落日に告げる想いの丈は

  夕陽を受けて橙色に輝くのは、海原の青に映える白亜の塔。中立都市クサンから外洋を望むとある海岸にそびえるその威容こそ、クサンの海防を司る海上保安軍・オセアーレの本部司令塔である。

  周辺の海運を統括する灯台としての役割も持つこの塔の内部には、最高指揮官とその許しを得た者だけが立ち入ることを許される極秘区画が存在する。――とは言うものの、実のところその区画には、物々しい秘密兵器や軍の根幹を揺るがす機密などが格納されているわけではない。

  区画の大部分を占めるのは、要人を招く客間を兼ねた最高指揮官専用の憩いの場。当代の指揮官・バンリュウ直々に己が故郷の様式に設えた、キンシュー風の休憩室そのものであった。

  窓辺にふと目をやると、水平線に融けゆく落日が朱色の光を発している。目が眩むほど明るく、それでいてどこか儚い光は、何事もなく終わりゆく一日の象徴。有事に備え日々砲身を磨く身には、こうした日々の平穏こそが最大の報酬である。

  胸に染み入る安堵にふと一息をつくと、バンリュウは瓶から白磁の容器へと濁りのない液体を注ぎ込み、厨を後にした。太い尻尾を軽く左右に振りながら、卓袱台に座り込んだ客人の対面へと歩み寄る。

  「口に合うといいのだが」

  「おお、わざにすまんね。だんだん」

  畳張りの床に並んだ座布団に両膝を突き、徳利を差し出すと、向かいから白い盃を携えた大きな手が伸びてくる。頭部に構えた堂々たる大角の勇ましさとは裏腹に、胸から腹にかけてなだらかな曲線を描く茶褐色の巨体。広い海の何処でも聞いたことのない訛りが喉を震わす度、口吻を覆う豊かな白髭が微かに揺れ動く。

  バンリュウが傾けた酒器から滑り落ちる滴りを眺めながら、盃を掲げた客人――ヤツカミズは、その頬に無垢な喜色を浮かべる。口先に寄せた猪口をぐい、と飲み干し息を漏らす鹿角の巨漢に、バンリュウは軽く咳払いをしてから話しかけた。

  「会いに来てくれたのは嬉しいが、次からは先に連絡をよこしてくれると助かる」

  発端は今朝早くのこと。けたたましく鳴り響く警鐘に叩き起こされたバンリュウらの眼前に現れたのは、波を蹴立てて本部へ突き進む一隻の小舟。弾丸のような勢いで接近してくるその舟に、オセアーレ本部は一時騒然となった。

  急遽張り巡らされた臨戦態勢。己の号令一つで砲弾の雨霰が降り注ぐ、緊迫の瞬間。張り詰めた空気に急かされたバンリュウが覗いた望遠鏡に映ったのは、波間に戯れる子供のように楽しげに小舟を走らせる友人の姿であった。想定と現実のあまりの落差に、思わず息を吹き出したことがつい先ほどのように思い起こされる。

  ――もっとも、勘違いで友を撃つのも、たった一人の奔放な振る舞いに一国の海軍が丸ごと翻弄されるのも、いずれにせよ洒落にはならないのだが。

  「すまんすまん。まさかあげな騒ぎになるとは」

  白い長髪を束ねた後頭部を掌で擦りつつ、ヤツカミズは目を細めて低頭する。それなりに大きな騒動への謝意を示すにしては朗らかすぎる面持ちは、やはり彼が人理を超えた神の落胤――神器であるが故のものなのかと、バンリュウはどうしても邪推してしまう。森羅万象に干渉するほどの力を持ち、長き時を生き老成した存在であると自称しながら、あまりにも素朴な心の在り様。穢れを知らぬ幼子のように、邪気の一欠片もなく口角を緩める神鹿の旋毛を眺めていると、不思議とすべてを許せる気がしてくる。

  だが、バンリュウにも立場というものがある。悪気がなかったとはいえ、以後同じような混乱が巻き起こることは避けねばならない。口吻の脇から伸びた細長い一本髭をゆらゆらと波打たせつつ、やんわりと釘を刺す。

  「おまえさんがわしの恩人であることは、ブーム以外の部下たちにも話しておいたから、もう砲口を向けられることはないと思うが――今後は気をつけてくれよ」

  「わかっちょおよ。次来るときゃあ手紙でも送るけん」

  招くように掌を上下に振るしぐさはやけに鷹揚で、怒気の向けようもない。やれやれ、と溜息を漏らしそうになる喉を塞ぐように、バンリュウは己の猪口を一息に飲み干した。透明なその滴りから想像されるものに違わない、きめ細やかで鋭い飲み口。やや度の強い酒気が血中に巡り、頬が仄かに色付く。

  元々、そう酒に強い方ではない自覚はある。それにしてもやけに早く回った酔いに浮かされ、ふと垣間見えたのは、友の太い首筋。巨木の幹を思わせるその逞しい肉感がいやに艶やかに見受けられて、バンリュウは慌てて目を逸らした。頬の奥に込み上げる血流の熱さに、のぼせ上った思い出の残照が脳裏をよぎる。

  (――ヤツカミズ。わしは……)

  クサンの海を守護する歴戦の勇士と、導師によって覚醒した国引きの御杖。

  本来ならば出会うはずのない二人を結び付けた十数日余りの記憶は、巡る意識の中に今も鮮明に焼き付いている。逃れ得ぬ孤島の上、焦燥と不安に屈しそうになる互いを慰撫するように、老いた肌をひたすらにぶつけ合ったあの日々。

