トレジャータウンに店を開くガルーラの紹介で、私はサメハダ岩の洞窟に住み始めた。金のない私はトレジャータウンで雑用や細々とした仕事をして、日雇いで銭を稼ぎ、仕事に必要な道具やトレジャータウンの住民が何を求めているのかを調べた。途中、プクリンギルドにも立ち寄ったが、探検隊のライセンスのない私が受けられる仕事は雑用ばかりであった。それでもヘンデル氏は笑顔で仕事を紹介してくれて、私を助けてくれた。
そんなおり、奴隷商人がトレジャータウンの近郊に潜んでいるという噂を聞いた私は、過去の世界とはいえ平和な事ばかりではないと思い知った。
奴隷商人に捕まり、売春宿にでも売られたら大変だ。
未来の世界で将校とヴィレムに口と肛門を犯された私は、当時の光景を思い出し、背筋を震わせた。ヴィレムは別の牝を抱いた後であり、私の肛門を犯すことにした。あの時、ヴィレムは私を牝だと気づいていたが、将校には黙っていた。ヴィレムの気まぐれによっては、あの時に彼らの子供を孕まされていたかもしれない。
私は自身の想像力を恨みつつも、小銭を稼ぐ毎日を過ごしていた。そんな私に世話を焼いてくれたのが、最初に出会ったガルーラであった。私が買い物に行く度に健康状態や食事などを聞き、まるで私の母親のようにみえた。
「母親…か」
サメハダ岩の洞窟の中で、私はポツリと呟いた。
死刑になる前の私は孤児だった。ある国の孤児院に捨てられた私は、幼少期から高校卒業までを孤児院で過ごし、国から支給される奨学金を使い、大学で医学や薬学を学んだ。高度な教育を受けた私は、大学卒業後に新薬開発の研究に参加した。ある難病に対する新薬を国の威信を掛けて開発しており、とある大病院での臨床試験に私は参加した。
結論から言うと、臨床試験は失敗に終わった。
私の指示で看護師が患者に投薬した後、97%以上の患者が死亡した。多臓器不全や心機能の低下、呼吸不全を起こし、処置する間もなく患者は死んでいった。
有意水準0.05を超えた事態は、研究者である私に対する皮肉なのだろうか。
ナースコールとアラートが鳴り響く病室で私はぼんやりと考えていた。気がつくと私や研究スタッフは国に身柄を拘束され、研究を推し進めてきた国のお偉いさんに代わり、患者家族の前に突き出される形となった。
怒りと憎しみと悲しみ、そして復讐心に燃える患者家族は私たちに対する憎悪を向けており、国は一早い決着を望んでいた。加えて、研究スタッフの面々は1番年下で立場の弱い私に全責任をなすりつけ、自己保身に走った。
金で解決できない問題に対する生贄として、私は選ばれたのだ。
他国のメディアからは嘲笑され、国のメンツを傷つけ、患者の命を奪った私は裁判にかけられ、異例の早さで死刑判決が下された。そして、あっという間に死刑台に座らされた私は、毒薬を注射された。
サメハダ岩の洞窟の中で私は過去の記憶を思い出すと、僅かに自嘲した。
「国の最高学府を卒業した結果が、化けギツネのゾロアに転生か…」
裁判で詐欺師や人殺しと罵られた私には、ある意味で最適な姿なのかもしれない。そんな私が波導の勇者と呼ばれるルカリオの進化前、リオルに変幻していたのも、皮肉なものだ。
そう考えた私はプクリンギルドで再度仕事を得るべく、姿をガバイトのゼーン(私が考えた仮の姿だ。牡のガバイトなら舐められる事も少ないだろう)に姿を変えた。
医療機器や調合セットなど、必要な道具は揃いつつある。
グレーゴル、いやニコルはトレジャータウンで医師として働くためにも、プクリンギルドに仕事の紹介を依頼する事にした。ニコルは荷物をまとめると、サメハダ岩の洞窟ではなく、診療所としても使えそうな建物を探すためにも、トレジャータウンへ繰り出す事にした。
ふと、ニコルの脳裏に幼少期の記憶が過ぎった。
孤児院で出会った面々、その中にはニコルと特に親しくしていた者も居た。もっとも、孤児院を出た後に再会することはなかった。
「…カフカ、エミル…」
ニコルは未来の世界で出会った仲間の顔を思い出すと、寂しそうな目をした。だが、頭を振ると現実に意識を戻し、サメハダ岩の洞窟を後にした。
