AdAd
  
銀狼の誓いと猛き雄の薫り ~仇の脇臭に堕ちる戦乙女~

  [chapter:第1章:奪われた未来]

  雲ひとつない晴天だった。

  空の青さが、どこまでも高く澄み渡っている。

  ボクたち[[rb:牙狼族 > がろうぞく]]の集落に吹き抜ける風は心地よく、若草の香りを運んでくる。

  それは、ボクの人生で一番幸せな日になるはずだった。

  「ルカ、これを受け取ってくれないか」

  集落の外れにある丘の上。

  幼馴染であり、ボクの最愛の婚約者であるシルオが、恥ずかしそうに差し出してきたのは、一枚の青いスカーフだった。

  鮮やかなその色は、今の空の色によく似ていた。

  「わぁ……綺麗……。これ、ボクに?」

  「ああ。隣町の市で見つけたんだ。ルカの銀髪に似合うと思って」

  シルオは優しく微笑むと、ボクの首にそのスカーフを巻いてくれた。

  彼の指先が首筋に触れる。その温かさに、ボクの心臓は早鐘を打った。

  シルオは強くて、優しくて、真面目な好青年だ。

  次期族長と目される彼と、族長の娘であるボク。

  一族の誰もが祝福する結婚式が、あと数日後に迫っていた。

  「ありがとう、シルオ。一生大切にする」

  「大袈裟だな。……でも、約束だ。僕たちは一生一緒だ」

  「うん、約束!」

  ボクは嬉しさのあまり、シルオの胸に飛び込んだ。

  彼からは、陽だまりのような温かくて清潔な匂いがした。

  ボクはこの匂いが大好きだった。

  強くて気高い狼の戦士でありながら、決して荒ぶることのない静かな強さを持つ彼。

  この幸せが永遠に続くと、ボクは疑いもしなかった。

  その時だった。

  ズゥン……ッ!

  突如、地響きのような重い足音が響き渡り、平和な集落の空気が凍りついた。

  鳥たちが一斉に飛び立ち、木々がざわめく。

  ただならぬ殺気。

  ボクとシルオは顔を見合わせ、すぐに戦士の顔つきに戻って集落の入り口へと走った。

  「な、なんだ貴様は!」

  「退け、雑魚どもが」

  門番たちが吹き飛ばされるのが見えた。

  土煙の中から現れたのは、見たこともない巨漢だった。

  身長は二メートルを優に超えているだろうか。

  全身が岩石のように隆起した筋肉の塊で、肌はどす黒く、上半身は裸だ。

  そして何より特徴的だったのは、その男から発せられる強烈な悪臭だった。

  獣の脂と汗、そして何日も風呂に入っていないようなツンとくる刺激臭。

  風下にいたボクは、思わず鼻を押さえた。

  [[rb:剛鬼族 > ごうきぞく]]。

  力だけを信奉する、野蛮な亜人の一族だ。

  「俺の名はバルグ。この辺りをシマにしている傭兵団の頭だ」

  男――バルグは、太い腕を組み、傲慢な視線でボクたちを見下ろした。

  その視線が、ボクの体、特に胸や腰のあたりをねっとりと舐め回すように動く。

  寒気がした。

  「牙狼族の長はどいつだ? 今日からこの村は俺様の支配下に入る。そして――」

  バルグはニヤリと下卑た笑みを浮かべ、太い指でボクを指差した。

  「そこの上玉のメス。そいつが俺様の妻だ」

  「なっ……ふざけるな!」

  ボクは激昂して前に出ようとしたが、シルオがそれを手で制した。

  彼は静かに、しかし毅然とした態度でバルグの前に進み出た。

  「僕はシルオ。この村の次期長であり、ルカの婚約者だ。貴様のような礼儀知らずに、村もルカも渡すつもりはない」

  「ほう? 婚約者ぁ?」

  バルグは鼻で笑うと、首をポキポキと鳴らした。

  「なら話は早い。牙狼族の掟は知っているぞ。『メスは勝者に従う』、だったな? 俺様がテメェをぶっ殺せば、その女は俺のものになるってわけだ」

  「……望むところだ。その汚い口を二度ときけないようにしてやる」

  シルオが剣を抜き放つ。

  その切っ先は迷いなくバルグの喉元に向けられていた。

  集落の広場が、即席の闘技場となる。

  「始めろ!」

  審判の合図とともに、地面が爆ぜた。

  先に動いたのはバルグだった。

  丸太のような豪腕を振り回し、暴風のようなラリアットを繰り出す。

  だが、シルオは速かった。

  狼の俊敏さでそれを紙一重でかわすと、すれ違いざまに斬撃を見舞う。

  「ふんッ!」

  「遅い!」

  シルオの剣技は冴え渡っていた。

  力任せに暴れるバルグの攻撃をいなし、的確に急所を狙って突きを繰り出す。

  バルグの岩のような皮膚にも、徐々に切り傷が増えていく。

  「すごい……シルオ!」

  ボクは拳を握りしめて応援した。

  パワーではバルグが勝っているが、技とスピード、そして知性では圧倒的にシルオが上だ。

  正々堂々と戦えば、シルオが負けるはずがない。

  誰もがそう確信し始めた時だった。

  「チッ、ちょこまかと……うぐっ!?」

  シルオの鋭い一撃が、バルグの膝を捉えた。

  巨体がガクリと崩れ落ちる。

  バルグは片膝をつき、苦悶の表情でうめいた。

  「ま、待て……! 俺の負けだ……降参する!」

  バルグが両手を挙げた。

  戦士として、敗者の命までは奪わないのがシルオの優しさであり、高潔さだ。

  シルオは剣を下げ、警戒を解かずにバルグに歩み寄った。

  「分かったなら、二度とこの村に近づくな」

  「ああ、分かったよ……へへッ!」

  その瞬間だった。

  バルグの手が目にも止まらぬ速さで動き、隠し持っていた袋をシルオの顔面に向けて投げつけた。

  バサッ!

  「ぐあっ!? め、目が……!」

  舞い散ったのは砂だけではない。毒を含んだ粉末が、シルオの視界を奪い、粘膜を焼いたのだ。

  シルオが苦しみに顔を覆ったその隙を、バルグは見逃さなかった。

  「甘いんだよ、ボンボンがぁッ!」

  ドゴォッ!

  バルグの丸太のような蹴りが、無防備なシルオの腹部に突き刺さる。

  くの字に折れ曲がって吹き飛ぶシルオ。

  彼は受け身も取れず地面に転がった。

  「シルオッ!!」

  ボクは悲鳴を上げて駆け寄ろうとしたが、それよりも速くバルグが動いた。

  バルグは倒れたシルオの髪を鷲掴みにし、強引に引き起こした。

  「がっ、あ……」

  「いい女の前で格好つけたかったか? 残念だったなぁ」

  バルグの顔には、先ほどの苦悶など微塵もない。あるのは嗜虐的な愉悦だけだった。

  卑怯だ。

  あまりにも卑怯なやり方だ。

  「やめろ! やめてくれ!」

  ボクの叫びも虚しく、バルグは太い腕をシルオの首に巻き付けた。

  「死ね」

  ボキリ。

  乾いた音が、広場に響き渡った。

  それは、あまりにもあっけない音だった。

  シルオの体が、糸の切れた人形のようにぐたりと力を失う。

  首がありえない方向に曲がっていた。

  「あ……あ……?」

  思考が停止した。

  今、何が起きたの?

  シルオ? ねえ、嘘だよね?

