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「ここが、目的の場所?」
「おうその通り。いわゆる廃病院ってやつだ」
僕らは今、フェンスに囲まれたずっと先の廃墟を見ている。11階建てか、林を抜けてこんなに立派な建物が待ち構えているなんて予想だにしなかった。総合病院だったらしく、敷地面積も広いように感じる。
「聞くところによればなんでも怪しい治験を秘密裏に行っていたとか隠蔽沙汰が多数あったとか、とにかく当時から悪い噂が流れていたらしい。廃業したのも八年くらい前、だってよ」
「ふぅん、結構古いんだ。そういう話って毎回どこで手に入れているの?」
「お。いい質問だな、ちょっと待ってろ」
そういって三八はナビ代わりとして手に持っていたスマホをわざとらしく見せびらかす。ネットで仕入れた知識とでもアピールしたいんだろうか。
「実は廃墟マニアが集まる電子掲示板があるんだ。今はだいぶ下火だけどそれでも活きのいい情報は、いつもここに通って入手しているのさ」
明るい画面には『廃墟好きが集まるスレ No.51』のタイトルに延々と続く書き込みがびっしりと表示されている。ネットの掲示板にはあまりいい印象を持っていなかったけれど、確かにこれは面白そうに思えた。
「へー、こういうのがあるんだ。ザッパもなんか書いたりするの?」
「いやオレはもっぱらROM専かな。前に調子乗って議論入ったら高度すぎて着いてけなくてさ」
「“ろむせん”ってなんのことかさっぱりだけど、大変そうなのは伝わったよ……」
三八はスマホを顔の前に戻して、機嫌が良さそうに鼻歌しながら指先でスクロールする。
「そんでなんでこの廃病院を選んだかってことなんだけど、どうにも地下がヤバいらしいんだ」
「地下?」
「ああ、まあ病院だから霊安室や解剖室があるだろうな」
霊安室、解剖室……単語だけでイヤでも脳内に“死体”のイメージが浮かぶ。あれか、例のごとく心霊的な曰くのある廃墟巡りなのか。いくらなんでも懲りなさすぎだろう。
「おおっと、そんな表情するなって。今回は幽霊を探しに行くわけじゃないぜ」
「え。他になにかあるの?」
「話は最後まで聞けよ。ここからが重要なんだ」
「はぁ……」
てっきりアホのことだから去年の夏と同じく、肝試しに誘ってきたとばかり思っていた。しかし改めて考えてみるとその場合であれば通常夜間に行うのが恒例なので、あえてこの時間帯を選んだということにも理由があるのだと推測してみる。三八の目的はなんなのだろうか。
「最近の投稿にあった記述で、気になるものが目に入った。“地下から謎の異音がする”——と」
「それってあからさまに怪現象じゃん」
「待て待て。どうにもその異音というのがなにか機械の作動音っぽくってな」
「えっ」
いきなり予期していなかった言葉が出てくると、人は案外簡単に驚くものだ。いかにもオカルトめいたスポットに、機械という不似合いな物体があるかもしれないというケースは初めて聞く。
「たぶん変電装置が発する稼働音なんかじゃないの、ほら病院だしさ」
思わずもっともらしい方便が口から飛び出して、お茶を濁そうとした。
「んなわけあるか。とっくの昔にここは放棄されているんだぜ、今は電気なんて通ってないだろ」
「あー……そりゃそっか。でも、一体何が動いているんだろ?」
僕のその一言にヤツはこちらへ目を向け、ニッと牙を見せ不敵に笑いかける。
「今日はそれを、確かめに行くってわけさ」
琥珀色をしたオオカミの瞳はあふれんばかりの好奇心にメラメラ燃え、たゆたっていた。コイツは本気だ。それがヒシヒシと伝わってきた。小学生の、無邪気に遊んでいたあの頃を思い出す。
「地下に行こうとした投稿主は、侵入したのが夜だったこともあって逃げ帰ったんだと。おおよそ[[rb:怖気 > おじけ]]づいておちおちしてられなくなったんだろうな。けどオレらは二人で、しかもまだ明るい」
「つまり日が落ちる前に謎の機械の正体を暴いてやろう……ってこと?」
「そうさそうだ。なにせこういうのは早い者勝ちだかんな、ぼんやりしてらんねぇ」
ああ、やはり三八は少し背が高くなっただけで中身は子供のままなんだと納得する。それが僕にとっては変わらないことへの安心なのか、変わらないが故の失望なのか、よくわからなかった。
