15年後

  草の大陸、トレジャータウン。

  海から吹き込む穏やかな風が昼下がりの街を包み、住民の干した洗濯物や乾物の湿気を奪い去り、街外れに建てられた風車を回す。風車の動力は地下水脈の組み上げに利用され、周囲には豊かな田畑が広がる。若い牡と牝は田畑や街、工場で働き、子供達は学校に通っている。高齢の者は家事や伝統工芸の製造に従事し、街の者は皆、働いている。

  街の入り口である交差点に繋がる大通りを歩く人影がある。

  パッチールのカフェから出てきた酔っぱらいのヤルキモノは酒瓶を片手に通りを歩き、ふらつく足取りで通りの端に腰かける。彼の口から酒臭さが広がり、それに気がついた住民達はヤルキモノから距離を置く。

  ヤルキモノは通りに寝転がり、いびきをあげる。

  その姿を見た住民達は彼を助けるべきか、それとも保安官に連絡すべきか迷い、声をかけられずにいる。遠目でヤルキモノを見守る住民達であったが、その中を割って出る細身の影がみえる。

  「ちょっと、酒臭いわよ」

  まだ若い牝の声を耳にしたヤルキモノは、気怠げに目を開き、視線を向ける。彼の視界には細身の女性が映り、その美しい姿を見たヤルキモノは口笛を鳴らす。

  「なんだぁ?姉ちゃんが俺の相手をしてくれんのか?」

  酔っ払ったヤルキモノの口から酒臭い息が漏れ出し、若い牝は不愉快そうに眉根を寄せる。美しい柳眉を歪め、大きな瞳でヤルキモノを睨みつける若い牝は溜息を漏らし、ヤルキモノを見下しながら口を開く。

  「乱暴するなら保安官を呼ぶわよ」

  明らかに年下の娘の放つ言葉を耳にしたヤルキモノは、不機嫌そうに「あぁ?」と声を漏らす。寝転がったヤルキモノは起き上がり、手にした酒瓶を若い牝の顔に突きつける。

  「あ?やるか?こう見えても、俺は武術の心得があるぞ?」

  指の骨を鳴らし、ヤルキモノが威嚇してくる。だが、若い牝は呆れた目でヤルキモノを見下ろし、自身の顔に向けられた酒瓶を叩き落とす。若い牝の突然の反撃にヤルキモノの反応は遅れるが、その間に若い牝はヤルキモノの手首を掴み、足払いをかけながら重心を移動させる。

  ヤルキモノの視界が反転し、彼の身体は柔らかい地面に叩きつけられる。

  その痛みと衝撃により、ヤルキモノの口から息の塊が吐き出されるが、若い牝は意に介さずにヤルキモノの腕を捻り上げ、彼の悲鳴を聞き流す。

  若い牝は美しい顔に微笑みを浮かべ、ヤルキモノに話しかける。

  「それで?おじさんはどうしたいの?」

  関節を極められ、動きを制限されたヤルキモノは悲鳴を上げ続ける。それを見た若い牝は侮蔑の目を彼に向け、鼻を鳴らし笑った。

  見慣れた美しい若い牝が酔っぱらいを組み伏せる光景を見た街の住民達であったが、直後に駆けつけた保安官の姿を見て安堵の溜息を漏らした。保安官は酔っぱらいのヤルキモノと関節技を極める若い牝の姿を見て、状況を把握した。

  直後、保安官は若い牝の傍に駆け寄り、彼女の頭を軽く叩いた。

  頭を叩かれた若い牝は不貞腐れた顔で保安官を睨みつける。

  「危ない事をするなと、いつも言っているでしょう‼︎ママに報告しますよ‼︎」

  保安官の口から出た『ママに報告』という単語を聞き、若い牝の不貞腐れた顔は青ざめた。一方、保安官は酔っぱらいのヤルキモノを拘束し、同じく駆けつけた保安官補佐のダイケンキに声をかける。

  「酔いが覚めるまで、保護してください」

  保安官に要請された保安官補佐のダイケンキ、サイフォンは頷き、ヤルキモノを連れて行く。酔っ払っていたヤルキモノであったが、明らかに年下の若い牝に腕っ節で負け、恥を晒してしまい、酔いが覚めてしまった。彼はそのまま顔を俯かせながら連行されていった。

