獄ノ壱

  地獄。

  生前において赦されざる悪行をはたらいた者たちが行き着く場所であり、限りない祝福を与えてくれる天国と対をなす、悪魔の巣窟。

  「うむ…よく出来ておるではないか」

  「嬉しいですねぇ。俺も久しぶりだったもんで、かなり手を込んでやりましたがね」

  聞こえてくるのは阿鼻叫喚、浴びせられるは罵詈雑言。咽び泣き許しを乞う叫び声も、怒り狂い反抗する怒鳴り声も、恐れ慄き震え上がる枯れた声も、ここでは日常茶飯事である。

  昼も夜もなければ、時間も寿命もない。あるのはただ、執行する者とされる者のみ。

  死んでもなお終わることのない苦行によって死した悪人たちは、心を壊す寸前までその体を痛ぶり続けられる。

  終わりの見えない地平線、その間にはさまざまな罰を行う場所が点在する。森羅万象、あらゆる世界の外側にあるこの場所は計り知れないほどの広さを誇り、それよりも外側を取り囲むのは鋼鉄の山々。

  そこに住まう監視者である地獄の番人たちは、常日頃から逃亡者に対して目を光らせている。亡者どもは逆らう意志を起こすこともなく、自らが犯した罪の重さをその身を持って知ることになろう。

  逃げ場など、あるはずもない。

  中心とも呼べる場所には、隕石が落ちた後のようにぽっかりとくり抜かれた穴がある。深淵よりも深いその場所は、地獄の中で最も刑罰の重い者が落とされる奈落、無限の闇。

  誰もが自分から落ちようとは思わない空虚な穴の上に浮かぶ、というよりは無数の細い糸のような岩によって支えられた、空母のように巨大な鉄の塊。

  その上に、かの者たちはいた。

  「すっかり替えがいなくなったことを忘れておったわ。感謝せねばな」

  「いえいえ。貴方こそ至高の休息を賜るべきなのですから、俺だって光栄ですよ」

  2人…もしくは2体は、例えるなら獣の姿をしていた。そのうちの片方は数多の生物を掛け合わせたような風貌であり、誰が見たとしてもこの世のものではないと思い知らされるであろう。

  程よく伸びた口と尖った耳はまるで狼。

  二つの穴が真正面から見え、切り落としたように真っ直ぐな鼻はまるで猪。

  額から伸びる捻れた角はまるで龍。

  口の端から生えた象のような牙はどんな亡者の魂をも喰い裂き、血のように赤黒く染まった瞳は、地獄に堕とされたことを認めないどんな凶暴な罪人をも震え上がらせるだろう。

  黒をより黒くしたような毛皮を生やした彼こそ、劣悪で最悪なこの地の主…閻魔大王である。

  深紅の袴と羽織りを纏い、胸元に付いた「閻」の文字が禍々しいほどの覇気を放っている。2メートル弱はあろう体を黄金と紫で装飾された椅子にもたれかけるその様は、まさに地獄の王たる佇まいであった。

  木製の長机の上には数百はあろう和紙と、裁きを下すための判子が数十、綺麗に並べられている。既に判子を押し終えたその全てに目を通し、閻魔はため息をついた。

  「これで……よし、ようやっと片付いた」

  閻魔と机を挟んだその向こう側に胡座をかいて座っているのは、虎の見た目をした人型の獄卒。

  閻魔より体格は劣るが、人間なんかとは比べ物にならないほど大きいのは確かである。筋骨隆々の彼は、虎と呼ぶに相応しい毛皮を全身に纏っていた。

  いく筋もの縞模様は虎としての証であり、それは立ち上がってのしのしと閻魔と呼ぶ者へと歩を進めていく。手には革製の紐を持ち、その先には一匹の犬がいた。

  だがそれは、犬であって犬ではない。

  かつては「罪人だった」犬と言った方が正しいだろう。

  彼は首輪を嵌められながら四足歩行で歩く。もともと二本の足で歩いていた人型の生物が手足をつけて歩く時のように、それはかなりおぼつかない足取りであった。

  しかし虎が強くリードを引っ張れば、犬はびくりと体を震わせてから背筋を伸ばし直して歩みを進める。

  やがて閻魔の前に一人と一匹が近づき、虎が足を止めると犬もこうべを垂れて伏せの形になる。顔よりも上に伸びた尻尾がぶんぶんと暴れ回り、荒い息遣いを続けながら上目遣いで閻魔を見るその犬は、静寂すら保てていない。

  言葉を発することすら忘れた彼の脳は、ただ一つのことしか考えられなくなっていた。

  「では…お愉しみになりますかね?」

  「そうするとしよう。此度も随分と狂った[[rb:表情 > カオ]]を浮かべておるな…犬っころが」

  パチン、と閻魔は指で音を鳴らす。すると先ほどまで彼を覆っていた袴はぐにゃりと歪み、集結し、一つの球体に凝縮された。次いで空間そのものがねじ曲がり、彼らを取り囲んでいた岩肌はいつの間にか紫色の壁へと変わる。

  鉄の塊でできた床は荘厳な装飾を施した絨毯へと生まれ変わっては広がっていき、その柔らかさと厚さに虎は自身の足が沈んでいく心地よさを感じていた。さらに閻魔の眼前にあった判子と和紙は泡のように消え、長机は仄かな灯りを灯す行燈へと姿を変えていく。

  厳かな玉座は体積と面積の両方を増やし、かなりの体躯を持つ閻魔でも余裕で寝転べるほどの寝床へと変形する。ベッドと呼ばれるそれに座る地獄の主は、あっという間に寵愛を施す部屋を作り上げた。

  それは、この世のどこにもない特別な部屋。

  永遠に終わることのない仕事を行う閻魔にとっての、ただ一つの安息の場所である。

  そして彼は自らの裸体を晒し、寝床から生えるように伸びた肘掛けを使って犬を見下ろす。恐ろしい覇気を放つ彼にとっては蛇足とも思えるほどの肉体だが、それは誰が見ても息を呑む逞しさと強さを表していた。

  虎はその体を見ながら、毎度興奮する。自分が淫魔としてここにいるのは、このためだけにあると言っても過言ではないと、そう思えてしまう。

  荘厳たる御方の顔から視線を落とし、引き締まった完璧な体を一瞥する。黒灰色の体に浮き出た胸筋、乳首、腹筋、陰毛、さらにその下には、勇ましきほどの雄の象徴。

  地獄の主たる彼が誰にも晒すことのないモノを見ることができる自分は幸せ者だと、酔いしれる時間でもあった。

  未だ屹立する気配のない閻魔のソレを存分に見せびらかされた犬が、その姿に興奮しないはずもなく。

  浅い呼吸を繰り返しながら涎をダラダラと垂らし、光の灯らない眼差しを向ける。虎がぱっと紐を離せば、餌にありついた死にそうなハイエナのように一直線に閻魔へと走り出していった。

  それは長年離れた飼い主と再会した従順な愛犬のように。

  もしくは、ようやく自身の居場所を見つけることのできた哀れな捨て犬のように。

  一心不乱に飛び込んだのは、片足を折り曲げて鎮座する閻魔の股座。

  「これこれ、そんなにがっつくでない。この儂が施してやるというのに待てすらもできんのか?淫靡な駄犬め」

  先程の厳かな表情は消え、笑ってはいないものの穏やかな雰囲気を醸し出していた。それもそのはず、これから起こることは、彼を唯一癒してくれるものなのだから。

  快楽というものは、地獄でさえも疲れや日頃溜まった鬱憤を晴らすことのできる代物なのだ。

  閻魔であっても、それは他と変わらない。

  虎はいつも、この表情が見えたら早々に去ると決めている。誇り高き敬愛する閻魔のための時間、甘美と至福の空間を邪魔してはいけないからだ。

  半歩後ろへ退き、跪く形で一礼し、小さく呟く。

  「では閻魔様、俺はこれにて失礼します」

  「……ああ淫魔よ、一つよいか?」

  「っと、なんでしょう?」

  踵を返した虎を、閻魔は呼び止める。だが虎には彼がこの後何を言うかは、おおかた分かっていた。

  なぜなら、自分には一つのことしかできないから。この地獄の中で行えるのは自分しかおらず、代わりがいないからだ。

  だからこそ彼は、誇りと責任を持っていた。必ず、閻魔に気に入られるように作り上げなければならないと。

  振り返ると、未だ屹立する様子のない真っ黒な棒が視界に入る。ぺろぺろと舐め続ける犬は一心不乱なのに、閻魔は全く動じない。この状況が至極普通の出来事であるかのように、犬の頭の上に手を置くだけだった。

  虎はこの瞬間、自分の存在意義を存分に感じただろう。だがその興奮を抑え切るのは、彼にとっては容易いものでもある。

  「近々また新しいのが入ってくる。ざっと目を通したが一人適任がおったのでな。頼めるか?」

  「つまりは、もう一匹欲しいと言うことですかい?」

  目が合う。虎は地獄に住む者の中でもとりわけ胆力が強く、閻魔に見つめられても怯むことはない。立場ゆえに、ある程度砕けた態度を取っても咎められたりもしない。

  それは彼の存在そのものが閻魔にとって貴重であるからだ。彼もまた、それを自負していた。

  それぞれの思惑を推察し、互いに緩やかな笑みをこぼす。

  「左様。今でも十分楽しめているのだが、数が多い方が楽しみ方も増えると言う訳だ」

  「分かりました。お任せください」

  そう言って虎は閻魔に一礼し、再び歩き出す。

  うずうずとうねる毒蛇のような感情が湧き上がっていたその悪魔は、にやける頬を必死に抑えようとしていた。

  これは、或る死刑囚が堕ちた獣に成るまでの物語である。

  [newpage]

  地獄なんてものが、本当に存在するとは思っていなかった。

  死んだらそこで終わり。血と暴力に塗れた私の人生に終止符が打たれ、またどこかで生まれ変わるのではないかと思っていたのに。

  それは、大きな思い違いだった。

  「死刑囚が来るのは久しぶりだな」

  「………」

  ここがあの世だということは、きっと馬鹿でも分かるだろう。周りからは人の悲鳴が聞こえ、どこを見ても山肌しか見えず、私の姿は裸のまま。

  着る服も無ければ隠す物も無い。手首にはめられた手錠と目の前に鎮座する『彼』が、はっきりとその証明要因となっていたからだ。

  だが一つだけ、違うことがあった。

  私の視界にいるもの全てが、人ならざる姿をしていたのである。そもそもこれらを生物と呼んでいいのかも理解し得ない、人智を超えた見た目をしていたのだ。

  どれも動物を擬人化したような風貌で、逆に私のような人間は周りに1人も見当たらない。現状分かるだけでも、目の前にいる荘厳な服装をした化け物以外に生物の存在が確認できなかった。

  だが私もまた、こんな状況下に置かれても特段驚くことはなかった。既に死人となってしまえば、全てがどうでもよくなっていたから。

  非現実的な事態が起こったとしても、それとなく受け入れてしまえる…そんな気さえしていた。

  「我を…恐れぬのか」

  その声は、重かった。本来は質量を持たないはずの声が実在化し、私の体全体を押しつぶすかのような感覚なのに、現実味は無い。

  むしろ今私がこうして声を聞いていられること自体が驚いてしまえるほどだ。ここに死という概念が存在していれば、私は間違いなくその重圧で死んでいたに違いない。

  それほどまでに、目の前に居座る閻魔大王と名乗る人物は、恐ろしさを体現していた。もはや人の皮を被った怪物と呼ぶに相応しい禍々しさを漂わせている。

  その声は低く、強すぎる圧に内臓までもが震え上がるのが分かる。どこから聞こえてきたのかも分からない、頭の中に直接響くような聞こえ方だ。

  それでも私は、その問いに答えることで少しでも恐怖を振り払おうとしていた。

  「……恐れるも何も、もう死んだ身だ。何が起ころうと驚きはしない」

  「ほう、ならばこの場所すらも恐れてはおらぬのだろうな」

  …そう言われれば、そうかもしれない。

  ここにいる時点で私が罰を受けることは確定している。何をしようと、受け入れる以外の道は無いのだろう。

  「ふむ…自分の罪を弁えているのであれば、わざわざ口に出す必要も無い。よかろう、今からお主の罰を言い渡そう」

  どんな判決をもたらされるのか計り知れなかった私の体は、身震いが激しくなった。真下から聞こえるうめき声と共に、裸一貫のまま冷や汗が垂れるような感覚に陥る。

  灼けつくような暑さが皮膚を焦がし、乾いた唾が喉にへばりつく。

  だが…これは当然の報いなのだろう。

  私は罪なき人を殺し、関係のない人を巻き込んでしまったも同然のことをしたのだから。

  閻魔は荘厳な袴に包まれた腕を上げ、卓上に肘をつきながら持っていた扇子で私を指す。その威圧感に直視すらできなかったはずなのに、無意識に顔が上がってしまう。

  なのにこの時の私は……不思議と恐怖を感じていなかった。

  「汝、淫罰の刑に処す!」

  「…………?」

  「お主にはこれより、淫魔による刑罰が与えられる。その精を存分に啜られ、嬲られ、逃れなき悦楽の沼に堕とされる。それら全てを耐え抜いた後…輪廻転生により再び現世に送り出される資格を与えられることとなろう」

  淡々と罰の内容を述べる閻魔をよそに、私はひどく混乱していた。

  淫罰…?そんな罰があるとは知らない。もし破廉恥だとかそういった類の罰なのであれば、少し気が引けた。

  性欲というものから遠ざかって生きてきた私にとってその罰は、未知の領域だったからだ。

  だが逆に考えれば、運が良かったと言えるのではないか?

  体を針で貫かれることもなく、煮えたぎる釜で茹でられることもなければ、これといった苦痛も感じることはないのかもしれない。

  ただ精を吐き出せば良いというのであれば、好都合なように思えてしまう。威圧感で動けなかった体とは裏腹に、私の心は少なからず喜びを感じていた。

  「さぁ淫魔よ、頼むぞ」

  「承知致しました、閻魔様」

  振り向くことすら出来なかった後ろから、突然声がする。それは閻魔よりも軽やかな口調で、覇気も弱い。

  というよりは閻魔が強すぎるだけであって、比べようが無いだけなのだが。彼もまた地獄の生き物として、遜色ない覇気をその声に漂わせていたように感じた。

  例によってそいつもまた、常識から外れた生き物の姿をしていた。

  「初めまして死刑囚。今からお前さんの世話をする淫魔だ、よろしく頼むぜ?」

  「淫魔…?お前がか?」

  「まぁ、そんなところだ」

  虎が人の形を得たような立ち姿。顔も縞模様も尻尾も、全ての特徴が虎と同じ。体は人間のようなのに、動物と同じような顔つきだ。どうやって喋っているのか到底理解できなかった。

  そいつは見た目以上に大柄で、膝をつく私が真上に視線を上げてやっと虎の顔が拝めるほどだ。

  筋肉の発達が凄まじく体は大柄で、体格が非常に良いと言える。身長は人間よりも少し高いだろうが、閻魔ほどの威圧感は感じなかった。

  というよりそいつは淫魔と呼ぶに相応しく思えないほど筋骨隆々だ。俺と同じように体表がほとんど見えており、隠れているのは股間の部分だけ。

  腕を組みながら俺を見下すそれは、淫魔だと言われて簡単に想像するようなものではなかった。

  「鬼じゃなくてガッカリしたか?」

  「……どうでもいい」

  「ずいぶん余裕なこった。けどまずは難所を突破できるかどうかだ。さて、耐えられるかな」

  「!?おい、急に何を…!?」

  そいつはなんの躊躇もなく俺に近づき、[[rb:臍 > へそ]]の下あたりを指でさすってきた。いくら動じないとはいえ、人ではないものに急に近寄られれば私だって少しは驚く。

  まして体を触られるなど、あまりに唐突すぎだ。だが虎の姿をした淫魔は私が抵抗する前に離れ、私を見下すような体勢になった。

  まるで私を観察するような眼差しに妙な疑問を抱いていた時… "それ" は唐突に訪れた。

  「………う゛っ!?……ぐぎ…っ…がは…ぁ…!」

  急に胸の内から熱が込み上げ、激しい頭痛に襲われたのだ。頭蓋骨が握りつぶされそうなほどの痛みに声も出せず、額を抑えて倒れ込んでしまう。

  死んでから初めて味わった痛みという感覚に、自身の感覚器官が死ぬ前と全く変わらないことをここで知った。

  だがそんな思考はすぐに消え失せ、なおも激しさを増す熱さと痛みに目に涙を浮かべてしまう。滲んだ視界の中心に、縞模様の毛皮を持つあの虎が映る。

  「なんだ…何をし……ぐぅ…ぅウゥ………っ!!」

  「熱いか?それとも痛いか?せいぜい歯を食いしばるといい。だがこれは刑罰の第一段階だからな、ここでへばってもらっちゃ困るぜ」

  第一段階…?何を言ってるんだ…!?

