とある学園の一角でバトントワリングの練習をしている女子部員達がいる。
特に目を引く動きをしていたのが香村流風だった。
後ろを軽く束ねたふんわりとした髪をなびかせ、巧みにバトンを廻しながら軽やかに舞い、時には武術の動きも感じさせる弾力性のある演技を見せる。
練習用の地味な衣装越しとは言え、その姿と動きに心を惹かれる者は少なくはない。
一通りの演舞が終わった所でその日の練習の終わりが告げられる。
流風もまた一息つきながらやり取りにふけっていたが不意に携帯端末の着信音が鳴る。
ふと手にして着信を目にする。
「今日シフト入りました」
この一文を見た流風の表情が一瞬変わる。
そんな彼女に他の部員達が誘いをかけるが、流風は申し訳無さそうに断りの返事をすると足早に支度を整え、学園をあとにした。
時は夕刻、空は少しずつ陽から陰に移り変わりつつあった……。
時は過ぎ、空間はすっかり陰に包まれていた。
吹き抜ける風が木々を揺らす音もどこか緊張感を感じさせる空気。
その空気の中に流風は立っていた。
バトントワリングをしていた時に見せていた表情から一転しその顔は緊張に満ちている。
それはこれから始めるのが文字通り生命を賭けた「演武」だからなのかも知れない。
それが何気ない私服姿の動きを魅惑的なものとして昇華させている。
「未だに「結界」から出ている気配はない……既に他の者も向かっていると思うけど……急がないと」
真剣な面持ちのまま流風はどこからか根付のようなものを取り出す。
どこか猛禽の顔をあしらった様な根付を握りしめるとそのまま両手を重ねて印を切る。
それは根付に封じられた力を解き放つ儀式。
そして流風がその力を借りてこの先に向かう姿となる儀式……。
「やあっ!」
掛け声と共に流風は根付に宿された力を解き放つ。
その瞬間、周りの空間が歪むと流風の姿は衣服もろとも爆ぜる。
その中から現れたのは―。
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外界から遮断された特殊な結界の中。
何一つ遮るものなくその生まれたままの姿をあらわにした流風の姿。
多くの者達が想像する様にその肌はしなやかで柔らかく、その身体の線は細くもしっかりとした弾力に満ちている。
ただその顔と肌はほのかに赤く染まり、どこか恍惚としたものを感じさせている
「……」
その瞳が軽く潤みだす。
「ああ……」
可愛らしさも感じさせる口元から軽く息を吐くのもつかの間、やや緩んでいた顔をきゅっと引き締めるとさっと両腕を前にかざす。
そこから足さばきもしなやかに舞う様な動きで手刀を振る動きで印を切りながら気を練っていく。
一糸まとわぬ姿がより克明に、かつ艶やかに浮かび上がらせるその動きは先程流風が舞っていたトワリングの動きのようであったが、どこか妖艶な舞のようにも見える。
心なしか流風の顔にも艶が増していく中、舞い続ける流風の右手に黒い気が、左手に白い気が集まってゆく。
その気を束ねながら右腕を下腹部に、左腕を額に構えると弧を描く様に右手を上げ、左手を下げていく。
「あ……あん……」
黒と白の気はまさに陰陽、いや淫陽の流れを示す様に流風の手の中で動き……ついに一つとなる。
そして一つとなったその気を両手でまとめると流風はそれを一気にその愛らしくも艶をまとう顔に押し当てた。
「あはぁぁ…」
押し当てられた気と内で練られた気が触れ合う感触に性感を刺激されたのか、一瞬声を上げ身体を震わせる。
そして淫陽の気は艶やかな顔立ちを覆い隠しながら表情を、「顔」を作っていく。
「ふぅん……はぁん……」
「顔」の中でその瞳が大きく開き、口元から息を漏らす中、「顔」はその形を整える。
「はぁんっ!」
恍惚としながらも凛とした声とともに無貌の輪郭からカッと目元と口元が開き、その奥の瞳と口が大きく開くのが見える。
「あっ……」
息を整えるのに合わせる様に「顔」は変わってゆく。
