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【36】救命。

  鉄の味が口内に広がる中、斜め後ろに立っていた長兄に叫ぶようにして訊ねる。

  「ゼクス兄上っ!回復薬はまだありますか?!」

  「あるっ!やはり魔女殿に何かあったか?!」

  「刺されたようで、床に倒れています!腹部から血が!」

  向こう側を認識できない兄姉に状況を説明すると、全員が息を呑んで眉根を寄せた。

  「出血量は?呼吸と心音は確認できますか?」

  「床に広がっているので多いと思います!他は、今確認します!」

  彼女の様子を訪ねる次兄の声は冷静かつ的確で荒事に慣れていることが窺えた。

  流石は騎士。とても頼もしい。有難い。

  頭の片隅でそんな感想が浮かぶ程度には、青年は冷静さを取り戻していた。

  水を操作し、彼女の顔へとその先端を伸ばす。

  位置的に口は見えないので鼻と、首筋に枝分かれさせた水を触れさせた。

  手の平から伸びる水蔦を通して、魔力での感知に集中する。

  心から恐怖を追い出し、焦りを押さえつけて感覚を研ぎ澄ませれば僅かな空気の流れと、トク、トクと弱々しい鼓動を感じ取ることが出来た。

  良かった。動いてる。生きてる。まだ。

  「心臓、動いてます。息も・・けど、どちらも酷く弱いです」

  その報告に、背後で安堵の空気が広がる。

  「良かった。生きているなら回復薬で助けられます」

  「はいっ!」

  「得物は刺さったままなのだろう?回復薬を使う直前に抜くのが良いと思うが、出来るか?」

  「やってみせますっ!」

  「アディ!しっかりですわ!」

  「はいっ!」

  兄姉らの言葉に力強く答え、長兄から蓋が外された回復薬を受け取る。

  右手の水蔦に浮かべ、零さないように気を配りつつ蔦の先端へと移動させた。

  左手の水蔦で、刺さったままの凶器の柄を掴む。

  ここだ。

  ここが正念場だ。

  集中しろ。

  彼女を、アヤを絶対に助けるんだ。

  柄に巻き付いた部分を凍らせ、固定が終わった瞬間。

  躊躇わず、一気に引き抜いた。

  一瞬、彼女の身体がビクッと震え傷口からの出血が増加。

  赤い染みの範囲が急激に広がっていく。

  だが冷静に、氷を解除した水蔦を彼女の体の下へと滑り込ませ、口元が見える様に姿勢を変えた。

  流れ出る血で操作する水が赤く染まりつつある中、飲み込みやすいよう上体を起こした彼女の顎を少しだけ反らし、開いた唇の隙間に瓶を傾ける。

  こくり、と喉が動いたのを確認して、いつの間にか止めていた息を吐き出した。

  安堵と共に、どっと汗が噴き出る。

  「っ、ふぅー・・回復薬、飲みました」

  そう告げると、わっ!と兄姉らから称賛の声が上がる。

  「よくやったアディ!」

  「やりましたわねっ!」

  「素晴らしいです!」

  肩を掴み揺さぶられ、背中をバシバシと叩かれ、頭を撫で回されて褒められた。

  彼女をゆっくりと床に横たえ、兄姉らに振り返るとやり遂げた達成感から「はいっ!」と笑顔で答える。

  青年の笑顔に微笑みを返した兄姉らだが、長兄は直ぐに不安要素を口にした。

  「さて、後は魔女殿の意識が戻れば一安心、といった所だが・・」

  「えぇ。何者かに危害を加えられたとなれば、目を覚ました時に精神が不安定になるかもしれませんね」

  兄らの推測に、青年は気持ちを引き締め直し「はい」と返事をする。

  「その時は傍にあなたが居た方が良いでしょう。落ち着いた環境が望ましいですが・・」

  「それなら鏡をアディの部屋に戻した方が良いですわね!直ぐに移動させましょう!」

  「あぁ。それが最善であろうな。俺らが一緒に居ると、余計に混乱させてしまうだろう」

  そう助言する次兄と、彼女を気遣う兄姉らの言葉に青年は「ありがとうございます。では、有難く部屋に下がらせて頂きます」と頭を下げ、早速移動の為に衣服を整え始めた。

