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Never Cry Over Spilt Milk

  辞書によると、悪魔とは残虐非道な意志を持ち、災いをもたらし、人心を惑わし、悪に誘い込む存在なのだという。

  だけど全部の悪魔がそうとは限らない。悪魔だからといって、全部の悪魔にその性質を押し付けるのはどうかとボクは思う。人それぞれ性格があるように、悪魔にもそれぞれ性格があっていいはずだ。人情にあふれている悪魔がいてもいいはずだし、人助けをする悪魔がいてもいい。自然を大事にする悪魔がいてもいいはずだし、泣き虫な悪魔がいてもいい。人の多様性を認めようとするのなら、悪魔の多様性だって認めるべきなんだ。

  ボクは悪魔だ。だけど、色んな悪魔を見てきたボクからすれば、ボクなんてせいぜい〝小悪魔〟程度が関の山で、これまた辞書を引いてみると、言葉の意味的にもそっちの方がボクの行いに相応しいように思える。だから、誰が何と言おうと、ボクは自分を小悪魔だと心の中で言い続ける。

  小悪魔のボクは、あらゆる手段で人心を惑わす。例えばこんな風に。

  「イテッ!」

  ネットインした短い球を取ろうと身を乗り出したら台にお腹を打ってしまった。その痛みを代償に返球ができたかというとそうでもなく、小さなピンポン玉は、ボクの短い手に握られたラケットの少し先でむなしくツーバウンドした。

  「悪い、大丈夫か?」

  苦しそうに顔をしかめているボクを心配して彼がやってくる。彼が駆け付けるよりも早く、ボクは力なくズルズルと台からずり落ちていった。彼の歩幅が大きくなる。せめて床に落下するのを止めようと、彼は僕に手を伸ばしながら近づいて、――その足がピタリと止まった。

  彼の手がなくともボクの体は落下せず止まった。なぜって、引っかかるものがあったからだ。彼はそれを見て動きを止めたんだ。台に引っかかったもの、それは。

  「ありがと、心配してくれて」

  再び両方の足で歩くようになったボクは、固まっている彼の元に歩いていき、伸ばそうとしたまま動かない手を取り、ボクの胸に押し当てた。緊張して動かない手が、ぷるぷると震えていた。そのぷるぷるが、ボクの胸を揺り動かした。その手ごと、ボクは自分の手を握りこむ。彼の手は、ボクの柔らかな胸の肉を、すっかり収めてしまった。そうしてボクは、たたみかけるようにこうささやいてみせる。

  「あ、ミルク出た」

  そのトドメの一言で、全身の筋肉が硬直するのがありありと分かったよ。ボクはくすりと笑い、彼の一番硬直している部分に手を伸ばす。ゴクリと唾を飲む男が、はっきりと聞こえた。

  ボクは小悪魔だ。友達の心を惑わし、よくない道に誘い込む、とびきり悪ーい存在だ。だけどそれが何だって言うんだ。悪魔だって恋をしてもいいはずだ。

  悪魔だって、同性に恋をしてもいいはずだ。もしくは、悪魔だからこそ。

  あらゆる手段で人心を惑わすという言い方は少し違うかもしれない。自分から悪意を持って行動したことなんて、生まれてこのかた数えるほどしか記憶にないから。そんなことを日常的にやってしまえば、ボクはますます悪魔になってしまう。

  だけど結果として人はボクにかき乱される。ボクが何もしなくても、ボクという存在が放つあらゆる〝オーラ〟が、ボクの意志に関係なく人の心に影響を与えるんだ。それも、悪い影響ばっかりね。

  存在自体が罪と言ってしまえばそうかもしれない。さすがに他人にそこまで言われたことはないけど、ボク自身、人生の途中まではずっとそう考えていた。ボクがこの世に生まれてきたばっかりに、父や母に迷惑をかけてしまったって。人生の途中まで、ずっと心の中で両親に謝っていた。手がかかる子供でごめんなさいって、まともな体で生まれてこなくてごめんなさいって。

  両親に責められたことは一度もない。両親はこんなボクを、それでも大事な自分たちの子供だなんて言った。命の大切さを気付かせてくれた素晴らしい存在だって堂々と言った。どこまでも愛してるって、恥ずかしげもなく言い放ったんだ。どっちか片方じゃない、両方揃って。……だからこそ、罪悪感は強く大きくなるんだよ。

  だけどね、今のボクは後ろ向きじゃない。生まれてきたことを後悔もしていないし、両親に多大な感謝をしている。さすがに恥ずかしくて口に出して言ったことはないけど、産んでくれてありがとうだなんて、女の子が結婚式で言うようなことを本気で思ってもいる。

  ボクを変えてくれた人がいるんだ。命の大切さを気付かせてくれた素晴らしい存在が、ボクにもいたんだ。それが彼だ。ボクの手の中で大事な部分を硬くしている、かわいくてカッコいい、大事な大事な存在が。

  これからする行為の話はとりあえず置いておいて、少し話をさせてほしい。彼がどれだけイイ奴で、どれだけアホで、カッコ悪くて、どれだけカッコいいか。どれだけ無自覚にボクの心を救ってくれたかってことを。

  彼の名前は[[rb:三岳陽壱 > みたけよういち]]。ボクと違い、存在自体が太陽みたいに明るい子だ。

  [newpage]

  

  彼のことは昔からヨウくんって呼んでたから、ここでもそう呼ぶことにする。ただ、彼のことを上手く説明するためには、申し訳ないことに先にボクの説明をする必要がある。こんなチビの――それも、男なのに胸が出ていて、あまつさえ母乳まで分泌するような変人の話なんて誰も聞きたくないだろうけど、我慢して聞いてほしい。ごめんね。

  [[rb:山羊人 > さんようじん]]の[[rb:研刀克己 > とぎとうかつみ]]と、一回は名乗っておくね。ボクの名前だけど覚える必要はないよ。ヨウくんからはカツって呼ばれているから、覚えるとしてもそこだけでいい。彼の名前は[[rb:三岳陽壱 > みたけよういち]]。大事なことだからもう一回言うね。

  なんでボクの話をしなきゃならないかというと、彼と仲良くなったきっかけはボクが祖父の土地で菜園をしていた時に……と説明しようとした時に、どうしてボクがそこにいるのか、どうしてそんなことをしているのかをまず語らなきゃいけないからだ。だから仕方なくだよ、仕方なく。聞いてほしいなんてこれっぽっちも思っちゃいないからね。本当だよ。だって、好き好んで自分のことをペラペラ語りたがるなんて、マゾかナルシシストしかいないんだ。……あ、前者は少しだけ当てはまるかもしれないけど、まあいい、とにかく、ボクは仕方なく自分のことを話すんだ。悪魔に誓ってもいい。

  ボクには生まれつき持病がある。正式な名前は複雑すぎて覚えていないけど、簡単に言えばアレルギー性の皮膚病だ。皮膚炎と言ってもいいけど、病気の結果皮膚炎になるんであって、病気の本体は皮膚病……あれ? 本体はアレルギー? そうしたらアレルギー性皮膚病とアレルギー性皮膚炎は同じことになるのかな?

  まあよくわからないからどっちでもいいや。とりあえず普段はその厄介なアレルギー症状を薬で押さえつけているけど、もし子供の頃からずっと飲んでるそれをやめたらすぐに皮膚がチカチカウズウズ痒くなる。それは我慢できるような生易しいものじゃないし、たとえかきむしりたい衝動を我慢したところで炎症が止まることはなく、いずれ体毛がごっそりと抜けてしまうような厄介なやつだ。

  いつの時代も病気というのはイタチごっこだって病院の先生が言っていた。多種多様な種族が入り混じるこの社会、毎年のように新しい病気が見つかる混沌とした世界で、それでも医療は後れを取りすぎることはなかった。必死に食らい付き、追い付き、克服していった。その中で、アレルギーに関しては昔に比べてだいぶ制御ができるようになっていて、そうなるとボクみたいに特に重症なのがこうやって目立ってくる。それでアレルギー科は数が少ない代わりにめちゃくちゃ優秀な先生がいる。

  で、ボクの病気はその優秀な先生の腕をもってしてもどうにかできるものじゃないらしい。通常とは違う受容体が悪さをしているとかいう説明をされたけど、あとで自分で調べてみても専門的すぎて理解ができなかった。

  さじを投げられたわけじゃないよ。小さじくらいは投げられたかもしれないけど、大さじは投げられていない。でなきゃ今こうしてまともな人生を送れているはずがないからね。ただ、症状を抑えるために、ちょっとばかり……いや、かなり強い薬を飲まざるを得なかった。つまり副作用がすごいということだ。お腹は底なしに減るし血糖値は爆上がりだし太るし背は伸びないし風邪をひきやすくなるし。でも、痒いのを我慢するのとどっちがいいかって聞かれれば、ボクは迷わず薬の方を選ぶよ。痒いのは本当に辛い。これは経験したことがある人じゃないと分からないと思う。

  といっても、食べるのを我慢すればある程度は何とかなった。でもそれは薬の量を半分に抑えていたから副作用も半分になっていただけだ。小さな子供の体には負担になるからね。でもまあ薬の量が半分ということは効果も満足とは言えず、完全に抑えきれない痒みや炎症は、塗り薬でどうにか誤魔化していた。痒みが出てから塗ったところで後手を踏んでいるわけだし、ところどころ抜け毛が起きるのは避けられなかった。ボクの体毛はそれなりに長いから隠せるレベルではあったけどね。……完全に隠しきれたかといえばそうでもないんだけどその話はいいや。

  小学校三年の頃だったかな、薬が通常量になったとたん、副作用はボクの軟弱な意志で抑えられるような生易しいレベルじゃなくなった。食べても食べても満腹感は得られず、ボクは四六時中「おなかへった」と両親に訴えていた。もしその食欲に任せて食べまくっていたら、ボクはきっと有り得ないくらい太っていただろうと思う。

  そうならなかったのは、ほんの少しのぽっちゃりで済んだのは、ボクの家がそこまで裕福ではなかったからだ。食べたいのを我慢できなくても、食べるものがそもそもなければ食べようがない。

  裕福ではないといっても、貧乏というわけじゃない。両親はともに堅実な性格だったから、ボクの将来のため、あともちろん両親自身のために積立をしていたから余剰のお金が発生しにくかったというだけだ。あとは詳しくは知らないけどたぶん保険も相当かけていたと思う。窮屈になるほどの堅実が賢いことかどうかボクには分からないけど。

  あふれまくるボクの食欲をどう解決したか。カロリーに飢えるボクに救いの手を差し伸べてくれた人物こそ!……祖父だ。街外れに父方の祖父母が住んでた家があって、ボクはなんと、安くて広大な土地で家庭菜園をすることになったんだ。

  家庭菜園という表現だとチャチな印象を持たれるかもしれないけど、その規模はママゴトの範ちゅうに収まらない。オーバーな言い方をすると果樹園プラス菜園だ。専業の人ほど本格的ではないから家庭菜園という言い方をさせてもらっただけだよ。

  もちろん知識も経験もないのにゼロから始めはしないよ。祖父が趣味でやっていたことを手伝う程度のママゴトだ。それに、こう言ってはあれだけど、その頃のボクは薬のせいで病気になりやすくって、満足に動き回れるほどのバイタリティはなかったから。

  ただ、動いていると空腹感はそれなりに紛れたし、動いた後の食事は虚無感も罪悪感もそれなりに薄れた。ボクの罪悪感は、働きもしないのに食べてばかりいたことに対するものでもあったんだってそのとき気付いた。少しだけ毎日が楽しいって思えるようになった。

  問題が起きたのはその後だ。祖父が体を壊した。シートベルトもせずに軽トラを運転してたら田んぼの用水路にタイヤがハマって横転したんだ。命に関わることはなかったし、後遺症もないだろうと言われてホッとしたけど、しばらくは寝たきりの生活だった。

  ボクは祖父のぶんも菜園の世話をしようとした。だけどできなかった。水やりと草抜きだけでも相当な量なのに、そこからさらに鳥対策、剪定、施肥、収穫までを手掛けるとなると、ボクの体力が追い付かなかった。それくらい広い土地なんだ。小学生的に言うと0.5ヘクタールくらい。

  そんな時に救いの手を差し伸べてくれた人物こそが彼、ヨウくんだった。フルネームを[[rb:三岳陽壱 > みたけよういち]]。大事なことだからまた言うよ。

  特にボクの家や祖父母の元住居の近くに住んでいるってわけじゃないんだけど、近くの体育施設で行われている卓球スクールに通っていて、その道中で農作業をするボクの姿をよく見ていたらしい。祖父の事故は授業中に飛び込んできた話だし、よく学校を休みがちなボクの体が病弱なのは彼も知っていたことだし、

  「おれが手伝ってやるよ」

  彼は、何の見返りも要求することなくそう言ってくれた。ボクはいったんは断ったんだけど、彼はついでだからいいよって言ってくれて。ボクは涙が出そうになるほど嬉しくなった。思い返してみれば、そのカッコいい黒柴の姿に恋をしたのはそれがきっかけだったのかもしれない。

  こうして彼はスクールの行き帰りにボクの農作業を手伝ってくれるようになり、ボクたちの関係は、ただのクラスメートから友達になった。……これでようやく彼の話をすることができるけど、ついでにもうひとつだけ話させてほしい。

  同じ小学三年生でも、病弱なボクと彼との間には体力に大きな差があった。それと、ボクが風邪を引いた時には全部の作業を彼がやってくれた。ただでさえ自分の存在価値に疑問を抱いていた頃のボクは、あまりの罪悪感に押し潰されそうになっていた。

  ボクは病院の先生に相談した。何とかなりませんかって。何とかなる方法がないから今こうしているんだって分かってはいるけど、それでも何とかなりませんかって。そしたら、意外にも何とかなる方法があると先生は言った。

  もう面食らったよ。そんな方法があるならどうして今まで黙っていたのかって心の中で叫んだ。だけどもちろん理由はあった。大きすぎる代償が発生するんだ。代償はいくつかあるけど、ここでの代償とは金銭、つまりお金のことだ。

  まず、方法というのは薬だ。副作用を抑えるために新しく薬を飲むというシンプルな方法。ただしそれは海外で開発されたばかりの新薬で、国内では未認可のものだった。つまり保険が利かない。保険が利かないということは、国の子供に対する医療費助成制度の対象外でもある。

  お金がかかると聞いて、ボクは即座にあきらめようと思った。ただでさえ余裕がないのにこれ以上両親に負担をかけてはならないって。

  だけど付き添いで来ていた父が、迷わず、はっきりと、ボクの頭に手を載せながら、お願いしますと力強く言った。ボクは涙が出そうになるのをこらえた。だけどこらえきれなかった。こうしてまたボクの罪悪感がふくれ上がった。だって、それまで両親が積み立ててきたお金を崩すことになってしまったんだから。

  ただ少しだけ救いはあった。治験……というか、あくまでも臨床試験への患者協力という扱いで、定期検査ごとに少しだけ謝礼金が出るという話を提案された。その定期検査の頻度は先生の判断で決めるんだけど、その頻度を高くすることで謝礼金の回数を増やしてくれると言ってくれたんだ。だいぶグレーなことだけどと先生は小声で言った。

  ボクがずっと飲んできた薬も強い薬だったけど、新薬は同じように強力で、子供が飲んでどういう副作用が起きるか未知数のものだった。それを知るためにも、また国内での認可を急ぐためにも、データの数は多いほどいい。

  結論から言うと、ボクはその新薬を飲んでよかったと思う。それまでの薬で起きる副作用のほとんどを打ち消してくれたから。食欲はある程度抑えられ、血糖値も正常範囲に収まりやすくなり、病気にもなりにくくなったことで体力が付いた。ヨウくんに迷惑をかけずに済むようになった。ただひとつ背が伸びないのだけは残ったみたいだけど、のたうち回るほどの痒みや動きたいのに動けない病弱体質に比べると可愛いものだ。

  そう、その新薬のおかげでボクは普通の子と同じようにはしゃぎ回れる体を手に入れたんだ。だからボクは満足してる。心の底から満足してる。

  その代償に、少しばかり胸が膨らんで、少しばかり母乳が出るようになったとしてもね。

  [newpage]

  

  その現象が始まったのは小学校五年生になった頃だ。病弱でなくなり抜け毛も起きなくなったことで、ボクは他人からからかわれることのない影の薄い一人の男子としてクラスに溶け込んでいた。だけどある日、ボクはクラスで、いや学年で、いや、学校で一番目立つ存在になってしまった。

  朝からずっと、微かな痛みというか違和感はあったんだ。その正体がまさか母乳分泌の始まりだなんて、クイズを出したら誰も答えられないに違いないよ。もしくは、芸人がドヤ顔でふざけた回答をし、それがまさかの正解で会場が大きくどよめくようなやつだ。

  運命とは皮肉なもので、それを発見してしまったのが、他ならぬヨウくんだった。体育の時、ボクの体操服が濡れていることに気付いたヨウくんは、最初それが血だと思ったらしい。だってボクらは人間と違って汗をかかないから。それで心配して声をかけてくれたんだけど、血にしては色が薄いし、ヨダレでもないことはニオイで分かるし、犬人のヨウくんはその正体を確かめたい種族的欲求を抑えることはできず、クンクンクンクンとニオイを嗅ぎまくった。それで注目を浴び、ボクの怪現象はクラスに知れ渡った。だけど誰も、担任の先生ですら、ボクの胸から何が出てきたか特定することはできなかった。その正体が母乳と判明したのは数日後、病院での検査の時だった。

  もちろんその事実は隠す方が賢明だと判断した。だけどボクの胸はふくらんでいた。結び付かないほうがおかしかった。

  元々飲んでいた方の薬(炎症を抑える薬)に、体の局所に脂肪が付く副作用があるにはあった。だからボクの胸もそれによるものかもしれないと考えていた。だけど、それがまさか新薬の方の副作用だったなんて、先生ですら思いもよらないことだと言った。

  局所的というより全体的にぽっちゃり気味だったからそれまで目立ってはいなかったけど、胸から液体が出たとなると子供でも簡単に連想することができる。

  「もしかしておっぱいでも出たんじゃないのかー?」

  冗談半分にからかわれ、どうにか誤魔化そうとするやり取りの中、ふとした弾みで胸を押され、実際にクラスメートの目の前でじわりと服を濡らすところを見られてしまえば言い逃れはできない。こうしてボクの知名度は一気に高くなった。悪い意味で有名人になってしまったんだ。

  ヨウくんは、自分のせいでみんなにバレてしまったと悔やんでいた。おれがあの時もっと違う対応をしていればって、ボクに対してずっと、……たぶん、今もなお負い目を感じ続けている。

  でもそれは違うんだよってボクは否定した。たとえヨウくんがそれを見つけなかったとしても、ニオイに敏感な犬人じゃなくてもそれがただの水やヨダレじゃないことは明らかだったんだから。

  いくら言っても彼は納得しなかった。ボクは悲しくなった。負い目で行動されること、それはとても辛いことだ。祖父の体が治ってからもヨウくんが変わらずボクの農作業を手伝ってくれることも、まるで罪の償いのように思えてしまうから。そしてまた、クラスの意地悪な男子たちに胸を弄られるたびに助けに入ってくれる、その正義感にあふれた行動すらも。

  助けてくれるといっても、口で解決できることじゃない。影響力の強い子ならともかく、その頃のヨウくんは、……ボクがこう言うのは気が引けるんだけど、どちらかというと嫌われ者の部類だったからだ。そんな子に注意されたところで我の強い男子には反発されるだけだし、よく大きなケンカに発展した。ボクほどじゃないにしろ、チビの体で勝てるわけがないのに。ボクにはそれがとても辛かった。自己肯定感が最低だった時期だし、ボクはヨウくんが傷付いていく様子を、ただ泣きながら見ているしかなかった。

  ある時ボクは、農作業の合間に打ち明けた。

  「ボクに負い目を感じるのをやめてよ」

  負い目という言葉も知らなかったヨウくんだけど、説明するとうんうんとうなずき、十分に意味を理解したあとでこう言った。

  「そんならお前だって同じじゃんか」

  その意味をボクは理解できなかった。首を傾げるボクにヨウくんは続けて説明した。ボクが両親に向けてる感情も同じじゃないかって。そこでボクはハッと気が付いた。両親への罪悪感に苛まれるボクを見て、両親はどう思っているんだろうって。ボクがヨウくんを見て辛いって思うのと同じように、両親はこんなボクを見ることが辛いんじゃないかって。

  「子供なんだからしてもらうのは当たり前だろ。将来返せばいいんだよ」

  冷静に考えてみれば当たり前のことかもしれないけど、生まれた時から当事者だったボクには容易に辿り着けない考え方だった。まあ、してもらっている規模が規模だったし、ヨウくんの発言になるほどとうなずきながらも、それを当たり前と思うことは絶対にできないけどね。

  でも、してもらっている事実は事実だ。当たり前と思うことはできないけど、将来返せばいいというところは完全に納得ができた。

  それがきっかけだよ。ボクの考え方が変わったきっかけ。両親に対して申し訳ないと思うだけじゃダメなんだ。心の中でいくら謝ったところで何も変わらない。何も解決しない。それよりも、精一杯ありがたく受け取って、いつか絶対に返すんだ。そう思いながら生きた方が気持ちがいいんじゃないか。ボク自身も、それを見ている親も、どっちとも。

  ヨウくんはその日の出来事を、たぶん何でもないただの一日だと認識しているはずだ。だけどボクにとっては大事な日。人生が変わった日。そして、彼への恋心が決定付けられた日。