  体に飲み込んだ爆弾が爆発したかのように、暑くて暑くてたまらない。全身からとめどなく汗が吹き出し、無機質な床にため池のような染みが広がっていく。

  分からない…何が起こっているのか分からない…!

  その思考を遮ろうとする、今までで感じたことのない痛み。体の肉を食いちぎられるような、心臓を抉られるような、言葉にできない苦痛が私を苦しめていた。

  歯を食いしばれば食いしばるほど、力を込めた歯茎が溶けて崩れてしまいそうだ。気を抜けばそれすらも激痛になり代わり、何をしても痛みに襲われる以外なかった。

  

  他に痛みを逃す方法が思いつかないまま、私は無意識に口を開けて空気を吸い込む動作を繰り返してしまう。

  死してなお何故か復活していた呼吸機能が生存本能に働きかけ、必死に肺へ酸素を送り込む。地獄に酸素があるなんて考えたこともなかったが、それ以上考える余裕などもっと無かった。

  「か……ひぐ…ッ……!……ハァッ、ハァッ……ぐぎ…あぐ…ぅ…!」

  痛い…痛い痛い痛い痛い……!!頭が、腕が、胴体が、足が、指先が、骨が、内臓が…捻り潰されるような激痛が全身を襲っていた。

  ゴキゴキと鳴ってはいけない音が耳の中で鳴り響き、肩や腰周りの肉が増えては骨や神経が圧迫される痛みが増していく。関節がひしゃげ、筋繊維が千切れていく音がする。

  水一滴ほど残っていた理性が思い浮かべたのは、自分の体が崩壊していく様子。考えたこともない非現実的な現状が恐ろしくてたまらないのに、叫ぶことすらもできない。

  ただ、激しい痛みに悶え苦しむしかなかった。

  「アンタの受けるべき罰はこんなもんじゃ足りないからな。歯ぁ食いしばれよ」

  「…うぎ……ぃッ…!!…かはッ………あが……はひゅッ、きひゅうっ…!」

  死ぬ、このままでは死ぬ…!

  何が淫罰だ、こんなの淫らでもなんでもない!苦痛という苦痛を全て混ぜ込んだ凶悪な拷問じゃないか!!

  虎の言葉に返答することもできず、私はただ苦悶の声を漏らす。体を引きちぎられては伸ばされ、内臓をこねくり回され、眼球をすり潰されるような狂感覚。

  一度に感受してはいけない痛みの容量を軽々と超えた私の思考回路はもう、既に限界を超えていた。

  耐えられる気がしない。手のひらが力を失い、視界がぼやけていく。吐瀉物を盛大に床へ撒き散らし、いつ横たわったかも分からず、硬い床に全身を打ち付けるだけ。

  だが私は、傾いた視界の端で映ったそれに…目を見張った。

  力を失っていた私の腕が、人間のそれとは全く異なるモノになっていたのだ。肉の量が異常に増えて太くなり、指は大男のようにゴツゴツし、爪は菱形に変形している。そして何より…見える体の範囲全てに、びっしりと毛皮が生えていた。

  毛皮。閻魔や先ほど見たばかりの淫魔と同じように、動物の特徴を持ったそれへと、変わっていたのだ。誰も想像することのなかった、人間と獣の合わさった生物。

  現実では考えることすらなかった化け物へと…私は変貌していた。

  「なッ………なんっ、なんで……あぁ…ああァアあぁアああ!!!」

  人ではないものに変わっている。もしそうだとするなら、この焼き切れそうな痛みにも説明がついてしまう。

  そう考えた瞬間、体が素直にそれを受け入れたかのように進行が急激に進んだ。ボコボコと肥大を繰り返す筋肉に意識までもが押し潰されそうな恐怖に涙が零れ、全ての感覚を痛覚のみで遮断されたままのたうち回る。

  時折視界に入る虎のニヤついた顔が、助けを求めることもできない私に突き刺さる。自分だけはあんなふうにはならないと過信していた私の心が崩れ、数十年間自分を自分たらしめた人としての姿が…消えていく。

  ぞわぞわと体の皮膚を覆うような悪寒と共に無数の毛皮が全身から生え、元々存在していた器官が剥がれ落ちては新たな何かが作り出される気持ち悪さに、全身の感覚が狂っていく。

  右も左も、ここがどこなのかも、何が起きているのかも分からない。痛みと熱、それだけが私を支配していた。

  そこで私は…ようやく気付かされた。自分の考えたことなど、ここでは意味を成さないのだと。

  今まで根底にあった常識も、この世界では通用すらしないのだと。

  ───

  どれほど呼吸を繰り返したか、どれほど自分の体が歪む痛みに苦しんだか分からない。それだけで1日経ってしまったのではないかと思えてしまうほど、長い時間だったように感じる。

  だが、次第に痛みは和らいでいた。死んでもなお死に等しいほどの痛みを与えられるなんぞ考えてもいなかったが、まさかそれに慣れてしまうとも思っていなかったが。

  まだ激しい痛みが残るのは頭だが、それと同時に指先の末端にある感覚が無くなるという別の事態も起こっていた。私自身の指先が機能を停止したのか、それとも完全な変化が起きてしまったのかは分からない。

  さらに私は、自分の視界の真下から伸びる何かがあったことを、朦朧とした意識の中で認識した。

  あれはおそらく…伸びた鼻。

  動物において最も過敏だと言われる器官に似たようなものが生えてしまっていたのだ。痛みは少しずつ消えかけていたが、自分が自分でなくなった実感が私の心に新たな痛みを与えていた。

  「はぁっ、はぁっ…ひゅーっ、ひゅぅ……ふぅ…………んん゛ッ!!?」

  さらに時間が経ち、全身の痛みも完全に消えかけていた時。

  私は自分の身に起きたことを絶望する暇もなく、次の苦痛に襲われることになる。それは痛覚ではなく、嗅覚への痛みだった。

  獣となったことで人間の何倍以上にもなった嗅覚がこの場所の匂いを感知できるようになり、今まで気づくことのなかった事実が私を苦しめる。

  この地獄には、形容し難い悪臭が漂っていたのだ。整備されていない棄てられた田舎町の[[rb:溝>どぶ]]にありとあらゆる悪臭を放つものを全て入れて煮詰めても、到底この匂いには敵わないだろう。

  人の血と…それ以外は想像もしたくない。そう思えるほど、言葉にできないほどの匂いだった。

  痛みから解放された反動で大きく息を吸えば吸うほど、敏感になった鼻腔がそれを感受してしまう。生前嗅いだことのない悪臭に再び涙が滲み、必死になって突き出た鼻を手で覆った。

  ゴワゴワとした感触が、人間ではなくなった鼻を包む。感じたことのない感触、匂い、そして未だに残る強い頭痛。

  混濁を極めていた私の気力は限界だった。その時、どこか遠くで聞いたばかりの声が響く。

  「変化は終わったか…思ったより時間はかかったが形も問題なさそうだな。んじゃ、改めてよろしくな?死刑囚」

  何を言ったのか聞き取れなかった。ようやく消えかけていた痛みと鼻を襲う悪臭から逃れるために本能が意識を強制的に遮断し、目の前が真っ暗になっていく。

  私は自分の身に何が起こったのかを理解することもできないまま、その声に身を預けるように気を失った。

  [newpage]

  頭が重い……

  暗闇からゆっくりと開いていく目と共に、ぼやけた視界に薄暗い光が差し込んでいく。朧げながらも回復した意識が一番最初に行ったのは、防御反応だった。

  あの悪臭を思い出した私の脳と鼻が拒絶反応を示し、咄嗟に手で覆おうとする。だが、それが叶わないことを私はすぐに悟ることになる。

  手首を何かで固定されているような感覚と、いくら動かしても私の顔までくることがない手のひら。

  完全に、両手の自由を奪われていたのだった。

  ということは、鼻を覆うこともできるはずがない。目を醒ました私は、一瞬のうちに絶望した。またあの匂いを、耳を塞ぎたくなるような狂音を聞かされ続けるのかと。

  しかしそこには、絶望などなかった。息を永遠に止めることのできない私が諦めて呼吸した時…何の匂いもせず、周りからは何の音もしなかったのだ。

  自分を取り巻いていた空間は、生前の自分を囲んでいたあの無機質な部屋と同じようなものだった。レンガのような外壁に三方を囲まれ、一つだけあるのは鋼鉄の檻。

  その奥は何も見えず、ひたすらに続く道が見えるだけ。誰かが来る音も、気配もしない。

  私はここに来て、やっと安堵する時間を与えられたと判断した。そうでなければ今ごろ狂っている。

  無音にここまで安心感を覚えたのも…初めてだった。

  あの時間はまさに地獄と呼んでいいほどの恐怖と苦痛を味わったと言えるだろう。思い出そうとすれば、痛みがぶり返してしまいそうで怖かった。

  今こうしていられることが奇跡のように思えてしまうくらいだ。

  だがそれより、眼下に映る人ならざる怪物の体が私……何を隠そう、私であるという事実がまた違う別の痛みを生んでいたのも確かだ。

  それでも冷静を装い、自分が今どんな状況にあるかを把握しようと努める。バンザイをするように両手を上げたまま、手首を手錠のようなもので固定されているようだ。分かってはいたが、力を入れて引っ張ってみてもびくともしない。

  諦めて別のことをしようと自由になっていた足で胡座をかいてみる。すると、足裏に少し硬い表面を持つ肉球が生えていることが分かった。

  人の大きさではない指と爪、そして毛皮。目に映るもの全てが、私ではない。

  自分の姿を失ったとしても、ここが地獄だという以上は何も抵抗する手段を持たないことを知っていた。いや…強制的に分からせられたと言ったほうが正しいだろう。

  して、今はどういう時間なのか。淫魔と呼ばれていたあの虎の姿も見当たらない。

  やることのない私は、変わり果ててしまった自分の体を観察するしかなそうであった。全裸なのは仕方ないが、驚くべきものは自分の体だ。

  大きく盛り上がった胸板は自分で触ってみたくなるほどにハリがある。その向こうには、力を込めずとも6つに割れているのが確認できる腹筋が存在していた。

  腰回りですらがっちりとした肉によって覆われている。太ももは目を見張るほど大きく、見事に逞しい。

  自身の顔を微かに締め付けている釣り上げられた腕を見れば、キレイに各部位の筋肉が盛り上がっている。見えてしまったフサフサとした脇毛は人間の頃のように汚らしくない。

  野生を生きる獣のように、豊かな毛量だった。

  私はこの時、少なからず興奮していたと思う。自分の体に惚れ惚れすることなど生まれてから一度もしてこなかった生前であったが、男としてこんなにも完成した体を手にすることができているなんて、これで喜ばない雄がいるだろうか?

  こんなもの、一生をかけても手に入らない代物だろう。上から指示をすることしかしてこなかった私にとって、この体を特別視してしまうのも無理はなかった。

  もちろん体の大きさに伴って自分の男根も大きくなっていたのは承知していたが、そんなことなど気にしていられない。地獄でありながら、本来の姿を奪われておきながら、私はそれを受け入れようとしていたのだ。

  その時、金属の檻がガチリと開く音に私の耳は反応する。音の聞こえ方からして、耳の位置は前にあった場所よりもずっと高い場所にあると分かった。

  自分の体に心酔していた私の目線が、奥にある檻に向かう。乱暴な金属音と共に入ってきたのは、あの虎だった。

  生き物と呼んでいいのか分からない人知を超えたその虎の眼差しは、私を一直線に見据えていた。

  「よぉ、目が覚めたか」

  「…ここは……?」

  「やっぱりアンタは冷静なんだな、こんなナリでもまずは状況確認ってか?」

  言葉ではこうして見栄を張っているが、私だって鋼の心を持つわけではない。あの時は死んだ直後の反動からかどんな罰でも受ける気でいたが、ここまで意識が保てているとなると話は別だ。

  事実、さっきまで保てていた平常心は既に乱れていた。私はこれから何をされるのだろうと、あって間もないのに酷く恐れていたのだ。

  それもまた、この淫魔なる者が地獄の住人であるということも影響していたかもしれない。

  話をされただけなのに、その圧に心が平伏してしまいそうになる。向こうからしたら普段の口調で話しているのかもしれないが、威圧感は人間の数倍もあった。

  「ここは淫罰の刑を言い渡された者が入る特別な牢屋だ。びっくりしたろ?あの悪臭も、うるせぇ亡者どもの声も聞こえやしない」

  「地獄というのは罰を受けるところなのだろう。どうして私はこのような場所に?」

  「だーかーら、アンタの刑罰はちょっとばかし特別なんだよ。閻魔様の慈愛に感謝するんだな」

  慈愛だと…?あの苦痛が慈愛だというのか?

  怒りと共に言葉が溢れ出しそうになるが、逆らうような言動をすればどうなるか分からない。これ以上の痛みを味わいたくなかった私は、喉まで出かかった言葉をすぐに引っ込めた。

  「よしよし、体の変化も問題なさそうだな。立派な獣人だ」

  「じゅう…じん…?」

  「地獄において淫罰の刑を受ける者が賜る恩恵だ。人間なんかよりずっと屈強な体を持ち、並大抵の痛みじゃびくともしない。アンタはそれになったのさ。ま、『成る』までが最もキツいんだがな」

  虎は私の体を一瞥するように眺める。裸を他人にじろじろ見られるのは慣れていないために隠したい所がたくさんあったが、それができるはずもなく。

  恥ずかしさを露わにしながら、私は小さな抵抗の意として虎を睨んだ。

  「おいおい、そんなに恥ずかしがることないだろ?ここは地獄なんだし、アンタはもう死んでるんだ。鏡見てみろよ、凛々しいぜ」

  「……なっ!?」

  唐突に突きつけられた手持ち鏡に映り込んだのは…私の顔だった。それはもう人の形をしておらず、今にも何かを食いちぎりそうな凶暴な狼の顔がそこにあった。

  耳がまっすぐ上を向き、イヌ科の特徴である伸びた鼻、驚くたびに開く口から覗く牙、獣を獣たらしめる無数の毛。その全てが、私の人間であった頃の面影を破壊していく。

  こんな…こんな怪物が私なのか?

  死後であるが故に何でも受け入れる心構えはしていたはずなのに、心の乱れは激しくなるばかりだ。

  こんなものが凛々しいなんて、この虎は狂っているのだろうか。

  「淫罰の刑を受けし者、其の姿獣にて執り行われん…これが地獄における掟だ。もうアンタに人間の頃の姿は戻ってこないが、耐え抜いて刑期を終えれば輪廻転生、あっという間に現世で元通り…ってワケさ」

  「も、戻らないだと!?」

  「何を言ってんだか、地獄に来たんだからそれ相応の罰が与えられて然りだろうがよ?大丈夫だよ、獣人の方が人間よりも強くて魅力的だ。アンタもじきに人間に戻りたいなんて思わなくなるぜ」

  「そんなことが……あってたまるか……!」

  何をされようと、私は覚悟を持っていたはずだった。たとえ傷だらけになったとしても、この体は失うまいと信念を持っていたのに。

  人間としての体を失くした私にとって、これは何とも信じ切ることができなかったのだ。しかも地獄に住む奴らと同じ姿形なんて…信じたくもない。

  そんな私を嘲るように笑う虎は、既に近くまで歩を進めていた。

  「さて、実を言うとアンタの刑はもう始まってるんだ。何をすると思う?」

  「何…?もう始まっているのか…?」

  間髪入れず虎が近づいてくる。急に本題に入られた私は心の準備をすることもできず、じりじりと獣の体であとずさることしかできない。

  唐突に私は虎の太い指で顎を掴まれ、その力で無意識に舌が飛び出してしまった。その舌を指で挟まれ、引き伸ばされる。反射的に分泌された唾液が虎の指を汚しているのに、コイツは何一つ表情を変えない。

  何をされる…?

  殴られるのか、蹴られるのか、舌を引っ張り出されるのか、それとも殺されるのか?