  ついさっき、ボクにスカーフを巻いてくれたばかりじゃないか。

  一生一緒だって、約束したじゃないか。

  バルグはゴミを捨てるようにシルオの遺体を放り投げると、血と脂にまみれた顔でボクを振り返った。

  その口元は、三日月のように醜く歪んでいる。

  「聞いたか、牙狼族ども! お前らの大将は死んだ! 今日から俺様がこの村の長だ!」

  そして、バルグは凍りつくボクの目の前まで歩いてくると、血のついた手でボクの顎を乱暴に掴んだ。

  鼻をつく強烈な獣臭さと、鉄錆のような血の匂い。

  生理的な嫌悪感が全身を駆け巡る。

  「泣くなよ、俺の嫁。弱いオスが死んで、強いオスが残った。自然の摂理だろ?」

  「う……うぅ……っ」

  「いい顔だ。その悔しそうな顔が、俺様の下でどう歪むか楽しみだなぁ、ギャハハハハ!」

  絶望と憎悪で視界が真っ赤に染まる中、ボクの首元では、シルオから貰ったばかりの青いスカーフが、風に虚しく揺れていた。

  [chapter:第2章:復讐の正闘]

  シルオが殺されたあの日から、村の空気は一変した。

  [[rb:牙狼族 > がろうぞく]]の誇り高い空気は淀み、代わりに[[rb:剛鬼族 > ごうきぞく]]の粗暴な怒号と、鼻を突く獣臭が漂うようになった。

  シルオの亡骸は、掟により簡易的な葬儀で埋葬された。

  まだ土も乾いていない墓標の前で、ボクは誓った。

  ただ泣いているだけの弱い女にはならない。ボクは戦士だ。

  シルオの仇を討ち、この不当な支配を終わらせる。

  「おい、ルカ。いつまで辛気臭い顔をしてやがる」

  背後からかけられた声に、ボクは憎悪を込めて振り返った。

  バルグだ。

  彼は族長の館を我が物顔で占拠し、今日も上半身裸でふんぞり返っている。

  その分厚い胸板と、丸太のような腕。

  あの日、卑怯な手でシルオを殺した男。

  「……バルグ。お前に申し込むことがある」

  ボクは声を震わせないように努めながら、彼を睨みつけた。

  首に巻いた青いスカーフを、きつく握りしめる。これがボクの勇気の源だ。

  「あんたとの婚約なんて認めない。ボクは戦士として、あんたに決闘を申し込む」

  「あぁ? 決闘だぁ?」

  バルグは口の端を歪めてニヤついた。

  「牙狼族の掟にはこうある。『夫を殺して新たな勝者になれば、婚姻は破棄できる』。……違うか?」

  「カカッ! 違わねぇな。だが、お前ごときが俺様に勝てるとでも?」

  「勝てる」

  ボクは断言した。

  あの日、シルオは負けていなかった。

  技でも、スピードでも、シルオの方が上だった。

  バルグが勝てたのは、毒と砂を使った卑劣な騙し討ちのおかげだ。

  あんな小細工さえなければ、この筋肉ダルマになど負けるはずがない。

  「いいだろう。退屈しのぎにはなりそうだ。かかってこいよ、愛しの花嫁ちゃん」

  場所は、シルオが殺されたあの広場。

  村中の牙狼族が見守る中、ボクは二振りの短剣を構えてバルグと対峙した。

  [uploadedimage:23537240]

  バルグは素手だ。武器など必要ないと言わんばかりの態度が、腹立たしい。

  「今回は小細工なしだ。正々堂々と叩き潰してやる!」

  「威勢だけは一人前だな。ほら、どこからでも来な」

  開始の合図と同時に、ボクは地面を蹴った。

  (速さなら、ボクの方が上だ!)

  狼の特性を持つボクたちの瞬発力は、亜人の中でもトップクラスだ。

  重鈍な剛鬼族になど、目で追うこともできないはず。

  ヒュンッ!

  ボクは風になった。

  バルグの懐に一瞬で飛び込み、その強靭な太ももを切り裂く――はずだった。

  ガィィィン!!

  「なっ……!?」

  手首に走る痺れに、ボクは目を見開いた。

  短剣が弾かれたのだ。

  防具など着けていない。ただの筋肉に、刃が通らなかった。

  まるで岩石を斬りつけたような硬度。

  「軽い、軽い」

  バルグが面倒くさそうに腕を払う。

  ただそれだけの動作が、暴風のような衝撃を生んだ。

  ボクは慌ててバックステップで回避するが、頬を風圧が掠めただけでヒリヒリと痛む。

  (なんだ、今の硬さは……! それに、あの腕力……!)

  「どうした? もっと本気で斬りに来ないと、マッサージにもならんぞ」

  バルグはあくび混じりに、脇をボリボリと掻いた。

  その仕草だけで、周囲にムワッとした強烈な体臭が広がる。

  焦げたスパイスと古い油を煮詰めたような、雄の匂い。

  戦いの緊張感の中で嗅ぐその匂いは、不快なのに、どこか生物としての危機感を煽る強烈な存在感を持っていた。

  「ふざけるなッ!」

  ボクは再び加速した。

  硬いなら、関節や急所を狙うだけだ。

  喉元、脇の下、膝裏。

  ボクは銀色の旋風となってバルグの周囲を駆け巡り、無数の斬撃を浴びせた。

  キンッ! ガンッ! ドムッ!

  当たっている。確かに捉えている。

  だが、バルグは一歩も動かない。

  ボクの刃が皮膚を切り裂いても、その下の分厚すぎる筋肉の層が刃を止めてしまうのだ。

  血は出ているが、すべて浅い。

  「ちょこまかと……鬱陶しいハエだ」

  バルグの目が、ギロリと動いた。

  その瞬間、ボクの背筋に悪寒が走った。

  「捕まえた」

  ズドンッ!!

  「ぐあぁっ!?」

  見えなかった。

  ボクが背後に回った瞬間、バルグが裏拳を放ったのだ。

  あの巨体からは信じられないほどの反応速度。

  とっさに短剣をクロスさせてガードしたが、衝撃殺しきれず、ボクの体はボールのように吹き飛ばされた。

  地面を数メートル転がり、受け身を取って立ち上がる。

  腕が痺れて感覚がない。愛用の短剣には、ヒビが入っていた。

  「はぁ……はぁ……嘘だろ……」

  「シルオとか言ったか? あいつはまあまあ速かったが、お前は軽すぎる」

  バルグがゆっくりと歩み寄ってくる。

  その一歩一歩が、処刑台へのカウントダウンのように重い。

  「な、なんで……あの時は、シルオに押されていたじゃないか……!」

  「あぁ? ああ、あれか」

  バルグは邪悪な笑みを深めた。

  「まともにやって勝てる相手だったが、面倒だったんだよ。毒を使って絶望させた方が、殺した時に気持ちいいだろ?」

  「……っ!!」

  全身の血が凍りついた。

  こいつは、実力で劣っていたから卑怯な手を使ったんじゃない。

  ただの「遊び」で、シルオを嬲り殺しにしたんだ。

  圧倒的な強者の余裕。

  それが意味する絶望的な実力差に、ボクの膝がガクガクと震え始めた。

  「さて、準備運動は終わりだ」

  バルグが目の前に立つ。

  その巨大な影が、ボクをすっぽりと覆い隠した。

  見上げると、爛々と光る捕食者の目と、密集した剛毛に覆われた脇の下が見えた。

  「俺様の嫁になるための『教育』をしてやるよ」

  逃げ場はない。

  短剣を構える手は震え、呼吸は乱れている。

  正攻法では勝てない。

  スピードでも、パワーでも、耐久力でも、すべてにおいて規格外の化け物。

  ボクは初めて、心からの恐怖を感じていた。

  [chapter:第3章:屈辱のヘッドロック]

  「う、うわぁぁぁぁッ!!」

  恐怖を振り払うように、ボクは[[rb:咆哮 > ほうこう]]した。

  思考するな。ただ動け。止まったら殺される。

  ボクは残った力を振り絞り、ひび割れた短剣を逆手に持ち直して突っ込んだ。

  狙うは一点、バルグの目玉だ。いかに鋼のような肉体を持っていても、眼球だけは鍛えられないはず。

  「死ねぇッ!!」

  ボクの切っ先が、バルグの右目に迫る。

  だが、バルグは瞬きひとつしなかった。

  避ける必要すらないと判断したのか、あるいは――。

  バキンッ!!

