのに疲れた素振りを全く見せてない。今日の夕飯の時間までも、顧客達との会食の時間になっている。改めて自分達を率いる者の底知れぬ体力と気力に内心舌を巻いていた。しかも外回りを開始する前日、つまり月曜日の午後は、半日かけて全社員に今後の商会の方針を説明し、一人一人の質問に嫌な顔ひとつ見せずに回答し続けた翌日からの外回りである。改めて

  『俺は、この人についていく...』その思いを強くしたヴォルフであった....

  ハッサムは趙の背中を見ながら周囲に目を配っていた。

  ............

  ........

  ....

  顧客達との会食を終え、会社に戻ってその日の業務報告を受け、役員達に翌日の業務指示を出してから、秘書のハッサムに送られて邸宅に戻ってきたのは、夜遅く...ぐったりとした様子で風呂に浸かりながら

  「ふぅ...」

  と人心地つく。躰を拭いてから寝間着に着替えるまでを執事長の雪芹(ゥエクィン)....長い付き合いの四八歳の牛獣人に手伝ってもらい、寝台横のマッサージ台にて躰をマッサージして貰いながら、そのまま眠りに落ちてしまう。寝台に横たえられ羽根布団を掛けられる頃にはすっかり熟睡していた。

  「お休みなさいませ、趙様」

  そうして魔導式のランプの暖かな明かりが消され、部屋が闇に包まれる。明日は王宮へ....騎士団への訪問が待っていた。

  ・

  ・

  ・

  外回り四日目・金曜日。既に朝早くから王宮に入っていた。騎士団担当の営業部員達と、秘書のハッサムを伴っての騎士団巡り。

  早速、「装備の開発、戦技研究」の第五騎士団の長であるグラウス殿に面会する。漆黒の鱗に、黒い鎧を纏った、身長が2mを超える龍人ともなれば、見た目の威圧感は相当な物ではあるが、其れとは裏腹に礼儀正しく腰の低い人物であった。事前に営業担当から知らされていたとは言え、改めて好感を持った。趙がにこやかに

  「では、『商会』が現在ジークランドにて保有しているオリハルコン、ヒヒイロカネ、魔導石、ミスリル銀、確かに数日中に納めさせていただきます」

  グラウス殿が深々と頭を下げてから、

  「ありがとうございます。新装備の開発には間に合わないかもしれませんが、各部隊の装備の整備と補修には役立つ事でしょう」

  「ご健闘を祈ります」

  趙も深々と頭を下げて、その場から退出する。次は「魔法研究、魔法戦闘」の第三騎士団だ。

  ............

  ........

  ....

  団長のモルガナ殿は変わった人物とは聞いてはいたが....流石に仮面を外さないのは如何なものかと。いやまあ、何か深い事情があるのかも知れない。少なくとも今までのやり取りでおかしな所は無い。が....

  「あの....前線に出られるのですか? 確か、此処は研究部門とお聞きして....」

  「ああ、まあねぇ。こんな時分、研究なんてやってられないからね。貴重な団員には早速休暇を取って貰う事にしたよ。巻き込まれて怪我でもされたら大変だからね」

  「しかし....御自身は前線に赴かれると?」

  「此処に残っていてもしょうがないからね。「災害指定」魔獣ともなれば、今迄目にした事も無い魔法現象を観察できるチャンスだからね。それに一人の方が何かと動きやすいしね」

  ニンマリと笑う獅子を前に、趙は既視感(デジャヴ)を覚えた。そう、自分の知り合いにも居るのだ。誰も失いたくないからと、周りの心配を他所に、一人で危地へ赴く漢が.....

  うっかり溜息を漏らしていたかもしれない。趙は

  「こちら、魔導石と、ティグ商店の魔力強化薬です。役に立たないかもしれませんが、団員の方々にもお配りくださいませ。無事に戻られる事を祈っております」

  その時だけ、この獅子の口調が、僅かに真剣味を帯びた様な気がした。

  「ああ、ありがとう。役立たせてもらうよ」

  趙は一礼すると、第三騎士団を後にした。次は第四騎士団だ。

  ............

