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頼子はフローリングに反射した日差しが淡く照らす天井を、虚無感に浸りながら只々眺めていた。
時が進むのに合わせ、差し込む光量が増えて徐々に明るくなる室内とは裏腹に、心は赤黒く染まった昨夜へと跳ぶ。
他人から向けられた悪意。
体に走った衝撃。
絶望と後悔と虚無をない交ぜにした、奈落に落ちていくような圧倒的空虚感。
痛かった。
怖かった。
苦しかった。
何故自分が?と理不尽に思ったし、現実とは思いたくなかった。
それでも、腹の痛みと寒気は夢なんかじゃなくて・・
脇腹に黒いナニかが刺さっている光景を思い出して、ブルっと震える。
自分を抱きしめるようにして、両の二の腕に手の平を当てた。
ぷつぷつと泡立つ肌を、温めるように擦り撫でる。
大丈夫。何でもない。これくらい。大丈夫。だって私には・・
両親の願いと、[[rb:お > ・]][[rb:守 > ・]][[rb:り > ・]]があるから。
好きな事して。自由に生きるって、約束したんだ。
二の腕から放した手の平を合わせ組んで、祈るように額に当て強く想う。
大丈夫。
私は、自由だ。
・・・よし。と、一つ胸の内で頷いて、頼子は枕元に置いたスマホを手に取った。
出前アプリを立ち上げて、ちょっとお高めの肉料理と、これまた豪華なスイーツを注文する。
それが終わると、両脚を振り上げて勢いよく体を起こした。
一通り暗い気持ちに浸ったら。あとは浮上するだけだ。
どこか心地よさすら感じる闇底のような気分を振り払って、行動を開始する。
ベッドから降り、冷蔵庫の野菜室を物色。
人参とじゃがいも、それと玉ねぎ。
取り出した食材を適当な大きさに無心でカット。
冷凍室から刻んだごぼうと豚こま、エノキも取り出し、軽くチンして解凍。
片手鍋を準備してサラダ油をちょっぴり。
焦げる寸前まで豚こまを炒め、人参、じゃがいも、ごぼうの順で火を通す。
根野菜に半分くらい火が通ったら、玉ねぎとエノキも投入。
ざっと熱を入れたら水を鍋の八分目まで入れ、顆粒だしの素を適当にぶち込む。
やがて、ぐらぐらと泡が立ち、灰汁が出てきたらお玉で丁寧に掬い捨てる。
イイ感じに煮えた所で火を止め、これまた冷凍室から味噌を取り出して適量お玉の上で混ぜ溶かす。
「うん。美味しい!!」
適当豚汁の完成!
いつも通りの味に満足して鍋に蓋をしたところで、玄関のチャイムが鳴った。
スマホ片手にドアスコープから覗くと、頼んでいた出前だったので鍵とチェーンを外し対応する。
荷物を受け取り、お手軽スマホ決済していたところでもう一人の配達員が到着。
入れ替わりでまた受け取り、支払いをしてお礼を言うと玄関を閉じた。
デザートを冷蔵庫に一旦仕舞い、来客用のローテーブルを設置。
軽く拭いて出前の箱を置いたら豚汁を椀に盛る。
特上焼肉弁当と手製の豚汁を目の前にして、両手を合わせ目を閉じた。
嫌な記憶を呼び起こし、目を開けて「いただきますっ!」と勢いよく宣言すると弁当を手に取る。
箸で肉と米をかきこみ、もぐもぐと口を動かす。
脳が痺れるような牛肉の旨味を噛みしめ、飲み込むとまだ熱い豚汁を音を立てて啜った。
敢えて脳裏に辛い記憶を反芻し、それも一緒に嚙み砕くように咀嚼して、飲み込む。
鬱々とした気分を幸せな味で塗りつぶし、上書きして行く。
今までと同じ。
一通り落ち込んだら、無理やり体を動かして美味しい物で心に一区切りをつける。
凹んだり、悩んだりした時の、自己回復方法。
お腹が満ちて来て少し気分が上向いたところで、大好きなコメディアニメをスマホで流す。
その内容に少しでもニヤっとしたら、本当にもう大丈夫だ。
美味しいは正義で、楽しいは幸福だ。
しかもこの後には高級タルトケーキが待っている!
未来は明るい!
きっと、これからも楽しい事がたくさんある!
半ば無理やりではあるが、頼子はそうして自らを鼓舞し気分を上向かせた。
心の上澄みが澄んだのを良しとして、その底にまた、暗澹たる汚泥のような澱が降り積もるのを自覚しつつ、認識をずらして蓋をする。
スマホの画面でおどけた声優の演技が光ると、ニヤニヤしながら「最高かよ!」と声を上げて笑った。
お弁当を完食したらお待ちかねのデザート!
空になった弁当箱を捨てて汁椀をシンクに置いたら、冷蔵庫からつやつやと輝く苺の乗ったタルトケーキを取り出す。
これがなんと1ホールの6号サイズ!
温めた包丁でワクワクしながらカットして、某ブランドチョコレートのノベルティでゲットした白いお皿に乗せたら、もう本当に最の高!
