夢を見る。
故郷の山で笑い者になり、序列の低さに指を刺され非難される日々。権力を振り撒き、弱者を従わせる同族は、今日も俺を戦場に駆り立てる。嗅ぎたくもない血の匂いは身体中に染み込み、殆ど知りもしない「人間」の命を次々と奪っていく。
山に居た頃は、自分の状況に不満を抱いた事は無かった。産まれた時からそれが当たり前だったから。強き者に言われるがまま、俺の爪は一人の人間の首元に食い込む。その人間の顔を見た時、俺は絶叫し、深い暗闇の中に落ちていった。
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「○○○!起きてってば!」
空高く昇った朝日が視界に入ると共に、聞こえてきたのは□□□の声。ゆっくりと意識を覚醒させると、□□□は心配した様子で俺を眺めていた。
「⋯⋯⋯おはよう」
「うん、おはよう⋯⋯大丈夫?怖い夢でも見た?」
自然な所作で頭を撫でてくる□□□は、俺の恩人であり番でもある大切な人だ。軍に捕まり死ぬ運命にあった俺を引き取り、最後には人間とライカンの戦争を食い止めた勇敢な言語研究者でもある。
当然の話だが、俺と□□□では扱う言葉も違うし口の構造も違う。言葉の発音や意味も異なるのだが、□□□は根気強く俺と会話して、なんと解読してみせたのだ。初めて俺達の言語を話した時は目を見開いたが、それと同時に人間との知識量の格差、そして俺と□□□の価値感の違いを自覚した。
「一応俺、ライカンなんだが⋯⋯最近犬扱いが酷くなってないか?」
「ごめん、毛皮の触り心地が良すぎて⋯⋯嫌だった?」
「⋯⋯前にも言っただろ、俺の身体は全てあなたの物だ」
□□□は俺に触れるのが好きらしい。返せるものが少ない俺にとって、喜んでもらえる事があるのは嬉しい。今はまだ無理だけど、いつかは対等な立場になりたいと誓ったのだ。
俺を無下に扱っても良かった筈だ。実際にテオという男は、俺を軽蔑の視線で見てきたし、そういった人間が未だに多いのは疑いようの無い事実だろう。それでも、□□□は俺を愛してくれた。食事も衣服も住む場所も全て与えてくれた。俺から何も返せないのでは、決して対等とは言えない。
「遅くなってごめん。すぐにご飯作るから」
「楽しみ!今日は何を作るの?」
「どうしようか⋯⋯新しい料理本を買ったから、その中から探してみる。終わったら呼ぶからあなたも寝た方が良い。また、目の下にまたクマが出来てる」
研究熱心な所は相変わらずだが、同時に□□□の欠点でもある。体調を崩すまで没頭してしまう程周りが見えなくなるし、食事や掃除も適当になるから、俺が身の回りの世話をしないといけない。でも、この状況は一切煩わしくなく、寧ろ□□□の力になれる事を誇りにすら思っていた。
「そう?
それじゃ少しだけ寝ようかな。朝ご飯、楽しみにしてるね」
「あぁ、ゆっくり休んでくれ」
その日の朝食は、林檎のリゾットとコンソメスープを作った。新しい料理本に"身体に優しい"ような絵柄が載ってあったので、挑戦の意味も込めて初めての試作だ。□□□はとても美味しそうに食べてくれて、美味しいと何度も言ってくれた。自然に揺れる尻尾を抑える事が出来なかった。
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「ごちそうさま!すごく美味しかった!」
「そうか⋯良かった。自分でも上手く出来たと思ったんだ。昨夜にプリンも仕込んでおいた、食べるか?」
俺がまだ檻の中に入っていた時、□□□が食べさせてくれた甘味。あの頃は自分を表現出来なかったが、今では幾らでも好きと伝える事ができる。
「食べる!○○○は本当に料理上手だね。私なんか一日で抜かされちゃったんじゃないかな」
「そんな事は無い。あなたが作ってくれたポトフやサンドイッチの方が、俺が作る料理よりもずっと美味しかった」
「えぇ〜、それって冗談?