  悪魔が人に恋をした日だ。

  ボクは悪魔だ。小悪魔だ。友達の心を惑わし、よくない道に誘い込む、とびきり悪ーい存在。その悪魔が、この黒柴の男の子に恋をしたんだ。そして、ボクを好きになってもらおうと、あらゆる手で心を惑わしている。

  もっとも、その頃のボクに明確な意志や目的があったわけじゃない。ましてや悪意なんてあったはずがない。体の変化に戸惑いながら、それと上手く付き合おうとするので精一杯の、大人の悪魔から見たら可愛らしい小悪魔だ。悪意なんてあるわけがない。もっとも、それはボクが彼にしたことへの言い訳でしかないのかもしれないけど。

  [newpage]

  

  ことあるごとに邪魔してくるヨウくんをうっとうしいと思ったのか、クラスの男子はヨウくんがいない時を見計らってボクにイタズラをするようになった。トイレに行ってる時、放課後、登校直後、などなど。元気いっぱいのヨウくんだって風邪をひくことはあって、そういう時はボクは一日中同級生たちの好奇心と悪意を身に受けることになった。ヨウくんに心配をかけたくないからボクはそれを黙っていた。

  その日も風邪が流行している冬で、ヨウくんは兄弟からもらったのか風邪をひいて学校を休んだ。これ幸いと、いつもみたいに悪ガキがやってきた。守られているばかりではいけないと思ってたからボクだって抵抗の意志は見せたけど、低学年みたいに小さな体のボクがどうにかできる相手は存在しないし、相手は一人じゃない。

  だけどその日はタイミングが悪かった。メンタルが不安定な日だったんだ。炎症を抑える方の薬はメンタルに対する副作用もある。母乳が出始めるまでのボクが目立たない存在だったのは、口を開けばトラブルになるからだった。さすがに情緒不安定とまでは行かないけど、相手のちょっとした所作だとか口グセだとかにいちいちイライラしてしまう不安定な時期が周期的にやってきた。それは成長障害と同じく新薬で抑えられない領域で発生する副作用で、ボクは無用な争いを避けるために口を閉ざした。賢いでしょ、子供ながらにそんな自制ができるなんてさ。もちろんそれは、ヨウくんがいたからこそできたことだけど。ボクはただ一人、ヨウくんとだけコミュニケーションを取れればそれでよかった。

  なんて言われたかまでは覚えていないけど、ボクは我慢するという考えに至ることもなく、無意識に平手打ちを繰り出していた。もちろん威力はなく、その倍の威力のこもった仕返しが飛んできた。たった一撃でボクは抵抗の意志を失った。

  複数人に胸をもまれた。だけど母乳は出なかった。そりゃそうだ、出始めの頃と違って、ある程度はコントロールする術を身に着けていたから。母乳なんて登校する前に絞り切っていた。

  だけど制服の中で、悪ガキたちの手は僕の乳首を執拗に刺激した。胸をもまれながら、乳首をこねくり回された。変な感覚がした。胸の奥がツンと疼くような、不快な感覚が。――絞り切ったはずの母乳が、分泌される感覚が。悪ガキの手が、びしょびしょに濡れていた。

  「知ってる? おっぱいって赤ちゃんが胸に吸い付く刺激で出てくるんだって」

  聞かれてもないのに女子の一人が嬉しそうに説明した。好奇心と興奮に満ち溢れた目をしていた。ボクより胸が小さいくせに、母乳なんか出したこともないくせに、腹が立つくらい知ったかぶりをしていた。

  ともあれその講釈のせいで、ボクの母乳は効率よく絞り出されることになった。一人の男子が乳首をコリコリして、引っ張って、もう一人の男子が胸をもんで、ボクの胸からは次々と白い液体が分泌された。メスって呼ばれた。メス。それから女の子って。

  「オスかメスか確認しようぜ」

  行為はエスカレートしていき、その日は下まで脱がされた。ズボンを脱がされパンツになった。白いブリーフが露わになった。お子様パンツだと笑われながらゴムに手をかけられた。ボクは抵抗した。ボクはもがいた。だけど二人がかりで足を伸ばされた。そうして、水泳の着替え以外で他人の目に触れたことのない性器が、衆目にさらされた。

  みんなに見られた。出席している全員の男子に、女子に。小さいと男子に笑われた。可愛いと女子に笑われた。みんなに弄られた。代わる代わる、いろんな子に触られた。男子だけじゃなく女子にすら。だけどボクの性器はいくら弄られても一向に大きくなることはなかった。そもそも大きくなったことすらなかった。大きくなるなんてことを、その頃の無知なボクは知らなかった。

  「ボッキしねーとかほんとお前メスじゃん」

  指でピンと弾かれ、ボクの性器はぷるぷる揺れた。段々と扱いが雑になっていって、ボクの未成熟の性器は、小学五年生の男女の持つ興味と好奇心を満たすオモチャと成り果てた。

  先端で大規模なシワを作っている皮を笑われた。余りまくっている皮を面白そうに伸ばされ、また笑われた。反対に皮を剥かれ、白くふやけた粘膜を見て嫌悪と嘲笑の声が上がった。

  性器にばかり関心が行っていたけど、限られたスペースに混じることのできなかった子がボクの胸を弄った。手付きが慣れてきて、背後から両方の乳首を指で挟みながら胸を揉み、ボクの母乳は牛みたいに機械的に周期的に搾られた。ある時から別の子が絵筆を洗うケースを宛がい、次々分泌されるボクの母乳を受けていた。

  その筆洗の五分の一ほどに母乳が溜まるまでの間、ずっと刺激を与えられていた性器はそれでも勃起しなかった。ぐにぐにと形を変えるばかりで何の変化も示さなかったボクの性器に、突如として溜まった母乳がかけられた。

  「精子出た精子! 精子出た!」

  母乳にまみれた性器に教室中が盛り上がった。

  「精通おめでとう!」

  「カツミちゃんおめでとう!」

  「おめでとう!」

  みんながボクの性器に拍手をした。背後から胸を揉んでいた両手もボクの顔の前で拍手をした。手の毛に染み込んだ母乳が弾け、細かい飛沫が顔にかかった。

  「じゃあ今からみんなの前で射精して見せような」

  悪ガキは今度はボクの性器の皮を上に強く引っ張った。少し痛くて声が出たけど止まるはずもなく、両手で、ベルトのないズボンを上げるように、ボクの包皮は口の開いた袋みたいにされた。

  そこに筆洗が宛がわれた。ケースが傾けられ、容器の角から中の液体が流れてきた。勃起をせず空間に余裕のある皮袋は、注がれる母乳をすべて受け入れた。

  その状態で皮の口をギュッと閉じられ、包皮をおなか側に強く引っ張られた。性器の裏側、そして気温で縮こまった陰のうの裏側が、変な形に引っ張られながら上を向いた。

  「ほら行くぞ、さん、にい、いち、しゃせーっ!」

  引っ張られた包皮がパッと離された。ボクの性器は投石器のように勢いを付けて元の位置に戻った。包皮の中に注がれた母乳が、空中に、そして床に放散した。明確な音こそなかったけど、前方に向かって勢いよく弾けていた。

  ……ここまでのことをされてボクがさほど屈辱を感じなかったのは、やっぱりその時点では知識がなかったからだ。されていることに対して、どのような侮辱に当たるのか、理解が追い付かなかったんだ。

  「どうせだからもっと大人にしてやろうぜ」

  悪ガキの言うその意味も分からなかったけど、たらたらと母乳の残りを垂れ流す包皮をつままれ、逆方向に引っ張られたことに対しては抵抗した。だってそれは、皮を伸ばされるよりはるかに痛かったから。

  だけど子供というのは容赦がない。痛いと訴えても、やめてと訴えても、その手が止まることはなかった。――ボクは、さして仲良くもないクラスメートの男子の手で、亀頭と癒着した包皮を無理やり剥がされた。

  嫌悪と嘲笑、それから興奮。教室は異様な熱気に包まれた。包皮の中身は、とても表現したくないものだった。

  ただ、その熱気はそれから急速にしずまっていった。粘膜にすらなり切れていないその部分から、血がにじんできたからだ。母乳と母乳以外の白に、赤色がじわりじわりと混じり始めた。

  一人、また一人と、最初から関わってもいなかったと言わんばかりに離れていった。

  ボクの包皮をつまんでいた悪ガキも、臭い物に蓋をするように、出血を封じ込めるように、ボクの包皮をていねいに元に戻し、他のみんなのあとについて手を洗いに行った。欠席者を除く二十人全員がボクの母乳ないし性器に触れていたから、手洗い場はおそらく満員になった。

  全裸のボクだけが惨めに放置された。ボクはシャツで体を拭いた。包皮の中にティッシュを詰め込み、ブリーフを穿いた。床に跳ねた母乳がブリーフにかかっていたけど、シャツの替えはあってもパンツの替えは持ってきていなかったからそのまま穿くしかなかった。

  何事もなかったかのようにクラスメートが戻ってきて、ボクも新しいシャツと制服を着て、何事もなかったかのように席に着いた。昼休み明けにやってきた先生の鼻がヒクヒクと動き、そのまま何も気付かなかったかのように授業を始めた。学校が終わって帰るまで、ボクの体からは乳臭いニオイが強く放たれていた。

  ボクの心は悔しさにあふれていた。無力な自分にというのもそうだけど、好き勝手に弄ばれたことに対して、なぜだか耐えきれないくらい悔しく思ったんだ。性器を弄られたことは別にそうでもなかった。帰宅後に調べて知識を得ても、未熟な性器をからかわれたことに対しては驚くほど無関心だったんだ。

  それよりも、胸を弄ばれたこと、母乳を絞られたこと、それが、とてつもなく悔しかった。ボクの〝これ〟はお前たちクソガキのためにあるんじゃないって、はっきりと自覚したからだ。ボクの〝これ〟は、ヨウくんのためにあるんだって。

  そのせいなのかな、ヨウくんに対してボクの方から性的なアプローチをかけてしまったのは。

  [newpage]

  

  次の土曜日、よく晴れたいい天気だったから蜜柑の収穫をした。祖父はおらず、ボクとヨウくんの二人だ。

  祖父の体は確かに治ったけど、一度入院生活をしたせいか、体力が少し衰えた。あとは将棋や釣りなど多くの趣味を持っていたこともあるし、菜園の世話ばかりに時間を取らせるよりも他のことに使ってほしいとの願いから、ボクは祖父に提案をした。家庭菜園をゆずってほしいって。やってみたいことがあるからって。

  詳しいやり取りとか家庭の事情は省くけど、祖父はそれを了承し、祖父母はボクと両親が住む家に移り住むことになり、ボクは自由に使える広大な土地と宙ぶらりんの家を手に入れた。両親が大らかならその両親すら大らかだ。まあ、単なる大らかとは違うけどね。どうやら不買美田を貫く家系であったらしく、よほどのことがない限り子供の家計には干渉しないスタンスで、ボクへの施しは単なる孫可愛さによるものだった。ボクの「やってみたいこと」に対して挑戦の機会を与えてくれたんだ。ボクが将来自分の力だけで財を築けるように、何事でも経験を積めるようにって。ボクの両親が堅実すぎることへの皮肉も少しあるのかもしれなかった。

  いったいボクは何をしようとしているか……。これはいたってシンプルだよ。ただ特別な存在になりたかったんだ。良い意味で一目置かれる存在に。軽んじられない存在に。そしてその傍らで、ヨウくんはボクの力になってくれた。

  祖父母が家を丸ごと譲り渡したのは、ヨウくんに対するお礼のようなものも兼ねていた。家族が多くて自分の部屋がなく、趣味の工作をするスペースがないと前々からグチっていたことを祖父母は覚えていた。病弱だった頃から親身になってボクの世話を焼いてくれたヨウくんに、祖父母は「好きに使いなさい」って、大草原みたいに広い心でそう言ったんだ。

  こうしてボクたちは秘密の花園を手に入れたんだ。ボクのしようとしていることはさておき、ボクがヨウくんにしてしまったことを先に話そう。

  その頃のヨウくんがボクをどういう目で見ていたか、はっきりとは分からない。たぶん、ただの友達とするのが一番正しいんだろう。もしくは、彼は兄弟が多いことだし、世話を焼かずにはいられなかっただけなのかもしれない。少なくともそこに恋心が全く存在しなかったことは確かだし、こんな胸を持つボクに対し、性的に見てもいなかった。どれだけクラスメートに胸を弄られようが、彼だけは邪な目で見なかった。それを、ボクは自分の手で結び付けてしまった。

  きっかけとなる話の流れとしては偏食についてだ。ボクのアレルギー症状は大部分が食物アレルゲンによるもので、口に入る物のほとんど……もちろん全部の食べ物とまでは行かないものの、問題なく食べられるものを探す方が難しいレベルだ。ただまあアレルギーが出るものを食べたところで症状は薬で抑制されるんだけど、取り入れる量は少ないに越したことはない。

  食べたくないから食べないんじゃなく、食べないほうがいいから食べないだけなんだ。だけどヨウくんには、食べたくないから食べないほうの偏食があった。

  好物は肉と米、果物は大部分が好物、魚は一部食べやすいもののみ好物。ヨウくんはとにかく野菜を避けた。せっかく収穫した野菜類をお裾分けしようとしても、建前はともかく本音は偏食を理由に断っていた。

  それから牛乳が大嫌いだった。主にボクのアレルギーへの配慮という隠れた事情により、学校の給食は食べ残しオーケーになっていたから、ヨウくんは野菜と牛乳を毎日残していた。

  「食べられるものが増えたらもっとお得だと思わない?」

  「肉さえ食えれば幸せだぜ、おれは」

  「わかってないなあ、その肉をおいしくするのは野菜の力だよ。そうだ、もうすぐお昼だし、いいもの作ってあげる」

  そう言ってボクはヨウくんを家の中に招き入れ、お昼ごはんを作り始めた。ボクのやりたいことというのは、ちゃんと説明しようとするとめちゃくちゃ長くなるから一言で片付けると、ボクの体に合うレシピを探すことだ。そのためにボクはこんな早い頃から料理の勉強をしていたんだ。管理栄養士にでもなるかなとこの頃は漠然と思ってもいた。

  ヨウくんもそれを当てにしていて、毎週土日、自分が食べたいもの――主に肉を持参してきていた。まあ、持ちつ持たれつといったところだ。

  肉野菜炒めの野菜抜き……は子供のボクから見ても彩りが悪すぎるから、ボクはヨウくんが食べないのを分かってて野菜を添えた。ボクがあとで食べることになってもね。おっと、本題はそこじゃない。

  うまいうまいと肉に食らい付くヨウくんに、ボクは炒めるのに使った焼肉のタレを小皿の上に少し注ぎ、ヨウくんに渡した。

  「このタレ実はボクが作った」

  市販のビンに入ってはいるけど、その中身はボクが作ったものなんだ。

  「……うまい」

  ペロリと舐めながらヨウくんは言った。

  「この味の秘訣はタマネギなんだよ」

  ぶっちゃけるとニンニクとショウガもだし、それを言い始めると調味料も全部含めてなんだけど、ヨウくんが嫌いなタマネギに焦点を当てるために黙っておいた。

  「焼肉にもステーキにもソースは欠かせないけど、そのどれもが野菜と果物の力で成り立ってるんだよ」

  だいたい刻んでカレーにしたら野菜も食べられるんだから、ただの食わず嫌いなんだよ。

  「全部の野菜を食べられるようになる必要はないけど、タマネギは特にお肉と合う野菜だから、せめてタマネギだけでも食べられるようになれば三倍くらい肉を楽しめるようになると思うよ」

  ほら、とボクはヨウくんのお皿の上で分別されたタマネギを指差す。

  「タマネギって生で食べると辛いけど、火を通せば通すほど甘くなるんだ。今日はヨウくんのために念入りに火を通したんだよ」

  さすがに形を維持したかったから飴色になるまではしてないけど、表面はいい感じに焦げ気味だった。

  それでも、ヨウくんは少し迷う素振りは見せながらも、それを口に運ぶことはなかった。少し前までうまいうまいと笑顔で食べていたのに、気まずそうな顔になっちゃって、ボクの心に罪悪感が芽生えた。

  まあ罪悪感は置いといて、ボクはそれでも言わなきゃならなかった。

  「今はいいけどそのうち体に悪影響が出るよ」

  ヨウくんには健やかに大人になってもらいたかったから。さすがに恩着せがましいから言葉では言わないけどさ。

  「親父が大丈夫だから大丈夫だろ」

  どうやら偏食家はヨウくん一人の問題じゃないみたいだった。

  「悪影響ってのは健康のことだけじゃないよ」

  ボクは冷蔵庫から牛乳を出し、コップに注ぐ。パックから流れる白色の液体を見ながらヨウくんはあからさまに顔をしかめていた。

  「身長も」

  「牛乳で背が伸びるってのは迷信だぞ」

  「飲めば必ず背が伸びるわけじゃないのは確かだよ。でも、魚もそこまで積極的に食べないヨウくんはあまりカルシウムをとれてない。だから……」

  ボクはそのコップをじわりと滑らせ、ヨウくんの前に押しやった。

  「飲まなきゃ絶対に伸びないよ」

  「それこそ親父が大丈夫だから大丈夫だって」

  「そうだね、身長は両親からの遺伝によるものが大きい。だけどね、ボクはこんなだからいろいろ調べて知ってるんだけど、生活習慣次第で最大十八センチくらいは差が出るんだってさ」

  「生活習慣?」

  「よく寝る、よく食べる、よく動く」

  「よく寝てるしよく動いてる」

  「食生活は?」

  イスの上でたじろぐヨウくんにボクは詰め寄った。

  「ヨウくんの食生活から不足してる栄養素を言ってあげるね。まず食物繊維、ビタミンA、ビタミンB群、特に葉酸、C……はまあジャガイモ食べるからいいとして、あとはミネラルがやばい。スポドリよく飲んでるとはいえ獣人用の薄いのじゃ栄養源として期待はできないよ」

  背後からそっと手を取り、コップを握らせた。

  「カットマンなんでしょ。ボクは卓球のことよく知らないけど、高いボールをカットするにも身長はあった方がいいと思うよ」

  だけど……コップを握るヨウくんの手は、やっぱり引っ込んでいった。その手の離れ方はまさに嫌悪の対象からの忌避のようで、――母乳まみれのボクから離れていくクラスメートの光景が軽くフラッシュバックした。

  たぶんそれでメンタルが揺れ動いたのが原因なんだろうとしか言えない。どうしてそうしようと思ったのか今でも分からない。説得力のある理由を、ボクはどうしても考え付くことができない。

  「じゃあヨウくん、これなら飲める?」

  小さな黒柴は力のない目で後ろを振り返り、目を丸くして驚いた。ガタッと机とイスが跳ねる音がした。

  「おおお、お前、何考え、て……」

  驚くのも無理はない。だってそこには、シャツを脱いで胸をさらけ出す山羊人がいたんだから。逃げられる前に、イスに座ったまま半端に後ろを向いた彼の体を抱きしめた。

  胸が顔に当たった。大人の女性ほど大きくはないけど、同級生の女子の誰よりも大きい胸が、彼の側頭部を中心に、前頭部と後頭部を挟み込んだ。白い体毛に覆われたふくらみが、彼の黒い毛並みを優しく包み込んだ。そのふくらみは額の前、――つまり、マズルの上に。

  「ヨウくんはボクのここに興味ない?」

  「え、いや、おわ、おま、」

  間抜けに口を開け、ヨウくんはあわあわと言葉にならない声を発していた。

  「他のみんなみたいに触ってみたいと思わない?」

  「お、おま、おま、お前、おと、男だろ」

  「そう、男だよ。男なのにこんなふうになっちゃって、イジメの元にもなるし邪魔だなーって少し思う。少しだよ、少し。薬のせいだから仕方がないことなんだ」

  胸の間で彼の左耳がせわしなく動いていた。

  「男子からよくメスって呼ばれてる。女扱いは確かに嫌だ。でもね」

  ボクはハグを少し緩める。おそるおそる、ヨウくんはボクを見上げる。

  「ヨウくんになら、いいって思ってるよ」

  たぶん、小悪魔的な笑みだったんだろうなって思う。その誘惑が成功したのか、それとも彼がただのムッツリだったのかは分からない。だけどヨウくんは受け入れたんだ。普通だったら赤ん坊扱いするなって怒ると思う。だけどそうならなかったのは、たぶん続けて発せられたボクのセリフのせいなんだと思う。

  「ボクのここに役目を与えてほしい。無駄に出っ張ってるここに、意味があるんだって思いたい。――ヨウくんの役に立ちたいんだ」

  そうして彼は、開いた口にぬっと差し出された乳房を、受け入れた。

  まず鼻が触れた。健康的に湿った黒い鼻が、体毛の上から乳首に触れた。その鼻が毛をかきわけるように動き、守るもののなくなったそこに、歯が触れた。犬歯と犬歯の間にある段の低い切歯が、乳首を引っかけた。その出っ張りを挟み込むように、舌が、乳首を包み込んだ。

  ぞわぞわぞわ、とボクの体毛がふくらんだ。きゅう、と胸の奥で母性が目覚めた。快感……というよりは喜びだった。なんだろう、それまで生きてきたことが報われたような、願いが叶ったような、大きな大きな喜びだった。大げさに聞こえるかもしれないけど、この日のこの瞬間――初めて彼の口がボクの乳首に触れた瞬間に発生した喜びは、その後の何にも代えがたいものだった。舌が当たり歯が当たり、普段なら母乳が分泌される嫌な感覚も、この時ばかりは喜びになった。はあ、と声が漏れさえした。

