AdAd
  
祝詞 風に流れて

  

  ようこそ ようこそ 獣の王

  はるか そらのかなたから

  われら 星の守り人

  王の姿 あらわるとき

  仇なす敵 そこになし

  ようこそ 獣の王

  われら 星にまじなう

  王の歌 いやさかに

  猛き声 すこやかに

  [newpage]

  地球外文明接触考慮型探査用有機体外装式強化服

  と、正式名称がついているが、長ったらしいのでバイオスーツという略称がついている。

  有機人工筋肉で出来たパワーアシストスーツで、伸縮性に富んでいるため宇宙服を着ていても、素肌の上にも装着できる優れもの。最大の特徴は、まるで生き物のような外見をしていることだ。例えば、パワータイプはライオンやトラ、水中用は二本足のイルカや魚、空挺用に鷲やカラスなど。有り体に言えば超高性能着ぐるみである。スーツは鼻梁や眼球まで再現されているので、これを着ているとまるで二本足で立つ動物のような外見になる。

  そしてなぜこのような外見かと言えば、地球人が地球外星文明と接触した場合の生物学的偽装のためである。最初期のとある接触において、人類のそのままの姿をさらして接触したところ、四肢や呼吸器の構造、呼気やその流量などから身体構造や弱点を一瞬で分析され、敵対行動に利用されてしまった事件があったため、外星の文明と接触する際には地球人類の姿を隠して接触することとプロトコルが定められた。そのためにスーツは動物の姿を模すことになった。

  スーツの人工筋肉はモチーフにした動物の遺伝情報を微小ながら含んでおり、筋力や泳力といったモチーフ動物の特性を再現するほか、有機物の代謝により稼働するという有機体人工筋肉の副産物として、発熱およびわずかな臭気を排出する。これらの機能により、スーツを着用すると人類とはまったく別種の生物として擬態でき、外見からはその中に入っている人間の姿を想像することを困難にさせる。

  また副次的な目的としては地球への帰属意識強化による士気向上というのがある。地球ではない星で地球産の動物とは全く異なる姿の生き物と接する際に、“自分は地球産の生き物である”と装着者に強く意識させることにより、勇気を持たせたり、地球代表である意識を強く認識させたりするのだ。

  「みんな、落ち着いて、落ち着いて、ね?怖くない、怖くないヨー‥‥」

  この、とある異星の森の中の場面のように。

  「落ち着いてほしいんだったら、そんな勇ましい格好だとダメなんじゃない」

  ゴーグルディスプレイの隅で、プラチナブロンドの女性が、肩をすくめてため息をついた。

  「じゃあ、この状況でかわいいキツネタイプで外出れる?」

  「むりだね」

  「でしょ」

  「カナタがんばって。なるべく丁重におかえりいただこう」

  「セラは気楽に言うよね‥‥」

  カナタと呼ばれたスーツ装着者は、ライオンを模したパワータイプのスーツの中で、ため息をついた。ぐるぐると言う唸り声に翻訳されて。

  眼前に広がるのは、地球の針葉樹林帯の森に似た異星植物の森と、その中からこちらを見つめる、無数の黄色い目。

  まるで、昔話の神様のような立派に枝分かれした角をもった、6本足のシカのような動物が、カナタライオンから距離を取ってこちらを凝視しているのだ。

  それがただのシカなら今カナタが着ているパワータイプスーツにかなう相手ではない。もともとしっかりした長身のカナタの体形をさらにマッシブにしているライオンベースの隆々とした人工筋肉と、頭部マスクに具備された鋭い牙。しなやかで短い防弾性能のある人工獣毛に覆われた両手足の先には、防滑、吸着機能のある肉球を備えた指と超硬合金製の鋭い爪。そしておまけに、黒髪ロングのカナタとお揃いな、襟元から後頭部、胸元までをボリュームたっぷりに飾る荘厳で威圧的な黒い[[rb:鬣 > たてがみ]]。同じく防弾防刃性能あり。そして腰に巻かれた編んだ革紐を模した制御ベルト。整備用のマルチツールもぶら下がっていて、一応文明を持った生物であるというアピールにはなっている。

  鼻筋にしわを寄せてぐるぐると唸りながら、両手の鋭い爪を見せ、体躯をさらに大きく見せる鬣を逆立てている、異星の獣人。それが今のカナタだった。

  こんな勇ましい姿の獣人だが、呟かれるのは申し訳なさそうなセリフばかり。

  「急にこんなの落ちてきて、こんなごっつい毛むくじゃら出てきたら怖いよねえ、ごめんねえ‥‥でもこっち来ないでねぇ‥‥」

  このスーツを着ていれば、例えライフルで打たれても致命傷にはならない。それでも、わずかに腰が引けてしまうのは、“シカ”達の角のせいだ。

  枝分かれした角の先端に、バチバチと音を立ててはじける球電が浮いているのだから。全頭の角の上に。

  もしあれが射撃武器で、こちらに向かって放出されたらと思うと、カナタは生きた心地がしなかった。臀部に生えた尻尾は脳波コントロールできる。それを地面に垂らし、即席アースとして触れさせては居るものの、大丈夫である保証はないのだ。

  「解析できた?セラ」

  と聞く唸り声に、帰って来たのはごくごくのんびりした声。

  「もうちょっと待ってねー。[[rb:ハカセ > AI]]は脅威判定だしてないけど、あの発光?発電?見た目が派手だから追加計測してる」

  「早くしてね。“チカラを溜めている”だったらやだからね。黒焦感電死体になるのはごめんだよ」

  「了解。そちらもビビッてうっかり刺激しないように慎重に」

  通信機から、セラと呼ばれたもう一人の声が届く。

  現時刻からおよそ地球時間で20時間ほど前、二人の乗った宇宙船「いとかけ15」はこの星に墜落した。ここは地球から推定数十光年離れた無名の地球型惑星である。

  外星文明の偵察のため派遣された国連の調査艦隊に所属する50m級おりひめ型哨戒艇いとかけ15は、ワープ航法装置の暴走によって遠距離哨戒任務中にコースを外れ、本来の探査目標ではなく、さらに数十光年先のこの惑星まで飛来してきた。一応発見済みの地球型惑星だったが、遠かったためにまだ大規模な探査もされていない惑星である。帰還のため軌道修正しようとした矢先、船のシステムが誤作動を起こして推進系がダウンし、軌道修正はおろか進路変更もままならなずに大気圏へと突入してしまったのだ。

  なんとか空力操舵システムだけは復活したため軟着陸には成功したものの、いとかけ15は深い森の中に着陸してしまった。システム異常は復旧しておらず、主動力が死んでいるためワープも飛行もできない。ただ補助動力機関は生きていたので生命維持装置の動作や低空飛行にホバリング、船の武装などは使用可能だった。

  乗員は養成学校を卒業してまだ5年の操縦士と航空機関士のたった2名。旧時代の旅客機と同じレベルまで徹底的な省力化がなされているため2人でも運用には問題ないのだが、こうした非常時にはちょっと弱い。最も高度化した船体の本格的修理は生半可な知識では無理なのでAI制御の自動修復装置群が対応するので、修理にはあまり人間の出番はない。それでもパイロットのカナタはちょっとでも修理時間短縮のために機体点検をしようと、異星探査のプロトコルに従い、件のバイオスーツを纏って外に出たのだ。

  そんな彼女の前に現れた、異星のシカたち。

  毛むくじゃらのライオン型スーツの目を通し、カナタは相手の姿を確認する。

  (刺激しないようにって言われてもなぁ‥‥わたし今思いっきり肉食動物の見た目だけど)

  普段は、プラチナブロンドのセラと対になるかのような黒いロングヘアのカナタ。その見た目にシンクロするような、豪奢な黒い鬣をまとったバーバリライオン獣人が今の彼女なのだ。困惑する心情を反映したか、顔面の偽装マスクに植えられたセンサー兼用のネコ科ひげが、くいっ、と動く。その仕草を、じっと見つめる異星の動物たち。 荘厳な、シカのような生き物。彼らは黄色の目をこちらに向け、得体のしれない獣人をじっと見つめている。

  6本足の“シカ”。体高は1.5mほど、体長も同じくらい。森に溶け込む深緑の体毛。足は後ろ4本に比べて前腕2本は細い。猟犬のポインティングのように少し持ち上がった姿勢を取っている。残りの4足で安定して立っているので、前腕は歩行目的ではなく作業用だろう。長い首とマズルというのは地球産の一部の動物の構造と驚くほどよく似ているが目は3つ。口は開いていない。額に当たる場所にもうひとつ目がある。マズル先端は薄茶色の体毛がそのまま覆っていて、地球産の動物のように素肌が剥き出しにはなっていなかった。

  そして頭部に生えているのは立派な2つの角。電のようにねじれながら4,5本ほどに枝分かれし、その先端から短いアークを飛ばして、頭上にスイカ大の光球を保持している。

  最初は1頭だけが遠くから外部点検作業中のカナタを見つめていた。復旧作業も大事だが、そもそものカナタ達の任務は偵察である。予定外だが貴重な異星生物ということでデータを取ろうと少し森の中に進んで近づこうとしたら、あっという間に数が増え、群れでカナタの前に現れたのだ。

  喧嘩したら勝てるかもしれないが数が数である。船に戻るべくじりじりと後退するカナタだが、なんとシカたちはそれに合わせてゆっくり近づいてくる。スーツの内側に着込んでいる宇宙服の背中に嫌な汗が流れる。

  「ちかづいて、来てるんですけど」

  「伝奇ものの小説なんかだと“立ち去れ‥‥ここから立ち去れ‥‥”って警告してるパターンだよね」

  「そうしたいのは山々なんですけど。解析まだ?あれに打たれても平気かどうか知りたいんですけど」

  「あの光球は宇宙服の絶縁耐圧性能で対処可能。あの状態では」

  「あの状態では、って一言が余計」

  「チカラをためている状態かもってハカセは言ってる」

  「マジか‥‥」

  ざくっ、と毛むくじゃらの獣人の足が、その堂々とした見た目に合わない慎重さでそっと後ずさる。シカは瞬きもせず、微動だにもせず、じっとこちらを見つめていた。その宝石のような眼を見ていると、まるで心の中を見透かされているような、そんな気分になるような深い色の目だ。

  ごくりと唾をのみ、カナタは腰のマルチツールに手を伸ばしながらつぶやいた。

  「威嚇してみようか」

  「刺激したくないんじゃないの?」

  「追っ払うのも手だと思うけど」

  「まあ、戦闘になってもカナタなら絶っ対負けないだろうけど」

  「いや、買いかぶり過ぎ…」

  「パイロット課のバイオスーツ演習で男子全員叩きのめしてガウガウ吠えてた伝説の女子でしょうに。ね、百獣の王」

  「それやめてって」

  カナタがちょっと気恥しそうに早口になる。養成学校時代、サバイバル訓練の一環としてパイロット課で行われたスーツ着用での模擬格闘訓練。バイオスーツは真面目な道具なのだが、動物を模している以上どうしても見た目がファンシーなのだ。初めてスーツを着用して、初々しい動物王国と化したクラス一同がその見た目に可笑しくなってふざける中、カナタは普段のさっぱりした見た目とは裏腹な、マッシブ鬣モフモフのごついライオンスーツを身にまとい、格闘訓練で男子たちを蹴散らしたのだ。それを見た獣化女子生徒達がふざけてカナタに抱きつき、ハレムごっこをしたのだ(そして教官に小一時間説教された)。その有様からついた渾名が百獣の王である。女王なんて言い換えるような最低限の気遣いすらない、ゴリゴリ男臭い渾名だった。

  ちなみにあくまでもパイロットのサバイバルツールの扱いなので、陸上部隊と違ってどのタイプのバイオスーツを選ぶかは本人次第である。

  その現場を直接見て覚えていたセラが、笑った。

  「だからカナタなら負けないと思うよ」

  「学生相手の訓練とは違うでしょ‥‥」

  そっと手を伸ばし腰にぶら下げているマルチツールを握る。二の腕ほどの長さの金属筒。非破壊検査器具のほか、先端を伸ばせばレーザートーチやプラズマナイフになり、短時間なら護身用の武器として使える。今使える武器はこれだけだ。

  「はあ‥‥ついてないな。お父さん‥‥どうしようね、これ」

  船体の検査と周囲の確認をしようと出てきただけなのに、ドローンに任せておけばよかったとカナタは今更ながら後悔した。

  「と、とりあえず爪も牙も見えないし、喧嘩が得意そうな生き物では無いと思うけど‥‥」

  「あの放電が角が牙の代わりかもしれないよ」

  「う」

  それを聞いてますます不安が大きくなったカナタは、獣の手でマルチツールを強く握る。

  ちらりと鬣をなびかせ、後ろを振り返り見るライオン獣人。エアロックまではまだ200mくらいある。

  無理やり走って駆け込もうか、そう考えた瞬間だった。

  ピィーッ!

  「!?」

  突如響いた甲高い音に顔を上げる。

  同時にセラが艇のコックピットで叫んだ。

  「シカの群れの横に別の生物群‥‥ちがう!ファルキリアのドローン!Bタイプ!レーダーに反応しなかった?なんで?」

  「あ!」

  シカの群れに響いたのは悲鳴だった。カナタの目の前で、群れの一頭がもんどりうって地面に倒れた。

  真っ黒な槍のようなものが胴体にまるで刺さるように先端を傘状に開いて吸着している。シカは6本の足をばたつかせ、それはあっさり動きを止めた。

  カナタはマルチツールを右手に持ち替えて吠えた。

  「緊急介入!目的は現住生物保護!」

  「了解、記録開始。スーツのディスプレイに目標位置をリンク。3時の方向に5体α群、1時方向に2体β群!」

  「αから駆除する!」

  闘いの言葉をトリガにして、スーツが活性化する。出力が上がり、ガッと頭と体にエネルギーが回る感覚に身体が痺れる。これもスーツの機能の一つ。モデルとなった動物の本能を、装着者に上書きするのだ。このライオン獣人型パワータイプの特性は、言わずもがな、闘争心。

  「突撃!」

  ファルキリアα星。いまだ人類が到達していない、銀河の反対側にあると推定される星。ようやく地球の近傍にワープできるようになった人類は、多数の生物と接触した。しかし知的生命と呼べるものはほとんどなかった。その中で唯一、人間が知性と呼べるほど高度な、そして悪いことに敵対性のあるモノ。それがファルキリアの探査ドローン群だった。

  ピイっ!

  ピィー!ヒュー!

  シカたちが警戒音だろうか、盛んに耳障りな声を上げている。獣人頭に押し込められたヘルメットのアイグラスにドローンの位置が浮かび上がる。

  紫の藪を駆け抜けた先、黒い金属光沢をもった、8本足の蜘蛛がいた。体長は1mほど。

  「でえええい!」

  マルチツールをプラズマナイフモードにして、獣脚を踏みしめ突進する。バイオスーツと宇宙服、そしてカナタ自身の体重が、ライオンの脚力で弾丸と化し、黒い蜘蛛にぶちかまされる!

  じゅう゛ぁっ!

  宇宙船の装甲すら削れる高熱のプラズマ刃が、黒い蜘蛛を串刺しにする。青白い刃が異星の蜘蛛メカにもぐりこんだ瞬間、茶色い煙が猛烈に噴き出してきた。黒い鬣を振りかざし、カナタライオンは勢いよくマルチツールを引き抜く。

  「次!」

  とある星系で人類が出会った、蜘蛛に似た八本脚の真っ黒なドローン。彼らは人間の宇宙船を見るや、手足を振って2進法で1から素数を示した。いかにもわかりやすい知性の示し方に探査部隊は喜んだが、人類が姿を見せた瞬間、彼らは黒い槍を放ち、“サンプル採取”を始めたのだ。

  ギィッ!

  「このっ!」

  また目の前で1頭のシカが槍に打たれて卒倒する。黒い槍は生体サンプルデータを採取するペネトレーターだ。対象に命中した際に、相手の反応や電気信号から無理やり身体構造などのデータを取る、強引なサンプリング機具。本体がぶつかる衝撃とデータ計測時のパルスが非常に強く、ほぼ問答無用で対象物を殺してしまう。撃たれた異星のシカは、額の三つ目から涙のような液体を流し、びくびくと痙攣していた。

  その目を見て、地面を踏みしめる足にさらに力がこもる。前方に3体、固まっている。

  「おおおおおお!」

  黒い蜘蛛はドガドガと接近するカナタに向き直り、頭部から黒い槍を射出してきた。野生の俊敏性が上書きされたカナタは、難なくそれを鋭い爪で弾き飛ばす。返す刀で、プラズマ刃を横なぎに一閃。2体をまとめて切断する。もう1体は槍を射出した直後で、黒い足を振り上げ突進してきた。ライオンの中でも特に戦闘力が高いとされるバーバリライオン。それを模した黒い鬣は胸部から首回りと後頭部を覆い、威嚇のほかにクッション材と防弾防刃耐衝撃アーマーとして作用する。あの蜘蛛の装備や脚でやられることはないのだ。カナタは恐れることなく鬣をなびかせ、そのまま真正面から体当たりをぶちかます。

  「がうっ!」

  ぐごん!と重たい音が響き、蜘蛛のほうが吹っ飛ばされた。今のカナタの総重量は150Kg近くある。セラミックス主体の蜘蛛のほうが軽い。

  「うおおおお!」

  超硬金属製の爪を振り下ろし、蜘蛛の胸をたたき割る。足が何本かはじけ飛び、蜘蛛は動かなくなった。

  「よぉおおし!α群あと一つ!βは!」

  ガルル、とマスクで吠えながら、黒い鬣を広げてカナタはセラに楽し気に問いかけた。闘争心の上書きでアドレナリンが湧きまくっているのだ。今なら何でも倒せそうな気がする。

  しかし返ってきたのは冷静な通信。

  「β群残存敵無し」

  「えっ」

  「保護対象がやっつけたよ。プラズマ光球の一斉射。あの光球、ドローンが来た瞬間出力上がった。あれは威嚇だったね」

  「あっぶな‥‥!」

  「っと、カナタ、真後ろ!」

  振り返った先、20mほど離れたところに最後の1体がいた。目の前には転んだシカの姿。ほかの個体より一回り小さい。子供だろうか。

  「あいつがラスト!」

  「このっ!」

  とびかかる時間が惜しい。マルチツールをレーザートーチにして焦点距離をオートへ。黒い蜘蛛に先端から伸びる低出力ガイドレーザーの赤光が重なる。カナタはグリップを握ってレーザー発振強度をMAXに。蜘蛛の体表でレーザーの焦点が合い、黒い装甲が沸騰して小爆発が起きる。

  「バッテリー切れ!」

  マルチツールを腰ひもに戻し、態勢の崩れた蜘蛛に向かって走る。蜘蛛は黒い槍を射出したが、カナタには当たらない。このタイプは一発撃ったらしばらく再発射できない。カナタは一気に間合いを詰める。

  「こんな子供を!」

  雄ライオンの唸り声そのままに、カナタは真横から蜘蛛に体当たりする。機械蜘蛛は緩やかな傾斜に向かってゴロンとひっくり返った。カナタは先に地面に倒れたシカに近づくと、ごつい獣の手でその子を抱きかかえて立たせようとした。

  「カナタ、まだ稼働してる!」

  「!?」

  セラの叫び声と、熱感が襲うのは同時だった。

  ずぐっ!

  「っぐあああああ!」

  右肩の背中側に、何かが衝突した。バイオスーツと宇宙服を重ね着していてなお激痛が走るということは、それが単なる衝突ではないということだ。

  ヘルメットの脳波端子からエラー情報が直接カナタに流し込まれる。―――気密状態破損・バイオスーツ右腕に損傷のため右腕出力30%に低下・打撲と内出血を確認・鎮痛剤投与開始――

  「鎮痛剤キャンセル!」

  麻酔を打たれたら動きが鈍くなる。カナタは叫んだ。声を出せばスーツが獣の声に翻訳する。がおっ、と吠えると、カナタはシカを背に振り返り、右肩を探る。黒い槍が、カナタの肩に刺さっていた。

  「カナタ!何があったの!」

  「――プローブに撃たれた!妨害は成功!」

  気密破損のエラーメッセージに焦ったカナタだったが、ただの打撲ならカナタではなくバイオスーツに刺さっているだけだと気を取り直す。カナタは獣の左手でプローブをつかむと、力任せに抜き去る。半透明の有機体人工筋肉の循環液がびゅるりと飛び散った。果たして槍はあっさりと抜けた。やはりカナタ本人には刺さっていなかったと解釈する。

  「あんたらのやり方は乱暴すぎるっての!」

  カナタは槍を獣の手で構えると、蜘蛛に向かってとびかかり、機械の胴体を串刺しにする!

  自身の槍で地面に縫い留められた蜘蛛は、今度こそ動きを止めた。

  「ふうーっ、っぬ、ふううぅ」

  「α群全滅」

  「り、了‥‥」

  ぐるるる、と肩を上下させて牙をむいていたカナタライオンだったが、戦闘終了と同時にスーツが提供していた闘争心が静穏化する。血が上っていた頭が、すっと涼しくなるような感覚。周りの景色が、急に青みを増してクリアになる。

  ふと見下ろせば、6本足の小鹿が腰を抜かしたようにうずくまってこちらを見上げていた。

  「大丈夫?」

  しゃがみこんで、こちらを見つめるシカに手を伸ばす。鋭い肉食獣の爪を引っ込めて、柔らかい肉球をもった獣人の手を。シカは体液に濡れたカナタの手を、興味深そうに見つめてきた。額の3つ目の瞳が、その体液を見てキュン、と細くなる。おずおずと、右の細い前足が伸びてくる。先端はエビの足のように蹄が鋏になっていた。カナタは獣の肉をまとった手でそっと握り返す。微かに震えていた。緊張しているのか。

  「怖かった?」

  ずいぶん衝撃的なファーストコンタクトになってしまったなと、カナタはスーツの中でほほ笑んだ。小鹿の向こうからほかのシカたちが遠巻きに見つめている。光球はどのシカも浮かべていなかった。少なくとも敵ではないと認識してくれたらしい。

  「さ、みんなのもとにお帰り」

  カナタはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。

  次の瞬間、カナタの体を鈍痛が襲った。

  「いったいいいいい‥‥」

  闘争心がなくなると同時にアドレナリンの放出も止まり、痛みが襲ってきたのだ。

  周囲をスキャンしていたセラが焦った声で呼んでくる。

  「ドローンの機影なし!カナタ、早く戻って!」

  「オーケー」

  ぐっ、と右肩を抑えると、異星の獣人は黒い鬣をなびかせ、銀色の岩の中へと歩いて行った。

  [newpage]

  「カナタ、エアロックから動線を確保したから、そのままK2個室に入って。医療ポッドを用意してあるから」

  「了解」

  「宇宙服の気密が破れてるから、カナタは今から現住生物の直接接触者扱いで隔離処置。左舷船体のエアロックからK2個室までを[[rb:レッドゾーン > 隔離区域]]にするから」

  「病気なるかなぁ。ただの打撲っぽいけど」

  「わかんない。未踏惑星だから」

  カナタは右肩から血を流したライオン獣人の姿のままでエアロックから個室までの通路を進む。いとかけ15は円筒形のワープドライブを備えた中央船体の左右に流線形の胴体を2つ持つ三胴型の宇宙船である。正式名称はおりひめ型50m級超光速推進長距離哨戒艇いとかけ15号機。メインのコックピットはワープドライブがある中央船体にあり、左右それぞれ流線形の副船体がそれにドッキングしている形だ。3つの胴体は独立しており、万が一の場合は3体に分離してそれぞれが救命艇機能を持てるようになっている。哨戒偵察任務に使用され、単独で1年以上無補給の任務遂行が可能だ。今回は1か月の予定だったが、慣習上艇の航行可能日数最大までの装備と物資を備えて発進することになっているので、1年以上は心配なくこの船で生活できるのだ。

  カナタはそのうちの左舷船体エアロックから、同船体にある個室に移動した。今のカナタは未知の病原体に汚染されている可能性がある。未踏惑星であるから当然未知の病原体の警戒が必要になる。一応惑星発見時に環境調査プローブで致死的な病原体の有無は確認しているが、大気中や一般的な水中を大まかに見たレベルである。今世紀の地球ですら未だに新しい病原体が見つかるというのに、況や異星においてをや、である。探査しきったから安心というわけではないのだ。異星環境の探査哨戒ができるこの船の特徴である、完結性の高いモジュール構造の船体はそのような場合の隔離にも簡単に対応できるようになっていた。

  レッドゾーンを示す3本に1本赤が混じる照明兼誘導灯に従い、カナタは窓側のK2個室に入る。中は軍用船にしては広く、シングルサイズのロフト付き宇宙用ベッドとモニタ、装甲に覆われて小さいが窓がある。もともとこの級の定員は6人だ。左右それぞれの船体に片側3室ずつ、A1からK3 まで6室の個室がある。中央のワープドライブがみっちり詰まった船体にはコックピットと搭載艇の発着デッキしかない。