  溜まったものを吐き出すだけ――単なる性欲の発散であると、お互いに合意しての行為だった。成り行きに任せただけの逢瀬と言ってしまえば、ただそれまでのことだった。

  それならば、今この胸を締め付ける躊躇いは、如何ともし難い後ろめたさは一体何だというのか。

  酒のせいばかりでなく早鐘を打つ心臓。脂汗を垂らす額に籠る熱、そこに宿る確かな情動の源。その正体を示すかのように、小さな盃を摘み上げるヤツカミズの指先が、思い出の中のそれに比してなお柔らかく見えて――

  「そげにしても、まい酒だが。何杯でも呑めるがや」

  喉を鳴らして喜ぶヤツカミズの声が、思索に耽っていたバンリュウの意識を現実に呼び戻す。軽く頭を左右に振り、上ずりそうになる声をどうにか整えてから、浮かび上がる言葉をゆっくりと口にする。

  「……気に入ってくれたなら何より。それはわしの故郷、キンシューの酒だ」

  クサンから遥か西、ラピマニア・テサロニア両大国を擁する大陸を横切った先に浮かぶ島国・キンシュー。周辺諸国から断絶した環境の中、独自の文化が育まれたその地は、バンリュウが背を向けて久しい故郷。だが老龍にとって、そこはただ懐かしむばかりの土地ではない。

  決して忘れてはいけない過去が眠る場所。

  『あいつ』を――かつての相棒・バンズを失ったあの日から永遠に続く、償いの象徴。

  それでも、休憩室に常備しているこの酒を喉に通す度、温かく切ない郷愁が胸を満たす。窓越しに眺める水平線の彼方、遠く彼方の和国へ想いを馳せていると、何杯目かの盃を啜り終えたヤツカミズが口を開いた。

  「おみゃあの故郷か。きっとええとこやろなあ」

  「ああ。四方を豊かな海に囲まれ、地は富み天高く……木々には色とりどりの葉が茂る。美しいところだ」

  言葉にすればするほどに、瞼の裏に映る面影が波のように寄せては返す。夏の陽を浴びて照り輝く砂浜に足跡をつけ、波間を蹴って走り回った少年の日。秋の風に揺れる色とりどりの葉を眺めて、放埓に酒を交わし合った青年の頃。冷え切った冬の朝の眩しさも、暖かな春の夜を舞うハルアカネの花吹雪も、まるで昨日の出来事のようにありありと思い出される。

  その光景のいずれにおいても隣にいた、『あいつ』のことも。

  「ほうほう……うちも行きとおなったわ。そんうち連れてってくれんね、バンリュウ」

  「……あ、ああ。構わんとも」

  記憶の海に波紋を広げるヤツカミズの言葉に不意を突かれ、バンリュウは口先をまごつかせた。他愛のない口約束を固辞するほど強情ではない。かといって、二つ返事で頷けるほど鷹揚でもない。気の抜けた回答のあからさまな空虚さを自覚しながら、卓袱台の下で所在なげにしていた左手を軽く握った。幸か不幸か、不誠実な誤魔化しはヤツカミズには伝わらなかったらしい。変わらぬ笑みを浮かべたまま、キンシューの事物について興味深そうに尋ねてくる。老成した外見とは裏腹なその態度が、余計に心を搔き乱す。

  受け答えの愛想笑いもそこそこに、増えてゆくのは手酌の回数ばかり。行く先を見失った視線は中空を揺れ動き、終いには卓袱台に刻まれた古木の年輪など数え始める始末。折角自分を頼りに訪ねてきた友人を相手に、このような煮え切らない態度をいつまでも続けてしまう自分に腹が立つ。御すべき心はすでにここにはなく、空返事の向こう側ではしゃぐ彼との距離は際限なく離れてゆく。どれほど思案を巡らせても辿り着けない答え。それとも、すでに手にしている解を直視したくないだけなのか――

  問わず語りが降り注ぐ、曖昧な時間がしばらく続いた頃。熱気を帯びた頬を撫ぜる冷えた空気の心地よさに夜の訪れを知って、バンリュウは中座の機会を得た。

  「失敬。灯りを入れてくる」

  他人行儀に会釈してから、バンリュウは薄暗くなった部屋の片隅にある灯籠へ歩みを寄せた。巨体を縮ませてしゃがみ込み、薄紙張りの奥に火を灯すと、淡い輝きが周囲を仄かに照らし出す。屈んだ姿勢のまま振り返ると、静かに揺れる燈火が切り取った大きな人影が畳の上に漂っている。赤い夕陽に伸びた鮮やかな陰影とはまた異なる、どこか儚げな輪郭。息を呑んで視線を上げれば、いつの間にか立ち上がっていたヤツカミズと目が合った。

  矢のように真っ直ぐで、それでいて殺気のない柔らかな眼差し。その閃きに己が瞳を射貫かれていることに気付いて、バンリュウも徐に立ち上がる。無言の対峙は果たし合いのそれにもよく似て、言葉という名の刃を抜き放つ一瞬の間隙を探り合うような沈黙が続く。身じろぎ一つせず、ただ向き合うばかりの二人の間を、夜風が静かに吹き渡る。羽織った上着の合間を擦り抜け、毛皮の奥を滑る冷気が、曖昧な関係への決着を迫るかのように肌を粟立たせた。