  ボクの腕の中で、ボクの胸の中で、ヨウくんはボクの乳首に吸い付いた。舌先で乳首を舐めていた。出てくる母乳を喉の奥に運んでいた。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。やっぱり、ボクの胸はヨウくんのためにあったんだって強く思った。

  やがてヨウくんは口を離した。

  「まずくない? 飲めそう?」

  さすがにおいしいとは思えないからそういう聞き方をした。ヨウくんは少し気まずそうに目を合わせないまま、ハア、ハア、と息を切らしながら、こくりとうなずいた。そうしながら、もじもじと、なんだかもどかしそうに体のあちこちがうずうずしているようだった。

  「舐めていいよ、触っていいよ、揉んでいいよ、噛んでもいいよ」

  吸い付いていたのは左の乳首だった。今度は右の乳房を眺めて、手を伸ばして、揉んだ。母乳が大量にあふれ出て、ボタボタ落ちるそれを、また乳房を伝い流れるそれを、彼は舌で受け止め、舐め上げ、そうして乳首をチロチロと転がした。同級生に指で転がされた時と違って、ヨウくんの舌で転がされる感覚は、心の底からボクに喜びを与えるものだった。なんだか、喜びがあふれるほど母乳もあふれてくるような感じがした。

  ヨウくんの動きが大きくなった。胸に吸い付いたままヨウくんはイスから立ち上がり、正面から向かい合った。そうしながらお互いに安定する体勢を探すうち、二人とも座り込み、ついにはボクが押し倒される形になった。フローリングに仰向けになって、ヨウくんはボクに覆いかぶさった。ヨウくんの目は、なんだか切羽詰まったように細まっていた。

  ヨウくんの動きがますます激しくなった。両手で胸を揉み、乳房を掴み、右乳首を、左乳首を、代わる代わる吸った。声混じりに息を切らし、その中で、時たま「カツ」と呼んでくれて、そのたびボクは幸せな気持ちになった。

  カツ、と呼びながら乳首を噛んだ。

  ヨウくん、と返しながら頭をなでた。

  カツ、カツ、とヨウくんは歯で乳首を引っ張った。

  「ううう……カツ、おれ、なんかヘン……」

  「変じゃないよ、ぜんぜん、変なんかじゃない」

  「そうじゃ、なくってぇ……なん、か」

  ボクはとにかく彼を抱きしめた。口内に胸を収めたまま、「カツ、カツ」とヨウくんはうめき声を上げ続けた。

  「カツ、カツ、カツぅぅうぅぅぅぅー……」

  それから特別間延びした声を上げたあと、彼の動きがピタリと止まった。

  何だろうと様子をうかがうと、何やら全身が強張っていた。ボクの胸に吸い付いたまま、背を丸め、キュッと縮こまっていた。

  だけどその硬直は長くは続かなかった。急に我に返ったように、ヨウくんはボクから離れた。

  何だろうと起き上がってみると、ヨウくんは膝立ちになって自分の下半身を気にしていた。それからすぐにハーパンを脱ぐと、

  「えっ」

  「えっ」

  二人同時に声を上げた。なんとヨウくんのボクサーブリーフが濡れていたんだ。ブルーの夜空の柄が濃い色に染まっていた。ただ、ボクが驚いたのはそのふくらみの大きさに対してのものも含まれていた。ヨウくんの性器は、ボクの未成熟なそれと違って大きかった。下着をグッと押し上げ、そしてその先端から出たものが、じわりじわりと広がっていた。

  ヨウくんは下着を下ろそうとして、ちょっとためらって、やっぱりやめた。ボクから隠れるように少しだけ横を向いて、ウェストのゴムを引っ張って中身を確認した。えっ、えっ、とヨウくんは酷くうろたえていた。

  何となく秘密にされたのが悔しくて、ボクはヨウくんのパンツに手を伸ばして無遠慮に引っ張り下ろした。ピン、と元気よく性器が飛び出した。ヨウくんの性器は水気をふんだんに含んでいた。性器を覆う毛にも、それから半分以上が露出した亀頭にも。

  「え、おれ、お、おも、おもらし、した?」

  ヨウくんは何が起きたのか知らなかった。びしょびしょの性器に触って、手に付いた液体のニオイを嗅いで、おしっこと違うニオイだと分かるはずなのに、……いや、だからこそ戸惑っていた。

  「ちがうよ」

  ボクは遠慮もせずにヨウくんの性器に手を伸ばし、皮を下ろす方向に力を加えた。彼の包皮はするりと剥け、おいしそうな肉色をした亀頭が全部露出した。第一印象がおいしそうというあたり、たぶんボクの本能はその時点で女の子方面に傾いていたんだろうね。

  皮の中はボクと違って清潔で、普段からきれいにしていることがうかがえた。そうして皮を戻すと、その動きで穴から白い粘液が染み出てきて、先っぽで水玉になった。

  「ええっ、なにこれ」

  「これが出てきたんだよ」

  「おれのちんこから?」

  「そう」

  「おれも……ミルク出るんだ……」

  その表現が面白くて笑いそうになったけど、ボクはすぐにそれが精子であることを教えてあげた。もしもその時点で悪知恵を働かせるほど知識があれば、二歩も三歩も踏み込んだ行為をしていたと思う。例えば、今度はボクがヨウくんのミルクを飲む番だよとか、もしくはそれこそ、無知だったボクが思い至ることのできない奥底に潜む欲求――彼の性器を体の中に受け入れたい欲求を満たすことだって、その時点でできていたはずだ。

  だけど話した通り、その数日前クラスメートに好き勝手弄られたあと調べて得た程度の知識しか持っていなかったんだ。

  「そうかぁ、これでおれも男になったんだな」

  それはどうだか分からないけど、少なくとも第一歩ということは間違いないだろうね。

  「お前も出んの?」

  「ううん」

  ヨウくんの性器ばかり不公平だし、ボクは迷わずズボンとブリーフを下ろして自分の性器を見せてあげた。小指ほどもないボクの性器は見るからに子供のもので、そんな機能がないことをいちいち説明するまでもなかった。といっても、ヨウくんのだって勃起しているから大きかっただけで普段は小さかったんだけどね。少なくともこの小学五年生の時点では。

  ヨウくんはボクの性器に手を触れた。段数の多いコロネみたいな包皮を指でつつき、つまんで、伸ばして、ボクがやったみたいに皮を剥いたりして。胸の時より遠慮がないのはその部分が男の部分だからなんだろう。剥かれる際に少し痛んだけど我慢した。

  「お前、剥いて洗ってんの?」

  「ううん。何日か前まで剥けることも知らなかったよ」

  「ダメだって。ちゃんと洗わなきゃバイ菌入るって親父言ってたぜ」

  ほら、とヨウくんはボクの手を引いた。どうやら洗い方を教えてくれるらしいことにボクはなんだか微笑ましい気持ちになった。

  「その前に、ヨウくん」

  ボクは脱ぎっぱなしのパンツとハーパンを指差した。

  「洗わなきゃ卓球クラブ行けなくなるよ」

  「やべっ、乾くかな」

  「無理そうならドライヤー使えばいいよ」

  そうして精液まみれのパンツとハーパンを洗濯機に放り込み、ボクたちは二人一緒にシャワーを浴びた。

  ヨウくんはボクの白くてしわしわの性器を気持ち悪がらずていねいに洗ってくれて、早く大きくなるといいなって言ってくれた。

  お返しにボクはヨウくんの性器を洗ってあげた。自分でできるからって嫌がったけど、ボクは強引に彼の性器をこねくり回した。シャワーを当てながら、こねこねって。単純に大きな性器に興味があったからというのもあった。勃起した性器の感触は、ボクにとっては初めてのものだったんだから。いつしか洗う手付きでなく快感を与える手付きになっても、ヨウくんはボクを止めなかった。風呂イスに座ったまま、ボクの手が往復する様子を見ていた。

  「んうぅーっ!」

  そうしてヨウくんは射精した。手の中で彼の性器が強張った。跳ねた。先っぽの穴から、白い液体が勢いよく飛び出した。

  他人の射精を(調べた時に見た子供向けのイラスト以外に)見たことがなかったボクは、こんなに飛ぶものだということを知らなかった。ヨウくんの性器から飛び出してきた精液は、向かい合って座っていたボクの胸にまで飛んできた。この時のヨウくんはまだ完全に成熟していたってわけじゃなかったんだけど、それでも噴射にはそれなりの勢いがあった。

  白い体毛だから目立ちはしないものの、ボクの胸にかかった彼の精液は、相手がボクだけになんだか母乳みたいに見えて、気まずいまでは行かないものの、何ともいえない空気が流れた。ボクがいろいろな感情に心をかき乱されていたように、たぶんヨウくんもいろいろと困惑していたんだろう。手にべっとり付いた彼の精液をこっそり舐める様子を鏡越しに見られたのも、その後のヨウくんの情緒に少なからず影響を与えたかもしれない。見てないふりをしてくれたけど。

  ヨウくんはボクを射精させようとした。出ないとは言ったけど試していないからって。結果は、もちろん出なかった。ボクの性器は抵抗なくグニグニと形を変えるだけで何の変化も見せなかった。ただ、数秒間だけ硬くなったような気はした。気持ちいいような、気持ち悪いような、それでもやっぱり気持ち悪いが勝つようになって、ボクは手でそれを制止した。胸と違って、どうやらボクはそこで幸せを得ることはできそうになかった。

  「お前もそのうち出るようになるよ」

  「そうだね」

  「そしたらお前も文句なしに男ってことになるよな」

  ヨウくんのことだから、そのセリフは純粋に思いやりから来ているに違いなかった。だけどちょっと、ちょっとだけ、魚の小骨程度のものだけど、小さなトゲが心に刺さった。

  「そうだといいね」

  ボクがあいまいな答え方をしたのは、何となくそうならない予感があったからだ。そしてその予感は的中する。後日アレルギー科の先生に話を聞いて明らかになった。ボクの胸が大きくなったのも、母乳が出るようになったのも、性器が勃起しないことも、何もかも新薬の副作用だったということを。――そしてこのままでは男としての機能が目覚めないまま大人になるかもしれないということを。

  [newpage]

  

  「この通り、血中プロラクチン濃度が高くなっています。プロラクチンとは女性の乳腺発達に欠かせないホルモンで、男体への影響は……そうですね、射精後のクールダウンを司るホルモンでもある、と言えばお父さんには分かるでしょうか。それが常に分泌されている状態ですね」

  血液検査の結果を見せながら、アレルギー科の先生はボクとお父さんに説明した。

  「乳腺は乳房の大きさに関係しますか?」

  「乳房の発達は複数の女性ホルモンの働きによるものですね。どうやら男性ホルモンの分泌が抑制されているようで、相対的に女性ホルモン優位になったことで発現したものと思われます」

  最初の頃は両親どちらかが付き添いに来ていたけど、検査の頻度が上がってからはずっとボク一人で受診していた。だけど今度は親と一緒に来てくれと事前に連絡され、こうして父と来てみたらこんな話をされたんだ。

  「早い子ならもう起きている年頃ですし、今のままの投薬を続けると春機発動が見込めないかもしれません」

  「起きないということですか?」

  「そればかりは断言ができません。単に遅れるだけであればいいのですが」

  この先生は鹿人で、ボクと同じように除角をしている。といっても、ボクと違って毎年生え変わるみたいだけど。

  「投薬を中断するのが好ましい、ということでしょうか?」

  「可能であれば。少なくとも成長期の間だけでもギリギリまで量を減らすほうが良いかと」

  こんな話というのはボクの性機能の話だ。炎症を抑える方の薬による無視できない副作用はせいぜい背が伸びないくらいの成長抑制だったけど、どうやら新薬の方は男性の性の目覚めを抑制してしまうんだそうだ。

  そういう話をされても、ボク自身どうすればいいかは分からなかった。ボクはどうしたいか、それがまず分かっていないんだから。

  ボクは両親とヨウくんのために生きたいとしか思っていなかった。将来いい職に就いて、恩返しをしたい。ただそれだけ。だからボクに男性機能が備わろうが備わるまいが、正直どっちでもよかったんだ。ヨウくんはどっちを喜ぶだろうなんて、少し真面目にそれを判断基準にしようとさえした。

  でも、違うと思った。両親はたぶんボクが幸せなら幸せだって言うに決まっている。ボク自身が幸せを追い求めなきゃいけないんだって。

  「あの先生」

  ボクは大人二人の会話に割って入った。

  「元の薬の量を減らすことができれば新薬の量も減りますよね」

  「ええ、そうなります。満足とは言えずとも背の伸びにも期待できるかもしれません。しかし元の薬を減らすことは耐えがたい痒みが再発するということですよ」

  「それについてですけど……」

  ボクは自分のしようとしていることについて話した。自分に合う食材を探そうとしていることを。薬を通常量飲んでいる間はできないことだけど、薬を減らし、症状が出るかどうか自分の体を実験台にして確かめていきたいと。食材の共通点から何が体に悪さをするのかを特定し、そしてそのデータをもとに、同じような病気を持つ子のために(これは少し誇張した)、満腹感を得られ、なおかつ太りにくいレシピを考えたいこと。

  「カツミ……」

  その話を初めて聞いた父は何も言えず、穏やかにボクを抱き寄せた。

  「なるほど、素晴らしいですね、その歳で立派な考えをお持ちのようです。目的があった方が辛いことにも耐えられるかもしれませんね」

  先生も溜息を吐きながらうなずいた。

  「全面的に協力しましょう。情報の少ない戦場で子供一人戦わせるわけにはいきません。きみの目的のためにすべき行動、服薬サイクル、取るべきデータを細かくお伝えします。[[rb:研刀克己 > とぎとうかつみ]]くん、きみはこれから研究者です」

  その言葉にボクは感動した。両親以外から褒められる経験があまりなかったこともあるけど、ボクの目的を後押ししてくれたことで、ボクは自分の人生に価値が生まれたと思えたんだ。

  「ただ、自分の体を実験台に、という部分は褒められたことではありませんよ。研究者に限らず体が資本です。もっと大事にしてくださいね」

  「はいっ」

  ……とまあ、なかなか感動的なやり取りじゃないかと思う。事実ボクは感動したし、それからずっとやる気に満ちあふれた頑張り屋になった。研究者というカッコいい響きにいい気になって勉強を頑張りもした。何とも単純で微笑ましいね。いやまあ、それに関して言えばいいことだったと強く思う。

  研究の詳細についてあまり長々と語っても仕方がないから大事なところだけかいつまんで言うと、小学六年生の夏休みの自由研究に、途中経過みたいな形で研究のことを発表したんだ。成果はあまり出てない段階だったけど軽い気持ちでね。そしたらなんかえらく大げさに褒められて、なんやかんやあってローカルだけどテレビ局の取材を受けることになって、家庭菜園のことまで話す羽目になって、本当に何がどうなってそうなったのか分からないけど、ボクの作る作物は地元のスーパーの産直コーナーに並べられることになった。生産者トギトウファームだなんて大層な名前つけられちゃってさ、恥ずかしいったらありゃしない。

  まあボクのことはどうでもいい。同じタイミングで自由研究を褒められた子がいた。その子の名前は[[rb:三岳陽壱 > みたけよういち]]くん。他でもないヨウくんだ。ヨウくんは自分で卓球台を作った。ボクの、いや、ボクの祖父母の元住居の一部屋を工作室にして、ネットと金具以外を手作りで。電動工具はドリルドライバー以外使わせてくれなかったから時間はかかったけど、木材を切るところから組み立て、塗装まで全部ひとりでやったんだ。ただの机にネット張っただけじゃない、ちゃんとストッパー付きのタイヤが付いてて正規品みたいに折りたためるんだ。

  以上、簡単に済ませたけどあの家でのボクたちの成果はこんなところだ。これのおかげもあって、ボクたちは少しだけ、……ほんの少しだけ、一目置かれるやつになった。ヨイショされるとかそんなことはなかったけど、少なくとも無条件に弄んでも許されるオモチャからは昇格したって感じ。……なんてね。夢のない話をすると、問題になるとまずいと思ったに違いない担任が休み時間や昼休みに常駐するようになったのが一番大きいんだと思う。

  ともあれそういうことで、それから小学校卒業までの間は平和に過ごすことができた。終わり良ければすべて良しというけど、まあ、悪くはない小学生活だったと振り返れる。

  もちろんボクの研究がこれで終わるわけじゃないよ。ボクは自分の病気を克服するつもりでいるからこんなところで終われない。ただそれはもっと先の話だ。未来のボクに託される役目だ。だから今は今の話をしよう。ボクはヨウくんのことをまったく語り切れていない。

  ボクとヨウくんの関係は、単なる友達で終わるものじゃない。とはいえそれを大きく上回るものでもない。適切に言語化するのが難しい、複雑な関係になっていた。

  小五の時のあれ以来、ヨウくんはボクの母乳を好んで飲むようになった。おかしいことだとお互いに分かっていた。だけどやめられなかった。栄養の偏りを解消するためというもっともらしい言い訳があったから、ボクはボクの欲を満たすため、ヨウくんはヨウくんの欲を満たすため、ボクの胸を緩衝材にした。まあ、ボクの手で射精に導かれても許されるような言い訳になるはずはないんだけど、そこはそれ、建前だよ。

  ヨウくんは毎回、ジャンプするとお腹の中から音がするくらいボクの母乳を飲んだ。ボクはヨウくんのため、偏食家のヨウくんに足りていない栄養素を特に多く摂取した。そうしたところで母乳にそれが反映されるかどうかボクには分からないけど、それもそれ、建前だ。そうすることでヨウくんのために行動している気になれたんだ。

  食べたもので母乳の味やニオイが変化することも分かった。苦くなる食べ物、甘くなる食べ物、酸っぱくなる食べ物……。いろいろ試したけど、料理そのものの味とは大きな相関性はなかった。何となく研究意欲が湧いてくる題材ではあったけど、内容が内容だけに、発表の場がないと考えて詳しく調べるのはやめておいた。母乳の採取は病院の先生が毎週やっていたから、必要があればそっちでやるだろうと思ったしね。

  最終的にカレーのあとが一番いいという結論に至った。甘味がちょっとあって、他のエグみが少なくて飲みやすいって。それにカレーはヨウくんの好物でもあるし野菜も入れられるから、そういう意味でも一番いいんだ。将来はカレー屋でもいいかも、と漠然と思いもした。

  授乳を通して、ボクたちは少しずつ少しずつ距離を縮めていった。言い換えると、行為が一歩一歩踏み込んだものになっていった。ヨウくんは年頃の男の子らしく性器による欲求解消に熱中した。自分ではせず、ボクにしてもらうのを好んだ。手だけで満足していたのは最初の頃だけで、行為はより大胆になっていった。

  どうせバレてるんだしと目の前で手に付いたヨウくんの精液を舐めていたら、それを見ていたヨウくんに新たな欲求が芽生えたようだった。だからボクは、――悪意ではないよ、狙ってはいたけど、こんな新しい言い訳を用意して行為に及んだ。

  「射精すると亜鉛が出て行っちゃうからね。貴重なミネラルを無駄にしないためにこうやって舐めてるんだ」

  それから胸を差し出して、

  「こうすることで亜鉛はヨウくんに還元されるというわけ」

  なんてね。苦しい言い訳だけど、まあ還元率百パーセントじゃないにしろ、まったくの出まかせってわけでもないから許されるだろう。喜んで母乳を飲むヨウくんの頭を撫でて、そうして自然な流れで、ボクはヨウくんの性器から亜鉛を直接摂取するようになったんだ。といっても山羊人の舌は猫人と同じくザラザラしているから、あまり熱をこめた愛撫はできなかったけど。それでも敏感なヨウくんの性器は、唇の往復だけで十分に射精に至る快感を得ることができた。ヨウくんはボクの胸から、ボクはヨウくんの性器から、それぞれミルクを飲み合うようになったんだ。

  行為はそれ以上にはならなかった。というより、それ以上に踏み込むための知識がなかった。時たまヨウくんは興奮して僕と向かい合って腰をヘコヘコさせる動きを見せたし、余りまくってるボクの包皮に性器を突っ込むようなこともした。実際にその状態で射精したこともあるけど、最初こそ有り得ないくらい興奮したものの、それは結局望んでいた形での欲求の解消にはならなかったみたいだ。二人とも知識がなかった。惜しいところまで行ったのに、〝穴に入れる〟という簡単な発想に至らなかったんだ。

  投薬量を減らしてもボクの性器は小さいままだった。二人の関係も成長も中途半端なまま、ボクたちは中学生になった。

  頃合い……かな、そろそろ話を戻したいと思う。つまり冒頭の続き、卓球台に身を乗り出して胸が引っかかったとかいう変な展開の続きだ。……だけど、やっぱりもう少しだけ待ってほしい。あとひとつ、どうかあとひとつだけ、ボクの話をすることを許してほしい。

  [newpage]

  

  中学生になって、病院の定期検査に変化があった。少し詳しく話そう。

  改めて説明するけど、アレルギー科というものは数が少ない。患者そのものの数が少ないからだけど、皮膚科とかで手に負えない重度の患者がアレルギー科に丸投げされることになるから、そのぶん優秀な先生が担当する。

  患者数が少ないことも要因のひとつではあるけど、優秀な先生は優秀であるがゆえに他の科も兼務していたりする。この総合病院ではアレルギー科の他に血液内科、形成外科が鹿人の先生の担当だ。聞いたところによると昔は大学病院で皮膚科もやっていた先生らしい。

