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こころはる 第二話

  「それにしても、なんで俺に推薦なんて来たんだろうなー」

  制服に着替えた俺達は、入寮式の会場となる食堂へと向かっていた。食堂は寮と校舎のちょうど中間に位置しており、基本的には全生徒――男女は分かれているが――が毎日利用するらしい。

  「さあ……俺はスポーツとかやってこなかったし、心当たりは全然無い」

  怪訝そうに呟いた椙山に、俺も同じように返す。この高校の生徒は、附属の中学から進学した生徒を除くと全員が推薦によって入学しているらしい。

  実際、俺に推薦が来た理由として思い当たる節など皆無だった。運動は苦手で、芸術的なセンスに秀でている訳でもなし。成績は悪い方ではなかったと思うが、それが推薦の理由になるとは到底思えない。

  ……そういえば、椙山は何かスポーツの経験があるのだろうか。身長も高いし、体つきもがっしりとしている気がする。服の上からだから、はっきりとは分からないが。

  「お前は何かスポーツとかやってたのか?」

  ただ浮かび上がった疑問を問うただけなのだが、椙山の表情がパっと明るくなる。なんだ、何か変なこと言ったか、俺。

  「一応、中学ではサッカー部だったよ。推薦が来るほど上手いわけじゃなかったけどね」

  にへへ、という表現がこの上なく似合う笑顔で椙山は答える。別に、そんなに気分の上がる話題じゃなかったと思うが……。

  「……なんでそんなに嬉しそうなんだ」

  「へへ、秘密」

  訳わかんねー、なんて呟きながら、改めて食堂へ歩みを進めることに意識を向ける。

  ……サッカー部か。正直、うちのサッカー部の連中は喧しくてお世辞にもいい印象だとは言えなかったが。

  それにしても、体格も良くて人当たりの良いサッカー部なんて、いかにも女子からモテてそうな感じだ。顔だって、俺からしたら整っているように思うし。

  こいつにも彼女とかいたのかな、という興味がほんの一瞬湧いて、すぐさま弾ける。こいつの恋愛事情に俺は全く関係がないし、何より、出会ってすぐにそこまで踏み込むのは無粋なように感じた。

  何の気なしに、横を見やる。少し見上げた位置には、凛と前を向いた椙山の顔があって。

  視線が合うと嬉しそうに見開くその目は、きっと俺とは全く違う景色を見てきたのだろう。新入生がぞろぞろ集まってきた中でもしゃんと歩く椙山を見て、そんな風に思った。

  *

  「……なんか、想像してたよりずっと緩いな」

  「そうだね……」

  入寮式を終えて、俺と椙山はこの寮への率直な感想を口にする。それは他の新入生にとっても同様なようで、式中も何度かざわめきが起こっていた。

  入寮式では管理人や寮母さんの挨拶、寮のルールに関する説明などが成された。

  ルールを簡潔に言えば、朝食にさえ間に合えば何時に寝起きしてもよし。門限は、高校生が補導の対象となる23時。共用部の掃除は当番制だが、部屋の掃除は各々に任せる……など。

  寮生活といえば厳しい上下関係だとか、強制の自習時間だとかがあるものだと覚悟していたが、それも無いようである。パンフレットを見たときに感じた「質のいいアパートみたい」という印象は、言い得て妙だったというわけか。

  「まあ、厳しいよりかはいいんじゃない? ひとまず、移動しよっか」

  そう言って立ち上がる椙山に俺も続く。これからはクラスごとに分かれて集まり、オリエンテーションを行うようだ。

  クラスの数は全部で四つ。部屋の階数でそのままクラスに分かれるらしく、つまり俺と椙山は同じ2組ってわけだ。せっかく良好な関係を築けそうな相手なんだ、椙山と同じクラスというのはありがたかった。

  「それにしても、同じクラスになれてよかったなあ」

  「ふ」

  「なに、どしたの」

  奇しくも同じタイミングで同じことを考えてるもんだから、思わず吹き出してしまう。

  「なんでもねえよ」

  「えー、変なの」

  なんか、さっきもしたな、こんなやり取り。さっきとは立場が逆転してるのがちょっと可笑しくて、椙山に気づかれない程度ににやけてしまう。傍から見るとちょっとキモいかもな、今の俺。

  *

  オリエンテーションが行われる教室へ着くと、ほとんどクラス全員が揃っていた。だいたい1クラス40人ほどらしく、席順は出席番号順になっていた。

  俺の名字は山南だから、多分かなり後ろの方の席だろう。となると、必然的に椙山とは席が離れてしまう。

  「じゃ、また後でね」

  「ん」

  入口近くの席に座った椙山と別れると、俺は教室の隅へと向かう。一番後ろからひとつ前の席だけがぽつんと空いていたので、きっとそこが俺の席だろう。

  俺の出席番号と名前の書かれた席に座り、一息つく。周りを見ると、既に雑談なんかをしているグループがちらほら見受けられる。初日からそんなに交流できるなんて、俺からしたら尊敬するよ、ほんと。

