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【154】「不屈の砦」メンバーとの夕食。

  天の光が傾き始めた頃、ぐるりと周囲を取り囲む土壁の向こうでは魔物との戦闘が散発的に続いていたが、戦闘に携わることのない者たちは夕食の支度を進めていた。

  貴族の世話人たち、冒険者、商人らはどこか緊張しつつも、いつも通りに食事の準備をしていく。

  竈を作り、火を入れる用意をして「さぁ食材の処理をしようか」というところで、突然周囲に大きな影が差し暗くなった。

  何事かと空を見上げると、馬車3台分はあろうかという巨大な狼が浮かんでいるではないか。

  その光景を見た者たちは一様にぎょっ!と目を剥いて驚きの声を上げるが、逃げ出す事無くその場に留まる。

  どころか、おっかなびっくり巨狼が降り立った場所へと集まって来た。

  普通ならば恐慌状態に陥るであろう非常事態だが、何のことは無い。

  巨狼が運ばれてくることは前もって通達されていたのだ。

  面布をつけた2体の半精霊によって地面に横たえられた巨狼はくたりと四肢を投げ出し、動かない事から絶命しているのが見て取れる。

  集まった者たちは巨狼を中心に、ざわざわと忙しなく言葉を交わした。

  「・・すげぇ、変異種の[[rb:森狼 > フォレストウルフ]]だぜ。初めて見た」

  「これが森狼だって?!森狼は大きくても馬くらいしかないだろ?!」

  「だから「変異種」なんだよ。見ろよあの爪と牙!こんなのに遭遇したら生きては帰れねぇぜ」

  「だろうなぁ。この大きさだ。あっと言う間に胃の中へご招待されちまうよ」

  「しかし、こんなのが近くまで来てたとはなぁ」

  「手練れの冒険者が居てくれて命拾いしたな」

  「あぁ。しかもこの森狼は俺らで解体するなら肉は好きにしていいってよ」

  「はぁ~!豪気だねぇ!」

  「まぁ、毛皮と爪と牙の方が金になるからな」

  「何にしてもタダ肉とはありがてぇ!」

  「そりゃ確かに違ぇねぇ」

  森狼を取り囲み、夕食の内容を想像して笑みを浮かべていた者達は解体を呼びかける声に雑談を止め、移動するのだった。

  〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇

  天光が山向こうに沈み、黒一色の空には星々が煌めく。

  土壁に囲まれた休憩場内は、そこかしこで焚かれた火によって歩くのに困らない程度には明るい。

  「不屈の砦」の者たちから夕食に招かれ、手土産を持った傍仕えと共に彼女らの天幕を訪れると、既に準備は万端であった。

  片手を上げ、来訪を告げながら「待たせたようですまない」と謝罪すれば、屈強な体格を持つ盾使い。パーティーリーダーのミリアーナが出迎える。

  「いや、良い時に来てくれた。丁度呼びに行こうとしていたところさね」

  にっとした白い歯が目立つ笑顔に「ならば良かった」と胸を撫で下ろし、持ってきた手土産を傍仕えから受け取り手渡す。

  「こちらは土産だ。受け取ってくれ」

  「へぇ。気遣い出来る男は好感がもてるね。これは何だい?」

  「焼いた肉や魚などに振りかけて使う調味料の一種だ」

  リーダーは「へぇ」と興味深そうに受け取った布包みを開いた。

  そうして案の定、現れたガラスの入れ物に目を剥いて驚く。

  「ちょいと新人!こんな高価なものを寄越すなんて何考えてんだい?!」

  「いや、そう言われるとは思ったのだが、丁度良い入れ物がそれしか無くてだな」

  「だからってガラスを手土産にするなんて頭の中身を妖精に吸われでもしたのかい?!カルセ!お前さんはもう少しこの新人に常識ってもんを教えてやんな!」

  唾を飛ばしそうな勢いで詰め寄られた傍仕えだが、一切響いた様子もなく淡々と答えた。

  「入れ物が気になるのでしたら、中身だけ移されては?」

  「待て、それだと直ぐに中身が劣化してしまうのではないか?」

  「問題無いかと。どうせ今晩で使い切ります」

  傍仕えとのやり取りを聞いたリーダーは「そうさせてもらうよ」とため息交じりに行った後で首を傾げて続ける。

  「これはそんなに美味いのかい?」

  「あぁ。それは保証する」

  「ふぅん」

  瓶の口に鼻を近づけて香りを確認しようとしたところで、一向に席に着かない様子に痺れを切らしたらしい褐色肌が寄って来た。

  「おせーよリーダー!!アタイもう腹減った!」

  「悪かったね、今行くよ」

  リーダーの背後に回った褐色肌はぐいぐいとその背中を押しながら「早く早く!」と急かす。

  と、こちらにも顔を向けて「アドとカルセも!早くこっち来いよ!」と呼んだ。

  頷き、返事をしようとしたところで褐色肌の死角から三つ編みが現れ「ぺちり」と後頭部を軽く叩く。

  「てっ?!何だよフラウ!」

  「キーラぁ~?教えたわよね~?先ずは挨拶が先でしょう~?」

  「あ、やべっ」と焦った様子を見せた褐色肌だが、三つ編みがニコリと微笑むとぴっ!と背筋を伸ばし「はいっ!ちゃんとします!」と言い、こちらに向き直って改めて挨拶した。