ふと、ニコルはヘンデル氏のプクリンギルドの掲示板で見た求職者の紹介を思い出した。珍しい事に、薬剤師の求職者が居たのだ。
「…声をかけてみるか」
かつて死刑になり、未来の世界でグレーゴルと名乗っていた牝のゾロア、ニコルはゾロアークに進化しており、彼女はガバイトのゼーンに変幻しトレジャータウンの中へと消えて行った。
*
(…クソッ‼︎クソがッ‼︎)
眼前で戦闘状況に突入した牡のジュプトル、カフカと牡のルカリオ、Kを見たグレーゴル、いや牝のゾロアークのニコルは内心毒づきながら走り続けた。
ヘレンを通したエリースの依頼を達成し、無事にリラの赤子を草の大陸へと護送する事に成功した。だが、目的地であるトレジャータウンの港にカフカと牡のヨノワール、フランツの姿がある事は予想外であり、更に彼らが戦闘に入る事など、予想する事は不可能であった。
(クソがッ‼︎お前達は知っていたんだろう‼︎)
駆けながらニコルは脳内で尋ねたが、彼女の問いを嘲笑するかのように、白いポケモンは応えた。
『いやぁ、さすがにこれは偶然の産物だよ。まさか時の守護者と星の調査団が邂逅するとはね』
白い空間に置かれた卓袱台に向かって腰掛けている白いポケモンはタブレットで課金ゲームを遊びつつ、ニコルの問いに答えた。彼の近くにはギラちゃんの姿もあり、ギラちゃんは冷めた目でニコルを見ていた。
『この世界はドンドン滅びの時へと突き進んでいる。ちなみに水の大陸ではオズボーンがグレーテの手によって殺されたようだ』
ギラちゃんの言葉を聞いたニコルは驚きの表情を浮かべたが、先にKを取り押さえるべく、カバンの中に隠していた小麦粉の袋を取り出した。ニコルはKに向かって袋を投げつけると、彼の視界を奪いつつ、カフカとフランツの傍に立った。
「カフカ‼︎なぜフランツと協力している‼︎」
初対面でありながらカフカとフランツの名前を呼ぶあたり、ニコルが未来の世界で出会ったグレーゴルであるのは明白だ。カフカは再会を喜ぶ笑みを浮かべるが、すぐに視線をKに向けると「話すと長いぞ‼︎」と返しつつ、Kの投げつけた角棒の破片を叩き落とした。
「今はKを取り押さえるのが先だ‼︎」
カフカはニコルに向かって声を張ると、視線を辺りに向けた。港という事もあり、無関係な住民の姿もある。そのような状況下で目立つ行動を取るのは非常にまずい。カフカは眼前から飛びかかってくるKを避けると、まずは彼を行動不能にさせる事を優先目標とした。
Kは地面に着地すると、そのままカフカに襲い掛かろうとしたが、彼の腹をニコルが蹴り飛ばした。
「ごめんっ‼︎後で治療するからっ‼︎」
加減しながらもニコルはKの脇腹を蹴り飛ばすが、Kは地面を転がりダメージを吸収させると、そのままニコルめがけて飛びかかろうとした。
強力な炎が飛んでくる。
状況を傍から見ていた牝のマフォクシー、ヘレンはマジカルフレイムをKとニコルの間に放つと、時間を稼いだ。Kは炎の勢いに負け、後退した。その間にニコルは姿勢を崩していたフランツを助けると、カフカと共にKを睨みつけた。
唯一、状況を理解できていないヘレンはニコルとKの両方を見ながら、声を張り上げた。
「ねぇっ‼︎これはどういう事⁉︎オズワルドはどうしたのよ‼︎」
赤子を誰かに託したのか、ヘレンは木の杖を構えたまま、ニコルに向かって尋ねた。普段から冷静なヘレンが声を荒げている事からも、状況は逼迫している事は明らかである。
星の調査団も、時の守護者についても何も知らないヘレンに対して、どのように説明すべきか。
ニコルは飛びかかってきたKの拳を避けながら考えていた。そこにフランツの放ったシャドーパンチが襲い掛かる。Kはシャドーパンチを最低限の動きで回避すると、鋼の力を宿した膝蹴りをフランツの脇腹に叩き込んだ。
「ぐっ…」
Kの重たい一撃にフランツは怯んでしまった。その隙にKは鋼の力を宿した拳でフランツに殴りかかるが、ニコルの飛び蹴りが邪魔をした。
Kの手がニコルの足首を掴んだ。
飛びかかってきた勢いを利用し、Kはニコルの身体をぶん回し、石畳に叩きつけようとした。
