でかリオ

  [chapter:1]

  彼はふつうのルカリオよりも大柄な個体だった。

  出会った頃は「背の高いリオルだな」ぐらいにしか感じていなかったが、進化によって身体のかたちを変えたいま、それを強く実感する。背の低い私と並ぶとまるで兄弟のようであった。

  また、彼は寡黙かつ従順であった。長い付き合いだが、私は彼の鳴き声をほとんど聞いたことがない。おとなしく、冷静なポケモンであった。

  人は言葉を交わす。しかしポケモンである彼らに人間の言葉を交わす習慣はない。だがルカリオである彼は、相手がどんな生物であろうと、波動を使って心を通わすことができる。瞑想によって集中力を高め、木々や森、自然のすべてと対話し、精神を磨いていく。

  賢い彼は、私の提案する戦略を[[rb:具 > つぶさ]]に理解しているようであった。私もまた、彼が無限のひろがりを持つバトルの盤上で見ている景色を、同じ目線で見ているつもりでいた。目まぐるしく動く戦況の中で、私たちは一心同体となり、ともに思考し、難局を切り抜けてきた。

  賢く、強く、従順である彼のおかげで、私たちの前に立ちはだかる敵はもはやいなかった。どんなポケモンと組ませても器用にこなした。そのうち私たちは、バトルをするトレーナーとポケモンたちが目指すべきであろう全ての目標を達成した、という実感を得ていた。

  どんなに強くなろうと、反省を絶やさず、研鑽し、蛍雪の功を積むのが真のチャンピオンのあるべき姿であろうが、「まぁ、とくにそういうのはいいかな」と私たちはそんな具合で満足し、ほどほどな日々を謳歌していた。

  このほど、ほとんど無欲であった彼の心境に、ふたつほど変化があらわれ始めてきた。

  ひとつめは、スキンシップを求めるようになったこと。

  彼の強さを言葉でこそ褒め、戦果を讃え、時には[[rb:檄 > げき]]を飛ばし、励ましてきたが、相手はルカリオ、ポケモンである。言葉とは人間の為に作られた道具であり、私が言葉に乗せた感情を、彼が波動で汲み取ってくれているだけに過ぎない。

  果たしてこれでトレーナーとしての愛情をじゅうぶん注げているだろうか、彼の波動の力に甘えてコミュニケーションを怠ってはいないか、とぼんやり不安になったので、はじめは私の方から彼にこれを持ちかけることにした。

  どうしたら、私が彼を大事に思っていることを伝えられるのだろう。手を握ったり、頭を撫でてやるということは過去にしてきたが、彼は特にうれしそうにしている感じではなかった気がする。この程度で喜んでくれはしないのだろうか。

  少し気恥ずかしいが、やはり抱きしめてやるのが一番なのだろうか。

  しかし私は困った。愛を込めて彼を思いっきり抱きしめてやろう、そう覚悟したのに、彼の胸には立派なとげがある。これでは「思いっきり」抱きしめることができない。

  私をみつめる彼。かわいい。

  頭をなでる。しかし、相変わらずきょとんとした表情の君。

  愛おしい。たまらなく。ぎゅっとしてやりたい。

  そうだ。

  私は彼の背後に回る。これならとげに貫かれることなく、ハグすることができる。腰の後ろから腕を周すようにして、ぎゅっと抱きしめた。私と彼の身体が重なる。

  進化して以来、初めてのハグ。

  私と彼の間で、しっぽが僅かにゆれる。

  彼の背中は暖かかった。陽だまりのいい匂いに包まれる。

  かつて背の低かったころは、よくこんな風に抱きしめていたなぁ。

  後ろから見ることはできなかったが、こんな中でも彼は表情をほとんど変えずに、あの幼さの抜けない、あどけない顔をしていただろう。

  それでも私は彼の暖かさを確かに感じ取っていた。私の手に重ねるようにして彼の手が触れた。

  私たちはバトルにうつつを抜かして、こんなにも身近な幸せに目をつむって暮らしていたのか。

  ずっと、いつまでもこうしていたい。そんな愛しさを私たちは噛み締めた。

  ……体格に比例して腰回り及び胴回りの厚い彼なので、思いのほかギリギリ手が前で重なるかどうか、というハグになってしまったことははぐらかして。

  さて、ふたつめに移るのだが、このころから、彼のこころの変化が行動にも及ぶようになりはじめた。

  言えば、彼の食事の量が爆発的に増えた。

  トレーニングに力を入れていた頃は、私による徹底的な管理のもと、栄養のバランスにのみ優れた食事を摂っており、彼の食欲や好み如何に関わらず、毎日ほとんど同じメニューを食べさせていた。