  「あ……?」

  乾いた音が響いた。

  ボクの手から、衝撃とともに短剣が消え失せていた。

  バルグが素手で、振り下ろされた刃を側面から叩き折ったのだ。

  折れた刃が空を舞い、地面に突き刺さる。

  「終わりか?」

  バルグの巨大な掌が、ボクの顔面に伸びてくる。

  避けられない。

  視界が大きな手で覆い尽くされ、次の瞬間、世界が反転した。

  「がっ……!?」

  首に凄まじい衝撃。

  ボクの体は軽々と宙に持ち上げられ、そのまま万力のような力で締め上げられた。

  ヘッドロックだ。

  だが、ただのヘッドロックではない。

  身長差のあるバルグが立ったまま極めているため、ボクの両足は地面から浮き、完全に吊り下げられた状態になっていた。

  「ぐぅっ……! はな、せ……!」

  ボクは必死にバルグの腕を爪で引っ掻き、足をバタつかせた。

  しかし、バルグの腕は丸太のように太く、岩のように硬い。

  締め付けられる首の骨がミシミシと悲鳴を上げる。頸動脈が圧迫され、意識が遠のきかける。

  だが、それ以上にボクを苦しめたのは、暴力的なまでの「匂い」だった。

  「んぐっ……!? く、さ……っ」

  ヘッドロックを極められたボクの顔面は、バルグの右脇に完全に埋め込まれていた。

  そこは、まさに地獄の釜の蓋を開けたようだった。

  視界いっぱいに広がるのは、黒々とした剛毛のジャングル。

  激しい戦闘によって分泌された脂汗が、その毛の一本一本にびっしりと絡みつき、ぬらぬらと光っている。

  そして、そこから立ち昇る蒸気のような熱気とともに、強烈な悪臭がボクの鼻腔を直撃した。

  「う、ぐぅ……ッ!!」

  目に沁みる。

  比喩ではなく、本当に目が潰れるかと思うほどの刺激臭だった。

  何日も風呂に入らず、血と泥にまみれ、獣の肉を食らって生きてきた剛鬼族特有の、鼻が曲がりそうなムスク臭。

  酸味を帯びた汗の匂いと、男の身体から発せられる濃厚なフェロモンが煮詰まり、濃縮された毒ガスとなってボクの呼吸器を蹂躙する。

  息ができない。

  いや、息を吸うたびに、バルグの脇の匂いが肺の奥底まで侵入してくる。

  酸素の代わりに、この男の悪臭で全身が満たされていく感覚。

  「おえっ……げほっ……!」

  涙と鼻水が溢れ出す。

  あまりの臭さに嘔吐感がこみ上げるが、口を開けばさらに匂いが入ってくる。

  汚い、臭い、気持ち悪い。

  殺されたシルオの清潔な石鹸の香りとは対極にある、野蛮な雄の臭いだ。

  こんなものを嗅がされ続けるなんて、死ぬより屈辱的だ。

  もがくボクの耳元で、バルグが低い声で囁いた。

  「このまま絞め落とされたらお前の負けだな。俺様の嫁になる覚悟、今のうちに決めとけよ?」

  「……っ!!」

  その言葉に、ボクの脳内で警報が鳴り響いた。

  負け? 嫁?

  そんなこと、認めてたまるか。

  こいつの妻になるということは、シルオへの裏切りだ。

  一生、この悪臭の中で生きることになるなんて、絶対に嫌だ!

  「いやだ……ふざ、けるなっ!!」

  ボクは最後の力を振り絞り、狂ったように暴れた。

  爪を立て、バルグの脇腹を蹴り上げ、首を振って脇から抜け出そうとする。

  だが、バルグはビクともしなかった。

  むしろ、ボクの抵抗を楽しむように、下卑た笑い声をあげる。

  「ギャハハハハ! いいぞ、もっと暴れろ! その無駄な足掻きがたまらねぇ!」

  「あがっ……ぐ、ぅ……!」

  バルグがさらに腕に力を込める。

  逃げ場のない密室で、顔がさらに深く、脇の最深部へとめり込む。

  そこは最も匂いが強い場所だ。

  ツンとするアンモニア臭と、野生動物の巣穴のような強烈な体臭が、脳髄を直接殴りつけてくる。

  「はな、せ……くさ、い……!」

  「寝てろ」

  グンッ、と視界が揺れた。

  頸動脈への圧力が限界を超え、世界が急速に暗転していく。

  薄れゆく意識の中で最後に感じたのは、頬にベッタリと張り付く剛毛の不快な感触と、肺の空気をすべて塗り替えるほどの、圧倒的な雄の悪臭だった。

  (負ける……ボクは……こいつに……)

  プツン、と思考が途切れる。

  ボクは白目を剥き、だらりと手足を垂らして意識を手放した。

  勝者の腕の中で、たっぷりとその「敗北の匂い」を体に刻み込まれながら。

  [chapter:第4章:婚約者としての朝]

  小鳥のさえずりと、カーテンの隙間から差し込む日差し。

  穏やかな朝の気配に、ボクはゆっくりと瞼を開けた。

  「……っ、うぅ……」

  起き上がろうとした瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。

  ズキズキと脈打つ鈍痛。喉が焼けるように渇いている。

  ボクは反射的に自分の首に手をやった。

  そこには、昨夜の万力のような締め付けの感触が、幻影のように残っていた。

  「ここ……は……?」

  見回すと、そこは薄汚い地下牢ではなかった。

  天蓋付きの大きなベッドに、高級そうな調度品。

  族長の館の中でも、客人を迎えるための最も上等な部屋だ。

  「ボクは……生きてるのか?」

  慌てて自分の体を確認する。

  戦闘装束はボクのままだが、あちこちがはだけて乱れている。

  だが、秘部や胸に直接触れられた痕跡はない。

  昨夜、あのまま気を失って……殺されも、犯されもしなかったのか?

  ガチャリ。

  重厚な扉が開く音がして、ボクは弾かれたように身構えた。

  「よう、やっとお目覚めか。俺の嫁」

  入ってきたのは、バルグだった。

  朝だというのに、やはり上半身は裸だ。

  岩のような筋肉の鎧を見せつけながら、彼は気安く部屋に入ってきた。

  「バルグ……ッ!」

  ボクはベッドから飛び降り、構えを取ろうとした。

  だが、足に力が入らない。膝がガクガクと笑っている。

  それだけではない。

  バルグが部屋に入ってきた瞬間、空気の流れが変わったのだ。

  ムワッ……。

  部屋の空気を塗り替えるような、濃厚な獣の臭い。

  昨夜の戦闘の汗は拭ったようだが、それでも彼自身の体から発せられる根本的な体臭――強烈な雄のムスク臭が、鼻腔を刺激した。

  「ひっ……!?」

  その匂いを嗅いだ瞬間、ボクの喉から短い悲鳴が漏れた。

  脳裏にフラッシュバックする光景。

  視界を埋め尽くす剛毛。

  呼吸を奪う悪臭。

  そして、絶対的な力でねじ伏せられ、意識を刈り取られた恐怖。

  (なんだ……今の……?)

  ただ臭いだけじゃない。

  この匂いを嗅ぐと、体が勝手に縮こまり、心臓が早鐘を打つのだ。

  まるで「この匂いの主には逆らうな」と、細胞が警告しているかのように。

  「おいおい、そんなに怯えるなよ。昨日はあんなに威勢が良かったじゃねぇか」

  バルグはニヤニヤと笑いながら、無造作に距離を詰めてくる。

  彼にとっては、ボクの反応はただ「力に屈して怯えている」ようにしか見えていないのだろう。

  一歩近づくたびに、匂いが濃くなる。

  ボクは後ずさりし、ベッドの縁に追い詰められた。

  「くるな……! 近寄るなッ!」

  「つれないなぁ。せっかく朝の挨拶に来てやったのに」

  バルグはボクの抵抗など意に介さず、強引にボクの隣に腰を下ろした。

  ドサリとベッドが沈む。

  巨大な熱源がすぐ横にある。

  彼の太い腕が、ボクの肩に回された。

  「ひぅっ!」

  「安心しろ。寝ている間に手出しはしてねぇよ。……昨日のアレでお前は失神した。つまり俺の勝ちだ。文句はねぇよな?」

  「認めない……! ボクはまだ、負けてない……!」

  震える声で言い返すが、バルグの腕を振り払う力が出ない。

  至近距離。

  彼の脇の下が、ボクの顔のすぐ近くにある。

  昨夜ほどではないにせよ、そこからはツンとするスパイシーな刺激臭が漂ってくる。

  「ふん、口では強がっても、体は正直だぜ? 震えてるじゃねぇか」

  バルグは楽しそうにボクの耳元で囁いた。

  その吐息までもが獣臭い。

  「いいかルカ。お前はもう俺のものだ。だが、ただ犯すだけじゃつまらねぇ。お前のその高慢な心をへし折って、自分から股を開くようにしてやる」

  「そ、そんなこと……死んでも……!」

  「死なせねぇよ。じっくりと時間をかけて、誰が主人か身体に教えてやる」

  バルグはそう言って、凝り固まった筋肉をほぐすように、ボクの顔の前で大きく両腕を上げて伸びをした。

  「んーん、今日もいい天気だ」

  その無防備な動作と共に、がら空きになった脇の下から、ブワッと濃厚な匂いが拡散した。

  「っ……!!」

  ボクは反射的に息を止めたが、遅かった。

  鼻先数センチの距離で放たれた強烈な雄のフェロモンが、ボクの脳髄を直撃する。

  嫌悪感と、それに相反する奇妙な高揚感。

  昨夜、意識を失う寸前に感じた「敗北の快感」が、微かに蘇る。

  「じゃあな。飯ぐらいは食わせてやるから、しっかり体力つけとけよ。夜は長いからな」

  バルグはボクの異変になど気づく様子もなく、ボクの頭を子供のようにガシガシと撫で回すと、高笑いを残して部屋を出て行った。

  バタン、と扉が閉まる。

  部屋に残されたのは、乱れたベッドとボク。

  そして、部屋中に充満したバルグの残り香だけだった。

  「……うぅ……っ」

  ボクはその場に崩れ落ちた。

  悔しい。あんな奴に気安く触られて、抵抗できなかったことが悔しい。

  けれど、それ以上に恐ろしかった。

  彼の無自覚な匂いに、体が勝手に反応してしまった自分が。

  「シルオ……ボクは、どうすれば……」

  ボクは震える手で、首に巻かれた青いスカーフを握りしめた。

  これだけが、ボクの理性を繋ぎ止める最後の砦だった。

  [chapter:第5章:汚された形見]