  鏡を移す手配の為に姉が部屋を出るのを見送り、改めて鏡の中の彼女に目を向ける。

  手前に移動させ、全身が確認出来るように横たえた彼女。

  その胸がしっかりと規則正しく上下しているのを見て、青年は安堵から溜息を吐く。

  だが、彼女の白かった服。

  その胸から下が赤く染まったままなのが視界に入り、眉を顰めた。

  おびただしい量の出血。

  あと少し遅ければ、その命が失われていたであろう事は明白だった。

  『一体、誰がアヤをこんな目に・・』

  何者であろうと、絶対に許さない。

  必ず報いを受けさせる。

  静かに決意して、青年は拳を握りしめた。

  〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇

  鈍い意識の中、寝返りすると不安定に体が揺れる。

  下にした側面が冷たくて気持ちが良い・・

  なんだろう?

  目を閉じたまま手探りで確認すると、ぽよんと不思議な感触と共に軽い反発。

  『いや、本当になんだ?』

  薄目を開けて視点を下に向けると、透明なナニカの向こうに床が見えた。

  「マジで何?!」

  驚き腕を付いて起き上がろうとしたら、その腕がズブッ!と沈んだ。

  バランスを崩し、尻から床に落ちて「うごっ!」と乙女にあるまじき悲鳴を上げる。

  「いてて・・う、ぉぉ。頭もクラクラする・・」

  なんだコレ。

  二日酔い?

  いや、生理が重い時みたいな、貧血?・・

  床に座り込み軽く頭を振ると、ますますグラッときた。

  アカン。気持ち悪い。吐くかも。

  「アヤ?!気が付いたか?!」

  「へ?アド君?」

  声のした方を見上げれば、鏡の向こうから青年が心配そうにこちらを見下ろしていた。

  「顔色が悪い!まだ横になっていなければ駄目だろう?!」

  言葉と共に目の前の透明なナニカが動き出し、頼子の足元から滑り込んだかと思うとぐにぐにと形を変え、あっという間に仰向けで寝転ぶ体勢にされてしまった。

  リクライニングシートに座ったような、とても楽な姿勢のお蔭で確かに気分はマシになったが、驚き過ぎて言葉が出てこない。

  ふよんとしたナニカに持ち上げられ視線が高くなった所で、青年は心配そうに言った。

  「大丈夫か?」

  「・・・え~と。ごめんアド君、コレ何?」

  状況に理解が及ばず、自分を支えるナニカを指差して一番気になる事を質問する頼子。

  「これか?私の魔法で動かしている水だ。気にするな。それよりも体調はどうだ?どこか痛いところは無いか?」

  「無い・・いや。なんか頭はクラクラするけど・・これ魔法?なんだ・・すっげ・・」

  指で透明な物体をつつくと、ぷよんぷよんと軽く反発して震える。面白い。

  「そうか・・その様子ならもう暫く横になっていれば大丈夫そうだな。良かった・・」

  「うん?そういえば、私・・」

  そうだ。自分は刺されたのだ。

  だが、刺された筈の箇所に痛みは無い・・

  不審に思って、そっと脇腹に手を伸ばしてみるが何も触れることは無かった。

  そこで首を伸ばし、刺された筈の場所を覘き見るが血の跡も無い。

  ついとブラウスの裾を摘んで持ち上げ、広げて見れば2センチくらいの穴が開いているのが確認出来た。

  やはり、夢とかではなかったらしい。

  しかもよくよく見て見れば、服の色はオフホワイトというより生成り色?

  何というか、少し着古したような色になっていた。

  「私、刺された・・んだよね?穴はあるのに、怪我も、血の跡も無いなんて・・」

  なんでや?と首を傾げる頼子に、青年は心配を滲ませた声音で話しかける。

  「アヤ。その、大丈夫そうなら今の状況を説明しようかと思うのだが・・」

  「平気か?」と眉根を寄せて言われた頼子は、あっけらかんと「あ、オナシャス」と軽い調子で答えた。

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