  ........

  ....

  医療部隊である「第四騎士団」は、元々の人数が少ない事もあって多忙を極めていた。仕事は多い。どれだけの怪我人が出るのか判らない以上、治療薬に消毒薬、包帯を一纏めにした素人でも使える様に説明書きまでを加えた「簡易医療キット」の梱包と、前線に出る騎士団と有志義勇部隊への配布。本格的な治療を野外でも行える様にする為の自分達の装備品の梱包など....

  その中で、趙達の姿を見つけて駆け寄って来る者が居た。自他共に認める「騎士団最後の良心の砦」、クレセント・スノウフレア-通称クレスである。目の前に駆け寄って来て

  「すみません。こんな状態ですから、団長(ミツキ)は手配の指示で手が離せなくて....代わりに私がお話を伺わせていただく事になりました」

  そう告げて頭を下げる生真面目な若い白熊に、趙が

  「いえ、こちらが無理を言って来てしまった様なものです。そちらが謝る事などありません。では、早々に本題に入りましょうか」

  周囲が忙しく荷物を纏めている部屋の一角にて、話を始める趙達...クレスが

  「え!? この値段で?」

  驚くクレスを前に、趙が

  「ジークリアの各商工組合の方々が、破格値で各物資を供出してくれたのを、私達があなた方にお渡ししているだけです。感謝の言葉はその方々の為に取っておいてください」

  にこやかに語る趙を前に、クレスが涙目で

  「ありがとうございます! ありがとうございます!」

  そう何度も頭を下げるのに、

  「では、今日の夕方までに(治療用物資を)必ず届けますので、よろしくお願いします」

  そう一礼して、早々に部屋を後にした。ちらりと後ろを見ればクレスが何度も何度も頭を下げて見送っていた。

  ............

  ........

  ....

  「第二騎士団」....この国の騎士団の『司令塔』と呼ぶべき存在である。普段から周辺各国の情勢分析や国境警備の計画の立案等、普段から充分に忙しい『筈』の部署である。そんな中、いつもは巧みに業務を「躱している」不良騎士が、今は中心になって『巨龍事案』の予想される各種被害想定や、迎撃プランの策定など、普段を知っている人間からしたら『誰?』のレベルでフル回転していた。まあ『災害指定』魔獣とは、そういう物なのだと、頭では判っているつもりでも背筋が伸びる光景である。あそこにいる男が何よりもそれを理解しているのだと、実感させられて.....

  もう既に、現時点で『商会』が渡せる物資・資源は他の騎士団に全て渡してある。ならば「何故」此処に来たのかと言えば.....

  「おう、来たか。趙のオッサン」

  件の不良騎士....エラセドがこちらを見つけて近づいてくる。こちらも

  「おう、来たぞ。呼ばれなくても来るつもりじゃったがな」

  週初めに、来る算段をつけようとしていたのは趙の方である。現状では少しでも有力な情報が欲しいと、他の騎士団に物資を届けたついでに此処に寄って、何某かの情報を入手しようと....それが、その日の内に『向こうからの呼び出し』である。この時期に限ってエラセドが「無用な行動」をする筈も無し。恐らくは『何かさせる』つもりなのだろうと、趙は腹を括ってこちらに出向いてきた次第であった。エラセドに案内されるままに、脇の一室に招かれると、扉が締められる。中にはエラセドの他にガルガン団長....逞しい体躯の龍人も真剣な表情で着席して待っていた。