「がっ」
ニコルの頭が石畳に叩きつけられる直前、スラディングしながら割り込んだカフカがニコルの身体を抱き締め、そのままKと距離を取った。一連の衝撃にニコルは苦しそうな声を漏らしたが、意識を保つとカフカに「ありがとう」と礼を述べた。
「気にするな、俺とお前の仲だろう」
カフカは口角をあげるとニコルの頭を撫でながら言った。知らない内にキモリから進化し、様々な経験を積んでいたカフカの振る舞いに、ニコルは苦笑いを浮かべ、飛んできたブロックの塊を跳躍して回避した。
ニコルと同じく、カフカも跳躍してブロックの塊から回避すると、視線をKに向けた。
Kの繰り出す一撃を受けたフランツの身体がくの字に折れ曲がり、Kが止めの一撃を極めようとしていた。
カラフルな羽が舞う。
突如、空を舞い落ちてきた複数の羽は、Kの腕に絡みつき、その動きを制限した。そのままKはフランツに殴りかかるが、勢いの消された攻撃は大したダメージにならず、フランツの身体を突き飛ばす程度で終わった。
「あれは…」
カラフルな羽の数々を見たニコルが小さな声で呟いた。
それは飛行タイプのポケモンが使う技、フェザーダンスだ。
見覚えのあるカラフルな羽がKの動きを制限し、Kは狂気の笑みを浮かべたまま、辺りを見渡した。
Kの視界の端に、赤子の傍で美しい舞を見せていた牡のペラップ、ノイズの姿が映り込んだ。プクリンギルドのNo.2にしてヘンデルの相棒であるノイズは、Kの戦闘力を鈍らせている。
ノイズの存在を認識したKは別の角棒を掴むと、凄まじい速さでノイズに接近しようとした。
だが、それはピンク色の物体に阻止された。
「親方様、お願いします」
接近しつつあるKを見たノイズは穏やかな口調で言った。直後、フェザーダンスで動きの鈍ったKの前に、プクリンギルドのトップを務める牡のプクリン、ヘンデルが姿を現した。
「ようやく正体を表したね、オズワルド」
まん丸とした瞳で睨みつけると、ヘンデルは半透明な防壁を作り出した。物理攻撃に対する防御壁であるリフレクターにKの振り下ろした角棒が突き刺さり、Kはそれを引き抜こうとした。
Kの動きよりも早く、ヘンデルはリフレクターの壁を蹴り倒すとKを押し潰そうとした。だが、Kも倒れてくるリフレクターの壁を避けようと、側方に転がる。
その瞬間、石畳を無防備に転がるKの動きが鈍くなった。
部分的に重力を強化させると、ヘンデルはKの身体を石畳に縫い付けた。身体全体にのしかかる重力の重さにKは呻き声をあげるが、なんとか逃れようと這いつくばって移動しようとした。
その時には勝負の決着がついていた。
這いつくばるKに向かってヘンデルは穏やかな声で歌い出すと、彼の睡魔を誘い、瞬く間に戦闘不能な状態へと陥れた。ノイズのサポートとヘンデルの攻撃は、まるで舞のような洗練されたものであった。優雅であるが、的確な行動はKの動きを封じ込め、その間にカフカとニコルが荒縄でKの身体を拘束する。
騒動が落ち着き、ニコルが小さく溜息を吐いた直後、彼女らの前にヘンデルが立ち塞がった。
「それじゃあ、全て説明してもらおうかな」
「包み隠さずにね」と続けて言うと、ヘンデルは笑いながら、まんまるな瞳でニコル達を見つめた。その眼力は有無を言わさず、ニコルとカフカ、フランツは身体を硬直させた。
*
水の大陸、ワイワイタウン。
数時間前にレシラム教の教皇であるオズボーンが暗殺された事により、街は混沌に包まれていた。レシラム教の信者達は暗殺の実行犯と思われる犯人を探すため、目に止まった旅人や異教徒を襲い、それぞれの価値観で裁いていた。住民達の手には包丁や農機具、剣などが握られており、旅人や異教徒が発言する前に襲い掛かり、血祭りにあげていった。
レシラム教の中には暴力に反対する穏健派の信者もいるが、興奮した暴徒の前にはなす術もない。
通りに面した建物の上階からは、屋内に隠れていた異教徒や旅人、そしてレシラム教の穏健派達が暴徒に見つかり、中で殺されたり、生きたまま上階から通りへと落とされていた。通りのあちこちに死体と血の染みが広がり、暴徒はますます興奮していき、無抵抗な者にも手をかけていた。
