面女達の祭舞―聖の章―

  とある夏祭り。

  黄昏時を過ぎ宵闇に包まれてなお祭り囃子も賑やかに人々の活気が満ちる。

  普段静けさに包まれる境内も今宵は繁華街に負けない鮮やかな彩りに包まれそれに導かれる様に人々は集い思い思いに祭りを楽しんでいる。

  そんな中である秘めたる祭事の準備が人知れず静かに行われていた……。

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  お社の近くにある小さな部屋。

  そこに身を清め終わった若い女性達が白い肌襦袢姿で静かに座っている。

  神妙な面持ちで瞳を閉じながら何かを待つ者。

  高まる気持ちを抑えきらないかの様に瞳を輝かせる者。

  何度も大きく深呼吸をしながらなんとかそわそわした感情を鎮めようとする者。

  反応こそ様々だが彼女達の心は祭事に臨む緊張感とそれにともなう高揚感に満ちている。

  その証拠に彼女達の顔は多かれ少なかれ火照りを帯びており先ほど禊ぎにより冷め切ったはずの体に少なからず熱がこもっていくのを彼女達は感じている。

  しかし、彼女達は待っている。

  彼女達が臨むべき祭事の仕度が整うその時を。

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  不意に部屋の戸が静かに開き白木作りの台を手にした幾人かの巫女達が入ってくる。

  その顔はなぜか小面に隠されており表情こそうかがい知れないがそれゆえにどこか神妙かつ妖しげな雰囲気が漂ってくる。

  巫女達はおのおの女性達の前に立つと恭しく白木造りの台を掲げ静かに座る。

  そして台を静かに置いて深々と頭を下げ女性達もそれに合わせる様に礼をする。

  ふと白木作りの台に目を向けるとそこには何らかの装束・そして一個の面が置かれていた。

  それぞれ色も形も事なり喜怒哀楽・人の様にも獣のようにも見える面。

  それを静かに見つめる女性達の瞳が潤いを増していく。

  顔の火照りはさらに熱さを増し、胸の鼓動も心なしか早くなっている。

  こらえてこそいるが吐息が少しずつあらぶりつつある者・中には自らの内側からの火照りを感じる者もいる。

  そして、彼女達は静かに面を取るとその顔に当て紐を結ぶ。

  白い肌襦袢に包まれた女体と様々な顔をした異様な面の組み合わせはどこか異様でそれでいて美しさを感じさせる。

  「ふぅ……」

  「はぁ……」

  ふと女性達の中から軽いあえぎが聞こえる。今の自分の姿に高まってしまったのだろうか。

  しかし、これはまだ始まりでしかない。

  彼女達はまだ祭事に臨む為の道の一歩を踏み出したに過ぎないのだ。

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  一人、また一人女性達は肌襦袢の帯を解く。

  シュルリ、シュルリと布がすれる音が辺りに響く。

  そして女性達は静かに立ち上がる。

  それに合わせる様にいつの間にか彼女達の後ろに鎮座していた小面の巫女達が立ち上がると女性達の肌襦袢の襟元に手をかけ静かに引き下ろす。

  両者の動きに導かれ肌襦袢はハラリと女性達の体から解き放たれ床に落ちる。

  その中から現れたのは背丈も体つきも様々なれども形良き肢体と柔らかでなめらかな素肌を露わにした女性達。

  しかしやはりその顔は面によって隠されている。

  生まれたままの姿となった中そこだけが隠されている…いや、今この時点で彼女達は生まれ変わったのかも知れない。

  人間の女性から全く異なる存在に生まれ変わった彼女達の「生まれたままの姿」―それが今の彼女達の姿なのだ。

  その面の中で彼女達はどのような思いを宿しているのだろうか。

  恥ずかしさ・高揚感・背徳感・神妙な感情……人としての感情の全てはそれぞれの新しい「顔」に封じられその顔のまま彼女達は静かに立っている。

  その肢体に小面の巫女達は衣装を着けていく。

  小袖をそっと肩にかけると女性達は各々に肩と腕を動かし袖を通す。

  巫女達は袖に手をかけ彼女達の腕を袖に導いていく。

  両腕を袖に通し終わると女性達は小袖の襟を締め整える。

  それに続いて巫女達は女性達の前に回り袴と足袋を足下に置く。

  女性達が足袋と袴の中に足を通すと巫女達はその裾を上げ女性達が帯を締め終えるまでそのまま支え続ける。

  帯を締め終わると女性達は一様に髪をかき上げ後ろで結い上げ小さくまとめる。

  巫女達はそれに合わせる様にどこからか取り出した黒く長い髪をたたえた鬘を取り出すと女性達の素の髪を隠す様に被せていく。

  その後面の紐をあえて解き女性達の顔から面が落ちない様にしながら黒髪の鬘の上から改めて締め直す。

  女性達もそっと面に両手を添えそれを手伝う。

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  巫女達が紐から手を離し、女性達が面から手を離した時全ての身支度は調った。