  追加で食べたいものがある、と[[rb:強請 > ねだ]]ったとしても、毅然と跳ね除ける覚悟で食事を管理していた。しかし、そもそも彼は食に関心がないようだった。

  生きるために必要だから食べる。私に言われたから食べる、といった具合だった。

  しかし、スキンシップが増えてきたころ、それに比例するように多めの食事をもとめるようになり始めた。

  厳しいトレーニングを長期間続けてきた中で、食事にすら欲を出せない状況が長く続いたことが、ひょっとしてとてもつらい我慢をさせていたのでは、と負い目を感じた私は、ねぎらいの意味も込めて、

  「すきなものをすきなだけ食べなさい」

  と、甘やかすようになった。

  その日から、[[rb:箍 > たが]]が外れたように、と言っても良いほど、たくさん食べるようになった。

  はじめは良い兆候と見えた。やっぱり我慢させていたのだ、抱きしめてやることでさらに彼に近づくことができた、心を開け放してくれたのだ、と。

  表情に関して不器用な彼も、流石におなかいっぱい食べているときくらいは幸せそうな顔をするだろうな、どうせならその幸せをおすそ分けしてもらおうかな、と彼の様子を日々観察していた。

  しかし、どうにも様子がおかしい。日に日にその違和感は増幅していく。そしてある日、私は恐るべき真実に辿り着いた。

  彼は、黙々と、それもかなりのスピードで、ほとんど[[rb:咀嚼 > そしゃく]]することなく、食べ物を胃袋に叩き込んでいた。

  徹頭徹尾、食には興味がない。

  でも、食べ続ける。

  嗚咽を漏らしてでも食べ続ける。

  乱暴な食事は一過性のものではなかった。毎日、毎食、吐きそうな量の食べ物をひたすら飲み込み続けた。

  じきに、並の同種族なら三食に分けてようやく食べ終わるであろう量の食事を、十数分かそこらで飲み込むようになっていった。

  限界を超えた食事量に、腹がいびつに膨れていく。冷や汗が額を伝い、滴る。それでもいつもと変わらぬ無表情でこちらを振り返り、「おかわりをください」と訴えかけてくる。

  無理をして食べている。

  食べることが、好きではないのに。

  しかし食べることがゴールではない。その先に目的がある。

  手段に過ぎないからこそ、強靭な精神力で、苦痛をねじ伏せられる。

  私はそのことに気付いていたが、やめさせなかった。彼の要求を飲み、追加の食べ物を供する。そして彼の暴食をただ見つめる。

  私の顔からも汗が流れて止まらない。

  彼は気づいていたのだ。私が彼を抱きしめるたびに、許されざる特別な感情を抱いていたことに。

  そして私も気づくべきであった。互いが互いの体の一部として感じられるほど信頼し合っている私たちに、もはや隠し事など通じないと。

  バトルに励んでいるときはまだよかった。私の奥底に眠る欲求を彼にぶつけること、それすなわち、これまでの努力を水泡に帰する愚行に他ならなかったから。

  「すきなものをすきなだけ食べなさい」

  この言葉の裏に隠された、恐ろしい、銃のような思想。

  私は、震える手で、己が欲の為に引き金を引いてしまった。

  彼は、人生を顧みず、よろこんで凶弾にその身をささげた。

  告白。

  トレーナーとして最低であることは自覚している。しかし私は、彼にふとってほしいと願っていたのである。

  [chapter:2]

  ルカリオをふとらせ始めてひと月と数週間、彼は目に見えておおきくなった。

  彼を背後から抱きしめる。もはや私の腕は、彼の身体を周らなくなっていた。

  嬉しそうな気配を感じる。

  ルカリオをふとらせたい。

  彼は、私の欲求を反映するように行動し、想像を絶するような量の食事を通じて、時には苦痛に耐えながらも、その身体に脂肪を蓄えたのだ。

  心の一番すっぱい部分が、どうしようもなく切なくなる。

  ぎゅうっと彼を抱きしめると、熟れたての[[rb:杏 > あんず]]のように、柔らかく腕が沈み込んだ。緊張を緩めると、みずみずしい[[rb:葡萄 > ぶどう]]のように、張りをもって返される。彼は振り返って私の目を見る。「どうですか」と言いたげな様子で。