サクサクしたクッキー感のあるタルト生地の上に、アーモンドプードルのやわらかい生地。
黄色いカスタードと、白い生クリーム。そして苺の赤が織り成す美しい断面にほぅ・・と感動の溜息を吐いた。
滅多に使わないガラスの急須に、とっておきの桃のフレーバーティーを淹れたら準備完了!
アニメも止めて、銀色のフォークをタルトの先端にそっと沈める。
ちょっと底の生地が硬くて、お皿にフォークが当たってガチっと音がしたけど気にしない!
少し崩れたタルトを、反対の手を添えてパクリと口に放り込む。
そしたら甘いのと、酸っぱいのとがふわ、ざく、しゅわっとお口の中でハッピーなカーニバルを開催して練り歩いた。
「うっわ、おいしー!!」
また一口分切り取って、もくもくと口を動かす。
幸せな甘さで舌が喜んだところで、急須から茶葉を取り出して牛乳をくるっと回し入れる。
完成した無糖のフレーバーミルクティーをカップに注いで、お口の甘さをリセット。
同時に、甘味すら感じるような桃の良い香りが鼻腔を満たしたら・・
もう満足感が半端ない。
幸せの溜息を吐いて、そっとカップをテーブルに戻した。
奮発してお高いケーキにして良かった!
これがあと半分以上残っているなんて、なんと素晴らしく幸せな事だろう。
また一口パクついて、冷蔵庫に目を向けるとふっと脳裏に金髪碧眼の青年の顔が浮かぶ。
そうだ。助けてくれたお礼も兼ねて、残りは一緒に食べるのはどうだろうか?
勿論これだけでは足りないので、追々何かしらで返して行くつもりである。
『そういえば、あちら側のお菓子を貰う予定もあったっけ』
タイミングが合えば交換して、一緒に食べるのも楽しそうだ。
持ち寄ったお菓子に合いそうなお茶だったり飲み物を用意して、良い感じのクラシックを流したりしちゃったりして、小指を立てて気取った飲み方を笑われたりして、楽しくお茶会と行こうじゃないか。
そうして、自然と未来に目を向ける事が出来た頼子はタルトを頬張りながら、にやにやと幸せそうな笑みを浮かべるのだった。
〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇
陽の落ちかけた夕暮れの中、綺麗に整備された石畳の上を装飾の少ない簡素な作りの箱馬車がガラガラと音を立てて走る。
真っ直ぐ進んでいた馬車は貴族街の表通りから脇道に逸れ、大きな屋敷を回り込むように曲がった。
柵沿いにぐるっと走ると、裏門から敷地内へ入りそのまま建物に繋がる小屋へと吸い込まれる。
窓にも日よけの布が掛けられ、ただでさえ薄暗かった馬車内は小屋に入った事で真っ暗になった。
御者台から人が降りてガタリと箱が揺れ、少ししてドアがノックされる。
「無事到着致しました。開けてもよろしいですか?」
「ああ」
「失礼致します」
キィと僅かに軋んだ音と共にドアが開くと、手元の明りに照らされた傍仕えの顔が暗闇にぼやっと浮かび上がった。
「お疲れ様でございますアディード様。足元に気をつけてお降りください」
「ああ、ありがとう」
傍仕えがドアを支えて体を横にずらすと、青年は腰に差した片手剣を押さえて箱馬車から飛び降りた。
すると、丁度良いタイミングで建物へと続く扉が内側からノックされる。
外向きに開かれたドアの向こうには女性の使用人が一人、ランプを片手に立っていた。
「お待ちしておりました。ようこそガルドフ侯爵家へ。奥様がお待ちですのでお部屋までご案内致します」
「どうぞこちらへ」と背を向けて歩き出した使用人の後へ続き、青年と傍仕えは無言のまま屋敷へと足を踏み入れた。
窓の無い通路を使用人の案内でひたすら進み、やがて隙間から明りの漏れる扉の前に到着。
目の高さにある扉の紋様に使用人が触れると、鍵穴からカチっと音がして扉がひとりでに開いた。
女性に促されて進むと、そこは使用人たちの控えの間のようだった。
休憩用らしい簡素な椅子が何脚かと、テーブルが2脚。
食器を運ぶカートと、棚にはお茶を淹れる為の茶器類が整然と並んでいる。
使用人は入って来た扉とは違う扉をノックすると「奥様、お客様をお連れしました」と声をかけた。
「どうぞ」と向こう側から返事があって、使用人が内開きの扉を開ける。
扉を押さえる使用人の横を通り過ぎ、青年と傍仕えは室内へと足を踏み入れた。
「ようこそわが家へ。こちらへの訪問は随分と久々ではないかしら?」
「・・どうしても気を遣いますからね。それに、会うだけなら城の方で十分ですから」
「まぁ、そうですわね。それで?今日はどのような要件でいらしたのかしら?」
「まず、自宅まで押しかけてしまった事をお詫び致します。姉上」
そう言って軽く頭を下げた青年に、この屋敷の女主人である姉はにこりと微笑んだ。
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