「軽く作戦を話すと、まずこのフェンスを越えて内側に入る。有刺鉄線があるから気をつけろ」
「うわ、ホントだ」
相当高さがあるフェンスの上で、ぐるぐる巻きに張り巡らされたトゲトゲの鉄線が侵入者を拒絶している。訳アリの施設だったという浮き名も本当らしい。
「次に病棟右側の割られた窓からロープを使い、二階へ侵入する。表玄関は完全に封鎖されていて入れない」
「ちょっと。自分にロープを登れるほどの力はないよ」
「安心しとけ、オレが先にロープを渡してイッサを引っ張り上げるから待っていろ」
普段はふざけているようにしか見えないのにこういうとき頼もしいのは、なんかズルいと思う。
「病棟に無事忍び込めたら二階から順に最上階を見て回る。一階と地下は最後にとっておく」
「デザートでもないんだから……先に目的を果たしてから上階に登ってゆくのがいいんじゃ」
「それだとせっかくの探検が台無しじゃないか。いい加減イッサも醍醐味ってものをわかれって」
そんな醍醐味がわかるのは三八だけで十分な気がした。この作戦といいだいぶマニアに毒されているのがわかる。確実に片足はつっ込んでいるようだ。
「そんじゃ一通り説明も終わったことだし、日が暮れる前にさっさと行きますかっ」
「あっ、えぇ——ま、待ってってば!!」
三八は突然ピョンッと身を宙に浮かせたかと思えば、スケボーを片手に抱えたまま軽々ヒョイッと一回転して有刺鉄線を跳び越えた。スタンと着地しフェンス越しに僕が来るのを待っている。
「ほら。早く来いよ」
「わ、わかっているって……」
たじたじになりながら網目に手足をかけて、なんとかまたごうとする。トゲトゲに触れるまいと気を取られていたらバランスを崩し、足を滑らして背中からドスッと地面に落っこちた。
「……イッサってそんな運動オンチだったか? ネコ獣人なのに背中から落ちるってないだろ」
「いてて、ザッパの運動神経が良すぎるだけだと思う」
幸い、背負っていたカバンの中身がクッション代わりとなって今回は打ち身にならずに済んだ。おそらく教科書は無事じゃないだろうけど。身を起こして三八の後に続く。
「まだ明るいけど、やっぱ出るのかな」
「ん、なにが出るって?」
林から離れるにつれて、さっきまでやかましかった虫の鳴き声も段々と遠ざかってゆく。
「その……、廃病院だからお化けとか」
「少なくともイッサと一緒の時は見たことがないな、一応」
(なんでこんな含みのある言い方をするんだコイツ)
そういえば三八に霊感があるのか聞いたことはなかった。いや、かなり前に聞いたことがあったかもしれない。でも忘れてしまったような。そもそも霊感があるのならオカルトに興味を持つこと自体ありえないだろう。単なる怖いもの好きか、はたまた廃墟マニア見習いか、それとも——。
「おし、ここから入り込むぞ」
目の前の足が止まったので視線を正面に戻すと、ヤツはリュックから太い縄を取り出していた。よく見ると先端に鉤爪みたいなものがついていて、忍者かよとツッコミたくなる衝動をこらえる。
「……それ、自作なの?」
「いいや? 通販で売ってたから面白そうで買ってみた。品質保証ってので意外と丈夫なんだと」
「よく親に反対されなかったね……」
「まあな。おーらよっと!」
三八は縄の先っぽを勢いよく回転させ、弾みをつけて投げ込んだ。見上げれば二階の割られた窓に鉤爪は吸い込まれていって、どこかに引っかかったのかカコンと奇妙に響いた。やっこさんは縄を[[rb:手繰 > たぐ]]り寄せ、どうやら手応えを確認しているらしい。
「よし上手くいった。先、登るわ」
そういうと三八はリュックにスケボーを入れて、縄をつたいスルスル二階へと上がっていった。昔から木登りや登り棒の類が得意だった印象があったけれど、衰え知らずとはまさにこのことかと一匹呆然としてしまう。
「おーい、着いたぜ着いたぜ」
上からの声にハッと我に返って、縄の端を両手で握って返事する。
「ロープつかんだよ。上げられそう?」
「おっし、任せとけ。引っ張るぞー」