  ――もう、目を逸らせない。向き合わなければならない。互いの内に渦巻く感情に。

  「――バンリュウ」

  口火を切ったのはヤツカミズであった。陽気な彼に似つかわしくない、いつになく真剣な声色。芯の通った響きにバンリュウが姿勢を正すと、対するヤツカミズもまた背を伸ばす。背恰好のよく似た二人が、高くそびえる雄々しい連山のように並び合った。

  横に迫り出した肩を上下させ、汗にぬるむ大きな手を握り締めながら、ヤツカミズは噛み締めた唇をゆっくりと開く。白い衣の内側、ふくよかな腹を震わせて、ようやく絞り出される言葉。喉につかえた逡巡を跳ね除けて、ついに声となったその響きが、とうとうバンリュウの耳朶を打つ。

  「……うち、バンリュウを好いとう」

  「す、水筒……?」

  想定していたどの告白とも異なる奇妙な響きに、バンリュウは目を丸くする。耳慣れない響きにつんのめるように、困惑した調子の問いかけが口をつくと、鹿角の巨漢は毛皮の奥の頬を赤らめ、はにかみながら答えた。

  「好き、ってことだに。何度も言わせんでごしない」

  野暮だった、と後悔しても時すでに遅し。己の迂闊さを恥じ入って、バンリュウは軽く瞑目した。

  ヤツカミズの独特の訛りも徐々に耳に馴染んできていると、そう驕っていた。加えて、この状況から鑑みるに『好いている』が訛った言葉では、と推論できたはずだった。それなのに、先走って疑問を口にしてしまった。友に正面から向き合わねばと襟を正した途端の失態。己の不甲斐なさに白い太眉をひそめるその合間にも、堰を切ったように告白は続く。

  「島を出て、別れてからずっと、おみゃあのことばっかり考えちょった。何べん月が空を巡っても、会いとおて会いとおてたまらんけん、気がついたら船を飛ばしちょったよ」

  時に恥ずかしげに視線を脇に逸らしながら、ヤツカミズは滔々と述懐する。訛り言葉の端々から漏れ聞こえる心情を耳にして思い返すのは、後方から水流を噴いて駆け抜ける小舟の姿。ともすれば制御を失い転覆するやもしれぬ速度の最中でも、ヤツカミズがあの幼気な笑みを崩さずにいた理由がようやく腑に落ちる。

  誰しも経験する、初めてのときめき。胸の高鳴りに身を委ね、稚気じみた万能感に酔うあの感覚を、友もまた味わっていたのだろう。不可能など想像もせず、心に湧き立つ衝動に任せて走り出すその姿に、青い日の何もかもが至らぬ己を重ねると、バンリュウの胸に小さな針を刺したような痛みが走った。

  「いきなり押しかけて、迷惑かけたのはごめんけど――こうでもせんとうち、どげんかなりそうだったがや」

  上目遣いで額の横を掻きながらも、ヤツカミズの表情はどこか満足げに見える。己の為したことの結果を受け止め、なお胸を張るその姿が、バンリュウにはひどく眩しい。たった一つの恋心を頼りに、荒波を恐れず突き進むその情熱は、大海への畏敬を抱きながら使命に殉じる己からは遠く離れた場所にあるものだった。

  それは悔恨と償いの日々の中で、いつしか目を背けていたもの。繰り返すまいと誓ううちに封じ込めてしまったもの。伸ばす手を阻む躊躇いの、ずっと抱え込んでいた後ろめたさの、その正体。

  ――ああ。自分は、こんなにも臆病になっていたのか。

  「……バンリュウ?」

  気が付けば、しばらく黙り込んでしまっていた。怪訝そうな問いかけを受けて、沈思に耽った意識がようやく浮上する。拭い去れぬ罪の意識。精一杯に伸ばした指先から零れ落ちる温もりの記憶。心の奥底に泥濘となって残るそれらがもたらしたもの――喪失への恐れが、バンリュウの中でようやく形となった。

  それは、誰しも持ち得る単純な感情。愛せば愛すほどに膨れ上がる、光の裏の影。故に、存在を知らなかったとまでは言い切れない。ただ、その真相に気付きそうになる度に老獪な態度で相対を避けてきた。失うくらいなら手にしなければいいと、自覚さえせずに逃げ続けてきた。時に、己の使命を言い訳に変えてまでも。

  だが、ヤツカミズの純情はその影さえも貫いてバンリュウの胸を打った。透き通る清水のように爽やかで、誰に憚ることもない純粋な告白を前に、最早何を取り繕うことがあるのか。

  逃げずに向き合うと、心を決めた。飲み下せぬままの淀みを胸に秘めて、それでも。

  「いや……こうして誰かに想いを寄せるのも、何十年ぶりかと思ってな」

  我ながらあまりに迂遠な愛の言葉だと自嘲する。それでもその意図を察してか、ヤツカミズは口角を緩める。

  告げた言葉に嘘はない。全てを失ったあの日から、自己の研鑽と防衛の使命に明け暮れた長き日々。無聊の慰みに誰かと身を寄せ合うことはあっても、真に心の底から慕っていると言い切れた相手は一人もいなかった。

  自分の中の慕情は確かに凍り付いていた。自ら望んで氷の底に閉ざしていた。その氷を解かす優しくも烈しい熱が、ヤツカミズにはある。全てを曝け出すことはまだできないとしても、氷解してゆく肌のほんの片隅を今、委ねたい相手が目の前にいる。