  「アドにカルセ!よく来てくれたな!今夜はココロバカリの料理で持てなすぞ!ゆっくり楽しんでくれよな!」

  「・・まぁ。よしとするわ~」

  苦笑して笑った三つ編みも頭を下げて「いらっしゃ~い。よく来てくれたわね~」と歓迎の言葉を掛けてくる。

  それに頷き「夕食への招待、感謝する」と礼を伝えれば「こちらこそ、来てくれてありがとう~」と謝意を返された。

  そうして示された席はどうやら土魔法で作られたらしい簡易的なテーブルと椅子で、服を汚さないようにであろう。どちらにも布が掛けられていた。

  「不屈の砦」の6名に、私たち2人が加わっても余裕で座れるほど大きなテーブルの上には肉料理をメインとした数種類の料理が並び、立ち上る湯気と共に美味そうな匂いを辺りに漂わせている。

  「さて!揃ったね!皆、今日もよくぞ無事で生き抜いてくれた!くそったれな日だったが、良い事もあった!仲間を助けてくれたアドに!休憩場の皆に肉を提供してくれたカルセに感謝を!今日1日の労いを皆に、明日への祈りを精霊様に!」

  リーダーがカップを頭上に掲げて食前の口上を述べ、メンバーも続いて「「「「「精霊様に!」」」」」とカップを掲げた。

  遅れて私と傍仕えも手元のカップを掲げると、リーダーの「乾杯!」で周囲に合わせてカップを一気に傾ける。

  どうやら中身は薄めたエールだったらしく、温く僅かに酒精を含んだ液体が胃の腑に落ちると、底の方にじんわり熱を灯した。

  見れば、大皿に盛られた料理を各自好きなように手元の皿に取る形式らしく、皆自分で料理を取り分け、届かない所は近い者に頼んだりして皿に盛って行く。

  一通り周囲を観察し、状況を理解したところで「アド様。どちらから召し上がられますか?」と傍仕えが給仕を申し出てくれた。

  「そうだな・・」と料理を見回すと、それに気付いた向かいの席の褐色肌が「なんだよアド!まだ皿が空じゃねぇか?!」と声を上げ、「んっ!」と手を出して皿を寄越せと示す。

  「ほらっ!アタイがオススメを入れてやるから寄越せよ!カルセも座ってろよな!お前も客なんだからよ!」

  「ほれ早く!」と急かされて、『それならば』と任せる事にした。

  傍仕えはやや不満気であったが、私の『構わない』という視線に腰を下ろす。

  「はいよ!こいつは昼間に仕留めた[[rb:角猪 > ホーンボア]]の石焼で!こっちは香草で蒸した魚な!」

  「ありがとう。どちらも美味そうだな」

  傍仕えも隣に座る赤髪の双剣使いに世話を焼かれて次々と皿に料理を盛られている中、手元に戻って来た皿に乗る料理を失礼が無い程度に観察する。

  角猪の石焼と言っていた肉はごろごろとしたひと口大ほどの塊で、熱と溢れた肉汁でしなしなと草臥れた傘の平たい茸と木の実らしき赤い粒が絡み、正に冒険者が好みそうな豪快な見た目をしていた。

  その隣に盛られた白身の魚は手の平程の大きさに切り分けられていて、刻まれた緑の葉が添えられ食欲をそそる香ばしい香りを放っている。

  両の手の平を合わせ、小さく「いただきます」と唱えて異世界の食前の作法をなぞり、早速木製のフォークで角猪の肉を口に運んだ。

  まず感じたのは獣の臭み。だが、咀嚼すると木の実が弾けてそれを打ち消す爽快な味が広がり、後から茸の旨味が追い掛ける。

  肉はやや硬く、大量に食べると顎が疲れそうだ。

  肉を飲み込み、続いて魚を口にする。

  舌に乗せた途端、口の中全体に香草の香りが満ち、油の乗った旨味が舌で押し崩した白身から溢れ出た。

  その味を楽しむ内、大きな骨が舌に当たったので口内を傷つける前にと指で摘まんで皿の端に乗せる。

  どちらも城や町中で食すような洗練された料理ではないが、野営であっても美味しく食べられるようにと出来る限り工夫されている事が窺えた。

  「どうよアド!自分で解体した獲物の味は!美味ぇか?」

  こちらが食すのを待っていたらしい褐色肌はそう言って口の端を汚したまま楽し気に笑い、私はそれに笑顔で頷き答えたのだった。

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