  それを見届けた住民達はそれぞれの日常へと戻っていき、辺りは落ち着きを取り戻す。

  ヤルキモノとサイフォンを見送った保安官、牡のルカリオのオズワルドは若い牝、色違いのゾロアークに苦い表情をみせる。オズワルドは溜息を漏らし、呆れた口調で話しかける。

  「…頼むから、危険な事に首を突っ込まないでください。ゼイン」

  色違いの牝のゾロアーク、ゼインはオズワルドの指摘に対して頬を膨らませて応える。娘の反応を見た父親は軽い頭痛を覚えたが、仕事を終わらせるべく、ゼインに声をかける。

  「…今は仕事中なので、続きは家で話しましょう」

  

  オズワルドはゼインの頭を撫で、街の中心部にある保安官事務所へと歩いて行く。その背中を見送ったゼインは踵を返し、通りの反対側にある建物へと向かう。

  建物の入り口にはベンチが設けられており、そこには包帯を巻いた住民や体調の悪い住民の姿がある。彼らの傍には見慣れた牝のルカリオが立っており、不器用な手つきで彼らの包帯を交換している。

  牝のルカリオに目を向けたゼインは彼女の傍へと歩み寄り、声をかける。

  「その巻き方だと…後から緩むよ、ミレナ」

  牝のルカリオ、いやゼインの種違いの妹であるミレナはゼインに声をかけられ、驚いたように悲鳴をあげる。ミレナは眼前に立つゼインを見て安堵の溜息を漏らし、ゼインのアドバイスに従い、包帯を巻き直す。

  「…こ、これで合っているの?」

  自信なさげな声色でミレナは呟き、ゼインは頷く。

  不器用ではあるが、ゼインのアドバイスに従い、的確に巻き直すミレナは、恥ずかしそうに顔を俯かせる。街一番と名高い美人姉妹の姿を見た怪我人達は、揶揄うように口笛を鳴らすが、ゼインは彼らに向かって強気な声を向ける。

  「私の可愛いエレナにちょっかいを出したら、包帯をキツく巻くわよ‼︎」

  ゼインは威圧的な声で怪我人達に宣告するが、彼らは慣れた雰囲気で笑い、和気藹々とした雰囲気でゼインとミレナに声をかける。

  「ゼインちゃんが縛ってくれるなら、おじさんは嬉しいよ!」

  「俺はエレナちゃんに膝枕をしてほしいけどな!」

  ブーバーンとエレキブルが戯けた口調で話すが、ゼインは彼らを睨み、エレナは困り顔でゼインの顔を見上げている。他の怪我人達もゼインとエレナに目を向け、優しい眼差しを送る。

  「全く…ここは診療所です、静かにしてください」

  そこに落ち着いた牝の声が響いた。ゼインとエレナが振り向いた先には牝のゾロアーク、ニコルの姿があった。白衣を着たニコルは別の怪我人の包帯を交換し、消毒していた。

  トレジャータウンで唯一の診療所の主人にしてゼインとエレナの母親でもあるニコルは、呆れ顔で彼らを見渡した。一方のエレナは母親の姿を見つけ、急いで彼女の背後に隠れ、ゼインは強気な眼差しでブーバーンとエレキブルを睨んでいる。

  それを見たニコルは持っていた紙の束でゼインの頭を軽く叩き、戒めるような声で話しかける。

  「ゼインは冗談を真面目に受け取らない事…エレナはもう少し堂々としなさい」

  母親としてニコルは娘達に声をかけ、ゼインは不貞腐れたような表情をみせ、エレナは怯えた雰囲気のまま、ニコルの背中に隠れている。

  2人の愛娘の反応を見たニコルは溜息を漏らし、他の怪我人達の処置に入った。ゼインとエレナもニコルの傍に付き、彼女の処置を手伝いつつ、医療を学んでいた。ニコルが処置を再開した事により、怪我人達も茶々を入れる事を止め、大人しく治療を受けている。

  怪我人達は生きた教材として、ニコルによる治療手技をゼインとエレナに見せている。それは彼ら自身が同意している事であり、未来のトレジャータウンの医療を担う医者の卵を育てるためである。