  カプセル然としたベッドに痛みをこらえながら体を横たえる。すぐに透過性のある蓋が閉まり、身体スキャンが始まる。同時に背骨側にカチャカチャとコネクタが接続される音。有機体バイオスーツは自己修復機能を備えているが、人間と同じく外部からの栄養を必要とする。宇宙服が回収した着用者の排泄物を再利用することもできるが、効率がいいのは直接補給だ。

  「まさか宇宙服を突き破るなんて‥‥っつぅ」

  右肩後ろにじんわり広がる鈍痛に、スーツの中で顔をしかめる。

  バイオスーツの有機体人工筋肉にはかなり強い防腐抗菌処理がされているため、その循環体液自身が強力な消毒薬だ。だからスーツ越しにけがをするのが一番安全ではある。循環液が着用者の傷口に浸透して半自動で殺菌処理をするからだ。それでもあの蜘蛛の槍が刺さっているため、直接カナタ本体に何かが注入された可能性がある。そのための一応の隔離処置である。当然両スーツは着たままだ。

  「けが人1名。ライオン」

  思わず独り言ちる。立派な鬣のごついライオンが、窮屈そうにカプセルに横たわる光景はかなりシュールだ。

  医療ポッドのセッティングを確認したセラがマイク越しに話しかけてきた。

  「カナタ、不時着から忙しかったし、寝よう。シールド機能もCIWSも無事だし、ハカセと船外機に警戒と修理任せて、寝よう」

  「面倒掛けます」

  「私もセットかけたら寝るよ。A1個室」

  「うん‥‥」

  「じゃあおやすみ。鎮静機能かけるよ」

  セラの操作で、ヘルメットから放たれた睡眠導入波がじわりとカナタの脳をリラックスさせる。感染への恐怖感もあったが、疲労もピークだったこともあり、カナタはあっさりと目を閉じた。

  浮かんできたのは、あの小鹿。額の三つ目が、やけに優しそうだった。

  (元気で帰れたかなぁ)

  しばらくして、カプセルの中からはカナタの寝息を翻訳して、ライオンの猛々しいいびきが響き始めた。

  カナタはそして夢を見た。

  蒼い森に、あのシカたちが立っている。

  光の玉が、シカの角から次々と湧き、シャボン玉のように空を漂う。

  暗がりの中には、シカのほかにも動物がいるようだ。

  カナタは、黒々とした鬣をなびかせ、彼らを睥睨している。

  傍らにはもう一人。薄暗くて姿は見えないが、跪いているようだ。

  宙を舞う光球は、やがてこちらへと飛んでくる。ふわふわと漂いながら、むくつけき筋肉と鬣をまとった獣人へ次々と吸い込まれ始める。

  光の珠が肉体に入り込む度、言いようのない高揚感が沸き起こる。体中に力がみなぎり、身体のすみずみがいきり立つ。カナタは牙をきらめかせ、よだれを飛ばし、咆哮する。

  傍らに控えていた影が後ろから手を伸ばしてきた。

  抱きかかえるように、右の手はたっぷりの鬣を撫でて胸へ。

  左手は、たくましい腹筋を撫で、股間へと降りてゆく。

  カナタと同じ獣の手。その手が、股間の獣毛をまさぐる。全身に電撃のように広がるえも言われぬような快感に、カナタは一段と大きな声で吠えた。

  固く、滾るものが、獣の手でそそり立ってゆく。

  獣の陰茎が。

  

  歌声が聞こえる。

  歓喜に満ちた歌声が。

  ようこそ ようこそ 獣の王

  はるか そらのかなたから

  われら 星の守り人

  王の姿 あらわるとき

  仇なす敵 そこになし

  ようこそ 獣の王

  われら 星にまじなう

  王の歌 いやさかに

  猛き声 すこやかに

  股間から沸き立つ快感が、熱を持って迸ろうとしている。

  添えられた獣の手が、やさしくうごめき、陰茎をしごきあげる。

  おうっ、おおっと低い歓びの声。黒い鬣を降りかざし、カナタは歌に合わせて吠え、熱い股間を天へと向ける。

  ようこそ 獣の王

  われら 星にまじなう

  王の歌 いやさかに

  猛き声 すこやかに

  ぐおおおおおおおおお!

  咆哮。

  体の内から沸き上がり、余分なものを巻き込んで、股間から迸る。

  原始の禊。王へと変わる儀式。

  抱きしめる腕の主が、歓声を上げる。

  どおっ! と周囲からも歓喜の咆哮があがり、カナタの全身を、快感が支配した。

  [newpage]

  「ふあぁっ!?」

  次にカナタを眠りから覚ましたのは、耳元に響くアラーム音だった。着込んだままの宇宙服のヘルメットから響いている。モニタからは睡眠に入ってから10時間ほど経過したという情報が入ってきた。それだけだった。緊急覚醒処理なら、同時に警戒情報が流し込まれるはずだが。

  先ほどの夢の歌が、まだ脳裏にこびりついている。

  あの夢の中で何をしていたのか、それを思い出して、カナタは思わず身体を抱きしめた。その手が獣の姿をしていたので、思わずぎょっとして身体が固まる。まだスーツを着ていたのだと、ため息をついた。まるで夢の中で抱きしめてきた手のようだった。

  (な、なに、あの夢)

  熱にでもうなされたのだろうか。しかしカプセルベッドの体温モニターは正常値を示している。

  もし男性なら夢精しているのだろう。生々しい快感を伴った夢だった。じわりと汗ばんだ体を感じる。隔離のために宇宙服とバイオスーツごとカプセルベッドに入ったので、かれこれ半日以上着っぱなしだ。宇宙服なら珍しいことではないし、24時間以上の船外活動演習もこなしたことがあるので多少の不快感は平気なのだが、なぜか脱ぎたくなっていた。

  これも夢のせいだと頭を振って、カナタは気を取り直して口を開いた。

  「ハカセ、アラームの目的は?」

  宇宙船の統合管理AIに尋ねる。がうがう、という獣の声が響き、カナタはまだ自分がライオン獣人の姿をしていたことを改めて認識する。

  帰ってきたのは、ちょっと困惑したような声だった。

  「お客さんです」

  「はい?」

  目の前にハカセが撮影した宇宙船の外部映像が映し出された。

  左舷エアロックの監視カメラ。その前にたたずむ、一頭のシカ。

  「‥‥!」

  この惑星の夜の時間帯で暗いが、カナタにははっきりわかった。昼間助けたあの子が、立っている。

  「どうしますか」

  「ど、どうしますかって、何を」

  「あの個体と再接触しますか」

  「今?」

  カナタは戸惑った。安全第一のはずのハカセが、妙に積極的だ。

  「会ったほうがいいの?」

  「一応、これも我々の通常任務ですけれど」

  カナタは逡巡した。ここに戻ってきたということは何らかの知性があるということだ。遭難中とはいえ本来の任務は星系探査である。危険が及ばない限り友好的な接触は通常任務だ。

  しかし今は真夜中で、起きているのはカナタだけである。

  「セラは寝てるんでしょ。バディの監視なしじゃ星外生物との接触は規約違反なんじゃないの」

  「一応私はクラス5の人格ライセンス付与AIですから、人間と同格です。私が見ていればOKですよ」

  「‥‥」

  会える。

  なぜか、その時カナタはそれを聞いて安堵の感情が生まれた。

  「体調は問題ない?」

  「計測できる範囲で異常は認められません。ベッドから出ますか?」

  「お願い」

  ゆっくりとカプセルのふたが開き始める。

  「スーツと室内の消毒は終わっています。接触終了後何事もなければ、患部の検査もしたいのでエアロック内で宇宙服まで脱いでください」

  「了」

  とすん、と柔らかい肉球を備えた脚部が、汚れ一つない床を踏みしめる。

  肩にあった鈍痛はすっかり消えていた。内出血程度で済んだのだろうとカナタは判断する。

  レッドゾーンを示す赤混じりの誘導灯が照らす通路を抜け、カナタは通常の手順でエアロック内まで入る。

  「開けますよ」

  地球と気圧がよく似たこの惑星では、エアロックでの気圧調整はない。

  ゆっくりと扉が開く。エアロック内の照明に照らされて、気分は大昔のSF映画に出てくるエイリアンだ。まさしくそうなのだが。

  「‥‥怖がらないんだ」

  エアロックのすぐ前に、6本足の小鹿が立っていた。身じろぎもせずに、暗闇で黄色く光る3つの目をこちらに向けている。光球は生成していなかった。

  がおん、とエアロックが開き切り、背後で内部装甲を兼ねた隔壁が下りる。カナタは獣の姿で、一歩外へ踏み出した。

  シカはじっと、こちらを見ていた。

  しばらく見つめあったが、カナタは唸り声が大きくならないように、なるべく静かに、言葉を発してみた。

  「昼間は怖がらせちゃってごめんね。ケガはない?」

  シカが答えた。

  「ようこそ。獣の王」

  「ふあああ!」

  「カナタ!?」

  再びの絶叫で、カナタは目覚めた。セラの声がヘルメットから響く。

  「カナタ落ち着いて。私がわかる?答えて」

  「しかっ、しかが、しかがしゃべっ」

  「何言ってるの?落ち着いて。ゆっくり深呼吸して」

  「せ、せらっ、あの、あのシカが」

  「ハカセ、鎮静剤!」

  「了解しました」

  「はうあ!」

  首筋から薬剤が投与され、カナタの頭が澄み渡る。即効性の鎮静剤を、実にちょうど良い分量でハカセは投与してくれた。

  「落ち着いた?もう一度返事して」

  「あ、うん」

  「所属と姓名を述べて!」

  「っち、地球連合、第21次外惑星探査艦隊、空母はごろも所属、3等空尉、カナタ=アオヤ」

  「よ、よかったぁあああ‥‥正気だぁ‥‥」

  泣きそうなセラの声に、カナタはぎょっとして問いかける。

  「ちょっと、なにそれ、私が狂ってるって?」

  「だってカナタ2週間も寝てたのよ!?感染症やばかったんだから!ワクチン生成間に合ったけど、途中で何回もバイタル赤になるし!」

  「えっ」

  いわれて初めて、カナタはカプセル内の日数表示が不時着から13日経過していることに気が付いた。その間ずっと寝ていたらしい。おまけにバイタル赤とは、そんなに何度も死にかけたのか。

  カナタ本人に実感はなかったが、セラの声がだんだん涙声になってきたので、カナタは努めて明るい声を出した。

  「だ、大丈夫、いまダイジョブだから、まず、ね、セラが落ち着いて」

  「ううううっ!」

  ごがん!とカプセルが揺れて、カナタは思わず吠えた。

  「んが!」

  カプセルの窓越しに宇宙服を着たセラが見えた。レッドゾーンだというのに、直接付き添ってくれていたようだ。

  「で、でるよ、とりあえず出る」

  「うん‥‥」

  「ハカセ、出てもいい?」

  「体組織問題なし。スーツの清浄機能上限を超えた代謝がありましたので、着替えましょう。カプセルから出たらバイオスーツと宇宙服を脱いでください」

  「わかった」

  演習でも宇宙服を2週間着っぱなしというのは中々ない。排泄物は自動で回収されるが、さすがに全身を入浴と同等くらい清浄に保つ機能はないのだ。ウェットスーツのように、液体を肌とスーツの間で直接循環させて清浄を保つ機能を持った局地戦用装甲宇宙服もあるが、この宇宙服にそこまでの機能はない。せいぜい洗浄消毒液をちょっと流し込んで、簡単な消毒ができる程度である。

  陰圧がかかっていたカプセルの蓋がばしゅ、と空気を吸い込んで開く。ライトブルーの宇宙服を着こんだセラの目の前で、ちょっと癖のついた鬣をなでつけながらライオン獣人が体を起こした。

  (うっ)

  身じろぎした瞬間、消毒液のにおいの向こうから、自分の体臭がしたような気がして、思わず顔をしかめる。

  首元にスーツが貼り付いて密着しているので体のほうからヘルメット側に漏れてくることはないはずだが、そんな気がしたのだ。

  「カナタ!」

  「うお」

  ちょっとぎこちないカナタにお構いなしに、セラが飛びついてライオンの筋肉越しにカナタを抱きしめた。

  「よかった‥‥ほんと、よかったぁ‥‥」

  「い、今臭いと思うから、ちょっと」

  「メットしてるから平気」

  強化ガラス越しに見えるセラの長いまつげが濡れている。ぎゅっと抱きしめる手の感触にあの生々しい夢を思い出しかけたが、カナタは獣の腕で、セラを抱きしめ返した。

  「ごめんね。心配かけた」

  「うん‥‥」

  涙声のセラと、カナタはしばし宇宙服越しに抱き合っていた。この星に無事不時着したときにもこうやって抱き合っていた。獣の筋肉越しに、セラをつぶさないように、しっかり抱きしめる。その腕の力を感じたセラがもぞもぞと身じろぎして、鬣にヘルメットをうずめながらふざけた調子でつぶやく。

  「わー、くわれるー」

  「がおー」

  一丁前の宇宙飛行士とは思えないような緩いやり取り。しかしお互い2週間の間、それぞれ独りで戦っていたのだ。‥‥セラは孤独と、カナタは病魔と。無事の生還を喜び合うのは至極当然だった。

  時間をかけてゆっくり抱き合い、「さて」とセラはつぶやくと、名残惜しそうにライオンから離れる。そしてポンポンもふもふと黒いライオンの鬣を揉みしだくと、セラは満面の笑みで、シャワーブースに向かって親指を向けたのだった。

  「さて、くっせえライオンは早く風呂に入れ」

  「ひどい」

  結論として、カナタは装甲宇宙海兵の皆さんを改めて尊敬することになった。

  宇宙服を脱いだ瞬間、カナタは2週間分の汗と垢と残留消毒液、バイオスーツ由来のライオン獣臭がまじりあった、甘ったるくて粘ついた劇臭にえずいて卒倒しそうになった。一瞬幼少時の動物園の記憶がフラッシュバックしたほどである。この2週間、ずっと清浄化されたヘルメット内の空気を呼吸していたので、そんな状態で嗅いでしまった濃密な“生物”の匂いは、強烈の一言。しかもそれの出所が自分なのだ。パイロットをやっているとはいえ、年頃の女性であるカナタにはちょっときつい出来事だった。

  「うえええええー‥‥お湯じゃぁ、あついお湯じゃぁ」

  「カナタおやじクサい」

  「クサイはいまトラウマワードなんでやめてー」

  「くっくっく」

  シャワーブースの天井スピーカーからセラの笑い声が聞こえてくる。

  久々の熱いシャワーは素晴らしく気持ちがよかった。ごわごわになった頭髪からいろんな何かが溶け出して排水溝に流れていく。それが気持ちよくてしょうがない。

  「これが、禊ぎ‥‥」

  「あれ、カナタってシントー信者だっけ」

  「なんで?」

  「ミソギってシントーでしょ」

  「神道知ってっけどそこまで熱心じゃないし」

  そう呟きながら、カナタは鏡に背中の患部を写してみる。まだわずかに赤みを帯びていた。やはりあの蜘蛛の槍がカナタまで達していたようで、そこから現住のウイルスが感染したらしい。2週間も昏倒するのだからよっぽど病原性が強いウィルスだったようだ。ワクチンの生成が間に合ったおかげで、カナタもセラも今は抵抗できるが。

  「んー」

  たっぷりのお湯でカナタはからだのすみずみまで徹底的に洗う。さっき嗅いだ宇宙服の刺激的なにおいが生々しく記憶をよぎる。よく洗ったはずだが、まだ首元や脇が匂う気がして、もう一度液体ソープを手に取った。幸い宇宙船の動力は健在で、食料も日用品も医薬品すら出力できる多目的3Dプリンタが使用できるのでお湯も石鹸も使い放題である。おまけに定員6人の船をたった2人で使っているのだ。少なくとも生活のための資源には当分困らない。小人数で単艦での長期行動が可能な船だからこその贅沢だ。

  ジャスミンの香り付きのボディソープを塗りたくりながら、カナタはセラに尋ねた。

  「だけどさ、修理は結局2週間じゃ終わらなかったんだねぇ」

  「システムダウンしたときにシールド回路が暴走したみたいで、何個か基盤が吹っ飛んでた。ハカセと検討したけどワープドライブの修理にはあと追加で1か月はかかりそう。ケーシングの修理に砲弾熔かすから」

  「うわ。てか暴走?コアは無事なの?」

  「ドライブのコアは無事。吹っ飛んだ回路がシールド回路からの逆流を防いでくれてたから」

  「あっぶな」

  「その間船を護る必要があるけど、とりあえず資材も間に合うし確実に帰れるよ。近くに資源もないけど、さっき話した通り砲弾とミサイルを修復ドローンに食わせて資材転用すれば間に合いそうだし」

  明るいセラの声に、カナタは申し訳ない気分になった。

  彼女はこの2週間、ドローンの襲来を警戒し、治療中のカナタを気遣い、ワープドライブの修理検討までしていたのだ。

  欧州出身の母親を持つハーフ。地球連合の宇宙飛行士養成学校の同期で元から仲が良かったので、どんな人間かはよく知っている。泣き言を言わず、どんなに大変な状況でもプラチナブロンドをなびかせて飄々と切り抜ける女の子である。そんな彼女がさっきちょっぴり泣いたのだ。この2週間の不安とストレスはいかほどだったことか。

  流れ落ちるシャワーの滝の中で、壁に手を当て、カナタは謝罪した。

  「なんか何から何までやらせちゃってごめんね‥‥」

  「いいの。カナタはこの船を護ってくれたんだから」

  「いや、一度だけだけど」

  「カナタは知らないだろうけどさ、あのシカさんたち、何度も来てね」

  「‥‥ますます面倒掛けました」

  「いいの。シカの恩返し。カナタの治療中、群れでずっと船の外でぐるっと取り囲んで、周りを警戒してくれて」

  「へえ」

  「もうさ、すっごい護衛だった。カナタ、本当に王様だったのね」

  ――――王様。

  その単語に、ぎょっとする。

  「‥‥」

  「なに?」

  「ううん、何でもない」

  カナタはお湯を止めると、肩までかかる黒髪を頭ごと振って水を切った。あれは夢だが、妙に生々しく、思い出すたびに胸が苦しいような、せつないようなおかしな気分になる。情でも移ったのだろうか。そう思うことにする。

  カナタは手を伸ばして壁にあるスイッチを指先でなでる。視界に入る黒い茂み。脇毛がちょっと伸びていたけど、2週間処理していないしこんなものだろうと、カナタは気にせずに乾燥ファンのスイッチを操作した。

  すぐに乾いた熱い風が天井やブースの壁から吹き降ろす。

  「あー」

  ごおお、と吹き付ける温風が、あっという間に体の水気をぬぐっていく。纏っていた匂いが吹き飛ばされていく感覚。さっぱり生まれ変わるような気分になる、宇宙船用のこのシャワーブースはカナタのお気に入りである。

  そんなさっぱりした温風を存分に味わっていたときだった。

  風の当たる背中がちょっとむずがゆかったので、カナタは手を背中に回して爪を立てた。

  その手に触れた、チクチクとした感触。

  「ん?」

  背中の真ん中、首筋から降りる背骨のライン上。直接見られないそこを、肩の打撲痕を見た時のように鏡に向ける。

  細かい毛が背骨に沿うように、生えていた。

  「‥‥?」

  こんなこと今までなかったが、まあいいかとカナタはそれ以上見なかった。なにせポッド内で未知の病原体の治療を2週間受けていたのだ。普通にしていてもある程度毛が伸びるくらいの時間がたっているし、なにか発毛の副作用がある治療を受けたのだろうと、カナタは気にも留めなかった。

  今はとりあえず体を清潔にして、またいつ使うかもしれないライオンスーツの手入れなどを行うほうが先決だった。謎の生き物と敵のドローンがいる惑星で1か月過ごさなければならないし、2週間も一人で頑張ったセラを助けなければならないからだ。

  カナタの決意は正しかったといえる。彼女の覚醒後、まるで図っていたかのように、ファルキリアドローンの襲撃が立て続けに発生し始めたのだ。

  [newpage]

  「っがああああああ!」

  巨大なムカデが、二本足のライオンを押しつぶそうと圧し掛かってくる。黒い節々はそれ一つでライオンの頭部より一回り大きい。黒い鬣を持つ獣人は、足を踏ん張り両手を掲げ、ムカデの頭部を、突き放すように押し上げて耐える。先端のユニットから、走査ビームがライオンの鬣に照射されたが、黒い鬣は赤光を吸い込み反射させない。

  「いい、かげんっ、あきらめろっ!」

  左手に全力を込めてムカデを支える合間にさっと右手を引き、超硬合金の爪を繰り出し、力任せに殴りつける!

  ごがぁっ!

  真横に重たい一撃を食らい、ムカデがぐりん、とねじれるように地面に突っ込む。カナタはその隙を見逃さず、腰のプラズマアックスを引き抜き、光刃を纏った重い斧を、獣の腕で横一閃に振りぬいた。

  パンっ!

  テンションのかかった駆動用金属繊維が切断される音。頭部の探査ユニットを真っ二つに切り飛ばされたムカデは、残る節をうごめかして逃げようとする。カナタは両手で斧を振り上げ、残る節を片っ端から叩き割る。

  「おまえらっ、どこ行ってもっ、見境なくって、嫌いだっ!このっ!」

  パツン、バギッ!とムカデを解体する音がしばし響き、ついに巨大な機械のムカデはその動きを停止した。

  「オッケーカナタ。ドローンタイプD、全機活動停止」

  「はぁっ、あ」

  「カナタ大丈夫?」

  「っだ、大丈夫、ちょっと息が上がって」

  「戦わせといてこんなこと言うのなんだけど、病み上がりだから、無理しないで」

  「おーけー」

  バキン、と黒いムカデの頭部を獣脚で踏みつけながら、カナタは膝に手を当てて肩で息をした。

  復帰してから4日目。これで3回目の襲撃である。初日に襲ってきたドローンが、仲間を呼んでしまったらしい。惑星上に散らばるドローンの群れが、次々と地球の船を撃破しようと波状的に襲ってきているのだ。

  ヒー!