  『どうやら、簡単な事ではなさそうじゃな...』

  趙は気を引き締めて、表向きはにこやかに席に着席した。

  着席するや否や、エラセドが口を開く。

  「趙のオッサン。早速なんだが....『商会』の通信ネットワーク、使わせてもらえないか?」

  その言葉に趙の顔が引き攣る。『商会』には多くの人間が居る。しかし単に数が多いだけでは、烏合の衆、もしくは貴重な資産を『給料』という名目で貪るお荷物になりかねない。だからこそ、趙と上役達は、商会の社員全体の意思疎通を無駄なく素早く行う為の仕組みづくりに心血を注いてきたのだ。更に、無駄な業務で消耗しない様にと、出来る限り魔法....それも魔導師個人の力量に頼りすぎない様に、魔法陣による業務の自動化に。その、商会の中枢とでも言うべき『本部-各支社間の魔法陣通信ネットワーク』を使わせろというのである。今回の「巨龍事案」に対処する為に。真っ当に運用するとなれば、彼らだけでは無理である。当然、ウチの社員が運用する事になるだろう。つまり、戦場になるかも知れない場所に社員を『出向』させなくてはならないのかもしれないのだ。そう簡単に引き受けられる事では無い。この話をすれば、社員達は恐らくは自ら進み出てくれるだろう。このジークランドの危機に及び腰になる様な社員達では無い。しかし....送り出す方は、そうは行かない。こちらは「社員」の安全に責任を持たなくてはならない立場なのだ。趙は声を強張らせて

  「それは....命令かの? 国王もしくは騎士長の....」

  エラセドが前に乗り出してきて、

  「いや....強制は出来ない。あくまでも協力して欲しい。そういう立場だ」

  趙は考える。断る事は簡単だ。しかし....此処で『協力しなかった』事が後に明るみに出れば商会の信用が落ちるのは必至。何よりも社員の今後の士気が大きく揺らぐだろう。それに....判っていた事だ。眼の前に居るこの男は、こんな時に無駄な事はしないし要求もしない。冷徹とも言える合理主義者だ。この男が要求してくるという事は本当に『必要』な事なのだろう。この『巨龍事案』....最悪どれだけの犠牲者が出るか不明の事態に対処する為に。暫く顔を下に向けて沈心していた趙が顔を上げると

  「で....代価は?」

  「協力社員への危険手当その他諸々の費用の全額保証。仕事としての報酬。事後の騎士団への優先的な物資納入の権利。護衛として騎士団を雇う場合の費用の三年間の立替。まだあるけど、ざっとそんな所かな」

  エラセドが真剣な目でこちらを見つめてくる。趙は、ほぅっと息を吐くと

  「儂がこの場で決められる事では無いな....来週の月曜には結論を報告しよう」

  「ああ、判った。しかし時間がない事も理解しておいてくれ」

  エラセドがにこりともせずに答える。趙は

  「もしも....の場合は、どうするつもりだ?」

  もしも....魔獣達を退けきれなかったら....エラセドは

  「オッサンの商会の船は、今、隣国に何隻かあるんだよな?」

  「ああ....」

  「ウチも船は確保してあるが、この国の港に係留してある物が殆どだ。場合によっては、魔獣達の侵攻で、其れらを一気に失う事も考えられる。その場合、救助要請を出す事になるかもしれない。その時には、お願いする事になるかもしれないな」

  「避難民の脱出か....しかも、騎士団の援護が期待出来ない中でか....」

  「ああ、だから商会の社員達を乗せて脱出する際に、搭乗員に余裕が有ればで構わない。兎に角一人でも多く乗せて逃げて欲しい」

  趙は溜息をつきながら立ち上がり

  「それもどうするかは、月曜日に報告しよう。それで良いな?」

  「ああ」

  趙はドアの前で振り返ると、ニヤリと笑って、

  「これが無事に終わったら、まるまる一週間、お前さんを借り出させてもらおうかの?」

  エラセドもニヤリと笑って

  「ああ、幾らでもつきあうぜ。本当に『無事』に終わったらな」

  趙達は王宮を後にした.....

  ............

  ........

  ....