  まあ、みっつの科を合わせたところでそれでも患者は少なく、それらは病院の中でも端っこの方に位置している。予約の兼ね合いもあるんだろうけど、ボクはボク以外の患者をほとんど見たことがない。毎週のことだから慣れたけど、それでも照明の節約された人気のない廊下はあまり夜に歩きたいものじゃない。授業数の少ない水曜日に定期検査をお願いしたのもそれが理由だったりする。

  で、検査の変化というのは検査項目の追加だ。それまでの検査は週ごとにするのが身長体重、血圧などの基本的な項目に母乳採取で、月一で血液検査をする程度のものだった。

  ところが入学後初めての水曜日に病院に行ってみると、先生は驚きの発言をした。

  「これから毎週、性機能の発達具合を確認します」

  そうしてボクに服を脱ぐよう言ってきたんだ。はあ、と言いながら、ボクはそこまで訝しむことなく下を全部脱いだ。

  具体的にどんなふうに確認したか。まずは性器の長さを定規で測った。金属製の定規を性器に押し当て、手で皮を剥き、非勃起時の長さをメモ。定規に触れた亀頭が少しひんやりした。

  それから陰のうの皮を伸ばして精巣の大きさを同じように定規で測った。縦、横、それから幅。よく分からないけどこれで容量が計算できるんだそうだ。

  次に勃起時の長さを測ることになった。だけどボクの性器はちょっとやそっとじゃ勃起しない。女性の裸を見ても無反応なのはもちろん、ヨウくんの性器を舐めている時ですらほとんど勃起しない。新薬の量が減ったことで昔よりは大きくなるタイミングが増えたかなとは思うけど、ヨウくんに触られたとしても勃起が長持ちすることはなかった。

  そんな不完全な性器をどうやって勃起させるのかなと考えていたら、先生は何やら金属製のリングを持ち出した。ボクは最初それを指輪だと思ったけどよく見たら違った。指輪にしては変なカーブを描いているし、サイズ調節用のつまみが付いていた。サイズ調節機能の付いた無粋な指輪が無いとは限らないけど、この場面で指輪を持ち出すはずはないからね。

  ただ、先生が指でつまんで近づける仕草は確かに女性の指に結婚指輪を通すようだと思った。まあ、通したのはボクの柔らかな性器なんだけど。先生は輪っかにボクの性器を通し、皮をつまみながら奥へ進めていき、根元のところ、ちょうど陰のうの皮が始まるあたりでギュッと締め付けたんだ。そうすることで血液の流れが止まって疑似的に勃起させることができると先生は言った。

  ただまあ、ボクの性器はその締めつけがあっても満足に勃起しなかった。どうするのかな、先生がボクの性器を刺激でもするのかなと顔を窺うと、先生は首をひねり、どうしようかなと困っているふうだった。ボクはヨウくんに性器を舐められている光景を想像した。ヨウくんはボクが射精することを願ってよく弄ってくれはする。だけど舐めてくれたことはない。特に性器で快感を得られるわけでもないし舐めてほしいとは思っていないんだけど、ちょっとだけ、ボクの気持ちが一方通行なのを感じてしまう部分ではある。

  それはさておき、その想像のお陰でボクの性器はほんの少しの血液の集まりを見せた。それがトリガーとなり、せき止められた血液はボクの性器をみるみる肥大化させていった。

  ……と、みるみる肥大化なんて言ったけど、その大きさは取るに足らないものだった。小指ほどもなかったものが、せいぜい小指ほどになったくらいだ。だけどボクは顔には出さないもののそれなりに感動していた。たとえ疑似的といえど、ボクの性器がちゃんと勃起を持続させているところを初めて経験したんだから。

  手早く長さを測り、それからメジャーで亀頭下あたりの外周を測り、金属のリングが外されたのが寂しかった。ボクは無表情でその気持ちを外には出さなかったけど。

  無表情と言えば先生もそうだ。いつもは優しい表情だけど、いざ診察が始まるといつも真面目な顔をする。この時だってそうだった。新たに加わった検査のすべてを真面目な顔で行った。真剣に性器のサイズを測ったし、真剣に下腹部に超音波の機械を押し当てていた。

  そして、診察台の上でおしりの穴を見せてくださいと言ったのも、真剣な顔だった。

  正直言って恥ずかしかった。それまでクラスメートから胸を弄られ性器を弄られてきたボクは、それらに対しては耐性が付いていた。だけど、肛門なんて物心がついてから誰にも見られたことはない。それを、家族でもヨウくんでもない他人に見られるのは、少し、いやかなり抵抗があった。

  それでも、ボクは先生を信頼していたし感謝もしていた。戸惑いを隠し、ボクは横長の診察台に上がり、四つんばいになり、足を広げておしりを向けた。

  肛門をまじまじと見られたのが恥ずかしかった。濡れた紙で肛門を拭かれたのが赤ちゃんみたいで恥ずかしかった。紙を取り換えながら何度も拭かれ、それから肛門に何か粘度の高い液体が塗られた。

  先生が何かの機械を取り出した。その先に、棒状の端子が有線で繋がっていた。棒部分は細かったけど、先端は丸く、先生の人差し指くらいの太さだった。その丸い部分に、ボクの肛門に塗ったのと同じようにジェルを塗った。

  「これからこの棒を挿入します。我慢してくださいね」

  先生はそう言って、その端子をボクの肛門に押し当てた。ボクの感覚では、肛門は外部からの異物を拒絶するように閉じ切っていた。もちろん無理やり突っ込まれることはなく、先生は丸みを帯びた先っぽでぐりぐりとマッサージするように動かしていた。肛門が柔軟に形を変えているのが感覚でも分かった。閉じている穴に段差が生まれ、棒の先端が少し引っかかる感覚もした。それから先端はそこに潜り込むように動き、ある時、肛門はその丸い部分をすっぽりと飲み込んだ。

  妙な感覚がした。不快感というかなんというか。せいぜい単三電池くらいの大きさしかないのに、その異物感は割と強かった。感覚に慣れないうちに棒が奥に進められた。丸みが奥に進んでいった。窮屈な管が拡げられていった。異物が移動する感覚が酷く気持ち悪かった。固形物がいつもと逆方向に進んでいるんだから当たり前だなと冷静に考えた。

  その棒はいくらもしないうちに止まった。先生はその棒の先端をある部分で止め、少し押し当てるように力を加え、カチッとボタンを押す音がした。

  直後、視界の端にあるモニターに画像が映った。白黒だけど、体の内部だろうということは予想が付いた。

  「やはりまだ小さいですね」

  モニターを見ながら先生は呟き、それから優しく棒を引き抜いた。先生が説明するところでは、棒の先から超音波を出してボクの前立腺を撮影したのだという。そう言われても画像の見方が分からなかったけど、成人男性の前立腺はこれくらいです、と手で形を示されて何とか理解できた。平面図でも三倍くらいは大きさが違っていた。

  「まだ無意味でしょうが、慣れてもらうためにも形式的にやっておきますか」

  何のことか分からなかったけどボクはうなずいた。先生は右手に手袋をはめた。母乳採取の時にも使う使い捨てのゴム手袋だ。それにもジェルを塗り、先生はボクの肛門に人差し指を押し当て力を入れた。

  変な感覚がした。機械じゃない人の指だからなのか、生物的に動く異物は少し違った感覚をボクに与えた。先生は棒と同じように指を奥に進め、棒を押し当てた部分と同じところに指を押し当て、それからボクの下を向いた性器の下にガラスのシャーレを置き、そのままボクの性器の皮を剥いて亀頭の先をシャーレに向けた。

  また変な感覚がした。ボクの肛門に入っている先生の指が、グッと曲げられたんだ。指の先がグリグリと中を引っかくように動き、ぐにぐに、にゅるにゅると内壁が形を変える感覚がした。不快感――は、機械の時よりは少なかった。だけど、ボクの脳が認識した感覚を表す適当な表現をボクは持っていなかった。でも、どちらかというと不快寄りのものだったと思う。

  ボクの肛門に差し込まれている指は、何も引き起こさなかった。意味ありげに皮を剥かれている性器にも、何も起きなかった。

  無意味でしょうが、という前置きを鑑み、やっぱり意味はなかったんだと想像はできた。だけどいったい何の目的があってそれをしたのかについてはやっぱり理解ができなかった。

  やがて先生は指を抜いた。入れる時も変な感覚なら、抜くときも機械とは違う変な感覚がした。

  先生はゴム手袋を外し、ゴミ箱に捨てながら言った。

  「精液というものを知っていますね?」

  ボクがうなずくと先生もうなずいた。

  「今、それを採取しようとしました。予想通り出ませんでしたが」

  なるほどとボクは納得した。ということは、いくらヨウくんが頑張ったところで無意味だったということだ。ボクは中学一年生にもなって射精する機能をまだ持っていない。

  「普通、精液採取は患者さん自身に行ってもらうものなのですが、きみは脳内物質に邪魔をされて能動的に勃起することが難しい。それでこのような手段を採ることにしました。不快だとは思いますが、これから毎週行いますのでどうか慣れてくださいね」

  大丈夫ですとボクは答えた。真面目だった先生の顔が優しく微笑んだ。その言葉は嘘ではなく、別に痛いわけではないし、仕事に真剣な先生には好感を持っていたし、これくらいなら大丈夫だろうとほんとに思ったんだよ。それに……。

  大きな収穫があったんだ。ボクの中にあった頑固な固定観念がさらさらと消え去っていった。世界を見る方法に、新しい認識を得ることができたんだ。――肛門は出口とは限らない。

  これで、ようやく話が進められる。

  [newpage]

  

  小学三年生からずっと一緒だったボクたちは、中学生になって初めて別のクラスになった。だけど完全に離れ離れになったわけじゃない。ボクはヨウくんと同じ卓球部に入った。病院もあるし菜園の世話もあるからボクだけみんなより早く帰る必要はあるけどね。

  ヨウくんは部活に入ったことで卓球クラブをやめた。だからもう「ついで」にはならず、ボクの菜園の手伝いをする理由がなくなった。……にもかかわらず、彼は来てくれた。休日限定だけど、それまでと同じように手伝ってくれた。理由なんて友達だからでいいだろって、黒の毛並みを陽光にキラキラ輝かせながら。ボクはもう感極まって涙ぐんでしまった。

  で、同じ卓球部になったこともあるし、土日によく部屋で一緒に卓球をするようになった。実力差がありすぎるからどちらかというと教えてもらってるようなものだけどね。

  ヨウくんのスタイルはカットマンだ。相手の攻撃をバックスピンをかけながら返球し、回転による変化で相手のミスを誘う、もしくはしぶとくラリーを続けることで攻めに転じるチャンスをうかがうといった防御主体の戦い方だ。カットマンは人口が少なく、また上位に食い込める実力を手に入れられるのは一握りだと言われている。卓球クラブでは特に意見されることはなかったらしいけど、卓球部の顧問の先生はカットマンを毛嫌いしていて、ヨウくんのスタイルを初日から否定していた。

  まあ詳しい卓球の話は置いておいて、そうだね、まとまりのいい言い方をすると、ボクたちは休日に部活動以外で秘密特訓をしていたってこと。卓球台はもちろんヨウくんの手作りだ。おっと、小六の自由研究に出したやつじゃないよ。この卓球台は二代目もとい二台目だ。一代目の方は小学校に寄贈した。なぜって、作ったやつ見せろよなんてクラスメートに言われたら困るからだ。家庭菜園はともかく、ヨウくんがここに出入りしていることはあまり他人に知られたいことじゃないからね。そんなわけでヨウくんのお父さんの軽トラで小学校に運んで置いてきた。その直後に二台目の卓球台を猛スピードで完成させたというわけ。卓球台の次はラケットを自作しようとしているみたいだけど、あまりうまくいっていないみたい。大工やってるお父さんから建築端材をもらってはその木を削ってラケットを何本も作っている。その試し打ちも兼ねてボクとこうやって練習をしているともいえる。見ているところはただひとつ、回転をかけやすいかだけ。

  カットは確かに返しにくい球だけど、球威がないぶんラケットに当てるだけなら初心者のボクにもできる。もちろん速いドライブと比べて、の話だけどね。それで、弱くてもいいからボクはとにかくラリーを続けることを意識した。ミスをしてラリーが止まったら練習にならないし、何よりヨウくんの練習にもならないからね。

  だけど、ヨウくんの方が割とミスをした。というのは、……まあ、顧問の先生からスタイルを否定される理由でもあるんだけど、ヨウくんは突飛な戦法を好んだ。そもそも人口の少ないカットマンを選んだのも、人と違うことをすることが好きだったからだ。悪く言えば目立ちたがりだね。小学校の頃どちらかと言えば嫌われ者の部類だったというのはそういうことなんだ。いるよね、人の話を遮って自分の話をしたがる子。もちろんそれは彼に限った話じゃないけど。で、ある時それを指摘したら少し口げんかになったことがある。

  そういうわけで、守りが主体の戦法なのに攻撃的なカットを繰り出してはネットにかけたりアウトしたりがそこそこ目立つ。

  「イテッ!」

  この時だって、何度目か分からないネットインの球を取ろうと身を乗り出したら台にお腹を打ってしまったんだ。ボクの背は中学生になってもほとんど伸びず、百二十センチしかない小さな体で短い球を返すのは横から回り込みでもしないと難しい。小さなピンポン玉は、ボクの短い手に握られたラケットの少し先でむなしくツーバウンドした。

  「悪い、大丈夫か?」

  ボクは苦しそうに顔をしかめて見せた。ほんとは痛くないのに。狙い通り、心配した彼がやってきた。彼が駆け付けるよりも早く、ボクは下半身に重心を移動させてズルズルと台からずり落ちていった。彼の歩幅が大きくなった。間に合わないかもしれないと焦っていた。せめて床に落下するのを止めようと、彼は僕に手を伸ばしながら近づいて、――その足がピタリと止まった。

  彼の手がなくともボクの体は落下せず止まった。なぜって、引っかかるものがあったからだ。彼はそれを見て動きを止めたんだ。台に引っかかったもの、それはもちろん胸のふくらみだ。台に持ち上げられたボクの胸は、いつにも増してその大きさを強調していた。身長百二十しかないのに、ボクの胸は谷間に定規を押し当てて測ったら五センチほどの高さになる(乳首を含まず)くらいには成長していた。

  「ありがと、心配してくれて」

  ボクは卓球台から飛び降りた。着地の瞬間、胸が上下に揺れる感覚がした。再び両方の足で歩くようになったボクは、固まっている彼の元に歩いていき、伸ばそうとしたまま動かない手を取り、ボクの胸に押し当てた。緊張して動かない手が、ぷるぷると震えていた。そのぷるぷるが、ボクの胸を揺り動かした。その手ごと、ボクは自分の手を握りこんだ。彼の手は、ボクの柔らかな胸の肉を、すっかり収めてしまった。五本の指先が四センチほど沈んでいた。そうしてボクは、たたみかけるようにこうささやいた。

  「あ、ミルク出た」

  そのトドメの一言で、全身の筋肉が硬直するのがありありと分かったよ。ボクはくすりと笑い、彼の一番硬直している部分に手を伸ばす。ゴクリと唾を飲む男が、はっきりと聞こえた。――そう、ボクは小悪魔だ。友達の心を惑わし、よくない道に誘い込む、とびきり悪ーい存在だ。だけどそれが何だって言うんだ。ボクの恋心は誰にも止められない。止められるとすれば唯一ヨウくんだけだ。ヨウくんが一言「こんなことをするのはやめろ」と真剣にボクに言ってしまえば、ボクはもう二度とヨウくんにこの気持ちをぶつけることはしない。

  だから引き留めるんだ。だから誘惑するんだ。クラスが変わっても、ずっとボクを見てくれるように。ボクの体に興味を持ち続けてもらえるように。

  二人の手が圧迫した右胸が濡れていた。もちろんボクが出した母乳だ。減薬したことで母乳の分泌量も減り、毎朝搾る必要性はなくなった。だけど朝に絞らないものだから、こんなふうに午後三時にもなればそれなりの量が溜まることになる。

  母乳が付いちゃうという名目でボクはシャツを脱いだ。ミルクが出ちゃうよ、という名目でヨウくんのズボンも脱がす。意味不明だけど別にいいんだ。ただの名目だよ。建前だよ。

  中学生になったヨウくんは昔よりも性欲が増した。ボクサーを押し上げる性器は目に見えて大きく成長した。早く射精したいってウズウズしているのが見て取れた。

  だけど彼は自分から話を切り出すことはない。決まってボクが誘う形を取るんだ。

  決して度胸がないわけじゃない。ウブというわけでもない。彼の行動は昔から大胆だ。だけど毎回、こんなふうに緊張のフェーズから始まる。たぶん、ボクに対する負い目があるせいなんだ。母乳のきっかけの話だけじゃない、予想だけど、ボクに性欲を向けていることに対して――ボクを女扱いしていることに対して。それで、自分からやろうと言える立場じゃないって思ってるんだ。ボクとしてはそれは望むところなんだけど、彼は変に律儀なところがあるからね。

  だからボクは誘うんだ。その欲求は自然の摂理だよって(不自然だけど)。それは間違ったことじゃないよって(間違ったことだけど)。

  自分から言い出せないヨウくんは、ボクが胸を持ち上げるのを待っている。いいよって言ってもらえるのを待っている。表情に出さないよう必死に顔を強張らせているけど、尻尾の動きを抑えることはどうしてもできていない。それを見ると笑みがこぼれそうになる。まるで、ご飯のお預けを食らっている飼い犬のようで。

  ボクは焦らすようにゆっくりと乳房を持ち上げる。右と左、両方を。どっちからでも好きに選んでいいよ、好きにしていいよという意味で。そうしてボクは口を開く。

  「パンツも脱いで」

  ヨウくんは、ボクの口から出たセリフが「いいよ」じゃなかったことにあからさまに動揺していた。目をパチパチして、十五度くらいの角度で首を左右に振って、それからやっと言葉の意味を理解したのか、いそいそとボクサーブリーフを下ろした。

  彼の半剥けになった性器が出てきた。性欲の強さを表すように急角度に勃起している。先走りはまだ出ていないけど、たぶんあのままパンツを穿いていたらシミができていただろう。

  右足を抜き、左足を抜き、それから彼はボクの目を見る。その目は期待に満ちあふれていた。一度焦らされたせいか、表情を抑えようという意志が少し弱まっているみたいだった。

  「いいよ」

  言い終わらないうちにヨウくんは飛び付いた。左の乳房めがけ、受け止めた体の軸がぶれそうになるくらいの勢いでタックルした。そのまま抱き付き、はぐはぐとマズルをボクの胸に押し当てる。歯が、舌が、乳首を包み込んでいた。乳首を挟み、圧迫し、ちゅう、と吸い付いて。要求に応えるように、ボクの左乳首からは母乳が分泌される。

  まるで親子のようだと思った。子供が必死になって母乳を吸って、母親はあふれ出る母性の導くままに頭を撫でる。ボクは彼に授乳する時、いつも頭を撫でる。そうしたいからという本能的なものでもあるし、そうすることでヨウくんがいっそう喜ぶからという理由もある。彼はボクにあやされながら、時たま甘えた声を胸に響かせる。そのたびボクの心に母性が満ちてくる。

  そう、母性なんだ。恐らくそれはホルモンがもたらす母性。でも、母性とは必ずしも母子の間にのみ働くものじゃない。父子の間でだって発生するかもしれないし、夫婦間で発生したっておかしくはないだろう。恋人同士だってそうだ。母性がきっかけで恋人になることもあるかもしれない。そして、例えばヨウくんがボクや弟たちに世話を焼きたがる感情だって、母性に似たものなんじゃないかな。そうすると、ボクがヨウくんに抱く母性だっておかしいものじゃない。その母性をもとに恋心が育まれたとしても、何ら不自然じゃないはずなんだ。

  ヨウくんと恋人になりたい。ヨウくんと繋がりたい。ボクをヨウくんのものにしてほしい。ヨウくんを、ボクのものにしたい。そのためには、もっと先に進まなきゃならない。

  授乳を続けながら、ボクはヨウくんに座ってもらうよう促した。子山羊が母山羊の乳を吸うみたいに直角に顔を上げながらヨウくんは姿勢を低くしていった。

  やがてあぐらを組んだ体勢になり、ヨウくんの性器は斜め八十度くらい、まあほぼ垂直に近い角度で上を向いた。それを確認し、ボクはそこに向けて屈んでいき、おしりの穴を近づけていった。

  控えめに生えるボクの尻尾をくすぐった。照準がずれた。ボクはもう一度腰を浮かせ、今度は手で性器を垂直にしながら肛門に導いた。今度はちゃんと接触した。密着した。ヨウくんの性器が、男性の男性たる最大の象徴が、ボクのおしりに……。

  「何やってんだカツ」

  あれだけボクの胸に夢中になっていたヨウくんが胸から口を離してそう聞いてきた。

  彼の性器はボクのおしりに入らなかった。大きいからという理由ではないよ。確かにボクと比べるとはるかに大きいけど、なんていうか、力を入れた腹筋に指を押し当てても沈みこまないような感じで、彼の性器は穴の中に進んでいかなかったんだ。――そうか、とボクは気付いた。先生はジェルを使っていたじゃないか。それなら話は早い。

  ボクは乳臭い吐息を荒く繰り返しているヨウくんに微笑みかけ、さも当然のことのように言ってあげた。

  「今日はここからミルクを飲ませてほしいんだ」

  まさに悪魔的発言だと自分で思った。

  「え? ミルク? 飲ませる? ここ?」

  予想通りヨウくんは混乱している。中学生になっても彼の知識は不十分だ。あるにはあるけど〝普通の〟性知識だけだ。

  授乳の体勢を維持する必要がなくなったボクは膝立ちになり、それから前方に体を倒していく。重力に従って地面に向かって垂れる乳房をさらに脇を締めて強調し、そうしてボクは優しい手付きで彼の性器を両手で持ちながら頭を下げていき、頬を擦り付けた。先っぽの穴からは、手で絞るまでもなく先走りがあふれ、いくらかは垂れていた。