  ニコルはゼインとエレナに解説しながら、傷の処置をしている。医師として、母として的確な言葉で娘達を教育し、指導する姿は美しい物である。現に牡の怪我人達は熱意のある目でニコルやゼイン、エレナを見つめるが、付き添いの牝が彼らを叩き、現実を教え込む。

  その光景を通りの端から見つめるオズワルドは、隣に立つ保安官補佐のサイフォンに声をかけられるまで、動けずにいた。サイフォンに名前を呼ばれたオズワルドが視線を動かし、彼女へ注意を向ける。

  「まだ仕事中ですよ」

  サイフォンに指摘されたオズワルドは苦笑いを浮かべ、頷いた。オズワルドは視線をゼインとエレナ、ニコルから逸らし、街の治安を守るべく、パトロールへと戻った。

  ディアルガ教徒、いや時の守護者達の攻撃から15年が経過した。

  破壊された街は復興し、新たな技術や制度が生まれ、一見したところ、平穏な光景が広がっている。しかし、喧嘩や酔っぱらい、強盗など治安を乱す行為は散在しているため、保安官の役職を拝任したオズワルドは己の職務を全うしていた。

  暴動の際に産まれたゼイン、そしてニコルとオズワルドの子供であるエレナを育てつつ、オズワルドとニコルはトレジャータウンに住み、働き続けた。15年という時の流れは早く、様々な状況の変化が起きた。

  変化の一つ、世代交代した新たな町長のオフィスが入る役所前を歩くオズワルドとサイフォンは視線を役所の建物へと向ける。掲示板には街の案内ポスターと町長の紹介ポスターが貼ってあり、木版印刷と活版印刷の技術を使用した紙面には牡のプクリン、ヘンデルの顔が記されている。

  かつて、プクリンのギルドを纏めていたヘンデルは引退したトレジャータウンの町長の跡を継ぎ、街を束ねる立場となった。相棒である牡のペラップ、ノイズもトレジャータウンのスポークスマンの立場となり、ギルドや保安官事務所と協力関係にある。

  役所の前には広場があり、そこから高台に建てられたプクリンのギルドが見える。プクリンのギルドは幾人もの高名なら探検家を輩出し、現在は牡のジュカインのカフカと、牝のセレビィのエミルが仕切っており、街の治安維持や付近のギルドとの関係構築に貢献している。

  広場を走り回る子供達の姿を見たオズワルドは目を細め、サイフォンは微かな笑みを浮かべる。

  穏やかな風と暖かな日差しが子供達を包み込み、平和な光景が広がる。かつて暴動が起きた街とはいえ、今では住民や旅人が安心して過ごせる様になっている。

  「平和ですね…ここで暴動があったとは信じられませんよ」

  サイフォンは呟き、口角を僅かに緩める。

  今年22歳の誕生日を迎えるサイフォンは、暴動発生時は7歳であった。家族と共にギルドに避難し、オズワルドやカフカ達の活躍もあり、危害を加えられずに済んだ。しかし、近隣の村々は壊滅し、多くの死傷者が出た。

  サイフォンは子供でありながらも、その光景を覚えていた。それ故に誰かを守る仕事に就くため、学校を卒業した後は保安官補佐の試験を受験し、見事に合格した。保安官補佐になり、オズワルドの下で経験を積む毎日を送っている。

  サイフォンの言葉を耳にしたオズワルドは頷く。

  「…子供達が笑って過ごせる様に、我々が気を引き締めて働く必要がありますね」

  オズワルドの言葉を聞いたサイフォンは頷いた。オズワルドは視線をサイフォンから動かし、広場の端に設置されたベンチに腰かける人影を見る。そこには、かつて時の守護者として敵対していた牡のヨノワール、フランツとヤミラミ達の姿がある。現在のフランツはレシラム教が運営する孤児院の院長を勤めており、ヤミラミ達と共に孤児の世話をしている。

  オズワルドの視線に気がついたフランツとヤミラミ達が手を振り、オズワルドも小さく手を振り返す。かつては共に時の守護者として暗躍していたオズワルドとフランツであったが、今では街の一員として溶け込んでおり、ごく自然に生活している。

  オズワルドの見ている目の前で、フランツは子供達に手を握られ、彼らに引っ張られ、孤児院の方へと移動していく。その背中をヤミラミ達が追い、最後尾の1人がオズワルドとサイフォンに向けて、お辞儀をした。