その優しげな目元や口元を守り隠すように強く、険しい形に。
その目元はすべてを見抜くような鋭い目を。
その口元はすべてを貫くような鋭いくちばしを。
猛禽―鷹の顔以外は全裸身という人の体に宿って現れた鷹、いや異形とも取れる姿。
ただその奥から浮かぶ瞳と口元は人―流風の姿を感じさせる。
その姿で流風は再び舞う。
己の中に宿った淫の気を高め、それを制し高める陽の気を高めて一つとなす為に。
肌はほてり、汗もにじみ、匂い立つ淫陽の気をその裸身から滲ませながら裸身の面姫は舞う。
髪をなびかせ、肌を震わせ、形のいい胸やお尻を軽く揺らして。
異業と人の重なるような舞がしばし続いた後、流風は胸の前で印を組む。
その中に再び集中した淫陽の気が左右に腕を広げたと同時に一気に解き放たれた。
その形の良い一対の胸元に、形よく引き締まった腰回りに光が覆うと胸元から腹部は鳥の胸元と翼を意識した様なチェストガードに、腰回りは鳥の翼と尾羽をあしらったアンダーガードのような形に実体化する。
それは無骨さを持たず、素肌を彩る様はビキニスーツをも思わせる。
「あぁぁぁぁ……はぁんっ!」
面の口元から息と声を放ち、流風は舞う。
胸を反らし、腰を回しながら足を上げ、力強く踏み込む一方で腕は空を切り、風を舞わせる。
「ふうううん……はあああん……」
内側から昂ぶり回る淫陽の気を鎮め、練り込みながら流風は舞い、己の形を整えていく。
それに応じる様に振り上げた足先から膝までが一気に猛禽の足に似た彩りに覆われ、動きやすいロングブーツの形に整えられる。
空を切る両腕も指先から肘までを羽が覆い、翼を思わせるロンググローブに整えられる。
その姿は人であり鷹。
美しくも凛々しく力強い姿がそこにある。
そして、流風は最後の印を切る。
「あはぁんっ!」
それと当時に流風を覆う装束はより確かに形をなす。
飛翔する鷹の翼を思わせる上半身に一気に獲物を狙う両足を思わせる下半身。
鷹の面の後頭部から翼のように髪が噴き出し空を舞う猛禽の形を一瞬形作る。
鍛えられつつもしなやかな裸身を守る鷹の具足、そして面をつけた忍装束。
その中に渦巻くのは淫陽の気。
その姿は淫陽の気を律した者が得られる姿。
そして、その姿の中から流風は告げる。
この姿となった時の己の名。
己の持つもう一つの名を。
「転面忍・慧流(けいる)、参る……あぁぁぁんっ!」
その瞬間、身体を震わせて流風―慧流は「達した」。
凛々しさと妖しさの入り混じる声と同時に慧流は達した余韻を引きずりながらも最後の印を手で切ると彼女の素肌を濃紺が覆う。
素肌と具足、そして面の狭間を微妙に覆いつつそれらと一つになるように引き締める。
「ひあっ!」
性感のツボを引き締められる刺激により高まった気をその手にまとって己の周りを覆っていた空間を断ち切り、元居た場所に戻ると慧流は跳ぶ。
その髪と翼を広げて夜の闇の向こう、その先に潜むものに向けて。
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それが何なのか。
何故現れ、 何故そう行動するのか。
長い歳月をもってしてもその謎は解けきれない。
ただそれが「こちらの世界」がいかに淫・負の気に満たされようと今なお相容れる事のできない存在、討ち退けねばならない存在という事である。
それはまだ闇の世界の中、その狭間にある森の中でうごめく。
明らかな敵意、悪意をもって。
闇の中で迷わず、森の木々を傷つけることなく駆けながらその存在を遥か遠くから捉えていた慧流は静かに戦いの構えをとる。
闇の中を進む異形、その感覚が飛んでくる何かを察知し動く前に―それに射抜かれる。
射抜いたものは羽根、正確には羽根が変化した手裏剣のようなもの。
苦痛にうごめく異形だったが、それ故に気づくのが遅れた。
一瞬木々が揺らいだ音が響き、そこから一羽の猛禽が飛び込んでくる事に!