  「大丈夫!私ダイジョブよー」

  振り返れば、心配そうにこちらを見つめるシカたちの群れがいた。カナタは黒い鬣をふわっとなびかせて、ライオン的笑みを返してあげる。

  あのへんな夢のあと、とりあえずシカがしゃべる様子はない。

  「さて、帰りますか」

  カナタはよいしょと立ち上がり、宇宙船に向かって歩き出した。シカたちがそんなカナタを取り囲むようについてくる。

  やはり助けてくれたというのがわかるようで、シカたちはドローンが襲撃してくるたびにカナタとセラに加勢してくれる。角の先からプラズマ光球を撃って、ドローンを退けてくれる。これはカナタ達にとって戦闘能力の温存的にとてもありがたかった。宇宙船の修理が終わるまで船を護らなければならないのだが、カナタは接近戦でドローンを退けていた。不時着したのが森の中で、艇のCIWSはあまり射程が取れないのと、時折レーザーに対抗できるシールド持ちのドローンがいること、実弾兵器は残弾の問題があり見境なく使用できない。なにせ補給のないこの状況では砲弾もミサイルも貴重な修理資材なのだ。修復用ドローンを迎撃に回せばカナタが出なくてもいいのだが、そうなるとワープドライブの修復が遅れるし、貴重な修復用ドローンが壊されるのは論外だ。人命優先なのもそうだが、今は帰還が優先である。だからこそ、カナタは日々ライオンに扮し、ドローンの撃退をシカたちと一緒に行っていた。

  尻尾と黒い鬣をなびかせて堂々と森を歩く異星の獣人を、6本足のシカたちは慕うように囲んでトコトコとついてくる。中には、初日にカナタが助けた体の小さな子供もいた。

  ヒュー‥‥

  ピー

  歌うような彼らの声に合わせて、カナタもうなってみる。

  がるうう

  がるるる ぐるる

  ぴぃー

  キューイ

  がう

  「何話してるのー?」

  「み、みんなお疲れさまって」

  「大昔のカートゥーンみたいだねぇ」

  「シカしか、いないけどね」

  つばを飲み込むように途切れるカナタの声に、セラが心配そうに問いかけてくる。

  「息上がってる?」

  「まあね。ムカデ、重かったから」

  「ごめんね、カナタにばっかり‥‥」

  「いいって。あたし王様だし。つよいんだぜ。がおー」

  「‥‥ぷ」

  「笑うんならしっかり笑ってほしいな」

  「ごめん。そのかっこでやられるとテーマパークのキャラクターみたいで」

  「真面目なんですけど」

  「ごめんって」

  ちょっぴり頬を膨らませ、しばし王様っぽくシカたちを先導しながら、カナタは船まで帰還した。

  ついたころには、だいぶカナタの息が上がっていた。膝を両手で支え、前かがみで呼吸をしていた。

  「っは、ああ、よ、よしよし。みなさまお手数おかけしました。本当にありがとうございます」

  「敬語なの?」

  「せっ、先住民だしね」

  エアロックの縁でシカたちを撫でるカナタにセラが苦笑した。

  じゃあまた、と獣の手を振ってカナタはエアロックを閉める。扉が密閉されると、すぐに消毒液の噴霧が始まった。しばし薬液の霧の中で腕を広げて毛皮を消毒し、青ランプとともに禊ぎは終了となる。

  「はあ、っは‥‥」

  エアロックの扉が閉まってからも、カナタの息は荒かった。

  「だいぶ消耗したね。カナタおつかれ。着替え終わったらちょっとお喋りしようよ。コーヒー淹れたから飲まない?モニタ越しで悪いけどさ」

  回復したとはいえ連日カナタが戦闘目的で船外活動を行っているため、二人の隔離生活はまだ続いていた。セラの楽し気なコーヒーブレイクの提案に、しかしカナタは一瞬たじろいで、ライオン獣人の姿のままでパタパタと手を振った。

  「ち、ちょっと今日はこの後寝たいかな。すこし、疲れたみたい」

  しばしセラは沈黙したが、そうだね、と言って無理強いはしなかった。

  「わかった。連日の戦闘だからね。無理そうなら言って。何なら次の戦闘私替わろうか?」

  セラのバイオスーツは銀色の狼だ。黒髪のカナタが黒い鬣のライオンのように、外見から着用者の特徴を見分けるため、頭髪の色に合わせた毛皮や体表の模様をスーツに表すのが一般的である。

  カナタはしかし、すぐにその提案を退けた。

  「セラはエンジニアだから、船の管理任せたいな。今ドローンの襲撃も多いし、シカと協力すれば大丈夫だから。それに、シカがびっくりするかも」

  「‥‥わかった。じゃあまずは休息とって。コーヒーは左舷船体のギャレーに出してるから、起きたら持って行って」

  「了解」

  「じゃあ、おやすみ」

  「おやすみなさい」

  そう言って、エアロックのスピーカーは静かになった。カナタは消毒の終わったライオン獣人の姿のまま、個室に向かう。

  「‥‥っぐ」

  喉の奥から声が漏れる。カナタは努めて冷静を装いながら、個室に転がり込んだ。

  「す、スーツ解除っ」

  腰の制御ベルトに手を当て、パスワードを頭に思い浮かべながら同時に発声する。ばしゅ、という音と同時に引き締まった筋肉がゆるみ、ライオン獣人の背中側の毛皮がぱっくり縦に割れた。

  「っぶ、は」

  黒い鬣を割って、カナタの黒髪が現れる。ぬちゃ、という音と一緒にゆるんだ人工筋肉スーツからカナタは腕を引き抜いた。直接着用時に分泌される潤滑液にまみれたカナタの素肌。今日の戦闘でカナタは宇宙服を着用せずに、スーツを直接素肌の上に着ていた。結局あの日から宇宙服は内部に着ていなかった。脱臭は終わっていたし、宇宙服を重ね着しているほうが防御力も上がるのだが、彼女はそれを着ずに、ライオンスーツを直接着込んで戦闘していた。

  腕を引き抜くと、カナタは急いで自分の首筋をまさぐる。

  「また、伸びてる‥‥!」

  髪の毛からつながるように、首周りに黒い毛がびっしり生えていた。指先の感覚だと、すでに長さは1cmほどになっている。同時にわきの下にも、ざりざりと伸びた体毛の感触がある。体毛が伸びているのだ。昨日剃ったというのに。

  あの日シャワーを浴びているときに見つけたわずかな発毛は、その後時間の経過とともに着実にその範囲を広げていた。治療か何か、副作用だと思っていたのだが、あれからたった4日で発毛範囲は治まるどころか勢いを増して伸びていた。それは首筋にとどまらず、脇や鼠径部も同様だった。もとから生えている個所は伸びるペースが速まり、そして体毛が生える範囲がどんどん広がっているのだ。すでに鼠径部は陰唇付近から臍の下まで広がり、脇は前後に領域を侵食して、まるでブラをつけているかのように、うっすらとした発毛範囲が乳房の下をくぐり胸の前まで広がり始めていた。

  そして、その伸びるタイミングが、カナタにはおぼろげながらわかり始めていた。戦闘だ。バイオスーツで戦闘したときが、一番伸びが早い。普段の生活でも、バイオスーツを着た船外活動だけではほとんど変化がないのに、スーツを着てライオン獣人の姿で戦うと、あっという間に体毛の範囲が広がるのだ。

  「どうしよう‥‥」

  セラにはまだ言っていない。言えるわけがない。たった二人の遭難で、これ以上相棒に心配や迷惑をかけたくない。それに。

  「‥‥んっ」

  脱ぎかけのスーツの中、股間に手をのばし、そっ、と、陰毛をかき分け、その奥に触れる。潤滑液で濡れた黒い毛の奥、カナタのソコが、ぱっくりと口を開いていた。

  「っはー‥‥」

  スーツ半脱ぎの状態で、カナタは個室のベッドにどすんと腰掛ける。潤滑液やスーツの獣臭がシーツについてしまうが、そんな余裕はもうなかった。個室の監視カメラから隠れるように背中を丸める。下半身を毛むくじゃらのライオンスーツに突っ込んで、左手でしぼんだ上半身のスーツを抱きしめたまま、カナタは右手を股間で蠢かす。ぐちゅぐちゅぐちゅと規則正しい音が、股間から沸き起こり始める。指先が、敏感な粘膜をなぞり、陰核をぬちゃぬちゃと撫でこする。全身にしびれるような快感が沸き起こり、カナタはスーツの上半身、ちょうど鬣のあたりを口元に抱き寄せ、小さくあえいだ。

  「っは、はああ‥‥あっ‥‥んっ!」

  カナタがセラに話したくない理由のもう一つがこれだった。ここ最近、戦闘後に性欲が異常に高まるのだ。

  性欲の亢進は、副作用としてスーツのマニュアルに載っている。スーツによる本能特性の上書きによって引き起こされる副作用の一種として教練でも教わる話だ。攻撃性増大や昂揚、まれに性欲といった形の精神異常が着用者に現れる。そう教わった。

  そのまれなケースを引いてしまったようなのだ。

  「むう‥‥!」

  くちゃくちゃと股間をかき回す指が止められない。だが、こんなこと初めてだった。訓練などでバイオスーツは何度も着ているし戦闘訓練だってしている。今までこんなことはなかったのだ。カナタはどんなに激しい訓練をしても、ちょっと酔っ払ったようにハイになる程度だった。それが、今ではこの有様なのだ。カナタは戦闘から帰還するたびに体が異様に興奮し、自慰で鎮めなければまともに思考さえできなくなっていた。宇宙服を着なくなったのもこれが原因である。スーツに比べて気密性の高い宇宙服は脱着に時間がかかり、すぐにアソコを慰めることができないが、バイオスーツだけならすぐに脱いで事に至れるから。

  「っく、うん‥‥う」

  中指が入り口をぬちゃぬちゃと掻きまわす。待ち望んでいた刺激に、全身がわななくのを感じる。

  こんなに昂ってしまうのにはもう一つ理由があった。股間にはバイオスーツの排泄物回収用コネクタがあり、着用中は軟質素材でできたそれが股間に直接吸着するのだが、それに刺激されてしまうのだ。戦闘後、敏感になった体は、歩いて帰ってくるだけでコネクタの刺激に苛まれる。まるで誰かにずっと舐められているような気分になってしまうのだ。だから密着したそれの中は愛液で溢れかえり、その周辺、スーツ内部の股間回りも着脱時に漏れたカナタの分泌液でドロドロになっていた。

  「はあ、あっ、っふう、ううう」

  カナタはスーツの中に突っ込んだ右手を、唇をかみしめたままうごめかし続ける。抱きしめたままのスーツ上半身部分。カナタの口元を覆うバーバリライオンを模した豪華な黒い鬣。紅潮する顔をカメラに見られないよう、ぐっと鼻先を突っ込む。

  「んっぐ‥‥」

  鬣に顔を押し付けた瞬間、鼻腔に突き抜ける猛々しい臭気に思わず声が漏れる。ライオンベースの有機体人工筋肉スーツが疑似臭腺から発する特有の肉食獣的獣臭とこの星の森の清冽な香り、そしてドローンの装甲がプラズマで焦げた匂いが混じった、混然とした野性的な臭気が、カナタの鼻の奥を痺れさせる。正直言って芳香ではない。ただ、なぜかその刺激的なにおいをかぐと、まるで体がもっともっととせがむ様に力がこもり、鼻をますます強く黒い鬣に押し付けてしまうのだ。

  「っぐ、うう!うう!」

  カナタの右手の中指が、ぐちゃぐちゃになった陰唇をかき混ぜる。このにおいをかいでアソコを弄ると、なぜだかとても切ない気分になって、胸の奥をつかまれるような気持になる。そして、蜜壺がぎゅうぎゅうと締まり、陰核が固く勃起していくのだ。

  “父さん”

  カナタの脳裏に叫び声がよぎる。

  幼い日の思い出。ファルキリアのドローンと接触した調査隊が全滅したニュース。隊員が最後に撮った映像に映る父の横顔。テレビに向かってお父さんと叫ぶカナタの母親。彼女が抱きしめていた、形見の古ぼけたコート。母親と一緒にそれを抱きしめ、泣いた記憶。

  それが唐突にフラッシュバックする。よりにもよってこんな時に。

  「ううっ、う!」

  地球産の生命体のそれをまねた体臭を発するバイオスーツの生物的偽装機能。その臭気はこのライオンスーツの脇や首筋、尻尾の上に設けられている疑似臭腺から発せられている。カナタが顔を突っ込んでいる鬣の奥にもそれがあり、抱きしめられてサラリとしたオイルが絞り出され、鬣に浸透しゆっくり揮発する。それによって発せられる臭気がカナタの鼻を焼く。

  臭くて強いにおい。力強い雄のにおい。

  それが、スーツ内部から漂ってくるカナタの汗や愛液の匂いと混じってさらに野性的なものになり、激しく脳を痺れさせるのだ。

  「ああぅ、っぐううう」

  ファーストコンタクトで全滅した探査隊はどこに行っても有名だった。パイロット養成所に入ったカナタに、父の敵を討つためでしょうとか周りは色々勝手な憶測を述べてきたが、それは違った。カナタに敵討ちの意思はなかった。ただ単に二人が似た者同士なだけだ。物珍しい物事が好きな、無鉄砲な血統なのだ。

  それを何でこんな自慰行為の最中に思い出さなければならないのだ。この匂いだって、父さんのにおいと似ているわけじゃないのに。なのになんで、わたしはもしゃもしゃの黒い毛に顔をつっこんで、ケダモノみたいな姿でサカってるんだろう。

  早く、早く終われ。思い出を汚すな。

  「ああ、ああああ、っぐう」

  だんだん絶頂に近づいてきている。体が震え始めて思わず叫びそうになり、唇をかんでこらえる。指は固くしこった陰核をコリコリコリコリ弾き飛ばし、腰がガクガク前後に震え始める。

  さっさとイってすっきりしたい。それさえしてしまえばこの昂りは消えるから。このわけわかんないのも終わるからーーー

  「カナタ?」

  「ふうわああああああっ!?」

  もうすぐ絶頂というところで突然不意打ちでかけられた声に、思わず絶叫してしまう。

  「ど、どしたのよ」

  「なっ、なんでも、ないっ」

  じんじんと痺れるクリが、早く触れと股間で震えている。指はすれすれのところでガチンと動きを止めたままだ。

  「あれ、まだスーツ着てんの?はやく脱いで寝なって」

  まだ毛むくじゃらの下半身でスーツ半脱ぎのカナタを見て、セラが厳しめの声をだす。カナタは鬣の中の顔がますます紅潮するのを感じながら、なんとか冷静を装って言い訳を試みた。

  「ち、ちょっとアシスト機能の確認してて、な、なんか過剰反応する、筋肉パーツあって、その、チューニング確認を」

  「あれ、大丈夫?なんならスーツの情報こっちに頂戴。チューニングしとくわ」

  「い、いや、だいじょうぶ、もうすこしで、終わるから」

  「そう?うまくいかなかったら言ってね」

  「う、うん」

  クリがしびれて自己主張を強めてくる。股間にギュッとチカラを込めたらクリが首を振って指に触れてしまった。

  「~~~~~!!!!!」

  思わず待ち望んだ刺激が来てしまい、慌てて力を抜いたが後の祭りだった。たまらない刺激に、指がクリを追いかけてしまった。

  くちゅ、くちゅ、かりっ、とペースは落ちたが、セラが見ている前で、獣の皮の内側で、カナタの指が淫らな遊戯を再開する。

  「そ、そういえ、ばっ、セラはどうしたの?」

  「ああ、そうだ。淹れたコーヒー、ブラックだからクリームほしかったらK3個室のロッカーに前回任務で乗った研究者用の残りがあるから」

  「あ、ああ!そうなんだ、ありがとう」

  ガクガクと腰が震え始める。セラの目の前で絶頂なんかするわけにいかない。なのに指が止まらない。黒い鬣の獣臭が、あたまにじわじわしみ込んでくる。

  は、早く――――

  「それだけ。じゃあ、おやすみ」

  「お、おやすみ」

  「ゆっくりお休みくださいな、王様」

  そう言って、通信は切れた。

  「むぐうううう!うう!っはぁああ!」

  王様。あの夢で聞いた声。通信が切れるのと同時に、カナタの指が激しくうごめき、固く固く勃起したクリを力任せに刺激する。

  ――――ようこそ 獣の王――――

  うるさいうるさいうるさい。その声を振り払うように、カナタの指の動きが激しさを増す。

  ぬちゃぬちゃぬちゃっ!じゅぐじゅぐっ、ぐじゅぐじゅぐじゅ!

  「っはあああ、っむうう、ううう!ううう!ううううう!」

  スーツを抱きしめる左手に力がこもる。激しくなる呼吸と共に、顔面に押し付けた鬣から獣臭が胸いっぱいに吸い込まれ、身体の深いところを痺れさせてくる。カナタはクリトリスをひねり、磨り潰し、はじき続けた。強烈な刺激に脳がしびれ、腰が躍り、スーツに突っ込んだままの下半身全体がぶるぶる震え、視界が真っ白に染まり始める。

  ああ、あああ、イッちゃう――――!

  「はあっ、あ、すううっ、っぐ!むぐううう!」

  カナタは雄の匂い溢れる鬣に鼻先をうずめたまま絶頂する!

  「うう!むうううううううううううううううううううううっ!」

  びくびくびく!と上半身が震え、腰がぐちゃぐちゃとバイオスーツの中で跳ねる。カナタは獣の臭い漂う汗ばんだ体そのままにベッドに倒れこんだ。

  「っは、ああ‥‥」

  はあ、はあと荒い呼吸をするカナタ。ねばつく肌や脇から揮発する汗の臭い、模擬臭腺から漂うライオン的な獣臭、そして愛液の臭い。それらが混然となった臭気を嗅いでいると、まるで本当にライオンになったような気持ちになる。

  「ふうー‥‥ふうううぅ‥‥」

  長い息を吐き、クールダウンする。シーツに触れる素肌の背中から、服も着ていないのにざわざわと毛がこすれる音がする。

  「ちっくしょー‥‥また伸びてる‥‥」

  背筋に生えた謎の体毛が、その範囲をまた増していた。戦闘中に行われる本能の上書きや、こういった自慰行為で興奮するとどうもこの異変が進行するようなのだ。

  「‥‥」

  今はまだセラにこの異常は伝えられない。たった二人の遭難で、彼女を不安にさせるわけにはいかないから。そう考え、カナタはセラにもハカセに言わないことと決め、スーツから足を引き抜き、後始末を始めたのだった。

  しかし彼女の体の変貌は戦闘ごとに大きなものになっていった。戦うたびに獣毛はどんどん伸び、鼻の軟骨まで膨れ始めた。それでも、ライオンスーツを部屋のベッドに戻るまでかぶったまま、カメラの視界から逃れ、カナタはドローンとの戦闘を続けた。見た目の変化はそれで誤魔化せた。しかし、身体の昂りはどうしようもなくなっていた。

  3回ほど戦闘を経たある日、とうとうカナタはベッドまでたどり着けずにライオンの姿のままエアロック内で自慰行為をするに至ってしまった。黄土色の毛皮に覆われた股間をツールラックにこすりつけ、股間の排泄物回収コネクタを押し付け、カメラに背を向けたまま絶頂した。戦闘終了後に労をねぎらうため、エアロックの向こうまで出向いてきたセラに、窓越しではあるが見られてしまったのである。

  そこでようやく、カナタは隠すのをあきらめ、体の変調をハカセとセラに告げたのだった。

  [newpage]

  「現住のウイルス等による遺伝子汚染の可能性ありって、ハカセ、まじめに言ってます?」

  「カナタの体に起こっている現象から類推すればですが」

  「だって、有機体とはいえメカよ。道具よ?人工筋肉の遺伝子がカナタに混ざった?まさか。ありえない」

  「しかしそれ以外に、カナタの症状を説明できません。バイオスーツの体毛と構成が同じ体毛が、カナタの体表に生え始めています。しかしバイオスーツでそんな不具合は聞いたことがありませんしおっしゃる通りそんなこと起こりえない」

  「だから、そんな不具合聞いたことないならその推察は間違いでしょう?」

  「いいえ。ありえないからこそ、ありえない何らかの原因による遺伝子汚染の可能性を考えるべきです。今まで起こったことがないからと言って、それが絶対に起こらないとは言えません!彼女の姿を見たでしょう!」

  個室のモニター越しに、カナタとハカセが言い争っている。カナタは白いタンクトップに船内活動服のズボンだけはいて、ベッドに腰かけてモニター越しに二人の議論を見ていた。

  「カナタもなんか言い返してよ!」

  「がう‥‥」

  「ふざけてるとその“鬣”毟り抜くわよ」

  「やめて」

  今や、謎の体毛発生は全身に及び、二の腕や腹部にもうっすらと黄土色の体毛が生え始めていた。首筋から顎周りにかけても、まるで男性のひげのように黒い毛が生え始め、鬣のようなものが生えそろいつつあった。

  そしてカナタから抜いた毛を分析したところ、カナタのスーツに使用されている有機体人工筋肉由来の遺伝子が確認されたのだ。バーバリライオンの、それが。

  セラにとっては友人の自慰を見てしまった衝撃よりもそちらのほうがはるかに衝撃的であり、自慰のことなどもう全く気にせず真面目にカナタの症状について議論していた。それがまたカナタには落ち着かなかった。叱るのは次に期待しているからで、どうでもいい奴には叱らない、という向きがあるが、セラにあのケダモノじみた自慰行為を咎められなかったことがカナタにとっては彼女に呆れられたり見下げ果てられたように感じられてしまい、そうではないとわかってはいるもののなんとなく居心地が悪く、個室のベッドで肩をすくめてしょんぼり座っていた。エロい奴と詰られたほうが気が楽だったかもしれない。

  そんなカナタの心情などつゆ知らず、ハカセが悲しそうな音声でつぶやいた。

  「もっと早く、わたしが気付ければ‥‥残念です。もっと調査時間も取れました」

  「ご、ごめん‥‥」

  「いや、気が付けなかったこっちが悪いよ、カナタ」

  「うう‥‥」

  セラのフォローにまた胸が痛む。宇宙飛行士が長期の任務中、ストレスの影響などで自慰に及ぶことは普通にあるし、不安感が強くなる遭難ではなおさらだ。だからAIもそれを見たところで殊更そんなことに言及したり指摘しないし、ましてやベッドなどプライベート空間までしつこく監視しない。セラやハカセの態度はごく普通なのである。

  ただ今回はそれが裏目に出た。それによって、一連の頻繁なカナタの自慰行為や、彼女の体に起こっていることが見落とされた。セラも船外活動を行うカナタからの感染症リスクがあるとしてずっとゾーニングを続けていたためにカナタを間近で観察できなかった。だから本人の申告まで二人はカナタの変貌に気づけなかったのである。

  「通常はこんなこと、セラの言うようにあり得ません。もし人工筋肉の組織が体内に入ったとして、それは単に異物として免疫系に処理されるだけです。ただ現実にこうなってしまっている。考えたくないですが、一種のレトロウイルスのような現住ウイルスが感染し、スーツの人工筋肉に含まれるライオンの遺伝子を取りこんでカナタに水平伝播し、体組織にばらまいたとしか」

  「それにしたって、こんな都合のいい変化あり得るわけ?生命活動に影響を与えないで、人間を少しずつライオンに変えてるような、そんな、呪いみたいな!」

  「通常あり得ません。ただ確率的にはゼロではありません。ほとんどゼロに近いですけど」

  カナタの体の変化は、セラが言うようにまるで呪いだった。毎日少しずつ体毛が生え、さらには一部の骨格と筋肉が変形を始めていた。その変貌の果てにどのようになってしまうのかは現時点ではわからない。ただハカセの分析によれば、予測結果は非常にカナタのバイオスーツに似ているという。

  つまりカナタは、いずれライオン獣人に変貌してしまうかもしれないということなのだ。

  コクピットで、セラが頭を掻きむしりながら呻く。

  「どうにかして食い止める方法はないの?もしハカセが言うようにウイルスによるものなら、そのウイルスに対抗するワクチンを‥‥」

  「スーツに含まれるライオンの遺伝子を取り込んだウイルスがカナタの体内で細胞への感染を繰り返しているのだとしたら、その動きを止めてあげれば変化は止まるかもしれません。ただカナタは発熱やその他の症状が全く出ていません。通常ウイルスが増殖していく過程では細胞が壊されるため風邪のように痛みや発熱が起こりますが、それが起こっていない。ということは本人の体に見かけ上影響を与えずに増殖していることになります。だからどこでウイルスがどうやって働いているかわからないのです。カナタが最初に罹患した熱病は症状の出ている組織がはっきりしていたので、そこの組織から分離もすぐにできたためにワクチン生成も早かったのですが、今回の症状はウイルスが見つからないんです。皮膚組織を採取してみてもダメでした。はごろもの医療ポッドなら全身の高速精細スキャニングができるので全身の細胞組織を電子顕微鏡レベルで観察できるのですが、本船のポッドにその設備はありません」

  「ああもう!」

  がんっ、とセラが床を蹴飛ばす音がする。ワープドライブの修理にはまだ1か月程度かかる。カナタは毛深くなった腕をさすりながら、モニタの向こうのセラにやさしく話しかけた。

  「セラ、落ち着いて」

  「落ち着いていられない!あなたの話なんだよ!」

  「‥‥私だって怖いけど、でもどうしようもなさそうだし」

  カナタは内心驚いていた。こんなに落ち着いた台詞を発せられたことに。モニタの向こうで落ち着きをなくすセラを、大切な友人をどうにかして慰めたいからかなと、腕の毛を撫で、セラの様子をうかがった。

  しかしセラは、カナタの諦観した言葉にぎょっとして目を剥くと、叫びだしてしまった。

  「諦めが早すぎる!なんでそんな風に言えるの!?ハカセ、カナタの人工冬眠を提案します。時間がかかるなら時間を止めれば!」

  「このままの襲撃ペースでは、カナタが冬眠状態で戦闘に参加できない場合、数日のうちに艇の防衛が破綻します」

  「私が出る!」

  「貴女の戦闘能力はカナタより低いです。修理完了までの生存確率はカナタより下がります。それに技術者の貴女に万一があった場合、艇の修理作業が大幅に伸びます。そうすればドローンの襲撃にも修理にも対応できなくなり帰還不能になります。冬眠しているカナタも」

  「うあああああ!」

  セラが叫んでいる。彼女もわかってはいるのだ。みんなが“生きて”帰るためにはだれが何をすべきか。

  ベッドに腰かけたまま、頭を抱えるように下を向いたら、ざわりと毛が生えて、まるで特殊メイクで仮装しているような乳房が、襟元から見えた。

  バイオスーツのような見た目の獣人に変貌する。自分の姿が全く変わってしまう。

  それを我慢して船を護れば、セラは無事のまま帰還できるのだ。絶対に彼女を人間のまま帰さなければならない。絶対に。

  「‥‥?」

  そこまで考えて、カナタは自分の思考に違和感を感じた。

  人間のまま帰さなければならない?

  それはつまり、間違えばセラも同じようになると自分が考えているということか?

  この、獣人化する現象は伝染するとだれか言ったか?なぜそう思った?

  われら 星にまじなう

  王の歌 いやさかに

  あの夢の光景。

  たけだけしく吠えながら、仁王立ちするカナタの傍らで跪き、身体を抱いて、股間に手を伸ばしてきた獣の手。

  カナタを抱いたのは誰?