赤子と子供を連れた牝のグラエナが走って逃げているが、その後方から武装した暴徒が迫っている。息が切れつつあるグラエナは懸命に走り続けるが、やがて体力の限界を迎え、石畳の上に倒れ込んだ。
怒りに狂う暴徒がグラエナや子供達に襲いかかろうとした。
「行けぇっ‼︎」
通りに大声が響き渡り、暴徒の脚を止めた。直後、通りの脇道からレシラム教の騎士団が姿を現し、グラエナと子供達を守るように盾を構えた。
騎士団の先頭には牡のガオガエン、ルドルフが立っていた。円卓の一員にしてレシラム教親衛隊を率いるルドルフは、オズボーン暗殺という不名誉を挽回すべく無抵抗の住民や避難民を助けに回っていた。
ルドルフの大声に合わせて騎士団の面々は槍を構えて、暴徒に向かって突撃する。無抵抗な牝と子供達には強気な暴徒であったが、武装した騎士団を前にした瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っていた。何人かの暴徒は迫り来る槍を避け切れず、串刺しになっていたが、大多数の者は散り散りになった。
その光景を見たルドルフは弱者に強気な暴徒に対して侮蔑の目を向けると、黒い装飾品を首から下げたグラエナを見下ろした。ゼクロム教徒であるグラエナはレシラム教親衛隊を前にして怯えたような目を浮かべたが、ルドルフは「安心しろ」と声をかける。
「通りの先にレシラム教の教会がある。避難所があるが、宗教や出自に関係なく受け入れている」
ルドルフの言葉を聞くと、グラエナは安心したように子供達を抱き締め、少し怯えた眼差しでルドルフを見上げる。
「ありがとうございます」
震える声でグラエナは礼を述べ、ルドルフは恥ずかしそうに顔を背けた。彼は騎士団の団員に声をかけると、「教会まで案内しろ」と命じた。ルドルフの指示を受けたルチャブルは敬礼して応えると、グラエナ達を連れて教会への道を歩いて行った。
オズボーンの暗殺後、円卓の面々はそれぞれで行動していた。事実上のNo.2であるカウフマンがレシラム教の一切を暫定的に引き継いだが、彼は暴徒を止める事なく、「オズボーン様の暗殺犯を探せ」と命じ、表舞台から姿を消した。これは暴徒の動きを助長させる命令であるが、カウフマンは撤回せず、暴動を傍観しているだけであった。
リラは拷問室から出された後、異教徒殲滅のための鉄砲玉として起用された。現在、どこにいるかはカウフマンしか知らない事である。
ヴィレムもまた、売春宿から姿を消すと連絡を絶った。元々、自身の欲求を最優先にするような者であるため、他の円卓の面々もヴィレムの所在はあまり気にせずにいた。
エリースとルールは元々穏健派であった事もあり、ルドルフと協力していち早く避難所の設立と救助活動に当たっていた。もっとも、武力面はルドルフ率いる親衛隊と騎士団に頼っており、エリースとルールは治療と避難所の運営に尽力していた。
円卓の面々、9人中6人が死亡或いは連絡不能となり、決定権は残りのルドルフ、エリース、ルールのものとなった。もっとも、ルドルフは親衛隊指揮官であるため、実務的な決定権はエリース、ルールが握っている状態である。
「…まさか円卓がここまで落ちぶれるとはな」
また1人、避難民を救い、暴徒を大剣で斬り伏せたルドルフは小声で呟いた。彼の呟きを聞いた騎士団の団員は辛そうな表情をみせると、別の暴徒の胴体に突き刺した槍を抜きながら応える。
「オズボーン様を失い、カウフマン様も指揮を実質放棄し姿を消した状態です…現状の最高権力者は誰になるのでしょうか…」
「…我々、親衛隊と騎士団は除外したとして…円卓のエリースかルールか…或いはオズボーン様の子を産んだ巫女殿か…」
ルドルフは考え込みながらも暴徒を斬り捨てると、別の暴徒の脇腹に大剣を突き刺した。手中に鈍い感触と血の臭い、暴徒の悲鳴が響き渡るが、ルドルフは意に介さずに大剣を振ると、暴徒の脇腹を大きく斬り裂いた。
辺りに臓物が散り、大腸の中身の臭いが広がる。