  思考を駆け巡らせる私は、さぞ恐怖に怯えた顔をしていたのだろう。虎はにやにやと私を見つめながら、小さく呟いた。

  「こうするのさ」

  「……んぐッ!!?」

  刹那、私は何をされたのか分からなかった。目を瞑り、襲いくる魔の手から少しでも逃れようと食いしばった歯に、何かが覆われていたのだ。それが虎の口だと判断するのに、私は少しの時間を使ってしまったことを後悔した。

  獣となった体の使い勝手も知らないまま、私は塞がれた口元に熱が篭るのを感じていた。虎の唇が私の口の端までを覆い隠し、無理矢理閉じていた歯と歯の間をこじ開けられていく。

  これ以上侵入を許したらどうなるか分からず、怖くなった私は必死になって顎に力を入れた。

  ここでは死の概念など無いのだろう。ならば私がこの虎獣人を噛み切ったとしても、こいつが死ぬことはない。特別な体を手に入れたという意識が、私の闘争本能を呼び起こさせた。

  「…!?かっ……あが………ぁ…!」

  なのに、込めた力が押し流されるように逃げていく。と言うよりむしろ、向こうの力がさらに強くなっている気がした。

  現実での摂理がここでは全く意味を成さないことがどれだけ恐ろしいかを本能で感じた私は、ただ驚愕していた。しかしそう思えたのも束の間で、押し返された力によってどんどん私の口が開いていく。

  抵抗しようにも他にする方法が見つからず、なおも強くなる虎獣人の接吻に負け倒されていく一方だった。

  結局私は1分も持ち堪えることすらできず、ついにこの虎に口内への侵入を許してしまった。入り込んでくる舌は大量の唾液を含んでおり、みるみるうちに口の中が気持ち悪い粘液で満たされていく。

  生暖かいそれは無味無臭だが、他者の生成物を無理矢理口に入れられた感触は言葉にできないものだった。

  「んう……うっ、ぐぅ……!」

  「飲め」

  突然、虎が口を塞いだまま呟く。だが私はその意味を理解し、即座に拒む。

  しかしその抵抗が叶うはずもないことなど…心のどこかで分かっていたのかもしれない。

  それでも私は、なけなしの力で抗った。

  「む…ぐ……!」

  「飲、め」

  「!!?ん゛!!んむん゛〜〜っ!!」

  上から虎の全体重がのしかかり、喉を上向きに固定される。固定してくれるものは何もなく、持ち堪えていた首の筋肉が破裂しそうなほどの悲鳴をあげていた。

  私よりも屈強な虎獣人の体が密着し、ハリのある胸筋が押し潰さんと私に襲い掛かる。

  塞がれた口のせいで呼吸がままならず、さらに口内に溜まった唾液も相まって鼻で息をすることすら困難な状況だった。それでも虎は口を離さず、入り込んだ舌を縦横無尽に動かしてきた。

  「う……じゅるっ、んっ、ちゅくっ…」

  獣の舌が交わり、汚らしい音が耳に響き渡る。ではなく強制的に交えなければならない状況にされているのだが、経験したこともない事態に私の頭は悲鳴をあげていた。

  男、というより雄同士での接吻など生きていた時ですら考えたこともない。

  そもそも私には男に興味などない…!なのになぜこんなことをしなければならない?

  こんなケダモノに私は…罰を受けなければならないのか!?

  「う……んぐっ、んぐ、んんっ……!!」

  私は必死に拒否しながらも、虎の力強さに負けて唾液を飲み込んでしまった。死んでいるとはいえ、その感触は生きているのと全く同じだ。

  ねっとりした生ぬるい液体が私の喉にへばりついて、なかなか流し込まれてくれない。

  「ん゛!!?んん、んん゛ッッ!!!」

  悪戦苦闘する私にさらに追い打ちをかけるように、その虎は別の行動で攻め立てた。あろうことか、接吻を維持したまま私の男根を握り、一気に上下に扱き始めたのである。

  口を塞がれたままの私は抵抗の意すら示すことができず、ガチャガチャと手首を締め付ける鉄の錠が擦れる音だけがうるさく鳴り響いていた。自由だった足を使って蹴り飛ばそうとするも、虎の力が強すぎて逆に足を固定されてしまう始末。

  口を塞がれては唾液を飲まされ、舌を入れられては歯から歯茎までありとあらゆるもの全てを舐め回され、自身の最も敏感な部分を激しく扱き続けられる。どんなに暴れても、虎の体は石のように動かない。

  少しくらいは反応があってもいいはずなのに、どうしてびくともしない?

  まさか、私の力そのものが弱くなっている…?

  そうやって私が考えに走ったのを、虎は見逃さなかった。一瞬の隙をついて虎は私の男根を扱く速さを上げ、さらに口の中を蹂躙していく。

  気づいた時には遅く、私は死んでから初めての快感を感じ始めていた。

  もちろん声も上げられず、手足の自由も効かないまま。あまりに強すぎる虎の扱きに止めてくれと全身で表そうとするも、魔の手が勢いを止めることはなかった。

  「ん゛〜〜〜ッ!!ん゛ッッ!!うう……んうぅ゛ッ!!!!」

  そして私は無様にも他者に扱かれ、接吻を施されながら絶頂した。強すぎる衝撃が声となって飛び出そうとするも、それは虎の口内へとくぐもって消えていく。

  下腹部からせぐりあげる液体と共に快感が全身を駆け巡り、筋肉が強張る。虎の大きな手はビクビクと暴れる私の男根を制御しながら、私の喉に最後の唾液だまりを流し込んで離れていった。

  「ぷはぁっ!!はぁっ、はっ、はぁっ……」

  「どうだ?気持ちよかっただろ」

  「ふ、ふざけるな!そんな訳あるはずがないだろう!?」

  「ったく、死んでるんだからそういうコトは気にすんなよ。死んでもすぐに生き返るんだからよ」

  生き返る…?ここに来てから半信半疑で考えてはいたが、死んでも生き返るのか?

  もしそれが本当ならば、最悪の場合死んでしまった方が身のためになるのではないだろうか。万が一を考えたとしても、そうなる覚悟をしておいた方が…

  「そんなことより見てみろよ、アンタのコレ。ちょっと扱けば嬉しそうにビクつきながら精液を噴き出してたぜ」

  「…………はっ!」

  その言葉で私は我に帰る。虎の目線が私の顔ではなく下の方へと向いており、無意識に私もそちらへ目が移っていく。

  そこにあったのは…私が人間だった頃より一回りも二回りも大きい男根だった。

  それはゴツいはずの虎の手のひらにピッタリと収まり、人間では考えられないほどの太さを誇っている。ずっしりとした重量感が、見ているだけで伝わってきそうなほど立派だと言わざるを得なかった。

  「なっ…なんだこれは…!?これは私の…?」

  「アンタのに決まってんだろ。獣人になって精力も性欲も増したんだ、コッチが大きくなったって何も不思議じゃねぇだろ?」

  「そ、そんな……あ゛っ!?」

  驚きを受け入れる時間は短く、虎は私の男根にぱくりと口を被せ、亀頭に溜まっていた残りの白濁を吸い込んだのだ。再び襲いくる快感と共に私から出た老廃物を飲む虎の光景に驚愕してしまい、声すら出せない。

  いや、しかしなぜだ?

  なぜ私は死後の世界で、さも当たり前のように射精した?

  直後にやってくる冷えた頭の回転が、この状況のおかしさを理解しようとする。だが確かに私は、あの射精の感覚を確かに享受した。

  男でしか知ることのなかった、あの快感を…

  「なんでって顔してんな。そりゃ淫罰の刑に決まってるからだ」

  「な…」

  「この部屋が特別なんだよ。ここにいれば誰であっても性欲が掻き立てられ、射精もできるようになる。もちろん外ではご法度。だからここでしか性処理もできないってことだ」

  虎は含んだ白濁を吟味するように口を動かしながら説明するが、私はその光景ですら信じられる気がしなかった。それはまるで飲み物でも飲むように、私の精液をごくんと飲み干したのだから。

  ありえない……今咥えたのは男が排泄する場所であって、口にするような物ではないはずなのに…!

  私はこの瞬間、目の前にいる虎の姿をした淫魔が恐ろしく見えた。肩が震え、緊張で顔が強張る。

  ニチャニチャと気味の悪い音を立てながら味を吟味する姿は、私が見てきた中で最も気持ちの悪い光景だった。

  「ふーん、意外に立派な雄の味がすんな。思った以上に見込みがある。あ、ちなみに排泄することはねぇからそこだけは安心していいぜ」

  「お、お前…今何を…!」

  「詳しい説明は後。次行くぞ」

  「えっ……な゛っ!?」

  そう言うと虎は私の男根を掴んだまま体制を変え、今度は跨るような姿勢になった。橙の海に浮かぶ縞模様が目の前いっぱいに広がり、目がチカチカする。

  それでも抵抗する手段を持たない私は、事の顛末を間近で見ていることしかできない。

  しかしそんな私もまた、自分の体の異変に気がつく。先ほど気持ち悪い思いをしたのに、見てはいけないものを見たはずなのに…出したばかりの男根がもう完全復活していたのだ。

  普通なら一回出せばそれだけで十分なはずなのに、ダラダラと透明な液体まで垂らしている。

  こんな光景を見たことがなかった私はこの体が一瞬にして恐ろしくなり、全身に寒気が走った。

  だが虎の手はその男根をしっかりと固定しており、身につけていた腰布をずらしている。丸々とした尻たぶが男根に迫るその仕草で、私は次に起こる事態を一瞬にして悟った。

  「なっ、おい!!何をしようとしている!?やめろ、やめてくれ!!」

  「大事な儀式だぞ?これをしないと罰が始められないんだから、大人しく身を委ねちまった方が楽だぜ」

  「あ、あっ、そんなっ……待て!やめっ……!」

  私の言葉は虎に届くはずもない。そいつはなんの躊躇もなく、自身の尻穴に私の屹立した男根を挿入させた。人間ですらない得体の知れないその穴に、同じく人間ではない私のモノががどんどん飲み込まれていく。

  これが淫罰の刑なのか…?

  精を搾り取られると言うのは、こういうことなのか?

  私は永い時間の中で、コイツを犯し続けなければならないのか?

  途方もない不安が心を抉る。朝も夜も分からないこの空間の中で、私はしたくもない獣の化物を相手にしなければならないのかと。だがその思いは、切り捨てたくも出来ずにいる悦楽によって消え去っていく。

  奥へ奥へと向かうごとに気持ち悪くもふやついた肉壁が男根を包み、出したくもない声が漏れてしまう。まともなことを考えようとすればするほど、虎がそれを察知したかのように中の蠕動を激しくさせるのだ。

  初めて味わった雄獣人の尻穴は…私が生まれ、死んでからも、経験したことのない気持ちよさだった。快感という快感が全てを包み、刺激がじんわりと心地よさへ変わっていく。

  私は手錠を揺らして抵抗することを完全に忘れ、上を向いて気絶しかけていた。だらりと垂れてしまった舌からは、まだ残っていた虎の唾液が滲んでいる。

  「あ、あ、あぁ、あっ…………」

  力の抜けた全身とは反対に、締め上げられた睾丸が再び精液を尿道へと送り込む。最初に果てた時より、感じる心地良さは数倍…それ以上だったに違いない。

  私は牛が乳を搾精されるように、虎の尻穴に抱え込まれたまま精液を放出してしまった。なんの刺激も与えられず、体は脱力し切ったままで勢いだけが変わらない。

  拘束されたまま2度目の射精を行った私は虎が自ら男根を引き抜いた感覚も感じず、痺れたように呆けていた。息継ぎの呼吸音だけが、この部屋を満たしていた。

  「ったく、挿れただけでイっちまうなんて早漏にも程があるだろ…もったいねぇ」

  「はぁ、はぁ、な、何…?」

  「なんでもねぇよ、それよりこれで準備段階は終わりだ。ここからが刑の始まりだからな、せいぜい頑張ってくれや」

  未だ残る微弱な快感に私は屈しかけていたが、虎による覇気のある声によって少しだけ目が覚めた。先ほど酷使された男根の方を見ると、元通りになっていることに少し安堵する。

  …と思った時、私は下腹部あたりに妙な違和感を感じた。ぞわぞわと広がっていく感覚の正体を探るも、虎が何かをしているわけでもない。

  それが私の体の中から生まれているのだと気づいた時には、既に形を成し始めていた。

  だがそれが、三次元の物体として現れることはなく。

  私の臍から下を覆うように、ゆっくりと浮かび上がっていたのである。暗い紫色の模様が、刺青のごとく皮膚に生えた毛皮を突き破って刻まれていく。

  またもや自分の体が別の何かに覆われていくおぞましさを覚えるも、今はそれを受け入れることしかできなかった。

  だが…「それ」が私をこの先ずっと苦しめることを、今の私はまだ知らない。

  そして先ほど行った唐突な性交が、私が雄として交わった、最後の証になるのだということも。

  [newpage]

  腹の下に刻まれた模様の広がりは、腰から上を侵食することはないまま止まった。ちょうど線対称に見えるそれに何がなんだか分からない私は、ただ虎の表情を伺うことしかできない。

  しかしなんだ…?気のせいか、模様からただならぬ違和感を感じているような……

  私がその異変に気づいた、その時だった。

  「十分刻まれたな。じゃあ確認だ、『射精しろ』」

  「…!?……なッ…あ、ああぁ゛っ!!!」

  それは、突然起こった。

  その虎が何気なく呟いたその言葉に私の男根は即座に硬さを増し、ぐんぐんと尿道を駆け巡っては勢いよく液体が放出されていく。それは紛れもない、私の子種だった。

  一瞬何が起きたのか全く理解できなかった私は、手錠に激しく力を込めてしまう。それもそのはず、この時の射精で感じた快感がとんでもなく大きかったからだ。

  全身が激しく震えてしまうほどに。

  「な…!?なんだこれは…!」

  「淫紋って言ってな。この罰を受ける者にのみ押される烙印…簡単に言えば俺とアンタを繋ぐ、切れない鎖みたいなもんさ」

  「ッ!?うッ…あっ、はぁ…ぁぁっ……!」

  「うん、よく体に馴染んでるじゃねえか。ここまで綺麗な模様も久しぶりだな」

  ニヤつく表情を浮かべながら近づいてきた虎に、浮き上がった紫色の模様を一本の指でゆっくりと撫でられた。それだけ…たったそれだけで私の体はゾクゾクとした心地よい感覚に覆われ、全身から力が抜けてしまう。

  次いで感じたのは、射精する瞬間に起こる、一瞬でしか味わうことのできないあの快感。抗うことが困難な悦楽が体中を駆け巡り、消えることなく漂っていた。

  あり得ない状況に心と体が追いつかず、私は思考を放棄した廃人のように呆けてしまう。

  「な、なっ……なんだっ、これは………」

  「どうだ?気持ちいいだろ。淫紋を施された者は全身の感度が異常なほど上がり、精力も桁違いに強くなる。俺のは特段強いからな、いつかは無限に射精できるようになるぜ」

  「む、無限だと…!?本気で言っているのか!?」

  「そう思わないんならそれでいい。ゆくゆくは分かるようになるぜ」

  「そんな、そんなことが……」

  「更に、淫紋を与えられた者は与えた者からの命令に従う。例えそれが火の海へ飛び込むことでも、自分で自分の舌を噛み切ることでも、なんであろうとな。信じてないならもう一度試してみるか?ほら、もっぺん『射精しろ』」

  「待て!やめ……あっ、またっ…んあぁ!!!」

  虎が放つ言霊のような力に、私は抵抗することもできない。またもや言われた通りに精液を放出してしまい、あまりの快感に全身がビクビクと痙攣してしまう。

  赤の他人に射精する姿を見られるなぞ想像もできなかった私にとって、これは恥辱と言っても良かった。さっきと全く変わらない勢いで精液を吐き出してしまい、ズキズキと痛む睾丸が私を苦しめる。

  こんな短時間で数回も致してしまうなんて想像もしたことがない…というより数を重ねれば出る量は少なくなるはずではないのか?