  「……かわいいね」

  自然に口から漏れて出た感情はどこまでも正直だった。千切れそうなほどの恥ずかしさと、どす黒くほろにがい罪の味に顔を歪める私だったが、依然、彼は表情に変化を乗せない。だがゆっくりと視線を正面に戻すその所作に、隠しきれない何かが溢れ出ていた。

  たくさん食べては抱きしめられてをひと月以上繰り返したルカリオは、ふとりやすくなっていた。毎日体重を増やしていった。腹がたるみ、尻が丸く突き出る。

  抱きしめるたびにお互いの顔の距離が離れていく。

  抱きしめている間、私らの身体はどうしようもなく熱くなる。

  私たちは、これほどのものはないというほど甘い罪に塗れた幸福を、致死量もなにもないというように、際限なく浴び続けた。

  [chapter:3]

  暴食と肥育の成れの果てのような生活を送っていた私たちは、新たな問題に直面した。

  ルカリオは与えられた食べ物をまるで飲み物のように飲み込むので、食事と同等に値する体積の空気を飲み込むようになっていた。

  消化器官にたまった空気とはつまりガスである。

  彼はとてつもなくおおきなげっぷやおならをするようになった。

  彼の一日に飲み込む空気量は、他のルカリオの腹に無理やり詰め込もうとすればまず破裂は免れない、ともいえる量になっていた。当然、排出されるガスの量もすさまじく、昼夜を問わず、彼の豊満な身体から重厚なげっぷやおならが断続的に発生する、そんなやかましい毎日になってしまった。

  臨時の対処かつ、対処療法的に張る予防線として、彼の食事を栄養液に置き替えた。

  このようにした主な要因だが、正直に言ってしまうと、食物が化学反応を起こして発生するガスというものは、部屋いっぱいに充満させておくには余りにも厳しいものがあり、数時間単位での換気を余儀なくされた。飲み込んでいるのはそこら辺の空気ではあるが、器官がパンパンになってしまえば消化の作用が悪い方向に傾いてしまううえ、悪いモノを薄めたやつがそこそこの量で放出されて、そのうえ広く拡散するのがどうにもきつい。彼の可愛さを差し引いても可愛くない事態だ。

  しかし、渡りに船と言ったところか。

  購入した栄養液は、酵素などでの分解をほとんど必要とせず、その上、飲めばそのエネルギーの九十八パーセントが直接脂肪に届いて作用するという代物なので、私たちにはおあつらえ向きである。

  毎日の食事にこれを導入した結果、ガス漏れによる匂いの問題はかなり解消された。しかし困ったことに、おなかにたまるガスの量は増えてしまい、常にパンパンなふうせんフォルムのルカリオになってしまった。脂肪にならなかった二パーセントの栄養液がガスにでもなっているのだろうか。

  まぁ、消化や吸収の仕組みが変わったことによる副作用もあるかもしれないが、単に彼が、ごきゅごきゅと喉を鳴らして、たっぷりの空気と一緒に液体を飲んでいるせいだろう。ルカリオという種族柄、[[rb:吻 > くちさき]]が長いので、ひと飲みするたびに口元に隙間ができてしまい、その上急いで飲もうとするものだから、わざわざ空気でほっぺをパンパンにしてから飲み込んでしまっている。

  あと、液体なので、水代わりに栄養液を補給する習慣が付いてしまい、食事の回数が倍増、もとい三倍ほどに増加してしまったのもある。

  しかしハグのついでにたずねて曰く、

  「でもまぁ、[[rb:咀嚼 > もぐもぐ]]や[[rb:嚥下 > ごっくん]]って疲れるし、直接脂肪になるならそれでいいです」

  と、意外にも好い趣きであった。

  それからの様子。

  食後は「今日もたらふく飲んだ飲んだ」と満足そうにおなかをさすったのち、ぐぉおおおおおおおおおおっ! と、まるでかいじゅうのような、でかすぎるげっぷをまき散らす。

  くつろいでいる時間にも「どうかしましたか」といった顔で、ぶぅうううううっ、ぶぅうううううっっっ! と、ジャンボなおならを所構わずジェットしている。

  特におならの勢いがすごい日なんかは、ソファやベッドをおしりに敷いても、ぶむぅうううううぅ、ぶぼぉおおおおおっ! と床を揺らすような重低音が隠し切れないほどである。