  もしかしたらそれをジェル代わりにできるかも、と少し思ったけど、それを試すのはやめておいた。なぜなら、ボクの頭に下りてきた悪魔的発想は、間違いなく彼の心を射止めるものに違いなかったからだ。

  ボクは彼の性器の先に鼻キスをした。先走りが付着し、糸を引いた。ボクは水飴を作るみたいに何度かそれを繰り返す。男のニオイがした。ボクと同じ子供のニオイもした。なんだかおしりの中がキュンとした気がした。それから鼻をペロリと舐め、今度は口でキスをした。これからボクの中に入る愛しい男性器に、礼儀正しく挨拶をしたんだ。

  「ここって……どこだよ……」

  黒い柴顔は未だに混乱の色を張り付けている。ボクは少しだけ姿勢を上げ、行動で説明するかのように右の胸を揉み上げ、ふくらみを増した乳房の先を強調して見せる。左手で毛をかき分け、裸の乳首を見せ付けた。直径にして九ミリ程度のそれを、目線の先に来るように。そうして彼の混乱の表情は、その乳首の先を性器に向け、さらに近づけたことで困惑に変わった。説明を求めているであろう彼に構わずボクは胸に加える力を強くした。

  絶好調の噴射だった。少し下向きだったこともあって、ボクの乳首から二本の細い線となって母乳が飛び出した。もちろんそれは至近距離から彼の性器に直撃し、おいしそうな肉色をした亀頭を白く染めた。母乳はさらさらですぐに流れたけど、包皮を覆う短く白い体毛はそれをすべて吸収した。彼は戸惑いの声を上げたけど、ちゃんとした言葉も紡げていないそれをボクは無視した。母乳の総量が減っているせいで噴射はすぐに勢いを落としたけど、それはそれで都合が良かった。ボクは右手で母乳を搾り、ぽたぽた落ちるそれを、左手で性器に塗り込んでいった。

  「ここっていうのはボクのおしりだよ」

  「おし……ケツ?」

  説明しながらボクのおしりは疼いていた。どうしてかは分からないけど、ボクのおしりは彼の性器の進入を待ち望んでいた。彼と同じく、ボクの息も荒くなっていた。

  「そう。おしりに入れてほしいんだ」

  具体的に説明をすると彼は呼吸も忘れて硬直した。目線を落とし、自分の性器を見ながら、経験したことのない光景を脳内に描いているようだった。ぴくん、と彼の性器が微かに震えた。

  「ヨウくんのちんちんをね」

  ボクは膝立ちになり、組まれたあぐらを跨ぐように前進する。

  「おしりの穴に入れてね」

  前進したことで、ボクの飾りの性器が彼のおなかに密着した。そうしてボクは、びしょびしょになった彼の性器の位置を想像しながら腰を沈めようと……。

  「その中にミルクを注いでほしいんだ」

  「うっあ……っ!」

  突然ヨウくんが情けない声を出した。えっ、と思ったその瞬間、ボクの尻尾の裏に、それから会陰部に何かが当たる感覚がした。なになに、何が起きたの、と後退しながら姿勢を低くしたら、ボクのダルダルになっている陰のうが彼の性器に引っかかって持ち上げられ、ビュッと温かい感触が伝わってきた。その状態のまま、数回ビクンビクンビクン、と、そのたびにボクの性器は持ち上げられながら一緒になってけいれんする。

  「あー……」

  射精しちゃったんだなぁ、ということが分かってボクは苦笑いした。どうやらボクの悪魔的に演出されたセリフは刺激が強すぎたみたいだね。まったくもう、敏感で性欲が強いせいで早いんだから。でも……。

  「出ちゃったね」

  ボクは精液まみれの性器を軽く握り、顔を近づけ、

  「亜鉛がもったいないな」

  なんて建前で言いながら、流れ落ちる粘液を軽く舐め取り、それから太ももやおなかに飛び散っているのも舐めていった。ボクの中で発射されるはずだったものが無駄になって少し残念な気持ちになった。でも……。

  「まだまだ出るよね。ヨウくんタフだし」

  でも、これで終わりじゃない。これで終わるほど彼の性欲はヤワじゃない。それは射精しても変わらぬ硬度を維持している性器を見れば明らかだ。さすがに出してすぐはダメだけど、彼はいつも最低三回はミルクを飲ませてくれる。ボクは小五の頃からずっと、彼の性器が大きくなっていく様子、それから射精する量が多くなっていく過程を身をもって観察してきたんだ。こんなもので終わるはずがない。

  ボクは彼の性器を強く握る。根元をギュッと握り、そのまま先までスライドさせる。剥いた包皮が元に戻る動きとともに、発射されずに尿道に残った精液が出てきた。その白い水玉はボクの乳首と同じくらいの大きさにまでふくらんだ。

  それに乳首を連想しちゃったせいだろうね、ボクは露出させた乳首をその水玉に近づけていった。大きさを比べると、やっぱり見立て通り同じくらいだった。直径も高さも見事なまでにね。

  さらに近づけ、ボクの乳首は白い水玉に接触した。温かかった。外に出たばかりの体液は、彼の体温を十分に残していた。ボクはそのまま水玉を押し潰した。彼の体温が、乳首を包み込んだ。ゾクゾクと背筋に快感が走った。乳腺が強く刺激された。

  さらに円を描き、ボクの乳首は絵筆のように彼の精液を亀頭に塗り広げていった。乳首が亀頭に触れる感覚、それも彼の精液をまとい、ぬるぬるとした感覚が加わって、ボクのゾクゾクはさらに増した。母乳を搾ってみたら、あれだけ出したあとなのに出る量は衰えていなかった。たぶん、新たに補充されたんだ。押し当てた乳首から流れる高白色のミルクが、彼の透明と白が斑になったミルクの上に広がった。すぐには混ざらず、それらはボクが改めて乳首を動かすことで少しずつ均一になっていった。

  「混ざり合ったね」

  そのセリフも悪魔的演出によるものだ。何と何がまでは言わず敢えて想像の余地を残した。……のはいいんだけど、わざわざそんな小細工をする必要もなく、ヨウくんは既にその異様な状況を前にめちゃくちゃ興奮していた。後ろ手をついた受け身じゃなく、ほんの少しだけ姿勢を前にして、右手が空中でゆらゆらしていた。息を荒くして、行動を起こしたがっていた。

  ボクの脳内で常に分泌され続けているプロラクチンが、射精直後のヨウくんにも分泌されているはずだ。性器と性欲を鎮静化させようと働きかけているはずだ。それなのにヨウくんは人体の作用に打ち克っている。さらなる射精を求めて男性器をギンギンにしている。

  ――嬉しいな、と思った。なんでだろう、彼の性欲が嬉しかった。羨ましいんじゃなくて嬉しかった。性欲を向けてくれていることが嬉しかった。男らしさが嬉しかった。ボクの――恋人になってほしい。そして、その男らしい性器をボクに突っ込んでほしい。

  するべきことはもう分かっている。ボクも、ヨウくんも。あとはボクが今一度トドメとなる一言を発するだけだ。

  「ヨウくん」

  混ざり合ったお互いの体液で濡れた性器から手を離し、ボクはくるりと後ろを向く。四つんばいになり、右手でおしりの肉を広げ、病院の先生以外に見せたことのない穴を初めてヨウくんに見せた。それから肛門のシワの部分を指で押し、グイっと拡げて見せる。

  「ここに……入れて」

  穴が開く感覚はしなかったけど、横に伸びたままキュッキュッと収縮する穴は、彼をいい感じに誘惑したはずだ。

  それを証明するように、ヨウくんは一度自分の性器に目を落とし、それからボクのおしりに目をやり、もう一度性器に目を落とし、ゴクリと唾を飲み、意を決して身を乗り出す。膝立ちでずりずりと進み、ギンギンのままの性器を左右に揺らし、母乳混じりの精液をぽたぽた垂らしながら、その性器をボクのおしりに近づけていった。

  やがてあと数センチというところまで近づいて彼は停止する。

  「ほんとに……入れるのか?」

  「うん、ここに」

  ボクは半分だけ振り返り、

  「ちんちんを突っ込んで、それからボクの中に……」

  悪魔的に演出された辛そうな表情を向ける。

  「ミルクを……直接注ぎ込んでほしい」

  もう一度ゴクリと唾を飲み、ヨウくんは最後の一歩を踏み出した。ボクのおしりに手が添えられた。右手、それから左手、それから……彼の性器が真ん中に。時間が経過したせいか、金属製の定規みたいにひんやりした感覚が伝わってきた。その感覚が治まると、ぬるりとした亀頭の感覚を強く認識できて嬉しくなった。

  「い、いくぞ」

  不安げに言って、ヨウくんは肛門に押し当てた性器に力をこめる。超音波の機械とは違う、そしてもちろん指とも違う、太いそれが穴を拡げながら入ってくる――。

  かなりの抵抗があった。卓球を始める前に風呂場で洗いながら解したはずなのに、小さいながら目いっぱいに拡がったボクの肛門は彼の性器の進入を拒んでいた。

  「大丈夫だよ」

  ボクは先回りして言った。そうしないと彼はきっとやめてしまうだろうから。

  「少しずつ力を入れて。そしたらそのうち入るから」

  彼は、それこそ病院の先生がやったみたいに、マッサージするように亀頭で肛門をグリグリした。穴が右へ左へ柔軟に動き、時たま確かめるように前に進む。そしてそれが繰り返されるたび、前進する距離は伸びていった。

  「ヨウくん」

  入る、と確信した。

  「いいよ、やってみて」

  彼を促すように、ボクは自分からおしりを突き出した。そうしたら、彼の方からも押し返す力を感じた。硬質化した亀頭が、しっかりと芯の通った性器が、ボクの肛門を貫こうとしていた。

  拡がり切った肛門が、性器の確かな通過を感じた。抵抗しながらも、締め付けながらも、亀頭は肛門を強くこすりながら奥に進んでいった。ヘビが自分より大きな獲物を丸呑みにするように、じわりじわりと時間をかけて進んでいった。程なく、その抵抗が幾分か収まった。肛門は亀頭の段差部分までを咥え込んだんだ。

  あぁ、と声が出た。痛いわけじゃない、苦しいわけじゃない、嬉しかったんだ。痛みが消え去って、内部を拡げる圧迫感だけが感じられた。その圧迫感は紛れもなくヨウくんの性器から与えられるものだ。ヨウくんの性器が、ボクの中に……。

  「入ってる……ヨウくんのちんちんが……!」

  ゾクゾクした。ゾワゾワした。ボクのおしりに喜びが満ちていた。

  「ん、んんんん……!」

  高い声が喉から出た。体が微振動した。痛いわけじゃない、苦しいわけじゃない、ただただ嬉しかったんだ。嬉しくて体が震えたんだ。だって性器だよ。男性器だよ。子供を作るために必要な精子を発射する機能を持った部位が、ボクに入ってるんだよ。大好きなヨウくんを男性足らしめる最大の象徴がボクの中に入ってるんだ。そんなの喜ばないわけないじゃないか。先生の指でもない、機械の棒でもない、ヨウくんの性器が中に入ることで得られた感覚は、前者ふたつと違って完全なる快感だった。

  そう、快感。ボクのおしりの中は快感に喜んでいたんだ。嬉しい。とにかく嬉しい。それを快感と認識することができて、本当に嬉しかった。それに心から感動するなんて、ボクの本性はもしかしたら女性なのかもしれないな。それはそれで望むところではあるけど。

  そのままでも勝手に声が出ちゃうくらい気持ちいいのに、ヨウくんはさらに前進した。あうっ、と高い声が漏れ出た。狭い管をヨウくんの亀頭が押し拡げながら進んだ。その亀頭は、病院の先生が指で圧迫したまさにその部分で止まった。つまりそこは前立腺。その前立腺が、なぜだか快感を発していた。大きさは不十分で機能も目覚めていない前立腺だけど、その現象が正しいものなのか、それともいろいろおかしいボクだからそうなっているのか、それは分からなかった。でも理由なんてどうでもいい。気持ちいいんだから。

  「あったけぇ……」

  ヨウくんは小さく呟いた。

  熱いくらいだよ、と返事をしようと思った。だけど、ズルズルと性器が外に向いて移動することで発生した快感がボクの発声を妨げた。体が震えた。手が震えた。体勢を維持できないくらい、手がぷるぷるしていた。

  「やべえ」

  再び中に向かって圧迫と熱が移動する。

  「すげ、すっげ……」

  ボクは何も話せなかった。往復するたび性器は穴に馴染み、快感が発生する速度が増していったから。

  「気持ちいい……カツの中、やっべぇよ……!」

  出入りしている。彼の性器が、激しく、ボクのおしりに。

  「ヨウ、くん……」

  震える声で、体で、ボクは辛うじてそれを言えた。それで力尽きたというわけじゃないんだけど、彼が性器を突っ込む力が強くなって、四つんばいという安定した姿勢すらも保てなくなって、ボクの体は前に倒れた。彼の性器は呆気なく抜けてしまった。

  そのままだと顔面を強打してしまうからとっさに横に受け身をとった。フローリングに肩から倒れ込み、その動きのままボクはごろんと仰向けになった。

  回転していた視界が天井で止まり、その中にヨウくんがぬっと現れた。身を乗り出し、ボクの足を開き、おしりに、その中心に、ズン、と性器を突き立てた。

  「あっ、う……!」

  凄まじい快感だった。一度抜けたものがもう一度中に、最初と違ってスムーズに入った。スムーズに、内部の圧迫が、外から中に、中から外にを繰り返した。

  「あ、あぁ、あ、あぁ」

  突かれるたびに抑えようのない声が漏れて出た。だって、さっきより快感が強かった。そうかとボクは気が付いた。先生の指が折り曲げられる形、それから上反りのヨウくんの性器、この体勢だと形が似ているんだ。前立腺が強く押されているんだってことに、気が付いたんだ。

  指と違ってヨウくんのそれは動いている。ボクの前立腺をピンポイントで押しながら、前へ後ろへ、グリグリと往復している。

  ボクは手で目を覆い隠して快感に耐えた。視界が黒になった。瞼の奥で、見えないものを見ようとした。エコー写真でしか見たことのない臓器をボクは想像した。小さなそれが、腸壁越しとはいえヨウくんの性器にズンズン突かれている様子を、ボクは想像した。急角度に反った性器が前立腺をゴリっと潰しながら奥に進み、奥の行き止まりまで。奥まで入れられるのは少し痛かったけど、行き帰りに前立腺を通過する際に発生する快感は、その痛みすら快感と錯覚させるほど強烈だった。

  「あ、あぁぁぁ……んんんんん……!」

  気持ち良すぎて体が勝手に仰け反った。首が曲がり、背中が持ち上がった。

  「んっ!?」

  胸に感触があった。仰け反って張った乳房に、左の乳首に、体を倒したヨウくんが吸い付いていた。吸い付いて、ちゅぱちゅぱして、その状態で性器を出し入れしていた。

  快感だった。乳首を刺激されるのが、おしりを刺激されるのが。体を倒したことで角度は少し緩やかになったけど、何ていうんだろう、暴力的な快感から幸せな快感に置き換わった。快感の種類が変わっただけで、量はほとんど変わっていなかった。胸の奥がじんじんした。母乳が出ているのが分かった。ヨウくんが飲んでいた。子供みたいにおっぱいを飲んでいた。情けなく目を細めながら、いろんな角度から乳首に吸い付きながら、情けない吐息をボクの胸で繰り返しながら、立派に成長した性器をボクに突き立てていた。――猛烈に、幸せだった。

  幸せ過ぎてボクはヨウくんの頭を抱きしめた。それは全身に巡る快感に耐える姿勢として有効だったけど、ハグにより発生した効果なのか、ボクの快感は逆に増していった。

  頭を固定されたヨウくんは行動が制限され、へこへこと腰を振る動作にリソースを割いた。そうしながら、唯一自由に動く舌が乳首を念入りに[[rb:舐 > ねぶ]]った。舌で転がして、中のミルクを吸い上げた。

  「あぅ、あぅ、あぅ、あぅ」

  ピストンに合わせてボクの声がリズミカルに響く。ボクの声に混じり、ヨウくんの呻き声も響いていた。快感の量はもはや最大レベルだった。ボクの目から涙があふれた。呻きながら、抱きながら、吸いながら、二人とも気持ちを高めていった。

  心地よく同調していた声にズレが生じた。興奮極まったヨウくんの声が早足になり、それに伴って性器の出入りも早くなった。余裕がなくなっていた。

  もうすぐ出るんだということが分かってボクの背中にゾクゾクが走った。このまま中に射精するんだ。精子を出してくれるんだ。ボクの中に、濃厚な精液を、精子を。背中だけじゃなく肩までゾクゾクした。

  手の力が緩んで、ヨウくんは少し頭を離した。開いた口は呼吸のみ行い、下半身――つまり性器の出し入れだけを考えていた。オスとしての本能なのかな、ボクは嬉しくなった。

  出そう? と聞くとヨウくんはうなずいた。出すとき言ってと言うとヨウくんはうなずいた。カツって呼んでって言ったら、ヨウくんは泣きそうな声で名前を呼んでくれた。幸せが満ちた。おしりにきゅうっと力が入った。その中に、ヨウくんの性器が暴れている。気持ちよくて、幸せで、頭がおかしくなりそうだった。

  「ねえ――」

  スパートをかけるヨウくんに、ボクは右胸を寄せ上げながら言う。

  「――おっぱい吸って」

  顔だけ硬直した一秒後、彼は叩き付けるようにマズルを突っ込ませた。舐めたのは一、二回、吸ったのも一、二回、うあぁ、と呻きながら、ヨウくんは狂ったように腰を振った。

  「うぅぅぅぅ、あぁぁあぁ……!」

  「ヨウくん……」

  「カツ、出る、出る……」

  「いいよ、来て、出して……!」

  「出る……っ、出るぅぅぅぅぅうっうあああっ!」

  乱暴に叩き付けていた腰が止まり、ヨウくんは射精した。見えないけど分かった。目を閉じて情けない声を発していた。裏返りそうな声で、あ、あ、って、そのタイミングで射精しているんだ。ボクの中に、ピュッピュって。結合している部分は見えない。性器の脈動も見えない。ただ、性器の付け根の部分が、脈動に合わせて揺れ動いているのがはっきりと分かった。

  ボクの中に射精したんだ。ボクの中に――ヨウくんの精子があるんだ。

  悪寒がした。快感が走った。ゾワゾワした。おしりの中が震えた。背中が震えた。肩が震えた。脳が震えた。あぁぁ、と声が出た。嬉しすぎて、幸せすぎて、気持ち良すぎて。

  「ヨウくん……」

  あまりの嬉しさに名前を呼んでいた。ヨウくんは軽くうなずいて応えた。歯が当たっているだけの乳房が、その動きで柔らかく揺れた。息を切らしながら、ヨウくんはボクの乳首を舐めた。ボクが手で搾ると、ヨウくんの口の中に母乳が噴射された。それをヨウくんは情けない目付きで取り込んだ。

  「出た?」

  「出た」

  ヨウくんは口の隙間から漏らすように甘えた声を出した。

  「気持ち良かった?」

  「うん、よかった」

  その声は完全に裏返っていた。

  「えらいね」

  何がえらいのか分からないけどなぜかそう言っていた。

  「うん」

  でもヨウくんは、――そう、母親に甘えるみたいに喜んでいた。

  「いっぱい出せたね、えらかったね」

  そう言ってボクはヨウくんの頭を優しく撫でる。ヨウくんは嬉しそうに目を細め、ボクの乳首から分泌される母乳を美味しそうに飲み続けた。プロラクチン完全優位……射精直後のオスは一時的にメスっぽくなるのかもしれないね。

  ゾクゾクゾク、と母性があふれてくるのが分かった。ヨウくんの情けない姿に感化されたというのは少しあるかもしれないけど、こんなに幸せな気持ちにさせてくれたヨウくんを、同じように幸せにしてあげたいって強く思った。ヨウくんのためにありたいって、強く強く思ったんだ。

  それは紛れもない恋心だった。でもヨウくんはどうだろう。ヨウくんはボクをどう思っているんだろう。

  これは紛れもない性交だった。だけど便宜的に肛門を使っただけの疑似性交だ。女性だって肛門を使うことはあるかもしれないけど、それは選択的にそうしているだけで、女性器を持たないボクは、それを選択するしかない。

  ヨウくんはどう思うんだろう。女性器を持たないボクを、どういう目で見てくれるだろう。……それは、とてもじゃないけど怖くて聞くことができなかった。

  [newpage]

  

  ボクはヨウくんを幸せにしたい。だけどボクの求める幸せとヨウくんの求める幸せが同じとは限らない。ボクはヨウくんを幸せにしてあげることができるのか、自信をもって断言できない。

  だけど、「ひとまず」という四文字を付け加えた場合、ヨウくんは確かに幸せを感じていたはずだ。ボクのおしりに性器を突っ込み、母乳をすすり、射精して、心の底から満足した顔をしていたんだから。ひとまずという言葉に従い、ボクが浮かべる問題は先送りにしておこう。

