とある昼下がりのルーン学院。
窓からさわやかな風が入ってきて心地いい。
教師になったばかりで不慣れな私は、生徒の質問傾向を元に、簡単な資料作りをしていてすっかりお昼を食べ忘れていた。
その事に気が付いたのはお昼休みも終盤で、幸いにも午後の最初の授業がなかったから、空き時間にお気に入りの場所でお弁当を食べようと校舎を出たのだった。
ぽかぽか陽気に先ほども感じた心地よい風。
私だけが愛用している秘密の場所は生徒も教師もあまり近づかない…
「はず…なんですが…」
誰かいる。
私の特等席に誰か…
学院ですから所有物じゃありませんし…
人がいてもおかしくはないのですけど…
ここに人がいたことが今まで無いというか…
私が学生時代からここに来る人に会ったことがなくて…
誰なんでしょう…
この場所の素晴らしさを共有できる人がいると思うと、秘密の場所を失った残念な気持ちよりも、共通の友人ができるような嬉しい気持ちが勝って、私はその人影に近づいた。
木陰をこっそり覗くとそこには
「え…ディートリヒ?」
同期で、一言でいうと私とは根本的に合わない彼が眠っていた。
「珍しいことがあるものですね…」
普段は口を開けば嫌味ばかり、生徒にも酷い発言の数々。
実力は認めているけど、正直あまり関わりたくはない。
さっきまでのワクワク感が急激に鎮まっていく。
だけど何故か彼の寝顔が少し気になった。
貴重な機会なのでは…と。
そっと顔を覗き込む。
その寝顔はいつもの罵詈雑言が嘘のように穏やかで…
寝顔は可愛いものですね…
自然と笑みがこぼれる。
これ以上、邪魔はしてはいけない。
離れようとすると、グイっと引き寄せられ彼の唇が私の唇と重なった。
一瞬止まる思考。
抵抗を忘れていた唇を、舌で強引にこじ開け入ってくる感覚でようやく思考が追いついた。
キス…
寝ぼけているのだろうかと、一瞬考えが過ったけどそれはないとすぐさま否定する。
抵抗をすると頭を押さえつけて更に奥へと入って私の舌と絡みつく。
苦しい…
最初はただそう思っていたのに、耳に響くキスの音が恥ずかしくて顔も身体も熱くなっていく。
頭がぼーっとする…
強引なのに…
それは普段の彼から想像も出来ないような優しく甘いキスだった。
押さえつけているだけだった手が髪をすくように撫でる。
「ん…ふっ…」
無意識に甘い声が漏れると、途端に離れる手と唇。
「へぇ…セレスでもそんな顔するんだ?もしかして気持ちよかった?」
その言葉に飛びのく身体。
「な…何するんですか!」
思わず出た批判の言葉は思ったよりも大きくて
「うるさい…」
と、ディートリヒに睨まれてしまった。
「そもそも、先に人の寝込みを襲おうとしたのはそっちでしょ」
「おそ…襲ってなんかいません!私はお弁当を食べようと思ってここに来たらあなたが眠っていたから!」
「はいはい。わかったよ。いい加減少しは落ち着いたら?顔真っ赤だけど?」
咄嗟に顔隠した勢いでお弁当が落ちた。
「あ、お弁当!」
ディートリヒが軽々とキャッチする。
「大体、初めてじゃあるまいし…」
初めてで悪かったですね…
「そんな生娘みたいな反応する方がどうかして…」
生娘って!そんな言い方!!!!
「嘘…だろ?」
「何ですか、さっきから!失礼な人ですね」
「いや…本当に初めてだったなんて…」
「誰もそんなこと言ってません!」
ディートリヒにじっと見つめられる。
「だって君、顔にしっかり書いてあるよ?」
「なっ…」
「あはははは!そうか!へぇ~」
反論できずに立ち尽くしていると、立ち上がったディートリヒがお弁当を私に渡した。
「はい、これ。食べるんでしょ?」
「あ…ありがとうございます…じゃなくて!もっと他に言うことがあるでしょう!?」
「何?」
一瞬考えたあと何かが浮かんだのか不気味な笑みを浮かべた。
「ああ…」
私の耳元に顔を寄せて
「心配しなくても、君の初めてを奪った責任はとってあげるよ」
と、言って笑いながら去っていく。
一瞬何を言われたのか理解が追い付かなかった私は茫然とディートリヒの背を見つめていた。
「そうじゃなくて!!!!謝罪くらいしたらどうなんですか!」
我に返って叫んだ時にはもうディートリヒの背は遥か先に消えていた。
よくわからない胸の鼓動と、腑に落ちない気持ちと思い出した空腹にモヤモヤしながら広げたお弁当は、ディートリヒによって守られた事で見た目はそのままなのに不思議な味がした。
この出来事を忘れてしまうほど先の未来で
本当にディートリヒに責任を取られてしまうことになるなんて…
この時の私は想いもよらなかった…
Fin
補足
二人が学生の頃からその場所は実はモリスのお昼寝場所だったけど、シエルはほとんど学院に居なかったので、たまたま鉢合わせた事がなかっただけという。
教師になった二人が何度か鉢合わせするようになって…
というイメージです。
因みにモリスはその場所がシエルのお気に入りの場所であることを分かっています。
わざわざお昼寝をしていた理由は…
続かない。
そして、お弁当の味は通常時でも不思議な味だと思う。