  ぼお、とカナタはモニタを見上げる。画面の中ではセラが、まだカナタを救うための方法について、ハカセと激しい議論をしていた。その横顔を目で追ううち、口元に視線が行き着く。

  パクパクと開閉し機械工学的な専門用語を並べ大きく開かれる彼女の口。そのふっくらした唇を意識した瞬間、背筋をゾクゾクと走るものがあった。股間が、ぎゅうと締まる感覚。

  あの夢で見たようなことを、セラが――――

  カナタの妄想はそこで途切れた。艦内に警報が響いたからだ。

  「カナタ、セラ、ドローンです。11時方向、艇からおよそ10000m。[[rb:F > コンドル]]タイプ、飛行型10機です!」

  「10000!?レーダーはどうしてたの!」

  「ごく低空を低速で飛行してきています。ノイズとみなされるギリギリの速度と高さです」

  「小賢しい奴ら!」

  モニターの向こうでセラが目をむき、怒鳴った。

  「カナタをこれ以上戦わせない!ハカセ、第1第2CIWSアクティブ!自動迎撃!」

  セラの咆哮と共に機首と船体後尾に設けられた連装レーザー砲台が砲身を突き出し、速やかにドローンに照準される。ただ、赤光が迸る前に今度はハカセが叫んだ。

  「7時方向から第2波!こっちは[[rb:A > ムカデ]]タイプです!数は30!距離2000!近すぎます!」

  「そっちは後尾CIWSで!」

  「だめです!木や障害物で射線取れません!‥‥Fタイプ、機種照合完了‥‥ああ、レーザー妨害タイプです!大気圏内有効射程1000m以下!」

  「実弾で!上面速射砲とハウンドドックミサイルで対応を!」

  「セラ、修復方案を思い出してください。ミサイルと実体砲弾は艇の修復資源に転用しなければなりません。撃ってはいけません!」

  「じゃあどうしろっていうのよ!」

  「‥‥セラ、わたしがでるよ」

  「カナタ!」

  「他に方法ないでしょ」

  カナタはそういうと、毛の生えた頬をちょっと撫でて、立ち上がった。

  「死ぬわけじゃない。もしこれが進行して、完全に変身しても死ぬわけじゃないから。だよね、ハカセ」

  カナタの問いに、AIが言いよどんだ。

  「‥‥今後どのような変化をするかにもよりますが、現時点では特に」

  「でも!」

  「みんなで地球に帰るほうが大事だよ」

  あの、泣き叫ぶ母親の姿が脳裏をよぎる。父は異星で消息を絶った。だから証も残さず消え去るよりは、有様が変わり果てても帰ってくるほうがいいのだ。カナタにはそれがわかっていた。どんな姿になっても帰るのだ。

  カナタは立ち上がり、タンクトップとズボン、下着を脱ぎ捨てる。黄土色の体毛をまとったカナタの裸身がコクピットのモニターに映し出された。

  ガンっ!

  全身に獣毛が生えたカナタの姿を改めて目の当たりにしたセラが、コンソールを殴りつける音が聞こえる。カナタはその音を聞きながら壁に歩み寄ると、ライオンを模したスーツを手に取り着用を始める。

  黄土色の獣毛が覆う身体を、さらに偽物の獣の服に押し込んでゆく。この惑星に着いてから戦闘で使い倒したスーツ。手に持った瞬間、中と外‥‥ライオンを模した鬣や関節部の毛皮から強烈な獣の臭いが噴き出し、カナタは毛の生えた鼻筋にしわを寄せた。スーツの中には重たい獣の臭気がドロッとたまっていたのだ。まるで空気に色がついているかのような錯覚を覚えてしまうくらい濃厚な臭気に思わず「ぐわっ」と唸ってしまった。

  「カナタ?カナタ?どこか痛いの?」

  「ああ、ちょっと臭かっただけ。結構使ったし、これ」

  「‥‥」

  セラが返答に困るように黙り込んだ。それはつまりカナタのみに戦闘を任せていることによる結果であるからだ。カナタは後悔の念が混じるセラの表情に気が付き、「くっさ」とあえて笑いながら、テキパキとスーツを広げて足を上げ、刺激臭のする獣の毛皮に体を押し込んでゆく。臭いについては手入れを怠っていたわけではない。しかし生物的擬装のため、任務終了‥‥その星から離れるまで、異星生物とコンタクトに用いたスーツは基本的に香料の入った洗剤を用いたり、脱臭効果のある薬液での洗浄をしないのだ。あくまでも地球人であることを隠さなければならないからである。ただ、思わずつぶやいてしまう。

  「ふっは。ケモノくさっ‥‥」

  戦闘のたびに発汗し、戻ってからは半脱ぎで自慰を繰り返したためにスーツの中は汗と愛液がたっぷり染みこんでいてひどい有様だった。上記の通り強い薬品や洗剤は使えず、簡単な消臭消毒薬と水洗いくらいしかできないため、完全な洗浄には至れないのだ。そして外側は外側で、敵のドローンの焦げた異臭や潤滑液の変質した臭いに、スーツの疑似臭腺から分泌される獣の臭い、そして着脱時に開口部から漏れ出たスーツ内部の臭いが混ざりあい、バイオスーツは猛々しいライオンそのものの臭いになっていた。

  目に染みるようなその臭いを嗅ぎながら、カナタは両足をスーツに押し込み、ぐいっとお尻までスーツを引き上げる。体表に生えてきている獣毛がスーツの内張とこすれ合ってざわざわとした刺激を発し、自身の異変をいやでも認識させるうえ、カナタ自身の体臭と疑似臭腺からの臭いが鼻を焼き、まるで自分が本物の獣になったかのような気分にさせる。‥‥いずれ、そうなるだろうけれども。カナタは檻に入れられたライオン的な自分の姿を想像し、苦笑いしながら着用手順を進める。

  「んっ‥‥」

  膣口から肛門までを覆うカップ状の排泄物回収コネクタを、毛皮の外から位置合わせをして股間に吸い付かせる。ぞくりと甘い刺激が背骨を駆け抜けてゆく。このカップ自体は吸い付いているだけだが、獣化の症状が出てからは戦闘後敏感になった体を虐める拷問機具になってしまっている。

  下半身の着用を済ませると、カナタは刺激臭にまみれながら上半身をスーツに潜り込ませる。もともと宇宙服を着たままでも着用できるサイズのスーツなので、着用時はかなりゆったりしていて、そこまで労力はいらない。両腕を通し、ライオンを模した頭部を被る。腰に回された制御ベルトに触れると自動で背中の開口部が閉じ、スーツ内の空気が排出されて人工の獣の肉がカナタの全身に密着する。獣のマズルが再現された頭部の内側、硬質ヘルメット内部のモニタが点灯し、視界が開ける。制御バッテリー充電用のアンビリカルケーブルを尻尾のすぐ上に回されているベルトに接続し、着用作業は終わった。

  黒い鬣を持つライオン獣人の姿に淡々と着替えたカナタを、モニタ越しにセラが涙目で見ていた。

  「カナタぁ‥‥」

  普段なら、このスーツはただ着るだけ使うだけの道具だ。だが今は違う。着て戦うたびにカナタの体にばらまかれたライオンの遺伝子を刺激し、彼女を少しずつ獣人の姿へと変える呪いの毛皮なのだ。セラもそれを知っている。知っているのに、何もできない。

  「Fタイプ接近中。距離7000m。Aタイプは1600」

  AIの音声が響く中、セラの視線を振り切ってカナタはエアロック脇の武器庫を開け、兵装携行用のボディハーネスを背負うように獣人スーツへ纏わせて、プラズマライフルや近接戦闘用のナイフを体に括り付けてゆく。

  ライフルの予備バッテリーを腰にマウントしながら、カナタはグフグフと笑って見せた。

  「セラ。泣かない。私は大丈夫だから。まあ、帰ってから動物園入れられちゃうかもしれないけど」

  「いわないでよ!そんな冗談でも言っちゃだめ!」

  「はいはい」

  ギュっぎゅ、と手を握ったり開いたりして、手指がしっかりスーツに収まっていることを確認すると、カナタはエアロックに向かった。

  「データリンク確認。ライフルとスーツ、いとかけ15各センサーのリンク問題なし。敵の現在位置表示問題なし」

  「‥‥カナタはAタイプを迎撃。α群と呼称する。いとかけ15はCIWSで飛行型群βの迎撃を行う」

  「レーザー対処型ですが」

  「出力を上げて牽制。機関砲が使えない以上ほかに手段はない。CIWSの予備銃身は修復転用されないから少し無茶してもいい」

  「わかりました」

  「カナタ、蜘蛛をさっさと殲滅してβを地上からプラズマライフルで撃墜して。有効射程1000m以下クラスのレーザ妨害じゃ子機のマイクロドローンは撃ち落とせるけど、親機はこちらのCIWSで対処できないから」

  「了解」

  「ごめん、カナタ。貴女にこんな仕打ちを」

  「謝ることじゃない。みんなで地球に帰るためだから。大丈夫。姿が変わっても私は私」

  「‥‥」

  「カナタが帰還したら、予備のプラズマライフルを速射砲にマウントしておきましょう。改修プランはあります」

  「ありがとうハカセ。‥‥じゃあ行くよ。スーツアンビリカル切断。エアロック開放よろしく」

  「了。左舷エアロック開放」

  上下に開く金属の扉が、勢いよく開く。異星の森がカナタの目の前に広がる。

  「突撃!」

  そのキーワードに反応し、ライオンの闘争心がカナタに上書きされる。同時にざわざわと、全身の毛皮がうごめく!

  「ぐおおおおおおお!」

  それはスーツの翻訳かカナタ自身の咆哮か。獣の雄たけびを上げ、黒い鬣を逆立てて、鈍く光るライフルを構えたカナタがエアロックを飛び出してゆく。全身の肉がうごめき、一気に体温がぶちあがる感覚!アドレナリンが湧きだし、真っ赤に染まってゆく視界。ざわざわざわざわと全身の肉が躍る。

  また、一気に獣化が進んでいる!

  (ああ、これは、ちょっとだめかもしれないなぁ)

  カナタは獣の足で地面を蹴飛ばし、モニタが示す黒い蜘蛛の群れへ向かって突進を始めた。

  われら 星にまじなう

  王の歌 いやさかに

  猛き声 すこやかに

  「われら、星に呪う‥‥」

  夢で覚えた祝詞を口ずさむ。気が付けば、三つ目のシカたちが並走している。バチバチと白熱したプラズマ球を角の上に浮かべ、獣の王であるカナタとともに戦うおうとでもいうのか、つかず離れず、カナタと共に森を疾走していた。その光景を見て、思わず身体にゾクゾクと震えが走り、自然と笑みがこぼれた。

  「β距離5000。CIWS自動射撃開始」

  ハカセの淡々とした声がメット内に響く。戦いが始まった。カナタは猛々しい獣の臭いをまき散らしながら、黒い鬣を震わせ、吠えた。

  「行くぞ!お前ら!」

  ぐおおおおおおおおおお!

  咆哮に応えるように、シカたちのプラズマ球が一層輝きを増す。

  どがっ!と地面を蹴り、カナタは谷を越える。谷の向こう、黒い蜘蛛たちがわさわさと群れていた。

  

  [newpage]

  「っぐ、は、ああ、あああああああ!」

  戦闘は終わった。

  墜落したドローンが黒煙を上げる異星の森の中で、大きなシダのような草本にもたれかかりながら、カナタは呻いていた。

  「はあ、あああ‥‥ああ‥‥ふうぅぅん‥‥」

  苦しそうなうめき声ではあるが、痛みによるものではない。時折混じる艶めかしい喘ぎ声が、カナタが快楽に悶えていることを如実に示していた。

  まだバイオスーツは着用したままだ。傍目には厳つい軍用のボディハーネスを纏った恐ろし気なライオン獣人が、木の根元に寄りかかり、ぐうぐう甘えるような唸り声をあげながら、自分の腹部を見ているという状態である。

  シカたちが遠巻きにカナタを見ている。

  異星の獣は動かなくなる前に恐ろしい吠え声でシカたちを遠ざけた。

  どうしてそんなことをするのか分からないのだろう。彼らの三つの目は戸惑うようにしぱしぱと瞬きを繰り返していた。

  「ああ、あそこ、だめぇ‥‥うご、けない‥‥やだぁ」

  傍らに投げ捨てられたプラズマライフル。それを放ったままにだらんと投げ出された獣の手が、時折びくびくと震えている。

  最後の敵を撃ち落とし闘争心の上書きがなくなった瞬間、全身から沸き上がる快感にカナタは昏倒した。戦闘後の体の疼きは、もはや行動不能になるレベルまで達していた。押し込められた呪いの毛皮の中で、はあはあと舌を出してカナタは必死に体の疼きを少しでも紛らわせようとしていた。

  「はあああ‥‥くうぅぅ、ううん‥‥いやぁ‥‥」

  いとかけまで戻って、早くスーツを脱いで思い切りアソコを掻きまわしたい。胸を乱暴に揉みしだいて、乳首をカリカリ引っ掻き回したい。しかし、限界まで昂った体はそれをさせてくれなかった。股間に吸い付く軟質素材の排泄物回収コネクタ。一段と発毛範囲を広げたライオンの体毛。それらがスーツとカナタの体の間で擦れ、少しでも身じろぎしようものなら、たちどころに全身を愛撫してくるのだ。バイオスーツは呪いの毛皮どころか淫靡なアイアンメイデンと化したのだ。ピッタリ全身くまなく密着し、全身の毛を逆立て、どんなに身をよじっても逃さすカラダを怪しく愛撫し続ける拷問器具だ。

  「っは、ああ、っぐ、うううう‥‥」

  カナタはスーツのアシスト機能を強制停止させ、人工筋肉を硬直させていた。

  自分を拘束しないと、パワーアシスト付き超硬合金の爪が付いた獣の手で、股間をぐちゃぐちゃに切り裂いてしまいそう。そうでなくても地面にのたうち回って快感に狂うか、またはスーツを脱ぎ捨てて異星の空気に裸身を晒して思い切り乱れてしまう。

  「や、やだぁ、うご、うごいたら、おかしく、なるっ、こわ、こわれるっ‥‥こんなの、こんなのしらないっ、セラぁ、せあ、たすけ、たすけてぇ‥‥」

  うわごとのように相棒の名前を呼ぶ。ヘルメットからはその相棒の声が響いてきた。

  「カナタ!もうちょっと待って!今バギーで向かってる!回収に行くから、そこを動かないで!」

  無線の向こうで、電動バギーのモーター音がうなりを上げている。セラはもうこちらに向かっている。

  「せら‥‥わた、わたし、おかしくなっちゃったよう‥‥あそこが、あそこが、ぐちゃぐちゃで、お、おっぱいが」

  「落ち着いて。それはスーツの副作用だから!深呼吸!訓練を、忘れないで!」

  セラが乗ったバギーの音が近づいてくる。ライオンの頭部を模したメットの内側、モニターの端。電子音と共に友軍を示す青のマーカーが浮かび上がった。

  「せ、ら‥‥」

  「カナタ!」

  銀色の狼が、黒いバギーに乗ってきた。セラの軽量高速な狼タイプのバイオスーツだ。シカたちが驚いて道を開けている。

  「かっけえ‥‥」

  風になびく銀の尻尾を見ながら、カナタは溢れ続ける快感に全身を震わせながら気絶した。

  ようこそ ようこそ 獣の王

  はるか そらのかなたから

  われら 星の守り人

  王の姿 あらわるとき

  仇なす敵 そこになし

  「あああああああ!」

  またあの夢を見ている。

  獣の声ではなく、カナタ自身の叫び声が聞こえる。

  黎明に染まる蒼い森の中で、カナタが大きな声で吠えている。

  「はあっ!はあ!あああ!」

  白みかけた空に向かって吠えた。黄土色の毛が生えた、獅子の鼻が見える。

  しかし普段と少し違う。顔を涼やかな風が撫で、毛皮の熱を奪ってゆく。

  「はあああっ!っひ、っぐううう!」

  全身から湧き出す熱が朝の空気に溶けてゆく。猛々しい獣の臭いを、清冽な朝の空気にまき散らし、カナタは吠えている。

  バイオスーツを着ていない。

  これは自分の体だ。

  このむくつけき獣の体はカナタ自身の姿だ。

  そう、気が付いた瞬間、全身にとてつもない快感が走った。

  「ぐおおおおおっ!」

  「っは、あああ、ああ!」

  下半身から湧き出る得も言われぬ快感に吠えたら、もう一つの声が聞こえた。

  艶めかしいオンナの声。

  カナタの両手は何かを掴んでいる。ごつごつとした肉食獣の手で、白くて柔らかい何かをつかんで、自分の腹部に打ち付けている。

  「ぐおっ、おお、おおお!」

  「っぐ、あ、ああ、ああ、あっ!」

  打ち付けるたびに凄まじい快感が走り、気をよくした獣のカナタはますます強くそれを股間に打ち付ける。

  ばじゅん、ぶじゅっ、ぐちゃっ!

  「ひっぐ、うう、うああ」

  音に合わせてオンナの声がする。はあはあと牙を剥く。大きく避けた獣の口からよだれがこぼれ、真っ黒い黒曜石のような鬣にどろりとしみこんでいった。

  「うう、あああ、っぐ、ひぃいっ!」

  ばすんばすんと掴んで打ち付けているもの。

  女の尻だ。

  ぐちゃぐちゃと女の股間をかき回しているもの。

  カナタの陰茎だ。

  雄の象徴が、カナタの股間に生えていた。黄土色の毛皮を突き破り、赤黒い陰茎がカナタの股間から硬く硬くパンパンになって突き出し、白いオンナの陰唇を大きく割り開き、ガツガツと愛液を掻きだしまき散らしながら暴れているのだ。

  なんで自分にそんなものがあるのか。夢だからいいだろうと、カナタは気にも留めなかった。わずかながらでも違和感は感じなかった。驚くこともなく、それがあることがごく自然な気がして、カナタはなぜだかとてもうれしくなって大きな声で吠えながらますます強く陰茎を女に打ち付けた。

  

  だって自分は獣なのだから。

  王の歌 いやさかに

  猛き声 すこやかに

  シカたちが歌っている。

  カナタの獣の交わりを見て歌っている。

  ばちゅん、ぶじゅっ、と破裂するような水音が、歌に負けじと森に響き渡っていく。

  快感がどんどん強くなってくる。陰茎を包むオンナの膣は柔らかくぬるぬるで、しかししなやかに形を変えカナタの陰茎に吸い付き、絶妙な強さでしごき上げる。ざらざらの内側が熱い肉棒を無数の指のように刺激するのだ。カナタはだらしなく口を開け、天を仰ぎながら雄の快楽に酔った。

  強烈な快感が爆発する。

  ぐおお、おおおっ。

  牙を煌めかせ、涎を吹き散らし、カナタはどんどん腰を打ち付けるスピードを上げてゆく。

  女の悲鳴はいつしかだらだらと続くうめき声に変わっていた。びくびく痙攣しながら、カナタにされるがままだ。

  ばちゅんばちゅんばちゅんばちゅん!

  ぐっぽぐぼっ、じゅぎゅじゅぎゅじゅぎゅ!

  快感が腰を震わせ始める。盛大な水音を上げ、蜜壺に突き刺さるカナタの陰茎が、バキバキと音が鳴るかのように硬度を上げて一回り太くパンパンに張ってゆく。

  ――射精する!

  カナタはこれが射精の合図だとわかった。とろけるような、震えるような快感に、一段と女の腰をつかむ手に力がこもる。ばすんばすんと一心不乱に、さらに力を込めて毛むくじゃらの腰を振り始めたカナタに、女が悲鳴を上げた。

  「や、やあっ、あ、あ、あ、あ、つ、つよっ、つよすぎっ、ああ、あ、やだっ、ちんちん、ちんちんが、おっきく、おっきくなって、やだやだやだ、だしちゃだめ、だ、ださないで、ああ、あっ、ああっ、あ、あ、あ、あ、あ、あああああああ!だ、だめっ、カナタ!」

  「!!!???」

  もう止まらなかった。その悲鳴を聞いて目を剥くのと、陰茎が爆ぜるのは同時だった。

  ぼびゅるるうっるるううう!

  「いやあああああああああああああああああ!」

  白い腰の向こうに銀髪が見える。全裸のセラが、びくびくと痙攣していた。

  その表情は、髪に隠れてわからない。

  王の歌 いやさかに

  王の歌 いやさかに

  歌声が響き渡る。痙攣するセラを、後ろから陰茎で串刺しにしたまま仁王立ちするカナタを、まばゆい朝の光が包み込んでゆく。

  [newpage]

  「エアロック内の消毒噴霧終了!ハカセ、カナタのバイオスーツ強制解除!脱がす!」

  「了解。解除コード送ります」

  カナタのバイオスーツにぎゅううっ、と空気が吸い込まれ、人工筋肉がゆるみ、背中がぱっくりと開いた。

  「カナタ!大丈夫!?いま、今脱がすから!」

  セラ扮する銀の狼は、まるで脱皮させるようにライオンの背中を大きく割り開いて、カナタをスーツから引っ張り出す。

  「カナタ!カナタ!‥‥え?カナ、タ?」

  「う、あぁ‥‥っは、ああ、はっ」

  引っ張り出したソレがうめく。セラは最初、ソレをカナタと思えなかった。

  黄土色の獣毛はソレの全身をくまなく覆い、元から体毛が生えていた陰部や脇などは人間の色味を残しているのか、カナタの髪と同じ黒い毛が濃く湧くように生えていた。凄まじいのは顔だった。もはや人の肌は見えず、顔面は肉体と同じくライオンの獣毛に侵され、それだけでなくマズルのように鼻梁が盛り上がり、鼻が前方に突出し始めていた。耳の先端は緩く丸まり毛が伸び、ぐしゃぐしゃになった黒い髪は伸びた顎周りの黒い毛と混じり合い、鬣のようになっている。ぶるぶると震える体、何事かか細くうめく口。スーツの潤滑液にまみれたその毛むくじゃらの体は、まるで生まれたての動物のような有様。そんな異様な生物。それが今のカナタだった。

  「――――っ!」

  その惨い姿にセラは絶句した。

  銀狼バイオスーツの中でセラは唇をかむ。親友の変貌が止まらない。さっき送り出してから2,3時間しかたっていないのだ。たった1回の戦闘でここまで変わり果てるとは。カナタを支えるセラの手に震えが走る。‥‥もし彼女がバイオスーツや宇宙服を着ておらず、この部屋の空気やセラのスーツに付着した粘液の臭いを直に嗅いでいたら、その異常がさらに深刻なものであることを思い知っただろう。スーツの中と外から漂う臭いはもはや本物の獣の臭いと遜色ない強烈な異臭と化していたのだから。消毒液と樹脂や金属、機械油の人工的な匂いが混じっていたエアロックは、いまでは汗と垢、性分泌液と垢の変質した臭い、そして疑似臭腺からの獣臭で、肉食獣の巣穴のような激臭が立ち込める空間に変貌していた。排泄物の臭いが混じっていないだけ、獣の檻よりわずかにマシという有様だ。

  「う‥‥」

  「カナタ!」

  そんな臭いから遮蔽されているセラが、うめくカナタの顔を覗き込もうと顔を寄せた瞬間だった。

  「うわ゛ああああっ!」

  がっ!

  「んぐっ!ぐあ!」

  一瞬セラは何が起こったかわからなかった。カナタが、素手でバイオスーツ姿のセラを振り飛ばしたのだ。軽量スピードタイプとはいえ、宇宙服と重ね着しているバイオスーツ姿のセラの体重もかなりのものがある。100kgを優に超す狼獣人を、カナタは素手で、しかも片手で振り飛ばしたのだ。

  ごがんっ!

