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【FANBOXサンプル】後編:人を寄せ付けない名家のお嬢様が養子になったケモっ子くんにずぶずぶ依存していくお話

  母さまが孤児院から引き取ってきた子供、ククルシカを迎え入れてから半月ほどが経過した。

  養子に迎え入れたからと言っても特別何かあるということでもなく、ただ家族が一人増えたというだけの極めて平凡な日々が続いている。

  でも、ただ一つだけ変わったことがある。

  「ただいま」

  時刻は夕暮れ時、学校が終わった私は足早に自宅へと帰宅した。

  「おかえりなさいませ、アリシア様」

  そう言って出迎えるメイド達の中に小さな影が一つ。

  「おかえりなさいっ、お姉さま!」

  ククルシカが尻尾をパタつかせながらぎゅ~っと抱きついてくる。ここ最近は私が帰ってくるとメイド達と一緒に出迎えてくれるようになっていてこうして甘えてくることもしばしば。

  「ただいま。良い子にしてた?」

  「はい!いい子にしてましたっ」

  「ん、えらいね」

  そう言ってククルシカの頭を優しく撫でる。撫でられるのが好きなのか、ククルシカは嬉しそうな顔ですりすりと頭をくっつけてきた。

  迎え入れた直後は誰に会っても怯えきった様子だったので少し心配だったけど、今では母さまや使用人達にも懐き可愛がられている。

  中でも私は特に好かれているようで家にいる時はべったりとくっついたまま中々離れてくれない。

  最初の頃に一度だけ「たまには他のところに行きなさい」と言ったら目をうるうるとさせ泣き出しそうになったのでそれ以上何も言えなかった。以降お風呂や寝るときも一緒、母さまはそんな私たちを見るたび「あらあら」と微笑ましげな視線を送ってくる。

  周囲からの温かい目に対し最初は少々気恥ずかしさがあったが、今ではあまり気にならなくなりククルシカに接する態度も柔らかくなってきた気がする。

  「お姉さま、今日も…」

  「うん、すぐに行くからお部屋で待っててね」

  私がそう答えるとククルシカはぱあっと笑顔になりパタパタと自分の部屋に戻っていった。その後ろをお世話役のメイドが小走りでついていく。

  最近ククルシカとの間で日課となっていることがある。

  私たちのところへ迎え入れてからのククルシカは、お話をしたり絵本を読んだりするのが好きなようでいつも私が読み聞かせなどをしているのだが、本の中の言葉の意味が分からずに首を傾げていることや、頭に浮かんでいる言葉を中々表現出来ずにいることが多かった。

  そんなある日気まぐれで言葉のことやちょっとした勉強を教えてみると興味が湧いたようで、もっと教えて!とお願いをされた。最初こそ面倒だなと思っていたが、教えていくことを一つ一つしっかりと吸収していく姿を見て次第にそんな考えは露と消えていった。

  難しい問題を分からないで済ませずに直向に学ぼうとする姿勢。勉学が苦でしか無かった私には出来ない表情。まるでお気に入りのおもちゃで遊んでいるかのような楽しげな様子でククルシカは勉学に励んでいった。

  それから日々の勉強の合間合間に色々なことを教えている。どのジャンルの勉強もククルシカは楽しそうにこなす。

  「お姉さまといっしょにいれて、たくさんのお勉強を出来て、楽しいです」

  そう言うククルシカのとても幸せそうな笑顔を見ていると私も自然と笑みが溢れてくる。その笑顔は、父さまが亡くなってから今日までずっと私の心に積もり積もっていた重責、迷い、苦しみを晴らしてくれるほどに輝いていた。

  「ククルシカ、ここの問題は分かる?」

  そして今日も自室で二人きり、勉強を教えている。今回はテストも兼ねていつもより難易度の高い問題を出してみる。ククルシカは少し考える素振りを見せたのち、かりかりと解答を紙に書き記した。用紙を受け取り解答を確認する。

  「すごい、全問正解よ。ついこの間始めたばかりなのにみるみる賢くなってくね」

  「えへへ、お姉さまのおかげです」

  照れくさそうに顔をふにゃふにゃ綻ばせるククルシカ。その幸せそうな表情を見ていると愛おしささえ感じてしまう。

  父さまや母さまも、こんな気持ちだったのかな。

  ククルシカとは親子でもなければ血も繋がっていない。だけどこの子を見ているとなんだか胸が温かくなる。そこにはなんのメリットもないし得も無い…でもそんなことがどうでもよくなるくらいに可愛い、愛おしい、守ってあげたい。