  だと言うのに、私の体はそれでもなお微弱な快感を感じ続けていたのだ。男根こそ萎えているが、感覚は妙に昂ったままだ。

  勃起するほどの感情の起伏もなければ、興奮している訳でもないのに。性欲だけが強制的に高められてしまっているような気がしてならない。

  「これで分かったろ?これでアンタはもう発情が収まることはない。最初は全く気づかないほどだが、最終的にはずっと興奮し続けるぐらいにはなるだろうよ」

  「はっ…?な、何を言っているんだ…?」

  「淫罰の刑はこういうモンだ。まさかとは思うが無理だなんて言わせねぇからな」

  気が遠くなるような感覚がした。生えたばかりの毛皮が逆立ち、驚きよりも先に恐怖に支配されたような気がしてならない。

  その間にも、腹の下から微かに感じる妙な違和感が思考を邪魔していた。

  「わ、私は…これを耐えなければいけないのか…?」

  「もちろん。なに、心配することはねぇ。ただ身を委ねるだけでいいんだからよ」

  何度も射精した私の男根は、ありえないくらい存分に白く汚れている。自分でも目を背けたくなるほどの量を放出したのが私だとするならば…もう、この状況にすら耐えられそうになかった。

  うなだれながら怯える私の萎えたソレを虎はゆっくりと手で覆いながら、その顔を私の目の前に近づける。現実ではあり得ない所業と、刻まれた淫紋によって敏感にされてしまった体に恐れを抱くことしかできなかった私は、改めてその刑罰の重さを思い知った。

  私はこの罰をいつまで受け続けるのか……今はもう、それだけが頭の中を支配していた。それ故に、得体の知れない恐怖を感じてしまったのだろう。

  「くく…たまらねぇなぁその表情……今すぐにでもブチ壊したくなっちまう」

  「なっ、それはどういう意味だ!?」

  「冗談だよ。俺は請け負った罪人は丁重に扱う主義なんでな…素直に従ってくれるなら尚更だ」

  さっきまで人のことを弄んでいたくせにか?よくその口が言えるなとも考えたが、それもどうせ無駄なのだろう。

  だが言われてみればそうだった。私はここに来てから、暴力という暴力を受けていない。

  覚悟していたのはそちらの方なのに、まさかこんなことになるなんて思っていなかったのも事実ではあるが。

  「んじゃ、今から本格的に罰を開始するぜ」

  「……むぐッ!?」

  間髪入れずに、虎は私の口を塞いできた。

  そう、再び私は淫魔に接吻を施されたのだ。それも今度は、最初から口をこじ開けて舌をねじ込まれる形で。

  反射的に手で押し返そうとするも、手首に鈍い痛みが走るだけで何もできない。

  ざらざらした突起のようなものを持つ虎の舌が、至る所を舐め回す。生ぬるくて動きが速く、そのせいで気持ち悪さは余計に増していく。

  だというのに、私はなすすべもなく蹂躙される。

  「んん〜〜!んんっ、んぐ、んっむ…!」

  『抵抗するなよ。俺の淫紋は抗おうとする感情に反応し、対象に激しい痛みを与えるからな。辛い思いをしたくないなら素直に受け入れろ』

  唐突に虎の声が直接頭の中へと響いた。その理由を考える暇も無く、分厚い舌が私の牙や歯茎を舐め回す中で言葉だけが鮮明に脳内に再生される。

  だがそんなことを言われても、誰が望んでお前みたいな化け物と接吻なんてしなければならない…!?

  これが罰だというのか?こんなことが?

  こうなるのなら、いっそ針山で貫かれたり釜で茹でられた方がマシだ。そう思いながら足をバタつかせても何も起こるはずはないのは分かっているのに、口を離そうと必死にもがく。

  だがその反抗は、すぐに終わりを迎えることになる。

  「!!!…ぐっ……がは……!!」

  『ほぅら言った。腹ってのは他の部位よりも数倍痛みの振れ幅が大きいからな、後悔したって遅いぜ。それはアンタの反抗意思が完全に消えるまで治ることはない。恨むんなら自分を恨みな』

  口を塞がれながら、唐突な腹の痛みに襲われた。私が「もうイヤだ」と強く思ったその瞬間にだ。

  そこは位置的に淫紋を施された場所であり、最も痛みが発生して欲しくない部分でもあった。

  しかもこの痛み、到底我慢できるものではない。

  キリキリと針を刺されるような壮絶な痛みに襲われた私は反射的に膝を折ろうとするが、虎がそれを許すはずはなく簡単に押さえ込まれる。

  体を一直線にしたまま接吻され、下痢にも等しい腹の痛みに涙が滲む。なのに接吻は激しくなり、ぬるぬるとした唾液を延々と飲まされ続ける。

  気持ち悪さだけで言えば、まさに地獄だった。

  「んんんっ、んぐ…!!!!ううッ、んんんう゛うぅ!!!」

  排泄の心配がないことだけが不幸中の幸いだっただろう。こんな場所でしてしまえば、それこそ私の身が持たない。

  だが逆に言えば、排泄による痛みの解消も不可能だと言うことを示していた。

  どちらにしろ、私には苦痛しか待っていなかったのだ。

  しかし痛みの根源である下腹部を虎に優しく撫でられてしまえば、心地よい快感が痛みと混ざり合ってしまう。グチュグチュと口の中で混ざり合わされる唾液の感触と共に、意思だけでは抗えない「何か」に侵食されていく。

  『体は正直なモンだな。まだ始まったばかりだ、気長に行こうぜ…なぁ?』

  痛みと快感の相反する感覚に同時に苛まれながら、私は虎からの接吻を施され続ける以外になかったのである。

  これが、全ての始まりだった。

  ───

  地獄における時の流れは途方もなく長いらしい。現実世界のような月日の概念は無いに等しく、ただ朝も夜も分からないまま時間だけが過ぎていく。

  それは刑罰に応じて変わり、刑期としての基準にもなる。だが結局どの罰にされようと、その刑期は人間では計り知れないほど長い。

  故に罪人はおろか、獄卒でも知ることはない……

  そう、あの虎が頭の中へと語りかけてきた頃。私はとうに何時間、いやそれ以上経ったどうかかも分からなくなるほど虎に接吻され続けていた。

  疲れという概念も無いのか蹂躙が止まることは一度もなく、また口も一切離れることもなく。

  

  一度諦めた抵抗を少しでもしようとすれば、またぶり返す激しい腹痛。この繰り返しを幾度もなく味わっていた私は、ものの10分ほどで抵抗する気を失くしてしまっていた。

  ……それを10分と定義してもいいのかすら不明だが。

  その後もずっと獣同士の口が交わる音を聞かされ、舌と舌が絡みつく言葉にならない気持ちの悪さに吐き気を催しながら、朦朧とした意識を繋ぎ止めていた。

  

  「んん、んぁ……はぁっ、もぅ………や……」

  『うん?もう限界か。まあいいだろう、初めてにしては長い方だしな』

  その言葉に、私は藁をも縋るような気持ちになる。ここでその意を示さなければ、コイツは本気で永遠に続けるつもりだとどこか確信していた。

  力を抜き、使い慣れない伸びた口元をなんとか緩ませる。これ以上の抵抗はしないという意思表示のつもりだった。

  それを理解してくれたのか、虎の口も徐々に力を緩めてきた。ようやくあの気持ち悪さから解放される……

  それで安心した私が、馬鹿だった。

  最後の仕上げを体現するかのように最も奥深くまで口を突っ込まれ、気の緩んだ私の口がこれまでにないほど大きく広げられてしまう。

  そして虎の低く唸るような声が、頭の中を満たした。

  『最後だ、全部飲めよ』

  「!!……んっ、ん゛んう……!んぐ…」

  口の中に広がる大量の生ぬるい粘液。その全てが一点に集められ、液体の塊となったそれを虎はその舌で押し込んでくる。

  反射的に私の舌も押し返そうとしてしまうが、これ以上口を交えられることの方がもっと嫌だった私にはもう、飲む以外の選択肢などなかった。

  虎の生み出す唾液の量は尋常ではなく、その塊ともなれば溜飲はなかなか下がらない。私は結局、この獣の得体の知れない粘液を口の端からこぼして咽せた。

  「ぷはぁぁっ!!!ぅげほっ!ごほっ!!……っはぁ、はぁっ…はぁっ…!」

  「あーあーこぼしやがって……まあいい、最初くらい見逃してやるか。次も最後はちゃんと飲ませるからな、喉広げる練習でもしとけよ」

  「つ、次も……!?」

  「当たり前だ。次またこぼしたら…何するか分からねぇからな」

  虎は私の首を締め付けながら言い放った。その威圧感に、覇気に、一瞬で分からせられる。

  ああ、本当に次は無いのだと。

  しかしこんなものが何度もできる気がしないのは、私でも分かっていた。今この時でさえ不可能だったというのに、また同じようなことをさせられてもこなせるはずがない。

  汚い他者の涎など、誰が好んで飲むものか…!

  苦味の残る口内を我慢しながら舐め、存分に塗りたくられた虎の唾液を掃除しながら私は眼差しを向ける。虎はそれを全く気にも止めずに跳ね返し、私から離れた。

  「少し経ったら戻って再開するから、それまでキスの感覚忘れんじゃねぇぞ」

  「く……」

  「ああそれとアンタ、キスしてる間何回もイってんの気づいてたか?俺が少し先っちょ撫でるだけでビュービュー出してたぜ」

  「………はっ?」

  虎が私の口を塞ぐ姿勢から立ち上がり、私の体全体が見えるようになる。その言葉と同時に目の当たりにした光景に、私は戦慄した。

  そこには、なおも屹立を続けている私の男根があったのだ。そしてそれを覆う白濁と、さらにその周りを汚す白い斑点模様がいくつも点在していた。

  それは陰毛の生えている範囲を軽々と越え、灰色の毛となった太ももの部分、さらには膝までも広がっている。まだ熱を持つその液体は、私の体を覆う毛皮を雄臭く湿らせていた。

  「こ……こんなに…!?」

  「驚くことはねぇ、ちゃんと精力が上がってる証拠だよ。しかもたった一回でここまでとはな……ますますこれからが楽しみだぜ」

  「なっ、おい、待て!!」

  途方に暮れる私には目もくれず、虎はとすとすと足跡を立てながらこの部屋を出ていく。汚れた手を軽く振り払うたびに飛び散る液体が私の体に降りかかった。

  すぐに訪れた静寂の中で私はこの現状を整理しようとするが…考えても考えてもまとまるはずがない。

  獣となった鼻は辺りに漂う匂いを敏感に察知するようになり、精液特有の刺激臭がより一層脳に響く。人間では考えられないほどの情報量を得るようになり、自分が獣人となってしまったのだと嫌でも自覚してしまう。

  どれだけ時間が経ったとしても、部屋の中に残された私の精液の匂いが消えることはない。少しでも息を吸えば、それに反応した脳があの衝撃と快感を蘇らせる。

  体を歪められた痛みから解放されたと思えばいきなり接吻され、雄の獣に唾液を飲まされ、射精までさせられた私はあらゆる意味で限界を超えていた。

  これまでの行為は全て、初対面で行うものではないのだ。それでいてなすすべもなく受け入れることしかできなかった私は、その意味を地獄にいるせいだからと強引に理解しようとする。

  だが、理解しようとするたびに気持ち悪さが増すのは必然的だった。だって私はあの虎に口の中を存分に舐め回されて、体を触られて、感じてしまって、射精して。

  挙句の果てに、汚らしいはずの唾液まで飲んで。

  地獄の怪物に完全な雌雄があるのかは分からない。そもそもアイツを男として捉えていいのかも不明だ。

  でもあの言い草からすれば確実に私は雄の獣と…同じ性を持つ者と口を交えた…ことに………?

  「…う゛ぷっ………お゛ぇぇ゛っ……ごふっ……げぼッ……!!」

  途端に、私を繋ぎ止めていた生理的な防衛機能が崩壊した。存在するのかどうかも分からない胃液のような何かが逆流し、口から吐瀉物をこぼしていく。

  拷問の訓練であっても、こんなものは想像したこともなかった。死んだ方がマシだと思えるほど痛々しい経験をも耐え抜いてきたはずなのに…私は耐えることができなかったのだ。

  だが何度吐いたとしても、幾度となく飲まされた奴の唾液は私の喉や腹の中に残り続け、悪寒と吐き気から解放してはくれなかった。

  舌に残る苦い液体の味を噛み締めながら、私は気づかないうちに再び意識を手放していた。

  [newpage]

  目が覚めてからも、その光景は変わらなかった。

  信じられない、という言葉すらも出ない。あまりにも常軌を逸しているその量は、私が人間ではなくなったということをひしひしと感じさせる。

  「本当に私が…やったのか……?」

  気絶してからどれほど時間が経ったのかは分からないが、少なくとも気持ち悪さは改善したように思える。私の足のあちこちに付着している白濁を見なければの話だが…

  思考はこのような悲壮感に陥っていても、体の一部分は全く変わらずにいる。虎にさんざん扱かれておきながら、まだそれを吐き出し足りないと膨らんでいる私の雄の象徴だ。

  興奮も性欲も無いというのに、鈴口からとめどなく溢れる透明な液体。それは私が触らずとも亀頭全体に流れ落ち、長さも太さも増した竿を伝う。

  ミミズのように浮き出た血管は生々しく、正直言って直視できない。人間では考えられないそのさまを見ていることしかできなかった私は、再び恐怖に呑まれていた。

  だというのに、臍の下に刻まれた淫紋から発される快楽が私の思考を鈍らせてしまう。じわじわと広がる微弱な電流のように弱々しく、だが確実に全身を巡り、精神と思考が悦楽を求め始める。

  虎が去ってからそこまで経っていないのに体は再び熱を帯び、汗も滲み出てしまう。流れ出す水分に伴って、必然的に射精欲求もぶり返してくる。

  しかもそれは、今まで経験したことのないほど強いものだった。若かった頃でさえもここまで興奮したことはなかったはずだ。

  下を見れば、なおも液体を垂らし続けながらビクビクと無意識に動く肉棒が見える。別の生き物のように、私の意識下に置くこともできずにそれは膨脹していた。

  性欲などこれっぽっちもなかったはずなのに、目の前に女がいるわけでもないのに。抗えぬ欲がふつふつと沸き上がるのを、どうしても感じずにはいられなかった。

  「うう……くそ…!」

  せめて、この手さえ自由であれば……

  たった一回でもその皮を上下に動かせば、私はこの悩ましい疼きから解放されるのに。だが、必死に両手を動かしてもガチャガチャと無機質な音が響くだけで何も起こらない。

  ハッハッと犬のように息が上がる。下腹部に広がるむず痒さが、私の理性を少しずつ削り取っていく。

  抜きたい……早く、この獣となった手のひらでこの極太の肉棒を扱いてやりたい……!

  そうすればきっと……!

  ……ダメだ、歯を食いしばれ!

  これでは淫乱極まりない売女と同類だ!!

  ここで無様に射精するなど、私の中にある男としての矜持が許さなかった。こんな淫らなことをされても、むざむざと負ける訳にはいかないのだ。絶対に…!

  私はどんな苦境にも耐え、乗り越えてきた。何度も死と隣り合わせで生き抜いてきた私が、こんな下卑たことで屈するわけにはいかないのだ…!

  やることがないのなら、せめてでもマシになるような行動を取ればいい。それが私の生きてきた世界の中で最も通用する方法でもあったのだから。

  だから私は、全身の力を込めて抗った。手を握って爪を手のひらに食い込ませ、舌を噛み切らんとする勢いで自身の獣たる牙を突き立てる。

  そうして与えられる僅かな痛みでも、苛まれていた快感を忘れることができていた。思った以上に微弱であることが功を奏したのだろう、これでしばらくは耐えられそうだ。

  あの痛みに関する推測をいくつか立ててみるも、今はそれよりもこの疼きに耐えることを優先した。

  耐えてみろと言われたならば、とことん抗ってやる。私の心は簡単には屈しないと強く誓い、目を閉じて痛覚のみを感じることだけに集中していた。

  ───

  どれほどの時間が経ったかは全く分からない。状況整理も、この淫紋についても全く考えることもできないままだ。

  だがそれでも、なんとかあの快感を忘れることを維持し、保ち続けることが出来そうな気がした時。

  また、扉の開く音がした。

  「…!」

  ひたひたと小さな足音が聞こえる。

  あの虎が戻ってきたらしい。目を開けると、出て行った時と全く変わらぬ格好のまま再び私の方へ歩いてくるのが見える。

  反射的に後ずさろうとするが、鎖に繋がれたままでは数センチしか動くことが出来ない。

  下卑た虎の目つきが、私を捉えていた。

  「一回も出さなかったのか?足でも使って扱いてるかと思ったんだがな」

  触らずに射精するだと?何を馬鹿なことを。

  こっちはお前のせいで吐いたというのに。

  だが私も単純ではない。怒りの矛先を虎に向ければどうなるかは分かっていたために、この気持ちをさらなる痛みを与えるための原動力とした。

  歯軋りをし、奴の言葉に惑わされないよう冷静を保とうとする。

  「しっかしよくここまで耐えられてるのは大したもんだと言いたいが…やっぱり体は正直だな」

  「何を…」

  「痛みを我慢することにばかり集中し過ぎて、他で起きてることに気づいてねぇんだよ」

  虎が指さす方向に、私の視線が移ろうとしてしまう。奴の放った言葉の真意を、恐ろしくも知りたかったからだろう。

  同時に私は、唯一床と接触していた尻と太ももの裏に感じる冷たい感覚に背筋を強ばらせる。緊張から解放され感覚が戻り始めていたおかげで、小さな水溜まりのように範囲を広げていたことも分かった。

  汗…?確かに興奮と射精欲求の影響で滲んではいたが、ここまで滴り落ちるものか?

  それなら今の私は脱水していてもおかしくない量だ。

  しかし、もしそうでないとしたら……?

  頭の中をよぎるのはたった一つの仮説。それは私が直視したくない事実であるのに、それ以外に考えられない。

  恐る恐る、視界に入れなかった方へと頭が下がる。私のソレが屹立していることは、目を閉じる前から分かっていた。

  だとしても…だとしてもだ。まさか、そんなことが起こってもいいのか…?