  「ぎゃうっ!」

  エアロックの通路側隔壁まで吹き飛ばされたセラが、衝撃に悲鳴を上げる。しかしスーツのおかげでダメージはない。セラはカナタに歩み寄ろうと体を起こした。

  「カナタ!」

  「こ、来ないでぇっ!」

  カナタが背中を向けて叫んでいる。セラはそれでもなお、2,3歩近づいて、足を止めた。

  いや、止まったのだ。

  「こないで、わた、わたし、らめぇ、だめなの、あは!あ、んぐ、ううう、うううっ、ううう!」

  「カナタ‥‥!」

  半脱ぎのライオンスーツの中に右手を突っ込み、左手で乳房を揉みしだき、カナタはセラの目の前で自慰を始めていた。

  「はあっ、ああ、ああ、さわれたぁ、やっとさわ゛れだああ‥‥!クリっ、クリとおっぱい、おっぱいきもちっ、いいぃ‥‥っ!はあ、ああ、あああ!」

  「カナ、タ」

  「こないでぇ‥‥セラみないでぇ‥‥だめわたし、もうだめえぇ‥‥きもちい、の、らいおんに、なっちゃうのにきもちいいのぉお‥‥」

  「‥‥‥!」

  銀の狼が見つめる前で、まるで蝶が羽化したかのように、床にしぼんでつぶれたスーツの中から膝立ちでのけぞり、陰部と乳房を掻きむしり、獣の鼻を、獣の牙を怪しくきらめかせて激しい自慰を見せつけるカナタ。背中に生えた黄土色の毛皮は臀部まで流れ、尾てい骨のあたりには、明らかに毛皮だけではない突出まで見られる。

  指先まで毛皮に覆われてはいるが、まだ人間のような細さを残す指が、獣毛に覆われた乳房を、陰部をかき分けている。濃い体毛の中で固くしこり立つ乳頭と陰核を、まるで獲物を見つけたかのように大きく口を開けて、嬉しそうにこねくり回すカナタ。びくびくと体が震えている。腰が前後に艶めかしく踊り、まるで変声期の男子のようなかすれた喘ぎ声が響き渡る。

  「はああ、ああ!いぐ、いぐ!やっどいげる!あ、ああ、わたしらいおんでいっちゃう!ライオンのにおいすごい!っす、ふうううう!」

  乳房に回された右腕。その開いた脇。伸びた鼻を、同じく黒々と湧きだすように伸びた黒い腋毛に突っ込み、臭いを嗅ぐカナタ。ぶううう、ずうううううっ、と鼻を鳴らして、自分の体臭を嗅いで恍惚としている。彼女の体から上がる湯気が、ケダモノの体温と湿った汗をヘルメット越しに感じさせてくる。

  「くさいのお、くさいのにぃ‥‥ああ、あっは、だめえ、ゆび、とまんないいい‥‥おっぱいとクリいじるのぎもちいいぃぃぃ‥‥!ぎゅんぎゅんくるぅぅぅううう!」

  セラは磔にされたかのように、壁にもたれかかったまま動けなかった。足がすくんで、まともに考えることもできなくなっていたのだ。養成学校から寝食を共にしてきた友人が、数十光年以内に人類はたった二人という異星の上で、目の前で心身ともにぶっ壊れていく様を見せられて、平気でいられるわけがなかった。

  「ひいっ‥‥」

  「セラ!退避してください!セラ!」

  ハカセが必死に呼びかけるが、セラは動けなかった。狼の毛皮の中で、茫然と友人の変貌を見続けていた。

  そんな彼女の目の前で、カナタはうれしそうに叫び、体を揺らして快楽におぼれていた。

  「わたし、わたしらいおんになってるぅぅう‥‥らいおんになっちゃってるよおおお‥‥!んっ、んん!っぱばぁぁぁ‥‥すごい、わたしの体、らいおんのにおいでいっぱい!」

  カナタはセラなど眼中になく、ずうううう、ずううと腋に突っ込んだ鼻を鳴らし、自らの異臭を嗅いでますます激しく盛り、まるで破裂音のような水音を上げて股間をかき回し続けた。

  「カナタっ‥‥!」

  まだ彼女の面影が残る、人獣入り混じった顔面が、粘液と肉欲にまみれ、淫らに歪んでいる。父娘そろって宇宙飛行士で、明るくて、背が高くて、どんなきつい訓練も冗談を飛ばして切り抜けて、さっぱりときれいな黒髪をなびかせて颯爽と宇宙船を操縦していた友人が、異臭振りまく獣毛に包まれ、恥も外聞もなく、目の前で淫靡な嬌声をあげて、鬣と化した頭髪をふりかざし、自らの獣臭に酔いながら自慰をしている。

  動けるわけがなかった。

  「ああ、あああ!いぐ、いぐいぐいぐ!わだし、わきのにおい嗅いでおまんこ弄っていぐいぐううううううううう!」

  びくびくびくびくっ!

  「ふあああああああああんんん!あああ!あああ、あ‥‥」

  「――――っ!!!」

  絶頂するカナタを直視できなくて、壁に背をつけたままセラは顔をそむけた。カナタがこうなったのは自分の代わりに船を護るため戦ったから。そう思いはするものの、友人の崩壊を目の当たりにして、無意識に体が動いてしまったのだ。

  その瞬間だった。

  「セラ!逃げてください!」

  「―――――!?」

  「うがあああ!」

  どごっ!

  「っぐ!」

  絶頂に震えていたはずのカナタが、目の前に現れたかと思った瞬間、セラの下腹部に衝撃が走る。

  銀の狼の腹に、カナタのこぶしがめり込んでいた。

  「カ、ナタ!」

  バイオスーツと宇宙服を隔ててなお、衝撃を感じる。しかしダメージはほとんどない。とっさに、カナタの毛むくじゃらの腕を、セラは全力で抑え込みにかかった。

  「セラ!カナタの筋力がバイオスーツ並みに上昇しています!中央船体格納庫までの経路を開きます!逃げて!」

  「ぐっ‥‥」

  「セラ!」

  「カナ、タ‥‥!がうううううう!」

  銀狼は力を振り絞ってカナタの腕を押し戻す。パワータイプのライオン型に比べれば出力は落ちるスピードタイプの狼型だが、強行偵察用でそれなりのパワーと戦闘力はある。そしてスーツ並みの筋力を得たといっても、まだ力はセラのスーツのほうが強いようで、銀の狼は牙を剥きながら獣人の腕を何とか封じることができた。

  「っご、ごめん!」

  そのまま腕を持ち、ぐるりと巻き込むように腕を持ってカナタを背負いこみ、エアロックの床に投げ飛ばす!航空機関士とはいえ宇宙飛行士なのでセラもバイオスーツ着用での戦闘訓練は受けている。カナタの姿に衝撃を受けはしたが、まだセラは戦闘ができるくらいには、冷静さを失っていなかった。

  「がうっ!」

  エアロックの床にたたきつけられたカナタは獣の悲鳴を上げて一瞬硬直した。その隙をハカセは見逃さない。

  「セラ!走って!」

  「――――!」

  後方の隔壁が開き、セラが転がり出る。早くもカナタが身を起こす気配がした。

  「止まって!カナタ!」

  ぶしゅうううう!

  「うが!」

  ハカセがエアロックと通路の境で消毒剤を最大流量で噴霧し、カナタの視界を覆いつくす。生身で薬液を浴びたカナタは薬液の刺激に顔を抑えてうずくまった。セラは左舷船体を駆け抜ける。船体前方と後方2か所で左舷船体と中央船体はドッキングしており、それぞれ通路がある。後方通路はそのまま中央船体の後部格納庫兼デッキに直結している。セラは何とかカナタより先に中央船体に飛び込んだ。背後で隔壁が閉まる。

  「はあっ、あ、はあっ!」

  「消毒を行います。立てますか」

  「‥‥」

  ハカセの指示に、セラは無言で銀狼の体を起こそうとした。

  があんっ!

  「ひっ!」

  もたれかかっていた隔壁が背後から強くたたかれ、思わず悲鳴を上げる。

  「セ‥‥ら‥‥」

  「――――!カナタ!」

  隔壁には反対側の光景をまるでガラスをはめ込んだように投影する疑似窓がついていて、普段は透過していない。セラはカナタの様子を見ようとスイッチを叩いたが、透過しなかった。

  「ハカセ、全体を透過させて」

  「わたしはそれを推奨しません」

  「せらぁ‥‥はあ、あううっ、こ、こわい、せらぁ‥‥」

  「ハカセ、お願い。カナタをちゃんと見てあげたい。私の姿も見せてあげたい」

  セラは消毒が終わったことを確認して、スーツの頭部のみロックを解除する。鬣で一体化しているカナタのスーツと違い、セラのスーツはヘルメットにあたる頭部部分だけ脱げるのだ。狼の頭部を後ろに跳ね上げ、中に着用している宇宙服のヘルメットを露出させて、セラは素顔を見せる。

  「こちらからのみの透過を推奨します。カナタの、彼女は今‥‥」

  「はあっ、ああ、ああっ、せあ、こわい、こあいの、あたしぃ‥‥おさまんない、きもちよくなりたいのおさまんない、こんなことなかったのにぃ‥‥はううっ!」

  「カナタ!カナタ!私の言っていることわかる?所属と姓名言って!」

  「っは、はあっ、ああ、きもちい、くりきもちい、おっきく、おっきくなって、はああああっ!」

  「っぐ‥‥ハカセ!」

  「‥‥透過させます」

  白い塗装が施された隔壁の中央部、全身鏡ほどの面積が、たちどころに透け始める。

  「カナタ!」

  「あー‥‥っは、はあ、せら、せらいたぁ‥‥」

  真正面にカナタの顔があった。黒髪はぐしゃぐしゃに絡まり、耳の下から顎までぐるりと取り巻くように毛がわさわさと伸び、胸へと続いて、鬣を形成している。鼻梁は完全に額から鼻先までまっすぐに伸び、鼻穴を形成している鼻翼は大きく膨らみ変色し、完全に獣のそれへと変貌していた。涎をたらし、牙をむき出しにし、疑似窓越しにこちらを見つめる獣人。その体は黄土色の獣毛に覆われ、腋毛だけはカナタの黒いものが湧いていた。指二本分ほど伸びた体毛は両腕を覆っていて、右腕は隔壁に添えられ、左手は股間に伸びて、黒い剛毛の中で何かを弄っている。

  毛は足まで流れ、踏みしめる二本の足は輪郭が一回り大きくなり、指にはまるでスパイクのように鋭い黒曜石のような爪が生えていた。

  ネコのように縦に割れた瞳が、疑似窓越しのセラをじっと見つめている。はあはあと荒い息を吹き付け、ぐちゃぐちゃぐちゃと体を揺らしながら膣をかき回す。

  動物園の、檻に入れられたケモノ。

  触れるほど近くにいるように見えるのに、体臭も温度も感じない異形のもの。

  カナタを見て湧いたイメージを振り払うべく、セラは銀狼の体を揺らしてもう一度吠えた。

  「カナタ!所属と姓名を言って!」

  「あー、ああう、うー、っぐ、っふうううう」

  しかしセラの呼びかけに応じる気配はなかった。カナタはうつろな目で、涎をたらしながら股間をいじくり続ける。

  「カナタ‥‥!」

  だんっ!と隔壁を叩き、セラは歯を食いしばる。友人が壊れていく様を、何もできずに傍観することしかできない。くちゅくちゅ、じゅぼじゅぼという淫らな水音だけが隔壁の向こうから響く。

  「ハカセ!何か、何か方法はないの!」

  「‥‥」

  「人工冬眠!唾液体液からのウイルス分離とワクチン生成!鎮静剤!ワープドライブ修理の繰り上げ!」

  「落ち着いてください、セラ」

  「だって!カナタが!こんな!人間じゃなくなって!」

  「左舷船体を封鎖します。これまでの記録と本人の証言から、性欲がある程度発散されれば理性と落ち着きを取り戻す可能性もあります。そっとしておきましょう。我々には今すぐどうすることもできません」

  「‥‥あなたは落ち着いているのね」

  「全員がパニックになったら生還はあり得ませんから」

  「ふん。変貌や病気とは無縁だものね、あなた」

  一瞬AIは無音になったが、一拍おいて、絞り出すような声が流れた。

  「‥‥皮肉は、甘んじて受け止めます」

  「そういう時は!黙って!聞いてればいいのよ!」

  「セラ」

  「気なんか遣うな!機械のクセに!‥‥う゛ぁあぁああ!」

  涙声の絶叫と共に、ガンっ、と隔壁のボタンを殴りつけ、セラはカナタを視界から消した。

  [newpage]

  はあはあと生臭い息を吐いているうちに、隔壁は元に戻ってしまった。

  「せらぁ‥‥」

  涙と涎をたらして膣口をかき回しながら、カナタは隔壁に背中をもたれさせて座り込んだ。もうずっと触ってぐちゃぐちゃやっているのに、クリトリスも乳首もぷりぷりと固くしこったままだ。

  「んぐううう!」

  また絶頂が来る。そのたびに頭が真っ白になりながら、ざわざわと全身がうごめくのを感じる。もう何度目かの絶頂かなんて数えていないし、身体の変貌だってどこがどうなっているのかなんてもうわからないし知りたくもない。いまは毛むくじゃらの太ももの間に腕を突っ込んでクリを触るのがやめられない。

  「っは、はああ、ああっ!」

  再度の甘イキに唇をかんで深呼吸する。絶頂で少しだけ落ち着いた頭。カナタは指を蜜壺から引き抜くと、変貌した鼻の前に持ってくる。濡れた指先から漂ってくるのは獣じみた臭い。

  「がはっ」

  愛液と汗と垢が混じった鼻の奥に刺さるような獣臭に、カナタは呻き、鼻筋にしわを寄せて、吠えるように口を開けた。それがケモノのようなフレーメン反応の発現であることには思い至れなかった。鼻から脳天まで駆け抜けた刺激臭に体が震えていたからだ。

  「っは、はあっ、なんで‥‥こんな」

  臭い指をどかすと、すっかりケダモノになり果てた自分の体が見えた。黄土色の毛皮に、剛毛がわさわさと茂る陰部と腋。腹部や足は筋肉が発達し、割れた肉の輪郭を毛皮が強調していた。大きくなった鼻もそのまま見える。

  「んっ‥‥」

  鼻をうごめかせ、あたりの臭いを嗅ぐ。陰部に突っ込んでいた手も、毛が伸びた二の腕も、剛毛が湧いた脇も、どこもかしこも鼻を近づければ濃密な獣臭にまみれている。スーツの中に入って戦っている間に、すっかり全身にその臭いが染みついてしまっていた。甘酸っぱく塩っぽく発酵しているような、ねっとり暑苦しい、すえた汗と獣の臭いだ。

  「はっ、すうううう、んっぐ、ふううう‥‥」

  しかしとんでもなく臭くてたまらないはずなのに、なぜか鼻を広げて嗅いでしまう。これはきっと、変貌を遂げた自らの体臭なのだ。本当にライオンになってしまったのだなと、カナタは荒く生臭い獣の息を吐き、「あはっ」とつぶやくように笑った。

  とりあえず体が熱くてしょうがない。汗はたっぷり出ているのに、涼しくならない。首回りが特に暑苦しい。本物のライオンと遜色ないボリューミーな鬣は無風の船内では熱を閉じ込め、脳髄を茹で上げる。

  「ううっ!」

  頭をぶんぶんと振る。鬣や首周りに風が入って少し温度が下がる。同時に、また濃密な獣臭がまき散らされる。涎と汗と皮脂がしみ込んだカナタの鬣も、むせ返るような生暖かい臭気を漂わせていたのだ。カナタは首周りの鬣をたぐると、持ち上げて鼻に押し付け、その臭いを直接嗅ぐ。まだうっすら体毛が生えるくらいの頃、スーツの鬣の臭いを嗅ぎながら自慰をした時の記憶がフラッシュバックする。さらにその向こうに、父の服の匂いが引きずり出されるように脳裏に広がる。

  「っは、ああ、お父さん‥‥わたし、あはっ、こんな、化け物になっちゃったよ‥‥ニンゲンじゃなくなったよぉ‥‥あはぁ‥‥」

  自らの鬣の臭いを、ぎゅうぎゅう鼻の奥を刺激する生気溢れる獣臭を胸いっぱいに吸い込みながら、カナタは鬣に吸わせるように呟く。人間じゃなくなったと呟いたら、陰毛の奥で陰核がじんじんと切なく震えた。思わず、毛むくじゃらの手がそこに伸びてゆく。真正面に通路の監視カメラが見えるが、ただの背景だった。硬くしこり切ったそれに触れた瞬間、全身を貫く快感にカナタの獣毛が逆立った。

  「っふああああああああああ!」

  歓喜の咆哮が左舷船体の通路にこだまする。どこか心の奥で認めていなかった体の変貌。セラのためにも気丈にふるまわなければと、あえてそれから目をそらすように振舞ってきたカナタだったが、これほどの陰惨な変貌を遂げ、ケダモノの快楽に溺れ、ついに心が折れた。

  「いあだぁ‥‥わた、わたしっ、ヒトじゃない、ニンゲンじゃなくなったよぉ‥‥こんなになっ、てるのに、きもちいいの、とまんないのぉ!うぅ!せ、セラぁ‥‥おかあさん‥‥おとうさん‥‥やだ、やだぁ‥‥」

  鬣を鼻先に当てたまま、カナタは指を動かして快楽をむさぼる。悲しみがあふれてくるのを、必死に指をうごめかし、陰核をはじきしごきひねりあげ、この期に及んでも獣の快楽で誤魔化そうとする自身の浅ましさに、涙がとまらない。慰めれば慰めるほど、人間の心が溶けて、快楽と一緒に揮発していくような気がする。異星のシカたちを引き連れて吠える獣の王。あの夢に見た光景に、どんどん近づいている。やめなければ、今すぐやめなければ。しかし一向に指は止まらず、体に走る快楽に、肉体の変貌が進み続ける。獣毛は伸び肉体はケモノに変わる。カナタの心に強烈な焦燥感が沸き起こるが、それはますます陰核の感度を上げるだけだった。

  「わ、れら 星にまじなう‥‥王の歌ぁ‥‥いやさかに‥‥た、猛き声、すこやかにぃ‥‥」

  夢で聞こえた祝詞が、勝手に口をついてこぼれ出る。自らの体を不可逆的に変貌せしめる呪文を口にすると、焦燥感はさらに強くなり、さらに背徳感が、ぞくぞくと甘い快感を倍増させて全身に響かせ始める。

  そうだ。もう後戻りできないのだ。ここでわたしは獣の王になってしまうのだ。人の姿を捨て、星の守り人たる獣の王に変わるのだ。

  「いやぁあ゛あ゛あ゛‥‥いやだぁ‥‥なんで、なんでわたしっ‥‥っぐうう!」

  ヒトとしてのカナタの心が、最後の抵抗を示す。なぜ、どうして自分が。それを考えこむ前に、カナタは脇の下に鼻を突っ込んで、自らの猛々しい獣臭を思い切り吸い込む。汗と脂の濃密な臭気が、理性を押し流す。私は獣だ。もういいじゃないか‥‥と。

  「んんんんんんっ!」

  惨めさと敗北感と焦りと安堵と背徳感と誇りが同時にカナタの精神を襲う。人を捨て、獣になる自分。余計なものを吐き出して、獣の王になる禊ぎだ。

  「っは、っはあ、っぐ、ううううっ!」

  陰核がどんどん固くしこり、張りを増し、手のひらの中で熱を持つ。快感がどんどん爆発し、目の前が真っ白になってくる。指先ではじくだけだった陰核が股間の剛毛の中でぶるぶる震えている。ぎゅんぎゅんと激感が脳で爆発する。獣の臭気をわななく全身からまき散らし、だらんと伸びた舌からよだれがぽたぽた垂れて、鬣を振り、まき散らされる臭いに酔い、股間の快感は限界に達し、カナタはついに咆哮する。

  「ぐあ、あああああ!ぐおおおおおおおおおおおおおっ!」

  ぼびゅうううううう!ばたた、ばたばたばたっ!

  絶頂と共に、股間から噴出した何かが、放物線を描いて清冽な廊下にまき散らされた。

  ――――それが何かは、もう夢で知っている。

  「っは、ぐふううう、ううううっ」

  牙を煌めかせて唸るカナタの鼻に、これまでと違う異臭が吸い込まれる。塩素消毒した後の手の臭い。濃密な性臭。開いた手は、ねばつく白濁液にまみれ、陰毛の間から覗くのは、細かい獣毛を纏う包皮と、そこから尖端を覗かせる赤黒い肉の棒。上下する毛むくじゃらの胸。柔らかな乳房は筋肉の上に乗って固く張っていた。男と女の混じった体。人と獣の混じった姿。黒々とした鬣を大きく振り、ぎろり、と前を向く。快楽に溶けたうるんだ瞳は荒々しく気力に満ちた獣の目になっていた。

  「っは」

  カナタは一言笑うと、ぐっ、と立ち上がる。彼女にはもうわかっていた。禊ぎが終わったのだ。カナタはヒトではなくなった。

  「ぐううう‥‥っふ。はは」

  ああ、終わってしまった。禊ぎが終わってしまった。体は完全に獣と人が入り混じり、あまつさえ男の象徴まで。もう二度とヒトの姿には戻れないだろう。

  しかしなんだろう。なぜこんなにもすがすがしいのか。

  きっと悩みがなくなったからだろうと考える。カナタは手を見つめる。手の甲側は獣毛に覆われ、指の腹には肉球が生成され、指先は固く膨れ上がり、爪の鞘ができている。人のままでいたいという抵抗心がなくなってしまったのだ。心の重しを取り払われて、開放感に満たされたのだ。

  「ふふ、ふ、うふふふふふ‥‥」

  カナタは立ち上がり、笑いながらゆっくりと振り返った。

  目の前には、今まで寄りかかっていた、中央船体の隔壁があった。

  まだ、やることがある。

  禊ぎはまだ、完全に終わってはいない。

  夢で見た獣は、2人だ。

  「‥‥」

  だが、カナタにはその前にやることがあるようだ。鬣から突き出す耳に、自分を呼ぶ声が聞こえる。それの声が、初めて聞こえた。このすがたに、なって。

  立ち上がり、そのまま廊下を歩いていく。自らまき散らした粘液を獣脚で踏みつけ、粘着質な足音を立てながら、エアロックに至る。

  そこには萎んだカナタのバイオスーツが、まるで羽化した後の蝶の蛹のように、背中を開いて潰れていた。それを横目に、カナタはエアロックの扉の前に立つ。もう、あれはいらない。棚から密着式通信機を取ると首に巻き付ける。

  「左舷エアロック開放」

  誰かが叫んでいるが、カナタにはその言葉は届かなかった。

  カナタのまじないに応え、扉が開いていく。その向こうには明け方の蒼い森が広がっている。タラップを兼ねた扉が開き切った先には、あの6本足のシカたちが、静かに佇んでいた。その真ん中にいるのは、あの小さな個体。輝く光球を角の間に浮かべ、カナタに向かって歩み出てきた。

  ソプラノボイスがカナタの耳に届く。

  「ようこそ、獣の王」

  獣毛で覆われた丸い耳を揺らし、カナタははにかんで応えた。

  「私を呼んでいたのは、あなたかな」

  「はい」

  「‥‥来るんだね」

  「異星の蟲どもが、来ます。戦いのときです」

  「わかった」

  カナタがエアロックの外に踏み出していく。全身から猛々しい獣の臭いを熱と一緒に異星の森にまき散らし、逞しい足で地面を踏んで。黒々とした股間の毛から飛び出す陰茎を自慢げに揺らし、黒曜石のように輝く鬣を朝風になびかせ、伸びた尻尾を揺らし、手に持った斧を頑丈そうな手で握りしめ、筋肉ではち切れそうな逞しい腕を振って。

  「セラ、行ってくる」

  そう、首輪に向かって呟くと、カナタはシカたちと一緒に朝の森を駆けてゆく。

  宇宙服もバイオスーツも着ていない。生身の体を異星の朝風にさらし、カナタは獣の足で森を駆ける。

  「ぐおおおおおおおおおお!」

  王の雄たけびがこだました。

  [newpage]

  「なにあれ、コミュニケーション!?何か話をしてる?ハカセ、録画録音はできてる!?」

  「できてます。メインコンソールで再生します」

  バイオスーツを脱いで船内作業着姿のセラが、顔をしかめながらカナタとシカの会話を再生する。

  ほどなく異形の獣の王と化したカナタとシカの静かな会話が再生された。

  「なに、これ‥‥」

  「でたらめな内容ではないです。あの個体の言う通り、ドローン[[rb:B > 蜘蛛]]タイプが接近しつつあります。カナタはその方向に向かっています」

  「あんな高度な知能があったなんて‥‥」

  セラは眉間を抑えて天を仰いだ。

  狼の毛皮は操縦室の隅に脱ぎ捨ててあった。どうにか頭を冷やして、カナタを救う方法を考えようと操縦室まで来たセラは、狼の毛皮に染み付いた臭気に仰天した。カナタと格闘した際に臭いが移ったのだが、消毒処理してなお消えない臭いに、カナタが肉体そのものを変質させていることを改めて思い知らされたのだ。消毒をし直そうとバイオスーツを解除し宇宙服も脱いでいたとき、またドローンの接近警報が鳴った。すでに速射砲へのプラズマライフルの取り付けは終わっていたため、セラは遠距離射撃の準備に掛かっていたのだがその最中にカナタが携行武器を片手に艇を出て行ってしまったのだ。ハカセがロックをかけていたはずの扉はあっさり開き、呼びかけにも応えず、出迎えに来たシカと共に生身のまま森の中に消えてしまった。

  「こちらの偵察用ドローンはカナタを追尾中」

  「ハカセ、さっきの個体が会話しているときの映像は撮ってる?」

  「ええ」

  「映像分析。会話中の光球の明滅をパルスに変換。フィルターをかけて、発声内容と相関がないか解析して」

  「え?」

  「彼らの口がひらくところを見たことある?カナタのスーツの映像に間近で撮った彼らの頭部が写ってるけど、一度もない。もしかしたらあの光球が通信‥‥発声器官かもしれない」

  「通信?電波ですか?でもこちらで録音ができているのですから音波はなんらか出ていると思われますが」

  「あれの周波数を変えて空気を震わせているかもしれない。スピーカーみたいに」

  「‥‥やってみましょう」

  ハカセがデータ解析に取り掛かる。短いデータだからすぐに結果は出るだろう。セラはその間に自らの端末をサイドボードから取り出して起動した。ほどなくしてAIが呟いた。

  「セラ、あなたの言う通りです。あの光球が音波発生源です」

  「あれ特有の周波数は存在する?見た目にあまり変わらないというのなら、あれ全部が音声と同じ周波数で変動してはいない。無言の時にも光球は浮かんでる。その時の周波数ちょうだい」