  「知らず知らずのうちに、避けてきたのかもしれない。誰かを愛することも、誰かに愛されることも」

  「じゃあ、うちのことも避けっかね」

  「そのつもりなら、盃を交わしたりはしないさ。……あいつもきっと、許してくれるだろう」

  安堵したように頬を緩めながら、ヤツカミズは両目を細めた。温かな喜びの色は、向かい合うバンリュウにまで伝播し、薄明りの部屋に暁光のような明るさが満ちてゆく。

  『あいつ』が誰なのかを、尋ねられることはなかった。ぼそりと独り言ちたその一言が耳に届かなかったからなのか、あるいはあえて聞き逃してくれたのかはわからない。ただ、今この瞬間に二人が離れる理由がないということだけは確かだった。

  「ヤツカミズ」

  「うむ」

  頼もしく頷く国引きの神器に向けて、バンリュウは広げた掌をおずおずと差し出す。

  あの日、『あいつ』が握れなかった手。『あいつ』に握ってほしかった手。

  その手を今、かけがえのない朋友へ真っ直ぐに差し伸べる。まるで、初心な少年のように。

  「手を、握ってくれないか。離れないように、強く」

  「おう。うちは国引きのヤツカミズ、握った綱は離さんけん」

  言うが早いか、握られた手が腕ごと引き寄せられる。いとも容易く懐に転がり込んだ身体に、分厚い太鼓腹の弾力が押し付けられた。怪力自慢の彼らしく力強い、それでいて優しく加減された甘い抱擁に酔い痴れる。

  雲の隙間から差し込む細い月明かりと、灯籠の奥に揺らめく淡い光が、ひとつになった二人を照らす。劣情にじっとりと湿った吐息を吹きかけ合いながら、二人は静かに口吻を重ねる。ぬらぬらと唾液に塗れた舌を絡め、互いの唇をしとどに濡らして交われば、最早言葉など必要はない。重ね合った指先の微かな曲がりを合図にして、二人は宵闇の帳に倒れ込んでゆく。

  ………………。

  …………。

  ……。

  [newpage]

  ヤツカミズの分厚い手を引いて、バンリュウは寝室への襖をそっと開いた。いつでも眠れるように先んじて敷いておいた二つ並びの布団を一つに引き寄せると、二つの巨体を並べても足りる特大の褥が出来上がる。準備を終えて振り返ると、待ち侘びたとばかりに両手を広げる友の姿がある。溢れる期待とわずかな緊張に震える広い肩を腕の内に抱え込んでから、バンリュウはその体ごと背後の敷布の海に向けてくるりと身を翻す。突然のことに困惑を隠せないヤツカミズの分厚い身体を押し倒し、包み隠すように覆い被さった。

  「――ヤツカミズ」

  「ん、んぅっ……」

  縦に結った[[rb:角髪 > みずら]]の脇にぴんと突き出した、愛らしい長耳。その先端に口吻を寄せて、バンリュウは友の名を静かに囁く。舐めるように耳介を撫でる微かな息遣いに、ヤツカミズの口端からくぐもった吐息が漏れる。優しげな声の響きとは裏腹に、着衣越しにたわわな胸を揉みしだく手捌きは時化た海のように荒ぶり、身じろぎを封じる巨体は著しい重量感を以て神鹿の身体を圧し潰している。先程まで二の足を踏んでいたとは思えないほどの、専横な幕開け。あがく足先まで隈なく組み敷かれ、流石のヤツカミズも動揺に呻く。

  「そ……そげん激しくせんでも、うちは逃げんけん」

  「すまん。だが……おまえさんの顔を見ていると、我慢できなくてな……」

  言うが早いか、バンリュウは組み敷いた朋友の左肩に手をやる。青い紐の結び目を解くと、はだけた白布の隙間から白い毛皮に覆われた胸がまろび出た。熟れた果実のようにたわわに実った乳房に頬ずりをすると、頂にそびえる桃色の突起が揺蕩う一本髭に擦れる。普段ならば虫が刺した程度にも感じはしない、ほんのわずかな刺激。しかし、今のヤツカミズはそんな一触れにさえも身を震わせてしまう。静まり返った夜の空気が、襖から漏れる灯りと月光が照らす暗がりの淫靡さが、そして何より愛しい男の尊い熱が、体中の感覚を鋭敏に研ぎ澄ましている。

  迫り出した双丘の谷間に耳を当て、徐々に早まってゆく鼓動を感じ取りながら、バンリュウは感嘆の息を漏らした。一途な友の姿に感化されたのか、どうも今晩は減速が効かない。快楽の頂点へ一歩ずつ上り詰めてゆく彼の昂ぶりを、どこよりも近い場所で一身に浴びていたいと、そんな大それた欲望ばかりが募ってゆく。

  「ほんに嬉しいこと、言うてくれるがや……っ、ふぅ……っ」

  ヤツカミズの言葉を遮るように、バンリュウは宵闇に晒された白い胸をむんずと掴んだ。掌を押し返す弾力性のある感触が、神器の熟れた肢体の在り様を伝えてくる。一本一本に芯の通った毛皮の肌触りの良さもさることながら、その先に待ち構える素肌のなんと心地よいことか。浮雲のように柔軟な表層の奥に、確かに息衝く硬い筋肉の手触りがバンリュウの指先を飽きさせない。ただ太っているだけでも、禁欲的に引き締めるばかりでもない絶妙な合一ぶりに、這わす指先は喜楽に弾み、その度にヤツカミズの唇は悩ましげな吐息を溢す。