あんなに焦がしたり、調味料を間違えたりしたのに⋯⋯」
目を座らせて抗議するように見つめてくる□□□は、俺が冗談や皮肉を零していると思ったようだ。でも、俺は本当にそう感じている。俺が幾ら趣向を凝らし、手間や時間を掛けた料理を作っても、□□□が苦心しながら一生懸命作ってくれた味が忘れられないのだ。お世辞にも味は良くなかったけど、深く心に染み込んで、涙が流れそうな味。
「想いが伝わらないってもどかしいな」
「あ、それ分かってくれる?大変だったんだから」
「そうだな⋯⋯○○○が頑張ったから、俺は生きているんだよな」
人間に捕まった時、悲しみや憎しみの感情は湧かなかった。故郷の山で命令され、戦争相手の人間の命を刈り取る日々、その報いが回ってきたのだと理解し、別段驚きもしなかった。俺が生きてきた中で一番と言っていい程驚いたのは、□□□が俺の知る言葉を使って話しかけてきた時。
「⋯⋯⋯今日も仕事か?」
□□□がライカンとの種族を取り持った事によって、以前より更に仕事が増えたようだ。眠れない日も珍しくなく、俺の目から見ても段々と疲れが溜まっているように感じる。
⋯⋯心配だ。軽く手を掴んだだけで怪我をしてしまう脆い種族、身体能力において優れているライカンでさえ病で多くの命が消えた。人間なら尚更だろう。
「まだ仕事が残っててさ。早く終わらせないと」
「そうか⋯⋯俺が手伝える事はあるか?」
「傍に居てくれれば十分だよ。あ、たまにモフらせて欲しいかも」
「モフ⋯⋯?」
夜、同じ寝床で寝る時も、□□□は俺の身体によく触れる。尻尾や耳を弄られると少し擽ったいが、最近は若干心地好くなってきた。積極的に触られると邪な欲が出てくるが、その点に関しては諦めている。体格も違い過ぎるし、□□□の肉体は耐えられないだろう。どうやら人間の性器はライカンの形状とは違うらしい、その違いを完璧に理解するまでは、己の獣性に負けないようにしなければ。
「そうだ、○○○。今日の夕方、一緒に外に出ない?」
「外?何か用があるのか?」
□□□は外出があまり好きでは無い。俺が出かけて解決出来る問題なら、多少の力になれるかもしれない。
「用事って訳じゃないよ。○○○とお出かけしたくて」
「お出かけ?」
「なんて言うんだろうな⋯⋯人間はこういうのをデートって言うんだけど、ライカンはなんて表現するんだろう?」
□□□の言いたい事は分かる。山に居た頃も、多くの番が風景の美しい場所に2人きりで行ったり、雌が用意した食事を雄と共に食べていた様子を見た事がある。つまりはそういう概念なのだろう。だとしたら、俺も是非行きたい。
「"デート"か。楽しみだ」
「良かった!それじゃあ今日も頑張るかー!」
そう言うと□□□は机に向かい、作業に集中し始めた。極力邪魔しないようにしながら、俺は俺のやるべき事をする。人間との交流を図るために文字を勉強したり、仲間のライカンと情報を共有したり、自分に出来る事は意外と多い。かつては序列の関係で話すら聞いてもらえないと思っていたが、俺が自分からその意志を示さなかっただけで、今の時代でも人間と友好的な関係を築きたいと考える者も少なからずいる事が分かった。
幸運にも手にする事が出来た日常を噛み締めながら、いつもと変わらない一日が始まった。
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「一体何処へ向かっているんだ?」
「内緒!」
仕事も一段落着いた夕方、俺は□□□に連れられて夕日に染まる人間の街を歩く。前よりは少し緩和したが、未だに俺を恐れたり、憎んだりする者の視線を感じる。仕方ないとはいえ、ほんの少し気後れしてしまう。目的地に向かう間、俺達はポツポツと言葉を交わす。