  「何をする気です」

  「今回の任務中の全通信とあなたのセンサーログをその周波数を中心に検索する」

  「あなたの考えがわかりません」

  「あいつはカナタを獣の王といって、蟲との戦いに引っ張り込んだ。カナタの変貌はあいつらが絡んでいるかもしれない」

  「彼らがカナタを変身させたと?」

  「あまりにもよく出来すぎた変貌だもの。まだ短期間の観察だけだけど生命活動に支障が出るような副作用は全く見られず、変貌後も一生命体として成立してる。おまけにこの星では私たちは異星の生物よ。彼らとは体の作りだって違うはず。それなのにここの野生のウイルスが感染して、ライオンの遺伝子を、カナタの体組織に、炎症も起こさずに偶然入れ替えた?こんなの奇跡があっても成立する現象じゃ無い。絶対技術的な何らかの操作がされてる。そして私たち以外の知的生命はあの守り人たちだけ」

  「本当にまったくの偶然という可能性は」

  「AIの癖にロマンチストなのね。学者に嫌われるわよ」

  しばしセラがキーボードを叩く音だけが響いた。

  「‥‥わかりました。何をしますか?」

  「私たちが気付かないうちに向こうからコンタクトされていた可能性を調べる」

  「それが見つかったところで、カナタを元に戻せるんですか」

  「戻せる戻せないじゃない。もし彼らが人体や精神を強制的に改変や変化させる能力技術を保持しているのならとても危険。忌避生命体に認定して、この星に立ち入らないよう地球艦隊にメッセージを出さなきゃいけない。‥‥それに、最後にカナタは冷静に会話していた。永遠に色狂いのままじゃない。精神だけでも戻せるなら、あいつらと交渉でも何でもする」

  セラはマシンのキーボードを叩き、一心不乱に即席のアプリを構築していた。ハカセは納得したか、サブコンソールの電源を次々に立ち上げ始める。コクピットのモニターに次々と明かりがともり始める。

  「了解。ただデータが膨大です。およそ3週間分のログの解析ですから少々時間がかかります‥‥推定で30分ほど」

  「主動力炉が動かせたらワープ演算機使って一瞬なのに‥‥!もういい。兵装の動力も回して。冷却器フル稼働」

  「しかし。カナタの援護や、もしほかのドローンが接近してきたらどうするんですか」

  「外で砲手やるわ。速射砲にマウントしたプラズマバズーカあるでしょ。‥‥よし、私のマシン接続したから、接触記録はこっちにもバックアップして。あと解析とレーダー監視お願い」

  セラはもう動揺のかけらも見せず、技術者として戦い始めていた。立ち上がると、船内作業着を脱ぎ捨て、だいぶ薄くなったとはいえ、臭いをものともせずにインナー姿で部屋の隅に放ってあったバイオスーツの着用を始める。その背中に、ハカセが切なそうな声をかけた。

  「ドローン制御もやってるんですけどわたし」

  「アシスタントAIの生成を12時間の間許可する」

  「ありがたきしあわせ」

  ほどなく、スリムなブルーグレイの目をした銀の狼が歩いてきてメインコンソールを覗き込んだ。

  「作業開始おねがい。ライフル外したら、カナタを追う。援護のついでにこの船に連れて帰ってくるわ」

  「戦闘エリアへの接近は‥‥」

  「固定砲台じゃなくて携行火器での援護なんだから近づかないと当たらないのわかるでしょ。いざとなったら逃げるわよ」

  「‥‥無理しないでくださいね」

  「了解」

  セラはそういうと、操縦室の隔壁を開き、後部格納庫へ向かって歩き始めた。壁に埋め込まれた機械のカメラが、その後姿をぼんやり見つめていた。

  「よろしくお願いしますね」

  AIの最後のつぶやきは、通信を切られた音声出力だった。

  「があああああああっ!」

  絶叫と共に歌舞伎のように黒い鬣を振りまわし、獣面カナタが斧で蟲を真っ二つに割る。背後からはシカたちがプラズマ光球を乱射し、迫りくる蟲の群れを次々に吹き飛ばす。基本は遠距離で、撃ち漏らしたものをカナタが接近戦で駆除する。王と守り人たちは息の合った連携でドローンを次々粉砕していた。

  体が軽い。スーツを着ていないのにものすごい力が出せる。汗のしぶきをまき散らし、尻尾を揺らし、カナタはライオンの姿で笑って蟲を斃す。

  「ははははは!おらああぁ!」

  ごうんっ!

  ムカデ型も斧の一振りで節々を吹き飛ばされ動きを止める。スーツも宇宙服も着ていないので重量的に押し合いには不利になったが、その分を補って余りある素早さと発達した筋力が生身のカナタの戦闘力をスーツ着用時並みに上げていた。

  「鳥が来ます」

  「蜘蛛を斃しておけ!」

  カナタは鬣をなびかせながら蜘蛛の死体に駆け寄ると、未射出のペネトレーターを胴体から引き抜いた。そのまま、肩に担ぐと狙いを定め、一気に駆け出す!

  「うぅぅぅうううおおおおおおおおおおおおおっ!」

  投擲されたペネトレーターが、一直線に鳥に向かい、胴体をぶち割る!青白いスパークをはじけさせ、飛行ドローンは墜落してゆく。槍投げで撃墜されるとは思わなかったか、ドローンたちが戸惑うように翼を上げて旋回する。その隙を王様は見逃さない。

  「撃て!」

  王の号令一下、異星のシカたちが角を震わせ、プラズマ光球を空に斉射する。旋回で一瞬投影面積が大きくなった目標に次々と光弾が命中する。墜落した飛行ドローンは地上の蜘蛛を巻き込み、次々と誘爆してゆく。

  カナタは爆風に黒い鬣を悠々となびかせながら、涼しげな顔でそれを眺めていた。片手に杖を持ち地面に突き立てるように、左手には重たい斧をぶら下げ。筋肉で膨れた上半身に、自慢げに見せつける脇と股間の剛毛、獣毛に覆われた乳房の成れの果て。そして全身から立ち上る汗の湯気。威圧的で性的で覇気と自信に満ちた、その姿はまさに獣の王だった。

  「援護いらないじゃない‥‥」

  それをさらに遠くから、セラは眺めていた。狼の毛皮は、晴れた森の中では木の葉のきらめきに紛れ目立ちにくい。地面に伏せ、枯葉を毛皮に絡ませて、偵察用らしく望遠撮影できる獣の目を藪の中から向ける。

  変貌したカナタの活躍ぶりはまさに一騎当千だった。斧で、爪で、脚で、蜘蛛を次から次へと叩き割り、シカたちを誘導し指揮する。カナタが吠えるたび蜘蛛がはじけ飛ぶ。そして槍投げで1㎞ほど先の飛行物体を撃墜したのだ。すっかり野生化した相棒の姿に、セラはすでに悲観ではなく興奮すら覚え始めていた。

  蟲たちはすっかり戦意喪失したか、進行速度が明らかに鈍くなっていた。形勢もカナタ達、獣側が有利である。今回の波は飛行型と蜘蛛型が多数居る結構なものだったが、いとかけは全く手を出さずに終わりそうだ。セラは銀色の耳を揺らし、ハカセと相談すべく通信回線を開いた。

  「ハカセ?ハカセ見えてる?すごいわよこれ」

  「見えてます‥‥帰ったらあちこちの特殊部隊から声掛かりそうですね」

  「帰れたらね」

  セラの淡々とした呟きにしばし沈黙が訪れる。人間を改造してパワーアシストスーツの特性と能力を付与した獣人カナタ。これでは生物兵器である。今回のカナタが、本当に彼らに作り替えられてしまったのだとしたら、この星の生命はファルキリアの蟲達よりも危険で厄介な相手である。

  沈黙を破ったのはAIだった。

  「セラ、戻ってこれますか?」

  「なに?」

  「データ解析が間もなく終わります。結果についてお話ししたく」

  「通信でお願い。カナタの戦闘がもうすぐ終わりそうだし」

  セラは一瞬でハカセの提案を断った。カナタと会話して何とか連れ帰る必要があるのだ。しかし食い下がられた。

  「‥‥直接データを見ていただきたいのです」

  それは、AIにしてはずいぶんとためらいがちな声色だった。

  「何よ、何か見せたくないもんでもあるの」

  「なぜそう思います」

  「悪い点数のテストを提出する生徒と同じ匂いがするわよ」

  「‥‥貴女は私をロマンチストと言いますが、貴女の比喩も大概ですよ」

  「うっさい」

  「悪い成績です。とても説明しづらい。直接、“喋って”説明したいのです」

  しゃべって、の部分だけ何やら音程がザラザラとノイズがかっていた。セラは盛大な溜息を吐くと、そっと身を起こし、後退する。視界の先ではカナタが黒い鬣をなびかせてシカにまたがり戦場を駆け巡っていた。

  「今行くわ」

  

  [newpage]

  操縦室に銀の狼が踏み込んだ時、プリンターから紙の束が出力されていた。

  「‥‥ずいぶんとアナログね。これが0点の答案用紙かしら」

  狼の頭部を跳ね上げ、紙束を獣の指でつかみ上げるセラが天井のカメラに向かって笑いかけたが、帰ってきたのは焦り混じりの声だった。

  「コックピット周りに対防諜遮蔽シールドSを展開」

  AIはセラの冗談にとりあわず、操縦室の扉をロックし、特殊な電磁シールドを展開した。防諜のために、漏れ出る電波や発声で船体が共鳴して発する音波、それぞれをジャミングする電子的な隠れ蓑である。それの最も高級なSクラス。シールドを相手に分析されないよう、迂闊に使用しないようにするため展開回数に制限のある代物だ。その物々しさにセラが目を剥く。

  「何なの!?」

  「こうでもしないと、ダメなようですので」

  「まさか」

  「データ検索結果のレポートです。あのシカ達の通信波長パターンを、はごろも発艦時からのわたしのレーダー、映像記録、音声記録のバックグラウンドおよび暗騒音で検索した結果、すべてのデータでそれが確認されました」

  「すべて、まあ‥‥大体予想はしてたけど‥‥え?発艦時からすべて!?」

  「はい」

  セラが獣の手で紙束を握りしめた。プラチナブロンドを逆立て、防諜処置も気にせず大声で怒鳴りつける。

  「検証を求める!検索結果、該当するデータは、この星系にワープアウトしてからのものだけではないのか!」

  「いいえ。はごろも発艦時からのデータすべてです」

  「データの改変を確認せよ!」

  「タイムスタンプの改竄は確認できません」

  「‥‥冗談、言わないで」

  「そんなことで展開制限のあるSクラスの防諜シールド使ったりしません」

  獣の手が紙束を取り落とす。

  「ありえない!発進位置とここは何光年離れているってのよ!群れの会話がただ単に大昔の地球みたいにテレビ電波っぽくばらまいているだけじゃないの!」

  「あの、カナタと会話していた個体の固有パターンです」

  「その固有パターンは恒星や他のノイズ源と類似したものではないの?」

  「強度が一定なのです。この船も数光年という距離を移動していますから、もし固定されたノイズ源なら移動に伴いそれとの距離が変わって、何らか電波強度が変わったり、そもそも受信しなくなりますが、この波長は常に一定で、測定されている間、強度も周波数も全く変化がないのです」

  「本艦の発するノイズの可能性は考慮した?」

  「前回任務時の最後のレコードも確認しましたが、それには記録されていません。修理などでの機器変更もありません。まったく、この任務から突然、一定の強度であの個体の呼びかけが続いています」

  セラが今度こそ黙り込んだ。

  はごろもを発進した瞬間から、あの小さなシカが、この船にずっとコンタクトを続けていたというのだ。まだ、セラとカナタがこの星に事故で飛んでくるなんてわかるわけないタイミングで!

  セラが、操縦室の床に座り込んで天を仰いだ。

  「呼ばれた‥‥」

  「え?」

  「わたしたち、召喚されたんだわ、この星に」

  「‥‥今度の比喩はファンタジー小説ですか」

  「そうよ。召喚されたのよ。あの個体に。きっと蟲と戦うために。回路の暴走も不時着も全部決定されていた事柄なのよ。着陸場所だってそうよ。“獣の王”であるカナタが乗ったこの船を、呼んだのよ!ワープゲートの向こうから!」

  「‥‥論理的ではないです」

  「万に一つの偶然が重なればそれは必然だし意志あるものが関連しているのなら技術よ。我々のワープ航法だって、はた目から見たら似たようなものだし。星を消し飛ばしかねないエネルギーを、針を通すような確率を制御して周りに飛び散らないタイミングで爆発させて空間に穴開けて、イチかバチかその穴に飛び込んでもたまたま目的地にたどり着くように確率を計算して、船が壊れないよう偶然にしか生まれないおだやかな経路を選んだうえで」

  「‥‥」

  「人類が偶然を操る術を発展させてワープ航法を手に入れたように、彼らは偶然を操って望んだ未来を手に入れる術を手に入れたのよ。カナタの肉体改変だってそう。全く異星の生命体を都合の良いように作り変えるウイルスが感染したのも。たぶん、2週間カナタが昏倒していた時にすべて終わっていた。あのときしか全身で炎症を起こしていたタイミングがない。あのときカナタの全身の細胞が作り替えられた。そして、わたしたちが、ワクチン投与をしてウイルスの働きが鈍るところまですべてスケジューリングされていた。ウイルスが分離できないわけだわ。もうワクチンの効果で免疫系に処理されたあとなんだもの。もう遺伝子改変は終わっていたから、あとは新陳代謝で体が勝手に変わっていくだけ」

  「‥‥まさか」

  「そうとしか考えられない!」

  操縦室の床にへたり込む銀狼の尻尾は、力なく伸びていた。もし頭部までかぶっていたら、耳も同じように下がっていただろう。その憔悴した様子を見て、AIがためらいがちに声をかけた。

  「セラ」

  「‥‥あとは、その守り人たちの願いがどこまでかで私たちの運命も決まる」

  「“運命”を決められたのがカナタだけではないと?」

  「私たちも呼ばれた側なのなら、きっとこの星から帰れない運命を持たされている。この星から脱出できるのか、禁忌メッセージを打ち上げるだけに終わるのか、それすらできずじまいか。全部彼ら次第」

  「待ってください、それでは‥‥」

  ハカセの発言は途中で遮られた。

  「すごいね、セラ。データ読むだけでそこまでわかるんだね」

  「――――っ!!!」

  スピーカーから聞こえてきたのは、カナタの声だった。

  [newpage]

  セラは立ち上がり、イラついた声で応えた。

  「あれだけ呼びかけを無視しといて、何の用かしら」

  「つれないね。一仕事終えてきたってのに」

  「仕事?」

  「いとかけを壊そうと迫ってくる蟲共をやっつけたにきまってるでしょ」

  「嘘を言わないで!あなたは、あのシカたちのために働いたんでしょ!」

  「違うよ。結果的にいとかけを護ることにも守り人たちを護ることにもつながっているだけ」

  「その考え方はっ、どこで植え付けられたの!洗脳されてるわよ、カナタ!」

  「違うよ。これは私の意思」

  「嘘よ!」

  「落ち着いてよ、セラ」

  淡々と響くカナタの声に、悲愴さは微塵も感じられない。諦観でも喜びでもない。まるで悟ったかのような、やさしく穏やかな口調だった。翻ってセラは、何を言っても響かないカナタの様子に、段々と声が大きく、震え始めていた。

  「嘘つかないで!こ、こんな運命、貴女の意思でこんなこと受け入れられるなんて、嘘よ!」

  「もう、わたしの体はニンゲンじゃなくなったの。受け入れる受け入れないではないの。こうするために人では無くなっちゃったの。こんな、毛むくじゃらで、獣臭い姿になって。尻尾もひげも‥‥あは、ちんちんまで生えちゃって、ヒトどころか女でもなくなったね」

  隔壁の透過を止めてもモニタリングは続けていたから、セラもカナタに陰茎が生えたことは知っている。知っているが、そんな惨たらしい変貌など、セラの心情的には到底認められるものではなかった。あれだけは、あの変化だけは認めたくなかった。

  フードのように跳ね上げたままの、狼の頭を揺らしながらセラは毛皮をまとった体を揺らし、精一杯大きな声で怒鳴った。

  「だからって、身体が変わっても心までは‥‥!あ、あなたはあなたなのよ!どんな姿になっても!何よ王って!コスプレきめてガキくさい台詞言ってんじゃないわよ!」

  「ごめんね。でも、わたしはわかったの。これはコスプレでもない。私の体で、何をするかももう“決まったこと”なんだって」

  「カナタ‥‥!」

  さっき自らが発した台詞がセラの脳裏に渦を巻く。――――守り人たちの願いがどこまでかで私たちの運命も決まる――――

  「わたしは呼ばれたの。守り人たちに。ここで、あの子たちと戦うために」

  「だからって、カナタが、貴女だけがそんなこと!」

  「セラ、違うよ」

  涙声で怒鳴るセラに、カナタは笑みを含んだ声で、呟いた。

  「喚ばれたのは“私たち”だよ」

  「――――!!!!」

  「セラも“いっしょ”になるんだよ。‥‥ハカセ、左舷エアロック開放」

  「はい」

  「なっ!」

  カナタの命令に、AIは左舷船体のエアロック開放を宣言した。淡々と、無感情に。バイオスーツを着用しているセラが獣の腕でコンソールを叩き割らん勢いで殴りつけ、吠えた。

  「なにをやっている!アオヤ3等空尉の命令に従うことが、彼女の現況を認識したうえで合理的だと判断しての行為か!答えて!」

  「はい」

  「―――――!!!!!」

  たった2文字の返答に、セラが唇をかんだ。

  ハカセはすでに、味方ではない!

  「ええい!」

  セラはコンソールにつないでいた自らのマシンに向かい、音声入力を起動して怒鳴りつけた。

  「コード0000!起動!花火上げろ!」

  がひゅうううううう!

  がっ、ぼぼぼぼっ!

  突如艇の全電源が落ち、連続する何かの発射音とともに遠くで唸っていた補機が停止してゆく。一連の動作が予定通りに動いたことに少し安堵する。

  セラはある程度予測していたのだ。シカたちとカナタの会話、そして変貌と、カナタが獣の王と言われていたことがつながっているのだ。おそらくこの船自体がすでに異星のシカ達の影響下にあることを。ハカセが敵に回る可能性を。シカたちの企みを暴く行為をするにあたり、彼らが敵対してくることを。そのために船のコンピュータではなく独立した端末を用い、船の非常停止と、地球艦隊に向け忌避メッセージを発するビーコンを乗せた長距離ミサイルの軌道打ち上げを実行するプログラムを用意したのだ。

  そしてもう一つ予測していた。

  きっとこのプログラムは邪魔されない。

  守り人という名前からして、彼らの目的はこの星を護ることである。人類を生物兵器並みに強化改造する技術、いや思った通りに運命を決定する能力を持った生命体がいるとわかった瞬間、この星の平穏は破られる。だからこそ、忌避メッセージを発信しこの惑星を禁忌とすることはとても都合がいいのだ。しかも、セラの発したメッセージは大まかには「この惑星に致死的な病原体あり、近づくな」というものである。偶然を操るという能力が本当にあるかどうかわからない段階でのプログラムだったため、病原体ということにしたのだ。このメッセージであればすんなり受け入れられる。運命を操るというような内容で発信したら、却って人を呼びこむにきまっているのだ。

  ――――そしてここまでだれかに望まれた結果だというなら、もう彼女にできる抵抗はないのだ。きっと。

  たとえ抵抗をしたところで、それすら織り込み済みの運命として、消化されるだけなのだ。あのシカ達の願いの果てに。

  コツ、コツと廊下を歩く誰かの足音がする。遮光塗料が塗られたコクピットの窓だから、無動力では日光はほとんどさえぎられる。真っ暗になった操縦室で、ただ一つセラの端末だけが青白く画面を光らせていた。セラは、銀の狼の姿で、黙って立っていた。狼の頭部を被りなおすこともなく、毛むくじゃらの体の上に人間の頭をさらして、茫然と佇んでいた。まるで処刑執行を待つ、罪人のように。

  がごっ、っがが、ががががが‥‥

  「無動力だと、やっぱ重いねえ‥‥あは、まっくらだ」

  ロックのかかっているはずの隔壁を、素手でこじ開け笑う、獣人が立っていた。部屋の空気が、一気にケダモノの臭いに染まる。

  [newpage]

  「セラ!せらぁっ!」

  「んむううっ!」

  「あはは!やっと!やっと生身でセラに触れた!さみしかったんだよね!さみしかったよ!ね!セラ!」

  「っむ、か、っかな、んむううううう!」

  黒い鬣をバフバフと揺らして駆け寄った獣人が、茫然と突っ立ったままのセラを満面の笑みで抱きしめた。もともと長身のカナタがセラを抱きしめると、カナタの胸元にセラの頭を抱き込む格好になる。そこは胸に向かう鬣のど真ん中だ。以前病床から回復したときに抱き合ったように、カナタはセラを抱きしめ、鬣の中へ彼女の顔を押し込む。

  「っか、は!」

  汗と皮脂と涎と湿気と性臭と体温と獣の異臭にまみれた鬣へ、生身の顔を。

  「うむううううううう!」

  カナタの体温であぶられた臭腺から発せられる本物の獣臭が、目に染みるような激臭となってセラを蹂躙する。鼻を突き刺し、えずきをもたらす濃厚なケダモノの臭いに力が抜け、抵抗できない。そもそも今のカナタは戦いの後で全身から発汗して猛々しい獣臭を発しているのだ。身じろぎして逃げようにも部屋の空気そのものが変貌してしまっているために、逃げ場がない。

  「っぶっ、っげ、んはっ、はああっ、っぶ」

  「あは、ねえ、せら、すっごいでしょ、私のにおい!めちゃくちゃ強そうで、力が湧いてくるの!」

  哀れな獲物は必死に息継ぎをするが、どこの空気を吸っても変わらない濃密な獣臭におぼれかけている。対するカナタはとても自慢げに自分の臭いを嗅がせる。目をぐるりと回して昏倒しかけている友人の表情などお構いなしに、膨らんだ獣の鼻を膨らませ、わずかに人の面影が残る目じりを綻ばせ、ライオンはますます強く鬣の臭いを吸わせ続ける。弱弱しくも抵抗するセラだったが、狼の毛皮がカナタの獣毛でずるりとずれて、右わきに顔を突っ込む姿勢になってしまった。

  カナタにとっては、脇も勇ましいライオンの体臭が濃い、自慢の場所である。嗅ぎに来たと思ったのか嬉しそうに脇を少し開くと、湿っぽい腋毛をセラの顔面に押し付け、左手で後頭部を、右手で背中を抑えこみ、身動きできないように固めてしまった。

  セラは一呼吸しただけで、深く濃厚なフェロモンと酸っぱい汗の臭いに目を回した。

  「っぶううう!が、ガな、だっ!っげ、うぅううううっ!」

  「セラ!そうおもわない?強くなったんだよ、私!」

  「う、っぐ、っけほっ、げほげほげほげほっ!おう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぇっ」

  暴れたセラは何とか獣化カナタの腕から逃れたが、脱力してしまい逃げることはかなわなかった。その場に膝から崩れ落ち、床に向かって激しくえずきながらなんとか呼吸を整えようとする。獣人と化したカナタは、笑いながらそれを見下ろしていた。

  「まあ、セラはまだニンゲンだから、臭いよね」

  「っは、はあああっ、ああ」

  「せーら」

  「んむうう!」

  肉球が膨らんだカナタの獣の手が、膝立ちのセラの顔を包み込むようにつかみ、立ったまま上半身をかがめてゆっくりと獅子の顔を近づけてきた。セラは涙目で、なるべく臭気が鼻に入らないよう、口で浅い息を繰り返し、近づくカナタの顔を凝視していた。目じりは柔らかく人間の名残があり、表情がわかるのが余計に惨たらしい。

  「ああ‥‥セラのにおい、ひさしぶり‥‥」

  ばふんと大きな鼻が、乱れたセラのプラチナブロンドに突きこまれる。ぐるるるる、とのどを鳴らし、ふが、ふがと頭皮の臭いを嗅ぐライオン獣人。顎周りの鬣がばふんと顔を撫で、また濃密な獣臭を嗅がされてしまい、セラはけへけへと口でむせるように息をする。

  「んー‥‥ああ、はあっ、は、すっごい‥‥」

  「んぐううう‥‥」

  「はあっ、あ、いい、いいにおい‥‥」

  カナタが、荒い息を吐いて、顔を離していった。やっと鬣の臭い責めから逃れたセラは、前かがみだったカナタが背筋を伸ばしていったとき、目の前の光景に目を剥いた。

  ちょうどセラの目線の高さ。カナタの剛毛が生い茂る股間から、ソレがゆっくりと勃ち上がり始めていたから。

  毛むくじゃらの鞘に包まれた、獣の陰茎が。

  まだカナタに両頬を掴まれたまま、震える口を何とか開き、フェロモンで焼かれた肺から言葉を絞り出す。

  「‥‥か、なた、それ」

  「っご、ごめん、セラ。すごい、セラの頭のにおい、すっごいいい匂いだと、おもったら」

  「‥‥」

  「も、もう少し抱っこさせて!」

  半立ちの陰茎をぶらぶらさせて、どすどすとやにわにカナタが近づいたかと思ったら、腰に手を当てられた。

  「スーツ解除」

  本人でなければ解除できないはずの人工の毛皮は、カナタの一言であっさり緩んでぱっくり背中が割れた。ライオン獣人は黄土色の毛むくじゃらの腕を伸ばして首根っこをつかんだ。セラは子猫のようにされるがままだった。