  みな巫女服―ともまた違う独特の和装に身を包んだ異様な面姿の者達。

  つい先ほどまでは皆思い思いの姿で市井に暮らす人間の女性達だった彼女達はこの瞬間・常世と現世の狭間にある存在となったのだ。

  面から漏れる声も今は誰からも聞こえない。

  高まりすぎた感情がかえってその心身を引き締めさせたのか。それとも本当にその心さえ常世と現世の狭間にある存在と変化したのか。

  小面の巫女達は改めて女性達に向き合い静かに跪くとそのまま頭を下げる。

  女性達も一礼をすると静かに部屋を出る。

  仕度部屋から舞の場に赴くまでの板作りの道を彼女達は静かに、厳かに歩く。

  その動きもまたどこか人のそれを離れ神仙かはたまたあやかしの世界の者かの様な雰囲気を漂わせている。

  足袋に包まれた足が静かに床を踏む音も全く聞こえない。

  歩み続ける彼女達の衣の揺れもまたまるで野風にかすかに揺れる木々の枝葉かそれとも稲穂か。

  そう思わせるほどゆるやかに、流れる様に揺れながら歩んでいく。

  彼女達の動きをそう見せているのはやはりその顔を覆う面であろうか。

  対になっている黒く長い鬘と共に人だった時の様々な表情や感情を覆い封じ、例え一時の間でもより高次の存在へと作り変えられたその姿と心を示す様に各々独特の貌をしたまま微動だにしない面。

  それらに導かれる様に彼女達は歩んでゆく。

  その姿となって行う役目を果たすための場所。

  人と神の世界が重なり合う場所に……。

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  宵闇の中かがり火に照らされた神楽殿にはすでに多くの人達が集まり賑わいを見せている。

