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薬 ー創世歴 307年 新越国 小満ー

  「待って! こんな[[rb:棘 > もの]]大した事ありません...」

  ウマラの、悲鳴にも似た甲高い声が室に響く。

  「大した事ねぇなら、見せてみろっちゅうとろうが!!」

  怒声に近い咆哮を上げながら、アザミは手を振りかぶる。しかし振り下ろした手は、虚しく空振った。脇をすり抜けたウマラが手を抑えながらじりじり後ずさる。

  「若さま、そんな怖がらんでも。ウチこういうの得意やさかい…安心してぇな」

  小さな[[rb:刀子 > とうす]]をチラつかせながら、侍女のナズナがのんびりした声をあげた。ウマラは珍しくキッと睨みつける。

  「別に怖がってる訳では無い。大仰だと言ってるだけだ。そもそもお前のような魯鈍な者の腕など信用できるか!!」

  「ろどん…てなんやの?」

  とろんとした声でナズナは首を傾げる。

  「〜っ!!」

  「こんなもんっちゅうて馬鹿にしとると、手ぇ腐るぞボケ」

  後ろから難なくウマラを羽交い締めにしたアザミは、そのまま前に抱えて腰を下ろした。

  「離してください!! 必要ない!!」

  抗議の声を上げるも、アザミは構わずその手を握った。

  「痛っ...」

  「膿んできとるじゃろうが」

  「ほらぁ」

  ナズナが手を覗き込む。

  手の甲に小さなに棘が入り込み、その周りが白く腫れていた。

  二日前の事である。急に筍を取りに行くと言い出したアザミ(と、主に[[rb:斐磨 > ヒマ]]族の侍女たち)に同道して、ウマラは慣れぬ笹竹の藪へ入った。密集した薮を掻き分けているうちに刺さったのだろう。

  ウマラが人知れず弄った棘は深く入り込み、今はその端すら見えない。

  「ちぃとばか切るだけやさかい、怖がらんでもえぇですよって...」

  ナズナの呑気な声が、どことなくウマラをイラつかせる。

  「だから...怖がってないと言っているだろう!!」

  「男なら肚すえろ!! ほれ、ナズナ。とっととやれ」

  ウマラの体と手をがっちり抑え込む。

  手に汗が滲んでいる。それは今日が、初夏とは思えない陽気だからという訳では無いだろう。

  「ほな、失礼しますぅ」

  ナズナが気の抜けた声を上げ、必死に抵抗を試みているウマラの手に刀子の先を突き立てた。

  「お前っ」

  プッ...

  薄皮が破れ、黄みがかった白い膿と、続けて少量の血が滲む。

  「あ〜...見えひん」

  刀子はさらに皮膚を裂く。

  「お前得意だと...」

  「せやって…見えひんさかいなぁ」

  おっとりとした声を上げながら、しかし確実に皮膚を裂いている。

  「っ...」

  ウマラが頼りなく息を荒らげた。

  「すぐ終わるけぇ、じっとしとれ。動くといらんところに刺さるぞ」

  肩を抱いて囁くと、ウマラはジワジワと力を抜き、その身をアザミに委ねた。

  刀子が動く度、ぴくりと[[rb:身動 > みじろ]]ぎする。アザミが髪を撫でると、ウマラは気恥ずかしそうに目を伏せた。

  「取れたで」

  ナズナが傷を拭うと、新たに血が滲む。

  「血が...」

  「ほんなもん、舐めときゃ止まる」

  「何故...舐めるのです?」

  不思議そうに見上げるウマラの目は、幼子のようにあどけない。

  「ヌシぁそんな事も知らんのか。そういうもんじゃ」

  乱暴に手を取ると、傷跡をちろりと舐めた。

  「っ...ん...なに?」

  「止まっとるじゃろ」

  唾液によって止血が促されている。ウマラはまだ不思議そうに手を眺めながら、少し身を縮こめる。

  「ん...まぁ、そのようですね……」

  「どうした?」

  「いえ...」

  ウマラが上目遣いで何かを訴えながら、もじもじと屈みこんだ。

  「いややわぁ、若さま。おしっこやったら、[[rb:最初 > ハナ]]から言うてくれたらええんのに」

  刀子を拭きながらナズナが笑い声をたてた。

  「おしっ...っ違っ!! お前は余計な事など言わず、とっとと下がれ!!」

  顔を真っ赤に染め、声を上げる。

  「世話になったと礼を言え、アホたれが」

  ペシと頭を叩いた。

  「私が頼んだ訳では無いでしょう」

  眉頭を寄せ、不満そうな目を向ける。己に対しては日常的に慇懃な夫だが、下の者には少し居丈高でもある。

  「礼っちゅうもんがあるじゃろよ」

  「上の者と下の者の礼を同列にしないで頂きたいな」

  冷めた視線を投げる。

  身分の差か...