  夜の帳が下り、屋敷は静寂に包まれた。

  バルグは「夜は長い」と言っていたが、今夜はまだ寝室には現れていない。

  それが、ボクに与えられた僅かな猶予だった。

  豪奢なベッドの上で、ボクは膝を抱えて震えていた。

  孤独と不安。そして、体の中に残り続ける「熱」のような違和感。

  昼間、バルグに触れられた肩や、匂いを嗅がされた鼻の奥が、まだじんじんと痺れている。

  「怖い……ボク、どうなっちゃうんだろう……」

  戦士としての誇りは、昨日の敗北で粉々に砕かれた。

  あの圧倒的な力の前では、ボクはただの無力なメスでしかないことを思い知らされたのだ。

  そんなボクを支えてくれるのは、もうこの世にいない愛する人の思い出だけ。

  「シルオ……助けて……」

  ボクは首元の結び目を解き、青いスカーフを両手で包み込んだ。

  シルオがくれた、最愛の証。

  このスカーフには、彼の優しさと、あの日の清らかな空気の匂いが染み込んでいるはずだ。

  彼の匂いを嗅げば、きっとこの体の火照りも静まり、正気を取り戻せる。

  ボクは祈るような気持ちで、スカーフに顔を埋め、大きく息を吸い込んだ。

  「スーッ…………ぅ、っ!?」

  期待していた安らぎは、そこにはなかった。

  代わりにボクの肺を満たしたのは、吐き気を催すほど強烈で、鼻を刺すような酸っぱい刺激臭だった。

  「な、なんで……? 嘘だ……」

  ボクはパニックになりながら、スカーフの別の場所を嗅いだ。

  しかし、どこを嗅いでも同じだった。

  シルオの爽やかな香りは完全に消え失せ、バルグの脂ぎった汗の匂いと、獣臭い体臭が繊維の奥まで染み付いていたのだ。

  昨日の戦い。

  ヘッドロックを極められた時、ボクの首に巻かれていたこのスカーフもまた、バルグの脇の下に長時間押し付けられていたのだ。

  あの密室の中で、大量の脂汗と濃厚なフェロモンをたっぷりと吸い込んでしまったのだ。

  「いやだ……臭い、臭いのに……っ!」

  スカーフを投げ捨てようとした。

  けれど、指が動かなかった。

  脳は「悪臭だ」と拒絶しているのに、体はこの匂いを「強者の証」として認識し、歓迎してしまっている。

  ドクン、ドクン。

  股間の奥が、脈打ち始めた。

  この匂いを嗅いだ瞬間、昨夜の敗北の記憶が呼び覚まされる。

  動けない体。圧倒的な暴力。そして、意識を刈り取るほどの雄の匂い。

  あの時味わった恐怖と絶望が、脳内で快楽物質へと変換されていく。

  「はぁ、はぁ……ちがう、ボクはシルオが好きなのに……こんな、臭いのが好きなわけないのに……っ」

  否定すればするほど、感覚は鋭敏になる。

  ボクは涙を流しながら、汚されたスカーフを再び顔に押し当てた。

  嫌悪感で顔をしかめながらも、鼻腔を広げて匂いを探ってしまう。

  「くさっ、ぁ……ツンとする……おとこの、におい……っ」

  スカーフ越しに吸い込む空気は、まるでバルグの脇に直接顔を埋めているような錯覚を起こさせた。

  彼の体温、湿り気、そして圧倒的な存在感。

  「あ、あっ、うぅっ……❤️」

  無意識のうちに、ボクの手はスカートの中へと滑り込んでいた。

  下着の上から秘部に触れると、そこはすでに愛液でぐっしょりと濡れていた。

  シルオとの思い出の品で、仇の男の匂いを嗅ぎながら発情している。

  その背徳感が、さらに興奮を煽った。

  「ゆるして、シルオ……ごめんなさい……っ」

  ボクは泣きじゃくりながら、指を秘裂に這わせた。

  クリトリスを擦るたびに、頭の中が真っ白になっていく。

  「んぁっ❤️ くさいっ、バルグのにおいっ❤️ あたま、おかしくなるぅっ❤️」

  スカーフを口元に押し当て、その繊維を噛む。

  口の中にも広がる苦くてしょっぱい味と匂い。

  それがバルグの汗の味だと気づいた瞬間、ボクの腰が大きく跳ねた。

  「ひギッ……❤️ いいっ、これ、いいぃっ……❤️」

  ボクは夢中で指を動かした。

  もうシルオの顔は浮かばない。

  瞼の裏にあるのは、ニヤニヤと笑うバルグの顔と、黒々とした剛毛に覆われた脇の下だけ。

  「あ、いくっ、イくぅっ……! バルグのにおいで、イっちゃうぅぅぅッ❤️」

  ビクンビクンと体が痙攣し、絶頂の波が押し寄せる。

  ボクは汚されたスカーフを顔に被ったまま、だらしなく舌を出してアクメに達した。

  静寂が戻った部屋には、荒い息遣いと、水音だけが響いていた。

  ボクは汗ばんだ体で横たわり、自分のしたことに呆然としていた。

  手には、バルグの匂いが染み付いたスカーフが、まるで大切な宝物のように握りしめられていた。

  [chapter:第6章:抗う理性と疼く本能]

  バルグとの共同生活が始まってから、数日が過ぎた。

  彼はボクを鎖で繋ぐことも、牢屋に入れることもしない。

  「逃げたきゃ逃げろ。どうせ俺からは逃げられねぇし、牙狼族の女は負けた相手に従うもんだろ?」

  その余裕に満ちた態度は、何よりも強固な檻となってボクを縛り付けていた。

  そして、この生活の中で繰り広げられる彼との接触が、ボクの心を少しずつ、だが確実に蝕んでいた。

  ◆

  ある日の午後。

  ボクはバルグがソファで微睡んでいる隙を突き、背後から音もなく忍び寄って殴りかかった。

  武器は取り上げられているが、拳ひとつでも急所に入れば悶絶させられるはずだ。

  パシッ。

  「……あ?」

  しかし、ボクの渾身の拳は、バルグの分厚い掌に軽々と受け止められていた。

  バルグは振り返りもせず、あくびを噛み殺しながらボクの手首を捻り上げる。

  「痛っ、つぅ……!」

  「元気なのはいいが、旦那に手を上げるのは感心しねぇな。教育的指導だ」

  グイッと腕を引かれ、ボクは体勢を崩してバルグの胸に飛び込んでしまう。

  そのまま太い腕がボクの首に巻き付き、数日前と同じ体勢――ヘッドロックに捉えられた。

  「んぐっ!?」

  「少し反省してろ」

  今回は絞め落とすための技ではない。単に動きを封じるための軽い締め付けだ。

  だが、顔の位置は変わらない。

  ボクの鼻先は、またしてもバルグの右脇に埋もれていた。

  「ふぐっ……んぅ……ッ!」

  ムワッとした熱気とともに、あの強烈な匂いが襲ってくる。

  風呂上がりでも消えることのない、染み付いた獣の脂と、ツンとくる雄のフェロモン。

  嫌だ、臭い、離して。

  頭ではそう思うのに、身体の反応は真逆だった。

  「ぁ……すぅ……はぁっ……❤️」

  鼻が曲がりそうな悪臭を吸い込んだ瞬間、背筋に電流のような快感が走る。

  ビクンッ、ビクンッ!

  ボクの体は恐怖ではなく、歓喜で痙攣し始めた。

  膝が勝手に笑い、太ももが擦り合わされる。

  「あん? なんだお前、震えてんのか?」

  バルグが不思議そうに腕を緩めて覗き込んでくる。

  そこには、涙目で顔を紅潮させ、うっとりと脇の匂いを堪能しているボクの姿があった。

  「はひっ……いいにおい、ですぅ……❤️」

  「……おいおい。ただのお仕置きのつもりだったが、まさか感じてんのか? とんだドM女だな」

  バルグは呆れたようにボクを解放した。

  ボクは床にへたり込み、荒い息をつきながら自分の失態に愕然とする。

  違う、ボクはそんなつもりじゃ……ただ、匂いが凄すぎて……。

  ◆

  また別の日。

  バルグが庭で激しいトレーニングを終え、汗だくで戻ってきた時のことだ。

  近くに手頃な布がなかったのか、彼は滴る汗を鬱陶しそうに拭っていた。

  ボクは無意識のうちにタオルを手に取り、彼に差し出していた。

  「……これ、使えよ」

  「ん? おう、気が利くな」

  バルグはタオルを受け取ると、豪快に顔と体を拭き、そして大きな手でポンとボクの頭を撫でた。

  「ありがとよ、ルカ」

  「っ……」

  その瞬間、ボクの心臓がトクンと跳ねた。

  ただ礼を言われて、子供扱いされただけだ。

  なのに、頭を撫でる掌の重みと温かさが、たまらなく心地よかった。

  ボクの尻尾がピーンと立ち、パタパタと左右に揺れる。

  (あ……嬉しい……もっと褒められたい……もっと役に立ちたい……)

  胸の奥から湧き上がる、温かい幸福感と奉仕欲。

  強い雄に認められた喜び。守られているという安心感。

  ボクはうっとりと目を細めかけ――ハッとして激しく首を振った。

  「ち、違うっ!!」

  (何を考えてるんだボクは! こいつはシルオを殺した仇だぞ!?)