  言うまでも無く人々の目的はここで行われる祭事を見とどける為である。

  長くも短い間の後不意に笛の音と太鼓の響きが聞こえてくる。

  静かだが独特の力強さを持つ神妙な調べ。

  奏でているのは面をかぶった巫女達。

  笛を吹く者は口元のみ開いてはいるがみなやはり一様に面を被りその素顔はうかがい知れない。

  だがそれゆえにこれから行われる祭事は人によってと言うより人の身を借りた者達によって行われるまさに「神事」と言えるものであると言う事を感じさせる。

  そんな中舞台の端から一人、また一人独特の和装に身を包み独特の貌をした面を被った黒髪の女性達が現れる。

  かすかに歓声が上がる中女性達は神楽殿の舞台に入ると各々の位置に立つ。

  面の中でひそかに息を呑む音や大きく呼吸をする声が聞こえるがそれもまた調べと人々のざわめきにかき消される。

  ましてその衣装の下にある肌の震えや火照りを知る者は少なくともこの舞台の外にはいない。

  例え素顔の彼女達を知る者がその中にいたとしても目の前にいるのはあくまでも人界と一線を画した位置に立ち祭事を司る面の舞姫。

  それ以外の何物でも無いしそれこそその事実を知るのは当の舞姫達自身と祭事に携わる巫女達のみなのだ。

  一瞬調べが止まる。それに合わせて観客達も静けさに包まれる。

  そして―祭事が始まる。

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  笛の音が響き太鼓が鳴る。

  それに合わせて舞姫達は静かに足を運びながら動き出す。

  厳かな足の動きは腰に伝わりそこから上半身を通り抜け両腕に伝わる。

  そして両腕は静かに上がり弧を描きながら肩に水平になる姿勢で止まる。

  面の中から呼吸が響くとその腕はほぼ同時にその正面で合わさる。

  そして再び呼吸が響くとピンと伸びていた腕は静かに胸元に添えられる。

  それが始まりの合図だった。

  音色に合わせて彼女達は舞い始める。

  静かな足捌きが前後・左右に彼女達の体を運ぶ。

  時に全身で大きく弧を描く様に回り時にお互いすれすれの位置ですれ違いながら足を運ぶ。

  その動きに合わせる様にその腕もしなやかに動く。

  掲げた腕を時に風を切る様に激しく、時に風にそよぐ稲穂の様に柔らかく振る。

  稲妻の様にびしっと伸ばした腕を穏やかな川の流れの様に流してゆく。

  祭具などを一切持たない素手のままゆえにその動きはより自然に行われている。

  足腰の動きがそれにより躍動感と生命力を与えその循環が足捌きや足をかがめ伸ばす動きをより確かなものにしてゆく。

  そしてその両腕を支え足腰に支えられる上半身もまたしなやかに動く。

  大きく肩を伸縮させつつ身をよじり時には大きく背をそらす。

  その中でそれぞれに揺れているであろう胸の膨らみ、そしてしなやかな肢体そのものも今は装束に抑えられているが彼女達の舞の動きの中でそれは確かに息づいている。

  そして面の中で時に確かに先を見据え、時におぼろげに空を見つめる瞳と体の動きに合わせる様に面紐に縛られただけの髪を揺らしながら顔を動かす。

  時折漏れる吐息もまたその流れの一部となった様に感じられる。

  その動きの全てがまさに人ならざる者・多くの人達もそう感じざるを得なかった。

  ましてそれが一人だけではなく複数の舞姫達によって舞われているのだ。

  彼女達の素肌と素顔は装束と面によって人ならざる者に化身している。それが集えば…。

  今の彼女達は舞いながら森となり川となり、空となり海となる。

  それらに宿る神かそれとも精霊かが面と装束を通じて彼女達の体を動かしているかの様に舞姫達は踊る。

  今その面の中で彼女達はどのような表情を浮かべているのか。

  興奮と恍惚に身を委ねただ無意識に舞っているのか。

  それらをなんとか鎮めながらも一つとなりながら舞っているのか。

  人ならざる者となっている今の彼女達自身もうかがい知る事はできないかも知れない。

  いや、そんな事はどうでも良い。今の彼女達が面を被った人間の舞手であろうと現世に降りた異界の者達であろうと今そこにいる者達は多くの人々を巻き込んで舞っている。

  神々と精霊の意志、人と天地の交わり、様々なものをその身の全てで描きながら…調べは静かに終わりを告げる。

  それに導かれる様に彼女達の舞も静かに鎮まっていくとその姿に魅入られた観客も少しずつ我に返り万雷の拍手を送る。

  その音色に送られて彼女達は神と人の接する舞台を降り元来た板張りの道を歩みながら神楽殿から姿を消していった……。

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  面を被った巫女達に導かれ静かに廊下を歩む舞手達。

  見た目こそ神楽殿に向かう時と変わりない様に見えるのは今の彼女達は未だ半ば異界の者となっているからかも知れない。

  その足が向かうのは先ほどの小屋とはまた違う場所。

  彼女達が足を運ぶ度に水の流れる、いや落ちる音が強く、大きく聞こえてくる。

  衣装越し、面越しの彼女達の体にもその音と感覚が伝わってくる。

  その音と感覚の伝わってくる場所にようやくたどり着く。

  神楽殿より少し狭めだがそこそこの空間を持つ板敷きの社。

  その奥にあるものは―滝だった。

  それを受け止める水の深さこそ浅めだが幅広に落ちる水の幕は涼やかでかつ勢いのあるものを感じさせる。