「ねぇ、○○○。私達が出会えたのは偶然なのかな?それとも運命?」
「⋯⋯⋯突然だな」
普段はあまり口にしない、運命という非科学的な言葉を使う□□□は、部屋で篭っている時よりも楽しそうだ。
偶然⋯⋯では無いと思う。一族で立場も弱く実力も無い俺が人間に捕まるのは必然だと言えるし、□□□が言語学者である以上、俺達の言葉を調べたいと願う事は当然の帰結のように感じる。
「あの、○○○⋯?そんなに悩ませるつもりは無かったんだけど⋯⋯大丈夫?」
「いや、ごめん。偶然⋯じゃないと思う。でも、運命なんて言葉は、少し俺には荷が重いかも」
例えば、俺と□□□が出会わなければ、こうして俺と番になる事も無かった。出会わなかった方が、□□□は幸せな未来を送れるのではないかと、実のところ、何度も考える。大勢の人間から□□□が変わり者扱いされている事は知っているし、□□□の家族であるローエンを俺達の種族の誰かが殺した事は否定しようのない事実だ。
だとしたら、□□□は間違った道を俺と歩んでしまっているのでは無いか。人間同士で番になった方が良いのではないか、そう思ってしまう。元々根暗な俺だが、今の生活に幸せを感じる度に同等の不安が襲ってくる。
「ライカンは耳を見て相手の事を探るんだっけ?」
「ん、あぁ⋯⋯そうだ」
「初めの頃、○○○の耳が忙しなく動いてたのは、不安だったから?」
□□□と初めて出会った頃を思い出す。
「⋯⋯どうだろう。あの頃はいつ死んでもおかしくないと思っていたから⋯⋯」
近付いてくる死が怖くなかったと言えば嘘になる。だけど、それ以上に諦観の念が強かった。
「⋯⋯⋯最近、余計な事ばかり考えてしまう」
「例えば?」
「⋯⋯何が最善なのか。幸福を感じれば感じる程、真逆の考えが浮かぶ」
□□□が俺を好いてくれている事は分かる。幸せを願ってくれている事も、共に過ごす明日を楽しみにしてくれている事も。だからこそ、俺は俺自身の意思で思考を巡らせる。
「⋯⋯やっぱり、○○○は優しいね」
「分かるのか?」
「何となく。言葉の解読とはちょっと違うけど、○○○、分かりやすいから」
既に□□□の家は遠く、気付けば街を離れていた。障害物が多い道、転んではいけないと□□□の手を握ると、控えめに握り返してくれた。あの時のように、怪我をさせてしまう事は避けたい。
「気を付けて。足元が悪い」
「○○○はシンシだね」
「シンシ⋯⋯?」
「○○○みたいな素敵なライカンって意味だよ」
揶揄うように声を弾ませながら、□□□は笑う。まだまだ俺は勉強不足だ、声色的に褒めてくれたのだとは思うが、その言葉を受け取り、呑み込むには至らない。
「⋯⋯⋯この方向で合っているのか?この先は軽い崖になっている。落ちたらあなたが危ない」
「うん、その手前が目的地だから。結構歩かせちゃったね」
「俺は疲れていないが⋯⋯○○○も案外平気そうだな」
研究者というものは部屋に閉じ籠る事が多いらしいので、それに伴い体力も落ちていくのでは。常日頃から心配していたのだが、意外にも速度を落とす事無く歩けている。
「もう少し⋯⋯うん、この辺りかな?」
「着いたのか?しかし、ここには何も⋯⋯」
「ほら、○○○。この景色に見覚えは無い?」
夕焼けに照らされる人間の街、その周囲に広がる自然、俺は記憶を巡らせ目の前の光景を思い起こす。□□□と関わって街の外に出た事は無い。しかし、確かに見覚えがあるのだ。夕陽が徐々に沈む中でポツポツと灯る灯り、そして端に見える深緑に覆われた山、アレは恐らく⋯⋯。
「⋯⋯⋯そうか、これは⋯⋯」
ようやく気付いた。風景や建物の配置が若干変わっていて、最初はピンとこなかったが間違い無い。俺がまだ檻に篭っていた時、□□□から渡された"パズル"という玩具だ。