  気がつくと私はククルシカを強く抱きしめていた。ククルシカは不思議そうな顔で私を見上げる。

  どれくらいの間そうしていただろう。不意に、

  「…ククルシカは、いなくならないでね」

  心の底から零れるような、本音が漏れる。

  …。

  私は子供に何を言っているのだろう。急にこんな事言われても分からないだろうし困らせるだけだ。

  そう思い急いで離れようとすると、ククルシカはきゅ…と小さな身体をくっつけてきた。いつもの甘えるようなハグではなく、私のことを包み込むような優しさ、温かさがある抱擁…。

  「ククルシカは…いなく、なりませんよ。ずっといっしょです」

  心の何処かでずっと欲していた言葉をかけられ、私は情けないことにポロポロと涙を流してしまう。

  すごく、優しい子。好き、大好き。そんな感情が溢れ出して、わんわんと声をあげて泣いてしまった。

  ククルシカは何も言わずただただ私を抱きしめている。

  泣いて、泣いて、泣いて…。今までの悲しみを全て吐き出し洗い流すかのように。

  カトリーナ家の跡取りになる、という目標はまだ成し遂げていない。だけど不思議と肩の荷が下り、胸につかえていたつらいものが消えていくような感覚…ククルシカと出会ってから私の心境は少しずつ良い方向へと変化していった。

  自分の本心に耳を傾け、その気持ちに従って行動を取る。ただそれだけのことで色の無かった陰鬱な日常は次第に色鮮やかなものへと変わっていった。

  無理が祟り体調を崩すことも減り、悪夢を見ることも無くなった。母さまやメイド長のエシャロットからは憑き物が取れたかのように良い顔になったと言われ、なんだか嬉しい気持ちになった。

  学園でも友人が出来、休みの日に遊びに誘われることも増えた。

  ククルシカのとの時間も充実していき、今では本当の姉弟のように毎日を過ごしている。

  苦しいこともたくさんあったけど、以前のように打ちひしがれることも無い。乗り越えていける。

  幼い頃に父さまが亡くなってから初めて私は、前を向いて生きていけるようになった。

  ――それから10年の歳月が経過する。

  桜が散り、じめじめとした暑さが猛威を振る季節。首元に滴る汗を拭いながら私は薄暗い夜の中、ひとり車を走らせていた。

  本来なら今日はお休みの日。学生時代に出来た世話焼きな友人と月一ランチを楽しんでいたところ、カトリーナ家と親交のある女性から「トラブルが起こり仲裁に入ってほしい」という旨の連絡が入り、ランチもそこそこに遠出をするはめとなった。

  これが結局長引いて問題が解決する頃にはもう夜になっていて私は蒸し暑く暗い闇の中帰ることを余儀なくされた。

  一応帰る際に「夜も遅いし泊まったらどうか」と声を掛けられたが遠慮した。他所で寝泊まりするのはどうも好きじゃない。それに私が泊まるとなると向こうもそれなりに気を使うだろう、トラブルもあり疲れている中余計な負担は掛けたくない。

  ならせめて、と渡されたお礼の品を片手に私は足早に帰路へと着いた。

  正門を開き車を敷地に入れる頃には日付が0時を回っていた。屋敷の明かりもほとんど点いていない。メイドの子たちも寝静まった頃だろうか?軽食をお願いしようと思っていたけど、わざわざそのために起こすのも可哀想だ。今日はもうシャワーを浴びてさっさと寝よう。

  大きな欠伸をこぼしながら玄関の扉を開ける。いつもは来客をもてなす意味合いも込めて煌びやかな照明が屋内を照らしているが、流石にこのド深夜に訪ねてくる人はいないので最小限の明かりのみがうっすらと点いている。