  そういうわけでそれをさておき、行為を繰り返すうち、ボクが感じたある種のゾワゾワが、ボクなりの絶頂だったということを知っていった。ボクのおしりは行為のたびに少しずつ快感を得る能力を獲得していった。自分の指を入れてもほとんど気持ちよくならないのに、ヨウくんの性器だと快感になった。たぶん、喜びが快感に繋がったんだろう。おしりで得られる絶頂は、次第に声を我慢することができないレベルになっていった。

  ヨウくんもますますボクの体で興奮するようになった。ボクのおしりに、胸に、母乳に、すべてに性的な感情を結びつけたみたいだった。それから母乳と精液を混ぜ合わせることも好んだ。亜鉛摂取とかいう名目はどこへやら、ボクの胸に射精して、ボクの母乳を搾りながら亀頭で乳首に塗りたくるなんてこともした。

  ヨウくんの行動と比較して鑑みるに、ボクはおそらく男性的な性欲を抱かないんだろう。彼の性器を受け入れたいという欲求は、何となく女性的な欲求なんだろうと思う。どっちにもなれないボクはどっちの気持ちもはっきりとは分からないけど、おそらくそうだと思う。

  自分の飾りみたいな男性器を疎ましく思ったこともある。女の子だったらよかったのにと少しの間だけど本気で思ったこともある。

  でもそれが永続しなかったのは、ボクが女物のパンツとブラをして行為に臨んだ時、ヨウくんは目で見てわかるくらい興奮をあおられているにもかかわらず、目を逸らしてカッコつけながら、それは悪い冗談だぞって強く言った。たしなめてくれたんだ。まあ、それはそれとして興奮はあおられまくってたから秒で落ちたけど。その時の性交はめちゃくちゃ激しいものになった。カッコつけられなかった自分を恥じているヨウくんが可哀想になったから、ボクはヨウくんの前でそういう格好はしないことにした。

  行為は週末とか休日にしかできなかったけど、二人ともどんどん性行為が上手になっていった。自分の快感しか見ていなかったヨウくんも、ある程度慣れてからはボクのおしりを気持ちよくするのが上手になった。彼はいつもボクの胸を吸いながら射精をする。射精ができないボクは、彼の射精に合わせて口の中に母乳を噴射させた。母乳の噴射に快感は伴わないけど、一緒のタイミングで体液を噴出するという事実に満足感を得ていたんだ。それに、乳首を刺激されずとも、おしりで絶頂するとなぜか母乳が胸に集まったから、それの行き場に困ったというのもあるかもしれない。まあこれは単なる名目にすぎない。

  そうそう、男性的な興奮を得られないボクが、飾りの男性器で唯一興奮を得られたプレイがある。その日は他にも嬉しいことがあったから少し詳しくお話しするね。

  母乳混ぜ合わせに通ずるものがある……というかそれの手段として行き着いた行為なんだけど、覚えてるかな、小学生の頃に悪ガキに母乳と性器を弄られた件。あの時ボクの余りまくってる包皮を袋にして母乳を溜めたよね。それと同じことをヨウくんはやったんだ。一瞬嫌な記憶がよみがえりそうになってメンタルが揺らいだけど、相手がヨウくんだということを脳に言い聞かせた瞬間それは喜びに変化した。

  母乳を溜めるのに容器は必要なかった。二人でやればいい。ボクが自分で包皮を広げ、ヨウくんが母乳を搾ってポタポタと落とす。ある程度溜まったら、ヨウくんはその包皮の中に性器を差し込むんだ。小さいし勃起をしないおかげでゆとりのある皮の中に、するりと、ぬるりと。ボクの包皮は彼の亀頭を全部覆い尽くしてもなお余裕があった。

  肛門と違って圧迫が弱いから、ボクは両手で包皮の維持と性器の圧迫に努めた。両手がフリーのヨウくんは、ボクの胸を揉みながら、乳首をコリコリしながら、ボクの包皮の中で性器を往復させた。

  大きなヨウくんの性器、対して幼児サイズの情けないボクの性器。幼児の陰茎で幼茎としよう。未熟な幼茎と大人成分の強い男性器、これじゃまるで弱い者いじめだけど、ボクの包皮の中で、ふたつの亀頭は愛し合っていた。……かどうかは分からないから、ヨウくんの亀頭に可愛がられていたという表現にする。

  未成熟とはいえさすがにもう剥き慣れたボクの亀頭は昔と違って肉色だ。その肉色の柔らかな亀頭が、ヨウくんの硬いけど適度に柔らかい立派な亀頭にグニグニ押されてるんだ。なんだかマッサージみたいで気持ちよかった。噛み込んだ空気が混ざって、控えめだけど水音が鳴った。右に左に、ボクの幼茎は不規則にこね回された。母乳まみれになりながら、亀頭同士でぬるぬる絡まり合っていた。それはなんだか……。

  「ちんちんでキスしてるみたいだね」

  ボクはそれにディープキスを連想した。実際にやったことはないけど、洋画でたまに出てくるディープキスは、それはそれは濃厚に舌を絡め合うものだ。

  同じだった。お互いの粘膜同士を絡ませ、お互いの体液を絡ませ、時たま尿道口同士を触れ合わせ、不規則にうごめくその様は。

  「確かに」

  何気なく呟いたそれに、ヨウくんは何か思うところがあるみたいな微妙な返事をした。男性器同士だという認識を思い出させてしまって気分が萎えちゃったかなって思ったけど、

  「エロいな」

  ヨウくんはそれに興奮を覚えてくれたみたいだ。中の母乳が少なくなり、補充のためにいったん性器を離したら、二人の亀頭はきめ細かく泡立った母乳にまみれていた。泡立つことでニオイもすごかったし、確かにエッチだなと思った。

  再度包皮に挿入した時、泡立った母乳が音を立てた。言わなかったけど、ボクはそれにキスを連想した。上の口でキスしたことはないし、たぶんしてはならないものなんだろうけど、代わりにここでキスすることができる。それがたまらなく嬉しかった。

  ボクは強めに両手を握った。母乳のロスを減らすため、そしてヨウくんに快感を与えるため。

  ヨウくんは腰を振った。平日はともかく休日はボクのおしりにばかり入れてきたヨウくんは、自分の手を使わずに射精するのが好きになっていた。もう射精するつもりでボクの胸は弄らず下半身の動きに集中した。目線を落とし、ボクの伸びた包皮の中を見つめていた。その包皮に浮かび上がるシルエットが、母乳の海を往復している様子を、興奮極まった顔で、見つめていた。半開きの口がだんだんと切羽詰まった形になって、半開きの目が切羽詰まった形になって、いよいよ我慢ができなくなって、情けない声を漏らすようになって、ていねいな往復が雑になって、母乳がちょっとこぼれて、空気が混ざって、大きな水音が立つくらい動きが激しくなって、

  「出る……出す、ぞ……っ!」

  そうしてヨウくんは射精した。ボクの包皮の中で、彼の性器がビクンビクンと跳ねるのがはっきりと見えた。高まり切った興奮の塊が亀頭に衝突した。亀頭同士は離れている。それなのに、彼の勢いのある射精は、母乳をかきわけ、二度、三度、四度、確かな威力でボクの性器に到達した。勢いを落としたあとも、緩やかに分泌される精液は、じわりと亀頭を包み込んでその量と存在感を伝えてきた。

  中で――混ざってる。包皮の中で、ボクの母乳と彼の精液が。その認識にボクの背筋はゾクゾクした。言葉は発さなかったけど、息を切らすヨウくんもその様子を見ながら体毛をゾワゾワうごめかせていた。たぶん同じ認識に興奮を覚えていたはずだ。

  ボクは彼の亀頭を覆うボクの包皮を握りしめた。彼が次にとる行動を予測していたから。

  握りこむボクの手の中で、ヨウくんの亀頭は前進した。二人の混合液を泳ぎ、ボクの亀頭の先に触れた。大きな大きなヨウくんの亀頭が、小さな小さなボクの亀頭にキスをした。犬が頬ずりをするみたいに。こすれ合った。絡み合った。亀頭と亀頭でディープキスをした。体液と体液を、混ぜ合った。中の液体がどんな状態か見ることはできない。色も、粘性も、感覚だけじゃちょっと分からない。だけどすごくエッチだった。分からない状態で亀頭をこすり合うのが、混ぜ合うのが、絡め合うのが。

  しっかりと握っていた包皮の隙間から内容物が漏れ出てきた。ボクの母乳、ヨウくんの精液。二人の体液で包皮はパンパンにふくらんでいて、ヨウくんが亀頭を前進させて空間を狭めたからという理由もあるにはある。だけど別の要因もあった。

  性器が少し勃起していたんだ。めったに勃起しないボクの性器が。ふにゃふにゃで柔らかすぎる亀頭が、ヨウくんの亀頭にコリコリとした刺激を与えることができる程度には大きくなっていた。その勃起したスペースのぶん、中身がこぼれたんだ。

  気持ちよかった。初めて自分の男性器で気持ちいいと感じた。ヨウくんと男性器同士で気持ちよくなることができて、本当に嬉しかった。

  あまり大量にこぼすのもよくないと、ボクは包皮を上に持ち上げながら、それから屈みながら性器を離していった。伸ばされた包皮から、体液まみれの亀頭が吐き出されていった。勃起したままのヨウくんの亀頭はテカテカに輝いていた。泡立ちは少なく、砂糖のアイシングでコーティングしているようだった。量的にはヨウくんの精液の方が多いみたいだった。

  喜びと興奮に支配されていたボクは、姿勢を屈ませていたこともあって、その体液まみれの性器にかぶりついた。自分の母乳の味はともかく、ヨウくんのミルクの味とニオイがボクは好きだった。ボクの舌はザラザラしてるから、ボクはゆっくりと、時間をかけて、彼のミルクと性器を味わった。

  ヨウくんはそのあとボクの手を取った。その手はボクの包皮を握り締めている手だ。二人の体液がこぼれないよう皮の中に封じ込めている、ボクの手だ。それを彼は外そうとした。どういうつもりなんだろうと困惑してたら、彼はなんとボクの性器に口を近づけたんだ。そうして舌を伸ばし、ボクの手を、優しくほどいた。

  〝あの時〟は、ボクの包皮に溜められた母乳は激しく床に飛び散った。悪ガキが思いついた射精ごっこの通り、ボクの母乳は確かに射精に見えなくもなかった。

  けど今回は違った。ボクの包皮に溜められたのは母乳だけじゃない、ボクのものじゃないけど彼の精液も含まれていた。それが、ボクの手を離れた包皮から、ヨウくんの舌の上に、トロトロトロ、と――いや、もう少し勢いを持って――表現が強すぎるけど、ドバっという感じで、流れていった。ヨウくんの長い舌に、広がっていった。

  ボクは目の前で起きている光景がすぐには信じられなかった。よくボクの胸に射精してそこで母乳と混ぜ合わされた液体を舐め取っていたヨウくんは、自分の精液を舐めるということにそもそも抵抗はなかった。けど、いくら混合液を舐め取る名目とはいえ、まさかこんなあっさりとボクの男性器を舐めてくれるなんて思いもしなかった。それどころか、舐め取るだけじゃなく、ボクの亀頭を可愛がるように舌を絡ませてもくれた。歯で挟み、舌で挟み、吸い付いて。……もしかするとそこを乳首に見立てていただけなのかもしれないけど、事実として彼はそこを舐めてくれた。嬉しくなって、気持ちよくって、ボクはまた軽く勃起した。相変わらず小指程度の小さなものだけど、ボクが勃起できる限界まで硬くなった。リングで締め付けるんじゃない自然な勃起。とても貴重な感覚だった。

  「あれ、立つじゃん」

  勃起したボクの性器を見てヨウくんは目を丸くした。そうしていつもみたいにボクを射精させようとしたけど、ボクの勃起はやっぱり長くは持続しなかった。やっぱダメかと残念そうに言って、再びふにゃふにゃになったボクの亀頭に、ヨウくんは自分の亀頭をくっつけた。ボクが舐めたヨウくんの亀頭と、ヨウくんが舐めたボクの亀頭。それはつまり間接キスだ。ヨウくんにその意図はなかっただろうけど、ボクはちょっと嬉しくなった。

  「ねえ、もしボクが射精できるようになったらヨウくん舐めてくれる?」

  ボクがそう尋ねると、ヨウくんはもちろんって言ってくれた。ますますヨウくんのことが好きになった。

  「早く大きくなるといいな」

  〝茎〟繋がりというわけじゃないけど、ヨウくんはボクの幼茎を優しく撫でながら、作物の成長を心待ちにする農家の人みたいに言った。

  ヨウくんはボクを女性的にしか見ていないわけじゃないことを知った。ボクの男性的な成長を望んでくれる。喜んでくれる。それが分かったから、ボクの中に不安定に存在していた女の子になりたいという気持ちは薄れていったんだよ。

  ところで、おしりエッチするようになってから、ボクの母乳分泌量は増えていった。食材の研究は思うように進んではいなかったけど、偏食を承知の上で、特に安心できるものばかりを選んで摂取するようにした。それにより減薬をより進めてもまったく問題がないくらい症状が軽減されたんだけど、狙いに反してボクの胸がしぼむことはなく、母乳の量はむしろ減薬前と同じくらいに逆戻りしていた。お医者さんもびっくり案件だ――ということが分かっているから、母乳の量が増えたことに関しては黙っていた。ボクは原因に予想がついてるけど、それを説明するわけにはいかないからね。

  ただ、母乳のことを黙っていても別件でお医者さんを悩ませることがあった。薬を減らしたことで成長してもいいはずだった。あ、背の方じゃないよ。背の方は確かに少し伸びた。炎症を抑える方の薬が減って、成長を阻害する副作用が緩和されたんだ。

  そっちの成長じゃなく、下の成長、つまり性徴だね。ボクの性器はいつまでたってもヨウくんのような立派な大きさには程遠いほど小さかった。勃起も満足にしないし、先生の指はボクの前立腺から精液の兆候を押し出すことができなかった。そのたび先生はうーんと頭を悩ませた。

  それでもボクの性機能は目に見えないところで少しずつ成長しているらしい。精巣の大きさも前立腺の大きさも、ずらっと並んだ数字を見れば僅かずつだけど確かに大きくなっていた。データとして残すことの重要性をボクは知った。

  母乳の分泌量が減り、そして男性的成長が見られるようになったのは二年生になってからだ。

  その前に、それと直接的に関わる(ことを後で知った)出来事の話をしておこう。いじめっ子の話だから気持ちのいいものじゃないかもしれないけど、小学の頃に比べるとまったく深刻なものではないし、ボクだってされるがままじゃなかったから、まあ気楽に聞いてほしい。

  [newpage]

  

  ボクがどうして女物の下着やブラを持っていたのかというと、そうだね、まず最初に説明すると、ボクは中学になってから女子とコミュニケーションを抵抗なく取れるようになっていた。減薬過程とはいっても服薬量が一定じゃないからメンタルは相変わらず浮き沈みしていたけど、それなりにコントロールはできるようになっていたから。それに、あれだけボクの胸や幼茎を小馬鹿にしてきた女子だけど、一年も二年もたてば精神は大人に近づく。あの出来事は最初から起きていなかったみたいに振る舞うようになったから、ボクの方も無いものとして扱った。中学になって他の校区の生徒も合体したことで環境はリセットされた。男子も女子もボクをからかうことはなかった。

  ただ、ボクの背は他の子と差がありすぎた。それでいて胸が出ていた。それはもう大いに目立った。ずっとボクを守ってくれていたヨウくんは別のクラスになった。ボクはボクだけで居場所を確立しなければならなかった。でもね、安心して。ここで選択を誤らなかったおかげでボクがイジメの対象になることはなかったんだ。

  「トギトウくん、そこまで太ってるわけじゃないのに胸大きいよね」

  「腰付きもなんか女子っぽいっていうか、女子より安産型だよね」

  とまあ、事情を知らない子たちは挙ってボクに注目した。普通の枠から外れる珍妙な存在に、好奇の目を向けた。その目が好奇でいるうちはいい。でもそれが侮蔑や嫌悪に変化したらおしまいだ。

  「そいつ母乳出すんだぜ」

  人数が人数だし、性格は千差万別だ。こんなふうに要らないことを言う奴を止める術はないとボクは最初から覚悟していた。まあ、それを言ったのは小学の頃に率先してボクを弄ったあの悪ガキだったんだけどね。同じクラスになった時点でこうなるのは目に見えていた。

  「そうだよ、信じられる?」

  色めき立つ声にボクはむしろ誇らしげに言ってのけた。集まった子は女子の比率が高く、ボクはその女子に向かって言った。

  「チクビームっていうじゃん。ボクほんとにビーム出せるんだよ」

  本人がそう言ったところですぐに信じられるわけはない。信じてもらうには実際に目で見てもらうしかない。

  「でも今日は朝にすっかり搾り切ってきたからまた今度ね。それにこんな大勢の前じゃ恥ずかしいよ」

  だけどボクは敢えて先延ばしにした。だって、安売りしたらかえって軽く見られるから。正義と悪だけで人を語ることはできない。そのことをボクは十分に理解していた。

  「話のついでに相談したいんだけど……」

  それからボクは話題に関連させつつ話を終わらせる方向に話をシフトさせた。

  「前より大きくなってきたしそろそろブラしないとしんどくなってきたんだ。選ぶポイントとかあったら教えてよ」

  それはそれで場所を選ぶ話題だからその場では話を展開させなかったけど、重要なのは、ボクはそれによって女子と仲良くなるきっかけを作ったってこと。言い方を変えれば女子を味方につけたって感じ。

  ただまあ、その場面で食い下がるのは頭の悪い男子だけだ。これも予想していたことだけど、気持ちが収まるわけがない悪ガキがボクの後ろから忍び寄り手を回そうとしてきた。乳首を刺激すれば母乳が出ることを示したかったんだ。それはボクと同じクラスだった子はみんな知っていることだ。けど女子は追随しなかった。小学時代はむしろ女子が先に立って講釈を垂れたけど、中学に入学したてで周囲との関係性に敏感な女子がそんなリスクを自ら負うはずがない。事情を知っている女子も、とりあえずは事情を知らない女子の側に付いてボクを擁護した。

  そのおかげで初っ端から大ごとにはならずに済んだし、女子たちにボクの病気や薬の副作用を説明することで同情を引くことにも成功した。

  一部の男子の反感を大きく買うことにはなったけど、それはまあ覚悟の上だ。クラス全体の晒し者になるよりよっぽどいい。

  ボクはとにかくノリの良さに努めた。詳細は省くけど、小規模の男子グループに陰で胸を揉まれたり母乳を搾られることが結構あった。抵抗しても痛い思いをするだけだから、憎まれ口を少しだけこぼしながら甘んじて受け入れ、そのあとクラスみんなの前で担任の先生に言いふらしてやった。といっても、真面目な顔をして被害を受けたなんて言えば逆効果になることは分かりきっていた。だからボクは、決して断罪を求めているようには見えない軽いノリで、軽いセクハラを受けた程度の規模に収まるように軽やかな口調で言った。そうすれば先生も深刻に捉えることはなく強くは咎めない。それでいて、そういう事実があったことを記憶する。反感を最小限にしながら、軽はずみな行動にリスクが生じることを明確に示したんだ。割と細めの綱渡りではあったけど、そこそこの牽制にはなった。

  「いちいちチクってんじゃねぇよ」

  そう言われることも多々あったけど、ボクは真っ向から反論した。

  「何で嫌がるか分かる? 無理やりやるからだよ」

  そうしてボクは声を落としてこんなことを言ってやった。

  「揉みたいならそう言えばいいんだよ。ちゃんとお願いしてくれたら揉ませてあげなくもないよ」

  それから耳元に口を近づけ、

  「母乳、飲んでみる?」

  悪魔的演出に基づいたセリフをささやいて見せた。もちろん拒否されたけど、そうなることも分かっていた。冗談だよと笑って言いながら、

  「二人きりなら考えなくもないかもね」

  なんてことを言ってやった。

  それで実際にどうなったか。ヨウくんの話じゃないしあまり詳しく話すのも癪だけど、まあ、軽く話しておこう。

  ボクへのイジメが小学の時ほど深刻にならなかったのは、まあ、ボクの立ち回りによるおかげもあるんだろうけど、運の要素も確かにあった。昔あれだけ幅を利かせていた悪ガキがその勢いを落としていったのは運が良かったと言うほかない。小学校の頃は高い方だった悪ガキの身長は、それ以降ほとんど伸びなかった。もちろんボクよりは高かったけど、周囲との体格の差は時が経つにつれて顕著になっていった。それで影響力が弱まり、グループの規模は大きくならずに済んだんだとボクは思う。それでボクは彼らの行動を制御することができたし、悪魔なんてあだ名を付けられても動じることはなかった。なかなかインパクトのあるあだ名だけど、周囲に大きな影響を及ぼすことはなかった。だって、ボク自身それを気に入ってしまったんだからね。

  ボクは悪魔だ。小悪魔だ。比喩的な表現ではあるものの、悪魔というのはそれなりに説得力があった。

  ちらっと言ったけど、ボクの種族は[[rb:山羊人 > さんようじん]](もしくは慣用的にヤギヒトと言うこともある)、つまり山羊の獣人だ。ほとんどの山羊人がそうであるように、白い毛を持ち、頭には角を持っている。ただ角は小さい頃に除去しているからもう生えてくることはない。

  ボクが悪魔だいうのはそこから来ている。そこというのはボクが山羊人というところだ。

  由来はさておき事実だけを語るとすれば、山羊は昔から悪魔の象徴、もしくは悪魔が顕現する際の姿であるとして語られてきた。なかなかよく調べてきたもので、その山羊の悪魔には男性器と女性器の両方が備わっていたそうだ。だからボクは悪魔なんだと。それを聞いてボクは感心した。大げさに言えば感動した。すごいじゃん、ぴったりじゃん、悪魔じゃんって。さすがに女性器はボクには見当たらないけど、オスとメスの両方の性質を中途半端に持っているボクは見事なまでに当てはまっているって。