  腹帯に挟まった裾を軽く横にずらすと、存在感ある豊満な腹肉が月光の元に曝け出される。なだらかで優しい曲線に顔を埋め、慈しむように優しく撫でさすると、心なしかやや上ずった喘ぎが頭上から響く。積層した脂肪の頂点にぽっかりと開いた臍に太い指を刺し入れ、くにくにと穿り回してやれば、ヤツカミズの胸元まで伸びた白髭がかすかに左右に振れ回る。ふと目を上げると、眉を狭めて快楽に耐えんとする顔貌がなんともいじらしい。なけなしの理性の欠片で喜悦に抗わんとするその意気やよし。だが、形だけの抵抗をどれほど見せたところで、肝心の身体がこうなっていては説得力に欠ける。

  「――硬くなっているぞ」

  「そりゃあ……お、お互い様だに……」

  布袴越しに存在を主張する御杖をそっと握り締めると、ヤツカミズも負けじと手を伸ばしてバンリュウの股座をまさぐる。白い布地を押し上げて悠然と屹立するヤツカミズの先端には、早くも微かな液染みが浮かび上がり、興奮の度合いを如実に示している。バンリュウもまた、己の下で乱れる友の痴態に獣の本能を刺激され、袴を突き破らんばかりに膨張した巨砲を股間に携えている。このまま興奮を高め続ければ、指揮官の威厳を示すキンシュー風の羽織袴が雄の恥汁に塗れてしまうだろう。この夜に完全に耽溺しそうになる己をどうにか律して、バンリュウは襟元に手をかけ呟いた。

  「……暑い、な」

  その一言だけで十分だった。含意を察して小さく頷くヤツカミズの上から名残惜しげに離れると、その場に立ち上がったバンリュウは着衣を一枚ずつ脱ぎ、丁寧に畳んで並べていく。肌に張り付く襦袢の感触がもどかしく、振りほどくようにして脱ぎ去ると、汗にじっとりと濡れた毛皮から雫が飛び散った。

  ヤツカミズもまた立ち上がると腰帯を解き、半ば脱げていた上衣を脇に脱ぎ捨てる。汗ばんだ肌に通る夜風の心地よさに浸りつつも、躊躇いなく下袴に手をかけ、両脚を抜く。後に残されたのは、発情にのぼせた肌と、中央に三角の膨らみを構えた純白の越中褌だけ。誰に触れられるでもなく、ただ傍らで脱衣する白龍の背を眺めているだけだというのに、その先端の染みはみるみる面積を増していく。

  大の大人がやっと一抱えできるほどの太い尻尾をうねらせながら、バンリュウの巨体がゆっくりと振り返る。わずかに茶味がかった身体の胸や腕、鼠径部に生え揃った白い体毛は、剛毛と称して余りあるほどにこんもりと茂っている。打ち上げられた深海魚の膨れた腹のように、何処を取っても張りのある勇壮な固太り。裸一貫を更に引き締める白い六尺褌の毛羽立った生地と微かな染みが、月明かりに照らされて浮かび上がりヤツカミズの欲情を誘う。

  「……バンリュウ」

  「ヤツカミズ……」

  呼び合う声は既に半ば蕩けている。瞳を閉じ、鼓膜を震わす甘美な響きにそれぞれ酔い痴れながら、二人は改めて肌を重ねた。唇よりも先に臍が接吻し、腹筋を覆い隠す豊かな腹肉に微かな波紋が広がる。背に回した指先の温もりが互いの引力をさらに強め、二つの巨体は半ばめり込むように重なり合ってゆく。唾液に滑る舌先を絡め、夢中で唇を吸い合う度、腹の下で主張を強める互いの陰茎も前袋越しに睦言を交わす。じんわりと濡れそぼつ先端がきめ細かい生地に擦れ、布の向こう側に待ち受ける相手の逸物を否応なく意識させる。背筋を駆け上がる快楽の細波にぞくぞくと震えながら、夢中で互いを貪る老境の雄が二人。真夜中へ傾れ込む時間から切り取られた狭い空間に、猥らな水音だけが響く。

  「バン、リュウ……もっと……」

  二重の前袋の奥で痛みを伴うほどに膨れ上がった剛直を、ヤツカミズの大きな掌が半ば強引に掴み寄せる。ふと目を開けて見つめてみれば、絡み付く視線はとうに懇願のそれに色合いを変えている。二人分の唾液に汚れ銀糸を引く口腔を惜しげもなく晒して希う朋友の声に頷いて、バンリュウは再び敷布の海に戦場を移した。互いの足先に頭を向けて横に寝そべり、それぞれの股座に顔を埋めると、先走りに塗れた白布ごと性の猛りを口吻の内に収め据える。可動域の広い獣人種の口腔を以てしても、頬を万度に広げなければ咥え切れない太竿。迸る塩味が味蕾を痺れさせ、興奮と共に込み上げる唾液がぬちゃぬちゃと淫猥な音を立てる。

  「……っ、う……っ、ふぅ……っ」

  「はぁ……っ、はぁっ……バンリュウの、ちんぽ……たまらん……っ」

  時折口を離して感嘆の声を上げながら、ヤツカミズは二重布ごとバンリュウの艦砲を咥え潰す。今や先走りとも唾液とも判別のつかない汁気に濡れ切った褌にざらついた舌を擦り付け、張り付く布地から浮かび上がる雁首に軽く歯を立てれば、眼下に埋まるバンリュウの顎から抑えきれない喘ぎが聞こえてくる。今にも生地を引き裂きそうなほど昂った竿の横にべたつく舌を這わせ、上下に規則的に舐め上げると、赤子の拳ほどの大きさの陰嚢が薄布の下でびくんと縮み上がった。