  その光景を見届けたオズワルドとサイフォンは穏やかな笑みを浮かべ、視線を辺りに向ける。平和なトレジャータウンは穏やかな風が吹き抜け、暖かい日が街を照らしている。

  それを肌で感じているオズワルドの背中に、サイフォンの声がかけられる。

  「…事務処理は私でも可能ですので…ご帰宅されてはどうですか?一昨日から働き詰めですよ」

  サイフォンに指摘されたオズワルドは、改めて自身が徹夜続きである事を理解した。それを意識したためか、オズワルドは強い眠気と倦怠感を覚え、彼は頼りになる部下の言葉に甘える事にした。

  「…それじゃあ、お言葉に甘えますね」

  オズワルドはサイフォンに幾つかの指示を出し、その脚で役所前の広場を後にした。彼は寄り道せずに歩き、ゼインとエレナ、そしてニコルの待つ診療所を目指した。

  その背中を見届けたサイフォンはパトロールと事務処理を終えるため、広場の近くにある保安官事務所へと移動した。

  *

  水の大陸、ワイワイタウン。

  街の中心にあるレシラム教の教会、その隣には騎士団の本部がある。本部の中には事務室や仮眠室、講義室など多岐にわたる部屋が存在し、その中庭には屋外稽古場を兼ねた広場がある。

  昼下がりの稽古場には幾人もの新兵や見習い騎士の姿があり、それぞれのカリキュラムに従い、体力強化や武術の訓練に励んでいる。訓練用の武具がぶつかり合う音が響く中、稽古場の一角に若い牡の姿がある。

  白い体毛で覆われた肢体の下には筋肉の鎧が存在し、彼は軽やかに腕を動かした。彼が手に持つ訓練用の剣は刃を落としてあるが、実物と同じ大きさと重さがあり、それを扱うには相当の筋力と体力が必要である。若い牡は訓練用の剣で対戦相手の持つ訓練用の剣を弾くが、対戦相手は起用に剣を回転させ、若い牡の手から剣を絡め取る。

  「…うわっ‼︎」

  重心を前方へと引かれた若い牡は成す術がなく、そのまま地面を転がり、大の字になる。稽古場の空を見上げた若い牡の呼吸は乱れており、息が切れつつある。

  若い牡、レシラム教へ嫁いだアキと殺されたオズボーン教皇の子供である色違いの牡のゼラオラ、ロアは青空を見上げたまま、ゆっくりと呼吸を整える。やがて彼の呼吸は落ち着き、地面から起きあがろうとした。

  直後、ロアの視界に対戦相手が振り下ろした訓練用の剣が映り込む。剣はロアの顔の横を掠め、剣先が地面に喰い込む。それを見たロアは顔を青くさせ、思わず抗議の声を上げた。

  「おいっ‼︎危ないだろ‼︎」

  ロアは強気な口調で抗議するが、対戦相手は涼しい表情のまま、訓練用の剣を地面から引き抜く。

  「何を言っているのですか、殿下…実戦なら今頃死んでいますよ」

  対戦相手、騎士団副団長にして訓練教官を務める牝のブリガロン、ガロンは穏やかな口調で話し、剣を鞘に収める。そのままガロンは手を差し伸ばし、ロアが立ち上がるのを手助けする。地面に転がるロアはガロンを見上げ、差し出された彼女の手を握る。

  「…っ‼︎」

  直後、ロアはガロンの手を手前に引き、彼女のバランスを崩しながら腕を掴み、関節技を極めようとした。だが、ガロンは慣れた手つきでロアの拘束から逃れ、逆に地面に転がるロアの身体を更に転がし、そのまま腹に蹴りを入れる。

  加減されたガロンの蹴りを腹に受け、ロアは思わず息を止めてしまう。

  「甘いです、殿下」

  息が止まったロアの首に腕を回したガロンは彼の首を締め上げ、逆に関節技を加減しつつ極める。ロアはガロンの腕を叩き、降参の意を伝えるが、ガロンは加減しつつロアの意識を落とそうとする。