  商会本部に戻ると、残ってもらっていた役員達に、事の次第を全て報告する。流石に動揺する役員達に

  「先ず、明日からの土日の二日間、ゆっくりと休んで欲しい。そしてこの件に関してじっくりと考えて欲しい。結論を出すのは月曜日だ」

  そう言い渡してから、役員を帰らせる。そうしてから、未だ明かりの消えない部屋....『巨龍事案』の専従対策課に顔を出し、屋敷から運ばせた夕飯を一緒に食べながら激励する。総勢二〇名。通常五人体制で12時間交代で、課としての休みなく勤務し、『巨龍事案』に24時間体制で即応体制を取り続けるのだ。彼らと暫く談笑してから、隣の屋敷へと戻っていった。

  ...昨日同様にぐったりとした様子で風呂に浸かりながら

  「ふぅ...」

  と人心地つく。躰を拭いてから寝間着に着替えるまでを執事長の雪芹(ゥエクィン)....長い付き合いの四八歳の牛獣人に手伝ってもらい、寝台横のマッサージ台にて躰をマッサージして貰いながら、そのまま眠りに落ちてしまう。寝台に横たえられ羽根布団を掛けられる頃にはすっかり熟睡していた。

  「お休みなさいませ、趙様」

  そうして魔導式のランプの明かりが消され、部屋が闇に包まれる。明日はようやく休みである。

  ・

  ・

  ・

  今日は土曜日。定休日である。しかしながら、仕事は休みでも、個人的な所用はまだ色々と残っている。趙は会社組織とは別系統の『諜報部隊』を抱えていた。執事長の雪芹を筆頭に、秘書のハッサム、営業部隊の数名、会社とは別組織に所属している者も何名か居る。その者達からの情報は、雪芹とハッサムの元に集まる様になっていた。朝食を摂りながら、雪芹からの報告を受ける。

  「そうか....そっちでも、大した事は掴めておらんか....」

  「申し訳ありません。引き続き情報収集に努めます」

  趙はフッと笑みを浮かべて

  「まあ、今回に関して言えば、魔獣以外に余計な動きをしている者が居らんか?確かめてもらえばそれでいい。こんな時に思わぬ所で足を引っ張られるのだけは勘弁してほしいからのう」

  「承知いたしました....」

  そうして、二人は再び、主人と執事長の関係に戻ると他愛もない会話を続けるのだった....

  ............

  ........

  ....

  さて....休み中であっても、あまり『休んでいる』とは言い難い趙ではあるが....人生のモットーは「楽しめる内に楽しむ事」である。やる事をやってしまえば、後は些かの後ろめたさも無く、頭を切り替えて『楽しみ』に専念するのが趙である。さて今日、これからは....

  個人的な付き合いの総決算。要はセフレ達とのデートである。会える者達を屋敷に集めて、ゲーム(ポーカー・麻雀等)をし、酒を昼からあおり、馬鹿話で盛り上がる。普段はこういう事はあまりしない。休みには一人一人とじっくりと向き合って遊ぶのが普段の趙だ。しかし....今回は次に『会える』かどうか判らない。その事を皆、判っていた。だから、皆んなして馬鹿騒ぎをして巫山戯あった。そうして....夕方前にはお開きとなる。皆を門の前で見送ってから暫く....一人だけ別に呼んでいた者が訪れた事が雪芹から知らされる。

  既に客間に通されていたその者が、趙の姿を見て立ち上がる。銀灰毛の逞しくもしなやかな躰を、シンコクの少数民族風の、袖の広い、ワノクニの長着にも似た黒が基調の赤い帯が入った衣装に身を包んだ、如何にも生真面目な雄猫が手を前に合わせて礼をする。趙が

  「来てくれて嬉しいですぞ。ダルク殿」

  そう言ってハグをすれば、顔を赤らめはにかんで

  「その....避けていた訳では無いのだが、少し一人で考える時間が欲しかった。貴方と一緒の時間はとても楽しいが、どうしても貴方に引きずられてしまうから....」

  趙はニッコリと笑って

  「お前さんは、真面目に考えすぎる。もう少し肩の力を抜く方法を覚えなさい。其れに....ただ、儂と酒が飲みたい....其れだけで来てくれても一向に構わないのですぞ」

  その言葉に、ダルクが些かムッとして

  「その言い方は少しずるいかと....私の躰にあんな愉しみを刻んでおいて」

  趙はニコニコしたまま、手を握り

  「しかし....嫌では無いのじゃろう?」

  ダルクは顔を更に赤らめ

  「やっぱり、貴方はずるい人だ...」

  そのまま席に座ると、趙が、ダルクが、懐から綺麗に包装された箱を取り出して机の前に同時に置いた。お互いハッとして、そして思わず笑ってしまう。

  「貴方もか....」

  「お前さんもか....」

  あの時から暫くダルクと趙は頻繁に会っていたのだが....先に述べた理由より、ダルクは趙を避けるようになってしまい、結果としてお互いに例のバレンタインイベントでも会う事なく時間が過ぎてしまった。だが....お互いにプレゼントは用意していた訳で....