  しかし、私の信じたくない仮説は見事に的を得ることとなる。

  ありえないほどの量の粘液に塗れた、自身の肉棒を目撃することで。

  「な………なっ…!?」

  「俺の淫紋が十分浸透してきてるようで安心したぜ。ずうっと我慢してたんだろうなぁ、今にも暴発しそうじゃねぇか」

  真っ直ぐ上を向くソレから、信じられないほどの先走りが溢れ出していたのだ。それはまるで、止まるということを忘れた蛇口のようだった。

  今こうして私が見ている間にも、とろとろと間欠泉のように透明な液体を押し出している。

  私の肉棒の周りには行く筋もの道のようなものが生まれており、そこを伝って収まり切らない粘液が下へと向かっていた。行き先を追えば、すっかりびしょ濡れになった私の陰毛が姿を表す。

  ぺたりと潰れた有様を見れば、そこはもう吸収できる水分の量を超えていたとすぐに判断できてしまった。

  ならば、残る行き先は多くない。陰毛よりもさらに下、太ももを超えて流れる液体の最終地点は……床である。

  今私が感じている冷たさは、汗ではない。

  私の中で生成された、雄汁だった。

  「………ッ…!」

  体中を駆け巡る悪寒。起きていいはずがない事態を目の当たりにした時、人は驚くことも、声すらも出せなくなることを身をもって知った。

  これが私の体から生み出されたものであるならば、とうに脱水して意識を失ってもおかしくはない。それだけのエネルギーがどこで生み出されているのかと考えても…たった一つしか思い当たらない。

  「くく…精力がどんどん増してるのが伝わってくるぜ。威勢張っててもこんだけガマン汁垂れ流してちゃあ、コッチは限界なんだろうな?」

  虎の裸体が近づき、大きな手が伸びてくる。その手が向かう先は、私にはもう分かっていた。

  「っ!やめろ…やめてくれ!!今それをされたら私は!」

  「あー?イきたいって思ってたのはどこのどいつだよ。お前の思考を読まなくたって、目の前にあるもんが代弁してるじゃねぇか」

  「あ、ああ……やめろ…!!」

  射精をすることがこんなにも怖いと思うのは初めてだった。今してしまったら、私は壊れてしまうかもしれない。

  そう思わざるを得ないほどに、恐怖していた。

  だがその間にも淫紋から発せられる快感が全身を覆い、興奮と熱で思考を奪われてゆく。

  我慢できない、解放されたい、やっと来てくれた。そんな甘い誘惑に脳が蕩け、力が抜ける。

  「これだけの量を出しときながら性欲に飲まれずに我慢できるアンタの集中力は凄いと認めざるを得ねぇが……ここじゃあ無意味だぜ」

  だから諦めろ、アンタに逃げ道はない。

  ぼやけた視界に移る虎が、そう続けて言ったような気がした。だが私にはもう、朧げな言葉を再確認する気力など無かった。

  ただ一つ見えたのは、私の体から伸びる棒に向かう手のひらだけ。それは膨らんだ私の肉棒を…思いっきり掴んだ。

  「──あ゛゛ッッッ!!!!!」

  朧げだった意識が、強制的に呼び戻される。

  自分が発したとは思えないほど濁った大声が頭に響き、直後に襲いかかるのは津波の如き快感。雷に打たれて感電したかのように体をのけ反らせ、嵌められた手錠に全体重のかかった手首が激しく痛む。

  だがその痛みも一瞬で消え失せ、強すぎる快衝動に再び飲み込まれた。思考も視界も白け、何が起きたのかを理解する時間も体力も瞬時に奪われていく。

  「あっ、あ゛っ!!!はぁっ…ん゛ぁ!!!」

  「おーおーすげぇや、一回動かすだけでどんどん出てきやがる」

  私の男根を掴む手が移動するたびに全身を衝撃が駆け巡り、情けない声を漏らしてしまう。それは快感によって無理矢理絞り出された声であり、制御することなど不可能に近かった。

  誰であろうと、性欲には勝てるはずがない。

  そう思わされてもおかしくないほどの衝撃を与えられた私は、しばらくの間言葉すらも発することが出来ずにいた。

  「ま、あんなに溜めてちゃ無理もないか。ほら、これで目ぇ覚ませ」

  虎の言葉の意味を知るよりも先に、奴に掴まれていた私の男根の向きが変わったことを感じた。そのまま再び扱かれ、またもや途方もない悦楽に悶えるしかなくなってしまう。

  即座に、私の顔に何か温かいものが付いた。信じたくもない今の状況を考えまいと、無意識に射精の快感に身を委ねようとしてしまっていた。

  「う゛ッ、はぁっ……ぐうぅぅう〜〜〜〜っ…!」

  「さぞかし気持ちいいだろうな。淫紋は感度だけじゃねぇ、快感の大きさも増幅させるんだ。もっと出しちまえよ、その方が楽だろ?」

  誘惑の言葉が響く。無理矢理引き上げられたのにも関わらず、私の精を全て搾り取ろうとしてくる。

  これが淫魔……淫乱の権化。

  屈したくない、従いたくない。なのに、抗えない…!

  淫紋のせいでどんどん肥大化した快感に押し負けた私は、自信の体に何度も精液をばら撒いた。

  ぱたぱたと獣となった体に付着する白濁は毛皮や筋肉を汚していく。信じられないような濃さと粘度を誇る私の精液は、垂れ落ちる気配が全く感じられない。

  付着した熱い白濁から生まれる雄臭い匂いが一気に鼻先に充満し、頭の中が嫌悪感でいっぱいになる。矛先を向けたのは虎だが、あっけなく出してしまったのは私自身だ。

  その事実が…さらに私を苦しめていく。

  「いい斑点模様だな、お似合いだぜ」

  「う、うるさい……!」

  「へぇ、この有様を見ても反抗する気か?まぁいい、勝手に言ってろ」

  「いや、ちがっ……がぁっ!!」

  あまりにも汚らしい自分の姿に激しい羞恥心を覚えていた私は、虎の言葉に意図せず口答えしてしまう。だが気づいた時には遅く、数秒もしないうちに快感すら消し去るほどの痛みに襲われた。

  先ほどの快感が恋しいというわけでは全くない。しかし、痛みと悦楽という両極端の感覚しか選ぶ権利がないのだ。

  それも、強制的に。

  屹立した男根を暴れさせながら、私は体を捻る動きだけで痛みを紛らわせようとする。しかしそんなことをしても激しくなる一方で、またもや顔を虎に掴まれ固定された。

  「続きだ、存分に舐め回してやるから安心しとけ」

  嫌だ…また始まってしまう、あの忌まわしき時間が…!

  拒絶反応から無意識に震え上がってしまう体を虎のゴツい手に押さえられ、遠ざけようとした口を強く掴まれる。

  「や、やへ……んぐ……!」

  『抵抗は無駄だと言ったはずだ。自分の置かれてる状況を弁えろ』

  語りかけてくる言葉と、激しく痛みだす下腹部。どっちに神経を向ければ良いのか判断が遅れ、塞いでいたはずの口も結局こじ開けられてしまった。

  再び始まる、吐き気が込み上げるほどの口虐。2回目とはいえまだ慣れることのできない粘液の交換を行われ、私の精神が少しずつ削り取られていく。

  「んちゅ……ぐちゅっ、むぐ……」

  『口だけでもイけるよう、じっくり時間をかけて罰してやるよ』

  「ぐぅ………んぅう………」

  痛み、快感、興奮、欲情……ありとあらゆる感情に押し潰され、力すら入ることのないまま接吻は続く。

  中でも、生ぬるい唾液の感触がひときわ鮮烈に衝撃を与えていた。推測にはなるが、快感を感じやすくなった体が既に覚えてしまったのだろう。

  意思がハッキリしているのに逆らえないのも、きっと本能が徐々に従ってしまっているに違いない。

  ならば、抗うことなどできるはずもなかった。

  そうして私はまた、淫魔である虎からの施しを受ける。休むことなく口を侵され、肉棒を扱かれ、体を触られ…射精し続けた。

  尿道から駆け巡った精液が放出されるたび、私の頭はスパークする。先ほど感じた爆発のような快感が全身を包み込むだけでなく、そのまま残り続けるのだ。その状態を維持しながら接吻でも感じてしまい、再び高められた精力が私の体に働きかけ、無意識に射精を繰り返してしまう。

  気持ち良くないといえば真っ赤な嘘になる。しかしこんなこと、経験も少ない私にとっては苦しみ以外の何物でもなかった。

  意識も強制的に覚醒され続け、接吻の感触を嫌というほど覚えさせられる。抵抗すれば突き刺されたような激しい腹痛に見舞われ、力を抜かざるを得ない。

  これが地獄。これが…淫罰の刑。

  一体いつまで続くのか、もしかしたらこのままずっと終わらないのではないかという恐怖。しかしそれも、快感の波に攫われて消えていく。

  逆らおうとする意思を挽き臼で粉々にするかのような虎の覇気に…敗北しかけていた。

  だが、私の体にも少しずつ変化は起きていた。どれほどだったかも分からないほどの時間を経て、吐き気すら覚えていたはずのあの気持ち悪さが、少しずつ、少しずつ……確かな快感に変わっていたことに。

  私はまだそれを、自覚していなかった。

  [newpage]

  どれほど経ったか分からないほどの時間が過ぎたような気分になった。数時間、一日…いや、下手をしたらそれ以上かもしれない。

  その中で私は、身動きを取ることもできずにただただ淫魔に辱められていた。

  射精するたびに駆け巡る快感の大きさは強くなっていく。精液の出る量もどんどん増え、睾丸が酷く痛むことはほぼなくなった。

  その代わり、虎は様々な手段を使って私の体を責め立てるようになっていった。肉棒だけではなく頭を撫でられたり、胸を触られたり、逆にどこも触らず接吻のみを施され……

  味わったことのない快楽も、最初の頃は苦痛にしかならなかったはずだったのに。それは次第に私の心と体に刻み込まれ、新たな快感として認識されていった。

  これ以上強くなってしまったらおかしくなってしまうのではないかと何度も恐れたが、私の体が負けることはなかったのだ。今ではもうほとんど慣れてしまっているのがその証拠だろう。

  しかし私にとっては、それが何よりも恐ろしかった。

  地獄にいるが故に死ぬことはない。死ななければ、慣れてしまう。

  そして慣れてしまえば、耐えることも容易になっていくだろう。

  だが…慣れというものは、気付かぬうちに自らを崩壊させる。その異変すらも、いつしか当たり前だと勝手に思い込んでしまう。

  生前、何度も聞いた教訓だった。

  私の半生を染めたあの光景が脳裏に浮かぶ。鮮烈に覚えていながら思い出すことのなかった記憶が、あまりにも鮮明にフラッシュバックしたその時。

  「…ぷはぁっ!……はぁ、はぁっ……え…?」

  塞がれた口が解放され、反動で思いっきり息を吸い込む。その空気は必ずしも綺麗とは言えないものであったが、何が起こったのか分からない私に向かって虎は言い放った。

  「一旦中止にするぞ」

  「……はっ?な、なぜ急に…!」

  「んだよ、続けてほしかったか?」

  「い、いや違う…!別にそのつもりで言った訳ではない…信じてくれ……」

  言葉に気をつけなければすぐに再開される。そのことを恐れた私は憔悴しきった様子であることを全面に押し出し、これ以上続けてほしくない素振りを見せた。

  微々たる効果を生んでくれたのか、虎は跨っていた私の体から離れていってくれた。熱さと気持ち悪さが徐々に消えていき、この中に漂うただの空気でさえも冷たく感じる。

  だが、やっとの思いで開けた私の視界には…目を背けたくなるような光景が広がっていた。

  「…こんなに……出したのか…」

  「何回出しただろうなぁ。俺も途中から数えるのをやめたからな」

  力無く開かれた私の両足、そのほとんどを覆い隠すように点在する白の液体。それらは全て、私が出したものに他ならない。まだ微かに熱を持ち、ベタついた感覚が毛皮の上からでも分かる。

  だが、これで終わりではなかった。それよりもさらに外側、つまり床のありとあらゆる場所へと飛び散っていたのだ。どこを見渡しても、必ずどこかに白く濁った模様がある。

  今になって気づいたが、この独房のような部屋もそこまで狭くはない。大柄な虎と寝そべったままの私がいてもなお、同じ獣人と呼べる体格の人物は3人まで余裕で入りそうな広さだ。

  かなり距離が離れているにも関わらず、壁にまで確実に精液が飛んでいるのである。

  この惨状を見てしまえばもう、私の精力は途方もなく強まってしまったのだと見せつけられているようなものだった。淫紋を施され、接吻をされながら扱かれただけで、こんな有様だ。

  まだ刑期が終わるはずもない。だとすれば、私はこれからどうなっていくのか。

  それすらも考える気力は、皆無に等しかった。

  「驚かないのか?」

  「ここまでされて驚く方が不自然だろう……」

  「ふーん、やっぱ慣れてんのな」

  唯一慣れていないとすれば、この部屋を満たす独特の刺激臭ぐらいだ。これもまた私から放出された精液の匂いなのだろうが、見渡す限りの量があればキツさもまた違ってくる。

  その匂いは、接吻されている時でさえも気になってしまうほど濃度を増していたのだ。獣の鼻が鋭敏とはいえ、ここまでとは思いもしなかった。

  そのせいで匂いが鼻の隅々まで広がってしまい、記憶したくもない情報を覚えさせれてしまっている。乾いて気化した精液の匂いが特にキツく、不潔さも相まって本当に辛かった。

  「飲み込みが早いのは死んでるが故のお決まりだな。以前の奴らもみんなそうだった。ここで何されようが、耐えればまた生き返ることができるってな」

  これまでの一方的な会話とは違い、奴はこの時初めて真面目な話をしたような気がした。淫魔と話すなんて変な話かもしれないが、言葉が通じないやつよりかはマシなのだろうか。

  とはいえ、私も少なからず同じような考えで耐えていたのも事実。こんなにも気の狂うような罰を受けたとしても、死ぬこともないのだろうとどこかで達観していた。

  どちらにせよ、私に残された選択肢は一つしかないのだ。罰を受けるという、茨の一本道しか。

  「過去にも…いたのか」

  「いるに決まってんだろ。受け付けるのは1人だけだが、定期的に執行しなきゃいけねぇの」

  「定期的…?ここに時間の概念があるのか?」

  「あって欲しいか?アンタがちゃんと言いなりになってくれれば、朝と夜の区別が付けられるようにしてもいいんだぜ」

  私はその言葉に黙り込んでしまう。時間という概念がないだけで、どれほど感覚が狂わされたか分からない。せめて朝と夜の周期だけでも分かれば、休息の心構えもできると思っていた。

  だがなぜ今になって…?[[rb:揶揄 > からか]]っているのだとしても、そんなことを易々とするとは到底思えない。

  「アンタ、意外と見込みがあるんだよ。普通だったらこの時点で腐ったアホみたいな面しちまうのに、まだまだ余裕そうだからさ」

  「そんなこと言っておきながら、まだ私を貶めるつもりなのだろう…!」

  「それだよそれそれ。俺のキスであっけなく射精しておきながら威勢を張れるその態度…アンタにしかできねぇ芸当だよ。さすがは軍の最高幹部サンってか?」

  「なっ……!」

  私の背筋に一筋の悪寒が走る。唐突に聞かされたその言葉に反応しようとするも、一瞬で間合いを詰め寄られた私は反射的に言葉を引っ込めてしまった。

  そうして虎はまた恍惚な表情を浮かべながら、油断して力の抜けた私の腹を撫でる。刻まれた淫紋を一筆書きでなぞられ、それに伴って微弱な電流のように悦楽が広がっていく。

  「捕まっても大事な機密情報を漏らさないように拷問の訓練でもしてるかもしれないが、こんなコトまでは想定外だろうからなぁ……」

  「くッ……うっ、あぁ…ッ!…やめろっ、触るな!穢れた悪魔め!!」

  刑罰が始まってから数日とも言える体感時間の中で、初めて私個人のことを言われた衝撃は大きすぎた。焦りもあった私は足で虎の腕を蹴り飛ばし、咄嗟に暴言を吐いてしまう。

  だが、気づいた時にはもう遅かった。

  「あ?誰が……穢れた悪魔だって?」

  みるみるうちに、虎の眉間にいく筋もの影が生まれていく。普段とは全く違う気配に全身の細胞が震え上がり、強者と弱者の区別を私自らが感じ取ってしまう。

  竦み上がった思考回路が導き出したのは、これから起こることを避ける手段は無いという判断だった。

  「まだまだ教えてやらねぇといけないらしいな……逆らったらどうなるかってことを、な゛ァ!!」

  「──ひぎぁ゛ッッ!!!?」

  突然、私の鳩尾に衝撃と激痛が走る。込み上げる吐き気と共に口から唾液が漏れ、あまりの出来事に体が屈曲してしまう。男根を挟むように太ももを寄せ、ガチャガチャと手錠が揺れる。