縄が引き上げられると同時に靴が徐々に地面を離れ始めた。背伸びの状態がしばらく続いて、僕の身体はとうとう宙ぶらりんになる。次第と上階に近づいてきて、窓縁までたどり着く。どうにか建物に入ろうと足をかけゆっくりふんばると、やっとこ立ち入ることに成功した。ヤツは、三八は大丈夫だろうか。床に散らばったガラス片が踏まれてパキパキと音をたてる。
「へぇ……、へぇ……」
僕が降り立った部屋は六つほどベッドが並ぶ一般の病室だった。その奥でオオカミ獣人が一匹、縄を持ち苦しそうに息を切らしてヘタっている。三八だ。
(やっぱ無理してたんじゃ)
背中をさするために近寄ろうとすると、手でちょっと待ったと制止させられる。息が整ったのか一呼吸おいてから話し出そうとする動作をとり、口を開く。
「へへ、イッサって思ったより重いのな……油断していた。手間を取らせちゃったらゴメンな」
「いいやむしろありがとう。たぶん、重いのはカバンのせいもあるかもしれないや」
「あーどうりでやけにキツかったわけだ。ちゃんと持って帰っておけよ、まったく」
いつかのように、僕らは疲労困憊して互いに笑いあう他なかった。古びたマットレスからは独特の匂いがして放棄されてもなおここは病院なのだと認識させられる。けど身構えていたよりずっとマトモらしい雰囲気で、拍子抜けとはいかないまでもどこか安心したのは確かだった。
「そんじゃ小休憩も挟んだことだし、探検開始といきますか」
縄を八の字巻きに畳んでリュックサックにしまい、代わりに三八はいかにも高そうな懐中電灯を二つ取り出しよこしてくる。
「これって……ホームセンターなんかで見かけるめっちゃ明るいやつか」
「そうとも、装備に抜かりは禁物だからな。絶対に失くしたりすんなよ〜」
「い、言われなくてもこんな大きいもの落としたりしないって」
「さて。どうだか」
病室を抜けて廊下に出ると外の明かりがほとんど届いておらず、湿っぽさと仄暗さが空間全体にはびこっていた。早速、支給されたすごい懐中電灯の出番のようだ。ボタンを押しライトを点けると、暗闇が逃げていくかのように一直線の光の筋が照射される。
「うおっ。明るいってよりはもはや眩しいね」
「ややオーバースペックだったかもな。それはさておき、私の知人の体験談なのですが……」
「ちょっ、露骨に怖いからやめてよ!!」
三八は自分の顔をライトで下から照らし出して、どこかの怪談師みたいなモノマネを始める。顔の輪郭の陰影がモロに浮かび上がり、一瞬だけなら新手の妖怪と見間違える獣人続出待ったなしだと思う。
二人で病室を照らしながら廊下を歩き、長椅子と旧型のテレビが設置されたナースステーションらしき広めのスペースに突き当たった。ものの見事に窓口のガラスがカチ割られている。中をよく覗いてみれば散乱したファイルが砂の汚れでぐずぐずになっていたり棚がやたらめったら倒されていたりと、ひどい有り様だ。前に侵入した人の仕業か、もしくは不良が暴れた形跡か。
「ねぇ、これ……ってあれ?」
振り返るといつの間にかもう一つの光は消えていた。いや違う、ヤツの気配がここになくなっているのがわかった。つまるところ僕たちは、はぐれてしまったのだろう。……。
(勘弁してよ)
必死に聞き耳を立て、三八がどこにいるのか探し出そうとする。これじゃ迷子だ、半べそをかく年ごろでもないけれども場所が場所なだけあって心拍が早まるのを感じた。どこだ、どこに行ったんだ。
タタッ
僕は耳にその微かな振動を捉えた。明らかに生き物が発する音、しかも野良ネズミなどではなく人型の生物が小走りしたような音だ。鳴った方向へ懐中電灯を片手に走り、急行する。階段入り口前にきて、ようやくあれっと立ち止まった。おかしい、階下に人の気配がある。三八は上から順に周るつもりだってさっき言っていたはずだ。じゃあ一体誰が? ヤツは気が変わったのか?
おそるおそる階段の下に懐中電灯を向けて時々三八の名前を呼び反応があるか確かめる。ふと、コツコツと足音がした。音の主がこちらに上がってくるのがわかる。きっと三八が脅かそうとしているだけだと信じていても、なぜ心臓がこうバクバクいっているのか。とうとう階段の踊り場に、人影が姿を現す。
「あっ……!」
その正体は制服を着た三八、そのものなのだった。
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