  アザミはふんと鼻で嗤った。

  「人を想うに上も下もあるかよ。相手によって変えるんは、おかしかろうよ?」

  「それは...」

  まだ不服な夫にアザミはのしかかる。大きな乳房が、ウマラの頭をぎゅうぎゅうと押した。

  「ほら、言え。ありがとう。簡単じゃろ」

  「やめっ...重い...し......む.ね..が」

  「アザミ、やめときや。その子[[rb:あちこち > ・・・・]]参ってまうで?」

  外の回廊から、ツリフネのしっとりと艶めかしい声が笑った。

  「ほれ、コレ塗ったり。ナズナはこっち来ぃや」

  ツリフネはアザミに何かを投げて寄越すと、ナズナを呼んだ。

  「アンタ気ぃの利かん子ぉやね」

  「なんでやん。むっちゃ気ぃ利かせとるで」

  口を尖らせながら、[[rb:義理姉 > あね]]と外へ引っ込む。

  「ツリフネ[[rb:姉 > ねえ]]、ナズナはこどもやさかい、わからへんで。そんな、いじめんときや」

  「うち...そんなこどもやないで...? 若さまやって変わらへんやろ」

  わいわいと雑談が聞こえ、ウマラは[[rb:慍然 > うんぜん]]とした目を外へ向ける。

  「[[rb:斐磨者 > ひまもん]]は皆喋りじゃけぇ、気にするな。楽しかろ?」

  「どこが...?」

  アザミが侍女として連れてきた斐磨族は、身分の差がない小さな部族だ。慣習も、文化も違う彼女らが、夫にとってはたまに腹立たしいようであった。

  それより...。

  「さっきから妙に屈んどるが、腹でも痛ぇか?」

  「違っ...」

  肩を引き、夫を無理やり起こす。夫の股間がこんもりと起きていた。

  「お...」

  「あんな見た目しとっても、若は男やさかいなぁ!!」

  遠くから女達の笑い声が聞こえる。

  「まったく...誰も彼も勝手な事を...」

  あまりに調子よく入った声に、[[rb:慍 > むっ]]とした顔をしながら、その目をアザミに向けた。

  「貴女も貴女です。人目を憚らず......触れてくるものだから」

  「はぁ? その[[rb:男 > ・]]はワシのせいかよ」

  股間を見下ろして、アザミは笑う。

  「ま、ええよ。とりあえず傷の方じゃの」

  ツリフネの寄越した胡桃の殻には、軟膏らしき物が詰まっている。すうっとした匂いが鼻を抜けた。

  「薬など必要ですか?」

  「小さな傷でも腐る[[rb:者 > もん]]や、死ぬ者も居る。長生きしたきゃ、用心するに越したことねぇの」

  乙女の如き柔肌の手を取り、アザミは薬を塗り込んだ。

  「さて...そっちの薬はいるか?」

  衣の裾をめくりあげ、アザミがニタリと笑みを零した。

  「そ......ん...」

  ウマラはふくれっ面を背け、目だけこちらに向ける。

  「わ、私が早死しても良いなら......何も必要ないのではありませんか?」

  回りくどい言い方に、アザミは眉をしかめる。

  屁理屈言いよるの...。

  ぷくりと膨らんだ頬に手を伸ばした。

  「痛っ...ちょっ」

  両手でむぎむぎと頬を引っ張る。

  「ワシぁ要るか要らんか聞いとんのじゃボケ」

  「痛っ、...ぃ.......い...」

  「あ?」

  顔を寄せる。

  もぅ。

  ウマラは小さく嘆息した。

  「......欲しいよ」

  「ははっ。ほうじゃろ。素直のがええぞ?」

  「それ、貴女が言うかな……」

  アザミが機嫌良さげに脇へ落ち着いた。身を寄せたアザミの胸元に一筋の汗が垂れる。

  「今日はあっちぃの...」

  熱風が室に吹き込んだ。照りつける日差しが山を抜ける風を温めている。

  「そうですね...」

  指先で胸元の汗を拭う。ぴくりと動いた妻の身体に、ウマラは己の熱がこもるのを感じた。

  熱は日差しのせいだけでは無いだろう。

  

  おまけで、少しだけ続きありー

  投稿までしばしお待ちください(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)

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