  自分の思考の変質に戦慄する。

  憎まなければならないのに、優しくされると尻尾を振ってしまう。

  ボクの魂が、牙狼族の本能に侵食され始めていた。

  ◆

  さらに数日後の夕方。

  ボクが窓辺で外を眺めていると、背後から巨大な影が覆いかぶさってきた。

  「きゃっ!?」

  背後からの抱擁。

  丸太のような腕がボクの腰を抱きすくめ、背中にバルグの硬い胸板と腹筋が押し当てられる。

  逃げようとしたが、密着した背中から伝わる彼の体温と、全身を包み込む濃厚な体臭に、足の力が抜けてしまう。

  「こうしてみると、意外にデカいもんぶら下げてんだな」

  「ひゃうっ!?」

  大きな手が、服の上からボクの胸を鷲掴みにした。

  乱暴で、デリカシーのない手つき。

  痛みすら感じるほどの強さで揉みしだかれる。

  「や、やめ……さわらな、いで……っ!」

  「嫌がってる割には、心臓がバクバク言ってるぞ? それに……」

  バルグがボクのうなじに顔を埋め、スーッと匂いを嗅ぐ。

  その鼻息が首筋にかかるたびに、ボクの身体は溶けたように崩れ落ちていく。

  「ここ、もう濡れてるじゃねぇか」

  「っ……! ちが、う……!」

  違うと言いたいのに、秘部はすでに洪水のような愛液を垂れ流していた。

  背中全体を包み込むバルグの体臭。

  まるで匂いの檻に閉じ込められたようだ。

  「あ、あぁ……バルグ……っ❤️」

  抵抗していた腕がだらりと下がる。

  口元からはしまりのない涎が糸を引き、ボクは自らバルグの胸板に背中を預け、体重を委ねてしまった。

  悔しい。彼に触られるだけで、こんなに気持ちよくなってしまうなんて。

  ◆

  そして、決定的な出来事が起きた。

  食事の後、ボクの口元についた汚れを指摘したバルグが、突然顔を近づけてきたのだ。

  「へへッ、可愛い反応だ。ご褒美をやるよ」

  バルグはボクの顎を掴むと、有無を言わさず唇を重ねてきた。

  「んぐっ!?」

  甘さなど欠片もない、捕食するようなキス。

  肉を食らった後のような野性的な味と、唾液の匂い。

  最初は必死に唇を閉じて抵抗した。

  だが、バルグが強引に舌をねじ込んでくると、ボクの理性はあっけなく決壊した。

  「んむっ、ちゅ、じゅるっ……ふぁ……っ❤️」

  (だめ……嫌なのに……舌が、勝手に……!)

  ボクはバルグの首に腕を回し、自分から貪るように舌を絡め返していた。

  彼の口内の匂いを吸い込み、唾液を飲み込むたびに、頭の中が幸せな色に染まっていく。

  仇であるはずの彼が、今、世界で一番愛しい雄に思えてしまう。

  「ぷはっ……。なんだ、十分その気じゃねぇか」

  唇が離れると、バルグは満足げに笑った。

  ボクはとろんとした目で彼を見つめ返し、もう少しで「もっと」とねだりそうになって、ハッと我に返った。

  (な、何を……ボクは今、何をしようとした!?)

  バルグが部屋を出て行った後、ボクは鏡の前で自分の顔を見て戦慄した。

  そこには、復讐に燃える戦士の顔などなかった。

  頬を染め、目は潤み、だらしなく口を開けた、発情したメスの顔が映っていたのだ。

  「う、嘘だ……こんなのボクじゃない……」

  手が震える。

  憎い。あいつは憎い仇だ。

  なのに、心が、体が、あいつを求めている。

  シルオの顔が思い出せない。

  頭の中が、バルグの匂いと感触だけで埋め尽くされていく。

  憎しみよりも、好意と愛情が勝り始めている事実に、ボクは恐怖した。

  「このままじゃ……ボクは本当に、あいつのモノになっちゃう……」

  完全に堕ちてしまえば、きっとシルオへの罪悪感すら消えてしまうだろう。

  自分が自分でいられる時間は、もう残り少ない。

  「殺さなきゃ……」

  ボクは決意した。

  正々堂々とか、戦士の誇りとか、もう言っていられない。

  この狂った本能を断ち切るには、根源であるバルグの命を絶つしかない。

  「今夜だ。あいつが寝静まったら……絶対に殺す」

  ボクは自分の頬を両手で叩き、消え入りそうな理性を必死に繋ぎ止めた。

  それが、自分をメスという名の沼へ突き落とす、最後の引き金になるとも知らずに。

  [chapter:第7章:寝所の罠]

  深夜。屋敷は深い静寂に包まれていた。

  廊下を歩く自分の足音すら、心臓の鼓動のように大きく聞こえる。

  ボクの手には、厨房から盗み出した肉切り包丁が握られていた。

  戦士の武器ではない。けれど、命を刈り取るには十分だ。

  (やるんだ。今夜、絶対に)

  ここ数日の出来事が、脳裏をよぎる。

  強烈な雄の臭いに翻弄され、あろうことか快感を覚えてしまった自分。

  仇であるはずの男に優しくされ、心を許しかけてしまった自分。

  ボクの体も心も、すでに半分以上、あの男の色に染められている。

  (……このままじゃ、ボクは本当に戦士ではなくなってしまう)

  だから、殺す。

  だが、寝込みを襲うなど、牙狼族の戦士としてあるまじき卑怯な行いだ。

  そんな恥知らずな真似をして、おめおめと生き延びるわけにはいかない。

  それに、こんなに汚れてしまったボクが、シルオのいない世界で生きていくなんて、そんなの……。

  (だから、道連れだ。ボクも死ぬ)

  バルグを殺し、すぐに自らの喉を掻っ切る。

  それは、戦士としての「けじめ」であり、守れなかったシルオへのせめてもの「贖罪」だ。

  そう、これは復讐なのだ。

  ボクはそう自分に言い聞かせた。

  けれど、心の奥底、自分でも気づかない深層意識の闇の中で、もうひとつの想いが蠢いていた。

  『殺して、死ねば、永遠に一緒だ』

  『地獄の底まで鎖で繋がれれば、もう誰にも引き離されない』

  心中を選んだ本当の理由は、憎しみではなく、死んで魂になっても尚、あの強烈な雄の存在から離れたくないという、歪みきった独占欲だった。

  ガチャリ。

  音もなく扉を開け、部屋の中へと滑り込む。

  寝台には、大の字になって眠るバルグの巨大な姿があった。

  深いいびきをかいている。完全に熟睡しているようだ。

  ボクは音を立てないように、ゆっくりとベッドサイドへ近づいた。

  月明かりに照らされたバルグは、無防備そのものだった。

  その太い首筋に、この刃を突き立てれば、すべてが終わる。そして、すべてが始まる。

  (地獄へ落ちろ、バルグ。……寂しくないように、ボクもすぐに行くから)

  ボクは包丁を両手で握りしめ、高く振り上げた。

  刃先が震えているのは、死への恐怖か、それとも永遠の結合への期待か。

  ボクは呼吸を止め、刃を振り下ろそうとした、その時だった。

  「……んぐ、ぁ……」

  バルグが寝苦しそうにうめき、大きく寝返りを打った。

  ボクの方を向くような体勢になり、縮こまっていた右腕が、大きく頭上へと跳ね上げられる。

  その瞬間。

  一晩中、閉ざされた脇の下で熟成されていた空気が解放された。

  フワッ……。

  「――――ッ!?」

  ボクの顔面を、見えない暴力が殴りつけた。

  それは、新鮮で、濃厚で、暴力的なまでに雄々しい「匂い」の塊だった。

  時が止まった。

  振り下ろされるはずだった腕が、空中で凍りついたように静止する。

  (んぁぁぁぁッ!? な、なにこれ……くさぁいッ! すごぉいッ! バルグのにおぉいッ❤️)

  鼻腔から脳髄へ、閃光のような衝撃が突き抜けた。

  睡眠中に分泌されたじっとりとした寝汗と、剛鬼族特有の野生的なフェロモン。

  それが一気に解放され、ボクの嗅覚を蹂躙したのだ。

  ツンとくる酸味、焦げたようなスパイシーさ、そして圧倒的な「強者」の存在感を主張する香り。

  毒ガスのように強烈なのに、ボクの本能はそれを「極上の芳香」だと誤認してしまった。

  「ぅ……あ……」

  カラン、と乾いた音を立てて、包丁が床に落ちた。

  けじめ? 贖罪?