「うん⋯○○○に渡したあのパズル、その景色が丁度ここ。ライカン山は変わらないけど、人間の街は随分変わっちゃった」
□□□は何故だか悲しそうに街を見つめながら、空に向かって言葉を放つ。
「⋯⋯⋯街の人が話しているのを聞いたんだ。私達は戦争を終わらせた英雄だって」
"私達"というのは語弊がある。□□□が始めて、□□□が考えた結果だ。俺はほんの少し協力しただけ、そもそも戦争を止めるという発想すら思い浮かばなかったのだから。
「今でも夢を見るんだ。私達が国や他のライカン族を説得出来なくて、戦争が激しくなって、それで⋯⋯」
□□□はその先を言わなかった。一瞬だけ俺と目を合わせ、苦しそうに彼方へ逸らす。夢の内容は、きっと俺と同じような惨たらしい結末。
「⋯⋯⋯あなたは頑張った。俺も、出来る限りはした」
「そうかも⋯⋯⋯でも、今の状況は長く続かない。人間はどこまでも欲深くて、恐ろしい生き物だから」
「そうじゃない人もいる。俺は知っている」
「⋯⋯あのね、○○○。あのパズル、作られたのは一年前なんだ。なのに、人間の街はこんなに変わっちゃった」
「⋯⋯⋯⋯」
「私がライカンと人間を繋げたから、きっとライカン山は変わっていく。もしかしたら、○○○の故郷が無くなっちゃうかもしれない」
「⋯⋯⋯あなたは、変化が怖いのか」
大勢の人間、そしてライカンの未来を変えた、その事実が□□□の重りになっている。
「怖い⋯⋯確かにそうかも。私みたいなちっぽけな人間が、ライカンの未来を変えちゃった。戦争が続く事は絶対に止めたかった。だけど、これからのライカンの未来を毎日考えちゃうんだ」
「⋯⋯⋯こっちを見てくれ」
「⋯⋯⋯え?」
俺には□□□のように、上手く言葉を紡ぐ器用さは無い。相手に思っている事を伝えるのも苦手だ。しかし、俺は□□□に相応しい番になりたい。喜びも苦しみも、責任も重圧も、何もかもを分かち合いたい。だから目を合わせて、優しく手を握って気持ちを伝える。
「俺は、人間の言葉は話せないし、文字だってあまり読めない。そしてそれは、他のライカンも同じだ」
「⋯⋯うん」
「初めて街に料理本を買いに行った時の話だ。少しだけ勇気を出して本屋に入ったんだが、そこに俺以外のライカンがいた」
□□□は頷きながら、話の続けを待っている。
「故郷にいた時の数少ない友人だった。久しぶりに会話をして⋯⋯⋯そいつ、笑ってたんだ」
「それは、どうして?」
「ずっと、人間の文化に興味があったと言っていた。優しい人間に出会い、食事を頂いたと自慢された。互いに言葉が分からなくても、何かが通じあったんだって」
⋯⋯⋯俺が言いたい事は伝わっているだろうか。
「⋯⋯⋯笑って、いたんだね」
「あぁ。あなたがいなければ、彼はまだ戦っていた⋯⋯つまり、その⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯やっぱり、○○○は優しいね」
優しいのは□□□の方だ。
「全く、前途多難だよね⋯⋯」
「⋯⋯?"ゼントタナン"?」
「とある国の言葉⋯⋯⋯まだまだ私達に出来る事はたくさんあるって意味かな」
出来る事はまだまだある⋯⋯□□□は言っていた。今、自分達がやっている事は先延ばしに過ぎない。いずれ人間はより多くをライカンに求める事になると。研磨の技術も習得し、交易にすらならなくなる。そうなれば、どうなってしまうか分からない。
「⋯⋯⋯そろそろ帰ろう。本格的に日が落ちる前に」
「そうだね⋯⋯帰ろうか」
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「ふぅ⋯⋯なかなか疲れたね⋯⋯」