  ご覧の通り当の本人は、今まで以上にガスタンク化が進みこそすれ、新しい代謝のサイクルに関してはそこまで気にしていないようである。もう少し恥じらっても良いような気がしないでもない。

  幸い、元チャンピオンというオーソリティのおかげで、きわめてプライベートな家屋に住まえているので、騒音などの問題で近所と揉める可能性はほぼゼロである。仮に風に乗った音が誰かに聞かれたとしても、ドラゴンタイプあたりのでかい何かの鳴き声ということで白を切るつもりである。

  とりあえずは、部屋の中の空気がうるさい音とともにちょっと移動しているだけだ、ということで割り切って、この新しい食事法を継続することにした。

  [chapter:4]

  栄養液を取り入れた新しい肥育生活にも慣れてきた頃、私は彼の体の変化に気がついた。

  他の部位に比べて、おしりの肥大化が著しい。

  こんなに器用に、一部分だけふとれるものなのだろうか。

  確かにルカリオという種族は、とくに腰回りの筋肉が発達しやすい傾向にあり、体長に対するヒップのサイズは、人間の縦横比以上となる場合が多い。でもこんなに肉がつくものなのか。

  ウエストに関しても、想像と違う。もちろんもとよりは太い。断然太い。しかし、「異常におおきい」おしりに比べるとまだおなかは「太りすぎ」の域を出ていない気がする。肥満化ってもっとこう、おなかがブクブク膨れるイメージがあったのだが。

  同じでかいポケモン好きの中でも、こういうのって好みが分かれるものだよなぁ。

  ぼんやりとそんなことを考えていて突如、思い当たる節。

  彼の食事のために買った栄養液。

  そのガロンボトルを確認する。

  「すくすく栄養液 部位肥大用:[[rb:臀部 > でんぶ]]」

  これのせいだ。

  こんなおあつらえ向きのアイテムが流通しているのだから、当然需要があってのことで、その供給もここまで細分化していたのである。

  注文をよく確認していなかった。

  ちょっとクラっとした。

  私が彼に求めていたもの。理想の中の彼は、おなかがまんまるで、でもちょっとだらしなく重力に従っていて、その上にボリューミーな房がふたつ実っていて、正面から見てもその幅が想像できるくらいの腰回り。それぞれが決して控えめでなく、なおかつほどよい量感の、そんな感じのバランスを夢に見ていた。

  一方現在の彼はというと、私と彼で並んで座れたらいいなと思って購入した2シーターのソファを、そのおしりのでかさでもって占有権を[[rb:恣 > ほしいまま]]にしている。

  低重心の、オボンのみのようなフォルム。

  「……おしりだけ、やたらでかいな……」

  彼のしっぽが微かに揺れる。

  ソファをきしませながらよっこいしょ、とおもむろに立ち上がり、のしのしとこちらの方に歩いてきて、ずいっとその自慢のおしりを差し出す。まるで「いま、おしりの話しましたか」と言わんばかりに。

  しっぽを右、左と素早く一往復させてアピールする彼。

  おおきい。元の幅の二、三倍くらいだろうか。座った時にふれる面積ならその二乗、蓄えた脂肪の体積を考えるならその三乗である。

  私は困惑した。彼もこの局所肥大に気が付いていて、かつまんざらでもなく、というよりむしろ誇らしげである様子。

  「うーん……」

  とりあえずハグをしながら考える。

  ぎゅむっと私の身体が彼のおしりに沈み込む。

  やわらかい。でもハリがある。

  最近妙に彼との顔の距離が離れている気がしていた。おしりがでかくなりすぎたせいだ。

  私に抱かれながら、自分でもおしりをぶにぶにと触って、そのおおきさと感触を確かめる彼。うれしそうだ。やはりこのおしりのおおきさに満足している。

  懸命に、過酷な食事を通じてこのあついしぼうを手に入れたのだから、その成果のあらわれを喜んでいるのだ、と説明されてもなんら違和感はない。

  でもそれ以上に、彼は彼のおしりに執着しているような気がする。

  そういえば。

  彼が鏡を背にして立ち、後ろ姿を確認している様子をたびたび見かける。これはたしか、現役時代からの習慣であった。そしてその見栄えを確かめるように、決まったムーブをする。