  「騎士道に逸れるかもしれませんが、不意打ちや関節技は実戦でも使えます。覚えておいてください」

  ロアの耳元で囁いたガロンは腕の力を抜き、ロアの身体を自由にさせた。ロアは酸素を求めて浅く呼吸を繰り返し、口角から涎を垂らしつつ、涙目でガロンを見上げる。

  対するガロンは冷たい眼差しでロアを見下ろし、続けて口を開く。

  「これだけは肝に銘じてください、実戦では死ねば終わりです。いくら腕の立つ騎士でも、死ねば終わりです。どのような状況でも生き延びる手段を確保してください」

  鬼教官のアドバイスを聞いたロアは頷き、その場で立ち上がる。ロアは指導してくれたガロンに向かってお辞儀をし、感謝の意を伝える。

  ガロンも続けてお辞儀をしたが、直後に彼女の腹にロアの蹴りが打ち込まれる。体重を乗せた一撃がガロンの腹に入り、ロアはニヤリと笑う。

  「…隙だらけだぜ、おばさん」

  周囲で見守る新兵や騎士達からどよめきと笑い声が起きるが、ロアは涼しい表情でガロンに目を向ける。

  直後、ロアの視界が反転した。

  「指導した内容を即活かすとは、さすがは殿下…しかし相手の力量を見誤る事は、死を意味します」

  ロアの蹴りを籠手で受け止めていたガロンは、そのままロアの身体を掴み、柔道の要領で投げ飛ばした。ロアの筋肉質の身体は柔らかい地面に叩きつけられ、彼の口から息の塊が飛び出す。

  ガロンはロアの頭部や首、脊髄にダメージを与えぬ様に加減しつつ投げたが、それでもロアの受けた衝撃は凄まじく、彼はその場でのたうち回る。その姿を見下ろしたガロンの表情は微笑んでいるが、目は笑っておらず、額には微かな青筋が浮かんでいる。

  ロアの「おばさん」発言に対する無言の威圧感を携えたガロンは、周囲の新兵や見習い騎士達に向かって声を張り上げる。

  「全員、市中のコースを走破してこい‼︎」

  指導教官の命令を受け、新兵と見習い騎士達は急いで整列し、駆け出していく。彼らの背中を見届けていたロアの耳にも、ガロンの声が届く。

  「殿下もです‼︎基礎訓練コースを走破してください‼︎」

  ガロンの声を聞いたロアは急いで飛び起き、先行して走る彼らについて、駆けていく。彼の傍には護衛の騎士が数名同行し、共に駆けていく。

  その光景を見届けたガロンは息を吐き出し、教え子の成長に喜びを覚えていた。ガロンは稽古場に設けられた休憩所に歩み寄り、テーブルの上に置いてある水差しを手に取る。傍に置かれたグラスに水を注ぎ、ガロンはそれを喉に流し込む。

  冷たい水の感触が喉に広がり、ガロンは心地良さそうに目を細める。

  「ガロン」

  彼女の耳に名前を呼ぶ声が聞こえ、ガロンが視線を向ける。そこにはロアの養父にして、騎士団最高司令官であるルドルフの姿がある。ルドルフの傍にはガロンとルールの子供である牡のブリガロン、カルムの姿がある。

  かつて赤子であったカルムは立派に育ち、わずか15年でブリガロンまで進化している。ガロンは自身より背丈の高い息子を見上げ、「おかえりなさい」と優しい口調で話しかける。

  「仕事は終わったの?」

  ガロンに尋ねられたカルムは頷き、口を開く。

  「はい、殿下にお渡しする書類を除き…全て処理を終えました」

  姿は母親に瓜二つだが、中身は父親に似ており、カルムは武官ではなく文官として働いている。そのため、訓練に励むロアに代わり、可能な範囲で事務仕事を引き受けていた。息子の成長を嬉しく思い、ガロンは目を細める。ガロンは「お疲れ様」と言い、カルムの頭を撫でようとする。カルムは頭を撫でられ、恥ずかしそうに辺りを見渡す。幸いにも稽古場にはガロンとカルム、ルドルフの姿しかなく、カルムは甘んじてガロンのコミュニケーションを受け入れる。