「俺は驚いたぞ⋯⋯暗い夜道をよくスイスイと進む」
ライカンである俺は夜目が効く。足場がある程度悪くても問題無いのだが、□□□は俺よりも前を歩き進んでいた。元々の運動神経が良いのだろう、体力は部屋に引き篭っていたせいで少ないようだが。
「⋯⋯⋯何か食べるか?」
「あ、その前にお風呂入りたいな。泥だらけになっちゃった」
「じゃあその間に適当に作っておく⋯⋯なんで俺の服を掴む?」
□□□は突然、俺の服の襟を掴み、無理矢理服を脱がそうとしてくる。意図が全く分からない⋯⋯何処か汚れていたのだろうか。
「一緒に入ろうか?」
「⋯⋯⋯⋯えぇ?」
思わず変な声が出てしまう。これまで生活してきて風呂に誘われた事なんて一度も無い。勿論、俺から誘った事も無い。
「そう言えば、一緒に入った事無いなって。どう?」
「どうって⋯⋯」
正直、かなり嬉しい。でも、俺が一緒に入ったら湯船に毛皮が浮くとか、狭くて満足に身体を洗えないとか、色々考えてしまう。何よりも問題なのが、□□□の裸体を見て自分も抑えられるのかどうかだ。山にいた頃は好きな時に欲求を処理出来たが、□□□の家に来てからは一度も自らの意思で放出していない。正直溜まっている⋯⋯から、油断したら出てきてしまう。
「⋯⋯⋯俺は、あなたと番になったつもりだ。だから、その⋯⋯」
「⋯⋯恥ずかしいって事?」
「それだけじゃない⋯⋯」
普段はあんなに賢いのに、何故こういう事に関しては疎いんだ。危機感というものが無いんじゃないのか。人間の事情は詳しく知らないが⋯⋯心配になる。
「⋯⋯あなたにその気が無かったとしても、俺はどうしても意識してしまう。俺は獣だ、無防備なあなたを見て、何をするか分からない⋯⋯だから、風呂は一緒に入れない」
戦争が終わってから数日後、□□□と種族の恋愛観について話した。主に俺達側の事情を教えたのだが、思いの外、深いところまで踏み込んでくるものだから、顔から火が出そうになった事を覚えている。
「う〜ん⋯⋯したいなら、私は構わないんだけど⋯⋯そうしたら、朝起きた時布団に「ちょっと待ってくれ」⋯⋯⋯むぐっ」
慌てて□□□の口を塞ぐ。まさか、バレているのか?
「⋯⋯⋯一応聞いておきたいんだが⋯⋯何の話だ?」
「いやだって、朝早くにこっそりと下着洗いに行ってるの知ってるし⋯⋯私の足、ちょっと濡れてる時あるし⋯⋯」
「⋯⋯⋯」
森に帰ろう。去勢でもなんでも、とにかく俺のアレを斧で切り落とそう。人間の国で裁いてもらうのも手段の一つだな。
「青い顔しちゃって⋯⋯気にしないでいいから。私も、少し嬉しかったし⋯」
「⋯⋯⋯嬉しかった?」
□□□は俺の頭を撫でながら、出来る限り優しく話しかけてくる。
「だって、私の傍でリラックスしてくれてるって事でしょ?恋人なら嬉しいって!」
「ほ、本当か⋯⋯引いてないか?」
「無いって!だからほら、早く入ろ!」
背中を押して無理矢理浴室に連れていかれる。断っても強引に誘ってくるので、仕方無いから渋々服を脱ぎ、出来るだけ□□□を見ないようにして身体を洗おうとする。すると、□□□は大量の泡を俺の身体で泡立て始めた。
「うわっ、ちょっ、まっ⋯⋯⋯あはははっ!!」
「やっぱモフモフだね〜!」
容赦なく丸洗いされる俺は、□□□の手腕に翻弄されるがままだった。股間が反応するのを必死に耐えて、目を瞑り時間が過ぎるのを待った。そうして全身を洗い終わる頃には、俺の身体は今までにないくらい綺麗になっていた。
「ぐぅ⋯⋯俺は頑張ったぞ⋯⋯」
「おつかれ!先にお風呂入ってて!」
「だけど、毛が浮く⋯⋯俺が後に入るから」
「そう?」