  そんな理屈は、本能の奔流の前では木の葉のように吹き飛んだ。

  今のボクには、目の前の「匂いの泉」以外、何も見えない。

  視線が、バルグの脇に吸い寄せられて離れない。

  月明かりに濡れて光る黒々とした剛毛。玉のような汗の粒。

  そこから立ち昇る湯気が見えるようだ。

  (嗅ぎたい……もっと、近くで……肺の中全部、この匂いにしたい……ッ!)

  ボクはふらふらとベッドに這い上がった。

  四つん這いになり、犬のように鼻をひくつかせる。

  「くん……くんか……っ❤️」

  まだ足りない。こんな距離じゃ物足りない。

  ボクはバルグの顔の横へと移動し、吸い寄せられるように、無防備に開かれた右脇へと顔を埋めた。

  「すーっ、はぁ……っ! くんか、くんか、すぅぅぅぅぅ…………っ❤️」

  剛毛が顔に当たるチクチクとした感触。

  鼻先が汗ばんだ皮膚に触れ、直接匂いを吸い込む。

  脳が溶けるような快感に、ボクの瞳孔が開く。

  (あぁっ❤️ くさい、くさいよぉ❤️ バルグの寝汗、濃い匂い……たまらないっ❤️)

  頭の中では絶叫に近い歓喜の声が響いているが、口から漏れるのは、ただただ匂いを貪る獣の呼吸音だけだった。

  「すんっ、すんっ! はぁーっ……んふぅっ❤️」

  顔を左右に振って、脇の下の奥の奥、一番匂いが溜まっているくぼみに鼻をねじ込む。

  ムワッとした湿気が顔全体を覆う。

  まるで、バルグの体の一部になったかのような錯覚。

  「ふごっ、くん……すーっ、はぁぁぁ……んんっ❤️」

  一度吸い込んだだけでは満足できない。

  吐いた息が脇の下で温められ、さらに匂いを増して跳ね返ってくる。

  それをまた吸い込む。

  永遠に続く悪臭の循環。

  「じゅる……ぺろっ、ちゅぅ……っ❤️」

  匂いだけでは我慢できず、ボクは舌を伸ばした。

  剛毛に絡みついた汗の雫を舐め取る。

  しょっぱい。苦い。そして、たまらなく雄臭い。

  これがボクの主人の味だ。

  「あぁ……バルグ……くんか、くんか……だいすき、におい、すきぃ……っ❤️」

  ボクは自分の頬を、汗ばんだ脇肉に擦り付けた。

  自分の匂いと彼の匂いを混ぜ合わせるように、執拗に、何度も何度も。

  股間からは愛液が溢れ出し、シーツをぐっしょりと濡らしていく。

  包丁を握っていた手は、今はバルグの太い腕を抱きしめ、逃がさないようにしがみついている。

  「一緒に死ぬ」という無意識の願望は、「一緒に生きる」という純粋な本能へと完全に上書きされていた。

  今ここにいるのは、強い雄の脇臭に屈服し、それを酸素代わりに貪るだけの、発情した哀れなメス犬だった。

  [chapter:第8章:芳香への堕落]

  「くん……くんか、くんか……っ! すーっ、はぁぁぁ……っ❤️」

  静寂な寝室に、濡れた鼻息と、布や皮膚が擦れる音だけが響いている。

  ボクは夢中だった。

  目の前にある、黒々とした剛毛の森。そこから溢れ出る、世界で一番濃厚な雄の泉。

  「んぷっ、じゅる……ぺろっ……んふぅっ❤️ たまらない、この匂い……っ❤️ くんか、くんか……っ❤️」

  顔を押し付けるたびに、ムワッとした熱気と、脳みそが痺れるような強烈な雄の香りが突き抜ける。

  くさい。ものすごく、くさい。

  けれど、それはボクにとって最高の刺激だった。吸い込むたびに、子宮がキュンキュンと疼いて、愛液が太ももを伝っていくのが分かる。

  「あぁ……バルグ、バルグ……っ❤️ いい匂い……ボクの旦那様の匂い……っ❤️」

  ボクは四つん這いになり、眠るバルグの脇の下に顔を突っ込んで、一心不乱にその空気を貪っていた。

  もっと奥、もっと濃いところ。

  舌を伸ばして、汗ばんだ皮膚を舐める。しょっぱくて苦い、強くてたくましい雄の味。

  「……んぐ、ぁ? なんだ、くすぐってぇな……」

  頭上で低い声が響いた。

  バルグが目を覚ましたのだ。

  けれど、ボクは止まらなかった。むしろ、彼が起きたことで体温が上がり、匂いがさらに強くなったことに歓喜して、さらに強く顔を擦り付けた。

  「んんっ! すーっ、はぁっ……❤️ おはよう、バルグ……っ❤️」

  「おいおい、ルカ。夜中に人の寝床に忍び込んで……って、お前、俺の脇に顔突っ込んで何してやがる」

  バルグが呆気にとられたようにボクを見下ろしている。

  ボクは涙目で彼を見上げ、その太い腕にしがみついた。

  「だって……だって、お前がいけないんだぞ……っ❤️」

  「あぁ? 俺が?」

  「そうだよ……! ボクのこと、婚約者だって言ったくせに……全然手を出してくれないじゃないかっ! 毎日毎日、こんなにいい匂いを嗅がせておいて……ボク、もう我慢の限界なんだっ……っ❤️」

  ボクはバルグの胸板に頬ずりし、濡れた瞳で訴えた。

  もう理屈なんてどうでもいい。ただ、焦らされた雌の乾きを、この雄に満たしてほしいだけ。

  バルグはニヤリと口角を上げたが、その目には驚きの色が混じっていた。

  「へっ、驚いたな。じっくりと俺の匂いを染み込ませて、自分から股を開くのを待つつもりだったが……まさか、ここまで脇の匂いに執着するようになるとはな」

  彼はボクの頭をガシガシと撫でながら、感心したように呟いた。

  「牙狼族の本能ってのは大したもんだ。負けた相手のフェロモンにここまで狂わされるとは」

  「ふえっ……? ほんのう……?」

  よく分からないけど、バルグが褒めてくれている気がする。ボクは嬉しくなって尻尾を振った。

  「……ふん、だが、お前はあのシルオとかいう弱い雄の女じゃなかったのか?」

  バルグが意地悪く、元婚約者の名を出す。

  その名前を聞いた瞬間、ボクの脳裏に浮かんだのは、あの日、広場でバルグがシルオを倒した、あの瞬間の光景だった。

  ボクはうっとりと目を細め、夢見るように呟いた。

  「シルオ……? ああ、あの弱い雄のこと? ……うん、今なら分かるよ」

  ボクはバルグの太い腕に頬を寄せ、その筋肉の感触を確かめる。

  「あの日が、ボクの記念日なんだ。あんな弱い雄から、強くて素敵なバルグがボクを救い出してくれた、最高の日……❤️」

  「は……?」

  「それなのに、ボクったら馬鹿だよね。そのあと、バルグに決闘を挑んだりして……。本当にごめんね? あの時は、突然の幸せすぎて混乱してたんだ……」

  ボクは心底申し訳なさそうに謝り、バルグの胸にキスをした。

  そう、あの日、ボクはバルグに倒されたんじゃない。愛の告白を受けたんだ。

  「でもね、あの決闘でバルグに捕まって、脇の匂いを嗅がされたとき、ビビッときたんだ。『ああ、この人が本当の旦那様だ』って……❤️ あの匂いで、ボクは目が覚めたんだよ……❤️」