  靴を脱ぎスリッパに履き替えて自室へ行こうとすると、玄関横にある部屋の扉が開かれた。

  「あっ、姉さま。おかえりなさい。」

  そう言って声の主が駆け寄ってくる。そして幼い頃と変わらないぱあっとした笑顔で出迎えてくれた。

  「ただいま、ククルシカ。こんな時間まで待っていてくれたの?」

  「はい。姉さまが急用で出ていってから帰ってないってメイドの子から聞いたので、ちょっと心配だったんです」

  昔母さまが孤児院から引き取ってきた子供ククルシカ。栗毛色のお耳と尻尾がついている犬系の獣人だ。

  「そう、心配掛けたわね。ちょっと用事が長引いただけだから大丈夫よ。待っててくれてありがとう」

  頭を撫でてあげると嬉しそうに尻尾を振るククルシカ。こういうも幼い頃と変わらない。

  しばらくそうしていると、ククルシカがはっとしたように話し始めた。

  「メイドの子たちも遅くまで起きててくれようとしたんですが、明日もあるので先に休んでもらいました。なので夜ご飯は僕が作ります!」

  任せなさいと言わんばかりに胸を叩くククルシカ。その自信満々な様子に思わず笑みが溢れてします。

  「ふふ、じゃあ軽いものをお願いしようかしら」

  「はい!じゃあ荷物を置いたら食堂に来てくださいねっ」

  そう言ってパタタッと調理場へと向かうククルシカ。私のために夜遅いのに待っていてくれた、ということに喜びを覚えつつさっきよりも軽い足取りで自室へと向かう。

  今朝出ていった振りの自室へと入り明かりを点ける。名家当主ともなれば高価な家具やコレクション、そして隅々まで掃除が行き届いてホコリ一つ無い素晴らしい部屋…なんてことはなく家具はほとんど昔のまま、床には着替えの服や仕事の書類などは散らかっておりずぼらな女丸出しの汚部屋となり果てていた。

  仕事の資料などもあるので自室にメイド達を立ち入らせないようにしているから当然掃除もされていないししていない。ここ最近は仕事が終わりそのまま突っ伏して寝るだけの空間になってしまっている。

  「たまには掃除もしないとなぁ」

  床の服などを踏まないようにテーブルまで歩き荷物を投げるように上に置く。するとその衝撃で山積みになっていた封筒がバラバラと落ちてしまった。

  「げ」

  ダムが決壊するかのように次々に封筒が床には広がる。それを見てため息を吐きながら時計を見やる。ククルシカが調理場に行ってからまだそんなに経っていない。少しだけ部屋を綺麗にしておこうか。

  床にしゃがみ込み封筒の中身を見やる。そのほとんどが過去に手を付けた仕事の資料で今では必要ないものも多い。

  原本は他にあるしもう捨ててしまおうか。そう思いながら他の封筒をチェックしていくと、

  「…そういえば、コレをなんとかしないとだった」

  再び深いため息をつき封筒を見る。中身は仕事の書類ではなく私個人に宛てたものだ。

  カトリーナ家は他の名家との交流も深く私自身も何度かパーティーなどに呼ばれたりする。そこで「うちの息子はどうか」などの話を振られることも多い。

  若い娘が一人で出来ることには限りがあるとかなんとかいって、自分の息子と結婚させ家ごと取り込もうと画策しているのだろう。

  そんなこんなであちこちから「政略結婚の申し出」が後を絶たない。当の本人の私は興味も無いしその度にやんわりと断っているというのに必死なものだ。

  それにカトリーナ家は当主が他所に嫁がないといけないほど困っていない。まだ若く経験も浅いため出来る仕事に限りがあるのは事実だが。

  「はぁ…」

  件の封筒をテーブルに投げ捨てソファに座り込む。

  私が20歳の時に跡を継いでもう5年か。子どもの頃より時間の流れが早く感じる。屋敷の面々もずいぶんと変わってしまった。

  母さまはカトリーナで新しく立ち上げた事業のいくつかを担い各地を転々としているため、顔を合わせられるのは年に数回。もう少しで戻れそうと言っていたがどうなんだろう。

  幼い頃から面倒を見てくれたメイド長のエシャロットは結婚を期に退職し現在は子育てに奮闘していて大変だという。しかしその忙しい中時間を作り、たまにこっちに顔を出してくれている。後任のメイド長や新人メイドの指導などもやってくれており相変わらず頭が上がらない。

  ククルシカは…もう19歳になった。使用人とも打ち解けいつも家の中を楽しい雰囲気にしてくれる。最近は街に遊びにいくことも多いようで、そっちにもお友達がいるんだろう。街の人からの評判も良いそうだ。