嗅ぎ慣れたそれにルドルフは涼しい表情をみせるが、内心はレシラム教の次期最高権力者について心配していた。
(オズボーン様の妻である巫女殿は神輿になれど、教皇としての教育を受けていない…明らかに力不足だ)
別の避難民を教会へ続く道へと誘導しながら、ルドルフは襲ってきた暴徒の顔面を殴り飛ばした。ルドルフの屈強な身体と籠手の硬さにより、暴徒の顔面は潰れたトマトのようになり、折れた歯を飛び散らせながら地面を転がった。
暴徒の背中に、別の団員が突き出した槍が突き刺さり、とどめを刺した。
その光景を見ながら、ルドルフは考え込む。
(穏健派のルールは慈善事業の運営経験がある…指揮官の能力には劣るが、他部署同士の調整や帳尻合わせに長けている参謀タイプだ)
飛んできた矢を斬り捨てると、ルドルフはナイフを取り出し、ボウガンを構えている暴徒に投げつけた。ナイフの先端が暴徒の腹に突き刺さり、暴徒は苦悶の表情を浮かべる。その隙にルドルフは近寄ると、暴徒の胴体を斬り裂いた。
(残りの面々ならば、指揮能力とカリスマ性があるのはエリースか…巫女殿とオズボーン様の子を神輿として、エリースが指揮を取り、ルールが補佐をする…私が実働部隊を指揮する)
悲鳴をあげながら地面を転がる暴徒に歩み寄ると、ルドルフは全力で首を踏んだ。足底から鈍い感覚が広がり、頸椎を折られた暴徒は全身を細かく震わせていた。
死体を一瞥したルドルフは「伝令っ‼︎」と大声を上げた。騎士団の一員であるウインディは暴徒の中を突撃し、ルドルフの傍まで寄ると火炎放射による牽制を放った。
ウインディの火炎放射により、暴徒が怯んでいる合間にルドルフはウインディに命令した。
「最高権力者不在につき、エリース殿に全体の指揮を取って頂きたい!前線は騎士団と親衛隊が守備するため、避難民の受け入れと事態の収束化に務めて頂きたい‼︎」
ルドルフの伝令を聞いたウインディは頷くと、四肢に力を込めて、筋肉の発条を動かした。ウインディの巨体は通りから飛び上がると、民家の屋根伝いに走り、教会に向かって駆け出して行った。
その姿を見届けたルドルフの耳に、部下の声が届いた。
「団長‼︎新手が来ます‼︎」
部下の叫び声を聞いたルドルフが視線を戻すと、そこには武装した一団がいた。その手には農機具や棍棒などがなく、代わりに鉄製の筒が握られていた。
(あれは…‼︎)
以前、円卓の会議で見た事がある鉄製の筒、それの正体を見抜いたルドルフは「伏せろっ‼︎」と部下に大声を上げた。
直後、マスケット銃で武装した暴徒、いや過去の世界に溶け込み、機会を伺っていた時の守護者達がルドルフ達に襲いかかった。彼らの持つマスケット銃が放たれ、大量の銃弾が騎士団に襲いかかる。
ルドルフの視界に赤子を抱いた子供の姿が映り込む。
避難中に親と逸れたのか、ニャオハを抱き上げたニャローテが震えていた。2人の姿を見たルドルフは屈みかけた身体を起こすと、2人を守るように立ち塞がった。
直後、ルドルフの全身に衝撃が走る。
剣や槍などの攻撃から守ることを前提とした騎士団の鎧では、マスケット銃の弾丸を防ぐ事ができなかった。鎧は瞬く間に砕け、その下にあるルドルフの強靭な身体に食い込んだ。
四肢に、腹に、胸に、頭にマスケット銃の弾丸が直撃し、ルドルフの身体は大きく傾いた。
消え行く視界の中、部下がニャオハとニャローテを保護し、教会に向かう道へ撤退する姿が見えた。
それを視認した直後、ルドルフの身体は石畳に崩れ落ち、視界が黒く染まった。
(最後の最後に、汚名返上ができたな…)
親衛隊指揮官としてオズボーンを守れなかったルドルフだが、無力な民を救う事ができた。その事を見届けたルドルフの意識は遠退き、再び覚める事は二度と無かった。
*
氷の大陸、レシラム教支部。
オズボーン暗殺後から別行動に移したカウフマンはカイリューの高速便で水の大陸から氷の大陸へと移動し、手元にある4つの時の歯車とディアルガの秘宝と呼ばれるダイヤモンドを使い、時渡りのためのゲートを部下に開かせた。多種多様な色が入り乱れたゲートを目の当たりにしたカウフマンは、かつて未来の世界から過去の世界へ渡った際の記憶を思い出した。