  過去の記憶が、甘美な物語として蘇る。

  あの時の屈辱的なヘッドロックは、運命の赤い糸を結ぶ抱擁だったんだ。

  この世界一素敵な体臭こそが、その証明なのだから。

  「ギャハハハハッ! 最高だ! まさか殴り合いまで都合よく解釈するとはな、可愛いメス犬だぜ!」

  バルグは愉快そうに高笑いすると、しがみつくボクの体を軽々と持ち上げ、自分の上に乗せた。

  ボクの股間が、彼の下腹部の膨らみに当たる。

  硬い。熱い。そして大きい。

  「いいぜ、ご褒美だ。俺様の匂いで頭がおかしくなっちまった淫乱なメス犬に、本物の雄を教えてやる」

  「あぁっ、うんっ、教えて……っ! ボク、バルグの匂いがないと、もう生きていけない体なんだっ❤️」

  ボクは自らバルグの首筋に顔を埋め、深々と息を吸い込んだ。

  首、胸、そして再び脇の下。

  獣のような体臭の発生源を次々と渡り歩き、そのたびに腰をビクビクと震わせる。

  「そんなに好きか、俺の匂いが」

  「だいすきぃっ! くさくて、つよくて、世界で一番いい匂いだよぉっ❤️ もっと、もっと嗅がせてぇっ❤️」

  「欲しがりだな。……ほら、自分で入れてみろ。ここが疼いてたまらねぇんだろ?」

  バルグの手がボクの腰を掴み、彼自身の剛直な熱源へと誘導する。

  「ひゃうっ!? あ、熱いっ、すごい血管……っ❤️」

  ボクは震える手で、その脈打つ巨魁を導いた。

  濡れそぼった秘肉の入り口に、亀頭をあてがう。

  その先端からも、濃厚な雄の匂いが立ち昇っている。

  「んくっ……はいる、はいっちゃう……バルグの、おっきい雄が、ボクの中にぃっ……❤️」

  ズプッ、ヌゥゥゥン……。

  ゆっくりと、だが確実に、異物が体内を侵食していく。

  圧倒的な質量と暴力的な熱。

  体が内側から引き裂かれるような感覚と同時に、脳髄が焼き切れるような快感が奔る。

  「あ、あ、あぁぁぁぁッ――!!❤️」

  根元まで飲み込んだ瞬間、ボクは弓なりになって絶叫した。

  繋がった。

  自分を救ってくれた最強の雄と、体も、匂いも、すべてが一つになった。

  「どうだ? 弱い雄のよりいいだろ?」

  「はいっ、うんっ! すごぉいっ、満タンだよぉっ! ボク、バルグの雌になっちゃったぁっ!❤️」

  バルグが腰を動かし始める。

  岩のような肉体がぶつかり合うたびに、汗が飛び散り、部屋中に充満していた体臭がさらに濃厚になる。

  「いいぞ、もっと啼け! 俺の匂いを吸いながら、誰の女になったか叫べ!」

  ドスッ、ドスッ!

  「ひぎぃっ❤️ あ、あっ、バルグっ、バルグぅっ!❤️ ボクは、バルグの女ぁっ!❤️」

  激しい突き上げに合わせて、ボクの体が揺さぶられる。

  子宮の奥を直接叩かれるような衝撃。

  幸せすぎて、頭がおかしくなりそう。

  ボクはバルグにしがみつき、顔を彼の胸毛や脇の下に埋めた。

  呼吸をするたびに、彼の濃厚なオス臭が肺を満たし、血液に溶け込んで全身を駆け巡る。

  それが何よりの媚薬だった。

  「すーっ、はぁっ……んんっ❤️ におい、すごいっ、くさいっ、しあわせぇっ!❤️」

  「ハッ、この体勢でもまだ嗅ぐか。とんだ変態だな」

  呆れながらも、バルグはボクの後頭部を掴み、自身の最も匂いが強い脇の奥へとグイッと押し付けた。

  「んぐっ!? ふごっ、んふぅぅぅぅッ!❤️」

  鼻呼吸すら困難なほどの密着。

  目や鼻の粘膜を直接刺激する強烈なフェロモンの嵐。

  ボクはそれを、酸素を求める遭難者のように貪欲に吸い込んだ。最高の御馳走だ。

  下半身から突き上げられる暴力的な快感と、嗅覚から流し込まれる支配の証。

  二つの刺激が頂点で重なり合い、ボクの意識は真っ白に弾け飛んだ。

  「あ、あぁっ! バルグのにおいで、イッちゃうっ、イくぅぅぅぅッ――!!❤️」

  ビクンビクンと全身を痙攣させ、ボクは勝者の腕の中で、だらしなく舌を突き出しながら絶頂を迎えた。

  その体と心には、もう二度と消えない、猛き雄の匂いが深く深く刻み込まれたのだった。

  ありがとうございます。

  完全にバルグの愛玩動物として完成されたルカの、甘く背徳的な日常と、首輪を贈られる喜びを描く第9章を執筆します。

  [chapter:第9章:雌への変貌]

  あの一夜から、ボクの世界は劇的に変わった。

  朝起きればバルグの匂いを嗅ぎ、昼はバルグの帰りを待ちわび、夜はバルグの腕の中で眠る。

  それがボクにとっての至上の幸福になっていた。

  ある日の昼下がり。

  ボクが部屋でバルグの脱ぎ捨てた服を畳んでいると(もちろん、その残り香をこっそりと楽しんだ後で)、背後からドシッとした足音が近づいてきた。

  「よう、ルカ。いい子にしてたか?」

  「あ、バルグ……っ❤️」

  振り返る間もなく、巨大な温もりがボクを包み込んだ。

  バルグが背後から抱きついてきたのだ。

  丸太のような腕がボクの腰に回り、分厚い胸板が背中に密着する。

  「ひゃうっ……❤️ おかえりなさい、バルグ……」

  「へへッ、今日も美味そうな匂いをさせてやがる」

  バルグの大きな手が、服の上からボクの胸を鷲掴みにした。

  以前なら悲鳴を上げて抵抗していた乱暴な手つき。

  でも今は、その力強さにゾクゾクとしてしまう。

  「んっ、ぁ……っ❤️ もっと、揉んでぇ……っ❤️」

  ボクは力を抜き、自らバルグの胸に体重を預けた。

  頭を後ろに反らすと、ちょうど鼻先がバルグの右脇のあたりに来る。

  そこからは、トレーニング直後のむせ返るような汗の匂いが立ち昇っていた。

  「くん……くんか、くんか……っ❤️」

  ボクは吸い寄せられるように、その剛毛地帯に鼻をうずめた。

  「すーっ、はぁ……っ❤️ いい匂い……今日の汗も、すっごく濃いよぉ……っ❤️」

  「ハッ、相変わらず鼻の利くメス犬だ。俺の汗がそんなに美味いか?」

  「うんっ、おいしいっ❤️ くんか、くんか……っ! バルグの匂いを嗅ぐと、頭がぽわぽわして……体中が熱くなっちゃうんだ……っ❤️」

  ボクは子犬のように鼻を鳴らし、バルグの脇に頬ずりをした。

  その愛らしい反応に満足したのか、バルグの手が激しく動き出す。

  胸を捏ね回していた手が下へと滑り、スカートの中へと侵入する。

  「んぁっ!? そこっ、だめぇっ……いきなり触っちゃ……っ❤️」

  「嘘つけ。もうこんなに濡らしてやがるくせに」

  「だってぇ……バルグが後ろからくっつくから……匂いだけで、濡れちゃったの……っ❤️」

  秘部を指で弄られ、ボクの腰がガクガクと震え出す。

  もう我慢できない。

  ボクはバルグの方を振り向き、彼の首に腕を回した。

  「ねえ、バルグ……シて? ボクの中に、バルグの雄をいっぱい入れてぇっ……❤️」

  「しょうがねぇな。ほら、こっちを向け」

  バルグはボクを近くのテーブルに手をつかせ、背後からスカートを捲り上げた。

  無防備に晒されたボクの秘所に、彼のがちがちに勃ち上がった熱源が押し当てられる。

  「んぅっ、くる……っ! バルグの、でっかいの……っ❤️」

  ズリュゥゥゥン……ッ!

  「あ、あ、あぁぁぁぁッ――!!❤️」

  一息に貫かれる快感。

  お腹の底までバルグで満たされる、この圧倒的な充足感。

  ボクはテーブルに突っ伏しながら、快楽に喘いだ。

  「どうだ? 奥まで届いてるか?」

  「はいっ、とどいてるぅっ! バルグの形、わかるよぉっ! ぐちゃぐちゃにされてるぅっ!❤️」

  ドスッ、ドスッ!