  しっぽを左右に一往復させる動き。

  これはバトル中に使う、同意の合図。

  ……さっきもこれ、してなかったっけ。

  「…………」

  ある考えが浮かぶ。はっきり言って少々馬鹿げているが、すっと通る率直なアイデア。

  「もしかして君、おしりをほめられたいの……?」

  彼が振り向いた。

  そして、しっぽをぶん、ぶん、と振って見せた。

  ここからは主観交じりの憶測になってしまうが。

  バトルというものは、ポケモンとトレーナーが、文字通り同じ方向を見て取り組むものである。必然、前に出るポケモンの背中側にトレーナーが位置することになる。

  そして恥ずかしい話だが、私はバトルに励む彼を見ていると、どうにも無限に褒めちぎってしまう傾向にあった。

  この二つの前提が組み合わさると、彼の視点からは、

  1:トレーナーが、自分のおしりの方向を見つめている。

  2:めちゃくちゃ褒めてくる。

  3:以上により、このトレーナーはおしりが大好きである。

  と見え、このような[[rb:誤謬 > ごびゅう]]を導き出してしまったのではないだろうか。

  考えすぎだろうか。

  でもど真ん中ではないにしろ、的は射ている気がする。

  それに私は彼のおしりもすきなので、全然誤謬ではない。

  「なら……いいか……?」

  この業は、私を発端とするもの。もはや彼がいいなら好い、という次元ではない。いちど「ふとらせていいか」などという意志を行動に反映させているのだから、彼の一切が私の意志に委ねられているのだ。

  大変だろうが、今からでも方向性を変えることはできる。

  でも彼が気に入っているなら、でかいおしりを見てほしいのであれば。

  うっかり、というには深すぎるカルマを背負って、今一度彼を愛せそうだ。

  ハグをほどき、改めて彼を眺める。

  おしりをこちらに向けたままの彼と目が合う。

  まるで自分のチャームポイントを分かっているかような見返り姿。

  [[rb:蠱惑 > こわく]]。

  [pixivimage:106358581-9]

  「おしりがでかいルカリオって、めちゃくちゃかわいいかもしれない」

  合わせるように「ぼふっ」と彼が返事をした。

  彼や私は、お互いの「すき」という感性に対して、きわめてちょろいのである。

  [chapter:5]

  一度チャンピオンになってしまうと、たとえ引退を宣言してバトルをする必要がなくなったとしても、仕事が鬼のように舞い込むものだと最近知った。

  特にメディアへの露出が多く望まれるのだが、あいにく私の相棒は、強かったころのガタイの良さは見る影もないような、愛すべき立派なデブになってしまったので、ほとんど断ってしまっている。オンラインメッセージのやり取りで済むものだけでなんとかしたいものだが、テレビ局や全国紙、バトル公式雑誌など、どうにもすり抜けるには至難を極めるような不可避な関門が数多く存在する。

  基本は私ひとりでこなすスタンスだが、どうしてもと言われてしまった場合、信頼のおける記者以外とのコンタクトがないと約束された形でのみ、立派に肥えた大御所ポケモンにご登場いただくことにしている。映像は完璧に避け、どうしても写真に写ってしまう場合は、小顔編集アプリよろしく、ぐにゃんぐにゃんに事実を歪曲させるよう、きわめて優しい言葉で記者にプレッシャーをかける。

  ちなみに、よそのルカリオを代役に立てようともしたのだが、波動を使われると「こいつはルカリオをふとらせて愉しむヤバいにんげんだ」と一撃でバレてしまうので、向こうから願い下げられてしまう。何より、うちの彼が大層ご機嫌斜めになってしまい、いつ嫉妬のはどうだんをぶち込まれるのか、とハラハラしてしまって、非常にいけない。

  このように、うちのでかリオを完全な箱娘として扱うには限界が出てきており、加えてあまりにもデブすぎてモンスターボールにも入らない(なぜかエラー音が鳴る。ボールにそんな機能ついてたの。エレベーターかよ。デブすぎんかうちのルカリオ)ので、なるべく人目に付かないようにしてでも、いっしょに連れ歩く必要が出てきた。

  なので、先述のおならやげっぷといった粗相は絶対に許されない。

  「よそに出て、おっきなおくびしたり、ぶーぶーしたら駄目だからね」

  と、毎度毎度外出の前に言い聞かせるのだが、当の本人は「出しちゃいけないんですね。分かりました」と素直に聞くし、ちゃんと我慢して家まで帰るので、本当におなかが丈夫なんだなと実感する。さすが、こんなにまん丸になるまで、自分の身体を巨大に育て上げてきたルカリオの精神力は一味違うのだな、と妙に納得さえする。とはいえ、我慢のさせ過ぎはさすがに体に障るであろうということは分かっていたので、極力こちらで調整できる部分があれば、おるすばんさせるようにしていた。