  一人で手持ち無沙汰にスマホを眺めていることに気まずさを覚えていると、がらり、と教室前側の扉が開き、担任と思しき人物が入ってくる。

  周りに話しかけるべきなのか、それとも周りから話しかけられはしないかと思案し続けて居心地の悪さを感じていた俺にとって、先生の登場という状況の変化はありがたかった。

  「待たせちゃってごめんね。私が2組の担任になりました、[[rb:清瀬 > きよせ]]と申します。担当教科は古典、よろしくね」

  清瀬と名乗った鳥人は、黒板にフルネーム――[[rb:清瀬陽凪 > きよせひなぎ]]と書き、お辞儀をした。俺が言うのもなんだが、まだ若い先生のようだ。

  「話したいことはたくさんあるんだけど、まずは入学……は正式にはまだなんだっけ。じゃあ、ようこそ世朱高校へ、だね」

  こんな調子で、清瀬先生は挨拶を続けた。自分もこの高校出身であること、高校時代は文芸部に所属していたこと、自分がまだ若く新米教師であること……などなど。

  よくある担任の最初の挨拶だな、なんてぼんやりと聞いていたわけだが、先生のある言葉で一気に意識が引き戻される。

  「――じゃあ、これからこの学校についての話をするために、いくつかのプリントが入ったファイルを配ります。筆記用具を持ってくるように言ってたと思うから、適宜メモも取ってね」

  ……まずい。これは、非常にまずい。筆記用具を持ってくることを、完全に失念していた。確かにオリエンテーションには筆記用具を持参するように、事前の案内に書いてあったのを覚えている。

  きっと、部屋を出る前のあれこれのせいだ。俺が寝落ちなんかするから、すっかり頭から抜け落ちてしまったんだろう。今更ながら、過去の俺の不注意を激しく後悔する。

  普通、筆記用具を忘れたなら、先生なり周りなりに借りればいいだけの話だ。だが、初日から皆の前で先生に忘れ物をしたと言うなんて辱めは受けたくない。

  かといって、人並みのコミュニケーションがとれない俺にとって、初対面の人に物を借りるなんてのも至難の業だ。椙山に借りようとも、席が遠すぎてそれも不可能で。

  ……詰んだ。制服のポケットを探って筆記用具を探すフリをしてみるも、新品の制服にそんなものが入っている訳もなく。

  冷や汗をかきながら、前の席から回ってきたファイルを後ろに回す。

  「……どうぞ」

  「ありがと。あとこれ、よかったら」

  後ろの席に座っていたクラスメイト――種族は俺と同じ猫獣人――はファイルを受け取って礼を言うと、俺に何かを差し出してきた。

  「これって……」

  「シャーペン。無くて困ってるように見えたけど、大丈夫?」

  「え……正直、めちゃくちゃ困ってた……。ありがとう、ええと」

  お礼を言おうと、席に書かれていた名前を見る。でもこれ、なんて読むんだろう。

  「[[rb:依道逸花 > よりみちいつか]]。逸花でいいよ」

  と言って、親切な猫獣人――もとい逸花は微笑んだ。

  「ほんと、ありがとう……逸花」

  初対面の相手を下の名前で呼び捨てにするなんて気が引けたが、相手が自らそう呼ぶように言ってきたのだから仕方がない。

  それにしても、気が利くとかそういうレベルじゃないだろ、こいつ……。もはや少し怖い。

  俺のお礼に対して逸花が「いいって」と言った後、俺は前に向き直る。こういうときって、後で何か奢った方がいいのかな……。人と付き合った経験が少なすぎて、分からねえや。

  *

  清瀬先生の話は、いたって平々凡々とした内容で進んだ。今学期の時間割だとか、今後何日間かでやらなきゃいけないことだとか、そんな内容。

  周りの生徒も先生の話をなんとなく聞いて、必要に応じて適宜メモを取る。そんな雰囲気で続いていたオリエンテーションだが、先生が話題を切り替えるとその空気は一気に引き締まった。

  「――説明が遅くなってごめんね。次は、皆さんにこの学校の推薦が届いた理由に関わる話です」

  疎らになっていた生徒の視線が、一気に先生へと集まる。それを予期していたように、先生も一呼吸置いて話し始めた。

  「皆さんが推薦された理由は、スポーツでも、芸術でも、学業でもありません」

  やはり、そのような一般的な理由で推薦された訳ではないようだ。

  でも、だとしたらなぜ、俺が。俺達が。

  「皆さんが推薦されたのは――」

  ここにいる全員が、先生の言葉の続きを待っていた。えもいわれぬ一体感のような感覚に、固唾を呑む。

  「――あなた達が持っている、いわゆる”特異体質”のためです」

  教室を奇妙な静寂が包み、ほんの一瞬だけ、時間が止まったような気がした。

  *

  あれだけの衝撃発言が飛び出た後だというのに、その後オリエンテーションはすぐに終わってしまった。今はまだ詳しく説明できないから、と謝りながら言われ、俺達はそれ以上追求することができなかった。