  バンリュウも負けじとよれた前垂れを捲り、一枚布の向こう側に鎮座する大杖を責め立てる。白布にくっきりと陰影を浮かばせた逸物はとうに限界まで膨れ上がり、朝露に濡れた葉の先のように絶え間なく我慢汁を垂れ流してこそいるが、ヤツカミズの巧みな口唇愛撫に追い詰められたバンリュウにはどうにもその先へ至る一手が見出せない。布越しでは足りないかと隙間から肉杖を引っ張り出してみても、淫汁に塗れた白い業物から発せられるむせ返る程の雄臭が鼻腔を冒し、かえってバンリュウの興奮を高めるばかり。絶え間ない股間への刺激と濃密な性の臭いに舌先の感覚も揺らぎ、一方的にされるがままの時間が過ぎてゆく。

  別に何を競っているわけでもないというのに、いくつになっても男というものは競争に熱中する性質らしい。こうなれば、とバンリュウは文字通り『奥の手』を切った。

  「あっ……んっ、ふぅっ……ば、バンリュウ……そこは、っ」

  大きく伸ばした掌を薄布に覆われた尻たぶに添わせて撫で擦りつつ、その奥の窄まりを指で突く。突如として訪れた想定外の刺激に、ヤツカミズは背筋を軽く跳ねさせて反応した。同時に陰茎への刺激が弱まったことに気を良くして、バンリュウはヤツカミズの後孔を周辺からなぞるようにして押し解してゆく。言葉にならない声の調子を徐々に高めてゆく神鹿の生温い息を股座に浴びながら、ほんの少し煽るような言葉を口にしてみる。

  「そういえば、ここの初めてはわしが貰ってしまったんだったな」

  孤島で初めてまぐわった際のヤツカミズの言葉を思い出し、バンリュウは感慨に耽る。尻布越しにつつき回す窄まりはまだ狭く、襞もほとんど解れていないことが指先の感触でわかる。島での幾度の逢瀬の後、しばしの別れを経てなお、初々しさを失わない桃色の肉穴。尻布を指先で横にずらして拝んでみても、黒ずみ一つ見られないそのまっさらな色合いに、バンリュウは心密かにほくそ笑んだ。

  正直、自分でも驚いている。このような独占欲が湧き立つほどに、この男を欲しているのかと。

  「ああ、そうだが。うちの尻は、バンリュウが初めにほじくったがや」

  押し寄せる尻穴の悦楽に思わず顔を伏せながら、ヤツカミズはわずかに恥じらいを宿した声色で答える。眼前で今にも暴発しそうなほどに膨張した大砲から漂う白濁の臭いが、島で幾度重ねた行きずりの逢瀬を思い起こさせ、ヤツカミズの内奥をじくじくと潤ませる。あの猛りを内側に荒々しく突き込まれ、押し寄せる日差しの只中で果てた日の記憶が繰り返しよぎるその度に、直腸の内壁が疼き開いてゆく。これでは我慢などできるはずがない。悩ましげに腰をくねらせながら、懸命に懇願の声を絞り出した。

  「だけん、またあん時みたいに……うちの中を思い切りほじくってほしいがや……」

  殺し文句にしてはできすぎている、とバンリュウは冷や汗を拭った。昼間は純真無垢なる少年のように振る舞っておいて、真夜中になればこれである。あくまでも純粋な心根の表れであり、打算などないことは当然知っているが、だからこそ余計に性質が悪い。じとじとに粘ついた声色で、痴れ切った身体で、挙句息も絶え絶えに誘われて、黙っていられる男などいるはずがない。無論、バンリュウもその御多分に漏れるはずもなく。

  「ふぅ、う……っ、くぅ……っ」

  四つん這いで臀部を突き出したヤツカミズの尻から薄布をずらし、厚い肉の中央に息づく不浄に狙いを定める。自らしゃぶり上げて唾液を塗した人差し指を押し当てると、繊細な力加減でゆっくりと体内へ突き込んでゆく。経験の浅い肉穴といっても流石に指一本くらいはそう抵抗なく飲み込むもので、万に一つも傷つけはしないかと気を遣うバンリュウをよそに、早くも第二関節が肛門の奥へと消える。締め付ける軟肉の中に佇む指をかぎ針のように曲げては戻すと、低い呻き声が微かに響いた。

  「痛むか、ヤツカミズ。苦しくはないか」

  「へ……平気だに。おみゃあが優しいけん、世話ぁないがや……」

  荒い息の合間から届く返答に込められた、確かな信頼。身を委ね、信頼を寄せてくれていることは、知らず知らずのうちに二本目の指を挿し入れられた尻穴の緩みが無言のうちに教えてくれている。まとわりつく異物感にやや萎びたヤツカミズの肉棒を握って芯を入れつつ、慎重に掘削を進めてゆくと、やがて定められた一点に辿り着く。そこは如何なる英雄豪傑とて喜悦に泣きわめく、雄の急所。並べた二指にその部位――前立腺を穿られたヤツカミズの短い尻尾が、畳返しのように勢いよく跳ねる。