  虎の足が勢いよく私の体に突き刺さったと知ったのは、涙目で上を見上げた時だった。身構える隙も与えられず、完璧な不意打ちを喰らっていたようだ。

  下手に殴られるよりも急所を狙われたことによるダメージは言うまでもなく大きい。だが私が感じた痛みの部類は、通常とは全く異なる性質を孕んでいた。

  それは、痛みであると同時に快感でもあったのだ。

  痛覚が働いたと思えば今度は快楽物質が急速に全身を包み込み、鳩尾よりも下の方に熱が篭る。両極端の感覚に頭がパンクしかけ、常識では考えられない刺激に襲われていた。

  込み上げる力は下腹部に集中し、慣れたはずだった快楽が稲妻のようにズドンと轟く。

  それはまるで……

  「ぐ、はぁっ……んはぁっ、はぁっ…」

  「へっ、とんだ変態野郎だな。踏まれただけでイってんじゃねぇか」

  「う、嘘だ…!そんなこと……!」

  だが私は…本当に虎に腹を踏まれただけで射精していた。

  踏まれた瞬間、勃起した自身の男根内部にある尿道から駆け巡るそれを感じてしまっていた。分かっていたのに、止めることができなかった。

  無論、それは抑えることなどできないほど強大な快感だったからに他ならない。淫紋により高められた感度はいつの間にか全身にまで侵食し、痛みすらも快楽にすり替えるほどの威力を発揮していた。

  いくら慣れたとはいえ、強大な痛みと直結した快楽は想像の非ではない。殴られながらも射精を行おうとしていたのが自らの体という状況が、何よりも憎らしかった。

  信じたくない事実に震える私をよそに、怒りを露わにする虎は続けざまに言い放つ。

  「おい、身構えてんじゃねぇぞ。『のけ反れ』」

  「!?なっ、あっ、ああ…!!」

  虎の言葉に、私の体は従ってしまう。痛みを堪えるために曲げていた膝が徐々に伸び始め、足首を何者かに積まれて引っ張られているかの如く下半身の自由が効かなくなった。

  どんなに力を込めても勝てない。引きずられるように足が伸ばされ、私は無防備に体の前面を曝け出してしまう。

  腹を蹴ってくださいと言わんばかりに前面を真上に差し出す形となり、その後もなすすべもなく蹴りを喰らわされ続けていた。

  「アンタは罪人、罰を受けるべき存在!俺に歯向かうことなんざ到底許されねぇんだよ!!!」

  「あ゛っ、がっ、ぐがっ!!ぎぁッ…やっ、やめっ…!」

  「あァ゛!?逆らうなって何度言っても分からねぇ奴にはこうでもしないと大人しくならないんでなぁ!死ぬこたぁねぇんだから黙って受け入れろッ!!」

  「がぁ゛!あっ、あ゛ァアっ!!」

  何度も何度も、踏み潰された。私の下腹部に浮かび上がる淫紋めがけて、躊躇すらすることもなく。

  虎の足裏に生えた肉球は硬く、裸足だというのに本物の靴で与えられている痛みと同等だった。獣人となり分厚くなった私の皮膚へめり込むたびに意識が飛びかけ、視界が白く弾ける。

  すぐに謝れば終わってくれたのだろうかと、激痛の渦の中で私は思った。実際はそんなことをする暇もなく蹴られ始めたのだが、初めの頃だったならば叶っていたかもしれないとわずかな希望を抱く。

  だが今はもう、そんなことを思っても実現しないことなど分かりきっていた。抱いた希望を粉々に打ち砕くように虎の踵は下腹部にめり込み、感度の上がった体から痛覚と快感の混ぜ込まれたぐちゃぐちゃな感覚を私の心に刻み込ませていく。

  さらに加わるのは、忌々しい内側からの痛み。それは私が反抗の意を示した際に起こる、治ることのない強烈な刺激が下腹部を襲う。

  この時だけは、快感よりも痛みの方が完全に勝っていた。痛みよりも作用の強いはずの快楽物質を送る機能よりも先に痛覚がそれをシャットアウトし、心地良さなど微塵も感じさせない。

  私は涙を浮かべて謝罪を言おうとするが、逆流した胃液が口の中に溜まって喋ることすらできなかった。

  「オラオラさっきの威勢はどうしたぁ!!まさかこんなんで泣くような男じゃねえよなぁ、大将官サマってのは!!?」

  「なっ…なぜっ……お前がそれを…ひあ゛ッ!!」

  「罪人のことを知ってるのは当然だろ!それとも俺が何も知らずにここにいるとでも思ったか?あ゛ぁ゛!!?」

  虎の怒鳴り声が響き渡る。その声と同じタイミングで私の体を何度も乱暴に踏みつけ、鳩尾や脇腹、そして下腹部など様々な部位に痛みと衝撃が駆け巡っていく。

  だが、体が変形したあの時よりかはマシだったかもしれない。外から与えられている分、心だけでも身構えることはできていたからだ。

  しかし今は、全く異なる一つの事象が私を苦しめていた。奴に暴力を与えられるたびに、私の男根はビキビキと膨張し簡単に精液を放ってしまうのだ。

  縦横無尽に暴れ回るそれは激しく白濁を撒き散らし、私の体や顔、それ以外にも虎の足や部屋中にまでも飛び散っていく。

  これが何を意味するかなど、語るに足らない。だがそれを、私は身をもって教えこまれてしまうことが屈辱でならなかった。

  扱いてもいない、興奮などするはずもない。だというのに、私の肉棒は嬉しそうに白濁を放出している光景が私の目に焼き付き、それだけで自尊心がボロボロと剥がれ落ちていく感覚がした。

  それでも未だ止むことのない虎からの攻撃。足を上げたその一瞬で息を吸い、次の痛みと快感に身構える。

  1秒にも満たないこの時間が、私の意識を繋ぎ止めるための時間だった。

  だがそれももう、限界に近い。吸った反動で肺と胃がキリリと酷く痛み、これ以上吸い込めば今度は肺が破裂してしまうのでは無いかと思ってしまう。

  次第に薄暗くなっていく視界の中で、私は気絶できることに安堵していた。

  あわよくば射精の快感が、この痛みをかき消してくれたらと思いながら。

  [newpage]

  唐突に脳内に映し出される短い記憶。

  後頭部を撃ち抜いたあの瞬間。

  飛び散る火花、薬莢の匂い、鮮血。

  脳裏にはっきりと焼きついているのは、断末魔も上げずにゆっくりと倒れる老齢の男。

  私は、尽くしたはずだった。

  あいつとの約束のために、これからの世のために。

  そのためなら、裏切り者として死ぬことも厭わなかった。

  たとえ…地獄に堕ちると知っていたとしても。

  [newpage]

  「……がひッ!?」

  暗闇へ遡っていた私の意識は、そこで唐突な目覚めを遂げる。虎からの強い一撃が顔へと決まり、その衝撃で無理やり起こされたようだった。

  気づけば、私を見下ろすあの虎の顔があった。

  「おい、おねんねする時間じゃねぇぞ。俺はアンタを試すためにここに来たんだからな」

  「た、試すだと…?」

  「ちゃんとキスが出来てるようになってるかだ。本当はもっと教え込んでからやるつもりだったが…逆らった罰として繰り上げて行ってやる」

  頭は未だ霞がかったように朧げで、状況もよく分からないまま手だけが持ち上げられる感覚がする。訳も分からぬまま私の目線は高くなっていき、目の前にいる虎の体を下からなぞるような視線が続く。

  やがて同じ目線の高さまでになった時、私の身長は虎には及ばないことを知った。つま先が届くか届かないかの瀬戸際にあり、どうやっても下半身に力が入る姿勢ではない。

  蹴られた部分の痛みも消えつつあった私は体勢を立て直そうとするが、ほぼ浮いているような状態にある足が空を切るだけだった。

  「さんざん教え込んでやったんだ、俺の弱い所ぐらいもう分かんだろ?」

  「そんなもの……考えたこともない…!」

  朦朧とした意識の中で答える。だが、そんな私の抵抗など鼻で笑うように虎は返す。

  「つべこべ言わずにやるんだよ。逆らったらいくらでも刑期は伸ばせるんだからな」

  「ぐぅ……!」

  虎の凄む勢いに気圧されそうになる。いつもように私に向けてくる軽蔑したような態度ではなく、罪人である私をゴミ同然と見做しているような目つきと口調。

  こんな奴らなど、私が生きている時も山ほどいたはずなのに。それに対しても萎縮することなく生きてきたというのに。

  なぜかこの虎に対抗する意思が、どうしても湧かなかった。

  ここは死後の世界、死んでも大したことにはならないはずだ。だがこれだけのことをされてはもう、逆らったら何をされるか分からない。それだけで私の心は、震え上がるようになってしまっていた。

  この淫魔と呼ぶ奴の本当の姿を知らない限り、疑念は永遠に消え去ることはないのかもしれない。

  「早くしろ。また痛みに苦しみたいか?」

  「…う、ぐ………!」

  どこからともなく生まれたツンと刺すような痛みが、私の痛覚に反応する。虎の言うように、途方もない時間の中で感じた痛みと快感の渦の中で拒否反応がすっかり出来上がってしまっていたのだ。

  嫌な思いをしたくないのなら、言う通りにするしか道はない……

  これ以上痛みを与えられることの方に恐怖を覚えてしまっていた私は、言われるままに口を近づけてしまう。虎の体から香る雄の匂いは鼻を逸らしたくなるほど強く、私を散々苦しめた唾液が糸を引く虎の口。

  淫乱極まりないこの悪魔に向かって私は…自分から口を塞いでしまった。

  『へへ、ついに自分から近づいてきちまったなぁ』

  「ぐ……ふぅっ、んふッ…」

  『恥ずかしがってる暇なんてねぇぞ、続けろ』

  羞恥心でキリキリと締め付けられる心に、冷たい虎の言葉が突き刺さる。

  終わりの見えなかったあの時間の中で、私は全く何もできなかった訳ではない。強制的に保ち続けられた意識のおかげで、この虎が何度か体を反応させることがあったことを認知していくようになった。

  それは決まって同じような部分を私の舌が撫でた時に起こり、強く擦ればその反応は大きくなっていた。その反応に何度か気づいていた私は、嫌でもその部分を覚えざるを得なかったのだ。

  吐き気のするほど覚え込まされた情報が、ようやく使い物になる時が来たのだと私は覚悟を決めた。

  「じゅる…んんっ……うっ、うう…」

  『なかなか上手ぇ舌使いになったじゃねぇか。俺の弱点も覚えてくれているようだし、ちっとは成長したな』

  「ん…ぐぅ……!」

  虎の言葉が私の頭に響く。成長したのは、全く何の役にも立たない淫らなことだけだ。

  こんなことをして何が楽しいのか理解すらできない。したくもない。

  なのに…私の体はこの接吻に、酷く興奮してしまっていた。口元から広がる心地よい快感が全身を流れ、下半身の力がどんどん抜けてしまう。

  屈しているという紛れもない事実を突きつけられながら抵抗している私が、ひどく馬鹿馬鹿しく思えてくる。

  だがこれがあの淫紋のせいであることには違いない。そのはずなのに、それを抑えることができない私の意志の弱さに愕然とする。ぐちゅぐちゅと耳の中に反響する唾液の混ざり合う音が、気持ち悪いと判断しなくなったのもその証拠だった。

  『ほぉ、舌まで絡ませてくるとは物分かりも良くなったってもんだ……アンタも本当は気持ちいいんだろ?』

  そんなはずはない。

  私はそんなことなど考えたこともない…!!

  なのに……

  何故こんなにも心地良いと思ってしまっているのだ…?

  辛い思いから逃げるために無理矢理絡ませたはずの舌からじんわりと広がる、この途方もない幸福感は何なのだ…?

  何故私は、コイツとの接吻で体に熱を籠らせている……?

  何故、私の男根は千切れそうなほど膨張している…!?

  『誰も気持ちいいことには抗えねぇんだからよ…我慢しないでイっちまえばいいんだ。ほら、すぐそこまで来てんだろ?』

  「ぐっ……ふぅ、ふっ…うぅ………」

  虎の誘惑が頭の中でこだまするたび、全身が痺れていくような感覚に陥る。釣り上げられた体から力が抜ける代わりに、下腹部にばかり意識が向けられる。

  かと思えば、上の方で交わる虎の舌が私の口内を優しく舐め回し、その心地良さに飲み込まれていく。

  ああ……気持ちいい…

  ずっと…続けて欲しい……

  一瞬、ほんの一瞬だけ、そう考えてしまった。

  虎に命令されているわけでもないのに、あれほど気持ち悪いと嫌悪していたはずなのに。

  何故か、動かす口を止めることが出来ない。劣情に苛まれながら、舌だけが無造作に絡め取られていく。

  それでも、僅かな時間でようやく我へと帰った理性が口を離すことに貢献した。だが想像を遥かに超えた唾液の量に驚き、激しく咽せてしまう。

  「ぅげほっ!!かはっ、がほっ…!!」

  「初めての頃よりずいぶんとキスが上達したな…美味かったぜ」

  「はぁーっ、はぁっ、はぁっ…!」

  恍惚な表情を浮かべる虎に、ありったけの感情を込めて睨みつける。だがコイツはものともせず、汚れた口もとを拭いながら私に近づいてきた。

  また口を塞がれるのではと激しい拒否反応を示した私の口は真一文字になり、これ以上の侵入を防がんと力を込める。

  「そう睨むなって、合格だって言ってんだ。もうキスは十分だな」

  「……はっ…!?」

  しかし、虎の口から出た言葉は全く逆の意思だった。

  終わりと言われた直後の安心感とともに、まだ次があるのだという絶望がすぐにそれをかき消していく感覚がした。真上に挙げられた腕に力が込もり、無意識に身構えてしまう。

  

  「俺がしなくてもアンタは勝手に舌を這わすようになったってことだよ。意外と時間かかったぜ」

  その言葉に私は戦慄した。

  それは私が雄に対して接吻をすることに抵抗を無くしたということであり、同時に快楽へと少しずつ堕ちていると言っても過言ではなかったからだ。

  自分の体が雄を求めている事実を信じたくない私は、ガチャガチャと手錠を鳴らしながら暴れてしまう。

  「違う…違うッ!!私がキスなんぞに興奮などしたりするものか!!」

  「否定しても無駄ってヤツよ。俺が触らずともイくようになっちまった自分のチンポを見てから言えっての」

  「……なっ…」

  反射的にわたしは自分の首を曲げ、真下を見る。

  すると、私の膨らみ切った肉棒が上を向いたまま鈴口から白い液体を垂らしていたのが見えた。生ぬるいそれは私の腹や陰毛をことごとく濡らし、あり得ない量を放出していることが容易に想像できてしまう。

  よく見れば、それは虎の体にまでぶちまけられていた。

  先刻の自分が、無様に思えてくる。想像してしまった自分に嫌気が指すが、それでも思考は止まってくれない。

  あらぬ醜態を突きつけられ、言い返すこともできない。いくら盾ついたとしても、私の体が証拠となってしまっている以上は全て無意味だ。

  恥ずかしさで顔が熱くなってくる。今の私は、虎にとってはさぞ滑稽に写っているのだろう。

  「なあアンタ…本当は自分の体がだんだん俺を求めるようになっちまってるってコトぐらい、もう分かってるんだろ?」

  「っ……!」

  「素直に認めちまえば楽なのにまだ認めねぇ目をしやがるとは……戦いにしか能が無ぇ軍のお偉いさんは相当のカタブツなんだな」

  まただ…また私の事をコイツは口走った…!

  またもや私の過去をあっけらかんとひけらかすこの虎は何なのだ…?本当に私の全てを知っているとでも言うのか?

  いくら地獄とはいえ、他人に自分の一生を掌握されているような気分は良いなんてものではなかった。私しか知らなったことまでもを見透かされているような気がして、ひどい寒気を覚えた。

  「お前はどこまで私の事を…!」

  「っと、話はこれまでだ。次行くぞ」

  「がぅっ!?」

  次という一声が、私を震え上がらせる。だが身構えるための時間も無く、私は虎の大きな手に鼻を丸ごと掴まれてしまった。

  と思えば首がもげそうなほど力強く引き込まれ、何をされるのかを判断しようとした矢先、何かが目の前に飛び出してきた拍子で強く瞼を閉じてしまった。

  何だ…何をしている…!?