「…ようやく、ディアルガ様による救いを民草へと広げられる」
カウフマンはタバコを吸いながらほくそ笑むと、ゲートの中から次々と姿を現す人影を見た。姿形は普通のポケモンと変わらないが、その目は一様に据わったものである。
ディアルガ教を信奉する狂気の集団、未来の世界を地獄に変えた集団、異教徒を憎み暴力を内包した集団が過去の世界へと降り立った。彼らの手中には大量のマスケット銃や爆発物、毒薬などがあり、憎悪に満ちた目をしている。
その武装のほとんどが、ヒスイゾロアークであるグレーテが持ち込んだ物である。過去の世界では医師のカルマンとして活動し、ペスト治療などに尽力する一方、毒薬などの開発に取り組んでいた。
眼前に現れた時の守護者達を見たカウフマン、そしてグレーテは嬉しそうな表情をみせた。カウフマンは目を細め、グレーテは口笛を鳴らした。彼らもまた、狂気の表情を浮かべている。
時の守護者の1人が、カウフマンに黒い服を差し出した。それを見たカウフマンはにやりと笑うと、黒い服に袖を通した。それはディアルガ親衛隊隊長を表す物であり、カウフマンが将校である事を意味している。
将校の隣に立つグレーテはタバコに火をつけると、それを口に含んだ。その香りを楽しみつつ、一団を見渡した。
「レシラム教の最高権力者であるオズボーンは、既に私が始末した。民衆は混乱しあちこちで暴動が起きている」
よく響き渡る声でグレーテは言葉を発する。
「Kとフランツからの連絡がまだ無いが、ヴィレムが破壊工作のために行動に移している。我々も続き、反抗勢力を排除する」
時の守護者達の目は狂気の色に染まる。その光景を見たグレーテはタバコを吸うと、声を発した。
「レシラム教騎士団も先行した守護者達がマスケット銃で襲っている。指揮官の排除も時間の問題だ。残る抵抗勢力は騎士団の残党、そしてギルド連盟と各探検隊だが…異端審問を名目にレシラム教の異端審問官達を各地へと送り込んだ」
「奴らの壊滅も時間の問題だろう」と続けて言うと、グレーテは話を続けた。
「危惧すべき事案だが、誘い人であるラプラスと星の調査団の残党であるセレビィ、ジュプトル、そしてリオル…奴らの所在が不明だ」
「…」
「奴らはマスケット銃の存在を知っている、そしてマスケット銃の弱点も知っている。我らの敵となる存在となるため、見つけたら最優先で排除せよ」
グレーテの命令を聞いた時の守護者達は揃って足を鳴らし、応えた。それを見渡したグレーテは薄笑いを浮かべ、再び口を開いた。
「何より、リオルのグレーゴルは最重要目標だ。ヤツは私と同じくマスケット銃や薬剤の知識があるため、非常に危険だ。だが、見つけたら殺さずに生捕にし、私に渡しなさい。以上だ」
グレーテの演説が終わった直後、カウフマンの指示する声が響き渡り、時の守護者達は行動に移した。氷の大陸のレシラム教教会の内部は事前に時の守護者達が制圧しており、彼らの拠点となっていた。反抗する者は全員殺害し、無抵抗の者は地下の倉庫へ、死体は近くの氷山の谷へと遺棄している。
グレーテとカウフマン、そして時の守護者達を止められる者は誰も存在しない。彼らは堂々とレシラム教の教会内を闊歩すると、屋外に待機している飛行タイプの守護者達の背中に乗り、各大陸へと飛び去って行く。
狂気と暴力と欲望に満ちた集団が、世界へと解き放たれた瞬間である。
それを見届けたカウフマンは、傍に置いた鞄の中にある自作のライフル銃の存在を意識しながらグレーテに声をかけた。
「では、異教徒を制するまで我々はここに待機し、ディアルガ様を受け入れる体制を整えますか…」
カウフマンの提案を聞いたグレーテは頷くと、タバコを投げ捨てた。足元の積雪の中に落ちたタバコの火は瞬く間に消えて、辺りに残り香が広がった。
「…あとはグレーゴルを手中に納めたいが…」
そう呟くと、グレーテは灰色の空を見上げながら「永遠の兄妹よ」と呟いた。彼女の言葉を聞いたカウフマンはほくそ笑んだまま、グレーテの隠し持つライフルの存在を意識していた。