  「う、む……ん、ひぃっ! ば、バンっ、ぁ……っ、んぁ……あぁっ」

  その瞬間から、ヤツカミズの中で何かが切り替わった。奥襞の一枚一枚までも、余すところなくひとりでに開いていく感覚。萎んでいた肉杖は見る見るうちに勃ち上がり、垂れ落ちる随喜の涙が白布に水溜まりを作る。手招くように開閉を繰り返す入口に誘われるように、バンリュウは三本目の指を挿入した。付け根まで一気に挿し込んでも抵抗はない。それどころか、さらに箍の外れた嬌声が溢れ出る始末。

  一対の大角を振り乱して喘ぎ悶えるヤツカミズ。孔を弄る指先に狂わされ、止め処なく溢れる快楽に瞳を潤ませて振り返るその有様に、バンリュウの胸の奥で劣情の炎が大きく燃え盛った。これ以上ないほどに膨れ上がった前袋を力強く片側に引き寄せると、戒めを解かれた欲情の塊が勢いよく飛び出し、迫り出した腹をびしりと打ち据える。ようやく外気に触れたその威容は、まさに大艦巨砲主義の象徴。錨の先端のように大きく広がった傘の真ん中に開いた砲口から漏れ出た先走りが、潤滑油のようにぬらぬらと光を放っている。

  「――入れるぞ」

  同意を待たずして、バンリュウは我慢汁に濡れた巨砲の先端をヤツカミズの肛穴へ沈み込ませた。三本の指に蹂躙されてなお寛いだ隙間を残すほど広がり切った穴襞は、まるで当然のことのように雁首をぐぶぐぶと飲み込み、今や遅しと青筋を立てて待ち構える肉竿の本体までも難なく奥底へ受け入れてゆく。

  「んおっ、おあぁ……っ! 入って、くる……ぅっ!」

  「ふ、んんぅっ……! ぐ、うぅ……っ! ヤツ、カミズ……ッ」

  破裂音を伴うほどの勢いで根元まで押し込まれた白龍の肉砲が、神器の最奥を躊躇いなく圧し潰す。老成した熟年の肉体にありながらほぼ未通を保つ桃色の肉穴は、激しくも温かく逸物を迎え入れ、股間から脳天へ駆け上がる締め付けと熱がバンリュウの理性をどろどろに熔かす。気遣いなど無用とばかりに動き出す腰を止める術はなく、覚えたての若造のように技巧も何もなくひたすら欲情をぶつける。左右に振れるヤツカミズの腰をがっしりと掴んで突き込むと、よろめいた上体が敷布の海に沈み込んだ。

  「き、気持ちいい……気持ちいいがや、バンリュウっ!」

  「わしも……気持ち、いいぞ……ヤツカミズ……!」

  ヤツカミズの御杖から絶え間なく滴る先走りが敷布の染みを更に広げ、布団に擦り付けた口吻からは愉悦に乱れた嬌声が延々と溢れ出る。限りなく淫らに堕ちてゆく朋友の背に己の胸を重ねると、バンリュウはそのまま上体を持ち上げて抱き起こした。享楽に蕩けた口端から滴る唾液を舌先でなぞり、どこまでも深い接吻を交わすと、重なった二人の心音は際限なく加速する。太い指先で触れたヤツカミズの乳首は硬く屹立し、快楽を十全に受容するための器官としてすっかり完成しきっている。たまらず摘まんで引っ張り上げると、千々に乱れた喘ぎと共に背筋がびくりと爆ぜた。

  「ん、あ……っ、あん……っ……バンリュウ……」

  「はぁ、はぁ……っ……ヤツカミズ……」

  互いに膝立ちで寄り添い合いながら、緩やかに腰を前後させるばかりの時間が続く。その間にも二人は互いの名を呼び合いながら、汗にぬるむ背と腹を擦り付け、指先を絡めて熱情を交わらせてゆく。だが、まだ足りない。もっと強く確かに、もっと深くで交わりたい。重ねた両手でヤツカミズの巨体を背後から抱えたまま、バンリュウはその場にどっしりと腰を落とした。繋がったまま白龍の膝上に引き寄せられたヤツカミズの淫穴に、バンリュウの逸物が更に奥まで突き刺さる。

  「おぅ……んっ! ふ、深いがや……奥まで届いとおよ、バンリュウ……」

  「きつい……ッ、奥が……締め付けてきて、たまらん……ッ!」

  股座に座らせたヤツカミズの腰を下から突き上げると、バンリュウの肉棒を締め上げる内奥の襞が別の生き物のように蠢く。通常の体位では届かない更なる肚の奥を先端に擦り上げられ、まるで性具のように半ば乱暴に扱われるその度に、ヤツカミズの瞼には煌めく星が乱れ飛ぶ。思慮深く沈着な普段の彼からはとても想像できない、獲物を狩る野獣の如き激しさ。孤島で過ごした十数日余りの中でもついぞ見つけることの叶わなかったバンリュウの新たな一面に心揺さぶられ、ヤツカミズの昂奮は最高潮に達していた。

  だが、その最高潮を更に塗り替える『もう一撃』が迫る。

  「バンリュウ、何を――っ!?」

  不意に背中から離れた温もりの行方を追って振り返ると、上体を寝そべるバンリュウの姿が視界の端に映る。突然の行動に戸惑う間もなく、勢いよく伸びてきた太い両腕が沈黙のうちにヤツカミズの腰を両側から掴んだ。肉の凹凸が嵌合した一点を軸に、強引に体を回転させようとする力に抗えず、神鹿の身体はじりじりと横に捻り回されていく。