  自身の視界を塞いでから数秒間、何も起きないことに疑問を抱いた私は考えを巡らせる。相変わらず繋がれた手錠が擦れる痛みは変わらないが、それ以外に体への変化はない。

  奴は一体何をしているのかと冷静な判断を下そうと一呼吸置いたその瞬間。私の鼻の中に入り込んできた空気がツンと突き刺すような違和感を感じさせ、嗅いだことのある懐かしささえ思い起こさせた。

  だがそれは、生前では絶対に直接嗅ぐことのないモノ。それでいて男であった私にとって、強く反応せざるを得ない匂いであった。

  私の覚えている刺激とは想像し難いほど強く、ダイレクトに脳へと響いてくる。

  息が浅くなっていく。鼻の奥を塞ぎ、口だけで呼吸を繰り返すようになる。

  それは驚きや恐怖のせいでは無く、ただ目の前に漂う空気を吸いたくないがためだった。

  なぜならそれは、匂いという枠組みには入れたくもないあまりにも場違いな刺激臭。浄化されていなければならない場所であり、そこに向かって顔を近づけるなどしてはいけない場所であった。

  だが私は、ようやく自らの置かれている状況を理解した。

  ただならぬその悪臭と、両頬に感じる毛皮の感触で。

  私の顔全体が、虎の腋に挟まれて動けなくなっていたのだ。命令でもなんでもなく、ただ虎の力だけでだ。

  そう全てを悟るのと同時に、感情の昂りを抑え切れていないくぐもった虎の声が聞こえた。

  「さぁて、次は俺の匂いを覚えてもらおうか」

  [newpage]

  立ち込める熱気と湿気が、私の鼻先の毛皮を濡らす。水滴が作られてしまうほど蒸れたその空間は、地獄と形容するに相応しかったと言えよう。

  捩る私の頭は固く締め付けられ、悪臭漂うその空間から投げるすべを失っていた。

  「…た…頼む…お願いだ、離してくれ…!」

  私は声を震わせながら懇願する。一刻も早くこの場所から抜け出さなくては、身が持たないと全身が伝えていたからだ。

  だが、虎の口調は全く変わる様子もなく。むしろこの言葉を発した瞬間、締め付けが強くなった。

  「聞こえなかったか?俺の匂いを覚えるんだよ。嫌がってねぇでさっさと嗅げや」

  イ、イヤだ…!私はこんなおぞましい匂いなど覚えたくはない…!

  一回でも深呼吸してしまったら、鼻が溶けて無くなってしまうのではないかと恐怖してしまう。大袈裟に聞こえるかもしれないが、それほどまでにコイツの腋は酷い匂いを放っていた。

  しかし、言いなりにならないのなら代わりに襲ってくるのは下腹部の痛み。鞭で胃を締め付けられるような息苦しさと痛みが私を苦しめ、それを逃がすために強制的に呼吸を余儀なくされる。

  「……はっ、はぁっ、うぅっ…!」

  「いつまで我慢できるか見ものだな。そんな痛みに耐えてまで嫌うようなモンでもねぇはずなんだがなぁ…」

  「ふがっ…!?あ………やっ、やめ……!」

  気を抜かしたような口調で話しかけながらも、虎はなおもより一層強い力で私の顔を挟む。逆の手では後頭部を耳ごと掴まれ、ぐりぐりと奥深くまで押し込まれてしまう。

  舌とはまた違ったざらつき具合のそれは、汗によって濡れた奴の毛皮。奴も獣人である以上、体の隅々まで生えた皮毛にたっぷりと液体がこびりついていた。

  もしかしたら、人間のように密集している毛よりかはマシかもしれない。だが、そんな事を素直に嬉しがる余裕もあるわけではなかった。

  何度もそれに顔を押し付けられながらも、私は呼吸を極端に減らす努力をするしかなかった。せめて口に含まないようにと必死になって歯軋りを続ける。

  しかし、いくら抵抗しようとしても下腹部の痛みのせいでうまく力が入らない。そもそも私はこの虎に力で勝ったことなど一回たりともなかった。

  そんな私が、どうやってコイツに抗えるのか。

  振りほどこうと頭に力を込めるたびに、息が上がる。浅い呼吸だとしても、反射的に吸ってしまった空気は虎から発せられる饐えた雄の匂いでいっぱいだった。

  なんとか微量の空気で耐え忍ぼうとしていたものの、繰り返せばいつかは普段の呼吸量と変わらなくなってしまう。そうなる前に、少しだけでも鼻先をズラそうと奮闘していた。

  「ケケッ、イイねぇその無駄な抵抗…!一体どこから来るんだろうなぁ、いつかは振りほどけるだろうっていうその甘ったるい反骨精神はよ?」

  くそ…!どうして、なぜコイツは微動だにしない!?

  ありったけの力を使っているのに、虎はおろか、私の首すらも動かない。自分の体が石のようになってしまったかのように、ピクリとも動かなくなってしまった。

  焦れば焦るほどに呼吸も乱れ、極力吸わないようにしていた虎の腋の匂いまでもが鼻の中へと侵入してきてしまう。イヌ科となってしまった私の鼻腔はその匂いを細部に至るまで享受するよう刷り込まれ、脳内へと浸潤しては少しずつ微弱な快感へと変わり始めていた。

  少しでも息を吸えば、嗅いだことのないほど濃厚な雄の匂いに鼻が一瞬にして満たされてしまう。人間とは異なる構造をしたこの鼻は感受性が半端ではなく、インパクトの強さに涙さえ滲んでしまうほどだった。

  かといって反射的に顔を遠ざけようとすればじっとりと湿った毛皮と鼻が擦れ、蒸れた汗が鼻の穴へと侵入しかけてくる。気化直前の半液体が直接鼻へと入り込む気持ち悪さに、何度も嗚咽しかけた。

  それでも狼となってしまった私の鼻先は挟みやすいのだろう、全く離れる気配すらなかった。他人の顔を挟むだけで一瞬にして蒸れてしまうコイツの汗腺はどうかしている…!

  だというのに、接吻の時より以上になれるスピードが速くなってしまっている気がしてならない。吸えば吸うほど、我を失ってしまうような感覚を少なからず感じていた。

  マズい……これは本当にマズい…!

  どうにかして打開策を考えようとするも、頭の中に霞がかかったような気分がして考え事すらままならない。

  無論、腹の痛みも限界に近かった。慣れたと思っていたのは快感を同時に感じている時であったことをここで知る羽目になり、またしても拭えない敗北感を味わってしまう。

  必然的に思い浮かぶのは、これ以上自分が壊れていくのを防ぐために抗う意志を捨てる思考。大人しく目の前の敵に従順する態度を、頭の片隅で考え始めてしまう。

  もしこれ以上、息を吸うことを我慢したら……

  じくじくと増幅させられていく痛みがどこまで広がるのかも分からない。痛みだけで気が狂ってしまう自分の未来を考えてしまい、総毛立ってしまう。

  この後も罰は続くに決まっている。このまま同じようなことを続けても…私にはなんの得もない。

  そもそもこの地獄において得というものすらあるのかと思えてしまうが、私は針山にいるわけでもなければ叩き潰されることも、舌を抜かれることもなかった。

  この地獄に堕とされた者全員からすれば、それだけで得と言えるのではないか?

  私は既に、普通の罪人よりも相当マシな扱いを受けているのではないのか…?

  元はと言えば、私がコイツの言う通りにしないからこのような苦しみを与えられているだけなのだ。

  ならば、その逆をすれば良い。大人しく素直にしていればいいだけの話だろう。

  地獄において刑罰が変わるなんてことも、決して無いとは言い難い。もしこの後に別の刑罰を言い渡されたとして、私は耐えることができるだろうか。

  …きっと耐えられないだろう。だからこそ、どう考えても今の状況の方が良いのではないかと思えてしまってならなかった。

  「そうだ、他の地獄は大変なんだぞ?骨まで溶けちまうほど熱い釜で茹でられたり、グチャグチャになるまで金棒で叩き潰されたり、身体中を飢えた獣に食い荒らされたり…なのに死にたくても死ねねぇんだ。あんなモン、辛いの一言じゃ足りねぇよ」

  匂いを我慢している私の頭上から、諭すような話し声が聞こえた。それはまるで私の脳内を完全に分かっているかのような返事で、想像以上に優しく語りかけてくる。

  「でもどうだ?アンタはこうやって俺の匂いを嗅いでいればそれでいい。それだけしてれば、痛みも辛さもなんてことはない。他の奴らにとっちゃここは天国みたいなモンなんだぜ?」

  ああ……そうだ。私は、他の罪人よりも良い扱いを受けさせてもらっているのだ……

  「初めこそちぃとキツいかもしれねぇが、慣れてくればそのうちクセになってくるぜ。ほぅら、ココも疼いて疼いて堪らないんだろ?」

  「あ……うぁ、あぁっ…ん……」

  虎の手が、忌まわしき苦痛を与えてくる淫紋を撫でる。柔らかい肉球が私の腹に生えた毛皮をまさぐり、2本の指で男根の根元を掴まれたような感覚がした。

  その力は先刻私を踏みつけたあの馬鹿力などではなく、寝る子をあやすような優しさだった。撫でられているような感覚はすぐに全身へと広がり、力が抜けるほどの心地よさに包まれてしまう。

  虎の腋の中に深く入り込んだままの頭は重力に負け、身を預けるようにゴワゴワした毛皮に埋まる。漂う虎の雄の匂いを吸いたくてたまらない衝動を抑えていた私の理性の蓋が、ゆっくりと確実に取り払われていく。

  すん、と深く息を吸ってしまった。

  入り込むのは、純粋で濃厚な雄の匂い。脳髄まで突き刺さるほど痛烈な刺激臭なのに…いつしか心が落ち着くような感覚を私に与えてくれる。

  それはまるで、あの時の……

  戦死者を讃え、弔うために焚いた線香のような…

  この虎から香っていた悪臭が、私の心を鎮静させていた。クラクラと意識が朧げになり、抵抗するための意思が、力が、抜けていく。

  穏やかな海に揺蕩っているような心地だ。このまま身を預けていれば、私をどこか遠くへと導いてくれるのだろうかと…

  そう思えるほど、穏やかな気分だった。

  「そう…そうだ……アンタはそれでいい。素直に嗅いでくれて俺は嬉しいぜ、なぁ…?」

  「はぁ……はぁ……」

  「俺の匂いは嗅げば嗅ぐほど心地良くなってくるんだ。淫紋もあるアンタにとっては、その効果も飛躍的に上がるだろうな」

  虎の言葉が頭の中を反響するが、理解は追いつかない。今もなお鼻腔に漂う雄の匂いと、酒に溺れたような酩酊感に理性が蕩けていく。

  地獄の悪魔の腋に顔を埋められているのに、じとりとする汗の匂いを存分に嗅がされているのに……嫌悪感の一つも感じないのはどうしてなのだ。

  ああ、その理由を考えることすらも面倒臭い。そう思えてしまうほどに、コイツから漂う匂いが危険なのだ。

  危険なのに、抗えなかった。

  「ようし、んじゃあそろそろ…舐めてみるか?」

  「舐め……る……?」

  どこを?

  まさか、これをか?

  その言葉に、私の意識は急浮上した。これまで朧げだった思考回路が急速に回転し、油断していた虎の腋から思い切り頭を離す。虎も一瞬の出来事で判断が遅れたのか、するりと抜けることができた。

  顔を上げれば、驚きと苛立ちを混ぜ込んだような表情を浮かべる虎の姿が映る。私は負けじと視線を一点に集め、奴を睨むように見据えた。

  ようやく新鮮な空気を吸えたと体は歓喜したはずなのに、どこか物足りなさを感じていたのは気のせいだと信じながら。

  「チッ、急に目ぇ覚ましやがって…油断してたぜ」

  「だ、誰がお前の汚らしい腋など舐め………ぁぎッ!!!」

  勢いの乗った私は一丁前に反論をしようとするも、それが叶わぬことをものの数秒で知ることになる。

  目では追えない速さで、私の首元にとんでもない圧力がかかったのだ。気づいた時にはプツリと呼吸が途切れ、太い虎の5本指が私の喉仏を握り潰さんとしていた。

  「てめぇ……俺を弄びやがったな」

  「そんな…ことっ……するはずない……だろう……!」

  「じゃあ何で素直に舐めねぇんだ?あのまま舌を這わせればいいだけなのに、どうしてお前は自分の首を絞める事を選ぶんだ?」

  「がぁ…………っ…!」

  虎の凄まじい威圧が私に襲いかかる。勝敗は既についていると、本能で分かってしまう。

  苦しい。息ができない。

  死んでいるはずなのに、呼吸できないことが恐ろしくてたまらなかった。それでも奴は私の生死など関係ないという意図を、その馬鹿げた握力で体現し続ける。

  「やっぱりダメだ。アンタには一回、ちゃんと教えてやらねぇといけねぇわ」

  「…………悪魔……め……」

  意識が遠のいていく。耳の中がぼうっとした違和感で満たされ、血液が頭の中で爆発しそうなほど溜まっているのが分かる。

  振り絞った言葉は、もはや誰に向かって言ったのかすら分からなかった。暗くなる視界の中で垣間見えたのは、何の感情すらも悟らせない、淫魔たる虎の顔。

  「死ね」

  常軌を逸した圧力が首にかかる。

  眼球が内側から破裂しそうになり、鼓膜が悲鳴のような金切り音を上げる。

  怖い。死ぬのが怖い。嫌だ、死にたくない……!

  「ぁ────」

  そんな私の小さな願いは、いとも簡単に押し潰された。

  声と呼べない声が、喉から押し出される。

  ゴキンという鈍い音とともに、私の意識は消失した。

  [newpage]

  「…………ぶはぁっっ!!!」

  目覚めは唐突だった。

  途絶えていた意識の回路が回復した瞬間、私は思いっきり咽せてしまう。喉に絡まる唾液が気管を塞ぎ、地上で溺れたかのように咳き込む。

  「がはっ!げほっ…!!はぁ、はぁっ……」

  死した私の体が、なぜこのように呼吸を求めているのかは分からない。だがそんなことを考えるより先に、私は自分の置かれている状況を察する。

  口で息ができたのは、器用に鼻の部分のみを挟まれていたからだ。意識を失ってもなお、私の顔の大部分は未だ虎の腋の中にいた。

  「おはようさん、どうだった?2回目の『死』はよ」

  「はぁ、はぁ……うぅ……」

  覚醒の反動で何も考えられない。それでも、息を吸うごとに私の鼻が虎の匂いを吸い込んでしまう。

  だがそれは、私が気絶する前に比べていくらかマシになっていた。ずっと嗅がされたせいで慣れてしまったのだろうか。

  そんな私のことなど気にする様子もなく、虎はなおも私の頬に脇毛を擦り付けてくる。ムッとする揮発臭は目までも作用し、暗がりの中で涙が滲んでしまう。

  「怖かっただろう?おぞましくてたまらなかっただろう?アンタの首からよ、気持ちイイ音がしたんだぜ?聞かせてやりたかったぐらいにな」

  「…ぅ……ぐ…」

  「まだ意識はハッキリしてねぇみたいだな。ならちょうど良い、俺の腋舐めてみろよ」

  命令にも似た虎のその口調は、私の体に刷り込まれた恐怖細胞を呼び起こすには十分だった。

  朧げな意識とはいえ、何も考えていなかった訳ではない。だが今は、今だけは何も考えたくなかった。

  どんなに嫌だと言っても、またこの悪魔は私を痛ぶり続けるだろう。蟻を潰すように、踏みつけるのだろう。

  淫紋からも、あの忌々しい疼きと痛みが消えることはない。

  あんなにも散々な思いをしてしまえば、私とて流石に争う気力を失くしてしまう。そんな自分が憎くてたまらないのに、目の前にある虎の腋から香る雄の匂いに耐えられないでいた。

  「早くしろよ。また同じように死にてぇか?」

  死と言う言葉が、私の心を深く抉る。一度しか経験しないはずのそれを何度も味わえば、想像を絶するほど心への負担が大きい。

  それは今この時、私が身をもって理解したことだった。

  この時間…この時間だけ舐めればいいのだろう……

  毒でもないならば、死ぬこともない。そもそも私は死人なのだから、こんなところで他人の脇汗を舐めてもなんの意味も無さないのだ。

  何を最優先にすればこの困難から逃れるのかだけを考えていた私の思考回路はもう、十分に擦り切れていた。

  私は言われるがまま、虎の腋に舌を這わせてしまう。ピリッと突き刺すような塩味が味蕾を伝って脳に響き、少しだけ引っ込めたくなる。

  しかし何をすれば虎の機嫌を損ねるか分からなかった私は即座に同じ位置へと戻した。ザリザリとした短い毛皮の隙間から滲むその水を、まるで本物の動物さながらに舐め取っていく。