「…では、ヴィレムとフルトに情報を集めさせますか?」
カウフマンの問いにグレーテは「そうだな」と返すと、教会内へと歩いて行った。その背中を見届けたカウフマンもまた、教会の中へ姿を消した。
*
草の大陸、トレジャータウンにあるプクリンギルド。
港の騒動から数時間経過した。
応接室に通されたニコル、ヘレン、カフカ、フランツ、ヤミラミ達、そして眠ったまま荒縄で縛られたK、彼らの周りにはプクリンギルドの弟子達の姿があり、逃げ出す隙もない。
プクリンギルドと言えば、業界でもトップクラスのギルドであり、そこの弟子ともなれば生半可な探検家や兵士でも敵わないものである。そのような弟子達に囲まれたニコルやカフカ、フランツは居心地が悪そうに俯いており、状況を理解できずにいたヘレンは不思議そうな顔で周囲を見ている。
そしてギルドの主人にして街の名士たるプクリンのヘンデルは、ニコルやカフカ、フランツの説明を聞き、小さく息を吐いた。
「…なるほど、このプクリンギルドが未来の世界では処刑場になるんだね」
彼らの話を一通り聞いたヘンデルの返事を聞き、弟子の1人であるドゴームが意外そうな顔をした。
「お言葉ですが、親方様。こんな連中の話を信じるんですか?」
胡散臭そうな目でニコル達を見渡したドゴームの指摘に、ヘンデルは大きく頷いた。
「わざわざゼーンというガブリアスに偽装していた理由も、高い医療技術を持っていたのも、オズワルドの戸籍や住民情報が無かったのも説明ができるからね」
ヘンデルの言葉を聞いたニコルは驚いた顔を浮かべた。
「…知っていたんですか?」
ニコルの問いにヘンデルは頷くと、人懐っこい笑みを浮かべる。
「ガブリアスの爪でこれだけ細かい医療機器を扱ったり治療を施したりできるとは思えないからね。それに甘い匂いもしたから、なんとなく違和感があったんだよ」
ヘンデルの返事を聞き、ニコルは感嘆の声を漏らした。彼女の返事にヘンデルは誇らしげに胸を張った。
「…やはり、お前はグレーゴルなのか?」
カフカの問いにニコルは戸惑いの表情を見せるが、やがて小さく頷いた。それを見たカフカは溜息を吐くと、「なるほど」と応えた。
「…元人間だったり、マスケット銃を知っていたりと…色々驚かされたが…これが一番驚いたな」
苦笑混じりにカフカは話すと、弟子の用意したお茶に口をつけた。それを見たニコルは「ごめん」と返したが、カフカは手を振って応えた。
「心配しなくていいよ、俺は気にしてないからな」
カフカの言葉を聞くと、ニコルは安心したように息を吐いた。
「話は変わるけど、キザキの森の歯車を盗んだのは君で間違いないのかい?」
突然、ヘンデルに尋ねられたカフカは身体を硬直させたが、やがて首を縦に振った。それを見たヘンデルは考え込むと、口を開いた。
「キザキの森で暴動が起きたことは知っているよね?」
「…はい」
ヘンデルの問いにカフカは素直に応える。
「暴動の原因が時の歯車が盗まれた事、という説が流布しているようだけど…元々小さな小競り合いもあった場所で、更に時の歯車が盗まれたとなると…どうなるか予想はできなかったの?」
ヘンデルにそう尋ねられたカフカは顔を硬くさせると、小さく頷いた。彼の反応を見た弟子達の中には侮蔑の目を向ける者もいたが、ヘンデルはいつもと同じ表情でカフカを見ていた。
やがて、カフカは小さな声で応えた。
「遅かれ早かれ、時の守護者達もキザキの森の時の歯車を奪いに来たでしょう…彼らの手に渡ると未来の世界から時の守護者の軍団を呼び寄せられるようになるため、先手を打つ必要がありました」
「…」
「住民達には悪いと思いますが、俺が奪うか時の守護者達が奪うか…結末は変わらないと思います」
そう答えると、カフカは目を伏せた。
「…いえ、やはり俺が暴動の原因ですよね」
続けてカフカは呟くと、その場で深々と頭を下げた。それを見たヘンデルは首を傾げると、普段と変わらぬ口調で応えた。