  その姿を見たルドルフは目尻を緩め、ガロンに尋ねる。

  「ところで…殿下はどこだ?」

  ルドルフに尋ねられたガロンは視線を稽古場の入り口に向け、穏やかな表情で応える。

  「護衛の騎士と共に、新兵達と基礎訓練コースを走っています…あの調子なら、夕方には戻って来ると思いますよ」

  自身の命令とはいえ、容赦なくロアを鍛えるガロンの手厳しさにルドルフは舌を巻き、閉口した。母親の厳しさを目の当たりにしたカルムも同じく閉口し、苦笑いを浮かべた。

  「…来週からヘルマン様の座学も始まるから、あまり殿下を疲れさせないでくださいよ、母さん」

  ロアの従者兼護衛であるカルムの言葉を聞き、ガロンは「当たり前です」と応える。

  「これくらいで悲鳴をあげるようでは…武人としてまだまだです。殿下には是非とも私を超えていただき、皆を導く存在となっていただきます」

  「…いや、お前を超える武人は…居ないと思うぞ」

  ガロンの返事を聞いたルドルフは思わず呟き、遠くを見つめる様な目で彼女を見る。

  レシラム教騎士団、副団長ガロン。

  騎士志望の者は6歳で騎士学校に入校し、10歳から見習い兵士として訓練と教育を受け、15歳頃から実戦的な訓練を受け、20歳頃に騎士となる。だが、ガロンは騎士の養成過程を僅か13歳で終え、15歳で副団長に就任した。

  武術、頭脳、戦術、指揮能力、いずれの分野でもガロンは天才と言える域に達しており、『戦女神』と言われる事もあった。そんなガロンであるが、今では人妻になり、一児の母となった。

  知らない者からすれば、眼前のガロンから、かつて戦場で活躍した『戦女神』の姿を想像できない。

  だが、『戦女神』のガロンの姿を知っているルドルフはその光景を思い出し、微かに背筋を震わせる。同時に、自身が命令したとは言え、ロアに対する扱いをもう少しだけ優しくできないかとルドルフは内心考えていた。

  「…どうしたものか」

  ルドルフは小さな声で呟き、空を見上げた。

  穏やかな青空が頭上に広がり、ルドルフは心地良さそうな目を細めた。

  *

  診療所に併設された住居の寝室には、夕食を終え、湯浴びを終えたゼインとエレナの姿がある。2人は同じベッドに横になり、互いの手を握り合ったまま、眠っている。

  寝室の入り口から2人の寝顔を見たオズワルドは穏やかな笑みを浮かべ、扉を閉める。2人を起こさぬ様に静かに歩き、オズワルドはリビングへと戻る。オズワルドはそのままリビングを通り抜け、ニコルとオズワルドが使う寝室へと入る。

  寝室に設置されている大きなクローゼットの扉を開き、オズワルドはその中に入る。オズワルドはクローゼットの扉を閉め、続けて壁に手を当て、ゆっくりと隠し扉を開けた。

  隠し扉の中には階段があり、オズワルドはゆっくりと階段を降りる。階段の下には通路があり、その先には扉がある。

  オズワルドは微かな光が漏れる扉を押し開いた。

  扉の向こうには開けた空間があり、その一角には粗末なベッドが置かれている。その上にはニコルの姿があり、オズワルドの顔を見たニコルは微かに笑みを浮かべる。

  ここは、かつてニコルとオズワルドが住んでいたサメハダ岩の住居であり、入り口を封鎖し、診療所まで地下通路で繋がっている。元は倉庫代わりに使っていたが、ゼインとエレナが産まれ、育つに連れて、ここはオズワルドとニコルの秘密の部屋と化している。

  笑みを浮かべるニコルは寝台の上で四つ這いになり、両手で自身の尻の肉を掴む。彼女は自身の尻の肉を左右に開き、湿った肛門と膣をオズワルドに見せつける。

  「…ねぇ、お願い」

  三十路を超えたニコルの身体は牝として成熟しきっており、沸き立つ性欲を抑えきれずにいる。

  なにより、かつてヴィレムに誘拐調教され、性的に開発されたニコルはその快感を忘れきれず、オズワルドに慰めてもらう日があった。本日がその日であり、勤務が続いたオズワルド自身も蓄えられたエネルギーを発散する必要があった。