  舞手達はしずしずと社の奥に進み滝を背にする形で並び立つとそのままゆっくりと跪く。

  その前に白木造りの台を掲げた巫女達が立ち同じ様に静かに跪きながら台を舞手達の前に置くと静かに一礼をする。

  舞手達もそれに合わせて頭を下げる。

  巫女達はそこから静かに立ち上がると舞手達の後ろに回り面の紐を緩め被っていた黒髪の鬘を外すとその中で結い上げられていた彼女達の素の髪をそっと解く。

  そして静かに紐を締め直す。

  その間舞手達は静かに面に手を添えていた。

  それが終わると舞手達は袴の帯に手をかけ静かに結びを解くと静かに立ち上がる。

  戒めを解かれた袴はするりと舞手達の体を離れ床に滑り落ちていった。

  立ち上がりきるとほぼ同時に巫女達は舞手の小袖の襟に手をかけするりと引き下ろす。

  舞手達もその動きに合わせる様に体を反らし巫女達の動きを導き小袖は舞手達の体をするりと離れた。

  その中から弾ける様に現れる裸の胸が軽く揺れる。

  それだけではない。装束によって封じられていた彼女達の裸の肢体が再び露わとなったのだ。

  装束によって抑えられていた体の火照りやしたたる汗、肌の震えと言ったものが解き放たれるかの様に彼女達の素肌を覆っている。

  顔こそまだ面を被ったままだがその姿は舞に臨む前以上に美しさと妖しさ、そして神妙さに満ちていた。

  人の身でありながら神々や精霊、さらには天地と一つとなって舞い踊り続けた高揚感や恍惚感か。

  はたまた面や装束越しとは言え多くの人々の前で裸身をさらして舞い続けた背徳感や祭事を果たした緊張が解けた故の心身の弛緩から来るものか。

  それら全てが入り交じった様な美しさを持つ存在となった姿がそこにあった。

  そんな感情の余韻に浸りたい気持ちを鎮めつつ舞手達はその身を滝の方に向け歩き出す。

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  小さな階段を降り岩を敷いた路面を歩くもつかの間、その素足は静かに水面に包まれる。

  一瞬水の流れと冷気が彼女達の体を気が遠くなる様な感覚が突き上げるが彼女達はあえてそれをこらえつ腰の辺りまで水面につかりながら水の奥―滝の端に向かう。

  そこで流れ落ちる滝に打たれながら印を組みその身を引き締めていた面姿の裸女達だったが次第に緊張が解けていったのか自然とおのおのに構えを解き全身で広く流れ落ちる水の幕に身を任せていた。

  まだ面こそ外せないものの面ごしに当たる水の感覚は力強くも心地よい。髪や肌を流れる水の流れは体中を包んでいた汗や肌の火照りを洗い流してくれる。

  そしてその刺激は逆に彼女達の肌をより火照らせその体に張り巡らされた神経をより敏感に研ぎ澄ますかの様に引き締めてしまう。

  滝の音にかき消されているが面からかすかに甘い吐息や軽いあえぎ声を漏らす者達もいるのもその感覚ゆえだろうか。

  少しでも気が緩めばその感覚に身を委ねたくなる感情を面で隠しつつもさながら日常でシャワーを浴びる様なたたずまいで彼女達は滝に打たれている。

  それはあたかも常世と現世の狭間にいた彼女達が滝の流れと共に現世に還る為の儀式のようでもあった。

  そして儀式は終わり女性達は一人、また一人滝をあとにすると水面から上がり再び社に戻る。

  面姿の巫女達が手ぬぐいを手に彼女達の肢体や髪から水しずくをぬぐいその体に白い肌襦袢を掛ける。

  止め帯を締めた女性達は静かに各々白木作りの台の前に立つと静かに跪く。

  向かい合う様に跪いた巫女達と再度礼を交わすと彼女達は頭を下げたままの姿勢で紐を解きようやく面をその顔から外し台の上にそっと置く。

  先ほどまで自らの顔として存在していた面としばし向かい合う女性達。その顔となって素肌を露わにし装束姿で舞を舞っていた事を思い起こす彼女達の思いは様々であった事だろう。

  その余韻を惜しむ様に顔を上げた女性達の顔はみな相応にやりとげたと言う喜びの表情に満ちていた。それは彼女達がようやく「人間の世界」に戻る事ができた証でもある。

  しかし今一度だけ顔を引き締めると改めて面姿の巫女・そして面に対して一礼すると静かに立ち上がり社をあとにしていった。

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  長い勤めを終えた彼女達は巫女達―この時点では彼女達も面を外しおのおのの素顔を露わにしている―の案内で社務所の一室に案内される。

  そこで巫女達に舞われたお茶ののど越しを感じながら彼女達は改めて一心地つくのを感じていた。

  面を外した時のどこか神秘的なものさえ感じた心地よさとはまた違う安堵感。それが彼女達を包んでいた。

  ある者はやりとげた安堵感にふぅと胸をなで下ろしつつ余韻に浸り、またあるものはたわいもない話に花を咲かせる。

  中には心身の色々なものが解けたのか恍惚とした顔で眠り込んでいる者もいる。

  何にしても彼女達は祭事をやり遂げる事ができた。

  人と異界の狭間の世界、それを感じさせるかの様な姿となってそれを示す様な祭事を執り行いそして再び還ってきた。

  もうしばし時が過ぎれば彼女達も俗世の衣装を身にまといまださめやらぬ祭りの雑踏の中に消えていくのだろう。

  それはこの祭りの中で幾度となく繰り返されてきた風景であり人と異界のつながりである祭事の一つの風景でもある。

  しかし、その詳細についてはその祭事に関わった女性達のみぞ知る話である……。

  了