「過去の出来事について、後からあれこれ言うのは誰でもできる事だよ。それに、落ち着いているとは言え、二大宗教の信者達が住んでいる時点で、火薬庫でもあった訳だよね…それを今さら僕たちがどうこう言ったところで、変わるとは思えない」
そう話したヘンデルはカフカを見つめると、続けて言った。
「もし君が悪いと思うなら、全てが終わった後に贖罪すれば良い。でも、今は時の守護者達を止めるためにも協力してもらうよ」
ヘンデルの言葉を聞いたカフカは、真剣な表情で頷いた。それを見たヘンデルは笑みで応えると、続けてフランツとKを見た。
「それで…オズワルド?K?彼はいったい何者なの?」
その質問に対してフランツは小さく首を振ると、一つ目でヘンデルを見返した。
「私も詳しくは知らないが…奴の纏う気配で正体を見抜けたのだ。元はグレーテと名乗った者が連れてきた…その後は将校に与えられたが…」
フランツの返事を聞いたヘンデルは「なるほど」と返すと、不思議そうな目でKを見た。彼の寝顔は非常に穏やかなものであり、狂気に満ちたKとは異なるものである。
「…オズワルドは人間の文字であるアルファベットや聖書を読めました。元人間のグレーテが連れてきたと考えると、納得できますね」
ニコルの補足を聞いたヘンデルは頷いた。そしてニコルを見ると、静かな声で尋ねた。
「…そのグレーテが誰か、ニコルはわかるの?」
ヘンデルの問いに対して、ニコルは頷いた。そして静かな声で応える。
「風の大陸にいた医者のブラッキー、カルマンです」
ニコルの言葉を聞いたカフカとフランツ、ヘレンは驚いた顔をみせた。だが、ヘンデルは冷静な態度のまま、ニコルを見つめて「理由は?」と聞いた。
「…ヤツは『同じ杖の下に誓った仲』と言いました。人間の世界では『アスクレピオスの杖』…医療を意味する言葉を知っていました」
「…」
「グレーテの正体はおそらく」
ニコルがそこまで話した瞬間、応接室の扉が開かれた。室内にいた全員がそちらを見ると、そこには息が切れ切れになったノイズの姿があった。急いで飛んできたのだろう、ノイズは乱れた息を整える間もなく、ヘンデルに向かって声を上げた。
「ワイワイタウンから電信です‼︎レシラム教のオズボーン教皇が暗殺され、街では暴動が起きています‼︎」
ノイズの報告にヘンデルも顔を凍らせた。ニコル達も同じく凍りつき、一同はノイズを見た。ノイズも弟子が差し出したお茶を飲み干すと、報告を続けた。
「暴徒は住民や異教徒を襲い、ワイワイタウンや他の大陸でも異端審問官が率いる暴徒の集団が襲っています‼︎」
その報告を聞いたヘンデルは即座に立ち上がると、弟子達に向かって指示を出した。
「ドゴームとグレッグルは保安官事務所とギルド連盟の事務所に行き、バリケードと武装の準備を‼︎キマワリは医療品や食料、燃料の確保を‼︎チリーンは避難民の受け入れ準備を‼︎ヘイガニとビッパは街の住民に冷静に行動するように伝達を‼必要なら此処に避難誘導して‼︎ディグダとダグドリオは緊急時に備えて、街の外への脱出ルート︎の確保を‼︎」
手早いヘンデルの指示に弟子達は動きを一瞬止めたが、「急いで動く‼︎」と続けてヘンデルが叫んだことで、即座に行動に移した。続けてヘンデルはニコル達に目を向けると、硬い表情で口を開いた。
「ゼーン…、いやニコル達には医療拠点を確保して欲しい…必要な物資や費用は僕たちやギルドが用意するからね」
ヘンデルの言葉を聞いたニコルは頷くと、ヘレンと顔を合わせた。ヘレンの脳裏に拠点である洋館に残された物資の目録が過り、ニコルに向かって話した。
「…包帯などはあるけど、モルヒネなどの鎮痛剤が不足している…準備する必要があるわ」
「…それじゃあ、カフカやフランツ、ヤミヤミ達に芥子の花の採集を頼むわ」
ニコルの指示を聞いたカフカは「任せろ」と応えると、フランツ達と共に部屋を後にした。直後、彼らの足音で目を覚ましたKが呻き声を漏らし、ニコルを見上げた。
「…ニコル?」
彼の声を聞いたニコルは驚きの表情を向けると、慎重な声で尋ねた。
「…オズワルド?K?」
ニコルの静かな問いかけが、応接室に広がった。