  「お、おぉ……っ! ふ、ぅ……ぅんっ! ぬあぁぁっ!!」

  尻穴の奥深くまで突き込まれたままの陰茎が内壁を横に掻き毟ると、ヤツカミズの唇からこらえようのない呻きが溢れ出す。摩耗しきった精神に未体験の刺激を抉り込まれ、たまらず閉じた瞼の合間から零れた涙が頬を濡らす。やがて回転が止まったのも束の間、恐る恐る開いた瞼の向こう側には、いつの間にか上体を起こしていたバンリュウの顔面が迫る。一息つく間もなく唇を奪われ、そのまま褥へと突き落とされた。

  「ふんっ、ふん……っ! ふぅっ、ふぅ……っ! ふんっ、うぅっ……ぬぅぅっ!!」

  友の唇にむしゃぶりついたまま、バンリュウは荒波の如き勢いで腰を突き込む。迸る欲情のままに尻尾ごと臀部を振り乱し、ただ只管に交尾に耽るその姿には、最早躊躇いも後ろめたさも存在しない。恐れなど知らず、過ちなど考えもせず、遮二無二突き進むばかりだったあの頃の自分と同じ勢い。今や取り戻せないとばかり思っていた昂奮が、今まさに褥の上に蘇っている。瞼に差し掛かった汗の滴りを首振りで払って、バンリュウは無心に内奥を穿り続ける。

  「い……いけんっ! バンリュウっ! うちっ、うちぃ……っ! おかしく、なるけん……!」

  「すまん、ヤツカミズ! もう……止められん……ッ!!」

  矢継ぎ早に与えられる悦楽が、ヤツカミズの身体を小刻みに痙攣させる。言葉さえ覚束なくなるほどの暴力的な快感が休む間もなく脳髄に送り込まれ、溢れる喘ぎは雄叫びに変わって響き渡る。それでも、バンリュウは決して腰を止めない。否、止められない。一度燃え盛った炎は、全てを燃やし尽くすまで決して消えない。

  「あ……っ! いけんっ! 出る……出るっ! うち、もう……ッ!!」

  「ヤツカミズ! イくぞ、わしも……中に、出すぞ……ヤツカミズっ!!」

  迸る灼熱に晒され続けた前立腺が悲鳴を上げ、鉄砲水の如く昇り来る純白の濁流がヤツカミズに絶頂の果てを指し示す。喉の奥から捻り出された重低音の絶叫に呼応するように、バンリュウもまた尿道を駆け上がる白濁の大波に腰を震わせる。昂ぶりの頂点へ共に昇り詰めんとする劣情が、内奥への放出を求める雄の本能が、渾然一体となった一瞬に弾け飛ぶ。

  「んおぉ、おおぉぉぉぉぉっ! おあぁぁぁぁぁっ!!」

  「ぬぅ、くぅ……っ! ふんっ……! うぅ……っ!!」

  間欠泉と見紛う勢いで放出されたヤツカミズの精液が二人の間に白い虹を架けると同時に、バンリュウの噴き出した雄汁が腸内を真っ白に染め上げた。奥深くに注ぎ込まれてなお余る大量の粘液が肉棒と肛門の狭間に殺到し、下品な破裂音を伴って溢れてゆく。

  荒い息ばかりが口をつき、気を抜けば意識を失ってもおかしくない疲労困憊の中。互いの身体に絡み付く種汁の粘つきにも構わず、二人は互いの身体をきつく抱き締め合う。肉厚の肢体にそれぞれの体重を預け合い、貪るように接吻をする。火照った身体の芯が冷めるまで、二人の抱擁は長く続いた。

  [newpage]

  「――激しくしすぎたな……すまなかった」

  「バンリュウ、さっきっから謝ってばかりだが。うちはなぁんも気にせんのに」

  汗と汁に塗れた全身を拭って、二人は染みの残る褥に背を並べた。気まずそうな朋友に勢い任せの蹂躙を詫びられても、ヤツカミズはあっけらかんと微笑んで答える。心配されずとも、国引きの神器たるこの身がたかが睦事程度でどうにかなるはずもない。それが愛ゆえの行為であるならば、なおのこと。

  「うちはバンリュウを好いとう。だけん、どげんされてもええよ」

  「……そう、か。ありがとう」

  身体の一番深い場所、心の一番深い領域で許されることの尊さを噛み締めて、バンリュウは心からの感謝を述べる。だが、返答代わりに鼻先に突き付けられたのは、窘めるような指先。

  「バンリュウ、そこは『だんだん』だが」

  「ふふ……そうだな。だんだん、ヤツカミズ」

  「だんだん、バンリュウ」

  同じ訛りで、同じ思いを分かち合う。たったそれだけのことが、こんなにも嬉しいものか。微睡みかけた意識のうちに軽く口吻を啄み合いながら、バンリュウは満ち足りた喜びを深く噛み締める。

  老域に達して漸く得た愛しい人、自分を真っ直ぐに慕い寄り添ってくれる無二の伴侶。

  ――それでも、愛しているとは言い出せない。

  長きにわたってこの胸を締め付ける、『あいつ』との日々に決着をつけるまでは。

  

  (そのうち紹介させてくれ、バンズ。俺の――いや、わしの愛する人を)

  いつの間にか横で寝息を立て始めた友の肩をそっと抱きながら、バンリュウは夜風に一人誓いを立てる。老龍の胸に宿った揺るがぬ決意を見定めるように、わずかに欠けた月の光が閨を静かに照らしていた。