  「…全く、淫らな母親ですね」

  オズワルドは呟き、寝台に歩み寄る。ニコルの膣は性液を垂れ流し、オズワルドによる攻めを待っている状況である。オズワルドはニコルの尻を掴み、遠慮なく彼女の膣に性器を押し込む。

  室内にニコルの嬌声が微かに響く。

  それを耳にしたオズワルドはニコルの尻を軽く叩く。乾いた音が広がり、ニコルの嬌声が微かに変化する。

  ヴィレムに調教されたニコルは、マゾヒズムに目覚めていた。ヘレンやカフカ達はそれを知らず、唯一オズワルドのみがニコルのマゾヒズムな面を把握している。

  ニコルの欲求に応えるべく、オズワルドは指先でニコルの背中を微かに撫で、彼女の中に精液を放つ。ニコルは嬌声をあげ、オズワルドはニコルの身体を抱き締める。以前に比べ、肉と脂肪がついたニコルであるが、プロポーションは依然として保たれている。

  美しく、欲情を誘うニコルの肢体を見たオズワルドは、彼女の身体を抱きしめたまま、共に寝台に横になる。ニコルはうっとりとした表情でオズワルドを見つめ、彼に口付けする。妖艶な表情を浮かべるニコルを見つめ、オズワルドは微笑みを浮かべる。

  彼らは数回交わり、やがて寝台の上に横になる。

  息が切れつつあるオズワルドとニコルは、窓から吹き込む海風に目を細め、鼻腔を満たす潮の匂いを覚えた。

  夫婦となり15年が経過したニコルとオズワルドは、まさにおしどり夫婦と言える関係を築いている。オズワルドの腕に抱きついたニコルは、彼の指を舐めつつ、小さな声で話す。

  「…明日の朝、ヘレンが迎えを寄越してくれるそうよ」

  ニコルの言葉を聞いたオズワルドは「そうですね」と返し、視線をニコルに向ける。普段は医師として、母親として振る舞っているニコルだが、今のニコルは1人の牝の表情を浮かべている。彼女はオズワルドの手のひらを舐め、彼の匂いと味を堪能しつつ、口を開く。

  「ゼインとエレナが上級学校に通う…時間の流れは早いわね」

  ニコルは遠くを見つめる様な目で呟き、オズワルドの胸に顔を埋める。オズワルドはニコルの頭を撫でつつ、ゼインのエリスの事について考えた。

  平民貴族を問わず、通常は6歳から15歳まで初級学校に通い、様々な事を学ぶ。平民は町立学校、貴族は高位貴族の私塾に通うが、カリキュラムは凡そ共通している。

  その後は就職や家業を手伝う事が多いが、中にはより高度な教育を受けるべく、15歳から20歳まで通う上級学校も存在する。もっとも、上級学校に通う者は極一部の成績上位者か貴族の子供である。

  通常ならば、平民のゼインとエレナはトレジャータウンの町立学校に通い、卒業する事になるが、ニコルの仲間であり円卓の一員に復帰したヘレンの誘いもあり、オリビア・ヘルマンの主催する上級学校を兼ねた私塾に通う事になる。

  今は長期休みのため、ゼインとエレナはトレジャータウンへと帰省していた。だが、数日後には私塾の授業が開始されるため、ゼインとエレナは水の大陸、ワイワイタウンへと戻る事になる。

  オズワルドは脳裏に浮かぶ赤子のゼインとエレナの顔を思い出し、目尻に涙を浮かべる。

  「…赤ん坊だったゼインとエレナが上級学校に通う歳になったのか…私達も老けましたね」

  オズワルドの言葉を聞いたニコルは頬を膨らませ、オズワルドの額を軽く叩いた。

  「年齢の話を牝にするのはタブーよ」

  ニコルに指摘されたオズワルドは笑い、「すみません」と応える。オズワルドはニコルを抱き寄せ、彼女の首に口付けする。

  「でも…今のニコルが1番美しいですよ」

  首筋に広がるオズワルドの吐息と声の振動を感じ、ニコルは擽ったそうに笑い声を漏らす。それを耳にしたオズワルドはニヤリと笑い、そのままニコルを押し倒す。オズワルドに組み伏せられたニコルは、そのまま挑発的な笑みを浮かべ、彼に向かって脚を開いた。

  室内に水音と2人の声が広がる。