  余談だけど今度はボクの知識を話すね。ほとんどの山羊人が白い毛を持っているけど、これは淘汰の結果だそうだ。猫人なんかもそうなんだけど、白い毛は最も強く、ほかの毛色の遺伝子を隠してしまう。どんな色や柄を持つ遺伝子を持っていても、白い毛を発現させる遺伝子がひとつでも有効なら他の遺伝子を上書きする形で毛が白くなるんだって。それで、ごくまれに白い毛を発現させる遺伝子を潜り抜けて有色の山羊人が産まれてくることがある。

  ミステリアスだよね。何が隠れているか分からない。自分が何を隠し持っているか分からない。本当に、山羊というのは悪魔的だ。

  ああそれともうひとつ余談だ。山羊の舌はザラザラしているって言ったよね。猫人ほど鋭いトゲが生えてるわけではないけど、密集したそれはまるでヤスリのようだと表現できる。で、大昔、人間しかいなかった頃の話だけど、罪人の足の裏を山羊に舐めさせる刑罰があったそうだ。そんなものが刑罰になるのか、それを知った時ボクも半信半疑だった。だけど想像してみてよ、例え鋭利でなくとも長時間ヤスリで足裏をこすられ続ける様子を。皮膚がこすれ、薄くなり、そのうちに破れ、めくれてしまう。それでもなお舐めるのをやめない。どうなるか分かるよね。これは残酷な刑罰だ。

  さて、その話をしたことに何の意味があるのか。そもそも時間をさかのぼっていじめっ子の話をしたことに何の意味があるというんだろう。

  大丈夫、ちゃんと関係はあるよ。それどころかボクの性徴にも関係する。

  ボクは悪魔だ。辞書によると、悪魔とは残虐非道な意志を持ち、災いをもたらし、人心を惑わし、悪に誘い込む存在なのだという。

  だけど全部の悪魔がそうとは限らない。悪魔だからといって、全部の悪魔にその性質を押し付けるのはどうかとボクは思う。人それぞれ性格があるように、悪魔にもそれぞれ性格があっていいはずだ。弱虫な悪魔がいてもいいはずだし、いじめられる悪魔がいてもいい。友情を大事にする悪魔がいてもいいはずだし、泣き虫な悪魔がいてもいい。人の多様性を認めようとするのなら、悪魔の多様性だって認めるべきなんだ。

  ボクは悪魔だ。だけど、色んな悪魔を見てきたボクからすれば、ボクなんてせいぜい〝小悪魔〟程度が関の山で、これまた辞書を引いてみると、言葉の意味的にもそっちの方がボクの行いに相応しいように思える。だから、誰が何と言おうと、ボクは自分を小悪魔だと心の中で言い続ける。

  小悪魔のボクは、あらゆる手段で人心を惑わす。でも、あらゆる手段でというと聞こえが悪いかもしれない。自分から悪意を持って行動したことなんて、生まれてこのかた数えるほどしか記憶にないから。そんなことを日常的にやってしまえば、ボクはますます悪魔になってしまう。

  数えるほどしか記憶にない能動的な悪意を、中学生のボクは行使したんだ。

  ボクは小悪魔だ。いいや――ボクは、悪魔だ。

  具体的に何をしたか、事細かくは話さないよ。だってヨウくんの話じゃないんだから。最後に結果だけを話すから、それまで少し想像してみてほしい。果たして悪魔のボクはあの悪ガキにどんなことをしたか。どんな悪魔的思考でどんな悪魔的発言をして、どんな悪魔的行動をとったか。どんなふうに黙らせたか。ヨウくんよりチビになったくせにヨウくんより僅かに大きな性器を持つ悪ガキにどんな仕打ちを与えたか。

  ただひとつだけこの段階で言うべきことは、ボクはその悪ガキに対して自分の性器を用いるようになったということだ。

  もう一度言うよ。ボクは悪魔だ。

  [newpage]

  

  さて、話を戻そう。あんな悪ガキのことよりも、ヨウくんとの綺麗な日々の思い出についてね。

  ヨウくんと行為に及ぶ傍らで、そういうふうにボクは自分の男性器を使ってきた。たぶんだけど、そのおかげもあって、ずっと女性ホルモン優位だったホルモンバランスに変化が現れたんだろうと思う。

  もっとも、そうやって男性器に刺激を加えながらもボクはヨウくんにおしりで何度も絶頂させられていたから、ボクの性徴は本当に遅かった。母乳が止まったのも、男性器の成長が目で見て感じられるようになったのも、中学二年になって暫く経ってからなんだ。

  母乳の分泌量は徐々に徐々に減っていき、ついにはほとんどストップした。だけどボクの乳房は小さくならなかったから、ヨウくんはいつまでもボクの乳首を吸い続けた。もう母乳を目当てとしていない。ボクに快感を与える目的で、ボクを愛撫してくれたんだ。二人の行為をより良いものにするための、プレイの一環として。

  ただまあ、行為に熱が入り、過剰なくらい何度も何度もおしりでイった時、一時的に母乳分泌が復活することはあった。ヨウくんは感動してそれをすすった。それが分かってからおしりエッチの頻度は高くなっていった。ボクはもうヨウくんとの行為を頭に思い浮かべるだけで軽く絶頂しそうになるくらいおしりの感度が上がった。興奮の高まり具合によっては、乳首でだって絶頂することもあった。もし悪ガキに男性器を使用していなければ、ボクはあふれ出るメスの快感に負けていたかもしれない。いやまあ、それはそれで幸せだったのかもしれないけど。

  中二の秋、病院での定期検査の中で、先生の指が前立腺を押した際に初めて性器の先から液体がにじみ出てきた。色は付いてなくて、尿道球腺液なのか前立腺液なのかすら分からなかったけど、ボクの男性機能が目覚めつつあるんだとやっと認識できるようになった。先生はそのままボクの性器を弄ろうとしたけど、あんまり気持ちよくなかったしやめてもらった。

  そうそう、サラッというけどこの先生、断定まではできないけど子供に欲情する変態だったんだよ。真面目すぎる顔にずっと騙されてたけど良く見たらしっかり勃起してたし、ボクの性器や前立腺に触れる手付き、母乳を搾る手付きの細かいところに違和感があった。データ集めだけじゃない〝別の感情〟があるんだって薄々勘付いた。先生は集めたボクの成長データをどこにも公表しなかった。まあ、データがデータだけに公表できないだけだと好意的に解釈しておこう。

  でもボクはこの先生にも感謝しているし、ボク自身が道を踏み外すわけにはいかない。もしボクがこの先生に対しても立派に悪魔になれるなら、誘惑してお金をせびるなんて極悪非道なことを考えているのかもしれない。

  この先生は自分の立場を理解している。越えてはならない一線をしっかり見極めている。その中で、ギリギリ許されるハラスメントをしている。めちゃくちゃ頭がいいし、敵に回すと厄介なタイプに違いない。それに一線を越えさえしなければ不快でたまらないほど不快というわけでもないし、波風を立てないよう我慢するのが一番平和なんだ。――ボクに新薬を勧めたその裏に、例え万が一……本当に万が一にも作為のようなものがあったとしても、それでもボクは後悔していない。新薬を飲んで、ボクは本当に良かったと思っている。これは飾らない本音だよ。

  先生の話はこれくらいにするとして、その週の土曜日、エッチ前のくつろぎタイムに二人でソファに座っている時にボクの性機能が熟し始めているかもしれないことをヨウくんに伝えると、早速ヨウくんはボクを射精させようとしてきた。ボクのズボンを脱がせないまま手を突っ込んでくるし、自分だってズボンの下でギンギンに勃起させて、突っ込みたい欲求をこらえてまでボクの性器を弄ってきた。

  「そんなパッといきなり出るようになるわけじゃないよ」

  そう静止してボクは改めて服を脱ぐ。そうそう、一時期着けていた女物はもう着けていない。スポーツブラにブリーフだ。中学二年生にもなってブリーフなんて、ボクの知るところもうボクしかいない。ボク自身ブリーフなんて子供っぽいと思う。それもカラーリングのない真っ白なブリーフなんてさ。それでも続けているのは……まあ趣味だ。あとは自分で言うのもあれだけど、似合ってるなって思う部分もあるし。

  学校で悪くない立ち位置を得られてからも、男女問わずボクを見る目はやっぱり他とは違った。体育でスポーツするたび揺れる胸が男子の股間を苦しくさせるし、着替えの時にはブリーフを穿いたボクを見て股間を苦しくさせる。別に誘ってるわけじゃないんだけど、まあ、人心を惑わせて楽しんでるんだよ。だってボクは小悪魔だからね。ああ、もちろん女子ともうまくやってるよ。

  余談はこれくらいにして、ヨウくんもボクのブリーフ姿が好きみたいだ。犬みたいにニオイ嗅いだり前開きに鼻突っ込んで遊んだり。すぐに興奮して本番に入るから前戯にはならないけどね。

  ボクがブリーフ一枚になる間にヨウくんはもう全部脱いでいて、いそいそとソファの背もたれを倒してベッドモードにする。なかなか便利ソファでね、撥水シートがかけられているんだ。段差や隙間もなくて、体液が付いても掃除がしやすい優れものだ。場の流れによってはフローリングの上でやることもあるんだけど、長時間やってると膝とかが痛くなるからね、本腰入れてエッチするときはたいていこのソファでやる。

  ボクは最後のブリーフをていねいに脱ぎ、膝でベッドを沈ませながらずいずい進む。

  「いつもみたいに気持ちいいことしながらにしようよ」

  そう言って、ボクは座ったまま天に向かって伸びるヨウくんの性器にまたがった。自分のおしりに、ヨウくんの性器を導いた。ボクは確かに勃起するようになってはきたけど、ちょっとでも気が逸れるとすぐ萎んでしまう。だから、一緒に気持ちいいことをしているのが一番なんだ。

  とはいえ、おしりに刺激が加わるとボクの性器はすぐさま萎み始めた。それまでの経験から、たぶん女性的快感と男性的快感の違いなんだろうと思った。両立は難しく、たぶん、相容れない種類のものなんだろうと。

  別に明確な線引きがあるわけじゃなさそうだし、やりようによってはそれが同時に発生することもあるのかもしれない。だけどボクは、この時だけは、おしりにヨウくんの性器を入れながらという圧倒的受け身な状況においても、自分の中にあるオスの心を意識しようと思った。おしりでメスみたいにイきまくるのも確かに嬉しい。だけどボクはやっぱり射精というものを経験してみたい。ヨウくんが感じている性的快感を味わってみたい。同じ気持ちになってみたい。ボクのおしりで気持ちよくなってもらいながら、ボクも同じように気持ちよくなりたい……ってね。それに、次の水曜にはもしかすると先生はボクを射精させるかもしれない。触診で出た液体を初めてと呼ぶのでなければ、初めての射精はやっぱりヨウくんの前でしたかった。出るか分からないけど、試してみたかった。

  何となく、発生する快感が変化したように感じた。それまで別々だったおしりの快感と男性器の快感が、細い糸だけど結び付いたような気がした。想像でしかないけど、おしりから男性的快感を得られているのかもしれない。もちろんいつもの女性的快感のほうが圧倒的に多いのは確かだった。でも、その中にある僅かな感覚を、ボクは探し出して掴み取ることができたんだ。おしりのキュンと男性器のキュンが、少しだけ連動した。勃起は最高硬度には程遠かった。だけどある程度のふくらみは維持されていて、手で刺激を与えるのには足りていた。

  ヨウくんの手がボクの手から役目を引き継いだ。ボクの性器を触ってくれた。ボクの性器をにぎり、上下させ、そうしながら彼はボクのおしりに入っている性器を動かし始めた。おしりに喜びが走った。ボクの性器に、喜びが走った。ボクは男性器で快感を得ることができた。嬉しくて、気持ちよくて、ボクの性器はむくむくと大きくなった。小指の長さを超え、薬指くらいまで。数字で言えば七センチくらいまで。その性器が、ふくらんだ亀頭が、ヨウくんの握る手の中を往復している。嬉しかった。気持ちよかった。

  おしりが圧迫されたせいなのかな、先生の時に出てきたような透明な液体がじわりとにじんできた。もしかすると先走りかもしれないけどどっちでもよかった。正体が何であれ、その液体はヨウくんの手に伝わり、亀頭に塗り広げられ、快感を増幅させる役目を果たした。

  くちゅくちゅと音がした。これまで感じたことのない感覚がした。……いや、これまで性器を弄るたび何度も感じてはいたけど、どうしても快感だと認識できなかった感覚だ。もっと正確に言えば、快感には違いないんだけど、なんとなく無理のある快感というか、快感になることを脳が不快と認識しているような。

  だけど今回それは紛れもない快感になった。その快感が脳に伝わるたび、上り詰めているという確かな認識があった。周期的かつ突発的に襲い来る女性的絶頂とは少し違う、男性的絶頂に向けて進んでいるんだって。快感が与えられるたびに頭がぼんやりして、下から上に突き上げられてゆらゆら揺れる感覚が、なんだか船に乗ってるみたいだった。ふわりふわりと浮かびながら、ボクは性器に与えられる快感に浸った。いつもヨウくんを気持ちよくさせているボクが、両手をフリーにして、ヨウくんに気持ちよくしてもらっている。なんて幸せなんだろう。まさに夢見心地だった。性器の奥がムズムズするのがだんだんと大きくなっていった。でもそれは、強く感じる幸福感の裏で、隠れながら成長していた。

  ボクは認識できなかったんだ。射精に至るプロセスを初めて経験したボクは、射精の前兆を前兆と認識できなかった。それで、快感が爆発するその直前の段階になって初めて声を出した。言葉じゃなく声。「んー」とか「あー」とかいう間抜けな声だ。その「んー」もしくは「あー」に繋がる形で、ボクはヨウくんの名前も呼べず、出るよと宣言することもできず、酷く間抜けな声で醜態を曝した。

  「――んっ!」

  性器がピクっピクってけいれんした。大音量の目覚ましに起こされたみたいに脳がバグった。ボクは姿勢を正す。正しながら、下腹部で発生する快感に背が丸まった。――何かが飛び出した! ピュッピュって、液体が、性器の先っぽから!

  勢いは弱かった。ピクっピクって脈動しながら、本当に控えめすぎる液体を――そしてやっぱり透明な液体を、少量ずつ。液体はすぐに出なくなったけど、性器のピクピクは続いた。そのたびに気持ちが良かった。

  そう、猛烈に気持ちが良かった。絶頂の気持ちよさはボクの想像を上回った。ふくれあがった快感は、まさに爆発したと表現できるほど大きなものだった。

  そしてなおかつ、おしりの中にあるヨウくんの性器、絶頂しながらボクのおしりの穴はきゅうきゅうと収縮して、ヨウくんの性器を強く締めつけた。その時に与えられる快感が――ボクの絶頂の快感と合わさって、もうなんていうか気が狂いそうになるくらい気持ちが良かったんだ。ああ、やっぱりおしりっていいなって、そんなことをしみじみ思った。ピクピクが収まっても、残響みたいに快感が性器の奥に居座り続けていた。

  「やったなカツ、出たじゃんか」

  ヨウくんは我が事のように喜んでくれた。おしりに入れていた性器を抜いてまで、自分の射精を後回しにしてまでボクの絶頂を喜んでくれた。それから何をしたか。犬人的行動だ。手に付着したボクの透明な液体を、クンクンと嗅いだ。

  「これって出たって言えるのかなあ」

  ボクはおなかの上に少量溜まった液体を見ながら言う。確かに射精みたいに出はしたけど、こんな透明なものを精液と呼ぶには抵抗があった。

  「断言はできないけど精液みたいなニオイはするぞ」

  ヨウくんはそう言って、次の行動に移った。ヨウくんはボクとの約束を覚えてくれていた。ボクの性器はヨウくんのと違って急速に柔らかくなった。光屈性植物を映したタイムラプスを見ているみたいに、ふにゃあ、とお辞儀をしていった。小さくなったせいか、たぶん飛び出さず尿道に残っていたんだろう残液が、先っぽからトロトロと垂れてきた。それを――ヨウくんは舐めた。液体を舐め、それから亀頭を舐めてくれた。

  「ひっ、ちょ、ちょ、待っ……」

  死ぬほどくすぐったかった。くすぐったくて反射的に身を縮め、足でヨウくんの顔を挟み込んだ。それでもヨウくんはそのままペロペロとボクの性器を舐めてきて、軽く悲鳴を上げてしまった。射精した直後の刺激がこんなにきついなんて、経験して初めて知った。――それでも、嬉しさが勝った。

  顔を離したヨウくんはボクのおなかの上の液体……便宜的に精液と呼ぶけど、その精液に向かって自分の性器の先を向けた。ボクの精液が付いた手で自分の性器をこすり、興奮極まった声を出しながら、程なく射精した。少ししかないボクの精液の上に、性欲旺盛なヨウくんの大量の精液が暴力的に降りかかった。

  「りょ、量が違いすぎるよ」

  それは混ぜ合わせるというよりは上書きと言う方が適していた。でもまあ、こういうのはしている行為の認識が重要だ。量に差があろうとなかろうと、ボクの精液にヨウくんの精液がかけられて、それがヨウくんの性器によってこねこねと混ぜられているのは確かであり、その事実を認識することで、明確な目的を持った行動は満足という結果を得ることができるんだ。

  満足したんだよ。大満足。ヨウくんの前で初めての射精をすることができた。まあ、精液が透明だったという部分は釈然としないし、イく時の声だって風情の感じられない情けないものにはなったけど、それはそれで初々しくてよかったって思えるかもしれない。お互いに性器を舐め合いながら、ボクはそんなことを考えたんだ。いつかの未来、お互いに、この日のことを振り返りながら、思い出すのが恥ずかしいなんて言いながら、笑い合えたらいいなって。……お互いに。

  「――ねえ」

  前々から、もし精通したら言おうと心に決めていたことがあるんだ。そしてボクは精通した。初めての射精をした。半端なこれを精通と言っていいのか分からないけど、ヨウくんはこれを精液だと思ってくれている。だからボクはそれを精通と扱うことにした。精通したんだから言わなきゃならないって思った。

  「ヨウくん」

  好きだって、それを言おうとした。ヨウくんのことが好き。ただそれだけを。

  「ボク、こんなふうに胸が出てるし母乳が出ることもあるけど女じゃない。あるべき穴を持っていないから。それに、今のところ中途半端な射精しかできないし、男と言うこともできない。男でも女でもない中途半端な存在だ」

  遠回しに言おうとしたら自分の体の言い訳みたいになってしまった。遠回しに言おうとすること自体が言い訳じみた行動なんだけど。

  「でもたぶん、ある程度は自分の意志で選べると思う。男寄りか、女寄りか」

  取り繕おうと出た言葉も言い訳だった。

  「ボクがそうしようと思えば前みたいに母乳を大量に出すこともできるだろうし、反対に、より男に近づくこともできると思う」

  本音を言うことに慣れていないんだな、ボクは。それが性分なんだろう。

  「ヨウくんは――」

  どっちのボクが好き?