  しかし、溜め込んでいた彼の仕事を一日に詰め込んだある日。

  ぐぅうううう……。ぐるるるるぅ……。

  早朝から陽が傾くころまでみっちり仕事をしていたのだが、帰るころにはおなかが爆発寸前になっており、バランスボールを超えるかどうかというほどのガス風船になってしまっていた。

  朝の食事の後にはしっかり空気を抜いてきたし、昼前まではこんなに膨らんでいなかったので、昼食時に沢山飲んでしまったか、あるいは慣れないインタビューを受けている間に、緊張で気を呑んでしまっていたのだろう。となりに座っていて、彼のおなかがぐるぐる鳴っているのが聞こえ、この距離だとインタビュアーにも聞こえているだろうな、さらに緊張するだろうから聞こえないふりをしていて欲しいな、と感じていた。

  なるべく早く家に着くよう取り計らい、極力刺激を与えないよう介抱しながら、車(乗れる車種が限られてきたので、最近は業務用のバンを借りている)からおろして部屋までエスコートする。

  彼の顔色を窺う。

  こんなにもおびただしい量のガスをため込んでいるにもかかわらず、やはりいつもの表情を崩さないままの彼。

  表情こそ変わらないものの、じっとりとした額。浅い呼吸。

  「大丈夫? おなか、苦しくない……?」

  そう言って、いたわるように優しくおなかに触れようとする。

  そこで初めて私の目を見る彼。

  触れるなという意志を察して、そうだよな、危ないよなと手を引っ込めると、何か言いたげな目でこちらを見て、顎をクイッと上げる。

  「……え? …………この状態で?」

  顎を上げて後ろに視線を移す動作。これは僕らの間でのみ通じる「おねだり」のポーズ。思いっきり抱きしめて。そう彼は訴えた。

  彼は、おなかがすごい状態になっているとかはどうでもよく、この半日の間、私のハグがなかったことの方がよっぽど耐え難かったらしい。

  心臓が、狭い隙間を無理やり通り抜けるような感覚。

  出すなと言われて、素直に我慢して、でもそのせいでもしかしたら死ぬかもしれなくて、けどそんなことどうでもよくて、私に抱きしめられたいと[[rb:冀 > こいねが]]う気持ちの方が強くて、その方がおなかが爆発しちゃうかもってことよりもよっぽど重要で。

  夕暮れの窓辺に浮かぶ、[[rb:巨 > おお]]きな影。

  私は、彼のオレンジ色に輝く瞳に吸い込まれる。

  疲労で判断が鈍っているという自覚はかみ殺して。

  そして、彼の背後に回り込み、そっと抱きしめた。

  ……あまりにもでかい。おしりも、おなかも。

  彼の半分も包めない。

  弾力のある抱き心地。まるでサーカスで見るような、おおきなふうせんを抱いているようだった。

  このおなかの中には、彼が一日かけて飲み込んだガスがたっぷり詰まっている。

  強いられているとも思わず、大好きなひとに言われたから、ただ出さないようにしているだけ。おなかが張る苦しさや、見た目の変わる恥ずかしさなどにはまるで興味がない。彼はただ、ずっと抱きしめられていたいと願うのみであった。

  圧力に耐えかねるように、きゅぅ、と彼のおなかが[[rb:嘶 > いなな]]く。私はしまった、これでも強くしすぎたか、と思った。

  しかし、私の手に手を重ねる彼。「もっと強く抱きしめて」という合図。

  首尾一貫、私以外に興味はない。

  ただ、抱きしめられたい。

  身が千切れるほど、抱きしめられたい。

  心臓が暴れる。ダメだ。君のおなかが保たない。でも、そんなおなかの持ち主である彼は、破裂寸前になってしまった私の相棒は、そのような苦しさなど眼中にない。もしこのままうっかり破裂してしまっても、とすらも思っていない。