ガシッとそのカギ爪にも似た足が異形をとらえるとその猛禽―転面忍・慧流は即座にその身体をひるがえすと翼にも似た両腕を広げる。
風を切る音と共に再び数枚の羽根が異形に突き刺さるや慧流は何かの印を組む。
「はんっ!」
その瞬間、異形に突き刺さった羽が光を放ち異形もろとも爆ぜる。
異形が爆ぜるのを確かめつつ着地する慧流だが、突然その身を再び翻す。
その空間を槍の様なものがかすめていくのを見やる間もなく慧流は羽根を放つ。
だが彼女は感じていた。
(はあ……ああ……異形はまだ……)
なればこそ左右一対の翼―にも見える忍刀をどこからともなく取り出し構える。
木々の合間から現れる数体の異形に五感を合わせつつ。
「あぁんっ!」
異形達が動き出す間を突く様に慧流が地を蹴って羽ばたく。
飛び込んで来た翼が交差するや眼の前の異形が斬り倒される。
その異形を蹴り込んだ反動で再び宙を舞った慧流は異形達を飛び越え、構えながら着地する。
そこから異形達に飛び込むや大きく両腕を回しながら斬り込んだり、足を高く上げて回すような動きで蹴り上げる。
一対の忍刀を柄の先でつなげ両剣にするとバトントワリングの要領で軽やかに回転させ、攻防一体の演武を見せる。
「ふうっ……はあんっ」
絶えず淫陽の気を練りながら両足を交互に捌き、両剣を鳥が舞う様に自在に操るかと思えば高らかに空に上げるとそのまま倒立回転して異形の群れをすり抜け、両剣を受け取るが早いか、また飛翔しては羽根を投げ、二本に分けた双剣を羽ばたかせる。
鷹の様に素早く、フクロウの様に強かに慧流は夜の闇を翔け異形を討つ。
本来なら立っているのがやっとなほどの恍惚と官能に満たされながらその動きは鋭く、確かな理性を感じさせる。
しかし、ほんの一瞬だった。
異形の放った触手が慧流の足を捕らえ、一気に地面に叩きつける。
「きゃあんっ!」
猛禽の口元から悲鳴が上がるがそれを呼び水にあちこちから触手が襲い、あっという間に手足の自由を奪う。
「うぅんっ、くぅんっ」
必死にもがくが拘束は更に締め付ける。
翼を封じられ、飛ぶ事のできなくなった慧流に危機が迫る。
もがき、ひたすらもがく度に触手は締め付け、さらに別の触手がなめるように慧流の胸元や腰のあたりを動き回る。
時に撫でる仕草を取るように、時に突き刺すような仕草を取るように。
面の奥で慧流の目が険しくその動きを追うが何の対応もできない。
そして―異形は一気に手足を縛っていた触手で慧流の全身を繭の様に覆い隠し、別の触手が慧流の「孔」に襲い掛かる。
しばしのうねりを経て触手の繭が解けた時、その中にいた慧流の姿は……塵一つなかった。
異形たちは邪魔者の消滅を察し、動き出した。
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そして、その身体をひねらせながら地面にたたきつけられて力尽きる。
さらに別の異形が力なく崩れ落ちる。
そのあとには濃紺の人影がゆらりとした動きで立っていた。
全身を頭までぴっちりと覆い包んだ濃紺の衣に包んだ女性の形。
「あぁん……はふう……」
その目元からのぞく瞳は優しさと恍惚が入り混じる確かな視線でその先を見つめ、その口元からは練り上げられた気の欠片が甘い声と共に吹き出される。
その姿は発情した雌の様に獰猛であり、獲物を前にした獣の様に冷静であった。
新たな邪魔者の存在を認識した異形達は迷う事なくその人影に襲い掛かるが、人影は流れるように身を反らすや淫陽の気をまとった濃紺の獣となって異形を切り裂き、別の異形の攻撃をしなやかにかわすとその身体を巻き付けて濃紺の縄となって締め砕いていく。
倒立回転で翻弄し、跳躍で回避し、その濃紺の身体を時に縄に、時に鞭として振り抜きながらその人影は大きく跳躍し、異形達の頭上を取ると速やかに印を組む。
「あぁん……はぁ……はぁん……ふぅ……」