  「此処で開けて構わんかの?」

  「ええ、開けてください。私も....良いでしょうか?」

  ダルクの箱からは板チョコが、趙の箱からはスティック状のチョコが姿を現す。執事長の雪芹が何も言わずに、そっと二人の目の前に紅茶のカップを差し出して紅茶を淹れると姿を消す。趙とダルクは....ダルクもすっかり緊張が取れたのか、チョコをかじりながら楽しそうに話し続けた。やがて趙が

  「所で....この国に残って闘うつもりだと聞いたのじゃが?」

  「闘うと言っても、精々が結界を張って、この国の人達を守る為に僅かながら助力したいだけです」

  「しかし、相手は『災害指定級』魔獣....僅かなミスも命取りになるやも知れぬ。それは判っておるかの? お前さんには、故郷で継がなくてはならぬ物があるのじゃろう?」

  「はい....しかし、元々、継ぐに相応しい者になる為の修行としてこの国に立ち寄った身。此処で我が身可愛さに、逃げ出すようであれば、到底、継ぐに相応しい者にはなれぬかと...」

  趙がため息混じりに

  「それでは、仕方ない...かのう」

  「ええ...」

  ダルクが笑顔で静かに応じた。

  やがて些か中途半端な時間となり、夕飯と今夜の泊まりを勧める趙に、ダルクは

  「いや。今日はもう帰ります。久々に楽しい時間を過ごせました。事が済みましたら、又....今度はあっちの方も頼むかもしれません」

  最後は顔を赤らめて言うのに、趙がにっこり笑って

  「何はともあれ、生き延びてくれんとな」

  そうして二人は玄関先で別れた。趙は自室に戻って、少しばかり書類に目を通していたが....やがて風呂を用意させ、躰を洗い流した後、軽く夜食を摘みながら書類に再度目を通して、そのまま寝台に潜り込んで明かりを消した....

  ・

  ・

  ・

  [newpage]

  翌日の日曜日。朝、『巨龍事案』の専従対策課に屋敷の朝食と共に顔をだして激励して一緒に食事を摂り、談笑してから屋敷に戻る。今日は少しばかり「自分だけが」楽しむ事に比重をおかせてもらうつもりである。無論、相手にも楽しんでもらうつもりではあるが....

  そうこうしている内に、待ちに待った相手が現れた。開口一番

  「お前さんからこんな風に呼び出すなんて珍しいな。趙(チャオ)の旦那」

  「偶には良いじゃろ?」

  「まあな....」

  ............

  ........

  ....

  今、趙は屋敷の敷地内の蔵の地下に設けられた座敷牢....ついこないだダルクが「男色」と「被虐」の喜びを仕込まれた部屋だ....其処で、今度は自らが、大鏡の前で裸に剥かれ、正座の姿勢で、全身を縄で縛められていた。上半身を亀甲の文様で縛め、二の腕と肘にも背中から縄が通されて上半身は微塵も動かせない。下半身も足首と脚の付け根を縄で結ばれて、立つ事はおろか、僅かに位置をずらす事もままならない。口には舌を押さえつける轡が噛まされ、更に豚鼻のマズルが開かない様に皮帯が締められて呻きしか漏らせない。発達した乳首にはピアスと錘が付けられ、固く大きく起立した男根の尿道にはカテーテルは差し込まれ、尻穴には張り型が差し込まれている。鏡に映るそんな自分の姿に欲情し、何度も躰を震わせるも、栓をされた男根では勝手にイく事も出来ない。そんな様子の趙を後ろから、頭をわしゃわしゃと掴んで