  ただ私が我慢しろと言ったから。

  ただ抱きしめられていたいから。

  それが彼の行動原理のすべて。

  責任。

  「よく我慢したね。えらいね……。いっぱい我慢させてごめんね……」

  ぴくりと彼の耳がうごく。

  もう我慢しなくていいんだよ。今日一日辛い思いをさせてしまった。人間の勝手な都合で。ごめんね。その代わりに、いっぱいぎゅーしてあげるから。いつものようにそのおおきな背中に体重を預けて、抱きしめてあげるから。

  だからその前に。命を守るために。

  「頑張って、ぶー……しようか」

  彼が振り返る。一瞬、何を言っているか分からないというように私を見つめていた。あるいは「抱きしめて……くれないんですか」と切に訴えるようであった。

  だいじょうぶだよ。安心して。

  少し控えめにわき腹を二度たたく。軽めにたたいたつもりだったが、ボンッ、ボンッ、と、ガスふうせんと化した立派なおなかが、おおきな太鼓のように低く響いた。

  彼は時々、ストレスで排出が滞ることがある。そんな時には、彼に寄り添い、おなかの緊張をほぐしてやるのだ。

  おなかをポンポン、としてそのガスの量を相互確認するのが、マッサージの合図。

  それから彼のおなかを両手でさすってやると、ようやく合点がいったようで。

  あ、そういえばガス出すの忘れてた。

  そんな他人事のような、「たしかに、そうした方が」みたいな感じで。

  彼はおなかに力を入れやすいように、前傾姿勢になる。

  そして。

  「んっ!」

  ぶぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっ!!!

  盛大な衝撃とともに放たれた、[[rb:未曾有 > みぞう]]の大放屁。

  びくっと背中が強張る。自分で出しておいて、自分で驚く彼。さすがの彼にも予期しえぬボリュームだったのだろう。今までに体験したことのない、尋常でない量の、あまりにもおおきすぎる、おなら。

  ごぎゅるるるるるるるるるるっっっ!!!

  そして、どんなときでも冷静で、いつでも精悍な表情をくずさない彼が、目を大きく見開くほどの何かが、ものすごいエネルギーをもって迫ってくる。

  刹那。

  ぼっふぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっっっ!!!!!

  ぼぶぅぅぅぅぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!!!

  密着した私の身体と彼のおおきなおしりの間におならの突風が吹き荒れる。いつも抱きしめてやるときに背中から感じとっていた、あの暖かさ。大好きな彼の体温。それと同じ温度の暴風が、彼のおしりからおならとしてとめどなく噴出し、絶えることなくふたりの肌を撫でる。

  抱きしめたままで、戸惑いを隠せない私。それは彼も一緒のようだった。

  すさまじい音量のノイズが突然耳を[[rb:劈 > つんざ]]いたので、この期に及んで彼は状況がいまいち掴めていないような様子。そして自らの身体にほとばしるおおきな解放感に行き当たる。そこにきてやっと、この爆音の原因が自分のおしりから出ているおならなのだと自覚する。

  ぴんと立てたしっぽを、細かく、激しく、揺らす彼。こんなにもみだれた彼を見るのは、生涯初めてだった。

  身悶えする彼を見て、私の身体の奥底から、マグマのように熱い粘り気が、こんこんと湧き出てくる。

  ぐるるるるるるるるるるるッ!!!

  彼のおなかがふたたび[[rb:蠕動 > ぜんどう]]で波打つ。ぐるぐると回るガスの大移動が、直接私の身体に振動として伝わってくる。

  直後。

  ……げふぅうううううううううううっ!!!

  ぶしゅぅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううっっっ!!!!!

  げふぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッ!!!!!

  口からも、げっぷが溢れてくる。暴力的な音色と音量に反して、半ば安らいでいるような表情の彼。胃袋にも相当溜まっていて、それが一気に軽くなったのだろう。

  ごぁあああああああああああああああっっっぷ!!!!!

  ぶぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううウウウウウッ!!!!!

  ぶしゅぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううっっっ!!!!!