  激しいピストンが始まる。

  揺さぶられるたびに、バルグの体が覆いかぶさり、彼の脇がボクの顔の横に来る。

  ボクは首を捻り、その脇に向かって必死に顔を伸ばした。

  「んんっ! においっ、嗅がせてぇっ! くんか、くんか……っ❤️」

  「ほらよ、好きなだけ嗅ぎな」

  バルグがわざと脇を開いて顔に押し付けてくれる。

  ボクはその剛毛の中に鼻を埋没させ、荒い呼吸と共に濃厚なフェロモンを吸い込んだ。

  「すーっ、はぁっ! すんっ、すんっ! くさいっ、くさいよぉっ! だいすきぃっ!❤️」

  下半身を激しく突かれながら、鼻からは強烈な雄臭を摂取する。

  上下からの暴力的な快楽の波状攻撃に、ボクの理性のタガは完全に外れた。

  「ああっ、すごいっ! においと、ちん〇ん、いっぱいくるぅっ! バルグの全部、ボクの中に入ってきてるぅっ!❤️」

  「いいザマだ。俺色に染まりやがれッ!」

  「染まるっ、染まっちゃうっ! ボクの中身、全部バルグの匂いになっちゃうぅぅぅッ!❤️」

  ドパンッ、ドパンッ!

  肉と肉がぶつかる音が部屋に響き渡る。

  絶頂の予感に、ボクの体が弓なりに反る。

  「あ、いくっ、イくぅっ! バルグぅっ! 匂い嗅ぎながら、イッちゃうぅぅぅッ!!❤️」

  ビクンビクンッ!!

  ボクはバルグの脇に顔を埋めたまま、白目を剥いて激しく痙攣した。

  子宮の奥に注ぎ込まれる熱いものと、鼻腔を満たす雄の匂いが、ボクを深い深い快楽の底へと沈めていった。

  ◆

  事後。

  ボクはとろんとした目で、バルグの膝の上で丸くなっていた。

  体中に彼の匂いが染み付いて、これ以上ないほど幸せな気分だった。

  「ルカ、ちょっと起きろ」

  「んぅ……? なぁに、バルグ……?」

  バルグが何かを取り出し、ボクの目の前にぶら下げた。

  それは、真新しい黒革の首輪だった。

  銀色の金具がついていて、真ん中には小さなリングがついている。

  「これ……?」

  「プレゼントだ。お前が俺の飼い犬だって証だよ。……嫌か?」

  バルグがニヤリと笑う。

  嫌? とんでもない!

  ボクはその首輪を見て、胸がいっぱいになった。

  「ううんっ! 嬉しいっ! すっごく嬉しいっ!❤️」

  ボクは身を乗り出して、バルグにねだった。

  「着けてっ! 早く着けて、バルグ!❤️」

  「へっ、安いやつだ」

  バルグは満足そうに笑うと、ボクの首にカチャリと首輪を嵌めた。

  革の冷たい感触と、締め付けられる感覚。

  そして、新品の革の匂いに混じって、それを握っていたバルグの手の匂いがする。

  ボクは鏡に映った自分を見た。

  首にはかつての青いスカーフではなく、バルグの所有物であることを示す首輪。

  それが今のボクには、どんな宝石よりも輝いて見えた。

  「似合うぞ、ルカ」

  「ありがとう、バルグっ! えへへ、ボク、バルグのわんちゃんだね……❤️」

  ボクは感極まって、首輪をつけたままバルグの胸に飛び込んだ。

  そして、またしても慣れた手つきで彼の脇の下に潜り込み、深呼吸をする。

  「スーッ、ハァ……っ❤️ 幸せ……一生、この匂いのそばにいたいよぉ……っ❤️」

  首輪という拘束具を愛の証として受け入れ、ボクは心からの幸福に震えた。

  もう、ここから逃げ出したいなんて微塵も思わない。

  ボクの居場所は、この強くて臭い雄の腕の中だけなのだから。

  ご指示ありがとうございます。

  物語の締めくくりとなる最終章、第10章を執筆します。

  数ヶ月後、完全にバルグの「所有物」としての幸せに浸り、彼を独占しようとするルカの姿を描いたエピローグです。

  [chapter:第10章:銀狼の首輪]

  あれから数ヶ月が過ぎた。

  季節は巡り、屋敷の窓から見える景色も変わったけれど、ボクの幸せは変わらない。

  いや、日に日に深く、濃くなっている。

  「……おい、ルカ。邪魔だ」

  「んぅ……やだ。ここが一番落ち着くの……❤️」

  ボクはバルグの執務室の玉座――その足元に敷かれた毛皮の絨毯の上で、彼の太い足に頬を擦り付けていた。

  かつての一族最強の戦士としての威厳はどこへやら。

  今のボクは、主人にじゃれつくただの愛玩動物だ。

  でも、それがたまらなく心地いい。

  首には、あの時プレゼントされた黒革の首輪。

  これがボクの誇りだ。

  ボクはバルグのもの。誰がなんと言おうと、この強くて素敵な雄の所有物なんだ。

  「ったく、甘えん坊なメス犬だぜ」

  バルグは呆れながらも、ボクの頭を大きな手で撫でてくれる。

  その掌の感触と、彼から漂う濃厚な体臭に包まれているだけで、ボクの尻尾はちぎれんばかりに左右に振られてしまう。

  [uploadedimage:23537237]

  コンコン。

  「バルグ様、報告書をお持ちしました」

  扉が開き、[[rb:剛鬼族 > ごうきぞく]]の女兵士が入ってきた。

  露出度の高い服を着た、豊満な体の女だ。

  彼女はバルグに書類を渡す際、やけに色っぽい目つきで体を寄せようとした。

  ピクリ。

  ボクの鼻がひくついた。

  違う女の匂い。そして、ボクの旦那様を狙う泥棒猫の気配。

  「ガルルルッ……!!」

  ボクは瞬時に跳ね起き、低い唸り声を上げて女を威嚇した。

  全身の毛が逆立ち、牙を剥く。

  「ひっ!?」

  女兵士が悲鳴を上げて後ずさる。

  「気安くバルグに近づくな! その薄汚い匂いを近づけるんじゃない!」

  「ル、ルカ様……? 私はただ書類を……」

  「うるさい! バルグのそばにいていいのは、バルグの匂いを嗅いでいいのは、ボクだけなんだ!」

  ボクはバルグの膝にしがみつき、彼を隠すように立ちはだかった。

  独占欲。

  かつては一族を守るために振るっていた闘争心が、今はただ一人の雄を独占するためだけに燃え上がっていた。

  「おいおい、落ち着けルカ。嫉妬深いのもほどほどにしとけ」

  バルグが苦笑しながら、ボクの首根っこを掴んで引き戻した。

  そして、怯える部下に「下がっていいぞ」と合図を送る。

  女兵士が逃げるように部屋を出て行くと、バルグはボクを膝の上に抱き上げた。

  「まったく、他の女が近づくたびにこれだ。俺はモテて困るぜ」

  「だってぇ……バルグは素敵すぎるから……油断してたら、他のメスに取られちゃうもん……」

  ボクは唇を尖らせて拗ねてみせた。

  バルグはそんなボクが可愛くて仕方ないといった様子で、ニヤリと笑った。

  「安心しろ。俺の強烈な匂いにここまで発情するのは、世界広しといえどもお前くらいだ」

  「むぅ……バルグのバカ。最高の褒め言葉だよ、それ……❤️」

  バルグが腕を広げる。

  いつもの合図だ。

  ボクは表情を一変させ、とろけるような笑顔でその懐に飛び込んだ。

  「くん……くんか、くんか……っ❤️」

  慣れた手つきで脇の下に顔を潜り込ませ、深呼吸をする。

  「スーッ……ハァ……っ❤️ うん、これ……この匂い……❤️」

  ツンとくる刺激臭。じっとりとした汗の湿り気。

  数ヶ月前は「悪臭」だと感じていたものが、今ではボクの命を繋ぐ酸素よりも大切なものになっている。

  「落ち着くぅ……バルグのにおい、ボクだけのにおい……っ❤️」

  ボクは脇肉に頬ずりし、舌を出してペロリと舐めた。

  変わらない、大好きな味。

  ふと、昔のことを思い出す。

  『シルオ』という名前の、弱い雄がいたような気がする。

  でも、もう顔も思い出せない。

  あの日、バルグがボクを力づくで奪ってくれなかったら、ボクはずっと「本当の幸せ」を知らないまま、つまらない一生を送っていたかもしれない。

  そう思うと、ゾッとするのと同時に、バルグへの感謝が溢れてきた。

  「ありがとう、バルグ。ボクを見つけてくれて……ボクを、バルグ色に染めてくれて……❤️」

  「へっ、勝手に染まったのはお前の方だろ」

  バルグがボクの首輪に指をかけ、グイッと引き寄せる。

  そして、その唇をボクの唇に重ねた。

  濃厚なキス。口の中まで彼の味で満たされる。

  「んむっ……ちゅ、じゅるっ……えへへ、だいすきぃっ……❤️」

  ボクは幸せに包まれて、ご主人様の腕の中で尻尾を振った。

  銀狼の誇り高き戦士はもういない。

  ここにいるのは、世界で一番強くて臭い雄に飼い慣らされた、世界で一番幸せな「妻」だけだった。

  (おわり)

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