  「どっちのボクに興奮する?」

  だから言うことができない。これまでだって、ずっと。言おうと思えばいつでも言えたはずなのに。いい感じの雰囲気に何度もなったのに。でも、それを名目だとか建前だとかでごまかして、確定させることを恐れていた。男か女かだけじゃない。ボクは、意志というものをはっきりさせることさえ恐れていた。ヨウくんに、決めさせようとしていたんだ。

  「お前はどうしたいんだよ」

  ヨウくんはキリッとした真剣な顔で言った。

  「女になりたいのか? 男になりたいのか?」

  「それは……」

  ヨウくんが好きな方……とは言えなかった。

  「おれに選ばせようとすんなよ」

  でもヨウくんにはバレていた。ずい、とヨウくんは真剣な顔をボクに近づける。ボクは強い意志と向き合うのが怖くて目を背けた。

  「男じゃなかったら、女じゃなかったら、おれがお前を嫌いになるとでも思ってんのか?」

  胸が痛んだ。そんなことは思っていない。だけどそう思われても仕方がない態度をとってしまっていた。

  「お前の中でおれはそんな薄情な奴なのかよ」

  ぷるぷると首を振った。そんなこと絶対に思わない。情けないな、カッコ悪いな。ヨウくんは……カッコいいな。

  「カツ」

  ヨウくんはボクの背けた顔を掴んで戻す。凛々しい黒柴のいつになく真剣な表情が、ボクの心を捕縛した。ボクはこれで逃げることができなくなった。

  こういうところだと思った。こんなふうに、弱いボクを甘やかすんじゃなく、弱い自分と向き合わせてくれる。それがヨウくんのいいところなんだ。いつだって無自覚にボクを救ってくれる。いつだって、ボクの心を無自覚に掴んでくる。

  「おれはな、お前がこれからどういう選択をしようとそれを尊重する。男だろうが女だろうがお前はお前なんだ。お前のこと嫌いになるわけないだろ」

  ヨウくんはイイ奴だ。アホだし、行為の時カッコ悪くなることもあるけれど、それでもやっぱりカッコいい。

  「おれな、お前にすっげぇ感謝してんだ。お前が言ってくれなきゃおれは一生ウザいやつのままみんなに嫌われ続けてた。お前が気付かせてくれたおかげで自分の行動を客観的に見れるようになったんだ。卓球のことだって、意固地にカットマンやってるおれに感情論じゃないアドバイスしてくれるだろ。だからおれ、最近ちょっと改めようと思ってんだ」

  そういうものなんだな。ヨウくんにとって何でもないことがボクにとっての救いになったように、ボクにとって何でもないことがヨウくんにとっての救いになることもあるんだ。もちろんヨウくんはボクと違って強いから、救いなんて呼べるほど大げさなものじゃないんだろうけど。

  「おれはお前の力になりたい」

  ヨウくんはボクの顔を胸にうずめた。胸の毛が柔らかく温かかった。

  「お前のためにありたい」

  ヨウくんのカッコいい声が、除角の痕にダイレクトに響いた。

  「お前の人生のプラスになりたい」

  嬉しくなった。胸が苦しくなった。こんなボクが、これ以上のプラスを求めてもいいんだ。

  「――ほら、言えよ」

  胸の毛の中で、ボクはこくりとうなずいた。

  ヨウくんは手を離す。ボクは顔を離し、ヨウくんの目を見た。その言葉は、驚くほどあっさりとボクの喉を通過した。

  「好きだよ」

  「おれも」

  ヨウくんは笑った。ボクも笑った。無意識的に額を突き出した。存在しない角で、喜びを伝えようとしたんだろう。その額にヨウくんは鼻をくっつけた。

  「回りくどいより言葉数が少ない方がいいもんなんだぜ」

  本当にそうだと思った。そうだねって短く答えた。

  言えたんだ――好きって。

  言わせてくれたんだ。ヨウくんが。

  返してくれたんだ。好きって。

  「そりゃーお前の胸には世話になったよ。今だって大好きだ。でもな、それがある日突然なくなったとしてもおれは変わらずお前のことが好きなんだよ。男だろうが女だろうが関係ない。おれはお前らしく生きるお前が好きだ。偽る必要なんかない、堂々としろ。そしたらもっと好きになる」

  「今の、すごく子宮が疼いた」

  「ないだろ」

  「心のね」

  ボクはヨウくんの性器に目を落とす。性欲旺盛なヨウくんの性器だけど、この会話の間に普通の大きさに戻っていた。といっても、平常時でもボクの勃起時と同じくらいある。

  だけどボクに視線を向けられ意識したことで一瞬で元の硬さを取り戻した。むくむくむく、と、そう、まるでキノコのタイムラプスみたいに。

  「人体って不思議だよね」

  ボクはその大きくなった性器にまたがり、ぴと、と穴にくっ付ける。

  「こんなところに……気持ちよくなれる機能があるんだから……さ」

  ずるんと入り、ボクは幸せな圧迫に大きく仰け反った。勃起時十五センチにまで成長したヨウくんの性器だけど、体の成長したボクはそれをすんなり受け入れることができる。受け入れて、気持ちよくなって、幸せになれる。

  「男の子にちんちん入れてもらって、ちゃんと気持ちよくなれる。すごい神秘だよね」

  ボクはすっかりしぼんだ自分の性器を持ち上げる。皮余りで、ふにゃふにゃで、小さくて、不完全な男性器。たった一回の射精で力を使い果たすような軟弱な男性要素。

  「男になりたいか女になりたいか、正直なところ分からない」

  その男性要素から手を離す。沈黙の性器はヨウくんのおなかにもたれかかった。

  「でも、ヨウくんがああ言ってくれて、どっちでもいいんだって思えるようになった。ボクのちんちんがこれからどんどん大きくなったとしても、ヨウくんに負けないくらいいっぱい出せるようになったとしても、それでも――」

  ボクは力強くヨウくんの目を見る。今度はヨウくんがたじろいだ。

  「エッチの時は、ボクはどこまでもヨウくんのメスなんだよ」

  おしりの中の性器が少し動いた気がした。

  「いっぱい突いて、いっぱい感じさせて、いっぱい……鳴かせて」

  「ったく。お前ってほんと小悪魔だよな」

  ボクはくすりと笑う。

  「最高の誉め言葉だよ」

  「こらしめてやるよ」

  グリ、とヨウくんの性器がボクの中で角度を付けた。

  「――改心させて、いい悪魔にしてやる」

  ちょっと鋭い目付きのイタズラな顔だった。全然情けなくない、オスの顔だ。そのオスが、これからボクをメスにしてくれる。子宮が疼いた。もちろん心のね。

  その子宮の疼きにヨウくんの性器が直撃した。ボクの脳は一瞬でとろけてしまった。ヨウくんは座ったまま突き上げを繰り返した。ソファの弾みも利用して、ボクの全身をゆっさゆっさと上下に揺らし、おしりの穴を突きまくった。

  ボクはそこに男性的快感を見出そうとしてみた。さっきと同じように、男性器から与えられる快感を連想しようと。でもダメだった。その圧倒的な気持ちよさの前にボクは一瞬で屈してしまった。脳が、メスに染まってしまった。敗北したボクの幼茎が大きくなることはなく、無抵抗に上下に跳ねながら、無様に余らせた皮でヨウくんのおなかをくすぐった。

  ぶるんぶるんと胸が揺れていた。激しく突きあげるヨウくんに見せ付けるように、上下に大きく。これからあるからヨウくんはこの体勢でやりたがる。それを見て喜ぶ。興奮する。そしてやっぱり今日も。

  「わりい」

  一言断りを入れ、ヨウくんはボクを押し倒した。ごろんと倒れるボク、覆い被さるヨウくん。見下ろすヨウくんの目は、ボクの胸に向いていた。我慢の限界みたいな目で、息を荒くして。

  「考えないようにしてみようって思ったけど、やっぱガマンできないわ」

  「いいよ」ボクは答えた。「どこでも、好きにしていいんだよ」

  それが合図になって、ヨウくんはケダモノになった。ボクの両胸を乱暴に揉みしだき、口に含み、吸い付いた。吸い付いたまま、腰を振り始めた。乳首を舌でコリコリしながら、もう片方を指でコリコリしながら、ボクのおしりを、ガツンガツンと突いたんだ。――悪魔みたいに乱暴にボクのおしりを攻めまくったんだ。

  「んんんん……っ!」

  早くもボクは絶頂した。軽くだけど全身に快感の電気信号が駆け巡った。神経回路を支配され、勝手に全身がぶるぶる震えた。

  だけどヨウくんはまだイかない。一回出した後だから次は長い。イくまでずっと動き続ける。その間ずっとボクの快感は持続し、蓄積し、右肩上がりに強くなっていくんだ。そして、

  「っひ、ぃ、あああああん!」

  不定期に、より強い絶頂となって襲い来る。涙があふれ出た。泣き声が出た。ボクは泣いていた。イジメられた幼子のように、ひくひく泣いた。

  でもヨウくんは動くのをやめない。ボクのこれが辛いわけでも悲しいわけでもないって分かっているから。

  ヨウくんが胸から離れた。突き入れに集中した。ボクのおしりに、的確に、効率よく快感が発生した。

  「ま、また、イくううううう!」

  けいれんが大きくなる。死ぬほど辛い。ほんとに死ぬんじゃないかってくらい辛い。だからこそやめられない。気持ち良すぎて辛いなんて、幸せ以外の何物でもないんだ。辛くしてくれて嬉しかった。

  たゆんたゆんと陰のうが揺れた。小さな睾丸が、ヨウくんの突き入れに合わせて前後している。その陰に隠れ、ヨウくんの男らしい大きな性器がボクのおしりに出入りしている。形が見えなくても、離れて近づく腰の動きを見るだけで脳がとろけてしまう。

  「んぐううぅぅううぅうぅぅ……」

  釣り上げられた魚のように跳ねまくった。脳がバグった。全身がバグった。メンタルがバグった。辛くて嬉しいのに、幸せなのに、ヨウくん、ヨウくん――ボクは助けを求めるように空中に両手を浮かべた。

  ――その手を、ヨウくんが取った。取って、指を絡めて、倒して、押さえつけて。ボクの顔の横で、二人の両手が繋がり合った。バグりまくっていた脳内が、また幸せの色に落ち着いた。

  ヨウくんの顔が迫っていた。ボクのおしりを乱暴に犯してくれるオスの顔が、その獣の息づかいが、間近で感じられた。

  唐突に、その顔が、密着した。顔が斜めになって、口と口が、くっついた。冬の草原から春の草原のタイムラプスを一秒で見せられたみたいに、ぶわっとボクの脳に喜びが満ちた。

  「――――――――!」

  声にならない声で絶頂した。ヨウくんが、ヨウくんが――キスしてくれた。ボクはジタバタした。ボクの絶頂は持続したまま治まらなかった。快感のスタンガンを、ずっと押し当てられているみたいに。

  「っは、ああぁぁぁぁあ……!」

  止まっていた呼吸が再開した。止まっていたことすら気付かなかった。その口を、またヨウくんがふさいだ。涙がとめどなくあふれた。また絶頂した。いつもより絶頂のサイクルが早かった。耐えられる限界を越えそうだった。幸せすぎて、脳が壊れてしまう。いっそ壊してほしいとさえ思った。

  「中に、出すからな」

  その言葉で半分壊れた。ボクの意識は半分吹き飛び、制御を離れた。意識することなく、ボクの肛門がきゅうっと締まった。それどころか肛門の奥、直腸――いや、子宮がうごめいていた。口をパクパクさせていた。精子を飲み込もうとしていた。大口を開けて、待ち構えていた。

  「出る――んんん!」

  ヨウくんは性器を一番奥まで突っ込んだ。ガツンと行き止まりにぶつかった。――妄想の子宮に、魔物みたいにぽっかりと口を開けた子宮に到達した。

  ありえない量に錯覚した。洪水のように白濁液が穴の中に流れ込んだ。大いなる喜びにボクの子宮がうごめいた。穴が開閉し、喜び勇んでその白濁を飲み下していった。目を開きながら、ボクは現実を見ていなかった。ボクのおしりが幻覚と同期した。おしりの中が、喜びにうごめいているのを感じた。ボクはまた絶頂した。ぎゅうぎゅうとおしりの中が締まって、ワームのようにうごめいて、中の精液を奥に奥に飲み込んでいった。ボクの脳は完全に溶けた。喜びという熱で、蛋白質が変性した。ボクの脳は壊れた。絶頂が治まり、夜明けの湖畔のように静かになっても、ボクは現実に戻れなかった。

  ボクを白昼夢から呼び覚ましてくれたのはもちろんヨウくんだった。遠い遠い世界から、微弱な信号が送られてきた。頬をポフポフする感触、鼻をプニプニする感触、額をトントンする感触、除角痕をグリグリする感触。そこも性感帯だってば、と心で突っ込みを入れ、ボクは現実に戻ってきた。

  ヨウくんの性器はまだおしりにあった。未だ衰えない勃起が、ジンジンを与えてきていた。激しくされて痛かったわけじゃないよ、快感の残響と呼べるものだ。圧迫されることで、いや、単に彼の性器が存在しているだけで、ボクのそこは快感を得ることができる。もしボクが意識を集中すれば、すぐにでも連続絶頂のプログラムを再開することができそうだった。

  「大丈夫か?」

  未だ覚束ない意識のまま、ボクは軽くうなずき視線を下半身に移す。

  ボクの性器はぐったりと仰向けになってるからどうでもいいとして、おしりの中に意識を向けた。ヨウくんの性器が暴れ回った内部は燃えるように熱かった。心拍は二人ともまだ速く、息切れもまだ残る。それらから察するに、ヨウくんが射精してからまだそんなには時間は経っていないようだった。時間の感覚すらバグっていた。

  「イき狂うってこういうことを言うんだね。ヤバかった」

  「何かいつもと比べものにならないくらい感じてたみたいだけど」

  「そりゃ……ね、理由は分かるでしょ」

  ヨウくんはちょっと恥ずかしそうに目を逸らしながら頬を掻いた。

  「もっと狂いたいな。ヨウくんのちんちんで、死ぬほど狂いたい」

  「……おれがお前に狂わされそうだよ」

  それは間違ってないなと思った。だってボクは悪魔だから。

  「それよりヨウくん」

  ボクは少し語気を強める。

  「ちょっとね、無粋にも程があるよ」

  「ぶすい?」

  「言葉の意味は?」

  「…………ふ、風情が、ない?」

  「その通り。風情なんてあったもんじゃないよ」

  「え、おれ……何かした?」

  「エッチの最中にファーストキスした。……まあ、嬉しかったけどさ」

  「あれ、初めてだっけ?」

  「まったくそういうところだよ。男はデリカシーが大事なの」

  「わりいわりい。……じゃあ」

  その続きはもう分かっている。ボクは許可するように笑ってうなずく。

  ボクとヨウくんは、改めてキスをやり直した。唇と唇で、触れ合って、吸い付いて、それから舌を使って。感度マックスのボクはまた快感が込み上げてきたけど、絶頂までは行かずに済んだ。ヨウくんが性器を抜いたからだ。おしりが寂しくなったのは確かだけど、この時ばかりは都合が良かった。ボクは今、キスという行為そのものに浸りたかった。……まあ、抜いた性器でヨウくんが何をしたかというと、ボクの皮余り幼茎にくっ付けることだったんだけど。

  まったくそういうところだよ。デリカシーの欠片もない。……でもまあ、それがヨウくんらしさだと思えば可愛くも思えてくる。おしりでイきまくった後だしボクの性器が勃起することはなかったけど、愛情を高め合う行為というのはただそれだけで嬉しいものなんだよ。

  ボクを愛してくれるヨウくんは、イイ奴で、たまにアホで、カッコ悪くて、だけどカッコいい男の子だ。そして、

  「母乳チャレンジしてみる?」

  「する」

  そしてちょっぴりエッチだ。いや、だいぶかな。情けない顔で胸に吸い付くヨウくんも、ボクに頭を撫でられて鳴きながら甘えるヨウくんも、ボクは全部ひっくるめて大好きなんだよ。

  小学三年生の頃にクラスメートから友達になったボクたちは、小学五年生に友達以上の関係になり、それからしばらく曖昧な関係を続けてきた。でもこの日、二人の関係は確定した。中学二年生のボクたちは、晴れて愛し合う者同士になったんだ。

  ボクは悪魔だ。小悪魔だ。世界で一番幸せな小悪魔だ。

  [newpage]

  

  それからの日々について語ることは特にない。ヨウくんとはずっと変わらず甘い日々を過ごし、濃密な時間を共有した。クラスが同じになることはなかったけど卓球はずっと一緒に続けたし、もちろん農園も。

  結局自作ラケットは完成しなかったけど、好みの木材はハッキリしたからオーダーメイドで作っていた。ラバーにもこだわって、ヨウくんはオールラウンダーとして攻撃寄りのスタイルを確立させていった。練習ではボクとダブルスを組むことも多かったけど、試合になるとシングルスしかやらせてくれなかった。まあ、小学から続けてきただけあって一応エースだからね。

  ヨウくんとの関係について、ボクは誰にも言っていない。両親のことを考えると、ボクたちが歩んでいる道は明らかに期待に背くものだろう。だから黙っている……という部分もあるにはあるけど、それが全てじゃない。今の段階で明かす必要性が皆無なんだ。だって将来どうなるかなんて分かったもんじゃないからね。起きるか起きないか分からない未来を語る必要がない。

  話し合ったんだ。将来を悪いほうに想像して関係を思い悩むより、今を精一杯、後悔のないように生きようってね。未来の幸せは、今の幸せの積み重ねによって決まるんだ。これはボクの決めゼリフね。ヨウくんはー……。

  「未来のおれたちに誇れる生き様を作っていこうぜ」

  これ。カッコいいでしょ? 大事なことだから最後にも言うよ。彼の名前は[[rb:三岳陽壱 > みたけよういち]]。可愛くてカッコいい、ボクの恋人だ。

  以上がヨウくんとの美しい思い出だ。ここで話を終わらせた方がさぞかし綺麗だろうなと思う。だけど、比喩的だろうが抽象的だろうが小悪魔なんて言い換えようが、悪魔は悪魔に違いない。ボクは悪魔として、悪魔的所業を一応は語っておかなきゃならない。ヨウくんのことじゃないから軽く流す程度だけどね。

  [[rb:研刀克己 > とぎとうかつみ]]。山羊人の悪魔。改心した幸せな小悪魔は、他の人にも幸せを分け与えられるイイ悪魔になった。ヨウくんに、そして…………。

  何を幸せとするかは人それぞれだけど、ボクは〝それ〟をあまり幸せとは思えない。本人さえ幸せなら……と言う人もいるだろうけど、〝それ〟を客観的に見れば、あまり幸せと思える人はいないんじゃないかな。

  「んっひいいぃぃいぃぃぃ!」

  乳首を一舐めしただけなのに狂ったような悲鳴が上がった。山羊人の舌――刑罰に使われた歴史もある、ヤスリのようにザラザラした舌で、乳首をベロンと舐めただけで、そいつは有り得ないくらい感じたんだ。時たま傷になることもあったけど、今はもう慣れたもので丈夫になってるし、かさぶたができたらそれはそれで剥がした後に感度が倍増する。

  「ひ、ひっ、ひ、ひ、い、いぃいいぃぃい……!」

  「イきまくりじゃん。乳首でこんなに感じてメスみたい」

  一応ね、手心は加えたんだよ。ボクが飲んでた新薬、あれをこっそり飲ませようと思ったこともある。だけどやめておいた。人生をぶち壊したいほどボクは恨みを抱いているわけじゃなかったからね。だから〝それ〟は全部ボクの手腕によるものであり、悪魔的所業ではあるものの、そこまで残虐非道というほどではないと思う。

  「ほら、大好きなおっぱいだよ」

  ボクはそいつ――猫人の悪ガキの胸に自分の胸を近づける。ボクは胸も乳首も薬のせいで大きくなったけど、その悪ガキの乳首は薬がなくともボクに迫る大きさになっていた。胸はないけど乳首はね。

  ボクは自分の垂れ下がった乳首をそいつの乳首に触れ合わせ、こすり合わせる。それを見ながら、そいつは喉の奥で汚い声を上げる準備をしていた。

  「ほら行くよ、さん、にい、いち、ぼにゅー」

  胸を搾り、母乳を噴射させる。それは密着した相手の乳首にさえぎられ、四方に流れていく。見ようによっては、それはボクじゃなくそいつの乳首から出ているようにも見える。――それに興奮して、また汚い声が聞こえてきた。手も足もぷるぷるして、目の焦点も合ってない。

  「もうじゅうぶんメスだけど、どうせだからもっとメスにしてあげるね」

  そうしてボクはそいつの肛門に自分の性器を突き立てた。動き始めて程なくそいつは絶頂した。背丈の割に大きな性器を持っているけどもはやそこは無反応だ。乳首とおしりから発生する圧倒的な女性的快感が、そいつの男性的快感を遮断していた。

  うるさい口に乳房を近づけると、そいつはろくに景色が見えていないはずなのに敏感に察知して嬉々として吸い付いた。中三になってボクの方が背が高くなったとはいえ、それでもだいぶ背を曲げなきゃ届きにくいけど、猫人(だからというわけじゃないけど)のそいつは体だけは柔らかい。そうして母乳を吸いながら、頭をヨシヨシされながら、猫なで声で甘え、情けなく絶頂を繰り返す。リングを付けなきゃ勃起が持続しない不完全な男性器に犯されながら、ボクという不完全なオスに、侵されているんだ。

  好きでもない相手だし、不完全な男性器だし、射精するまでにはいつも何十分もかかる。その間ずっと動き続けるもんだから、絶頂に絶頂を重ねたそいつは毎回脳がぶっ壊れる。絶頂と非絶頂の境界がなくなり、常時イきっぱなしの状態だ。そうなってもボクは動くのをやめない。動いて動いて動いて、結局射精できないこともよくあるけど、とりあえずリングにせき止められた血流が心配になり始める三十分を目安に動き続けた。まあ、自分の男性器マッサージも兼ねている。

  ボクの心と体がメスになりきらなかったのはこのおかげともいえる。男性器を刺激することで男性ホルモンが分泌され、ボクの性徴を促したんだなと割と遅れて気が付いた。

  この段階に来るまではボクの包皮に挿入させていた。「射精ができないボクに、射精ってやつを経験させてほしい」なんて悪魔的演出で誘ってみれば一発で落ちた。それから徐々に乳首を開発し、おしりを開発してやるようになり、今やこんなにメスになった。ボクなんかより、ずっとずっと立派なメスだ。

  「あ、イけそう。イくよ。ミルク出してあげるね」

  イジメなんて一切起きない平和な学園だ。ボクは幸せだしヨウくんも幸せ。他のみんなもそれぞれ自分の幸せを追い求めて生きてるんじゃないかな。

  「はー、やっとイけた。よかったね、下からもミルク飲ませてもらえて」

  こいつも……どうだろうね。死人みたいにベロ出してくたばってるけど、頭の中でお花畑の光景が広がっているだろうと思う。今この時は間違いなく幸せに満ちあふれてるだろうけど、状況としてはどうだろう。

  「そうそう、これからはもう会わないよ。代わりにキミの友達にこのこと教えといてあげたから、これからいっぱい可愛がってもらってね。もうすぐ来ると思うよ。じゃあね」

  それを喜びと感じられるなら、これからの人生も幸せに感じられるんじゃないかな。

  こいつにはこいつの罪がある。因果応報だよと言ってくれる人もいるかもしれない。だけど、それでもこれはボクの罪だ。結果的にボクへのイジメをなくすためだとしても、そのための方法としては不適切だ。だからボクは自分のことを悪魔だと言い続ける。人心を惑わし、良くない道に引きずり込んだ。そしてその責任を取ることなく放棄する。

  ボクは悪魔だ。誰が何と言おうとそう思う。

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