  自分でも抱えきれないほど、おおきなおなか。そこに溜まっていたガスの量など想像もつかないし、ましてそれを一度に吐き出したり、[[rb:放 > ひ]]り出したりすることで得られる快感など、本人ですら、いくら思考しても理解に及ばない。

  理解できないぐらい気持ちのいい、そんな、ありえない量のげっぷとおなら。その渦中のど真ん中にいる彼。何がどうなっているのか分からない。でも、ありったけのガスをぶちかます気持ちよさと、私に強く抱きしめられている幸福感だけは確かにある。そのふたつだけが、今この瞬間、彼が生きている世界のすべてだった。

  一方の私は、彼の風圧に吹き飛ばされないよう、また彼の欲を満たしてやろうと、力いっぱい抱きしめ続けた。身体を重ねる幸福を逃さぬように。また、高圧のガス抜きによる快楽を助長してやるように。

  頭の中で何かと何かが繋がったり、あるいは既存のものが音を立てて崩れていく感覚。

  私の中で、彼に対する愛情が歪んでいくのを感じる。

  私はまた、危険な思想で彼を[[rb:穢 > けが]]してしまうのだろうか。

  でも、止めたくない。

  一生懸命ガスを抜いて、それに悶える彼をうしろから見て、私も彼の[[rb:曖気 > げっぷ]]や[[rb:放屁 > おなら]]のおてつだいをしてあげたいと思った。

  だから、愛のまま、彼を抱きしめ続けた。

  ありったけの気持ちよさを味わってもらうために。

  ……

  ……

  ………………

  [chapter:6]

  どれほどの時間、ガス抜きをしていたのだろう。

  あれからの記憶がないまま朝になっていた。気を失う直前の記憶だと、すっかり日も暮れて真っ暗になってしまっていた気がする。

  彼の方が先に起きていて、ソファの上でしゅんとしていた。

  「おはよう」

  頭を撫でてやると、ちょっとだけ瞳をまるくして見せた。かわいい。

  やはり昨晩のお互いの乱れっぷりに、思うところがあるのだろうか。

  「おいで」

  ソファからのっそりと立ち上がる彼。もうガスも抜けきって、もとのふくふくとしたおなかに戻っている。

  彼の後ろに回り込んで、なにも言わず、ぎゅっと抱きしめてやった。

  ぼふぅーーーっ……。

  寝ても覚めても、彼がだいすきだ。やっぱりガスが抜け切れてなくて、びっくりしちゃうとことか、抜けた音にしっぽがぴんとなっちゃうのが抑えられないとことか、それで気まずくなっちゃうとことか。

  ……

  それからのはなし。

  私は改めて、全身用の肥育液……もとい、パワフルすくすく栄養液を、これまでの液と一緒に注文することにした。どちらを飲むかは彼に一任している。まぁどうせ「すきにしていいよ」と言ったところで、私の気分を機敏に感じ取って選んでしまうのだろうが。

  彼は順調に成長している。

  腕が太くなり、首もたぷたぷするようになってきた。おなかや胸に関しても、私が当初思い描いていたサイズを優にこえるようになった。

  だがそれ以上に、おしりの成長もすさまじい。今度、彼と私で座れるソファに買い替える予定だ。これで四台目になるかな……。次のソファは座った瞬間に壊れないといいが。

  液を飲む量も少しずつ増えているし、空気もめちゃくちゃ飲み込んでいる。肉厚になった影響もあり、野太くなったり、地響きするようになった。なんのサウンドを形容しているかは各々の判断にまかせる。

  やはりまんまるになったルカリオは可愛くてしょうがない。最近は正面からも、そのまるさを堪能させていただくことが増えてきた。おなかがでかすぎて、胸のとげと干渉するおそれが無くなったからだ。

  けど本人は、やっぱりうしろをアピールしたいらしい。おなかを無限にむにむにたぽたぽなどしていると、不意にぶるんっと[[rb:翻 > ひるがえ]]って、そのでかでかおしりを目の前に差し出してくる時がある。自分のおなかに嫉妬する、しりでかリオ。かわいい。

  そんなときは。

  「じゃあ……うしろから、空気いれてみてもいい……?」

  報酬系がバグってしまった私は、彼をふくらませるための空気ポンプも注文してしまったのである。

  じっと私を見つめる彼。意図は察しているらしいが、いまいちクエスチョンマークな様子。なにが「じゃあ」なのか、私でも分からないから当然だろう。

  「よくわかんないけど、それでいいです」

  おしりの山岳の向こうからこっちを見つめ、しっぽをクイっと上げる彼。

  まんざらでもないようだ。

  思考。

  嗜好。

  至高。

  ここまでご覧の通り、彼や私は、お互いの「すき」という感性に対して、きわめて寛容かつ協力的であり、倒錯したあれやこれやもに関してもまた、ギブアンドテイクなのである。

  この続きはあまりにもプライベートな様相につき、諸賢のご想像に頼らせていただきたい。

  おわり