  最初の頃は勝手なイメージで、獣人は成長したら毛深くなり身体もゴツゴツになるなんて思っていたけれど、そんなことは全く無かった。

  どちらかというと女性的な身体つきで背も私より少し低い。大きな耳や尻尾以外は人間の子となんら変わらない。そして何よりすごく美人になった。

  今は仕事という仕事はしていないが、時折私の仕事の手伝いや不在の時に屋敷のことを任せたりもしている。来年には成人し出来ることも増えるだろう。あの子は何かしたいことはあるのだろうか。

  「…。」

  あの子もいつかは屋敷を出て、良い人を見つけて幸せになるんだろう。私の知らない人間と、私の知らない場所で。

  ククルシカは、とても良い子だ。どこに出しても恥ずかしくない自慢の…弟。

  血は繋がっていない、養子。肉親じゃ、ない…。

  ……。

  もし、ククルシカが相手だったならどれだけ幸せだろうか。上辺だけの関係じゃない、本当の…。

  私は、ククルシカのことを本心ではどう思っているんだろう。ただの弟?それとも…。

  分からない。ここ数年ヘンな感情が私の胸を曇らせる。年々綺麗になっていくあの子を見て、邪な感情が湧いてくる。気恥ずかしさから目も合わせにくい。

  …。

  いや思春期じゃあるまいし、こんなの駄目だ。疲れが溜まってまたくだらないことを考えてる。ククルシカは私の弟…それは絶対に変わらない。

  屋敷から出てひとり立ちすることがあってもまだ当分先のこと…今考えても何にもならない、やめておこう。

  …そろそろ食事が出来た頃だろうか。せっかく作ってくれるんだから待たせちゃいけない、早く食べに行こう。

  先程までの考えをふるふると振り払い食堂の扉を開ける。瞬間、ふわりとコンソメの良い匂いが鼻をくすぐる。好物のコンソメスープもあるのだろうか、途端に食欲が湧いてきた。

  「あっ、姉さまちょうど出来上がりましたよ!椅子に座って待っててくださいね」

  調理場からひょこりとククルシカが顔を覗かせてそう言う。それに従い椅子に座って待っていると、

  「お待たせしましたっ、サンドウィッチとコンソメスープです」

  両手にお皿を持ちククルシカがやってきた。ふんふんと鼻歌を歌いながら料理を私の前に出す。

  「ありがとう。ふふ、美味しそうね…さっそくいただこうかしら」

  「めしあがれ〜っ」

  ククルシカは向かいの椅子に座り私の方を見つめてくる。若干の気恥ずかしさを覚えつつサンドウィッチを口に頬張る。

  「ん、美味しい。ククルシカまた作るのが上手くなったわね」

  「えへへ、やった。お料理作るの好きなのでよくメイドの子達のお夜食とか作ってるのです。皆んな美味しいって言ってくれるんですよっ」

  「コンソメスープは夕食の余りですけど、美味しいですよ!料理担当の方が腕によりをかけて作りましたから。あと僕もちょっと手伝ってます!」

  どうぞどうぞ、と促されスープにも口をつける。…美味しい、私の大好きなコンソメスープそのものだ。料理長もさることながらククルシカの腕にも目を見張るものがある気がする。今度から私も夜食を作ってもらおうかな。

  そんな気持ちが顔に出てしまっていたのか、ククルシカは嬉しそうにはにかんだ。

  「でねでね姉さま聞いてくださいっ、今日街に遊びに行った時にこんな事があったんです!」

  いつものようにククルシカは今日あった出来事を話し始める。道端にいた野良猫ちゃんが可愛かった、珈琲屋でデザートをおまけしてもらった、お友達と遊んだなど色々なことがあったようで、とても楽しそうに話を続け私も時折相槌を入れる。

  

  私はこのひとときが大好きだ。他者の邪魔が入らず仕事のことも忘れられるククルシカと私…2人だけの時間。どこか幼さが残る優しい声はすっかり大人になり荒んでしまった私の心を綺麗に浄化してくれる、そんな気さえもした。

  どれくらいの時間が経っただろうか。食事も終え、たくさんお話をして話題も尽きてきた頃にククルシカがもじもじとしながら話しを切り出してきた。

  「姉さま、その、少し相談したいことがあるんです」

  「ん、何かしら?」

  一呼吸空けたのち、ククルシカはゆっくりと口を開く。

  「今度、姉さまに紹介したい人がいるんです。会っていただけませんか?」

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