  「どうだ、趙の旦那よ。少しは楽しんでるか?」

  現れたのはS級冒険者のゴードフ。そう言いながら、躰の各所....乳首や尻や男根を軽く嬲る様に刺激してやっていた。

  [pixivimage:67462868-3]

  意外な組み合わせの二人だが、随分と昔からの腐れ縁である。趙がシンコクにいた時、趙を養子として拾い上げた商家の一族が、シンコクに眠る攻略難易度S級の遺跡に眠る遺物の回収をゴードフ達のパーティに依頼し、その際に趙を交渉の窓口として、装備を整えさせたり、資金面でのバックアップをさせたのが、最初の縁である。時間はかかったものの、無事に遺跡の攻略を果たしたゴードフ達を労う為に、趙が宴を開いたのだった。その際....普段は依頼主には手を出さない事を信条にしているゴードフだが....その数ヶ月の間に何となく趙との間に仲間の様な意識が芽生え....一方の趙も、仲間思いのゴードフの事を憎からず思い....気がつけば、朝、二人は裸で床上で抱き合っていたのが最初であった。その後....ゴードフがシンコクから旅立とうとする前の日に、手代からゴードフに手紙が届けられた。呼び出しの手紙であった。待ち合わせ場所に行けば、趙が顔を少し赤らめて待っており

  「貴方とは、ちゃんと向き合いたい」

  その後、二人は連れ込み宿にて翌朝までまぐわった。その後、出立の朝、趙はゴードフが仲間の宿に戻っているのを、宿の玄関で見送ったのだった。

  それからも珍しい材料の採取の依頼など、趙がジークランドに移り住んだ後も、細々とした関係は続いていった。専ら、ゴードフがタチで、趙を普通に抱くのが主だったが、時々、軽く縛って嬲る様な抱き方もする事があった。しかし....今回の様に本格的な縛りと嬲りを趙が求める様になったのは、趙が商会を今の規模にまで大きくしてからである。最初は戸惑ったゴードフだが、元々縄の扱いに掛けては達人であり、人を縛る事など目を瞑っても出来る。何よりも趙のこの様な痴態も又「面白い」と感じる様になったし、それに....何よりもこの様な行為を求める時、趙は大体が『会頭としての仕事』に疲れている時だと判る様になってから、ゴードフは何も言わずに趙の求めに応じる様になった。趙が、より喜ぶ様な事も覚え、そうして色に狂う趙を更に嬲る事で、僅かに嗜虐心で高揚する自分を発見して驚きもした。この、普段は「人を愉しませる」事を優先してしまう男が、自分が一方的に嬲られて喜ぶという珍しい光景を独占している事に.....

  涎を垂らし、息を荒げ、イキたくて躰を震わせる淫乱な猪を更に嬲る。その度に、物欲しそうに見上げてくるのを、ニヤニヤしながら

  「まだだぜ。普段、やっている事を自分がやられたらどうなるのか? たっぷり味合わねえとなぁ?」

  座敷牢では夕方まで切ない呻きが響き渡った....

  その後、人事不省になった趙を連れてゴードフが屋敷に戻れば、既に風呂が用意されており、ゴードフは趙の躰を洗ってやる。その内に、徐々に真っ当な意識を取り戻し始めた趙が、ゴードフの躰を洗ってやり....最後は二人並んで浴槽に浸かりながら、昔話をするのだった。

  風呂から上がり夕食を済ませると、ゴードフは宿舎へと帰っていった。趙も、雪芹に寝台横のマッサージ台にて躰をマッサージして貰らっている内に眠りに落ちてしまう。寝台に横たえられ羽根布団を掛けられる頃にはすっかり熟睡していた。

  「お休みなさいませ、趙様」

  そうして魔導式のランプの明かりが消され、部屋が闇に包まれる。明日は月曜日。再び趙の日常が始まる....

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  [newpage]

  月曜、定例会議を経て、更に社員達への説明を終えた趙は、ハッサムを引き連れて王宮の第二騎士団へと足を運んだ。エラセドと会うと開口一番

  「商会は、お前さんの申し出を受ける事に決定したよ」....

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