  酸のような塩辛さの次に残る苦味が嫌悪感を底上げする。喉の奥で込み上げる胃液を飲み込みながら、私は必死に舌を動かすしかなかった。

  「おっ…やりゃあできんじゃねぇか。くすぐったくもねぇし、思ったより上手いな」

  毛皮の奥に存在する虎の皮膚は柔く、それでいて想像以上に伸びる。それが腋ではなく餅だとでも思えばなんとか耐えられる…そう自分に言い聞かせなければ、既に失神していてもおかしくない行為だろう。

  私はこの時間声も出せず、舌をただ動かすだけの存在となっていた。さんざん殴られて射精したあの記憶が頭に強くこびりついてしまっているせいで、これ以上反抗する意思が湧いてすらこない。

  諦めるわけにはいかないと強く思っていたはずなのに、今ではすっかり虎の言いなりになってしまっている自分が情けなく思えてしまう。例え罪人だとしても…人として、ましてや雄としてこんな惨めなことまでされるなんて、生きていた時ですら考えることもなかった。

  それを私が今しているのだと冷静になっていけばいくほど、より劣情に拍車がかかる。

  「よしよし……聞き分けのいいコだ。そうやって素直にしてくれれば俺も優しくしてやれるんだぞ、うん?」

  今までの口調が嘘のように、いつの間にか虎の言葉から覇気が消え去っていた。低く掠れ、今にも消えてしまいそうな穏やかな声音が私の耳に入るたび、心の中に妙な静けさが染み渡っていく。

  ふいに、私の頭の上に大きなものが乗せられる。それが虎の手であったことは、その物体が前後に動くことで理解することができた。

  あろうことは私は、あの虎に頭を撫でられていたのだ。腋の匂いを嗅がされながら汗を舐め取る私を優しく、切なささえ感じ取れてしまいそうな力加減で。

  不思議な心地だった。体が変形した時や、何度も射精させられた時のような惨めさを全く感じないのだ。

  今まで私のことを生き物とすら見ないような態度をとっていた虎が初めて見せた行動に、私はひどく混乱してしまう。いつしか舐め取っていた汗の塩辛さや苦味も消え、むしろ舐めれば舐めるほどに味わいたくなるような気がしていた。

  その後も私は虎に頭を撫でられながら、虎の脇汗を舐め続けた。匂いにもだいぶ慣れてきたおかげで、少しは意識を保てるようになっていたように感じる。

  自分のしたことが初めて虎に認められているという自覚が芽生え、こうすれば良いのだと直に教えてもらっていたのだろうか。

  やっとの思いで得た安心感は…言葉にできないものだった。

  「ようし、そろそろいいだろう。よくできたじゃねぇか」

  「…は……」

  「ご褒美だ、俺が気持ちよくイカせてやるよ」

  そう言うと虎は、私の頭を腋で押さえたまま、別の手で私の男根を握る。今では当たり前になりつつあった大量の先走りをものともせずに掴み、包皮を上下に擦り始めた。

  淫紋によって昂ってしまっている私の体は気絶してから初めての快感に震え、へこへこと無様に腰を動かしてしまう。それでも虎は私の顔を決して腋から離すことはなく、しっかりと鼻先を固定されたままでいた。

  「おっと、舐めんのは続けろよ?じゃないとまた痛い目見るぜ」

  そう言われた私は一瞬にしてあの苦痛を思い出し、それから逃げようとする本能が働く。鼻息を荒げながら虎の腋を何度も舐め、迫り来る魔の手に身を委ねてしまう。

  「ガマンしなくていいんだぜ、イきたい時は思いっきりぶっ放しちまえ」

  「…あっ、んぁ……うぐっ…」

  高まる快感に、声が漏れ出ていく。舌を突き出したままの私は今、どのような格好なのだろうか。

  けど、そんなことを考えている暇があるなら虎の腋を舐めていた方がいい。この虎の言うとおりにしていれば、何も心配することはない。

  そんな声が、どこからか響いていたように思う。

  これまで何度も射精を繰り返した私の体は、射精という行為を呼吸同然のように当たり前にするようになってしまっていた。故に高まる快感の波に堪えられる時間も短くなり、虎によってさらにそれは早められていく。

  太いようで器用に動く虎の指は、私の肉棒をまるで私よりも分かっているかのような手捌きで握っては全体に先走りを塗りたくっていた。柔らかな肉球が亀頭の腹をなぞるたび、ゾクゾクとした快感と共に背筋が伸びる。

  鈴口を押しつぶすような形で押してくる虎の肉球。大量の粘液によって指が何度も滑り、感度の良くなってしまった私の神経はそれにすらも反応を示してしまい、呼吸が激しく乱れる。

  極め付けに裏筋を何度もぐりぐりと擦られ、頭の中が白く弾け飛びそうになった。感じる快感の中ではこれが最も強く、集中的にされてしまえば射精欲求が一気に跳ね上がってしまう。

  下手をすれば、射精よりも気持ちいのではないかと錯覚してしまうほどだった。

  限界の近かった私は虎に身を預けるように体を傾けてしまい、もじもじと足をくねらせてしまう。そんな私の頭上から、再びあの優しい声が聞こえてきた。

  「そろそろ限界だろ…?ほら、肩の力抜いて楽になれよ」

  「…はぁ、はぁっ、はぁっ……!」

  「けひひ…いいぜ、俺の腋の匂いを嗅ぎながら射精しちまえ。そうすりゃもーっと気持ちよくなれるぜ?」

  虎の発した言葉に何か引っ掛かりを覚えるが、その思考はすぐに泡と消えてしまう。虎の扱きがさらに強さを増し、同時に睾丸がキュッと締まるような感覚が感じられた。

  あんなにあった腋の匂いへの嫌悪感はなくなり、普段通りの呼吸で昂る熱を逃がそうとする。そうすれば必然的に虎の雄の匂いが直接的に脳内へと直結し、経験したことのない快感に身を包まれた。

  やがて私は襲いくる悦楽の波に負け、あっけなく絶頂してしまった。

  「あ、あ…イ、イく……ぐうぅぅあぁッ!!」

  腋の下から発せられた絶叫と共に、全身が強張る。視界はまだ開けてないが、虎の手に掴まれたままの私の肉棒が思い切り白濁を放出する光景が目に浮かんだ。

  尿道から勢いよく通り過ぎる液体の感覚が、いつもより鮮明に伝わっていたように感じた。私はまた一歩、堕とされてしまったのだろうか……

  気持ちを落としたところで、私の肉棒の暴走は止まらない。

  ビュルビュルという音でも聞こえてきてしまいそうな勢いは5回を超えたあたりでようやく収まったが、下を向いた鈴口からは先走りと精液の混ざった液体が滴り落ちていた。

  私がそれを確認できたのも、虎が私の顔を腋の中からようやく解放してくれたからに他ならない。

  「どうだ、気持ちよかっただろ?信じられねぇぐらい勢いよく噴射してたもんなぁ」

  「………はっ…!?」

  射精後に起こる興醒めの影響で私の頭に登っていた血はいつしか抜け、冴えた思考が今の私を把握し始める。

  私は今まで何をしていたのか……霞んでいたはずの意識はなぜかしっかりとこれまでの過程を覚えており、そのほとんどを逡巡した私は一気に自分自身を殺したくなった。

  「わ、私は……私はなんてことを…!」

  「今更気がついても遅ぇわなぁ。けど、一心不乱に舌を動かす姿は案外可愛かったぜ?」

  「…くそ……くそっ………!」

  自我を完全に取り戻したとはいえ、未だ鼻の奥に残る虎の香りを感じてしまっていたのも確かだ。強すぎる雄の体臭がこのまま残って欲しくないのが本音だが…そんな願いも無に帰すのだろう。

  結局私には、絶望しか待っていなかった。いくら気持ちいいことをされようと、全てが終わった時には自分のしたことを悔いる時間がやってくるのだろうか……

  体じゅうの皮膚を全て剥がされるようなおぞましさが、私は何よりも恐ろしかった。

  自分がいつか自分ではなくなってしまうのではないかと、そう思えてならない。

  虎は相変わらず、正気に戻った私を身下すようにニヤつきながら近づいてくる。

  だが特に私に何もすることはせず、最初にきた時と同じように体を床に下ろされた。自分が浮いていないことと地面に足腰がついていることに何よりの安心感を覚えるが、手錠はまだ外してはくれなかった。

  「もう元に戻っちまったか、やっぱりアンタはなかなか手強いな。…まぁ、最後にちゃんと言うことは聞いてくれたし、2つ目のご褒美だ」

  虎がそう言った途端、私の中にストンと何かが落とし込まれたような違和感を覚えた。それはまるで、カチリと一つ残らず嵌まったパズルのピースのように。

  今まで欠けていた、本来は私の中にあるはずだった感覚。活動と休息の境目を作るための、なくてはならない概念。

  失っていたはずの時間の感覚が、戻ってきたのだった。

  「……ッ…!」

  あまりにも想像から脱した虎の行動に私は理解が追いつけず、言葉も出せずに見つめることしかできない。私の表情を嗜むように見てくる虎の視線に、どうしても目を逸らさずにいられなかった。

  「言っただろ?俺は素直なヤツには優しいんだよ。こうやってアンタの望みも叶えてやれる」

  「こんなもの……私を従わせるための手段以外にないだろう!!ならばそんなものなど要らない!」

  これが虚勢だということは嫌でも分かっていた。こんなことをしても、今の虎は聞く耳を持たないことなどとうに理解していた。

  だが…こんなにも辱めを受けられておいて、単純に許せなかったのだ。私とて雄であるはずなのに、なぜこんな所業を受けなければならない?

  ここまできてしまえばもう、時間の感覚を与えられたとしても関係ない。朝が来ようが夜が来ようが、こんな状況ではなんの意味も成さないと考えざるを得なかった。

  睨む私を見下ろす虎は、その言葉を待っていたかのように笑みを溢して答える。

  「おいおい、せっかく掴み取ったモンを自ら手放すバカがいるかよ?っていうか、そう言われて俺が取り消すとでも思ってんのか?」

  「くっ……!」

  「時間を元に生きてたアンタにとっちゃ、この方が現実味があって良いんだろ?しっかり感謝してくれねぇと困るんだよなぁ……」

  虎の声に、再び黒い色が混ぜられていく。背中を向けたくなるような重圧がのしかかり、反論する意思が削がれてしまう。

  淫紋があったことを思い出した私の体の細胞が、少しずつ快楽を求め始めているのが分かった。刑罰の最初と同じような状況になりつつあった私の目の前に、虎の股座がそびえ立っている。

  やがて虎は、自身の腰に回されていた腰布に手をかけた。前掛けだと思っていたそれはただの飾りで、その下には薄汚れた褌が見える。

  その瞬間、私の本能は恐怖に震えた。この一連の行為だけで、この次に何をされるかを予想してしまったからである。矢継ぎ早に最悪の展開を思い浮かべては、目の前でそれとほとんど同じような光景が流れていた。

  「ま、待て……お前、今から何を…!」

  「素直なコにはご褒美をやると言っただろ?これは最後の3つ目のご褒美だ……ありがたく受け取れよ」

  口角を上げながら近づく虎が、自らを覆い隠していた最後の砦を剥がしていく。

  両手には薄汚れた褌を持ち、その姿は奴の体全てを曝け出していた。

  それは私の顔へと近づいてくる。少ししか距離を縮めていないのに、鋭敏になった鼻は強大すぎる匂いに過剰反応してしまう。それは先ほど嗅いだ腋の匂いよりも濃く、突き刺すような刺激はさらに強くなっていることを知った。

  私は必死に尻を引きずって後ずさる。上に伸ばされた両腕が今までにないくらいの痛みを感じていたが、そんなことなど気にする暇はなかった。

  「い、嫌だ……!やめろっ、やめてくれ…!!」

  「どうした、さっき嗅いでた俺の腋よりも特段に濃いヤツだぞ?普通は喜ぶハズなんだがな」

  遠目から見て白く見えていたはずのソレは、近くに持って来られるとその汚れが一目瞭然だった。全体的に酷く汚れており、一部分だけ微かに黄ばんでいる布地が目に入ってしまう。

  それだけで体中が氷漬けにされたような気分になり、毛皮という毛皮が逆立った。

  漂う異臭を嗅がないように鼻呼吸を止めようとするも、虎に刷り込まれた雄の匂いに無意識に反応してしまう。それを分かっていながら、止めることができなかった。

  「この牢屋以外じゃ時間の概念は無いからなぁ、どれぐらい替えてねぇかも忘れちまったぜ」

  虎が軽くこぼしたその言葉に、私の心が絶望に染まる。これ以上下がることはできないのに、無様にも手錠を引っ張って後ろへと後退しようとしてしまっていた。

  「さっきはきちんと言う事を聞いてくれたのになぁ…まぁいい、面倒くせぇし手っ取り早く付けさせてもらうぜ。『動くな』」

  「あ゛ッ!!!!……やっ、やめ……んっぐ!!」

  抵抗も虚しく、いとも簡単に体の動きを封じられてしまった私は…虎が履いていた褌を、伸びた鼻先にくくりつけられた。わざと見せびらかすように黄ばんだ部分を鼻に当てられ、上顎だけを器用に覆われていく。さらにズレることのないようにキツく締め付けられ、ぴったりと張り付くようになってしまった。

  湿った布が食い込むたびに僅かな液体が漏れ、鼻やその周りの毛皮を濡らしていく。匂いだけでも失神してしまいそうなほどなのに、その元凶から滲み出る汚らしい汁が付着していると思うと吐き気がしてならなかった。

  「今からアンタにはこれをずっとつけてもらうことにするかな。存分に匂いを覚えてくれよ……そうだ、もったいねぇしこれもやるよ」

  「!?あっ、あが……んがッ!!」

  鼻を覆われたことで呼吸経路を遮断され、反射的に開いてしまっていた口の中に何かを放り込まれた。かと思えばそれは私の口を横一文字に横断するような形で動きを止め、両端から伸びる細長い何かに頬骨が締め付けられる感覚がする。

  猿轡のように口元を縛り付けられた私は言葉を発することもできなくなってしまい、足以外の自由を完全に奪われてしまった。

  どうしても意識は被せられた褌にばかり向いてしまうが、今も微かに舌の上に感じている塩辛さと苦味はおそらく……

  「その腰布もかなり長い間付けてたからな。俺の汗をたっぷり吸ってくれてると思うぜ?舐めとけば汗の味にも慣れて一石二鳥じゃねぇか」

  この時の私は腋よりもおぞましく重厚な匂いを直接嗅がされ、虎の汗が滲み出す汚水を無理やり摂取させられる奴隷のような状態に陥っていた。あの虎の言っていたここが他の地獄よりもマシだという言葉が、どんどん信じられなくなる。

  「ふぅーッ、ふぅっ、んふーっ……!」

  「へっ、俺の匂いで興奮してるようにしか見えねぇな。しっかり覚えさせてやるから安心しとけ」

  腋を嗅がされた忌々しい記憶が、なぜか愛おしく思えてしまう。直接的に体の部分を押し付けられたあの時間より、最も汚れた部分を間接的になすり付けられている方がずっと最悪なのだと…その身をもって知ることになってしまった。

  こんなもの、誰がどう考えてもおかしい。罪人を裁くために作られた罰とはかけ離れていると思わざるを得ないほど想像を絶する仕打ちに、ただただ打ちひしがれていた。

  「今は……夜に値する時間帯か。そんじゃあ明日の午後までこのままでいてもらうぜ。そしたらまた俺の腋の匂いを嗅がせてやるから、それまで楽しみにしとけよ?」

  「うぅ……ッ!んうううう゛っ!!!」

  最後の仕上げと言わんばかりに虎は私の下腹部を軽やかな手つきで撫でまわす。眼下に見えたのは、微かに光を帯びた紫色の紋様。

  刻まれた淫紋の効果を上げたのだろう。じんじんと下腹部から広がる疼きによって私の体は小刻みに震え、半勃ち状態になっていた肉棒が再び硬さを増し始めていった。

  「ケケッ、俺の匂いと汗の味をじっくりと堪能してくれよ。ゆくゆくは褌じゃなく、体の匂いを嗅いだだけで勃起するまでにしてやるさ……」

  そう言い残し、全裸のままの虎はこの独房から出ていく。正直言って奴の話を聞くどころではなかった私は必死に鼻で息を吸わないようにし、苦味の残る口だけで呼吸を繰り返していた。

  それは虎の言った通り、鼻に覆われたモノによって興奮している犬にも見えてしまうだろう。

  先走りに塗れた男根をビキビキとそそり立たせる私は、さぞ無様な姿をしていたに違いない。

  だが、そんな悠長なことを考えている余裕があるわけではなかった。思考を巡らせれば巡らせるほど逆効果になるため、ひたすら無心になることを決める他に方法がないのだ。

  人としての尊厳を失った獣の私と、幾度となく繰り返される荒い息遣い。

  雄臭さの漂う空虚な部屋に残されたのは…それだけだった。