その濃紺の身体から噴き出す淫陽の気がその顔に集うと猛禽を模した顔を作り、胸や腰にはビキニスーツのようなプロテクターが、足や腕にはロングブーツやガントレット状のロンググローブが象られる。
その人影―転面忍・慧流は一対の忍刀を抜いて夜空に羽ばたく。
異形たちを見下ろす慧流の中で乱れ狂うほどの淫の気が高まり、それと対をなす陽の気が昂りながら交わり激しいほどの熱量と官能と闘争本能、そしてそれを的確に繰り出す計算がなされてゆく。
そして。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
身体を震わせるほどの絶頂がもたらす淫らで鋭い雄たけびを上げて猛禽が異形の群れに飛び込んでいった―。
異形達の気が鎮まったあとも慧流は構えを取り、己の気を張り巡らしながら異形の残滓を探る。
そこに―。
「!」
隙を見せずに振り返り構えを取った慧流の視界に入った存在。
濃紺の素肌に蛇のような顔を持ち、蛇の鱗のような装具を身に着け、長い忍刀を逆手に握った人影。
その姿から感じられる淫陽の気は彼女が慧流と同じ存在であることを示していた。
「どうやら私の助けは必要なかったようだな、慧流」
「守斗夢(しゅとむ)、ありがとう。何とかしのげました」
守斗夢と呼ばれたその転面忍と慧流は互いに気を張り巡らしながらも静かにやり取りを重ねる。
「お互い大変ですね」
「まあな。互いに勤めとは言え、な」
互いにその猛禽と蛇の顔の中で軽く苦笑する。
ふと見まわすと二人と同じ様に獣の顔と装具をまとった数人の女性達―転面忍が立っている。
中には愛し合う関係なのか、その獣の顔の中の口元を重ね合わせている者もいる。
「とりあえずは哨戒をすませて戻ろう。早く「お楽しみ」と行きたい奴らもいるからな」
そう言いながら守斗夢は改めて忍刀を握ると蛇がうねるような動きで闇の中に消えていく。
それに応じるように他の転面忍達も姿を消す。
慧流もまたその場から飛翔し姿を消す。
彼女たちの「勤め」はもう少しかかりそうだ。
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そして、しばしの時が経ち。
慧流は再び人の領域に戻ってきた。
辺りに気をめぐらし、人の気配も異形の気配もないことを感じ取ると彼女はそっと印を組む。
彼女の周りの空間が一瞬揺らぐと慧流の姿が消え、揺らぎが消えた時そこには猛禽の面をかぶった全裸の女性がいた。
「はぁん……」
一息つき、女性が面に手をかけるとその面は淫陽の気となって消え去り、そのあとには一人の女性―流風の素顔があった。
夜風が素肌に当たり、自分が全裸であることを再確認するや流風は少し恥じらいながら隠形に入る。
気の流れに裸身を隠しながら辺りを見回し、散らばっていた一切の衣服を探し出すと急いで身に着けていく。
「はあ……」
素肌を布で覆った感触に安堵しつつ、ようやく流風は気を解く。
未だ気を律し切れていないのか転面忍となる時はどうしてもこうなってしまう。
ただ服さえ消し飛んでしまい、隠形が欠かせなかった頃に比べるとまだましな方なのだろう。
それに、転面忍の姿を解いた反動でその身体の中にうずく淫明の気の名残が……。
それでも、ひとまず今夜の「勤め」は終わった。
今は帰ってちょっと「発散してから」休もう。
そんな思いとともに流風は帰路に就く。
抑えきれない「気の名残り」を感じつつ、立ち寄った銭湯の脱衣所で入浴を終えた一人の女性とすれ違う。
髪を後頭部で高くまとめた少しクールな感じを持つ女性。
今の流風同様一糸まとわぬその姿は流風とはまた違う形で鍛えられつつもしなやかなラインを描いている。
ただその顔は少しだけ「すっきりとした」顔をしている。
流風はそれをそっと見やりつつ、
―お疲れ様です―
―お互いにな―
そうひそかに言葉を交わし、浴場の中に入っていった。
了