とは言ったものの、俺が突っ立ってたんじゃ□□□が身体を洗いづらい。ガツガツと俺の足に手が当たるので、観念して先に風呂に入る事にした。その間、□□□の裸を出来るだけ目に入れないようにした。もう、理性が飛びそうだ。
「⋯⋯⋯○○○?入るよ?」
「ど、どうぞ⋯⋯」
俺の毛皮と□□□の肌が触れ合う。ただでさえ頭が沸騰しそうなのに、狭い浴槽のせいで相手の身体を意識せずにはいられない。
「ま、待ってくれ⋯⋯向かい合うのは、その⋯⋯。俺に寄りかかってくれ⋯⋯⋯頼む⋯」
半ば強制的に身体の向きを変えさせ、□□□の背中が俺の胸に収まるようにする。これで何とか大丈夫な筈だ。
しかし、このような状況に陥るならば、故郷にいた頃に積極的に異性に触れ合っておけば良かった。耐性が付いていれば、もう少しマシな立ち回りが出来たかもしれない。
「⋯⋯⋯あー、温まるねぇ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
少しだけ目を開けると、背中越しに□□□の身体の前部分が顕になる。
「⋯⋯⋯ご、ごめん。俺、やっぱり出る⋯⋯!」
□□□は分かっていないんだ。俺が獣である事も、内面に抱く欲求も、俺がどれだけ我慢しているかという事も。だからこんなに不用心な行動が取れる。
「⋯⋯⋯私は大丈夫だって⋯⋯少し気にしすぎじゃない?」
「あなたは本当に⋯⋯⋯はぁ、もういい。俺は出る」
これ以上同じ空間にいたら本当に襲ってしまう。後ろから声をかける□□□を無視し、俺は急いで身体を拭いて部屋に戻った。□□□が浴室から出てきたのは、そこから二十分程経過した後だった。
「⋯⋯⋯あの、○○○、なんかごめんね。そこまでお風呂が嫌だったとは⋯⋯」
身体を乾かし終えた俺は、湯冷めしないように温かいコーヒーを入れて、座る□□□の前に差し出した。あまり苦すぎず、ある程度の甘さにしたぐらいが好みらしい。
「別に、嫌だった訳じゃない。俺は⋯⋯本当は、あなたと一緒に⋯⋯」
「うん⋯⋯そ、それは私も同じ」
「だけど、俺はそういう事した経験無いし⋯⋯」
恥の上塗りとはまさにこういう状況だ。
「⋯⋯あのね、○○○」
「な、なんだ⋯⋯⋯」
「私も同じだから!恋人なんていた事無いし、お風呂に誘うのだって物凄く緊張したんだから!」
「⋯⋯⋯そ、そうなのか?」
自然に湯浴みに誘ってくるものだから、そういう方向の意識はしていないと感じていた。朝起きる度に赤子を扱うように頭を撫でてくる始末、まるで異性と触れ合う態度では無い。
「そうだよ。だから、あまり深く考えないで。突然お風呂に誘った私が言える立場じゃ無いけど⋯⋯ゆっくり二人で進めていこうよ。何せ、始めは言葉も分からなかったんだから」
「⋯⋯⋯⋯」
俺は学んだ筈だった。□□□と共に過ごした日々で、相手の事を理解する大切さを。理解しようと努力する尊さを。それは例えば、第三者が行う戦争を止める為だけでは無く、目の前の相手を慈しむ優しさを。
「⋯⋯そう、だよな。俺もあなたも、きっと、これから⋯」
これから、色々な事を知っていくのだろう。
恋も、愛も、未来への希望も。叶えたい願いも、達成したい宿願も、俺と□□□が共に道を決めて進んでいくのだ。
「⋯⋯⋯まずは、朝起きた時に暴発しちゃうのを何とかしないとね!」
「⋯⋯⋯⋯言うな、それを⋯⋯」
慌てる俺の反応を見ながら、□□□は隣に座り体重を預ける。互いの身体がホクホクと温かいのは、湯浴みから上がった事だけが原因では無いだろう。
きっと、俺達の旅路は続いていく。この先に何が起こるか分からないけど、俺達を少しでも見てくれる人がもしいるなら、心の中だけでも良い。応援してくれると、□□□も喜ぶ。
俺も命続く限り、□□□と共に歩もう。