  「よっ」

  ずるりと毛皮の中から引き出されたのは、ブラトップだけ着たほとんど裸の姿のセラだ。少し汗ばんで、カナタほどではないが全身からちょっとだけ狼交じりの体臭を漂わせていた。その臭いをぶるるる、と膨らんだ獣の鼻を鳴らして胸いっぱいにすいこんで、カナタがうっとり呟く。

  「ああ、やっぱ、いいにおい‥‥っ」

  セラは両手で抱えられ、操縦室から連れ出されていた。いわゆるお姫様抱っこの姿勢で抱えられ、脇と胸の鬣の臭気を再び嗅がせながら、カナタは中央船体から左舷船体への通路をゆっくり歩いていく。

  ぐるぐると唸り声混じりに、カナタが申し訳なさそうに獅子の顔に皺を寄せた。

  「‥‥ごめんね。久しぶりにセラのにおい嗅いで、直接触れられて、嬉しくてはしゃいじゃった」

  嬉しそうに笑って、しみじみ呟くカナタの顔を、臭いに脳を焼かれたセラが見上げて、ぽつりと口を開いた。

  「あつ、い」

  「へっ、ああ、ちょっと、毛深いしね」

  「毛深い、どころじゃないわよ、バケモン‥‥」

  「っはあー、直接言われると、やっぱ、クるなぁ‥‥だよね、バケモンだよね」

  「風呂にも、入らないで、脇の臭い嗅がせてちんこおったててる変態だから、バケモンっつったのよ‥‥」

  「うっ」

  セラが睨みつけたら、黒い鬣のライオンが肩をすくめた。中央船体から左舷船体への通路は、通常は船体境目の隔壁が下りているはずなのだが、開いていた。カナタは左舷エアロックからここを通ってきたようだ。

  獣人はエアロックを通り過ぎ、カナタの個室であるK1に入る。そこでセラはベッドの上に横たえられた。

  「狭い、かな」

  セラを壁側に押し込め、でかいライオンが身体をのっそりと重ねてくる。シングルサイズのロフト付きベッドはたちまちぎゅうぎゅう詰めになった。狭い空間に獣の臭いが充満し、操縦室の時よりも臭いとフェロモンの濃度が上がる。

  「むわっ!」

  「っは、こうしてると、なんか捕食してるみたい」

  「守り人に洗脳されて、どんな恐ろしいことをしてくるかと思ったら、くっさい脇の臭い嗅がせてくるだけの変態ライオンになってたわね」

  「あ、ちょっと元気になってきた」

  「鼻が、バカになっただけよ」

  強烈な臭いも嗅がされ続ければ鼻がそのうち慣れる。当初こそ、猛烈な雄フェロモンと汗と垢の変質した獣臭の混じった激臭にめまいまで起こしていたセラだったが、浅い呼吸で我慢すれば喋れるくらいには慣れてきていた。それでもまだ、まともに臭いを嗅ごうとすれば、全身がしびれて脱力するぐらいの威力はあるのが、今のカナタの体臭だ。

  くさいと言って睨まれたカナタは、ベッドから降りて狭い通路にみっちりと座り込んだ。ベッド上に残ったのは、下半身は何も履かず胸を覆う白いブラトップだけのセラ。ぐしゃぐしゃになったプラチナブロンドを流したまま、脚をそろえて横向きに閉じ、カナタを睨みつけている。

  「最後の通信で一緒になるといったわね。どういう意味」

  「‥‥こうする」

  いうが早いが、カナタはセラの閉じた足を強引に開く。

  「っちょ、カナタ!」

  「がう」

  抵抗する暇もなく、ぬちゃぬちゃの涎まみれの舌が、セラの陰唇をぞろりと舐めあげる。

  「んんんんんん!」

  「くさい、っつた、おかえひ」

  「やめ、やめて、やめなさ、はうううううう!」

  べっちゃべっちゃと厚くて熱くて大きな舌が、たっぷりの唾液をセラの蜜壺に塗り付け、ぞるぞるぞるぞると舐めあげる。敏感な粘膜を上から下までまんべんなく刺激され、セラの全身がわなないた。

  「せらの、ここ、すっごい、いいにおい‥‥」

  「っはああ!や、やめ、っはあうう!く、くりっ、くりべちゃべちゃしないでええええ!」

  「っふへ、こんな、ふうひ、みだれんだ、せら」

  「ばかぁあああ!ああ、ああ、あああーーーー!」

  刺激を受けて足が閉じようとするが、もふもふと鬣を叩いただけだった。暴れるセラをものともせず、カナタ変じたライオン獣人は、濃厚なクンニ責めを続行する。セラは必死にあえぎ声を我慢しようとするが、ざらざらの猫舌で敏感な陰唇内部からクリの包皮までを舐めあげられると、全身がしびれて思わず声が出てしまう。そして大量の息を喘ぎで吐いてしまったセラは、ひゅううう、と深く息を吸い込むことになるのだ。獣臭と雄のフェロモンがたっぷり含まれた空気を。

  「っず、はああ!から、からだっ、あついよ‥‥なにこれぇ」

  「うふ、んん、ん‥‥」

  「ああ!あ!」

  ライオンのクンニ責めは止まらない。ざらざらの舌による、ねちっこい責めもさることながら舌や頭の動きに合わせてうごめく鬣が、黄土色の獣毛が生えた二の腕が、敏感な太ももの内側をちくちくこすって刺激し、下半身にぞくぞくと甘い痺れを送り込んでくる。セラの腰から下を、全身を使って愛撫して必死に愛液を掻きとり舐める黒い鬣のライオン獣人。友人が変わり果てたその姿に悲しさがあふれるものの、ざらつく舌でクリの包皮をぐりんぐりんと嬲られれば、全身から快感がはじけてどうでもよくなってしまう。

  「はああああっ!だ、だめっ、やだ、舐めるの、舐めるのやめへぇっ」

  早くもぶるぶるとセラの腰が震え始める。それを感じたカナタは、ぞるるるる、ぞるるると舌の速度を少し上げ、快感をどんどん育て大きくしてゆく。

  「ふああああ!な、なにこれっ、なんか、なんかおかしい、おかしいっ、これ!」

  「ん、んっ、んん」

  「こんな、こんなあっさりぁあだめ、いぐ、いっちゃう、ああ、あああ!いぐ、いぐうううううう!」

  ぶしっ!

  「がうっ」

  「ふっあああああああぁんっ!」

  セラは絶頂の瞬間、潮を吹いてカナタの顔面を汚す。獣と雄の臭いに加えて雌の臭いまで纏うことになった獣人が、嬉しそうに目を細めた。

  「ふは、セラってイクときあんな感じなんだね」

  「は、はあっ、う、うっさい、さんざん、あんただってオナニーして、だらしなく叫んでたのに」

  「覗き見してたんだよね。やーらしっ。っは、はぁー。やっぱいい匂い」

  フウフウと鼻から息を吐き、カナタの呼吸がどんどん荒くなってきている。ギラギラとした目でこちらを見てくる獣面からふと目をそらしたセラの視界に、アレがまた飛び込んできた。猛々しくそそり勃ったケダモノの陰茎が。

  カナタもセラの目線に気が付いたか、中腰で立ち上がるとベッド上のロフトを押し上げて格納し、白いシーツに上がってくる。

  「おいで」

  「い、いやっ」

  そしてぐったりしたセラの首の後ろに手を回す。

  セラは逃げようとしたが、雄フェロモンに侵されたうえ絶頂直後の震える体では身じろぎするのが精いっぱいだった。

  生臭い獣の息をはあはあ吐きながら、目を大きく見開き、黒い頭髪が変じた鬣をブワリと広げ、口を大きく笑みの形に開けて、カナタがセラの顔を覗き込んできた。

  「ねえ、セラ。わたし、わたしもう、がまん、できなくてさ」

  「なにが‥‥!」

  「セラ見えてるでしょ。わたしのおちんちん。もう、さっきからびくびくしてて、もう痛いんだよ」

  「一人で男みたいにやってよ!」

  後ずさるセラだがすぐに枕もとのコントロールパネルに背中が当たって動けなくなる。カナタはにやにや笑いながら暑苦しい獣の体をじりじりと寄せてくる。

  時折獣臭い唸り声が混ざりはするものの、声はまだ元のカナタのままなのだ。凛々しかったパイロットの姿が惨めに変貌した獣の姿と重なり、セラは性欲に淫らに歪んだカナタの顔を睨みつけ悲鳴をあげた。

  「い、いやだ、寄らないで、寄っちゃだめ!」

  「そんなこと言わないでよ。さわってほしいの。セラにさわってほしいの、わたしのからだ。わたしのおちんちん」

  「女の子ベッドに誘うなら風呂ぐらい入ってから言いなさいよ‥‥!」

  「まだ冷静なふりする?セラだって体ひどいはずだよ。私のにおいずっと嗅いでるんだもん。体疼いちゃって大変だよね?ブラトップにそんなに乳首浮かせて、クリだってすごい起ったままだし」

  「うっさい、この、ケダモノが」

  「ぐふふふ。私王様なんだよ。何でもお見通しだよ」

  「バカじゃないの!あっさり、あいつたに、洗脳されて、やめ、やめなさっ、ふああああ!」

  カナタの指がセラの股間をくちゅくちゅかき回した瞬間、セラはのけぞり絶叫する。カナタはそのままもう片方の手でブラトップを力任せに引きちぎった。ぶるん、とまろび出たのはセラのすっきりした顔つきによく似合ったもみ心地のよさそうな小ぶりの乳房。獣は嬉しそうに牙を剥くと、なまぐさい唾液をたっぷり纏わせた猫舌で、固くしこり切った乳首をじゅるりざらざらと舐めあげた。

  「あああああああ!」

  セラがプラチナブロンドを揺らし再び絶叫する。壁に体を押し付けられ、むさくるしい獣に覆いかぶさられるように胸と股間を攻め立てられるセラ。カナタの頭頂部の黒い鬣から漂う、獣臭い汗と頭皮の皮脂の臭いが鼻腔を犯す。むろん、雄のフェロモンたっぷりのそれが。

  「うううううう!っぐ、ふむうう!ううう!」

  「はは、ぷりぷりの乳首、おいっし‥‥舌で、転がしてるだけなのに、私の舌にぞくぞくくる‥‥ちんちんにぎゅってくるぅ‥‥」

  「ああ、いやぁ、おあ、おっぱい、そんな、べちゃべちゃにすんなぁ‥‥ふああ、ああっ」

  「じゅ‥‥んん‥‥っぱ、んんふ。ぐっちゃぐちゃだねセラ。顔まっかっかでエッチだよ」

  「う、うっさいケダモノ!はうううううううう!」

  「王様に暴言を吐く奴はこうだー」

  股間を弄っていた手も持ち上げると、カナタは手のひらを広げ荒めの皺が覆う肉球を、セラの乳首の先端でさわさわさわさわ動かして刺激した。突如襲った激感にセラは身もだえして叫ぶが、獣の手が追いかけてきて乳首の先端から脳みそを痺れさせられる。そのうち刺激に慣れてきたら今度はごつい指がくりくりきゅうきゅう乳首を転がし始め、セラはぎゅんぎゅん全身を突き刺す刺激にベッドの上で跳ねあがるように悶えてしまう。

  「よおくぐちゃぐちゃにして逃げられないようにしなきゃね‥‥もう一回イこう、セラ」

  「はあああ!っば、ばかじゃな、ふぎいいい!っは、っは、はああああ!あああ!だめ、だめええ!うそ、うそ、わた、わたしっ、おっぱ、おっぱいだけで、おっぱいだけで、いっちゃう!」

  「きゅんきゅん、きゅんきゅん、ほら、すっごい感じてる。くっさい私の、ライオンのにおい嗅いでゾクゾクしちゃってるから、いけるよ。ほら、ほーら、いっちゃえ、いっちゃえ」

  「あああ!ああああああああ!っぐ、ふあああああ!」

  「いっちゃえ。いっちゃえ。ほーら。きゅんきゅんくりくり」

  「うそっ、いやだ、やだ、いっちゃう、おっぱいだけでいっちゃう、ああ、あああ、ああああああああああああああああ!」

  「それ」

  絶頂に間髪入れず、獣の指が触れられずにいた陰核を追撃でひねり上げる!

  「んぎゃああああああああああああああああああっっ!!!!」

  ビクビクビクビクビク!と激しく痙攣し、セラは壁にぶつかるようにもたれかかる。ぜーはーぜーはーと臭いなんか関係ないくらい激しい呼吸をして、快感の残滓でガクガク体を震わせている。まるで大きな猫のように獲物をいたぶり、憔悴させ切ったカナタは、満足げな顔で笑った。

  「もう、これで抵抗できないよね‥‥」

  「は、はああー、あっ、っぐ」

  「ねえセラ‥‥もう、我慢できないの」

  カナタが、セラの目の前で胡坐をかく。そしてカナタの首根っこに手を伸ばし、ぐっと引き寄せた。

  「ねえ、相手して。わたし、疼いちゃってダメなんだ」

  股間の黒い剛毛から立ち上がるのは、獣の陰茎。顔面ごと強引にそれを近づけられるセラの肌に、それが纏う熱が伝わってくる。必死に息をしないよう、セラは口をつぐんでいた。あの臭いを嗅いだら、おしまいだ。そう思ったから。

  「うううっ!」

  「セラ。して。わたしもうだめ。やってくれなきゃ、たぶんひどいことする」

  掴まれる首根っこに、ちくりと刺激が走る。カナタが爪を出したのだ。だらしなく緩んだ顔のなかで、目だけが肉食獣のようにギラギラとこっちを見ている。

  「におい、かいでよ」

  「~~~~~!」

  ぐいん、と陰茎が振られる。黄土色の毛皮の鞘に覆われたそれは、黒い陰部の獣毛の中から突き上がるように屹立し、先端からは少しだけ赤黒い亀頭の肉を覗かせている。必死に息を止めるセラだったが、ぐいぐいとカナタに強要されるがまま、鼻先まで陰茎に近づけさせられていた。

  「ほら」

  「むぐううう!」

  ぶに、と鼻に熱い熱い肉が押し付けられる。必死に息を止めるが、もう酸素が残り少ない。涙を浮かべ必死にカナタの顔を見ようとするセラだが、胸元の鬣しか見えない。

  そんな表情のわからない獣の王が、そっと空いた手を胸元に伸ばしてきた。その先には、固くしこった、乳首が。セラは必死に体をよじって逃げようとしたが、獣の腕は力づよく、体を起こすことなどもうできなかった。鋭い爪が飛び出た人差し指がゆっくりと、震える乳首に近づいてくる。涙目で口をつぐんだまま必死に訴えるセラだったが、王様はもう我慢してくれなかった。

  「んぶううう!んんんん!」

  「せーら。観念、しろっ」

  ちきっ!

  「ひぎゅううう!!」

  敏感な乳首に、鋭いネコ科の爪の先端を立てられて悲鳴と同時に思い切り息を吸ってしまう。呼吸を止め我慢し続けた肺は、持ち主の意思などお構いなしにものすごい勢いで空気を吸い上げる。これまでの鬣とは比べ物にならないほど濃密なフェロモンを含んだ陰茎の激臭を!

  「っぶ、ぶごっ、う、ぶぐっ」

  セラの背中が大きく脈動している。痙攣しながらすさまじい雄の臭いに侵食される。熱気と湿気を伴って、肉の鞘の隙間から濃厚な雄フェロモンを揮発させているカナタの陰茎。鼻先に押し付けられ豚鼻のように顔をゆがめられながら、セラは頑丈な獣の腕で頭を抑え込まれ、すさまじく濃厚な臭い責めの刑を施される。目は泳ぎ涙が噴き出し、口が勝手に開き始めた。

  「舐めて」

  王は息も絶え絶えな獲物の様子に飽き足らず、舌を垂らして更なる苦行を命令する。

  「ああ、きれいな女の人を襲う男の人の気持ちがわかった気がする。すごい、ぞくぞくくる。その嫌そうで悔しそうな顔、すっごいちんちんにくる‥‥やばい、わたし、おんななのに、おとこのひとみたいにきもちよくなりたい」

  「はあ、ああ、ああああ‥‥」

  「舐めて、皮剥いて、きれいにして。いっぱいなめて」

  いやだ。ぜったいにいやだ。そう思いはするものの、セラはもう目の前の肉棒から目が離せなかった。あの雄フェロモンを吸い込んだ直後から、脳みそがしびれたように思考がぼやけ、目の前の刺激物しか見れなくなっていた。カナタの声が耳から入り、頭のすごい奥で響いている。くちがゆっくりひらき、目をいっぱいまで見開いたまま、舌がタレ、涎がだらだらとあふれ出す。獣の手が、開いたセラの口に、少しずつ亀頭を差し込み始めた。熱い肉が、舌の上に乗る。ぼうぼうと音を立ててフェロモンが揮発しているような錯覚に苛まれるまま、セラは口に王様の陰茎を突きこまれた。

  「ぶごおうううううっ!」

  悲鳴を上げたがもう手遅れだ。硬い獣毛が生えた包皮は、唇に引っかかり、強制的に口の中で皮をむき始める。すこし皮がむけた瞬間、さらに強烈なフェロモンが噴き出してきた。

  「っぶはあああ!」

  「うっは。セラすっご。びくびくしてる」

  さすがの激臭に王様の手を振り切り陰茎を口から吐き出したセラが見たのは、剥けた皮の端に黄ばんだ恥垢をたっぷりと覗かせた異形の陰茎。そのおぞましさに背中に怖気が走るが、おびえる獲物の顔を見て喜んだかのようにぐるぐるのどを鳴らしたカナタは、また無慈悲にその恥垢まみれの陰茎をセラの口に突っ込む!

  「がぶうううううう!」

  「ほら、ちんちん、きれいにしてよ、せらっ‥‥」

  舌の上にごろごろと塊が転がってくる。それを舌先でつぶしてしまうと、獣臭と海産物のような生臭い臭気が同時に噴出してくる。

  「いっかいだして、そのまま戦ってきたから、皮の間で精液のカスが蒸れちゃって、すごいでしょ‥‥ああ、くちびる、ぞくぞくくる‥‥きもちいい‥‥」

  「っげ、おぶっ、ぶぐっ、むぐううう!」

  「ねえ、このちんちんさっき生えたんだけどさ。ほんとは大人になるまで時間かかるじゃない?だからさ、20年かそこら分一瞬で出来上がってるから、間に入ってる垢も20年分だと思うよ」

  「んむうううう!ううううう!」

  「もっと、もっとなめて‥‥ねえ」

  もとはクリトリスだった肉の塊が、猛烈な勢いで細胞分裂と代謝を繰り返した結果、カナタの陰茎と包皮の間にはすさまじい量の恥垢が貼り付いて層をなしていた。おまけにそこへカナタの体臭と陰茎化直後に射精した精液がしみ込み、その状態でさらに屋外で戦闘までしてきたのだ。シカの背にまたがったから彼らの背にこすりつけられて雑菌もついたであろう。なので出来上がって1日もたっていないはずの陰茎は、それらの要因が重なって強烈な激臭を伴う恥垢にまみれていた。

  「おぶうううっ、っぐ、おごっ、ぶ」

  セラは目を剥いて必死に吐き出そうとするものの、後頭部を押さえつけられて無理やり口に陰茎を突きこまれる。包皮に生えた毛のせいで大きく口を開けてもどこかに引っかかり、ピストン運動するたびに必ず包皮が捲れ中から中から恥垢が塊でごろごろ転がり出てくるのだ。生肉が腐ったか、あるいは濃厚すぎるチーズの臭いか。たんぱく質が分解され変質している強烈な臭気が口の中からセラの尊厳をぶち壊してゆく。きれいなプラチナブロンドは獣の手でつかまれたせいですっかりぐしゃぐしゃになり、涎と汗と涙で顔はぐちゃぐちゃだった。そしてさらにその顔は、陰茎周りのベタベタの剛毛に無理やりピストンさせられるたびに押し付けられるのだ。キメの細かい頬にも、ヨれたプラチナブロンドにも、鼻の孔にも黒い縮れ毛を何本もつけ、獣の腕でイラマチオをさせられて、臭い臭い恥垢を唾液と共に喉の奥へ獣ペニスで送り込まれる。中も外も獣の臭いで汚されながらうつろな目で陰茎を咥えるセラを、カナタはカナタでだらしなく舌を垂らし、ベッドに壁に生臭い涎をまき散らして、陰茎から生じる快感に歓喜している。

  「あ、ああっ、そう、すっごい、すっごいきもちい、きもちいいっ、っは、ああ、ああっ、あ、ああ‥‥」

  「んっ、おぶ、っむ、じゅぶ、ぶうぶ」

  セラの頭がリズミカルに揺らされ、カナタも自分で腰を前後に振り始める。飲み込めきれなかったボロボロの恥垢は頬に入り、口が動くたび少しずつ潰れて延々と臭い責めでセラを苛む。おまけに口を占領している陰茎のせいで鼻呼吸だ。臭気はすべて嗅細胞の上を通り、獣臭に紛れた雄フェロモンごと脳につながる神経線維に染みわたってゆく。そして押し込まれるペースは次第に一定となり、カナタの口数は減り、喘ぎ声が響き続ける。

  「あっあっあっあ、ああ、あっあ、んんっ」

  「んぶっ、ぶぶぶ、ぶ、んん!んぐううう!」

  口いっぱいに咥えた熱い陰茎が、段々と固くハリを増してきた。今まで喉奥につきこまれていたそれは、ある程度柔軟に形を変えていたのに、固さが増した結果喉に突き刺さるように粘膜を引き延ばし、気道を変形させ始める。

  「んぐううう!っぐっぐうぐうううううううううううう!」

  「わっ」

  痛みが走りバタバタと急に暴れ始めたセラをみて、カナタが獣の手の力を少し緩めた。すっかり恥垢が取れてピカピカに磨かれた陰茎を、その長さの半ばほどまで突き込み、射精に向かっていく。セラは涙目で、陰茎を咥え続ける。カナタの腰がぶるぶる震え、陰茎はますます固く張りつめてくる。

  舌を垂らしたカナタが、嬉しそうに叫ぶ。

  「あ、ああっ、あ、で、でる、でちゃう!」

  「んむううう!うううう!」

  「だめっ、のんで、くちにだすからっ、のんで!すっごい気持ちいの来た、ああ、ああっ、でる、でちゃうっ」

  「ふむううう!うううう!ううう!うぐ、ぶぶうう!」

  「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あああああああああああああっ!」

  びょびゅうううううううう!びゅるるるるっ!ごぼぼぼぼぼぼぼっ。

  「んぎゅうううううううううんびゅるばぶぶぶあばぶっ!」

  すさまじい量の精液がセラの口腔で暴れまわり、閉じたのどから鼻へと逆流する。くぐもった悲鳴は途中から粘液の泡立つ音が混じり、鼻から口からびゅるびゅると白濁液が漏れ噴き出し、押し付けられた股間の獣毛にしみこんでモップのようにセラの顔に塗りたくられていく。プラチナブロンドにも頬にも胸にもベタベタの精液がしみ込んでゆく。こぼれた精液はシーツに落ち、青臭い匂いを揮発させ始める。セラの口にこれでもかと精液をぶちまけたライオン獣人は、ああ、とうっとりしたため息をついて、ずるりと口から肉棒を引き抜く。

  「っげ、げほっ、っげ、うお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぇっ」

  壁にもたれかかり、えずく裸のセラの前にしゃがみこみ、カナタは両足を引っ張ってシーツに横たえる。シーツにこぼした精液が背中のしたでねちゃねちゃと音を立てた。

  「ぐるううう‥‥」

  「かな、た」

  セラが潤んだ目でカナタを見つめていた。度重なる絶頂と臭い責めで体力も使い果たしたか、すっかり抵抗の意思もなくなり、半開きの口から精液と唾液と恥垢の残滓の混合物を垂れ流している。顔にはカナタの陰毛が精液で貼り付けられているし、カナタが舐めしゃぶってケダモノ臭い唾液まみれにした胸には吐き戻された精液までこってりまぶされて異臭を放っている。そしてカナタの目の前には、しとどに濡れた蜜壺が、銀の陰毛を割り開いて、ピンク色の粘液をこちらに向かって開いていた。そこから漂ってくる雌の匂いに、黒い鬣へよだれが垂れる。カナタはセラの両足を開くと、ぐいぐいと体を押し込んでゆく。太ももに手を回し、腰を持ち上げ、そのぬらぬらの割れ目に、そっと亀頭をあてがう。

  「する、の」

  「‥‥うん」

  ぼろぼろのセラの姿に、またごくりとカナタの喉が鳴った。――――あの、強くて凛々しいセラが、こんなにぐちゃぐちゃに汚されて、うるんだ色っぽい目でこちらを見てる。それをしたのが自分だということに、カナタの胸に罪悪感と同時に暗い喜びが湧いてくるのだ。

  「いくよ」

  カナタは返事を聞かず、赤黒い陰茎を一気に突き入れた。

  ぶちぶちぶちっ!