  先生は、明日に控えた入学式のスケジュールの確認をすると、「今夜の夕飯は食堂が使えないから、各自の部屋で学校が用意した弁当を食べるように」とのメッセージを残して、先ほど出て行ってしまった。

  先生が出て行って解散の流れになった後も、先生が”特異体質”の話の流れで言った意味深な言葉が、俺の中でずっと引っかかっていた。

  ――緊張しているかもしれないけど、今晩は絶対にちゃんと眠るようにしてね。眠れなかったら、この学校の人に相談して。

  ……なぜ、わざわざそんなことを言うのだろうか。それも、先生の言っていた”特異体質”に関わるから、ということだろうか。あれこれ思案していると、後ろから声をかけられる。

  「今はあれこれ考えてもどうにもならないんじゃない? きっと、すぐに疑問は解消されると思うな」

  「逸花……ああ、これ、ありがとう。すげえ助かった」

  声のした方向に振り返り、借りていたシャーペンを手渡す。どういたしまして、と呟く逸花に対し、俺は続ける。

  「なんで、そんなことが分かるんだ?」

  「んーと……勘、かな?」

  「なんだそれ……」

  逸花は冗談めかしく言っていたものの、なんだか妙に納得してしまった。異常なまでの気の利きようを見せてきた奴だ、勘というのもあながちバカにできないかもしれない。

  それに、さっき声をかけてきたのだって、俺が考え込んでることを察してのことだろうし。

  「逸花、部屋戻るぞ」

  「ああ、今行く! ……あれ、僕のルームメイト。今度紹介するね」

  逸花は、自分のことを呼んだ兎獣人の方を見てそう言うと、「またね」の言葉とともに教室を去ってしまった。

  ……なんか、すげえ奴だったな。親切なことには変わりはないんだろうけど。

  この土地に来て覚えた二人目の同級生の名前「依道逸花」は、なぜだか俺の記憶に深く刻みつけられたような気がした。

  *

  「先生の言葉にはびっくりしたよなー」

  逸花と別れた後、俺は椙山が周りの同級生と話し終わるのを待ってから二人で部屋に戻り、今は弁当を食べている最中だ。正確には、俺が待っていることに気づいた椙山が一人だけ集団から抜けてきたのだが。

  「……まあ、何かしら突拍子のないことを言われる予感はしてたけど」

  「え、すごっ。俺驚きすぎて椅子に尻尾ぶつけちゃったもん」

  ……嘘だ。やたら達観している逸花と話した影響で妙に落ち着いているが、俺の驚きも相当なものだった。

  「尻尾ぶつけたって……お前が周りに揶揄われてたの、それが理由か」

  「そーなんだよ! あいつら酷いんだぜー、寄ってたかって俺のことバカにしやがんの」

  そう言いつつも、椙山の表情は明るかった。オリエンテーションが終わった後、椙山の席の方を見ると、周りには人が集まっていて。やはり、こういう奴の周りには自然と人が寄ってくるのだろう。

  「別に俺に気遣って抜けてきたりしなくてもよかったのに」

  率直な気持ちだった。俺のことを気遣ってくれたのは嬉しいが……俺なんかのために、なんて思ってしまい、素直に受け取りづらい。

  「いいんだって、俺がそうしたかったんだし。それに――」

  話すときは常に俺の目を笑顔で見据えていた椙山の瞳が、ほんの一瞬だけ、真摯で真面目な様相を見せる。

  「――それに、俺は、晴……晴くんみたいな人の方が話してて落ち着くから、好きだし」

  俺の予想の外から唐突に投げ込まれた発言に、心臓が大きく脈打つ。口に水でも含んでたら吹き出しそうなくらいだ、ああ危ねえ。

  「……お前、それ誰にでも言ってるんじゃないのか」

  「えー、そんなことないよ。晴くん、見てて面白いし」

  「……」

  「照れてる」

  「うるせ」

  反抗しつつも、自分でも顔が赤くなっているのを感じる。嬉しくないわけじゃない。むしろその逆ではあるのだが……。

  中学の頃は――ちょっとした諍いが原因で――周りから向けられる感情といえば、敵意ばかりだった。

  それだけに、久々に向けられる人からの好意が、どうにもむず痒い。

  ……でも、せっかくなら、その好意に少しくらい応えたい。こんな俺のことを、どんな形であれ「好き」だと言ってくれるのなら。

  「呼び方」

  「へ」

  「呼び方……くん付けするの慣れてないんだろ、呼び捨てでいい」

  「……!」

  こんなのでいいのか分からないが、これが俺なりの「素直」だから。

  「……晴っ!」

  「分かった、分かったから! 俺はもうシャワー浴びて寝る!」

  目の前で今日一日の中で最高の笑顔を見せるルームメイト――”心”とともに。

  「へへ……ありがとね、晴」

  「……ん」

  たとえ不器用でも、もう少し素直な”山南晴”を生きていきたい、なんて、そう思った。

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