  「っぐ!」

  「え!?」

  入れたとき、何かを引きちぎる感触がした。セラが唇をかんで、横を向いている。体には汗が吹き出し、びくびくと小刻みに震えている。痛みをこらえている。

  「‥‥セラ」

  「まだ、痛い、からっ、うごかない、でっ」

  カナタにはこれがどういうことかぐらいわかる。

  セラのバージンを、カナタが奪ったのだ。

  「セラ‥‥」

  「な、によ。今更、申し訳なさそうな顔、すんじゃないわよ‥‥いいわよ、どうせこの、星からは出られないんだから‥‥っぐ」

  少し回復してきたか、ぽつぽつとセラがしゃべり始めた。まだ痛みが残るのか、膣がびくびく震えている。

  「使わずに死んだり、得体のしれない化け物に奪われるよりなら、あなたにあげていいんだから」

  「ねえセラ、動いていい?ちんちん我慢できない」

  しかししんみりした空気を読まずケダモノがハアハア舌を垂らす。

  食い気味にバカな問いかけをされて、セラが頬を膨らませた。

  「人の話くらい聞きなさいよ、この、ケダモノ」

  「だって、ちんちん、もう、きもちよすぎて、だめで」

  陰茎にまだ慣れていないカナタにとって、締りがよくて痙攣しているセラの膣は刺激が強すぎた。カナタはハアハアと快感をこらえるので精いっぱいで、セラの話も聞いてはいるが、余韻なんて気にするほどの余裕はなかった。

  「ごめん、もうセラのまんこ気持ちよくてだめ」

  「せめてアソコとか言いなさ‥‥ふふぁああ!?」

  会話途中でカナタが肉棒を引き抜いたので、セラは素っ頓狂な声をあげてしまった。続けて肉棒を突きこまれ、膣肉から沸き上がるゾクゾクした刺激に目を剥く。

  「っはああ、な、なにこれっ、セラの中ざらざらでぶりぶりですっごい気持ちいい‥‥う、うごくよ」

  「ちょ、ま、まって、カナタっ‥‥っはあああああああ!」

  また陰茎が引き抜かれ、セラは腰を震わせた。いままでたっぷり雄フェロモンを吸引したせいで、身体の感度が著しく上昇しているのだ。

  それは初めて陰茎をもったカナタにとっても同じだった。さっき散々舐めてもらったというのに、もうバキバキに固く張りつめ、いつでも2発目を発射できそうなくらいだった。カナタはすっかり雄陰茎の快楽に酔い、激しく腰を使い始めていた。

  「ああ、せらっ、っきもち、いい、せらのおまんこもわたしのちんちんもっ、すっごいきもちいい!」

  「ふああっ、ああ、な、なに、これっ、おなかが、おなかが、溶けるっ」

  ヒトの形をしたライオンが、毛むくじゃらの尻と尻尾を揺らして、ぐっぽぐっぽとセラのぷりぷりの蜜壺を耕す。甘い声で鳴くセラの口を、カナタの生臭い口がふさぎに行く。じゅばじゅばと大量の唾液を出し入れし、熱い舌を絡めて口からも快感を響かせる。

  「せら、せらぁ‥‥」

  「ん!んん!は、はあっ、やばい、きもち、いい」

  「あは。気持ちいい?やった」

  「きもちいい、わよ、悔しいけどっ、んっ」

  「なんで?」

  「得体のしれない、生き物に呼ばれて、こっちまで、獣にされてっ、は、なんで、女同士で、セックスさせられて、あああ!き、きっ、きもちいなんてっ」

  「あきらめなよ、せらぁ。私も最初嫌だったけど、もう、戻れないのわかっちゃったし、なんとなくさ、わたし、これで、いい」

  「あっさり、とりこまれちゃって、ちくしょう、んんんんんんっ!」

  「せらだって、もう、変わってるよ?」

  「なに、おぶっ」

  カナタがセラを抱きしめると、ぐるりと抱きかかえてシーツの上を転がり、今度は自分が下になった。挿入したまま。そしてセラの腰をつかんで、自分の腰の動きと合わせてガツガツと下からセラの膣を突き上げる。

  「っふ、ああああ!な、なにこれ深いっ、っちょ、ちょっとカナ、カナタっ!」

  「セラさ、私たち誰に呼ばれたか、知ってるよね」

  「しってる、わよっ、ここの守り人に、蟲と戦うためにっ」

  「後でハカセ再起動したら調べてみなよ。守り人なんて、誰も言ってないから。少なくともセラには」

  「はあ?な、なにいってっ、はああああ!」

  「いつの間にかドローンのことも蟲って言い換えてるでしょ。セラももう改変されてるんだよ」

  「そ、そんなっ、そんなぁ」

  「ああ、すっごい、ちんちん気持ちいい‥‥わたしもうずっと雄でいい‥‥」

  「っは、はあ、そう、ねっ、そんな立派な、鬣生やしてっ、はあああ!」

  「ねえ、ツガイになろうセラ。セラもライオンになろうよ」

  「や、やだっ、そんな、くっさい、ライオンなんてっ」

  「夢で見たんだ、ぐううっ、わたしがっ、雄になって、セラに、種付けすんのっ」

  「うそっ、そんなの、そんなのっ」

  「ちょっと、せつめい、しようか‥‥っは、はあ‥‥」

  小休止とでも言わんばかりに、カナタがいっとき腰ふりを止めた。全身から汗をながし、甘酸っぱいにおいを漂わせて。カナタはおもむろに鬣の臭いを嗅ぐ。いや、顔の汗をぬぐったのだ。

  「セラの推定は当たってたよ。ウイルスのこと。あの守り人から聞いた」

  「な、んですって‥‥はうう」

  ピストンはやめているがカナタはときおりセラの腰をつかんでぐりぐりと串刺しにした陰茎に押し付ける。最奥をぐりぐりやられてセラはのけぞって悶えた。

  「‥‥あの小さなシカが、守り人で一番のやり手の巫女なんだって。シャーマンって言ったほうがいいのかな。強い祈りで奇跡を起こすの」

  「祈り?祈りって、そんなことで運命を?」

  「それでさ、私をライオンに変えたの。ウイルスって単語は知らないみたいだったけど、聞いてる話だと最初に熱だして倒れた時に感染して、身体を作り替えたって」

  「あまりうれしくもない答え合わせだわ‥‥あああっ!やめて、ま、まじめな話してるのに、あ、ぐりぐり、しちゃだめえっ」

  「ちんちんちっちゃくなるから、だめー。‥‥でさ、このウイルス、潜伏場所が生殖細胞らしくてさ」

  「‥‥っは?」

  「本来生殖行為で感染するっぽくてさ。精液にもたっぷり入ってる。私がこのままナカ出しすれば、セラは確実に感染するよ。‥‥ああ、もう口から飲んだから、消化器官に感染はしたね」

  その一言にセラが目を剥き、しばしの沈黙の後で盛大な溜息を吐いた。

  「‥‥こうくるかクソッタレ」

  「ワクチンも結局改造の際の炎症を穏やかにするって感じだし?私はウイルスでバイタル赤になるくらい改造の消耗激しかったけど、セラはゆっくり熱も出さないで改造終わるんじゃないかな」

  その静かな変貌はそれはそれで地獄かもしれないのだが。

  セラはこめかみを抑える。守り人のシナリオ立ては相当入念だったようだ。

  「‥‥そこまでおぜん立てされてたのね。二人目に負荷かけないようにとか」

  「私のことはドローンの記憶を読んだみたい。父さんの、探検隊の記録、あれ蟲の全個体で人間のサンプルデータとして保管されてるんだってさ」

  「なんて、こと」

  「ここら辺の蟲だけみたいだけど。そうなればこの星って、父さんが死んだ星に近いのかもね」

  「‥‥それでカナタを。私たちを知って、喚んだって?」

  「うん」

  「そんなんならその願いであの蟲共追い払えばよかったのに」

  「その願いの一環だって」

  「はた迷惑な‥‥」

  セラはふううう、と乳房を揺らして大きなため息をついた。つまりはあの蟲共をどうにかするまでは絶対にこの星からは帰れないのだ。いや、もしまた蟲が飛来したときのために、ずっとこの星にいることになるのだろう。そう理解した。

  「‥‥じゃ、続きやるよ」

  「ち、ちょっと、まだ」

  「待たない。セラ考えこむと長いからもうこの話おしまい。セラは私が変えちゃうから」

  「まっ」

  すぐんっ!

  「はううっ!」

  突き上げを再開したライオン獣人はセラの制止も聞かずばちゅばちゅと水音を盛大に上げながら腰を振り続ける。

  「あ、ああ、ああ、あ、あ、あ、ああ、ちょ、いきなり、はげしっ」

  急に絶頂手前まで一気に押し上げられたセラは、胎の奥から甘い痺れが広がりだすのを感じていた。

  「ああっ、だめえ、まだ、まだはなし、ぜんぶきいて、ないっ」

  「それはあと!ねえ、つがいになってよセラ!王様とお妃だよ!私とハレムつくろう!二人だけのハレム!もう帰れないなら、私たちは帰れなくても、子孫を残そうよ!だれか、きっといつか、見つけてくれるから!守り人の願った運命は私たちが叶えればいいから!」

  「はああ!?んはっ、あ、そんな、いきなりっ」

  「わたしはもう決めたよ!ねえ!せらっ」

  鬣をぶわっとベッドに広げ、毛むくじゃらの腕をやさしく腰に回す、とてもやさしくて、とてもけものくさいライオンが、カナタの声と目で、真剣にこちらを見つめている。

  ピストンが止まった。セラの返事を待っているのだ。

  「‥‥あ」

  「‥‥」

  カナタが、大きな鼻でふうふう息を吐いて、セラの答えを待っている。ぎゅうと子宮に押し当てられた陰茎が、時折、くん、とうごめく。そのたびにぞくっ!と背骨を通る甘い刺激。

  胎で渦巻く快感が、セラの回答をせかす。‥‥もう、地球に帰れない。女同士でつがいになろうとしている。衝撃的な出来事ばかりだが、セラの頭の中では答えは出ていた。

  「‥‥い、いいわよ。ただし」

  「やった!」

  ぼっごん!

  「かはあっ!」

  はしゃいだカナタが子供のように叫んで力任せに腰を跳ね上げさせる。このくせえライオンはオアズケさえできない。“ただし、おちついて”という7.8文字すら言わさせてくれずぼこんぼこんと大きなストロークで腰を使われ、花嫁は絶叫する。

  「や、やあっ、あ、あ、あ、あ、つ、つよっ、つよすぎっ、ああ、あ、やだっ、ちんちん、ちんちんが、おっきく、おっきくなって、やだやだやだ、だしちゃだめ、だ、ださないで!」

  「いいって言ったよね!やだよいっぱい出すから!セラのおなかにたっっぷり注ぎ込んで奥さんになってもらうから!」

  「ちがうこわれちゃう!いまだされたらこわ゛れる゛ううう!あ、あそこ感じすぎて、ああ、あっ、ああっ、あ、あ、あ、あ、あ、あああああああ!だ、だめっ、カナタ!」

  「ぶっこわれてよ!わたしといっしょにぶっこわれようよ!ケダモノになろうよせら!ほら、ほら、ほらあ!」

  がつんがつんがつんと一心不乱に腰を振り、カナタの腰が震え始める。間もなく射精される。

  「いぐ、いぐよっ、だすよ、だしゅよ、ああ、ああ、ああああ、いぐうううう!」

  ぼびゅるううううううう!びゅううう!

  「はああああああんっ!ああ、おうぁ、ああ、っひ、ひぎゅ」

  体内奥深くに突き込まれた赤黒い雄陰茎から、精液がまたたっぷりとセラの体内に注ぎ込まれた。衝撃で、セラは甘イキをびくびく繰り返す。

  「っふ、せらぁ」

  カナタが、陰茎にくし刺しにされたまま震えるセラに手を伸ばしてだきよせる。陰茎を突っ込んだまま。

  セラの頭はまたもカナタの黒々とした鬣に預けられた。すえた獣臭と共に濃厚な雄フェロモンがじっくりセラの脳を焼く。

  「ン‥‥」

  なんどもなんどもなんどもこの獣臭‥‥あらたなカナタの体臭を嗅がされて、そしてつがいになるという原始的なプロポーズを受け入れて、セラにはなんだか、この匂いがほんの少しだけ好ましいように思えてきていた。遺伝子的に相性のいい相手の匂いは好ましく感じるというが、すでにウイルスの遺伝子改変が始まったのだろうか。‥‥さっきカナタの特濃精液で鼻うがいさせられているし、嗅細胞の改変が起こったとしたらあり得る話だ。

  ‥‥それでも脇とか鬣の裏、首筋あたりから漂う酸っぱい汗の臭いだけは変わらず感じるので終わったら風呂に入るなりして早くどうにかしてほしい。セラはそう思う。

  「ふあああ‥‥あああ‥‥」

  そんな汗臭いライオンはたっぷり出して満足したのか、気持ちよさそうな声を出してぐるぐるのどを鳴らしていた。

  ――――ずるんっ

  「うっ」

  少し萎えてハリがなくなったか、カナタの陰茎がセラからぬちゃっと抜けていく。ごぼごぼと流れ出す大量の精液と一緒に。

  「‥‥」

  体内に入っていた大きな存在がなくなって、なぜか喪失感を感じたセラは、だきしめられたままカナタの乳首をかりっ、と引っ掻いた。

  「んはうっ!」

  カナタのそれはボリュームのある胸毛に覆われているが、まだ女としてのふくらみをわずかに残していた。乳首だって退化していないので、キイチゴみたいなおっきな乳首が、獣毛の間から飛び出ているのだ。‥‥カナタに見せてもらった日本のオニみたいだ。

  そのでっかい雄乳首を、セラは指先で転がす。カナタがバカみたいな咆哮をあげた。

  「はあ!あ、な、なにセラっ、それすっごいエッチ!」

  「‥‥ねえ、だんなさま。まだ私にちんこあたったままだけど。するの?したいの?」

  「え、えっ」

  「ど・う・な・の・よ」

  かり・かり・かり・かり・かりっ

  「ふああ!ぐあ!っせ、す!すっごい!」

  「どうなの」

  「‥‥えっちしたい」

  「エロライオンが」

  セラは少し体を起こすと、顔を乳首に寄せて、でっかいそれに、にゅるん、と吸い付いた。

  じゅ!

  「あひいいいい!」

  「ひゃあ、じゅぶ、んっ、さっさひょ、んん。ちんこ、れうれうれう‥‥でっかくしろっ‥‥」

  かりかりかりかり!

  「んうっ!ううっ!んんん!」

  空いた手でもう一方の乳首を刺激されて、ごつい雄ライオンが情けなさそうに眉間にしわを寄せて悶える。

  「ど、どうしたのセラっ、なんか、きゅうにエロいっ!はう!」

  「っふ。ン‥‥じゅぶ。‥‥はあ。私もそのうちライオンになっちゃうんでしょ。この姿であなたを抱けるの、そんなにないと思ったから」

  「せら‥‥」

  獣面カナタがますます申し訳なさそうに情けない表情になった。それを見てセラがやにわにでかい鼻をぎゅうう!と掴む。

  「ひぎいいい!」

  「うじうじしたのは嫌いだから。そんな顔しない。王様」

  「ひゃい」

  「やるわよ。徹底的に」

  セラは股間から精液を垂らしたまま、カナタの毛むくじゃらの体の上で乳首を舐め、つま先ではじき、さらに空いた手をねばつく陰茎に伸ばす。

  「っふあ、あああ!すっご、ぐううう!」

  ライオンは嬉しそうに舌を垂らしてベッドの上でドスンドスンと跳ねた。陰茎が手の中でぐんぐんハリを増す。

  「ねえ、せ、せら、ちんちん、また舐めて」

  「‥‥」

  「‥‥せらぁ」

  「王様が情けない声出すなって言ってるでしょ」

  セラは乳首から口を離すと、じんじん震えるそれを指先ではじく。

  「はう」

  「ったく」

  様々な体液と獣毛が絡みついてひどい有様のベッドの上を移動し、セラはライオンの股間に顔をうずめる。赤黒い陰茎は相変わらず獣臭くて、根元に押しやられた獣毛でふわふわの鞘も見た目のファンシーさに似つかない猛々しい臭いを放っている。そしてその下。鞘と同じように獣毛にくるまれた丸いふくらみが二つ‥‥

  「睾丸じゃないのこれ」

  「エロくないよその言い方」

  さわりと撫でたら、びくびくと獣が悶えた。

  「あっあっあっ」

  「元女とは思えない」

  セラはあきれ気味に呟きながら、じゅるん!と、精液まみれのくっさいちんこを咥える。そして掌でもふもふの睾丸を転がしてやる。暑っ苦しいライオンは汗をかきながら舌出して悶えていた。――――さっぱり長身のかっこよかった女子が、なんてザマだろうか。しかし嫌悪感を感じにくいのは、守り人の願いか、それともセラの本心か。

  ‥‥あのバイオスーツの着用訓練で、まっさきにハレムごっこを始めたのは、実はセラなのだ。銀狼の姿で抱き着きに行った。心の奥底でもし、彼女を“そう”見ていたとしたら、そしてそこまで見越して二人で喚ばれたのだとしたら――――

  口の中で熱い陰茎がどんどんハリを増す。根元の包皮の折り返しから漂うフェロモンの分泌も強くなる。涎が口いっぱいにあふれる。

  「あ、あああっ、きもち、きもちいいっ、ああ、ちんこ、いい‥‥」

  「ん、んぷ、じゅっ、むう‥‥」

  ライオンの腰が動き始める。一心不乱に舐めるセラの耳に、遠くから歌が聞こえてきた。

  ようこそ 獣の王

  われら 星にまじなう

  王の歌 いやさかに

  猛き声 すこやかに

  シカ達が歌っている。船の外から。セラの耳にも聞こえた。

  ――――わかったわよ。弥栄に栄えてやるわよ。

  「っぷは」

  バキバキになったほかほかの陰茎を口から出すと、セラは体を起こして四つん這いになり、カナタにお尻を向けて振った。

  「ほら、来て」

  「せらっ!」

  ぐるるる!と嬉しそうにのどを鳴らしながら、カナタが毛むくじゃらの体を重ねてくる。猛々しい臭いと熱がセラを包み込む。もふもふの鬣が、首筋とほほを撫でる。

  ずぬぬぬぬぬ!

  「んああああああっ」

  熱い陰茎がセラの膣肉をかき分け、みっちりと嵌まり込む。全身が震え、充足感にセラはうっとり口からよだれを垂らして悶えた。さっきまで処女だったのに、もうすっかりセックスの虜だ。

  しかしダンナは陰茎の快楽にはしゃいでバカになっている。

  「う、うしろからっ、すごいエッチで、っは、たねつけ、わたし種付けしてるっ」

  「っはっ、パイロット!しっかり、しろっ、IQ、落ちてるわよっ!」

  「だ、だって、おちんちん、はあ、せらの、おまんこで、きっ、きもちいいっからっ」

  「んあああ!っふ、深いっ‥‥おくっ‥‥!」

  ばちゅばちゅと精液溢れる膣に陰茎を突き入れ、全身から獣臭を吹き出しながら、カナタが嬉しそうに吠える。しかし早くも腰が震え始めているのがセラにも伝わってくる。

  「えっ、で、でるのっ?もうでるの?」

  「せらいっぱいなめてくれたからっ、もうずっときもちいいんだもんっ、ああ、あ、でるっ」

  びゅううううう!

  「んっぐ!」

  「はっはっはっ‥‥」

  ガクガクと腰を痙攣させて精液を送り込むカナタ。結合部からはまた大量の精液が流れ出していた。セラはセラで、ねばっこい粘液に子宮頚部をマッサージされて重い快感に目を回していた。

  「せらー」

  獣カナタがのっそりと覆いかぶさり、呼んでくる。セラは何とか顔を後ろに向けると、カナタとねっとり口づけをする。このなまぐさい獣の唾液にももう慣れてしまった。

  「ん‥‥」

  ちゅぷちゅぷと舌が出入りする。鬣が頬を撫で、快感と一緒にカナタのたくましい匂いが鼻に入ってくる。すでにえずくこともなくなり、その臭いに包まれていると安心感すら覚え始めていた。

  歯茎をなぞられて思わずキュッと締めた膣の中、カナタのそれは、まだまだ固く熱かった。セラは四つん這いのまま、右手を持ち上げると後ろから刺し貫かれたままカナタの鬣を揉みしだいた。カナタがガう、と唸ってセラの腰をつかんで持ち上げる。

  「体勢きつくない?‥‥ほら」

  「っはあん」

  刺し貫かれたままひっくり返されて正常位の姿勢に。セラが膣内でうねる陰茎を締め付けてあえぐ。

  見つめ合う姿勢になったふたり。セラが両手を伸ばし、カナタの黒い鬣を改めて揉みしだいた。

  「立派なの生えちゃって、まあ」

  「‥‥セラ、まだ種付けしたい」

  相変わらずちんちんに脳を占領されたままのダンナに、妻は苦笑いした。

  「徹底的にっていったでしょ。して」

  「うんっ」

  ぞろろ、と中で大きな塊が動き出す。ああっ、とセラの喉から勝手に声が漏れた。

  たくましく獣臭い体で覆いかぶさられ、ずんずん重くねちっこい腰遣いで最奥を突かれながら、セラは冷静に、最後の疑問を思い浮かべていた。

  カナタのウイルスがばらまくライオンの遺伝子は、スーツ由来なのでXY、つまり雄のはずである。それが感染したということは、セラの体にばらまかれる遺伝子も雄のはずなのだ。

  ――――カナタと同じように改造されたら、私も雄になっちゃうんじゃないかしら――――

  「せら、せらっ、いっぱい、いっぱいたねつけするから、ねっ、いっぱい産んでねっ、せらっ」

  「う、そ、そうねっ、しっかり、たねつけ、しなさいっ、旦那さま!っはあああああんん!」

  「うん!」

  そこまで考えの及ばないカナタに苦笑しながら、たぶん上手くいってしまうんだろうと諦観まじりの苦笑を浮かべ、セラも額の汗を振り飛ばして、獣じみた喘ぎ声をあげたのだった。

  動力の落ちたいとかけの中で、2人の地球人が絡み合っている。

  周りを取り囲む異星のシカ達。1頭だけ船に近づいているのは、あの小さな守り人だ。

  

  ようこそ ようこそ 獣の王

  はるか そらのかなたから

  われら 星の守り人

  王の姿 あらわるとき

  仇なす敵 そこになし

  ようこそ 獣の王

  われら 星にまじなう

  王の歌 いやさかに

  猛き声 すこやかに

  祝詞はいつまでも風に流れ、王様がこの地に降りてきてくれたことを、守り人に王が生まれたことを祝い続けていた。

  

  いつまでも。

  いつまでも――――

  

  [newpage]

  探査日誌 10日目

  防諜のため、アナログな手段であるが筆記にて記録する。

  本日の探査行程において、貴重な発見があった。

  大型の生物の活動痕跡を追っていたところ、地球の鹿によく似た生物の群れと、ヒューマノイドタイプの知的生命体と遭遇した。

  旧型のバイオスーツでモチーフ用いられていたバーバリライオンによく似た黒い鬣と黄土色の体毛を持ちながら、四肢及び五指を備え、道具を用いて狩猟を行っていた。なお獲物はシカに似た生物ではなくもっと小型のウサギに似た動物であった。

  彼らとコンタクトを試みたところ、なんと旧世紀の英語及び日本語を理解した。彼らの居住地に案内されたが、その理由がすぐに分かった。

  苔むしてはいるが、おりひめ型哨戒艇いとかけである。船体番号から、第21次調査艦隊で遭難した機体と判明した。彼らはその船員の子孫だというのだ。しかし、持参した端末の記録ではこの船の乗員は女性2名であり、純粋な地球人である。子孫を残せるはずがない。よく似た動物型ヒューマノイドのガレア星の連邦加盟はそれより後の時代の32次調査隊の時期であるため、これらの経緯については更なる調査が必要である。

  しかし平和な村だ。深い森と天然の要害である河岸段丘に囲まれ、高台で見晴らしと水はけもいい。それらを睥睨するようにおりひめ型が擱座していて、砲座が現役のころは防衛戦を難なくこなせただろう。

  今私は洞窟にいる。黒い鬣の少女が迎えに来た。これから歓迎の宴だそうだ。なんでも、王に会わせてくれるらしい。手書きは疲れるし文章量が減って困る。だいぶ省いた記述になってしまった。

  続きの記録は帰ってきてから続けよう。

  あ

  あ

  われわれ はまねかれざう  きゃく

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  ある洞窟で見つかった遭難者の遺品の文章である。

  これが見つかった惑星は現在立ち入り制限がかかっており、いかなる着陸探査、通信、光学観測をもすべて禁止されている。本文書でも固有名、座標は非公開とする。

  過去にオリオン連邦加盟前の地球軍による探査が行われた記録があり、この文章の21次調査と推定されている。

  知的生命の活動が確認されるが、上記と同じく詳細については伏す。

  秘匿レベル7。

  

  

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